本年もよろしくお願いいたします。
今回は本編の続きです。
かなりの難産だったのになんか違う感…
「もっと気を抜いてもいいんじゃないか」
悩んだ末に出てきたのはそんな言葉だった。それだけでは伝わらないと思い、返事を待つことなく続ける。
「なんて言えばいいか分からないけど、胡桃は気を張りすぎてるように見える。そりゃこんな状況だからそれが悪いとは言えないけど、その負担を抱え込むばかりじゃそれは体の中で毒になる。こんな状況だからこそ、とも言えるか」
「最初に会った時にも思ったんだが、皆を守らないとって思いが強い。だから自分が弱ってるのを見せたら皆を不安にさせてしまうかもって考えるから周りに弱音も吐けない。我慢すればいいと思うから気づかないうちに自分の中に溜まっていく」
「まだ大丈夫だと思うけど、限界は必ずくる。んで、そうなってからじゃもう遅い」
話を続けるうちに胡桃の方の震え始め、だんだんとその震えが大きくなっていった。かなり無遠慮な言葉にこらえていた感情が爆発しそうになっているのだろう。
なので、凪原はその機先を制するように動く。
「だから、さ」
手を伸ばして胡桃の頭、その側面に手を置く。
「めぐねえ達に弱音を吐けないってなら、俺を頼ってくれよ。幸い胡桃より俺の方が強いからな、弱音でも不安でもどんとこいだ。会って1ヶ月も経っていない俺に言われても信用できないかもしれないけど、守りたいって思ってるし、守るって約束だからな」
言いながら胡桃の頭をゆっくりとなで続けていると徐々に体の震えが収まってきた。
やがてなでる手が止まり、ゆっくりと離したところで胡桃が口を開いた。
「あたしさ、好きな人がいたんだ」
(いた?)「ああ」
「その人は1個年上で陸上部の先輩だったんだ。かっこよくて、優しくて、話もうまくて一緒にいて楽しかった」
「なるほど、俺らの一個下の代にそんな奴がいたのか……爆ぜろ」
「クスッ)男の僻みはかっこ悪いぜ?」
「言うな、何やっても一歩引かれて見られる気持ちは結構クるんだぞ。俺が何したってんだ」
「いやそれは自業自得だろ」
軽口を叩き合ってみてもその先が続かない。しばらくの沈黙ののちに再び胡桃が話し始めた。
「そんで先輩は卒業した後もちょくちょく部活に顔を出しに来てくれてたんだ。……あの日も」
「あいつらが校内になだれ込んできたとき、あたしと先輩は一緒にりーさん達がいた屋上に避難したんだ。でもその途中で先輩は噛まれちゃってさ、屋上に着いてからあいつ等になって、あたしがとどめを刺した」
「その時の感触がまだはっきり残っているんだ」と続ける。その声には悲しみがにじみ出ているようで、少し涙ぐんでいることが分かった。
(パンデミック初日の話に引っかかるところがあったけどそういうことだったのか。好きだった人を自分の手で、ね。そりゃきついよな、女子高生にさせていい経験じゃないよ)
思わず取り立てて信じているわけでもない神に文句の一つでも言いたくなる。凪原にはどうしていいのか分からなかった。弱音でもなんでもどんと来いとは言ったが、こういった異性関係に関することは不慣れであった。
「どんと来いとは言ったけど、慰めるのはあんまり得意じゃなかったのを忘れてた」
「なんだよそれ」
「すまん……でも、そう泣かないでくれ。なんというか……胡桃に泣かれると、困る」
正直に白状すると胡桃は呆れたような声を出した。
それに謝りつつ何とか気持ちを伝える凪原に胡桃はため息をつき、背を向けていた状態から仰向けに姿勢を変えると凪原の方に右手を差し出してきた。
「ナギに話術を期待するのは無理だって分かった。だから手、握ってて」
「……それぐらいなら喜んで」
顔だけはかたくなに凪原からそむけたままそう言う胡桃に、凪原は小さく笑って答える。
差し出された手を包み込むようにやさしく握る。凪原のそれと比べて一回り以上小さい胡桃の手は一瞬こわばった後、その感触を確かめるようにゆっくりと握りしめてきた。
「………ありがとう」
言葉がギリギリ聞こえるかどうかという声量でこぼれたのを最後に会話は完全になくなり、やがて寝息が聞こえ始めた。その後もしばらくは起きていた凪原だったが―――
「ホントよく頑張ってると思うよ、まだ成人もしてない年齢なのにさ」
そう呟くと、自身も眠気に身を任せて意識を手放した。
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「んぅ……」
意識がゆっくりと浮上していくのを感じながら胡桃は目を覚ました。まだ半分寝ているような状態なので目も閉じたままだし頭もぼーっとしている。
なぜかいつもより寝心地がいい気がするし、右手に何かを掴んでいるような感触がある。うまく働かない頭でそれが何なのか確かめようと握ったり緩めたりしてみるが少しごつごつしているが適度に柔らかいということしか分からない。
確かめようとうっすらと目を開けてみると、凪原の寝顔が至近距離にあり、胡桃の右手は彼の右手に握られていた。
「~っ!」
あまりにも予想外な光景に叫びかける胡桃だったが昨夜のことを思い出し、すんでのところで踏みとどまる。
見回してみれば自分の家の自分の部屋、自分のベットの上で横になっている。カーテンを閉めてなかったので電気がついてないにもかかわらず部屋の中はそれなりに明るい。
そして目の前にいるのは枕元近くの床に座り込み、ベットの上に乗せた自身の左腕を枕として寝息を立てている凪原。
どうやら寝ている間に寝返りを打ち、体ごと凪原の方を向いてしまっていたようだ。
(確かに手握っててとは言ったけど、ほんとにずっと握ってるとか予想外すぎだろ)
握られたままの手を振りほどこうと軽く振ってみるが、思いのほかしっかりと握られているためなかなかほどけない。これがもしトイレに行きたいとかであったなら拳でたたき起こすのだが、特にそんなことはないので軽くため息をついて振りほどくのを諦める。
(昨夜のこともあるし、たたき起こすのは勘弁してやるか。というか結構恥ずかしいところ見せちゃったなぁ)
ゆうべのことを思い出して苦笑する胡桃。
昨日、凪原が悠里の妹を無事に連れ帰ってきたとき、もしかしたら自分の家族もどこかに無事でいるんじゃないかという思いが生まれた。それまでは心のどこかで諦めていたおかげで顔を出さなかった家族への思いが頭の大部分を占めてしまった。実際、車での移動中はほとんど上の空だったと思う。
そしてふと我に返った時に外を見たら自分の家があって思わず声を上げてしまい、その後凪原の静止の声も聞かずに家に飛び込んでしまった。今思い返せば危険にもほどがあったと思う、けどあの時はそんなこと考えられなかった。
そうまでして飛び込んで家族の安否について分かったことは何もなし。部屋の中は荒れていたれけど押し入られた形跡はなかったから恐らく母親が避難する際にやったのだろう。パンデミック発生から2週間以上たつのに戻ってきた様子もなければ書置きの一つも無かった。
冷静に考えてみれば避難当時は慌てていただろうし、事態が収束したわけでもないのだから両親が家に戻って来てるはずもない。
だけどその時はそんな簡単なことも受け入れることができず、唯一散らかっていなかった自室で、目の前の現実から逃げるように横になることしかできなかった。
凪原が声をかけてきたとき、冷静でいつもと変わらない様子の彼に少しだけ弱音を吐いてしまった。その中で自分がしっかりしないと、というような普段なら絶対に他人に言わないようなことまでも言ってしまった。
それを聞いた凪原が言った言葉、「もっと気を抜いていいんじゃないか」。
言われた瞬間は内容が頭に入ってこなかった。しかし続きを聞くうちにだんだんと怒りが込み上げてきた。
気を張りすぎ?負担を抱え込んでる?そんなことは自分が一番分かっている。このままじゃいつか破綻することなんて百も承知だ。
でも他にどうすればいい?今は何とかなっているが何がきっかけで破綻するか分かったもんじゃない。それでも何とかやっていくためには負担が掛かろうと気にしてはいられない。
凪原はいざとなれば1人でも生きていけるだろうからそんなことが言えるんだろう。
思わずそう叫びだしそうになった時、頭に手が置かれた。
いつもは胡桃をからかうときなどに凪原が良くする動作であったが、その時は違った。労わるような、気遣うような、自身のものよりずっと大きいその手からは凪原が本当に自分のことを大事に思っているのが伝わってきて、胡桃の心の中で凝り固まっていたものがほぐれていくように感じられた。
しばらく頭をなでてもらっているうちに沸騰しかけていた頭は落ち着きを取り戻し、今まで凪原に対して内心で自分との間に引いていた線も取り払った。
そして、胡桃は初めて先輩を殺した時のことを他人に話した。
(見てはいないけれどきっと)情けなさそうな顔をして正直に慰め方が分からないと言われたときは呆れてしまったけれど、それでも真剣に聞いて考えてくれていることは伝わってきて、それを聞いて胡桃は心の中で区切りをつけることができた。
手を握っててくれと言ったのはこれからへの景気づけだ。突き出した自身の右手を掴んだ手はやっぱり大きく、それが自分を守ってくれているようにも感じられ、胡桃は久しぶりに心から安心して眠ることができたのだった。
(というか今冷静になって思い返してみるとあたしかなり恥ずかしいことしてない⁉)
よく眠れたせいか、いつもよりも冴えた頭で昨夜のことを思い出して一人身もだえる胡桃。心身ともに疲れていたこともあり色々ぶっちゃけすぎてしまった気がする。
(気が動転してのもあってあたし昨日泣いてたよね。え、じゃあもしかしてナギに泣き顔見られた?先輩にも見せたことないのに?いやいや顔は背けてたから見られてないはず、だから大丈夫。うん、きっと多分まだセーフだからっ)
右手は塞がっているため、空いている左手で顔を覆いながら軽く身もだえる。何に関してセーフと考えているのか自分でもよく分かっていないあたり相当混乱しているようだ。
しばらくのち、何とか落ち着きを取り戻すと、胡桃は目線をいまだ起きる気配の無い凪原へと向ける。
(ナギって寝てるときこんな顔してるんだ。ってか男子が寝てるとこをしっかり見るのって何気に初めてだよな、先輩の寝顔とかも見たことなかったし)
そんなことを考えながら凪原の寝顔を観察する。普段の飄々とした態度や時折見せる真剣な表情から、起きているときの凪原は自分よりもかなり年上に感じられる。しかし今寝顔を見ていると全然そんな風には感じられなくて、どこかあどけなさの残る顔立ちは年相応なものに見える。
(こうして見るとあんまり歳が変わんないって実感するよな。それに昨日感じたほどナギの手大きくない、お父さんの手はもっと硬くてごつごつしてたのに)
胡桃の記憶にある男性の手の感触と言えば父親のものである。毎日のように力仕事をしていた父の手は皮膚が硬くなり、全体的に分厚かった。幼いころに手をつないだ時などはその武骨さに頼もしさを感じたものである。しかし、今握っている凪原の手は多少はがっしりはいるものの、父のそれと比べるとあまりに華奢だった。
(でもそりゃそうか、ナギだって1ヶ月前は普通の学生だったんだもんな…)
当たり前のことに今更ながら思い至る胡桃。胡桃たちが1月前は普通の高校生だったように、凪原も1月前は普通の大学生だったのである。そんな凪原は今では胡桃たちを守ろうと矢面に立っている。胡桃も皆を守ろうとはしているがその負担は凪原の比ではないだろう。
「あたし達が重荷になってないかな…」
目の前にある凪原の頬を突きながら無意識のうちにこぼれたその言葉は、誰の耳にも入ることなく空気に消えていくはずだった。
「そんなことないぞ」
「うひゃぁっ⁉」
凪原が否定の言葉を発さなければ。
思わず声を上げながら見れば、うっすらと右目を開けながらこちらを見る凪原と目が合った。
「おはよう胡桃、元気になったようで何よりだ」
「あ、ああおはよう、―――って違うっ。ナギ、お前起きてたのかっ」
「そりゃお前、手を握られたり離されたり頬を突かれたりすれば起きるだろ?」
「それはっ―――…そうだけど」
ほぼ無意識でやっていたことを指摘され一気に勢いをなくす胡桃。その様子をみた凪原は笑いながら胡桃に問いかける。
「さて、一晩寝た後の調子はどう?」
「うーん…、何となくだけどもう大丈夫だと思う」
「そうか」
「うん。…それよりナギは、平気なのか?」
「ああ、さっきの重荷がどうこうって話か?胡桃たちが重荷になってるってことはないない、全然無い」
「えっと、それは良かったんだけどそうじゃなくて、
「へ?んー…。そりゃ辛くないってことはないけど、まぁ大丈夫だと思うぞ」
1回目と2回目の答えで凪原の様子に特に変わったところは見られなかった。しかし、―――
「本当に?」
胡桃にはどこか無理をしているように見えた。なので顔を近づけてもう一度問いかける。
「く、胡桃?」
「いや、なんか大丈夫って言った時少しだけナギの顔がゆがんだように見えたから」
その言葉に驚いたように目を見開いた凪原は、やがて苦笑を浮かべると口を開いた。
「めぐねぇから聞いたのか?」
「何のこと?」
キョトンとした表情の胡桃から、自身のことについて慈から聞いていたわけではないことをが分かり何でもないと首を振る。
(めぐねぇといい、胡桃といい、俺の周りには察しがいい女性が多いな。というか俺が自分のことに鈍いのか?)
「どうした?急に黙り込んで」
「いんや、ちょっと考えごとしてた。どうやら自分じゃ気づかなかったけど少しばかり無理してたみたいだな、気づけたからもう平気だと思う」
胡桃の察しの良さに舌を巻きつつそう言えば、不安そうにしながらも納得したようだった。
「それならいいけど、ホントになんかあったら言ってくれよ?あたしもナギのこと守りたいって思ってるからさ…」
「ん、了解。……ありがとう。頼りにさせてもらうよ」
そう答えると、胡桃は柔らかい笑みを浮かべた
「さて、頼れる胡桃さんにさっそくお願いがあるんだが」
「なんだ?」
「そろそろ手、放してくれ」
「………フンッ」(ドスッ)
「痛てっ」
もうちょっとこう、あるだろって自分に言いたい今日この頃もっと腕上げないとなぁ…
さて、これからはまたテンポよく進めていきたいと考えています。
今回だけ雰囲気が違いますが次回からは元に戻るので今後もお付き合いいただければ幸いです。
あと、今週は平日投稿できるか分かりません。詳しくは活動報告をご覧ください。
それではまた次回!