まあそんなことは置いておいて3章第9話です、どうぞ
本校舎内1階と2階を繋ぐ階段の踊り場、本来であれば物が置かれることもなくただ生徒や教員たちが通り過ぎるだけの場所である。
しかし、今この場所には角材と鉄パイプを組み合わせたバリケードが築かれていた、それも間に合わせで作られたものではなく確かな知識と技術に基づいた本格的なものが。
階段から90度向きを変え、踊り場の中央を端から端まで塞ぐように設置されたそれは、断面を見ると山間部に見られる貯水ダムの形に類似していた。水の膨大な圧力に耐えるために設計されたダムの構造は、まさしくゾンビによる圧力を防ぐための理想的な形といえる。
下部は十分な奥行きがあり、上部にいくにしたがって薄くなるもののそれでもゾンビを防ぐには十分な幅を有している。
それだけではない。前後の壁との間につっかえ棒としての役割を持つパイプを複数配置され、壁から張り出した柱や天井の梁にも力を分散させるための支柱が設けられている。これらはバリケードそのものが動いてしまうことを防ぐためのものであった。
また、一部にはパイプがはしごのように組まれており、ここを使うことで人間なら簡単に上り下りをすることができる。
そして現在、はしご上の部分に登り天井との接続箇所の作業をしている美紀を学園生活部の全員が見上げていた。
「ねぇみーくん、できた~?」
「ちょっと待ってください、もう少し………
―――っと、できましたっ」
「「じゃあナギさん(ゆーにぃ)、これで?」」
トンッ、と飛び降りてきて美紀が報告すると、今度は皆が凪原の方へと向き直る。由紀と
「ああ、これでバリケード製作は全部完了だ」
「「「やったぁっ」」」
その宣言に歓声を上げる一同。由紀のようにその場で飛び跳ねている者もいれば、隣同士で肩をたたき合う者もおり、それぞれが安全地帯が広がった喜びを思い思いに表現していた。
彼女たちを見ながら、凪原自身もかなりの達成感を感じていた。ここ最近のクラフトで製作したバリケードは6つ、もとからあったのを改修したのが3つに新造したのが3つである。どちらもきちんと強度計算を行ったうえで設計したものであり、ゾンビがいくら群れようとびくともしないだけの頑丈さを備えているはずだ。大学で学んでいた材料力学や強度学の実践ができたというのも地味にうれしかったりする。
凪原がそんなことを考えていると、いつの間にか隣に来ていた慈が声をかけてきた。
「なぎくん、お疲れ様でした」
「めぐねえもお疲れ、作業してる間の家事とか結構任せちゃってたし疲れたでしょ?」
「いえ、それは悠里さんも手伝ってくれてたので大丈夫ですよ。それで、このバリケードってどれくらい頑丈なんですか?以前のより頑丈そうなのは分かるんですけど」
バリケード製作にほぼ関わっていない(凪原がやらせなかった、とも言う)彼女としては不安なのだろう。とはいえ凪原のことは信頼しているため、確認といった意味合いの方が強い。
「うーん、結構丈夫だと思うよ?20人くらいが全力で押しても壊れない計算だし、そもそもそんな人数は踊り場に収まりきらない、いくらゾンビが馬鹿力といっても心配ないはず。何体も束になって数日叩き続けないと壊れないんじゃないかな」
「そんなに頑丈なんですか、なら安心ですね!
―――それにしてもそんな計算ができるようになってるなんて、なぎ君ちゃんと大学でお勉強してたんですね」
「……教え子のことをなんだと思ってるんですかねぇこの教師は」
手を合わせて微笑みながらとぼけたことを言う慈に「高校の時もちゃんと授業は出てたし成績も取ってたでしょうが」と物申したげな表情で返す凪原だったが、言われた慈はそんな指摘などどこ吹く風でニコニコしていた。
言っても無駄と悟った凪原がため息をついたところで、圭が思い出したように声をかけてきた。
「そういえば、凪先輩はこれで夜寝れるようになったんだっけ?」
「おう。バリケードの強度には自信があるし2階と3階で二重のバリケードができたからな、今日は皆と同じように寝るつもりだ」
「ナギさん毎晩見回りありがとう、今日はゆっくり休んでね!」
「そうですね。任せていた私達が言えたことじゃないですけど、疲れもたまっていると思うのでしっかり休んでください」
口々にねぎらいと気遣いの言葉をかけてくる少女たちに自然と笑顔になる凪原。感謝されたくて見張りをしていたわけではないが、裏表のない笑顔でお礼を言われれば嬉しくもなるというものだ。
「なんだよナギニヤニヤしちゃって、ちょっとキモイぞ」
「おまっ、言うに事を欠いてなんてこと言うかね。俺のガラスのハートが粉々に砕け散ったぞ!」
「ハッ、鋼鉄製の心臓してそうな癖に何言ってんだ」
「ほー、言ってくれるじゃないか」
「「ハッハッハッ」」
女子に言われて傷つく言葉ランキングで上位に入りそうなワードに胸を抑えて大げさに反応する凪原と、さらに言葉を続ける胡桃。お互いに気心が知れており、冗談で言われているのが分かっているためこのような掛け合いを楽しむことができるのだ。
ふと気づくと踊り場にいるのは凪原たち2人だけで、残りの皆は階段を上がっていってしまっていた。中央の手すりから
「ゆーにぃ、くーねぇ戻らないの~?」
「ああ今戻るよ、な?」
「うんすぐに行くよ」
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この日の夕飯は豪勢なものとなった。
普段は悠里の手によって厳しく、とまではいかないものの健康に過ごすために必要十分な程度の量と内容なのだが、ちょっとしたお祝いということでその規制が緩和されたのだ。慈と2人で腕を振るった料理の数々は絶品であり、それを食べた凪原たちは舌鼓を打った。
現在食後の後片付けを済ませて交代でシャワーを浴び終わった一同は、最後にシャワーを浴びている凪原を待っているところであった。ショッピングモールから持ち帰ってきていたボードゲームなどに興じているところへ(なお今回はチーム対抗形式のため慈の涙目は回避されている)凪原がいくつかのかばんを手に戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさ~い」
「おかえりナギ、いつもより遅かったじゃん」
「ああ、ちょーっちこいつの確認をしてたからな」
言いながら手にしたかばんを振る凪原に、手札とボード上とで視線を行き来させていた圭も顔を上げて質問を投げかける。
「それ何なの?凪先輩」
「ふっふっふ……それはな、これだー!」
「おおっー!………っていや分かんないや、それ何?」
タメを作ってまで自信満々に機材を取り出した凪原だったが、圭の言葉に大げさにずっこけて見せた。
「最初の「おおー」は何だったんだよ、まぁそんなに使うもんでもないし分からなくてもしょうがないか」
「それでこれは何なんだよ?パソコン、にしてはキーボードがないし」
「小さいテレビみたいだね~」
2つあるうちの片方を手に取り口を開く胡桃に、それを横から見ながら感想を述べる由紀。小さなモニターがあり、樹脂製の外装に二つ折りの構造は確かに胡桃の言う通りパソコンを思わせるが、この場合は由紀の方が近い。
「おっ由紀惜しい、正解はポータブルDVDプレーヤーだ。これで映画とかを見ようかと思ってさ」
「映画⁉︎」
「おおっいいじゃん!」
凪原の言葉に喜色を露わにする一同だったが、悠里と慈から待ったが掛かった。
「ちょっと待ってちょうだい。小さくてもモニターはかなり電気を使うのよ?しかも映画なんて長いもの」
「これからは雨の日も多くなるでしょうし、電気はできるだけ節約しないといけないので残念ですけど許可できませんよ?」
既に季節は梅雨に入っており、バリケード製作の間も雨の日が増えてきていた。なので必然的に太陽光パネルを用いている巡ケ丘学院の発電量は下り坂となっている。
そうなれば、水道設備の維持に一部食材の保管用冷蔵庫、それ以外にも夜間照明やシャワーの給湯器など、生活に必要なものに電力を廻して他は節電する必要が出てくる。だからこそ悠里たちはモニターという電力喰いを映画鑑賞という娯楽目的に使うのに難色を示したのだ。
彼女たちの言葉に落胆の表情を浮かべる面々だったが、そこは(無駄に)頭が回る凪原。2人がそう言ってくるのは分かっていたので既に解決策を用意していた。
「こいつはコンセントじゃなくてUSB給電タイプ。んで、実はスマホ用の小型太陽光パネルで充電できるから今使ってる電源とは完全に別系統になるんだ。だからその辺は気にしなくて大丈夫」
発電量は少ないが娯楽用の電源としてはどうかという凪原の提案に、2人も「それなら――」ということで同意してくれた。これでスマホや携帯ゲーム機などが使えるようになり遊びの幅が広がることになる、今度の探索ではゲームショップに寄るのもありかもしれない。
今後の自由時間に期待が広がるが今はとりあえず置いておく。
「じゃ、了解が得られたところで見るもん決めようぜ。好みとか分からなかったし、てきとうに持ってきたから面白そうなのが無くても勘弁な」
そう断りながらも凪原がカバンの中から次々と取り出すディスクの数々に、何があるのか確認しようと皆が机の周りに集まってきた。
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「で、こうなったと」
などと呟きながら普段自室として使っている教室に入る凪原と、
「お、おじゃましまーす」
―――その後ろから戸惑いつつ入ってくる胡桃。
ディスク自体はたくさんあったがプレーヤーの数は2つしかない。なので皆が一斉に見たいディスクを指さし、多数決で視聴するものを選ぶことになった。その結果を端的に示すと以下のようになる。
凪原、胡桃 → 新作のアクション映画
他の全員 → 不朽の名作の
見事マイノリティとなった2人は部室を追い出され、男である凪原が胡桃たち女子の部屋に行くわけにもいかず自室に招待することとなったのである。
「ソファーにでも座っててくれ、なんかつまめそうなものを探してみる」
「あ、ああ」
ロッカーを改造した戸棚の中をいじりながら声をかけてくる凪原に返事をしつつ、胡桃はソファーへと腰掛けて何となく室内を見回す。自分たちの部屋よりもがらんとした印象を受ける、使っている人数が違うので当たり前ではあるがその割には様々なものが置かれている。
(やっぱり男の人の部屋って色々ものが置かれてるんだな。 いや別に他の男の人の部屋見たことないし想像なだけだから決していろんな男の部屋に上がり込んでるわけではなくてですね……って私は誰に何の言い訳してるんだろ?)
「お待たせ、コーラでいいか?」
「あっうん、ありがと」
コーラ缶とポテトチップスの袋を持って戻ってきた凪原にお礼を言って缶を受け取る。凪原はテーブルを引き寄せてdvdプレーヤーをセットすると自身もソファーへと腰を下ろした。
「そんじゃ再生するか、これ映画公開のころから見たかったんだよな」
「ナギもそうなんだ、あたしも結構気になってたんだよね」
そんな会話をした後にどうせならということで部屋の照明を落とし、胡桃が再生ボタンを押して映画が始まった。
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いくら映画が見れるとはいっても、dvdプレーヤーのモニターは小さい。そんな画面を2人で見ようとすれば必然的に肩が触れ合う距離で座ることになる。
映画が始まったばかりのころはその密着具合に少しテンパっていた胡桃だったが、シーンが進むにつれて肩の力も抜け、今ではモニターの方に集中していた。
映画の中盤、序盤から続いていた怒涛のアクションシーンがひと段落し、モニターが少し静かになったところで凪原が口火を切った。
「………なぁ」
「どした?トイレ?」
こちらを見上げながら首をかしげる胡桃に、「いや…」と首を振ってから続ける。
「今更なんだけど、俺と2人の方でよかったのか?戻ったら悠里達に絶対いろいろ言われるだろ」
「あーそれか~
うん、絶対言われると思う。っていうかナギ気づいてたんだ」
「あれだけやってたら気づかない方が無理だろ、鈍感系主人公じゃあるまいし」
「それもそうか」
「ああ」
「「………。」」
内容が内容であるため、そこで会話が途切れてしまう。お互いにどう話したものかと考えあぐねていたが、先に口を開いたのは胡桃の方だった。
「あたしは……さ、ナギのこと、い、いいと思ってるよ」
口調こそ途切れ途切れではあるものの、そう話す胡桃の目は凪原へと真っすぐに向けられている。同じく胡桃の方へと向き直り、無言で続きを促す凪原へ自身の思いを伝える。
「好きだってのは間違いないと思う。でもさ、なんか変な感じなんだ。先輩の他に、それよりずっと前とかにも好きだった人はいたんだけど………その時の気持ちと今ナギに感じてるのは違う」
一息、
「これまでのはさ、憧れだったりとか近くに行ったらドキドキするとか、どっちかというと私から相手に向けてって感じの気持ち。でもナギの場合はそれと逆、って言っていいのかな。一緒にいて緊張することもないというかむしろ楽しいし、それがすごく落ち着く」
「こんな感じのことって今までなかったし、だからどうすればいいかがよく分からないんだ」
そこまで言うと口をつぐみ、「今度はナギの番」とでも言うかのような表情で凪原を見つめる胡桃。その視線を受け、今度は凪原が少し間を開けて口を開く。
「俺も………、多分胡桃のことが好きなんだと思う」
「恥ずかしい話になるが、俺は覚えてる範囲では誰かを異性として好きになったことが無くてな。一応言っとくけどナルシストとかではないぞ?、その辺を考えるんだったら一緒に楽しく遊んでた方がいいって思ってだけだ。おかげで一緒にいて楽しいって
それなりに痛いことを言っている自覚があったのか、微妙に視線を外しながら話していた凪原だったが、そこで改めて胡桃の顔を真っすぐに見つめ、その続きを口に出した。
「一緒にいて、こんなに落ち着くと思える人はいなかった」
それだけ言うと凪原は再び口を閉じ、2人の間に沈黙が流れる。
「………そっか、ナギもおんなじだったんだ」
沈黙を破り、「よかったぁ」と続ける胡桃の顔には安堵の表情が浮かんでいた。自分だけかもしれない、その不安が解消されてこわばっていた身体からも力が抜けていく。
「みたいだな。なんだ、同じなんだったらもっと早く切り出すべきだったか?」
「それだったらあんまりモヤモヤしないでよかったのに」
「悪かったって」
同じく力が抜けた様子の凪原と軽口をたたき合う。しかしそんな和やかな雰囲気は長くは続かなかった。
「え、えーっと、じゃあ……どうしよっか?」
「そ、そうだなっ………」
お互い状況を認識してしまったことで途端にぎこちなくなる2人。なんせお互いの気持ちを伝えあったのだ、そして部屋は薄暗く辺りに人の気配はないときている。いろいろ初心な胡桃は当然として、基本的に動じない凪原であってもテンパるには十分だ。
それでも何とか凪原が復帰した凪原がとりあえず口を開きかけたところで―――
………ボンッバカンッ!
ビクゥッ×2
―――突然つけっぱなしにしていたモニターから爆発音が響き、2人そろって肩を跳ね上げさせた。画面での爆発が収まってから顔を見合わせると、どちらからともなく笑いが込み上げてくる。ひとしきり笑ったところで凪原が改めて口を開いた。
「こりゃ「もうちょっと待て」っつうことかね」
「だね、多分もう少しこのままでもいいと思う。まだそうじゃないけど、いつかそうなる。それまでの、猶予期間?」
「モラトリアムってやつだな」
「おっかっこいいね。じゃあそれ、モラトリアムってことで」
そう言ってもう一度笑みを交わすと、2人は再びモニターに視線を戻し、意識を映画へと戻していった。
もし、一連の流れを見ていた者がいたとしたら、会話の前と後でちょっとした違いを見つけることができただろう。
もともとほとんど無かった2人の距離。それが完全に零となり、わずかに体を傾けてお互いに寄り添い合う姿は、いくら当人たちが「まだ違う」と言ったところで欠片も信じてもらえないほどの仲睦まじい雰囲気を醸し出していた。
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「まぁなんだ、がんばれよ」
「ああ…、絶対めちゃくちゃ聞かれるだろうなぁ~」
同情的な表情でそう声をかける凪原に、胡桃が憂鬱そうに答える。場所は女子部屋の前、そして扉の向こうでは胡桃の帰宅(帰室?)を虎視眈々と待ち受けている由紀達がいることだろう。
お互いの気持ちを伝えあったとはいえ、2人の関係に変化があったわけではないので堂々としていれば良いと気軽に言う凪原だったが、実際に質問攻めされる身としてはそう簡単な話ではない。ポーカーフェイスが苦手なことを自負する胡桃にとって、部屋に入ってから明日の朝までは試練の時間となるだろう。
「ま、明日愚痴ぐらいは聞いてやるから」
「ハァ…、絶対だからな? じゃあおやすみ」
「ああ、おやす――「(ガラッ)おかえり胡桃ちゃん待ってたよ!あっナギさんおやすみなさーい(ピシャンッ)」――み」
一瞬で教室の中に連れ込まれた胡桃とその下手人たる由紀、そしてやけにイイ笑顔のその他女子達が見えた気がしたが、凪原は気のせいだと思い込むことにした。3人寄るだけで姦しくなるのだ、倍の6人集まろうものならどうなるかなど想像したくない。
自室へと戻ろうと回れ右した凪原だったが、その背中へと声がかけられる。
「なぎくん、……ちょっといいですか?」
「どしたのめぐねえ?まだ10時前だし不純異性交遊とかのお説教は勘弁してよ―――って感じじゃないか」
冗談を言いながら振り返った凪原だったが、慈の様子を見て即座に表情を引き締める。
「……はい、少し相談したいことがあるんですが―――」
そう話す慈の手には1冊の小冊子があった。
その表紙には「禁転載」「校外秘」といった判と共に、
『職員用緊急避難マニュアル』
という文字が印刷されていた。
バリケードの構造
完全にテキトウです。筆者なりにどうすれば強度が出そうかを考えた結果、ダムって…すごいよねという発想に至ったのでこうなりました。実際に強いかどうかは保証しません。
dvdプレーヤー
いつまで続くか分からないサバイバル生活、適度な娯楽もないと精神を病みます。1人だけ、バリケード無しでそれに更けるのは自殺と同義ですがそうでないなら多少は休息も取った方がいいんでしょうね。適度な休憩が仕事の効率を上げるのと同じ理屈だと思います。
3章ももう終盤、あと2話くらいだと思います。
書きたい内容はあるんだけどなんか最近モチベが低下気味…とりあえずこの章まではちゃんと投稿する予定
それではまた次回!