時間をかけたのにまだ前回書こうとしていたところが書き終わらない………
──8月12日 17:05 レベッカ宅──
『まさかまたこの味が食べれるとはな』
『ほんとほんと.あたしも部活帰りとかに行ってたし,なんか時々無性に食べたくなるんだよね』
包み紙を手に持ち,大口を開けてかぶりつく凪原と胡桃.行儀がいいとは言えないが,ハンバーガーを食べる時には多少行儀悪くするのがむしろマナーである.
『すごく美味いってわけじゃないんだけど,なんなんだろうなこれ』
『安っぽいのをごまかさずに開き直って突き抜けてるからじゃない?もちろんいい意味でだけど』
『それだ,いい意味で大衆的だから癖になるんだ.このポテトも冷静になりゃ塩の味しかしないのにフライドポテトっつったら真っ先にこれが思い浮かぶし』
凪原がポテトに手を取ろうとしたところで胡桃も手を伸ばし,2人の視線が交錯する.
『『……….』』
互いに無言でうなずき,数秒掛けてそれぞれの手が心に決めた1本のポテトを掴んだ.そしてこれまた頷き合ったあと一気に引き抜き,相手の眼前に掲げてその長さを競い合う.
ごくごく一般的な長さだった凪原のポテトに対し,胡桃が選んだのは1パックに1本入っているかどうかという超々ロングサイズだった.
『よっし』
『クッソ負けた.………後は似た系統のもんといえばケンタだな.あのパリってなった皮は1度食べたくなると他のものじゃ解消できない』
『ああ確かにあたしもあれ好きだったなぁ.っておいナギ!負けて悔しいからって自爆攻撃するのやめろよ,こっちまで食べたくなっちゃったじゃんッ』
『ハッハッハ,実際悔しかったんでつい,な.まあまだパンデミック前なんだから街に行きゃいくらでも買えるだろ───』
そこで言葉を切り,凪原は家主へと顔を向けた.
「───つーことでチェン,できれば明日はケンタで頼む.サイドはポテトも捨てがたいんだけど今回はクリスピーで」
「あっ,じゃああたしはビスケットで!」
「つーことで,じゃないよこの幻想生物コンビ.というかチェンって呼ぶな」
何食わぬ顔で明日の夕食を指定してくる居候のドラゴニュート
そんな2人(2体?)の気の抜けた様子と,そして何よりそんな状況に早くも慣れ始めている自分に,レベッカはジト目でツッコミを入れた後に大きくため息をついた.
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「あーもー…,いきなりよく分かんない言葉で話し始めたと思ったらポテトの長さ比べなんて,これじゃ警戒した私が馬鹿みたいじゃない」
ひとりごちながらレベッカはシャンプーで頭を泡立てる.
あの後,「とりあえずシャワー浴びてきたら?疲れてるみたいだし」と勧められた彼女はその言葉に従うことにして現在バスルームに籠っていた.
疲れの原因そのものに言われるのはどうにも納得いかない.が,熱い湯を身に浴びてみると心身がともに弛緩していくのを感じることができる.
頭を流し終わって次は体だ.ボディソープを少量手に取って身についた汚れを落としていく.
体を洗うというのは流れ作業だ.ぼーっとしていても無意識で出来るし,完全にルーティン化していれば全く別のことを考えていても問題ない.
となればレベッカの頭に浮かぶのはただ一つ,我が家に転がり込んできてそのまま居座っている人外(?)連中のことである.
現在リビングでナゲットをつまんでいるであろう彼及び彼女,レベッカが2人と初エンカウント──ずいぶんな言い方だが間違いではないと思う──数日前のことだ.
この日,レベッカの生涯における「やらかした出来事ベスト3」が
当時はR.P.D.内でゾンビの存在が噂になり始めていた時期である.死体は動かないという至極真っ当な価値観の下,このタイミングでは完全にオカルト扱いであったうえ,報告件数もまだ少なかった.
よってレベッカ達S.T.A.R.S.も特に行動を起こすことはせず情報収集に徹しており,その日はデスクワークと地域課の仕事を手伝っていた.
事が起きたのは無事に業務の引継ぎを終え,S.T.A.R.S.オフィスに軽く顔を出した後に一人帰宅の途に付いていた時である.
ランキングNo.3
聞こえてきた女性の悲鳴のもとを1人で確認しに行った
ホラー映画であればこれだけで「あ,こいつ死んだな」と確信できるムーブだ.レベッカが今自分で思い出してみても「この方法はない」と断言できる.
いくら正義感が強く,その時周囲に人影がなかったとしても,1人で突撃するのは完全にアウトだ.
最低でも公衆電話を探して応援を要請してからの突入,街にゾンビが出没していた事を考えれば署まで戻ってS.T.A.R.S.メンバーを連れてくるべきだった.
しかしそんな安全策はレベッカの頭の片隅にすら浮かばなかった.最低限の警戒として部隊の制式拳銃であるM92Fカスタム,通称サムライエッジをホルスターから引き抜くと誰にも見られることなく通り奥の闇へと踏み込んでいった.
………それが悲鳴の主の思惑通りであるとも知らずに.
日ごろの訓練の成果か,18歳の少女とは思えない見事なカッティングパイで角の奥を覗き込んだレベッカ.
その行為には何の落ち度もない.相手がただの暴漢か通常のゾンビであれば問題なく,余裕すら持って対処できたはずだ.
なので,この時はもう運が悪かったと言うしかない.
助けを求めたと思われる女性はおらず──後で聞いたところ悲鳴の主は胡桃で,跳躍力を生かして建物の屋上に撤収していたらしい──,目の前で唐突なスプラッタが発生したのだ.
惚けて銃を下ろしてしまわなかっただけレベッカは警察官として充分に合格ラインだろう.
固まるレベッカに構うことなく,怪物は概形こそ似ているものの禍々しさという点で人のそれとは全く異なる腕を掲げる.
握り込んでいた拳を開き滴った血がゾンビの亡骸に触れた瞬間,躯から火の手が上がった.
あっという間に燃え上がった火を背景に怪物はゆっくりと振り返り,その瞳にレベッカの姿を映した.
「………
「ッ!」
反射的に発砲したレベッカの判断は間違っていない.B.O.W.の存在を知っている者であれば,それが知性を持った時の恐ろしさは容易に想像できる.
身をすくませることなく行動に移せた彼女は称賛されてしかるべきだった.
だからこそ,ただただ運が悪かったという他ない.
正確に頭部を目掛けて放たれた弾丸は,
「
数秒の間を開け,わずかな笑みと共に
激情のまま連続して引き金を絞って込められた殺意を解放した彼女だったが,
ホールドオープンしたサムライエッジを,それでも下げることはせずに構え続けるレベッカの前へと歩み寄った
「
そこがレベッカの限界点だった.
ランキングNo.2
あまりの恐怖に自身に搭載された水門が緩んだ
───キュッ
回想を打ち切ってシャワーの栓を閉めるレベッカ.これ以上思い出しても精神ダメージが累積するだけなので賢明な判断だろう.
最悪の場合シャワー音だけでダメージを受けることになりかねない.
そんな,後遺症を心配するレベルの事象がなぜこれがランキング1位ではないのか.結論から言えばより質の悪いことがあったためだ.
確かに水門決壊は瞬間的な火力は最高だが,世の中には継続ダメージというものがある.系統は2パターン,「どく」のように一定の被害が続くタイプと,「どくどく」のように時間経過で被害が拡大していくタイプだ.
ランキング1位は当然,後者である.
体を拭いて下着とショートパンツ,サイズの大きいTシャツを身につけてバスルームを出る.
ラフな格好の自覚はあるがルームメイト同士がくっついているため──ごちそうさまと言いたい程度にはべったりである──貞操の心配はない.
なにより,頭痛の種に必要以上に気を配るのは馬鹿らしいからである.
「出たから次はいるなら──何してんの?」
「あいよ~.何って銃のメンテだよ,こういうのは手入れが大事だからな」
「ごめんレベッカ.あたしも一回は止めたんだけど,やっぱり手に持つものは見ておきたいからさ…」
「いや,やってることを聞いてるんじゃないの」
リビングに戻ればルームメイトの
どちらも片腕が異形なのに器用に作業するものだなぁ,と思わないでもないが重要な点はそこではない.
「鍵置きっぱなしは危ないぞチェン,ヤバイやつとかが来たらどうすんだ」
おかしい,とレベッカは思う.どう考えても悪いのは彼女ではなく向こうではないだろうか.
全く悪びれない凪原は論外として,悪そうにしつつも手を止めない胡桃はもう引き返せないラインまで彼に毒されてしまっているのだろう.
「あなた達以上にヤバいのがそうそういたら堪らないわよ….というか鍵はともかくナンバー錠もつけてたはずなんだけど?」
「4桁くらい1日家にいりゃ昼寝を2回挟んでも余裕で解錠できるっての」
「あーはいはい,常識を説いた私が悪かったわよ」
無理を通すために道理を殴り飛ばしたかのような会話だが,これが現在のレベッカ宅の通常運行だ.
そしてこのような状況になった理由こそ,バルブ放出事件を抑えての「やらかしランキング」堂々の1位である
ランキングNo.1
怪物2人に対し「とりあえず,うち来る?」と聞いてしまった
この言葉を発した瞬間から,レベッカの胃痛と戦う日々が幕を挙げたのだった.
筆者の胃がレベッカの胃と肩を組んでヤケ酒を呑み始めそうなほど忙しいのですが何とか頑張ります………
それではまた次回!