それでは第10話、どうぞ。
「痛ったぁ……、さっきの一撃だけでもう奴等に対抗できるレベルだぞ……」
「ふんっ、人を子ども扱いするからいけないんだ」
そしてその下手人たる胡桃は当然の報いだとばかりにそっぽを向いていたが、由紀の胡桃ちゃんまだ顔赤いね~、という言葉に立ち上がって由紀を追いかけまわし始めた。由紀も歓声を上げながら逃げ回り、学園生活部の部室に笑い声が響く。
「おらっ捕まえたぞ、散々人の事からかいやがって~」
「にへへ、ごみーん」
「ほら2人とも、その辺にしときなさい」
捕まってほっぺたをムニムニしたりされたりしている2人を悠里がたしなめると、2人ともはーいと言いながら席に着いた。
ちなみに先ほどお披露目した床下収納は中身を取り出した上で蓋を閉じ、部屋の隅によけていたテーブルを元の位置に戻してある。
「どう、ここに備蓄してあった分でどれくらいもつと思う?」
一息ついたところで慈と悠里に声をかける凪原。2人には先ほど備蓄物資のリストを渡しており、その食糧でどれくらいの期間持ちこたえられるかを概算してもらっていた。
難しい顔でリストと「家計簿」と書かれたノートを見ていた2人は顔を上げると凪原の問いに答えた。
「そうね、普通に使って2週間、節約して3週間というところかしら」
「限界まで節約すればもう少し持つかもしれませんけど、2週間と考えておいた方がいいですね」
「んー用意した時に想定したのとだいたい一緒だな。とりあえずの余裕はできたってとこかな?」
2人の答えが備蓄時の想定とほぼ一致していることに頷く凪原。当時は生徒会役員3人と慈の合わせて4人で3週間分を想定していたので5人となった今では2週間とみるのが妥当だろう。
「えー、それくらいしかもたないの?こんなにたくさんあるのに?」
その会話に疑問を覚える由紀、確かに床に積みあがる物資の山を見ればもっと長期間の籠城ができるようにも思えるのだろう。
「これが全部食べ物だったらそうなんですけどね」
「食糧以外の災害対策用品も結構あるからな、むしろ災害時に不足しそうなそっちの方に重点を置いて備蓄してたし。」
「う~もっとご飯をたくさん準備してくれたらよかったのにぃ」
「そうぼやかないでくれ、これでも水をあまり用意しなくていい分食事も多めに準備したんだぞ」
不満げに話す由紀を嗜めながら反論する凪原。
「確かにうちの学校は水と電気が独立して使えるからその辺ありがたいな。さっきのハヤさんじゃないけど拠点に向いてるってのは分かる気がするよ」
胡桃の言葉に頷く一同、災害時に水と電力の供給が確保されているというのはそれだけで無限の価値があると言っても過言ではない。
「そうだ、さっきから聞こうと思ってたんだけど、俺が来る前ってどんな風に過ごしてたんだ?食糧事情、はさっき聞いたからそれ以外で」
その言葉に4人の顔が曇ったため、慌てて言いにくいなら無理にとは言わないと付け足す凪原。
それでもしばらくは黙っていた4人だったが、やがて慈が顔を上げると口を開いた。
「それじゃあ、この子たちじゃ言いにくいこともあるので私の方からかいつまんで説明しますね」
慈に説明をざっとまとめると以下のようになる。
・この学校で異常事態が起こったのはパンデミック初日の放課後
・慈自身と悠里は園芸部の活動で屋上におり、そこに避難してきた胡桃
・初日の夜から2日目の夕方までを屋上で過ごした後3階に降りてバリケードを構築し安全を確保
・職員室のテレビやラジオで状況を把握するも既に救助難しい状況、学校での避難生活を開始
・3日目に由紀の提案で学園生活部を発足
・9日目まで職員休憩室にあったお菓子や屋上菜園の作物で飢えをしのいだが限界になり10日目で2階へ
(屋上に避難してきた胡桃
慈の説明に不審感を持ちながらもあまり聞いてはいけない雰囲気を感じた凪原はスルーすることにした。
「なるほど大体分かったよ、ありがとうめぐねえ。この部活を作ったのが由紀とは聞いてたけど結構早い段階で発足してたんだな」
「そうだよ~、驚いた?」
「ああ、正直に言えば驚いた。グッジョブだ由紀」
にへへ、と笑う由紀を見ながら昨日の夕方に胡桃から聞いた話を思いだす凪原。
ものごとを良いほうに持っていく力、胡桃はそう評していたが全くもってその通りだと思う。
新しい環境に対応するための枠組みを思いつくというのはなかなかできることではない、それも自分だけでなく周りも含めてとなるとさらに難しい。恐らく本人には自覚はないのだろうが由紀自身の自己防衛本能が働いて、精神を安定して保つための方法を模索した結果なのだろう。
これをパンデミックからわずか3日という短期間で思いついたことも非常に幸運だと言える。異常な状況に晒されると人間の精神はどんどん壊れていき、そしてそれが一定以上になると心が壊れてしまう。
もし由紀が学園生活部を思いつくのがもっと遅かったら4人の中の誰か、もしかしたら由紀自身が狂ってしまっていたかもしれない。
(そう考えたら由紀は結構芯が強い子なのかもしれないな、見た目からはそうは見えないけど)
「どうしたナギ?急に黙り込んだりして」
胡桃が顔をのぞき込んできたため、凪原は思考を中断することにした。
「いんや、ちょっと考え事をしてただけ。ところで屋上菜園ってどんなものを育ててるんだ?」
「結構手広くやってるわ。サラダ菜とかの他にトマトとかの野菜類も育ててるし、そうだ、せっかくだから見にいく?特にすることもないし」
「じゃあせっかくだし見に行くか、屋上に出るのは久しぶりだし」
悠里の提案を受け、凪原は屋上菜園を見に行くことにした。
(ついでにソーラーパネルの様子も見ておくか)
そんなことを考えながら席を立つ悠里の後について部屋を出る。階段のバリケードはしっかり機能しているようで3階の廊下にゾンビの姿はなかった。
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「ここが園芸部のスペースよ。結構広いでしょう?」
「これは…想像以上だな」
悠里に連れられてきた屋上の光景に凪原は言葉を失っていた。
巡ヶ丘学院の本校舎の屋上へは校舎中央の階段からしか上がることができない。そしてその中央階段の出口から出てその片側全体が屋上菜園となっていた。
市販では見ないサイズの大型プランターが並べられており、そこには様々な作物が青々と茂っている。
見てわかる範囲でもナスやキュウリが実をつけているのが分かる。結構おいしそうだ。
かなり本格的な菜園であった。
「こりゃすごいな、細かいことは分からないけど本格的だってことは分かる」
「フフッありがとう。実はここも校長先生が資金を出してくれたのよ」
「またあのじいさんか」
笑いながら設備の秘密を教えてくれた悠里に凪原もまた笑顔で答える。あの校長はまた私財を投じたらしい。
「私が設備投資をしてくれるように頼んだんです」
なんてったって顧問ですからね、と自慢げな慈。その顔はエッヘンと書いてあるのが読めそうなほどのドヤ顔だった。
「そういやめぐねえは俺らが卒業した後園芸部の顧問になったんだっけ。園芸とか詳しかったの?」
「う、それは顧問になってから悠里さんに色々と教えてもらいました…」
凪原の質問を受けるとそれまでの得意顔はどこへやら、あっという間に気まずそうな顔になる慈。
その様子をやっぱりなという顔になる凪原とほほえましそうなものを見る顔の悠里、その様子に慈はすねたような顔になった。
「もーっ、悠里さんに色々教えてもらったから大丈夫ですっ。今はなぎ君よりも詳しいですよ」
そりゃ楽しみだなーと笑いながら話す凪原にムーっとした表情になる慈、その様子は兄にからかわれる妹を見ているようで悠里はどちらが年上なのか一瞬分からなくなった。
「それで、今ここの世話ってどうしてるんだ?当番制?」
拗ねる慈をなだめながら尋ねる凪原に首肯して答える悠里。
「ええ、基本的には当番制にして皆で交代しながらやってるんだけど―――」
「ほとんどみんな一緒にお世話してるんだよっ」
話す声を遮るように元気な声が屋上に響く。見ると姿が見えなかった由紀と胡桃がじょうろを持ってきていた。どこかで水を入れてきたようで、元運動部の胡桃はともかく由紀は一歩歩くたびにフラフラしている。
「2人ともありがとう、さっそく水をあげちゃってくれる?あ、小松菜はもう収穫しちゃうから大丈夫よ」
「はーい!」
「はいよー」
悠里の言葉に返事をして作物に水をあげ始める2人。腕をプルプルさせている由紀に、慈が「由紀ちゃん手伝いますよ」と声をかけ2人でじょうろを持って水やりをしていた。
そんな3人を横目に見ながら凪原は小松菜の収穫をする悠里を手伝っていた。悠里が収穫した小松菜を渡された籠の上に並べていく。収穫されるものはスーパーに並んでいても遜色ないものだった。
それを見て感嘆の声を上げる凪原。
「立派なもんだ、店で売ってても分からないな」
「頑張って育てた自慢の子たちですから」
そう答える悠里の顔は嬉しそうで、自分が育てている作物への愛情が感じられる。
「そういえばこの籠とかあっちのじょうろとかは部の備品なのか?」
「そうよ、これだけじゃなくて色んな農具があってあそこの倉庫にしまっているの」
悠里が指さす先を見ると屋上の一角に物置が置かれており、半分開いた扉からはクワなどの農具類が顔をのぞかせていた。
「なるほどね、そういえば胡桃がシャベルを持っていたけどもしかして……」
「ええ、胡桃が持ってるのは園芸部の備品よ。……にしてもなんでシャベルなんか選んだんだか、鎌とか箒の柄とかいろいろ使いやすいものがあるでしょうに」
「お、なんだ。またシャベルの悪口を言ってるのか」
話していると胡桃が声をかけてきた。既に水やりを終えたのか、先ほどまで持っていたじょうろではなく今話題になっていたシャベルを手にしていた。
シャベルは赤い持ち手が目立つ剣先スコップで、色合いに目をつぶれば凪原が使っていたものとほぼ同じ形である。
その言葉に悪口じゃなくて事実よ、と返す悠里に、なにおーという胡桃。
「ナギも言ってやってくれよ、りーさんったらシャベルが武器に適してないって言うんだぜ」
「実際適してないでしょ、先端が重いから振り回すには力がいるし槍として使うには短いし。凪原さんが使ってるみたいな大振りのナイフみたいな方の使い方を教えてもらった方がいいんじゃないかしら?」
胡桃と悠里のそれぞれから相手を説得してくれといった顔を向けられた凪原は自分の考えに沿った返事をすることにした。
「シャベルは近接武器としてはかなり優秀だぞ」
「そうなの?」
目をぱちくりさせる悠里と、そらみろという風に頷く胡桃。
「シャベルは武器として色んな使い方がある。突いて良し、殴って良し、先端を研げば切って良し。作りが単純だから頑丈で雑に扱っても壊れないし、多少曲がったとしても使用に問題はない。メンテもほとんど必要ないことを考えればこれ以上の武器はあまりない、伊達に第一次世界大戦で最も人を殺した武器と言われていないな」
(まぁ第一次大戦云々は創作と言われてるけど)
実際俺も使ってるしな、と続ける凪原の言葉に難しそうな顔をしながら私も使ってみようかしらと言う悠里。
「いや、りーさんじゃうまく扱えないからやめた方がいい、重量があるから扱うには結構筋力が要るからな。華奢なりーさんじゃ大変だと思う」
「なるほどね、確かに私は胡桃と違って馬鹿力があるわけじゃないし難しいかしら」
「おい」
「そうだな、近接武器を使うなら槍かそれこそ武器庫にあった
「そうね、じゃあお願いしようかしら」
「聞けよ」
馬鹿力呼ばわりされたことに抗議する胡桃をなだめつつ、その他の近接武器を勧める凪原に悠里は肯定的な返事を返した。
「そうだ、胡桃も
「えー…、
「シャベルは振り回せるだけのスペースが必要だからな、室内とかの閉鎖空間だと
「ん、そういうことなら了解」
新しい武器の使い方を教えると言った凪原に不満げな胡桃だったが、理由を丁寧に説明すれば納得してくれた。
「水やり終わったよー」
「お疲れ様、それじゃあ収穫も終わったし戻りましょう」
水やりを終えてじょうろを片付けた由紀と慈が戻ってきたところで、悠里は手をたたくと作業の終了を宣言して階段口の方へと歩き始めた。由紀は収穫した小松菜が気になるようですぐ横について籠をのぞき込んでいる。
そして2人を笑顔で見守る慈はその後ろを歩いていた。
3人の様子はとても楽しそうで、まるで世界では何も起こっていないかのようにも見えた。
「あたしらで守らないとな、みんなを」
そんな3人を見て決意するかのようにつぶやく胡桃、そこにどこか危ういものを感じた凪原はその頭を抑えるように手を置くとやや乱暴になでる。
「まだ無理しなくていい。周りを守るためにはまず自分から、だ。しばらくなら俺一人でも大丈夫だから焦らないで頑張れ」
まぁ俺も戦いのプロってわけじゃないんだけど、と笑いながら続ける凪原に毒気を抜かれた胡桃は肩をすくめながら返す。
「まったく、最後の一言が無きゃかっこよかったのに。あと頭なでるな」
「はいはい。ま、かっこつけすぎるのも俺のキャラじゃないしな。―――さ、戻ったらまずは防具選びだ、動きを阻害しないようなのを選んでやるからそれをつけて特訓だ。簡単にバテるなよ?」
「当然っ!」
どちらからともなく拳を突き合わせた2人は元気よく前を行く3人を追い始めた。
以上、第10話でした。
今回は割りと説明会でしたね。今人気のRTAならこの辺の説明は不要なんですがこの話はゲームではないタイプなので一応こんな感じでパンデミック直後についての由紀たちのことを書いています。箇条書きになってしまったのは筆者の表現力不足です(悲しみ)
とりあえず今回で第1章的なパートは終わりです。次回ちょっとした閑話を挟んで遠足編がスタートします。
ちょっと書き溜めをするので次回の投稿は1週間後を予定しています。
これからもエタらないようがんばりますので応援よろしくお願いします!
それでは、次回の閑話でお会いしましょう!
胡桃、凪原(あとついでに筆者)はシャベル信者だったりする
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