――8月--日 20:27 ラクーンシティ某所――
「ネオンサインや街灯の明かりが届かない裏通り.
普段であればきらびやかな場所では生きられない者達が独自のコミュニティを築いているはずのその場所は,今日に限っては人っ子一人見られず静けさだけが広がっている.
裏に生きる人間は総じて表でのほほんと生きる人間よりも危機察知能力が高い.その感覚が彼等を生かし,この場から遠ざけているのだろ――イテッ」
「誰に言ってんのか分からないモノローグはどうでもいいからちゃんと集中しろって」
一方がもう一方にはたかれながらも2つの影が常とは雰囲気の異なる路地裏を駆ける.無論,はたかれたのが凪原ではたいたのは胡桃である.
角と尻尾を生やし,禍々しい得物を携えた異形が闇に紛れて動いている様は幼い子が見たら泣くかもしれないが仕方がない.今の姿で明るい場所に出ようものなら秒で騒ぎになることは目に見えているため,窓から見ているかもしれない良い子には諦めてもらうことにしていた.
どうせ数ヶ月以内には皆本物のバケモノを目にすることになるのだ.遅いか早いかだけの違いである.
そんな百鬼夜行の先遣隊と言えなくもない2人の足が道端にお目当ての紙束を見つけたことで止まった.
灰色の紙に写真や細かい文字が印刷されたそれは,一般的に新聞と呼ばれるものだ.拾い上げた胡桃が一瞥して出版がどこかを確認する.
「ラクーンタイムズ,これまでのとは別の奴だな」
「よし,じゃあだいたい集まったから引き上げようぜ」
「おっけー」
軽く言葉を交わした直後に2人の体がブレる.
もしこの時近くに人がいれば,2つの人影が3階ぐらいの高さまで飛び上がり,その後も非常階段の手すりを足場にしながら屋上へと消えていくのを見ることができただろう.
凪原も胡桃も,既にB.O.W.としての身体能力を発揮し始めていた.
「「……….」」
人間にはできないパルクールから数分後,凪原と胡桃はとあるアパートの屋上で拾ってきた新聞に目を通していた.ちょうど室外機の影になる位置に座っているので周囲から見つかる心配もなく,集中して記事の内容を頭に入れていく.
さらに数分したところで読み終わった2人はほぼ同時に顔を上げた.
「とりあえず今日は8月4日ってことでいい?」
「ああ多分それで間違いない.にしても今が何日かを知るのにこんだけ苦労するとはな…」
「ほんとそれ.街灯モニターとか携帯とかもないし,何を調べるのでも苦労しそう」
「まあ未来は良かったってことで.そんでこれでやっと具体的な話ができるな」
時刻は町の時計塔のおかげで分かるものの,日付を知るのにはなかなか骨が折れた.とはいえ知りたい情報は手に入ったのでようやく話を進めることができる.
凪原がコンクリートの上に広げたのは背負い袋から取り出した数枚の紙の資料と筆記具だった.
ちなみにこの背負い袋は研究所の残骸で見つけた白衣をてきとうに裂いて作ったもので見た目は完全に頭陀袋である.アタッシュケースなどもあるにはあったが,常に得物を持ち運ぶ都合上もう片方の手は空けておきたいので間に合わせに作った次第である.
「今が4日ってことは俺等が目覚めたのは……7月の29か30あたりか?」
「そんなもんじゃない?ドクターはシステムの供給が無くなっても1週間は平気って書いてたけど,」
「丸ごと吹き飛ぶとは想定してなかったろうしな.3,4日保っただけでも上出来か」
話しながら『7.29∼30 凪原・胡桃覚醒』と書き足す凪原.
そしてその上の行には『7.26 洋館事件終結,研究所爆破』,下の行には『8.10日前後 クリス謹慎開始』と書かれており,その他にも『アンブレラ』やら『R.P.D』やら『S.T.A.R.S』やらと,どこかで聞いた覚えのある単語が紙面に踊っている.
「改めて見ると完璧オーパーツだよね,これ」
「予言書以外の何物でもないからな.それにしてもホラーダメな胡桃がここまでやり込んでるとは思わなかったぞ」
「だから物理的に対抗できるのなら平気なんだって!バイオはゾンビ相手だから問題なし!」
「はいはい.実際俺も割と好きだったから本家もリメイクもやってたし,2人分の記憶のおかげでかなり詳細なのができたのは良かったよ」
「なんかてきとうに流してない?」
「ないない」
そう.この資料実はゾンビゲームの金字塔,バイオハザードシリーズのラクーン事件における出来事一覧表である.ゲーム通だった凪原とシューティングゲームとしてこのシリーズを嗜んでいた胡桃が互いの記憶をすり合わせながら作成したものであり,ゲーム内で描かれた,あるいはそこから推測可能な事柄が時系列順でラクーン事件終結まで記載されている.
凪原の言葉通りまさに預言書といった内容だ.
この世界の人間に見られたら凪原達の立場が狂人か黒幕の2択になりかねない危険物だが,2度と仕入れられない情報なので記録に残すに越したことはない.
幸い,と言っていいのかは不明だが現状2人は見た人の9割が回れ右して逃げ出す見た目をしてるので資料を取られる心配は少ないだろう.
「…まあいいや.そんじゃどうするナギ?この日付なら多分ゴリスはまだ普通に出勤してると思うけど」
「あー…,そうだな.まだ第1形態だけどあのゴリラがいるといないじゃ大違いだ」
「ゴリラって,ナギお前ストレートすぎだろ」
「ゴリス呼びの胡桃もたいがいだっての」
会話の内容が今後の動き方に移る.差しあたっての問題はクリス・レッドフィールドについてだ.
ゴリラあるいはゴリスと呼ばれる彼はバイオシリーズ代表格の登場人物であり,その戦闘力は凄まじいの一言.武器も使わずに単身でB.O.W.とタメを張れる人間はそうはいない.
「このままじゃ今月末にはヨーロッパに行っちまうからなんとか引き止めないとな」
「かと言って普通に声を掛けるわけにもいかないしね」
もし,彼が当時ラクーンシティにいれば状況はかなり変わったかもしれない.
エリート部隊S.T.A.R.S.の隊員であり,純粋な戦闘力もそうだが高い統率力も見逃せない.R.P.D.の警官たちにも慕われていたようなのでパンデミック下における警察組織の混乱を抑えられる可能性が高いのだ.
だからこそ凪原と胡桃は彼を出国させないことをさしあたりの目的にしていた.
とはいえ,実際にはクリスは事件当初ラクーンシティにいなかった.
彼をこの地に留めることは,歴史を捻じ曲げることになるかもしれない.
しかしそれでも,2人はやるつもりである.
研究所で目覚めたその日のうちに,凪原達はこの世界で生きるための3つ指針を決めていた.
一つ,自分達が生きるための立場と環境を確立する
一つ,これから起きるバイオハザードによる犠牲を可能な限り減らす
一つ,上2つを達成するためなら正史を崩すことになってもできることはやる
それを思い返していた凪原の,B.O.W.化により強化された耳にある音が届く.胡桃にも聞こえたようで顔を上げ凪原と同じ方に顔を向けている.
聞き慣れた,恨んでいるのか嘆いているのか,真意は分からずとも飢えだけは強烈に伝わってくるうめき声だ.
「―――やっぱりもういるか.なら方法は一つだな」
「まあ,そうだな」
荷物をしまい得物を肩に担いで走り出す.
探し物をするわけでないのなら屋上を駆けたほうが早い.建物の間を飛び越え数十秒走ってたどり着いた建物,そこから見下ろした視線の先では1体のゾンビがフラフラと歩いていた.
他に人影がないのを確認したところで凪原は背負い袋を胡桃に渡す.
「んじゃちょっと行ってくるから荷物よろしく」
「了解.いちおう言っておくけど気を付けて」
掛けられた言葉に手を振って返事とし,凪原は気負うことなく自然に飛び降りる.
空中で姿勢を調整する彼が手にしているのは今の彼等を生み出したドクターがプレゼントと称して遺した得物,特別性のハルバードだ.
全長はそれほどではないが肉厚で斧の部分がかなり大きく,バランスをとるためか反対側の鉤部も大型化しているため総重量は人間に扱えるものではない.
凪原達の変異した皮膚と似たような表面材質に,柄のわずかな歪曲や各所に生えた棘も相まってその外観は悪魔の武器を思わせるが,その見た目に反して妙に凪原の手に馴染む.
そんな起源は古くとも新しい武器を大きく振りかぶり―――
「――ハァッ」
―――凪原はゾンビの胴体を両断した.
====================
――8月6日 23:52 住宅街――
『司令部より131へ 不審者の通報あり,至急プリベット通り5番地へ急行せよ』
「131了解,不審者について詳細求む」
『恐らくは男性,身長は170程度.うめき声をあげていて両腕が千切れ腸が飛び出していたとの報告あり,しかし通報者の若い男性は混乱しており信憑性は低い』
「把握した,10分で行く」
無線を戻しながらアクセルを踏み込んで,指定された住所へ向かう.
にしても不審者ね.大方酔っ払いかホームレスを,少し調子に乗って夜の冒険に出たスチューデントが見間違えたってとこだろうな.
「聞いた通り腕が千切れた不審者だとさ.ハローウィンにしちゃ早すぎる――ってどうしたんだよリタ?」
無線が流れてから急に静かになった助手席を見れば,部下兼相方のリタ・フィリップスが固まっていた.普段元気だからなかなか珍しいな.お,再起動した.
「どうしたもなにも,無線聞いてなかったのマービン!?腕がなくて腸が飛び出てるんですよ!?」
「いやどう考えても見間違えだろ,本当に通報の通りなら死んでるっての」
そういやこいつホラー,それもスプラッタ系ダメだったな.
何年か前に夜勤の時皆でホラー映画みせたらショットガン持ち出してきたから部署総出で止めたんだっけか.
「で,でも最近リビングデッドの噂がすごいじゃないですかっ.きっと今回もそれですよ」
「あーそういやなんかウェスが言ってたな.胴が両断されてるのに動いてたとかぬかしてたから笑い飛ばしてやった」
「りょ,両断っ!?」
「しかもいきなり燃え上がってそのまま悶えながら燃え尽きて何も残ってないんだと.つくならもっとマシな嘘つけって話だぜ」
「……….」
この数日署内で噂になっているリビングデッド,生きる屍ってやつか.
なんでも通報を受けて向かったら遭遇したなんて話だが,昔から時々話題になる与太話だろう.
あ,リタがカタカタ震え始めた.
「…もうこのまま署に戻りましょうよ.1件くらい通報無視しても治安なんて変わりませんよどうせ」
「お前それ警官が言っていいセリフじゃねえぞ…」
結局,拳銃片手に涙目でパトカージャックを画策し始めたリタを必死に説得するハメになった.
なんか始まる前から疲れたがここからが本番だ.
酔っ払いだろうが本当のリビングデッドだろうが,このマービン・ブラナー様が相手してやるさ.
――8月7日 00:07 ラクーンシティ ダウンタウン――
「通報があったのはこの公衆電話で不審者はさらに奥か.よし行――なんで
パトロールライフルなんぞ持ってくるなよ.戦争にでも行く気か?
「身を守るためです.これがダメなら行きませんよ,私は」
「あーはいはい分かった分かった.それ持ってていいけど後ろから撃たないでくれよ」
面倒だしもういいか.
でも前よりも後ろ気にしなきゃならないとかどういう状況だよ.無駄に緊張感があるぞ.
これでただの酔っぱらいだったら心労分として朝のコーヒーでも奢らせるとしよう.
数分前の俺は確かにそう思ってたさ.
「……おい冗談にしちゃ笑えないぞ」
物音がする方に向けてみた懐中電灯の先に,通報内容通りのバケモノが照らし出されやがった.
左腕は根元から無くなってるし,右腕はあるにはあるが肘から先が腱1,2本でぶら下がってるのは千切れてるの範疇だな.
腹からは腸だか内臓だか分からないもんが「コンニチワッ!」してるし,そのせいで服は元の色も柄も分からない程血まみれだし―――ちくしょうこっち来やがった.
「止まれっ,そこで止まらないと撃つぞ!――クソッ」
うめき声と共に近づいてきた奴に警告するが,早々に無意味と判断しそのまま胸の中央をポイントしてダブルタップ.耳慣れた銃声が連続して鼓膜を叩きそれに合わせてあいつの体が揺れ,それだけだった.
あいつは何も変わらずこちらへ歩みを進めている.
「ジャンキーか!」
無意識の言葉が口から漏れるがあれがただの薬中ではないことは感覚で分かる.分かるがそれ以上頭が働かねえ.なんなんだよこいつは!
「マービンどいて!」
「!ああッ」
内容を理解した瞬間転がるように横へ移動していた.
「こないでぇっ!」
声とともに響いた銃声に続けて奴が胸から肉を撒き散らしながら後ろに倒れ込んだ.俺の
振り返れば,リタが震えながらも綺麗なフォームで構えたAR-15の銃口から煙が上がっていた.
「すまないリタ.助かった」
「ほ,ほら,やっぱり必要だったでしょこれ.貸し1つで―――」
気丈に笑っていたリタの表情が凍り付く.おい冗談だろ?もう勘弁してくれよ.
「嘘だろ………」
視線を戻した先ではあいつがゆっくりと立ち上がっていた.
5.56ミリを胸に喰らってなんでくたばらない?
いや,もう自分をごまかすのは無理だ,あいつはもう死んでいる.それなのに動いているんだ.
思考が麻痺しちまったのか体が動かない.かろうじてリタの前には出ているがこのままじゃ庇いきれない
「ガアアァァアアァァァ……」
「ッ!」
決着は刹那だった.
我に返った時,奴は倒れ込んで今度こそ動かなくなっていた.
奴と目が合いその瞳を覗き込んだその瞬間,俺は顔面に向けて弾丸を叩き込んだ.
なんだあの目は,理性はおろか何の感情も浮かんでいない濁り切った瞳.あれは人どころか生き物が浮かべていいものじゃなかったぞ.
―――ボッ
「うぉ!?」
今更ながらびっしりと鳥肌が立っていることに気付いて腕をなでているといきなりあいつの体が発火しやがった.これもウェスが言ってた通りだったな.
本来なら消火栓を探して火を消すべきところだが,今の俺にそんな気力は残っていない.幸い近くに火が移りそうなものもないし,このまま放置することにする.
「さて,もう大丈夫だから戻るぞ.今日のパトロールはもうおしまいだ」
何とか平静を装いつつへたり込んでいるリタを助け起こし,そのまま肩を貸してパトカーへと向かう.
無線で応援と消防を読んで,後のことはそいつらに任せちまおう.
いったい今のは何だったんだ?
あんなのが何体もいるなんて,この街で一体何が起きているんだ?
う~ん,書き方の練習を兼ねてるけどやっぱり1人称は難しい&マービンさんの口調が分からない……
さて,ぼちぼちネームドキャラが登場し始めました.次は主要キャラがでてくる,かも.
それではまた次回!