「さて皆さん、俺が何を言いたいか分かりますか?」
しかめっ面で腕組みをしている凪原の足元には、いくつものスーツケースが山積みになっていた。1つあれば海外旅行に行けるサイズのものがこれだけ積み上がっている様はある意味壮観だ。いうまでもなく中身は女性陣がこれでもかと詰め込んだ洋服の数々である。
多すぎたため持ってきたスーツケースでは足りず、凪原は再度かばん売り場まで行かされるハメになった。
「いくらなんでも多すぎるんじゃないですかねぇ……」
「あはは~選びすぎちゃったかな」
「まぁ正直悪かったとは思う」
「ちょっとはしゃぎすぎちゃったかしら」
驚愕半分呆れ半分といった表情の凪原に、冷静になったのか皆も苦笑いを浮かべている。その様子にため息をつきつつ続ける凪原。
「まぁ気持ちは分かるよ?みんな女性だからファッションには興味あるだろうし、こんな自由に欲しいものを選べる機会なんてなかっただろうしさ」
「バーゲンでも0円にはなりませんからねぇ」
「そうそう、全部タダなんだ~って思ったらみんな欲しくなっちゃってさ」
「私も柄にもなく色々目移りしてしまいましたね」
「確かに美紀が色々見てたのは珍しかったね、普段からそれだけ服に気を使って、あとは目つきを良くすればもっとマシになるのに」
「ちょっと圭、目つきは関係ないでしょ」
凪原の言葉に頷く一同、やはり女性はセールが好きなのだろうか。そして、美紀の言葉に反応した圭が からかうように言うと美紀はわずかに顔を赤らめて言い返す。しかしそれに反応したのは由紀だった。
「そんなことないよみーくんっ、みーくん美人さんなんだからもっと笑わないと!仏頂面だと幸運が逃げてっちゃうよ」
「ノらないでください由紀先輩、それに幸運といえば私は先輩たちに助けてもらったところで一生分使っちゃいましたよ」
そんな冗談交じりの掛け合いに周囲の笑い声があがる。皆の顔は明るく、現状を悲観しているような雰囲気はない。
(これだけ笑えるなら大丈夫そうだな、特に圭と美樹の2人はるーちゃんと違ってかなり危険と隣り合わせだったみたいだからもっと精神が疲弊してるかと思ったけど。女性は強いってことなのかね)
その様子を見てそう結論付けた凪原は、内心で一つ頷くと口を開く。ここからは趣味ではなく
「そんじゃ美紀の将来がお先真っ暗なのは置いておくとして、こっからは今回の遠征の本題の食料調達の時間だ。全員気を引き締めすぎない程度に引き締めるように」
胡桃からは「どっちだよっ」、美紀からは「置いとかないでください」というツッコミが響いた。
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「ねえねえ、これ持って行っていい?」
そう聞く由紀が手に持っているのはポータブル式のCDプレーヤーだった。凪原たちは一階フロアの音楽ショップへとやって来ていた。このショップは階段の近くにあり、地下の食料品フロアへのアクセスが容易であるため食料調達を行う上での前線基地として利用することにしていたのである。
「いいんじゃないのか?音楽聞いてると落ち着くし」
「ああ、時間を潰せるものはいくらあって困らないしな、ただ一応あっちのやつも持って行けよ」
肯定的な胡桃に続いて頷く凪原が指さしたのはヘッドホンやイヤホンなどのコーナーだった。凪原が「好きなの選べ~」と言った時には既に由紀は明らかにサイズが合っていないヘッドホンを付け、「似合うかなー」と鏡をのぞき込んでいた。
「じゃ、あたしは欲しいCDとか見てこよ~っと」
圭はそう言いながら店の奥に消えていった。口ずさんでいるのはどこかのグループの曲なのだろうが、凪原には分からなかった。
「それで、このスーツケースたちは凪原先輩が持ってきたんですか?」
「明らかにこのお店と合ってないですもんね」
そう尋ねる美紀と慈の視線の先にあるのは、店の片隅に並ぶスーツケースたちである。先ほど悠里達が選んだ洋服を詰めたのとは別の物であり、凪原が事前に運び込んだものであることが予想された。
「ああ、買い物カゴじゃ後で運ぶのも大変だからね。ここまではカゴで持ってくるけど皆にはここで詰め替えてほしいんだ」
「なるほど、確かに
凪原の説明に納得した美紀だったが、荷物の量を心配したのか続けて質問してきた。なお慈は先生と呼ばれたことによるトリップタイムに入ったため、凪原は彼女を視界から除外することにした。
「心配してくれるなら、もうちょっと選ぶ服の量を抑えてくれてもよかったんだが?」
「そ、それは言わないでくださいよっ」
わずかに頬を赤らめて頬を膨らませる美紀、無表情なように見えて意外と感情豊かなようだ。そんな美紀を笑いつつ、凪原はポケットから鍵束を取り出して見せた。
「悪い悪い。ま、大丈夫だ、コレ持ってきたからな」
「なんだそれ?」
「宅配用のトラックの鍵。ここ入る時店のマークが入ったトラックがあったからさ、探してみたらバックヤードにあった」
「あーそういえば何台か停まってたな。大量に買った時とか大きなものかった時とか用だっけ?」
「多分そうなんじゃないか。ともあれ、トラックがあればかなりの物資が積み込めるからな、在庫丸ごと持っていくわけじゃないし大丈夫だろ」
物資の量に関する問題が解決したので、話題は持ち帰れる食料の内容に関することに移る。美紀の話では避難生活中は男性陣が日に1回調達に出ており、食事はレトルト食品や缶詰が主だったようだ。その時に聞いた話では在庫はまだまだあったらしいので今もまだ残っているだろう。ゾンビの数もそれなりにはいるものの、あふれかえっているというほどではないらしい。
「そう言ってたリーダーさんが噛まれたせいでグループが壊滅したし、私と圭が苦労することになったんですがね(ハイライトオフ)」
「どうどう、美紀。落ち着け」
「そうそうっ、声低くなってるぞっ」
「あ、失礼しましたっ」
一瞬だけ恐ろしいほど冷めたい声を出した美紀だが、凪原と胡桃が声をかけるとすぐにいつも通りの表情になった。少しだけ背筋にうすら寒いものを感じた2人は早々に食料調達に出かけることにした。美紀と、トリップから戻ってきた慈に後のことを任せて出発しようとしたところに、店の奥に行っていた悠里が何かを手に戻ってきた。
「ちょっと待って2人とも、地下に行くならこれが役に立つんじゃないかしら」
「これは?」
近くにいた凪原に手渡されたそれは白っぽい色の棒だった、それなりの硬さがあるが力を籠めれば折れそうだった。
「ケミカルライト、真ん中あたりを折れば数時間発光し続けるわ」
「結構明るいの~」
「こんな感じにね」、と両手で棒を折る動作をする悠里。その横ではるーちゃんが実演してくれた。折られたあたりにオレンジ色の光が灯り、数秒で棒全体が発光し始めた。
「あ~、コンサートとかライブとかで使われてるやつか。あたしは行ったことないけど」
「俺もないな、けどこんなに明るいもんなのか。りーさん良く知ってたな」
「この子とアニメのイベントに行ったときに配られたことがあったのよ」
「なるほど、そういう感じか」
悠里が話した内容に納得する一同。悠里はるーちゃんの頭をなでながら話を続ける。
「いつも音で彼等を誘導していたけれど、地下だと音がこもっちゃうからうまくいくか分からないでしょう?光ならそのあたりを心配しなくてもいいし、彼等光にも反応するみたいだから効果があるんじゃないかと思って」
「りーさんあったまいいー!」
「たしかに音がこもることは考えてなかった…冴えてるな、りーさん」
「流石学園生活部の部長さんですね」
「すごいです」
皆に口々に褒められた悠里は少し照れてしまったようで、ほかにも在庫がないか探してくると言ってまた奥に引っ込んでしまった。
「じゃあ改めて行こうぜ、ナギ」
「おう、んじゃ2人とも行ってくるから後は任せた」
「任せてください」
「はい、くれぐれも気を付けてくださいね」
美樹と恵の声を背に受けながら2人はシャッターをくぐった。
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「あ、そうだ。どうせ地下フロアは真っ暗だろうからこれ渡しとく」
「なにこれ、望遠鏡付きの眼帯?」
食料品売り場がある地下フロアへと向かう道すがら、凪原から見慣れないものを手渡されたのは胡桃は思ったままの考えを口に出す。頭に掛ける部分がバックル付きで調整ができることと、望遠鏡としては小型なうえに複数のダイヤルが付いていることに目をつぶれば確かに望遠鏡付きの眼帯に見えなくもない。
「暗い中で望遠鏡のぞき込んでどうすんだ、赤外線ゴーグルだよ。それがありゃ暗闇とか関係ないからな」
「へ―、それは便利そうだけどこんなものどこで…って考えるまでもなく
「ご名答。ま、何でも売ってた密林様に感謝ってとこだな」
小さくため息をつく胡桃、
「うん、予想通りの真っ暗闇」
「電気がないとこんなに暗いんだ」
地下フロアへと続く階段をのぞき込む2人、これまで探索してきた地上階では外の光がわずかとはいえ差し込んでいたため薄暗いながらもなんとか明かり無しでも動くことはできた。しかし地下は日の光が差し込む余地はなく、完全な闇に閉ざされていた。
「で、これはどうすればいいの?使ったことないから分かんないんだけど」
「じゃ付けてやるからちょっとじっとしてな」
一言断ってから胡桃の頭にゴーグルを取り付けていく凪原、胡桃を気遣いつつもずり落ちてしまうことの無いように各部のベルトを調整していく。
「―――これでどうだ?緩かったりきつすぎたりしないか?」
「ん……大丈夫そうかな。ありがとう」
「ならよかった、使うときは望遠鏡みたいなとこを目の前におろして側面の赤いスイッチ押せば大丈夫だ」
軽く頭を振ったりした後に頷く胡桃、それを確認して凪原も自分の分を手早くセットする。
「じゃ、行くか」
「ああ」
短く言葉を交わして階段を降り始める。初めの数段はまだギリギリ足元が見えるが、さらに数段降りれば視界はばほとんどゼロだ。2人は階段中央付近にある踊り場でゴーグルのスイッチを入れることにした。
「すごい!こんな暗いのにはっきり見えるっ!」
暗視装置を初めて使った胡桃が感嘆の声を上げる。彼女の視界では階段の残り半分や、その先の食品売り場の商品棚がくっきりと浮き上がっていた。多少緑がかってはいるが電気がついている時と遜色ないほどである。
「最新式ほどではないけどなかなかのもんだろ?赤外線ライトで照らしてるからよく見える上に傍目では分からないから光であいつ等に気づかれることもないはずだ」
「ああっ、これなら気づかれる前にこっちから近づいてイチコロだっ」
「落ち着け。わざわざ全部倒さなくていい、何のためにりーさんが
便利な道具のおかげでテンションが上がっている胡桃を諫める凪原、2人は食糧の確保に来ただけでフロアの安全確保をしに来たわけではないので、ゾンビを誘導できるなら全体倒す必要はないのだ。
「そうだった、ごめんちょっとテンションが上がっちゃってさ。でもパッと見ではあいつ等見当たらないけど本当にいるのかな?」
「声は小さく聞こえるからいることはいるみたいだけど、こりゃちょっと距離がありそうだな」
とりあえずゾンビたちの位置を把握しようということでフロア内をざっと1周してみたところ、所々にはぐれ個体がいたものの、大体のゾンビは1所に集まってじっとしていた。
「ほとんど動いてないな、外からの刺激が無ければあんな感じなのか?」
「よく分からないけどそうなんじゃない?全く動く気配がないし」
棚の陰に隠れながらヒソヒソと話す2人。別に隠れなくても向こうからは全く見えないのだろうが、やはり気分的に隠れてしまう。
「動かないのならそれはそれで好都合、とはいえあそこは
「こいつの出番ってことだな」
凪原の言葉に応じる形でケミカルライトを取り出す胡桃、しかし数本引っ張り出したところで首をかしげる。
「どっちにおびき寄せる?」
「あっちでいいだろ、どうせ腐ってるだろうからなんも取れないだろうし」
凪原が指さす先は生鮮食品売り場であった、以前であれば鮮魚や精肉が並んで最も人気があったエリアもいまとなっては何の旨味もない。ゾンビを誘導したとしても影響はないだろう。
「おっけー」
返事をした胡桃は持っているケミカルライトをすべて折り、凪原の指さした方へ放り投げる。軽い音を立てて転がったそれらは希望通りの位置で動きを止めて発光を始める。
音も光もなかった地下フロアに突如として出現した光源、それに釣られないはずはなく、溜まっていたゾンビ達が動き始めた。少し離れて様子をうかがっている凪原と胡桃の2人には全く気付く様子はなく、ただうめき声をあげながらケミカルライトへと群がっていく。
数分待つと、すべての個体がケミカルライトの周りに集まり、元居た場所には1体もいなくなっていた
「うまくいったみたいだなっ!」
「ああ、ばっちりだ」
作戦が成功したことで声が弾んでいる胡桃に凪原も笑顔で頷く。
「それじゃあ物資回収といくか、量が量だから何往復もすることになるだろうしちゃっちゃとやってこうぜ」
「そうだな、…お菓子とか残ってるかなぁ~」
「おいおい」
チョコにクッキー、飴玉にスナック菓子などと願望をつぶやいている胡桃に突っ込みを入れながらも、2人は食料調達を開始した。それぞれがレジ近くにあったカートを押し、上下に乗せた買い物カゴを載せて売り場を歩く。
凪原は缶詰類を、胡桃はその向かいの棚に並ぶインスタント食品や乾麺などを次々に放り込んでいく。
端から順にすべて回収するため、時間を置かずに4つのカゴが満杯になった。
「うっしナギ、そろそろいったん戻ろうぜ」
「あいよー」
声を掛け合って、先ほど降りてきた階段へと引き返す。さすがにカートのまま上るわけにはいかないので人力で運搬し、階段を登り切ってからは用意しておいた別のカートに積みなおしてCDショップへ戻る。
「ただいま~」
「とりあえず第一陣を持ってきたぞー」
声を掛けながらシャッターを挙げた凪原達を出迎えたのは悠里だった。ちょうど入り口近くの棚を見ていたらしい。
「あらお帰りなさい、その様子だと特に危ないことはなかったみたいね」
「ああっ!りーさんがくれたケミカルライトがすごい役に立ったよ」
「溜まってたあいつ等をうまいこと誘導できたよ、りーさんのおかげだな」
「そ、そう?それなら良かったわ。…それにしてもいろいろ持って帰ってきたわね」
2人からの称賛に照れて話題をそらす悠里、わずかに目が泳いでいる。あまり突っつくと炊事全般を握っている彼女にご飯を減らされかねないので2人とも指摘しないことにした。
「ほとんどの棚に商品が残ってたからな、今回じゃ取り切れないからまた今度来てもいいかもしれない」
「そう、そんなに残ってたの。ならしばらくは食事事情は心配しなくて良さそうね」
「そうそう、学校に戻ったらおいしいごはん頼むぜ」
「分かったわ、期待してて頂戴」
「そりゃ楽しみだ、じゃあまだまだ取ってこないとな。また行ってくるよ」
「ええ、いってらっしゃい」
悠里の声を背に受けつつ、2人は再度食料調達に向かうべくシャッターをくぐった。
====================
『それじゃあ出発しますね』
「はいよ、気持ちゆっくりめでお願い」
無線を介して聞こえてくる慈の声に返事をする凪原は久しぶりにハンドルを握っていた。
ショッピングモール特有の広い駐車場にてエンジン音が2つ響いていた。1つは慈の自家用車であり、ここに来る際に乗ってきた赤いミニクーパー。もう1台は2tショートトラックである。物流で扱われるトラックの中ではもっとも小振りなそれはコンテナ側面にショッピングモールのロゴが描かれている。
凪原が見つけてきた鍵のおかげで永遠に続くはずだった眠りから覚めた鉄の獣は、機嫌よく再び走り始める時を待っていた。
「さ、早く行こうぜ。3日も離れてたから学校が恋しくなってきた」
そして助手席に座り、上機嫌でダッシュボードをパシパシ叩いている胡桃。「めぐねぇの車に7人は狭いし、ナギだって1人じゃ寂しいだろ?」ということでトラックに乗ることを希望した。道中の話し相手が欲しかった凪原に異論があるはずもなく、2人そろってトラックの乗用車と比べて少し高いシートに腰を下ろしている。
「だな。なんか、俺も早く帰りたくなってきた」
そう言いながらアクセルを踏み込んでトラックを発進させ、前を走る赤いミニクーパーの後に続く。
こうして学園生活部の遠足は、出発時よりも人数を3人増やし多くの物資を回収する、誰が見ても大成功という形で幕を閉じたのだった。
「……あの、本当にあの2人付き合ってないんですよね?」
「不思議だよねぇ~」
「あれだけ楽しそうに話せるなら、あとは自覚を待つだけね」
由紀達がのぞき込んだバックミラーには、トラックの車内で楽しそうに話す凪原と胡桃の姿が映っていた。
これで第2章は終わりですね、第3章は巡ヶ丘学院での生活が中心になる予定です。
大量に登場したトランク
買い物カゴのままだと、持ち帰る時に重ねられないし無駄に場所とるしで大変な気がする。ショッピングモールならカバン売り場くらいあるだろうし、持ち帰るのが缶詰とかレトルトならある程度押し込んでも問題ないんじゃね?ということでこんな感じに、皆さんも物資調達の際は使ってみてはいかがでしょう?
暗視ゴーグル
実は密林で3〜5万円台くらいのが売られてたりする、最新式ではなくてもゾンビ相手ならこれで十分。夜の見張りにも使えるからあると無いとじゃ大違い
凪原と胡桃
タグに「ヒロインは胡桃」ってつけてるから作者的には早くくっつけたいんだけどいきなりくっつけるわけにもいかないのが最近の悩み
ちょっと連絡、
リアルの事情でこれからかなーリ忙しくなるので来週は更新できない気がします。ちょっとまだ未定な部分があるので詳しく分かったら活動報告の方に挙げておきます
それではまた次回!