安定した描写力の無さです、泣きたい
倉庫へと戻ってきた凪原は、各コンテナに書かれた単語を片っ端から確認していく。幸い、最初に調べた列の最後に『医薬品』と書かれたコンテナを見つけることができた。
抱えていた胡桃をゆっくりと床に降ろし、棚へと寄りかからせる。
中を確認する時間ももどかしく、取り上げたコンテナの中身を床へとぶちまける。散らばった包帯やら消毒液やらに混じり、『感染症別救急キット』というラベルが付いたケースがあった。
「これだっ」
ケースには幾本かの圧力注射器が並んでおり、それと共に患者への投与方法を記した説明書きが収められていた。この薬剤は血管内を通ることで、体内に侵入したウィルスに対し効率的に作用するらしい。また、薬剤の効果を高めるためにはウィルスが体内に入ったら可能な限り早く、全身へと浸透させるため心臓近くの地肌へ直接投与すること、と書かれていた。
心臓近くの、地肌。
食い入るように説明書きを読んでいた凪原の体が一瞬固まる。
Q1.誰が胡桃に薬剤を投与する?
A.凪原が
Q2.どこに?
A.心臓近くの肌、すなわち、左胸に
「………」
「どうした?」
ちらり、と胡桃を見やる。こちらを見つめる胡桃の表情は少しだが先ほどよりも少し悪くなっていて、残された時間が短くなっていることを感じさせる。それを見てしまえば感じていた逡巡など、塵芥ほどの意味もない。即座に胡桃の傍らにしゃがみ込み、視線を合わせる。
「使い方は分かった、これから薬を打つ。ちょい恥ずかしいだろうけど許してくれよ」
「?、恥ずかしいって?」
いまいちよくわかっていない様子の胡桃胡桃に構わず、血で汚れてしまっている彼女の制服を脱がす。次いで下着(体を動かすためかスポーツブラだった)を上にずらせば2つの膨らみが露になる。悠里ほどではないが年齢の割にしっかりと存在感を感じさせられる。
「な、ななななナギっ⁉」
「あんま動くな、うまく薬打てないだろ」
「ならそう言ってくんないかなぁっ⁉」
突然の凪原の行為でテンパる胡桃に「すまない」と謝りつつ、心臓の真上、胸骨から指に2本分外側の位置に注射器をあてがってシリンダを押し込む。カシュッという音と共に薬剤が体内に投入された。
無針タイプのため、肌に傷ができていないことを確認してブラを元の位置に戻す凪原。
薬剤の注射が終わったところで、噛み傷の治療へとうつる。幸いなことに既に出血はほぼ止まっており、傷口に歯が残っていることもなかった。きちんと手当をすれば跡に残ることもないだろう。
「にしても、まさかナギが変態だったとはな。女子高生の服脱がすなんて」
救急キットから消毒液と脱脂綿を取り出して傷口を消毒していると、胡桃がジト目を凪原へと向けてきた。
「男はみんな狼なんだよ。……ただ悪かった。できる限り早く心臓近くの肌に投与って書いてあったからつい、な」
「つい、じゃないって。あたしじゃなかったら大問題だぞ、というかそうなったらまずあたしが殴る」
「おーこわ、けどまぁそりゃそうか。―――っとよし、これで処置は終わりだ、後は部室に戻って寝てれば治る」
軽口を叩きながらも処置を続け、傷口を防水性のシートで覆ったところで凪原にできる処置はすべて終了した。
薬剤が入っていたケースやその他の救急キットを腰の後ろにつけたポーチの中へと収納していく。すべて回収して立ち上がろうとしたところで、胡桃の口から小さく言葉が漏れる。
「待って、ナギ」
「ん、なんだ?」
「……あたし、助かるのかな?」
ポツリ、と零れるような声だった。
先ほどまでとは一転、というよりは先ほどまでの軽い口調の裏に隠されていた不安がその声には含まれていた。
それを聞いた凪原はしゃがみ込むと、胡桃の両肩に手を置き、その顔を正面からのぞき込んで口を開く。
「ああ、絶対助かる。治療薬を使ったんだから何も心配しなくていい」
「でももしそれが効果がなかったらさ……」
「もしもなんて無い、必ず効くから―――
「分かんないじゃないかそんなのっ!あの薬は実験薬みたいなものだし、ナギだってあんまり期待しないって言ってたじゃんっ!これで寝て起きたらあたしがあたしじゃなくなってるかもしれない!」
「落ち着けっ。大丈夫だ、心配しなくていい」
自分が自分ではなくなってしまうかもしれないという恐怖から声が大きくなる胡桃。凪原は彼女の頬に手を当て、目線を合わせるようにして激励するが、胡桃の言葉は止まらない。
「みんなに、ナギにもう会えないなんて……、昨日ナギと話して、これからってなったのに……もう会えないなんて………一緒に居られないなんて、そんなのいやだよ。もっと、もっとナギと一緒にいたいよ」
「胡桃……」
話しているうちに感情の制御ができなくなったのか、言葉が終わるころには胡桃の涙腺は決壊していた。頬に当てられた凪原の手にすがるように顔をこすりつけて嗚咽を漏らしている。
そんな胡桃の姿を前にすれば、凪原が腹を決めるのに時間は掛からなかった。ポーチから注射器を1本取り出し、改めて胡桃へと声をかける。
「………胡桃」
「なに―――んむっ⁉」
呼びかけに対する胡桃の答えは途中で遮られることになった。凪原が自身の口で胡桃の口を塞いだのである。
「~~~っ」
いきなりのことに目を白黒させていた胡桃だが、状況を把握したところで凪原の胸に手を当てて必死に押し返そうとしてきた。
これまで得た知識や経験から、2人は転化が起きる条件は体液の接触によるものと考えていた。今のようにキスをしようものならほぼ確実に凪原にもウィルスが入ってしまうだろう。
なので唇を離れさせようとする胡桃だったが、凪原はそれに構わず頬に沿えていた手を彼女の背中へと回して抱きしめてきたためにそれは叶わなかった。
ならばせめて、と口をきつく結んでみても、唇の上を走る優しい刺激に抗うことはできなかった。いつの間にか唇が、ほとんど間を置かずに歯が、凪原を受け入れるように開かれてゆっくりと入ってきた凪原の舌に自身の舌を絡ませる、初めはぎこちなく、やがて夢中になって。
いつしか閉じられていたはずの瞼も開かれ、トロンとした目つきへと変わっていた。
彼等以外に動くもののいない地下倉庫に、舌を絡ませる水音が響く。しばしの間2人は互いに互いを求めあった。
「「ん……ぷはぁ…」」
数十秒あるいは数分ののち、凪原と胡桃はようやく口を離した。2人の舌の間には唾液の橋が架けられ、天井の光を反射してキラキラと輝いて見える。
それまでの感覚を反芻しているのかぼうっとしている胡桃の前で、凪原は手にしていた注射器のキャップを外すとそれを逆手に持ち、もう一方の手で自身の服のすそをめくりあげる。
「これで一蓮托生だな」
言いながら凪原は注射器を胸にあてがうと、みじんも躊躇せずにシリンダを押し込んだ。軽快な音と共に実験薬が凪原の体内にも流れ込んでいき、その光景を見て胡桃が我に返る。
「何やってんだよっ!こんなことしたらナギにあたしのがうつっちゃったじゃん!あたしなんかのために命を捨てやがって!」
涙交じりに叫ぶ胡桃に対しても凪原の表情が崩れることはなかった。
「なんかなんて言うな、俺にとって胡桃以上に大事なもんなんて無い。それに命を捨ててなんかいないさ、2人とも助かる。それに、」
「それに?」
「もし万が一ダメだったとしても、1人では逝かせない」
そう言って笑う凪原の表情はいつも通りに自信満々で、自分の命が掛かっていることなど微塵も感じさせない。隣にいれば安心できるし何も心配いらない、いつの頃からか胡桃にそう思わせてくれるようになった顔だった。
そして、その顔を見ているうちに、胡桃は自分の中にあった不安や恐怖がすっかり鳴りを潜めているのに気づいた。完全になくなったわけではないが、先ほどまで感じていた言いようのない焦燥感は消え失せていた。
(全く、好きな人の顔色一つでここまで気持ちが楽になるなんて、まじで乙女かってんだあたしは)
我ながら現金な心に苦笑してしまう胡桃。とはいえその気持ちをそのまま伝えるのも癪であるので、小さくため息をつくと自身も笑みも作って口を開く。
「あのさ、ナギって実はバカだろ?」
「ハッ、なんだ今まで気づいてなかったのか?」
「もう大丈夫、ありがとう」そう素直に言うのは恥ずかしく、こんな言い方でも分かってくれるだろうという胡桃の甘えを含んだ思いは正しく伝わったようだ。案の定ニヤニヤ顔になった凪原に、恥ずかしくなった胡桃はそっぽを向いてしまう。その様子が面白くて、凪原は笑ってしまった。
「じゃ、戻ろうぜ。しっかり休んで寝れば明日にはよくなってるさ」
「うん。―――あのさ、ナギ」
胡桃をおんぶするために背を向けてしゃがみ込んだ凪原に声をかける胡桃。
「ん?」
「その……さ、上に行く前にもう一回、さっきのやってほしいかなって」
ちょこんと凪原の服を掴みながらそんなことを言う胡桃に、一瞬目を丸くした凪原だったが、すぐに何かを思いついた顔になって口を開く。
「分かった。じゃ、目を閉じてくれ」
「うん」
凪原は言葉に従って目を閉じた胡桃に近づくと、少しだけ突き出された唇ではなく額へと口づけをした。えっ?っという表情で目を開ける胡桃にいたずらっぽく告げる。
「今はこれだけ、これ以上は胡桃が元気になってからな」
「さ、背に乗ってくれ」という凪原に胡桃は「………バカ」と小さく呟いてから彼の背中に体を預けた。
「っていうか、もしこれで2人とも死んじゃったらみんなの事どうする気なんだよ?」
「あっ」
部室に戻ろうと歩いている途中、ふと思いついたという感じの胡桃からの問いかけに固まる凪原。どうやらそのあたりのことを全く考えていなかったようである。
そのことを察した胡桃が呆れたような顔になった。
「……ったく、起きたら説教するからな。めぐねえとかりーさんにも怒ってもらうから覚悟しとけよ?」
「ハハハッ、お手柔らかに頼むよ」
凪原の言葉に「だめ」と答えたのを最後に寝息を立て始める胡桃。
「起きたら、か。いいこと言ってくれるじゃないか」
無事に目を覚ましたらその時はお説教でもなんでも聞いてやろう、そう思いながら胡桃の小柄な体を背負いなおすと、凪原は止めていた足を再び動かし始めた。
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翌朝、凪原は誰かに頭をなでられているような感覚で目を覚ました。汗と汚れのせいで、枕にしていた左腕に頬が張り付いている。
昨晩、部室に戻った時の皆の表情は筆舌に尽くしがたいものがあった。2人とも服は汚れているし、胡桃にいたっては肩に治療の跡があるうえに眠っているだけとはいえ意識がない状態だったため当たり前である。
当然のごとく説明を要求され、包み隠すことなくすべてを話した凪原に対し、彼を責める声は意外にも少なかった。
胡桃が噛まれたというのを聞いた瞬間こそ悠里や美紀が取り乱し「どうして」やら「あなたが付いていたのに」という声は上がった。しかし、続く説明で既に薬を投与していること、胡桃の様子が同じように噛まれた田宮とは異なり安定していることを伝えると落ち着いてくれた。
また、圭と美紀の2人からもショッピングモールにいた頃のリーダー(噛まれたことを隠しコミュニティ崩壊の原因となった)とも違うという話をでて、薬の効果が期待できそうになったが結局は結果が出ないことには分からないという結論になった。
その後は、もしものために慈に9ミリ拳銃と弾丸を渡し、ソファーで眠る胡桃の横に座って様子を見守っていたのだが、どうやら睡魔に負けて眠ってしまっていたらしい。
(結局シャワーどころか着替えもしなかったな。そういえば飯も食ってないか)
覚醒前の頭でそんなことを考えつつ、張り付いた頬をペリペリと剥がしながら顔を上げた凪原の前には、上体を起こした胡桃の姿があった。
「あ…お、おはようナギ」
頭を撫でていたであろう手を小さく引っ込めながらそう話す胡桃は、恥ずかしさからなのか少し顔が赤い以外はいたって健康そうに見えた。
「……胡桃、だよな?」
「そうだよ。正真正銘、恵飛須沢胡桃ご本人」
呆然、といった表情で尋ねる凪原に、笑いながら答えた胡桃の「それとも奴等にでも見えるか?」という言葉は、凪原が胡桃を勢い良く抱きしめたせいで最後まで続かなかった。
「良かった……っ、本当に良かったっ」
「おいおい、大の男が泣くなって」
突然のことに少し驚いた胡桃だったが凪原の肩がわずかに震えているのに気づくと、自身も彼の後ろへと手を回し、その背中をゆっくりと叩く。
「………泣いてない」
「声がかすれてるけど?」
「のどが渇いたんだ」
「鼻すすってるのは?」
「今年はスギ花粉が飛び始めるの遅かったみたいだな」
「(クスっ)なんだよそれ」
しばらく胡桃を抱きしめていた凪原だったが、やがて体を離すと改めて胡桃の様子を確認する。見た目には問題なさそうだが細かいところまでは分からない、医者がいない現在では本人に聞くのが一番早いのだ。
「それで、体調はどうだ?どこか変なところがあったりしないか?」
目線を合わせて尋ねる凪原に、胡桃は少し考えるそぶりを見せながら答える。
「うーん…、特にないかな?というよりなんか前より体調がいいくらい」
そう話す表情は嘘をついているようには見えない。本人も不思議そうにしていることから本当に体調がいいのだろう。実際、胡桃と同じように実験薬を投与した凪原自身もすこぶる体調は良い。
既に胡桃が噛まれてからかなりの時間が経過している。通常であれば転化までは至らずとも何らかの悪影響が現われているはずである。それが出ていないということは実験薬が効果を発揮したことに他ならない。
「ホントに薬が効いたんだな」
「うん、多分そうだと思う。それで…さ、ナギ」
胡桃が助かった喜びをかみしめている凪原に、胡桃がもじもじしながら話しかけてきた。
「うん?なんだ?」
「えーっとほら、昨日言ってた元気になったら、ってやつを」
「あー、それね…」
昨日の感触が忘れられないのか、そんなことを言う胡桃に対し微妙に濁した返事をする凪原。
実は、今2人がいる部屋について、彼女が気付いていないことが1つあったからである。それは凪原にとっては些細な問題であるが、もしかしたら胡桃にとっては
よって、凪原は
「俺は別にいつでもいいけれど、あれ、大丈夫?」
「ん?あれ――って」
凪原に示された方へ視線を向けた胡桃の声が途中で裏返る。
部屋の出入口、引き戸タイプのドアが少しだけ開いており、その隙間にはいくつかの顔が見えていた。
上から慈、圭、悠里、美紀、由紀、そして
「な、なな、なっ」
出歯亀の存在に気づいた胡桃は真っ赤になって処理落ちしかけていた。このまま放置すれば数秒後には叫びだしてしまうだろう。なので凪原はそれを回避すべく行動を起こした。
「あっ」
といったのは教室をのぞいていたメンバーのうち誰だったか。彼女たちが見つめる先で、凪原は胡桃にかけていたタオルケットを持ち上げると、自分と胡桃とを隠すようにかぶったのだ。
布の下にあった膨らみが2つから1つの大きな膨らみとなり、やがて6人の耳に小さな水音が聞こえ、その数秒後に2人の上からタオルケットが取り払われるとそこには、笑顔の凪原と先ほどの比ではないくらい赤くなって固まっている胡桃の姿があった。
「やあみんな、おはよう、いい朝だな!」
「いい朝だな、じゃないって!」
凪原の白々しいあいさつに圭が大声でツッコミを入れたところで、皆が口々に叫びながら部屋に突入してくる。
「何朝っぱらから見せつけてくれてるのさ⁉こっちがどれだけ心配したと思ってるの?」「そうですよなぎ君っそういうのは良くないと思いますっ」「ホントに心配してたの分かってます⁉︎」「さて何のことやら?俺はただタオルケットを被っただけだぜ?」「「「嘘つきなさいっ(でしょ絶対っ)!」」」
圭、慈、美紀は凪原へと詰め寄り、―――
「胡桃ちゃんっ無事でよかったよぉーっ」「もう胡桃っ、ホントに心配したんだからね!」「2人とも元気になって良かったの、おかえりなさいなのっ」「うわっ、――ってみんな……うんっただいまっ」「「「おかえりっ!」」」
―――由紀、悠里、
皆が思い思いに好きなことを言い合っているが、全員の顔には笑顔が浮かんでいる。
一時はどうなることかと思われたが、学園生活部にいつもの空気が戻ってきた。
やーーーーーーっとここまできました。
胡桃をヒロインにしようと思って本作を始めてから半年間(初回投稿が2019年11月10日なのでピッタリ半年なんです!)、やっと書けました。
読者の皆様的には言いたいこと等色々あるかもしれませんが、筆者的にはこれが限界ですのでどうかご容赦のほどをお願いします。
さて、今回で3章は無事終了です。
第4章は高校生活編(後編)を予定しています。地下探索や文化祭など、またイベント盛りだくさんでやっていきたいと考えていますのでどうかこれからも本作「学園生活部にOBが参加しました!」をよろしくお願いします。
次週は閑話回です、
それではまた次回!