「いいかっ、絶対見るなよ⁉ 絶対だぞ⁉」
「分かったって、 そんな気になるなら後から入るでもいいって言ってるだろ?」
「い、いや、それには及ばないというか……むしろ見られてもいいというか見てみたいというか……」
「え?」
「な、なんでもない!いいからさっさと脱いで先に入っとけ!」
フリーズから解けた由紀達が疑問の声を発していたころ、シャワー室横の脱衣所では一悶着起きていた。
教員用シャワー室にあるシャワーは3つ、なので理論上は凪原と胡桃の2人同時にシャワーを浴びることができる。まあ当然のことながら男と女であるため、これまでは順番(基本的には胡桃が先で凪原が後)に浴びることにしていた。
ただし今日は訓練が終わったところで顔を真っ赤にした胡桃から同時にシャワーを使って良いというお許しが出たのである。そういう訳にもいかないと始めは固辞していた凪原だったが、「あたしが一緒じゃ嫌なのかよ⁉」「なわけないだろう⁉」「じゃあいいじゃないか!」というやり取りの結果一緒にということになった。
いざ服を脱ぐ段になるとやはり恥ずかしくなったが、なんとか凪原を先にシャワー室に押し込むことに成功する胡桃。実際のところ体を見てみたいし見られてもいいのだが、服を脱いでるところは見られたくない。
(なんで服脱いでるとこは恥ずかしいんだろ?裸の方が恥ずかしいと思うんだけど)
1人になった脱衣所で自分の感覚に首をひねる胡桃だったが、考えてみても結論が出ないので諦めてさっさとシャワー浴びることにした。
シャ~~~~
「「あぁ~~」」
並んでいるシャワーの一番奥が凪原でその隣が胡桃、並んで頭から湯を浴びる2人の口から思わず吐息が漏れた。運動をした後、汗のせいで冷えた体を温めるお湯には不思議な力がある。こわばりかけていた筋肉がほぐれていく感覚は誰にとっても気持ちのいいものである。
使ってないときに窓と扉を全開にして換気すればよいということで、シャワー室の換気システムは使用していない。湯気が充満する室内の視界はひどいものであり、胡桃はがっかりしたようなほっとしたような気分になったが今は切り替えて自然体でシャワーを浴びていた。
「やっぱあったかいシャワーはいいよな~」
「お~、ましてこの状況だしな~」
お互いに頭を洗いながら声だけで会話をする。
発電所からの電力供給が止まった現在、スイッチ一つでお湯が出るというのは本当に恵まれた事であった。
お湯だけではない。電気と水道、それにボンベ式とはいえガスの供給なされ、手作りではあるが外敵の侵入を拒むに足るバリケードもある。多少の不便があってもパンデミック前とほぼ同水準の生活をできるだけの環境が巡ヶ丘学園には備えられており、凪原たちはその恩恵にあやかって日々暮らしていた。
それだけに不安もある。
もしある日、唐突にここを去らなければならなくなったとしたら?
身一つで外に放り出された場合、今と同じだけの環境を手に入れることはほぼ不可能。そもそも生き延びるというだけでも難易度が跳ね上がるだろう。さらに言えば、この普通の学校には無い地下施設があるのだ、なにかよからぬ者の思惑が感じられる。
何かの拍子でこの学園を捨てることになったとしてもすぐに路頭に迷うことが無いように、少しでも皆が助かりやすくなるように―――
「―――第2拠点、作るべきだろうな」
そう凪原口から洩れた言葉は、シャワーの音にかき消されて胡桃の耳には入らなかった。
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「おーっ!すっごい広いね!」
「棚がたくさんあるの~」
「こんな場所が学校の地下にあったなんて……」
それぞれ上から由紀、
シャワーを浴びた後、凪原と胡桃は待ち構えていた由紀達の質問攻めを「数があるのに順番に浴びるのも時間の無駄だから」という
………美紀と圭の「ヘタレですね(だね)」という言葉に2人揃ってダメージを受けたが。
そして図書室から戻ってきた慈と
その代わり地下へは全員で行くということになったが、物資の確認のために人手が必要ということで元々頼むこちらから提案する予定であったので凪原に否やはなかった。
皆で階段を降り、安全確保のためにシャッターを下ろしてから地下区画へ足を踏み入れたところで先ほどの場面につながるという訳である。広い空間にコンテナを満載した棚が幾列も整然と並んでいる様子は業者のバックヤードを思わせるレベルのもので、凪原にこれを準備した組織の巨大さを感じさせた。
確実にいるであろう黒幕のことは今は一旦頭の片隅に追いやり、凪原は手を叩いて注目を集める。
「それじゃ聞いてくれ。見ての通りここにはかなりの物資がある。マニュアルを信じるなら15人が1ヶ月間暮らせるだけの量があるらしいけど、一応何がどれだけあるか確認したい」
説明しながらクリップボードに挟んだ白紙の物品リストを配っていく。昨日のうちに職員室のパソコンとプリンターで作っておいたのだ。
「りーさんが使ってるリストを参考にしたんだけど、そんな感じ良かったか?」
「ええ、これなら大丈夫よ。それで、私たちはこれに何があるかを確認していけばいいのかしら?」
「ああ頼めるか?正直俺リスト作りとかはあんまり得意じゃないしな」
悠里の質問に笑いながら答える凪原。
「よく言うわよ、たった3人で生徒会の業務を回してたくせに」
「どっちかというと俺は立案役だったからな、必要な物品の詳細リスト作りとかは得意な奴に押し付―――ゲフン、任せてたし…」
指摘に対して悪びれもせずに嘯く凪原に言いたいことはいろいろあったが、悠里はため息1でそれらを飲み込むと頷いてみせた。
「分かったわよ、私が指揮してやっておくわ。それにあなたにやらせたら二重帳簿にしそうだしね」
「イヤソンナコトスルワケナイジャナイカ」
「白々しいわね」
悠里だけでなく慈からもじっとりとした視線を向けられるがその程度でどうこうなる凪原ではなかった。
「はっはっは、………それじゃあ俺らは一旦奥まで言って
言葉の意味を正確に読み取って表情を暗くする2人に手を振って安心させると、凪原と胡桃はその場を悠里たちに任せ、自分たちは倉庫の奥へと進んでいった。
「そういえば、前に来た時よりも血痕が無くなってる気がしたんだけど?」
「ああ、胡桃が休養中の間に倉庫の部分だけは軽く掃除しておいた」
「おまっ、また勝手なことして、皆が知ったら怒るぞ」
「結果無事だったんだから気にしない気にしない」
そんなことを言い合いながら以前と同じように通路をたどり、小部屋へとたどり着く。2つあるうちの手前側の方、机と椅子が置かれている部屋だ。先ほどまでと異なりこの部屋は凪原が掃除をしていおらず、奥の小部屋へと続く床や扉には血痕が残っていた。
「………っ」
それを見て前回来た時の出来事がフラッシュバックし、胡桃の体がわずかに強張った。意識とは別に腕が動いて左手が右の肩口をなでる。そこにあった噛み傷はすでに消えていたが、残念ながら記憶はそう簡単に消えはしない。
一瞬の油断を突かれて組み付かれた時の驚き、
噛まれたことを理解するより先に感じた痛み、
そして理解した時の恐怖と、少し遅れてやってきた絶望。
そのすべてが当時のまま胡桃の頭に刻み込まれていた。手をあてた場所から体内に冷気が広がっていくような感覚、思考が乱れる、呼吸が浅くなる、自己の認識が不安定になっていく。
「大丈夫だ」
不意に体が包まれる感触と共に、肩にあてていた手により大きな手が重ねられた。そこから温かい感覚が広がり体から冷気を追い出していく。いつの間にか閉じていた目を開けてみれば、胡桃の体は凪原に正面から抱き寄せられていた。
「ナギ?」
「大丈夫だ、胡桃。お前はここにいる、死んでないしどこにもいってない。ちゃんと、ここにいる」
彼の名を呼んだ声に対する返事は決して大きな声ではなかったし、聴いた人に感動を与えるような言葉でもなかった。ただ、胡桃にはそれで十分だった。
「………うん」
小さく答え、自身も空いていた左腕を彼の背中へと回す。しばしの間、2人の体勢が変わることはなかった。
数十秒、あるいは数分ののち、胡桃の「もう大丈夫」という声で2人は体を離した。
「もういいのか?もし辛いなら無理しなくても……」
「ほんとに大丈夫だって、今はさっきまでの感じはないし。それに―――」
目線を合わせるようにしてこちらを心配する凪原に心配ないと首を振って続ける。
「―――なんかあってもナギが助けてくれるでしょ?」
「当然だ」
「だから大丈夫」
そう言って笑う胡桃に一瞬ぽかんとした凪原だったが、すぐに「そうか」と優しげな表情で頷いた。そしてすぐにその表情は引っ込み、次に浮かんでいたのは普段の自信ありげな笑みだった。
「そんじゃ、ここの掃除始めるか。においもないし血も乾いてるからすぐ済むだろ」
「そうだな、ぱっぱとやっちゃおう」
2人の見立て通り小部屋の掃除はすぐに終わった。目立った汚れは血痕だけだったうえに、それも完全に乾ききっていたため持参した箒と塵取りで集めゴミ袋に入れただけだ。
こちらは終わったのでそのまま奥の小部屋の掃除へとうつる。
「そんじゃ御開帳、
「その言い方はひどいと思う、校長先生だぞ?」
「もともとじいさんって呼んでたし問題ないって。それに胡桃のこと噛んだんだからじじいで充分だ」
改めて言うまでもないが部屋の中に人間は凪原と胡桃しかいない。ならば凪原がじじいと呼んだのは誰なのか、それは床に横たわっているゾンビをおいて他にいない。
一つ手前の部屋に残された書置きを読んだ結果、この部屋で首吊りに失敗して転化したのは巡ヶ丘学園の学長だったことが分かった。
パンデミック当時、学内の見回りをしていた彼は敷地内に入ってきたゾンビから生徒達を逃がすために避難誘導を行い、その最中に噛まれて感染したらしい。噛まれて死んだ生徒が起き上がり、別の生徒達に襲い掛かったのを見たため自身の状況を把握していた。敷地外に出て死んだら彼らのようになって他人に迷惑をかける、一部の生徒が上階に避難したのは分かったのでただ校舎内に残るのも良くない。流れ出る血のせいで思考がまとまらない中、何とか今生きている人々から距離を取ろうとした結果、彼は存在のみ知っていた地下区画へと足を向けたのだった。
それからのことは書置きの冒頭に書かれていた通りで、この状況を予期していた組織の存在に気付くも自分のために治療薬を使う訳にはいかないと自裁を決めたようである。
「生徒が良ければ自分のことなんか二の次三の次って人だったからな。納得と言えば納得だ」
「うん、あたしたちのことを一番に考えて支援してくれる先生だったもんね」
「そうだな。胡桃を噛んだのは許せないけど実際色々世話になったし、供養くらいはしたい」
そう話しながら学長の遺体を持参してきたブルーシートの上へと移動させる。とっさに銃で排除したために頭部は原形をとどめていなかったが、できる限り集めてから遺体を包む。その横では胡桃が血痕や梁にかかったロープを片付けていた。
それほど広い部屋でもない、掃除と片付けは数分で済んだ。
「さて、これでそこそこ綺麗になったし、今後使う予定もないしこのくらいだな」
遺体を肩に担ぎあげて歩き出す凪原。コンテナを一つずつ開けて中を確認している悠里達に一声かけてから胡桃を連れ立って外に出ると、以前
「―――よし、こんなもんでいいだろ」
「なんか雑じゃないか?貴依さんのみたいに十字架とか作らなくていいの?」
「気持ちは込めたからいいのいいの、爺さんだったら笑って許してくれるって。さて、一応手は合わせておきますかね」
大きめの石を置いただけの簡素な墓標の前で合掌し、しばし黙祷をささげる。やがて顔を上げた2人の顔は先ほどまでの神妙な顔ではなくいつも通りのものだった。
「さ、戻ってりーさん達の手伝いだ。何もやらなかったら夕飯のおかずを減らされかねん」
「げっ、それは嫌だな。早く戻って手伝おっと」
校舎へ駆けていった胡桃を追う凪原だったが、数歩進んだところで立ち止まり、顔だけで振り返ると独り言を言うように口を開く。
「………わざわざ貴依さんのそばにしたんだ、せいぜい教え子の1人くらいはちゃんと面倒をみることだな。胡桃を噛んだ挙句に死んだくらいで休んでたら
それだけ言うと、凪原は今度こそ校舎へと戻っていった。
『おやおや、それでは頑張らないといけませんねぇ』
校舎内に戻った2人は皆に交じってコンテナの中身の確認作業を行った。
作業中、『衛生』と書かれたコンテナを開けたら大量の生理用品とご対面し、フリーズしているところをツインテ少女に見つかってあらぬ誤解を受ける元生徒会長の姿があったりしたがそれはまた別の話。
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「お~い皆?そんなに距離を取られると俺としても辛いものがあるんだけど~?」
凪原は金属製の扉の前に1人取り残されていた。後ろを振り返ってみれば、数メートルほど離れた棚の陰からこちらを覗く顔が右に3つで左は4つ。どの顔にもぎこちない笑みが浮かんでいる。
「頑張ってナギさん!」
「ゆーにぃ、ファイトなの」
「凪先輩ならできるって」
「なぎ君ならきっと大丈夫です」
「「「だから、あいつ等がいたらよろしく!」」」
「そりゃ冗談半分にゴキがいたら嫌だなって言ったのは悪かったけどさ……、そこまで逃げなくてもいいじゃん」
ため息をつきながら改めて扉へと向き直る凪原。扉には『冷蔵室』というプレートが張り付けられている。
学長の遺体を埋葬してから数時間、物資の確認があらかた終わった頃、作業に飽きてしまい辺りを探索していた由紀と
新鮮な肉や魚など、久しく食べていない食材が保存されているかもしれない。一同の期待が高まったタイミングで、ふと凪原は冗談を言ってみたくなったのである。
「中に食材があるってことはもしかしてゴキブリがいたりして…――――な~んて、あれ?」
それを聞いた女子達の行動は早かった。凪原が言い終わる前に扉の前から退避、彼が気付いた時には既にしっかりと距離が取られていた。こうして、いらんことを言ったバカが1人取り残されることになったのである。
「だーかーらー、あいつらは寒さに弱いんだからこの中にいるはずないだろうが」
「わ、分からないじゃないですかそんなのっ⁉」
呆れたように言う凪原だったが、それに返事をする美紀の声は普段とは打って変わって震えているし、何なら体も小刻みに震えている。いつものクールさはどうした。
「と、とにかくナギが開けてまず確認しろよな!」
「そうよっ、もし退治できないでこっちに来たら向こう三日はご飯抜きにするわよ⁉」
「流石に理不尽じゃないですかねぇ……」
恨むべくは彼女たちの蟲嫌いの度合いを測りきれなかった自分自身か、凪原はもう一度ため息をつくと諦めて扉のハンドルを掴む手に力を込めた。もし万が一Gがいた時を考えて少しだけ開いて中を覗き込む。
「………ワーオ」
「ど、どうだった?」
数秒の沈黙ののち、小さく呟いた凪原に声をかける胡桃。それに答えるべくこちらを振り返った凪原の表情は普段あまり見せないレベルの満面の笑みだった。
「大丈夫だった。それより見てみろよ、すげーぞ」
扉が大きく開かれ、胡桃たちにも中の様子が露になる。中身を認識した瞬間、彼女たちの顔にも歓喜の表情が浮かんだ。
「「お肉だ(なの)~っ」」
由紀と
それだけではない。生肉の他にも燻製肉やソーセージ、卵が置かれた棚もあったし、鮮魚関連の棚や比較的長期保存が可能な野菜が詰まったカゴもあった。さらに上段を見やればこれまた高級そうなチーズがホールで置かれていたりする、一体どこの金持ちの食糧庫だろうか?
試しに真空パックの一つを手に取ってみるが、きちんとしたもののようであるし、傷がついているということもない。すべて完璧な保存状態のようだ。
(この地下区画を作った奴等に言いたいことは腐るほどあるが、これらを用意しようと思った点だけは褒めてやる)
顔を上げれば、蟲への恐怖などどこかに追いやった女性陣達も中を物色していた。お互いにしゃべりながらあれこれと手に取っているので放っておくとしばらくは終わりそうにない。
なので凪原は手を叩いてい注目を集めることにした。全員の意識がこちらを向いたのを確認してからおもむろに口を開く。
「さてみんな、1つ提案があるんだが…………今日の夜は焼肉、でどうだろう?」
「「「異議なし」」」
シャワー
ヘ、ヘヘヘタレちゃうねんよ?(汗)
その、凪原と胡桃のゴニョゴニョについてはプロット的にもう数話後を予定しているわけでして、決してチキったとかうまく書けなかったとかいう訳ではないのでしてよ?
学長(校長)
首吊り失敗からの転化してたのは校長ということにしました。原作で明確触れられてたかは覚えてないのですが、物語の都合上とここに入れてる時点で責任者かそれに類する人物ということでこのようにしました。
避難マニュアルの存在にまでは知っていたが詳しい内容(特に生物兵器関連)については知らされておらず、守秘義務を履行する代わりに資本提供を受けていた。ただ、それで私腹を肥やすことはせずに全て学園の施設や学園生活の質の向上に使っていたようです。凪原たち第31代の備蓄倉庫(1-8,9)準備の予算も元をたどるとここから出ていたりします。
薄々良くないことに加担していると自覚しつつも、生徒達の学園生活をより良くするためと自分を納得させていた………ってところですかね。ちょっと無理あるかもしれないですがこんな感じです。
冷蔵室
食材の長期保存については知識ゼロなので完全に想像です。真空パックで空気に触れない状態で温度管理しっかりしていれば無限に保存できるんじゃないですかね?(暴論)Gについてはあいつら寒いの苦手だしすべて真空パックに保存されて食べるものが無いからいないです、いいね?
地下探索は次回も続きます。
今回は比較的まともな物資編、次回は過激な物資編ですよ~
それではまた次回!