何かと忙しい季節ですがいかがお過ごしでしょうか?
筆者は年末のごたごたで忙殺されています。
まぁその辺は置いておいて、13話です。お楽しみください
しばらくのち、凪原は9㎜拳銃を構えながら
その恰好は背負ったリュックが少し小型になっていることと、プロテクターを装着していることを除けば巡ヶ丘学院へ向かっていた時とほぼ同じである。
大きく違うところといえば頭にヘッドセットを装着していることだろう。見た目は片耳のヘッドホンにマイクが付いた感じであるがその本体はコードでつながれた先の無線機である。携帯が不通となった現在、単独で遠距離通信が可能な無線機は価値が跳ね上がっていた。
「こっちは順調、あいつ等もあまりいないし遅れもない。そっちはどうだ?」
『こちらも問題ないわ、周りには1体もいないし近づいてくるのも確認できない。それよりごめんなさい、本来なら私が行かないといけないのに……』
凪原が無線で話す先は悠里である。その声は普段の頼れるお姉さんのような雰囲気はみじんもなく、不安に震えているように弱弱しかった。
「気にすんな、こういうのは俺の方が向いてるからな。それより向こうに着いたら交渉は頼むぞ、俺の格好じゃ控えめに言って不審者だからな」
『そこは大丈夫よ。―――だから、お願い』
「ああ、いたら必ず無事に連れて帰る。じゃあまた到着した時に」
冗談めかした凪原の言葉にも、その口調は和らぐことなく最後まで祈るようであった。
通信を切った凪原は感心したようなため息をついた。
「……ホント、すごいお姉ちゃんだよ」
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煙による救難信号を見た時の悠里の様子はパニックの一歩手前といったところだった。危ないと止める周囲の声を振り切ってでも小学校の方へ行こうとし、手を離したらその瞬間にでも走り出しそうであり、もしそうなったら小学校にたどり着く前にゾンビにつかまってしまうのは明白であった。
「いい加減に落ち着けりーさんっ、小学校に向かうのは危険だ。行くにしてもしっかり準備をしてからだっ」
「私は落ち着いてるわ、だから離してっ。私はるーちゃんを迎えに行かないといけないのっ」
凪原の説得にも応じる気配をみせず、とうとう抑えるのも難しくなってきたところで、凪原はなるべくなら言いたくなかった内容を口に出した。
「たとえ行ったとしても、妹がいるとは限らないだろっ」
言った瞬間こちらの腕を引っ張る力がなくなり、逆に女子高生とは思えないほどの力で腕を握り返された。
「どういう意味かしら?」
そう尋ねる悠里からは表情といった表情が抜け落ちており、慈たち3人はその気迫に完全にのまれてしまっていた。凪原の背筋にも冷たいものが走るが意を決して口を開く。
「…そのままの意味だ。パンデミックが本格的に始まったのは部活動の時間ぐらいだろ?その時間なら小学校はとっくに放課後だ、ならりーさんの妹も学校にいたかどうかは定かじゃない。それに、」
「それに?」
無表情のまま先を促す悠里に凪原は続きを言うべきかどうかを悩んだ。今の悠里はかなり精神的に参っている、この状態で正論をたたきつけるのが果たして正しいかどうか判断できなかった。しかしこのまま何でもないとするわけにもいかないので意を決して口を開く。
「そもそも、りーさんの妹が無事かどうか分からない」
「……っ!」
「行ってみたら手遅れだったということもあるかもしれない。さらに言ってしまえば、最もひどい形での再会となる可能性だってゼロじゃない」
最もひどい形での再会、凪原は具体的には言わなかったがそれの意味するところは悠里だけでなくその場にいた皆が瞬時に理解できた。すなわち、
ゾンビ化した若狭妹と遭遇すること。
もしその状況に出くわした場合、凪原の見立てでは悠里の精神は持たないだろう。ならば知らない方がいいかもしれない。黙り込んで顔を伏せてしまった悠里に、残酷だとは思いながらも言葉を続ける。
「もし、小学校に行ったら今言ったようなことが起きるかもしれない、なら行かないというのも手だ。知らなければ希望を持ち続けることはできる」
「おいナギっ、お前いい加減にしろよ。そこまで言わなくてもいいだろうがっ」
「あくまで仮定の話だ、でも起きる可能性はそこまで低くない」
「だからって…っ」
言葉を発さない悠里に代わって胡桃が非難の声を上げるがそれを切って捨てる凪原。胡桃だけでなく由紀、そして慈までも程度の違いはあれど非難気な目を凪原に向けている。
(そりゃあんなひどいことを言ったらこうもなるか、こりゃめぐねぇはともかく3人からは完全に嫌われたかもなぁ。まあそれでもりーさんが危険を冒さなくて済むならそれでいいか。最悪の場合は4人が生きていけるように御膳立てしてから俺が消えればいい)
「それでも、…」
「どうした?」
「それでも、私はるーちゃんを迎えに行きたい。あの子は私の、たった1人の妹だから」
内心でそんな覚悟を決めながらも黙っていると、悠里が小さく呟く。まだ顔を伏せていたためよく聞き取れなかったため凪原が聞き返すと、顔を上げて毅然とした表情で繰り返した。
そこには先ほどまでのような焦燥を含んだ危うい様子はなく、覚悟を決めた人間の顔があった。
その顔を見れば、悠里が決めた覚悟のほどは容易に理解できるが、凪原は確認のために質問を投げかける。
「たとえ妹が無事じゃなかったとしても?」
「ええ」
「もしも、最悪の場合だったとしても?」
「……っ、」
1つ目の質問には即答、そして2つ目の質問では言葉に詰まってしまう悠里。まあ無理もない、家族が死んでしまったならば言い方は悪いが悲しいですむ。しかし、もしゾンビとして襲い掛かってくることを考えるとどうしていいか分からないのだろう。固く握りしめられた悠里の拳からはその心境がひしひしと伝わってくる。
(ここまで覚悟ができているなら十分かな)「よし、合格」
「「「え?」」」
脈絡のない凪原の言葉に疑問の声を上げる悠里達4人。
そんな一同に構うことなく、凪原は意識して厳しくしていた表情をやわらげると口を開く。
「それだけの覚悟ができてるなら大丈夫だ。さっきまでのりーさんはとてもじゃないけど落ち着いて考えられる感じじゃじゃなかったからな、今落ち着いた状態でそこまで言えるなら大丈夫」
「で、でも私はあなたの質問に即答できなかったわ」
結構きついこと言っちゃったな、と謝る凪原に呆然としたように答える悠里。それに凪原は手を振って答える。
「自分の家族がゾンビ化してました、どうしますか?なんて聞かれて即答できるような人はそうそういないさ。本当に即答できるほど覚悟ができてるならさっきみたいに取り乱したりはしないはずだ。もし今即答できてたら逆に何も考えていないんじゃないかと疑ったところだ。試すようなことして悪かったな」
その言葉に悠里はそうだったの、と息をついた。胡桃たちも凪原がなぜあんなにも厳しいことを言っていたのかが分かり表情をやわらげる。凪原に向けられていた視線も無くなり、凪原自身も内心で肩の力を抜く。
「なんだよナギ、そこまで考えてたんならそういえばよかったのに」
「そうだよナギさん、いきなりいつもと違う雰囲気になって怖かったんだからね」
「悪かったって、説明してたんじゃりーさんの内心が確認できなかったんだからしょうがないだろ。
2人の言葉にも笑顔を交えながら答える、慈も口にこそ出さないが安心したような表情をしていた。
「それで、凪原さんの見立てでは私はるーちゃんを迎えに行っても大丈夫なのかしら?」
「それは
「ただ?」
一度区切った凪原に疑問の声を上げる悠里。他の3人もまた雲行きが怪しくなってきたと表情を引き締める。
「他人がどうこうするのは筋違いと言っておいてあれなんだけど、小学校には俺1人で行った方がいいと思う」
「っ!、どうして⁉」
先ほどまでの自信の発言と真逆のことを言う凪原に、悠里だけでなく他の3人も驚いた様子だった。
4人の疑問に答えるように口を開く凪原。
「まず前提となることだけど、近くに航空機が居ないにもかかわらず煙での救難信号を上げたってことはあそこは相当追い詰められているってことだ。あそこにりーさんの妹がいるにしろいないにしろ、とにかく話を聞くためにはなるべく早く行く必要がある」
一息、
「それで、この5人の中で一番早く移動できるのは俺だ。あの距離なら車よりも徒歩の方が通れるところも多いから早く到着できるし、1人なら途中であいつ等に出くわしても逃げるなりなんなりで回避できる、妹さんが居たら連れて帰ってくることもできる。だから皆には待っていてほしい」
1人の方が移動がしやすく早く小学校に到着できるという凪原に、理解はできても素直に頼ってもいいものかとすぐには答えられない悠里。代わりに胡桃が口を開く。
「待っててくれって言われてもその間あたしらはどこで待っていればいいんだよ?」
「ここから少し行ったところに駐車場としても使える遊水地がある。あそこなら奴らはあんまりいないだろうし、開けてるから近づいてきてもすぐに気づける」
待機場所について聞かれてもすぐに答えられてしまい、言葉に詰まる胡桃。代わって慈がやはり危険だと声を上げる。
「やっぱり1人だけは危険ですっ。私も一緒に――」
「めぐねぇは俺らの中で一番運動能力低いでしょ、早く移動でできないって」
「うぅ――「ならあたしはどうだっ?こういう時の為に鍛えてきたんだ」」
一言で切って捨てられ答えられない慈に割り込むように胡桃が声を上げる。
「ダメだ胡桃、お前は俺がいない間に皆を守ってくれ。できるな?」
「う、そういうことなら…」
こちらも真剣そうな表情の凪原に何も言えなくなる。
「ねえナギさん、1人で行ってもなんて説明するの?りーさんの知り合いだーって言っても信じてもらえないんじゃない?」
「それについても問題ない」
由紀からの疑問に、凪原は車に積み込んでいたリュックの中を漁さり始め、すぐに何かの道具を取り出してきた。
「それ何?イヤーマフ?」
「これはヘッドセット、まぁトランシーバーの親戚みたいなものだ。これなら携帯が不通の今でも使えるからな、向こうに着いたらこれを使ってりーさんと妹に直接話してもらう」
1人で行くのを思いとどまらせ、せめて悠里だけでも同行させようと色々質問をしてみても解決策が用意されており、黙ってしまう由紀達。
沈黙を破ったのは先ほどからずっと考え込んでいた悠里だった。
「本当に、本当に大丈夫なの?」
「ああ」
震えるような声に安心させるように断言する凪原。その声に何かを感じ取ったのか、悠里はしばらく目を閉じるとやがて深々と頭を下げた。
「お願いします凪原さん。あの子を、るーちゃんを」
「分かった、必ず連れてくる」
悠里の願いにしっかりと返事をする凪原。
「お、おい、いいのかりーさん?自分が行かなくて」
「いいの。凪原さんの言う通り私たちがついていくよりも凪原さん1人の方が早く行けるのは事実。それに無事だったとして、連れてくるときにるーちゃんだけなら守れるかもしれないけど私が居たら邪魔になるかもしれない。だったら凪原さん1人に任せた方がいい」
いいのかと問いかけられるが、毅然とした声で返す悠里に周りも「
「それじゃあ行ってくる。なんかあったら
そうの言葉に無言で頷く4人を見ながら凪原は単独行動を開始した。
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「さて、無事に着いたのは良いけど結構いるなぁ」
出くわしたゾンビを迂回したり処理しながら進むことしばし。裏道を通ったせいか遭遇自体が少なかったため、凪原は予想よりも早く鞣河小学校に到着した、のだが―――
「見たとこ校庭に3~40体ってとこか、隅にいる分とかを足せばもっといそうだな。しかも元は子供の奴らか、……やりにくい」
校門は内側に倒れ込むように壊されており、その敷地内にはかなりの数のゾンビがうろついていた。しかもその多くが元は小学生だったと思われる小柄なゾンビだった。
ゾンビの身体能力は基本的に生前の者に依存するため、小学生ゾンビは脅威度としては高くない。せいぜいすばしっこいから注意が必要な程度で筋力などは大したことが無い。
しかし自分とよりも小柄な(しかも場合によっては生前の面影が残っている)相手というのはなかなか精神にクるものがある。凪原としてもあまり相手にしたくない部類だった。
「まあこんな時は持ってて良かったキッチンタイマー、の出番だけどどこにセットするかだな」
高校で車を回収した時のその効果は実証済みだが、今回は凪原1人しかいないため前回由紀にやってもらったように位置を動かすことができないのでタイマーを仕掛ける場所に気を使う必要がある。このゾンビの数では鳴らし始めてからやっぱり変更、はできない。
「場所決めの為にはどこに生存者がいるかが重要だけど、煙からしてあそこしかないよな」
そう呟く凪原の視線の先は体育館である。他の校舎から離れた場所にある独立した建物であり、その屋上からは先ほどから目印にしていた3本の煙が立ち上っていた。
そして煙以外の生存者がいる証拠として、出入り口付近に数体のゾンビが集まって扉を叩いていた。
「とりあえずは間に合ったって感じかな」
生存者がいなければゾンビがあんなに反応することはない。どのように感知しているのかは分からないが、ゾンビは生きた人間をしっかりと感知する。そんなある意味では最強の人間センサーが反応しているのだ体育館の中には必ず生存者がいるのだろう。
「それじゃあちゃっちゃとやっちゃいますか」
自身に気合を入れるように呟くと、凪原はゾンビに見つからないよう姿勢を低くして動き始めた。
るーちゃん合流まで1話でいけるかなって思ったら終わらなかった。
のでこの話はもう1話続きます。
アンケート締め切りました。
50人近い方々に投票していただき誠にありがとうございます!
結果は
るーちゃん、でした!
やっぱみんなこの呼び方好きですよね。という訳で地の文でのるーちゃんの呼び方はそのまま、るーちゃんにしたいと思います。その他に投票してくれた方もありがとうございました。
年内にあと1話、できれば2話行けるかな?プロットはあるんですが執筆時間が……
それではまた次回!