地下倉庫の銃器を回収してそれなりに武装を整えることができたものの、同時に背後にいる組織の巨大さを垣間見ることとなった。すぐに問題が起こるとは考えにくかったが、いざという時に拠点が巡ヶ丘学院以外に無いと困るであろうことは想像に難くないため、ひとまず学院の近くで避難した際に皆が不安に思うことなく休める拠点を新しく作ることになった。
とはいえ、作ろうと決めただけで簡単に用意できるのなら苦労はしない。まさか不動産屋のドアをノックして「どっかいいトコないですかね?」と聞くわけにもいかないので(もし聞きに言ったら転化した店主が両手を広げて歓迎してくれるかもしれないが)、自分たちの足で探すしかないのである。
かくして凪原と胡桃の2人は条件が良さそうな物件を求め、荒廃した街中をあちらこちらへ探し回っていた。
「もっと道路の真ん中に寄れ、これだとガードレールに当たる」
「ムリだって、これ以上寄ったらセンターラインからはみ出しちゃう」
「このご時勢対向車両なんて来るはずねぇだろ、いいからはよ寄れ」
「あそっか(ギュイン)」
「ハンドル切りすぎだバカ!これでもし街路樹にでもぶつけて廃車にしてみろ、奴等の前にめぐねえに殺されるぞ!」
「わっわわわっ」
「落ち着け!ブレーキ踏めブレーキ!」
「う、うんっ」
キキッー、ガッコン
胡桃が勢いよくブレーキペダルを踏み込み、慣性の法則に従い2人の体が前に飛び出す。シートベルトをのおかげで一瞬息が詰まった以外は特に問題が起きることはなく、凪原と胡桃はそろって息をついた。
「あー、首ツるかと思った」
「うぅ…ごめん」
「平気平気、最初は誰でもそんなもんだ」
ハンドルの上に縮こまるようにして謝る胡桃に、凪原は手を振って答える。
「そもそも正規の教官じゃない俺が運転教えてる時点で無理があるんだから気にすんなって」
「う~それにしてももうちょっとできると思ったのに コントローラーで動かせるようにならないかな」
「おい」
聞きずてならない呟きにはとりあえず突っ込んでおく。
これまでの会話から分かる通り、現在ハンドルを握っているのは胡桃だった。慈の自家用車である赤いミニの運転席に彼女で助手席に凪原、言うまでもないがその他の同行メンバーはいない。いつも通り2人っきりでの
胡桃が運転をしているのは凪原の提案によるものだ。今の学園生活部で運転ができるのは慈と凪原の2人、そして保有している車は赤いミニとリバーシティ・トロンから拝借してきた2tトラックの2台なので一応人数は足りている。とはいえ運転できる人数は多いに越したことはなく、数日前に胡桃が法律上免許が取れる年齢になったこともあり運転のトレーニングを始めることにしたのである。なお年齢上は胡桃と同じく運転できる由紀に関しても同様の話があったのだが、ペダルに足が届かないため見送りとなった。(なお、『ん~っ』と足をプルプルさせてペダルを踏もうとしている由紀の姿に皆がほっこりしたことをここに記述しておく)
校庭での基本的な運転練習が終わったため、公道実習ということで今回の遠征でドライバーを務めることになったのである。しかしながら開けた校庭とは異なり、外の道路は狭い道幅にあちこちで立ち往生したり事故を起こして乗り捨てられた放置車両、さらにはフラフラと歩きまわっているゾンビ、と障害物のオンパレードである。運転を始めて1週間程度の胡桃には難易度が高かった。
「やっぱ難しくない?運転」
「まだ始めたばっかなんだからそう凹むな―――っと胡桃、お客さんだ」
フォローの言葉を続けようとした凪原だったが、ちらと車外の様子を見たところでその言葉を飲み込み警戒の声を飛ばす。エンジン音に釣られたのか、前後からそれぞれ数体のゾンビが体を揺らしながら近づいてきていたのだ。
「は~も~どっからでも湧いてきやがって、たまには体を気遣って休むとかしろよ」
「いらない気の使い方するなってナギ、それにこれの実戦投入をしたいって言ってたじゃん」
「冗談冗談。よし、俺が後ろで胡桃が前な。さっさと片付けるぞ」
「アイアイサー」
その声を合図に、凪原と胡桃はスムーズに車から出て担当の方向へとそれぞれ武器を向ける。2人の手にはこれまで使っていた9ミリ拳銃ではなく、より大きなシルエットの銃が構えられていた。
元々はグロック17なのだが、折りたたみ式ストック付きの大型の外装に
カービン銃というのは騎銃という日本語表記から分かる通り、元は騎兵が用いることを想定して製造された銃のカテゴリーである。激しく上下する馬上で問題なく銃を扱うためには従来の小銃を短縮軽量化する必要があった。時代が下るにつれて騎兵が廃れた現代においてはカービンという名称はおおむね「小型のライフル」という意味で使われている。
ところでこのカービン銃、小銃すなわち一般的なライフル銃と比較すると取り回しが良いという利点に対し射撃時の反動・マズルブラスト・発射音が大きくなり、命中精度が低下するという欠点があったりする。これは銃身長が短くなったことが主な原因であり、時には「
こんな風に言ってしまうと、現在2人が用いているグロックカービンも原形のグロック17と比較して性能が低いのではないかと想像してしまう人もいるかもしれないが、決してそんなことはない。カービン銃が性能として劣っているのはあくまでライフル銃と比較した時であり、拳銃と比較した場合はむしろ全く逆に言うことができるのだ。まず銃身は4.5インチバレルから7インチバレルに換装されて倍近く長くなっている。これにより先ほど挙げた性能が軒並み上昇しているのだ。さらにストックとフォアグリップが付いて射撃時の安定性が格段に向上していることに加え、外装上部に据え付けられている20㎜レールにスコープをマウントすることで照準を合わせるのにかかる時間も短くなっている。唯一取り回しに関しては低下しているが元が取り回しに全振りしたともいえる拳銃なのだ、多少大型化したところで極端に低下することはない。
という訳でこのグロックカービン、比較的取り回しが容易で構えやすい上に狙いやすくそれなりに命中精度も高い、さらに低反動でそれでいてゾンビの頭蓋を砕くのに十分な威力を有している、というある意味ぶっ壊れ性能ともいえる能力を有しているのだ。元の銃の面影が完全に消失してもはやゲテモノレベルとなってしまっているが、対ゾンビ戦闘に限って言えばこれほど有用な銃はそうそうないであろう。
もちろんいくら有用な武器とはいえぶっつけ本番で実戦投入するのはバカの所業である。地下倉庫を発見してから今日まで、物資が充足していたこともあって凪原と胡桃は遠征に出ることを中止してこの銃の慣熟訓練に勤しんでいた。なお射撃練習には地下の貯水槽上部にある細長い通路に設置された射撃レンジ(隠し部屋にあるパネルを操作すると使用可能になった)を用いた。「学校の地下に射撃練習場って…」と思わないでもなかったが、どうこう言ってもしょうがない上にもはやそれほど驚くことでもなく、なにより役に立つことに違いはないので特に指摘する人はいなかった。
そんなわけで、
「おつかれナギ」
「おうそっちも。だいぶ上達したんじゃないか、俺もうかうかしてられないな」
「あたしなんかまだまだナギと比べたら全然だって」
凪原の言葉に謙遜する胡桃だったが、実際彼女の射撃能力はこの1,2週間で格段に向上していた。今にしても次々と近づいてくるゾンビに対して的確な射撃を加え、無駄弾もほとんどない。既にパンデミック以前そこら中にいた警察官達よりはるかに習熟していると言えた。本職の自衛隊員や銃器対策部隊員と比べれば劣ってしまうが、彼等は以前より日々厳しい訓練を経て現在の実力を得ているのに対し、彼女は数か月前までは銃など撃ったことは愚か触ったこともなかったのである。その上達速度には目を見張るものがあった。
「んじゃもっと集まってくる前に行くとすっか、運転も良くなってきてるからもうちょっとだろ」
「めぐねえの車だからぶつけた時が怖すぎるんだって、そりゃ上達もするよ」
かわいらしい外見のミニは慈のお気に入りであった。いきなりトラックの運転は難しいということでキーを借りられたのだが「もし廃車にしちゃったら、お説教ですよ?」と出発前に笑顔で言われたのは記憶に新しい。
「………安全第一でな、そもそもそんなにスピード出せないけど」
「うん、分かってる」
揃って身を震わせると、2人はいそいそとミニに乗り込んでゆっくりとその場を後にした。
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「クソ、めんどくさいな。いっそ
「やるならナギ1人でやれよ?あたしは手伝わないからな」
昼休憩を挟み都合10回目となる下車してからのゾンビの制圧を終えて車内に戻ってきた凪原がぼやくが、胡桃は一考すらせずに不干渉を宣言した。ちなみに今回は数が少なかったため彼女は下車しておらず、運転席に座ったままである。凪原が席に座りドアを閉めたのを見計らって、胡桃はスムーズに車を発進させた。
「言ってみただけだ。今度中古ディーラーにでも行ってサンルーフ付きの車でも見繕おう」
「あっじゃああれがいい。SUV、だっけ?かっこいいやつ」
「探しに行ったとこにあったらな。――にしても、」
手を上げて(片手でハンドル操作ができるくらいには運転に慣れてきたようだ)希望の車種?を言う胡桃に答えつつ、凪原は周囲を見回すとわずかに眉を寄せた。
「さっきから奴等の数が多いな、昼間だからこの辺にはあんまりいないと思ってたんだけど」
現在車が走っているのは住宅街のど真ん中、そして時刻は昼過ぎである。ゾンビが生前の生活ルーチンに基づいた行動をすることを考えると、探索中に遭遇することはほとんどないだろうと凪原は考えていた。ところが蓋を開けてみるとかなりの頻度で接敵し、排除のために下車する必要があった。大通りと比べると道幅が狭いため、すり抜けることができない場合を差し引いても想定より数が多いのである。
「ん~、多分いろいろズレてきたんじゃない?」
「ズレ?」
頭を悩ませていると、同じく頭をひねっていた胡桃が口を開いたので聞き返しながら続きを促す凪原。
「奴等って生きてた時の行動を繰り返そうとするけどさ、動きがすごい遅いじゃん?」
「ああ」
「あの速さで生前通りに動こうとしても絶対無理でしょ?電車とかも動いてないから遠くまではいけないし、もし生きてる人を見つけたらそっちに行っちゃうだろうし。そうなったら前の生活ルーチンからはだんだんズレてっちゃうんだと思う。もう
「………理解した。そっかそういうことか」
胡桃の予想を聞いて、凪原はシートに頭を預けて天を仰いだ。確かにゾンビは生前と同じ動きをしようとする。しかしあくまでしようとするだけで実際にその通り動けるかは別問題だったのだ。考えてみれば当たり前で、生前と同じ行動をするためには生前と同じ運動能力と社会インフラが必要である。そのどちらもが満たされていない状態でゾンビ達がかつてと同じように動ける道理はないのだ。なまじパンデミック当初に彼等の動きをよく観察していただけに、かえってそれが先入観となり凪原の考えを縛っていたのである。
「ってかそうなるとこれからはいつでもどこでも同じくらい奴等がいるってことじゃねぇか。マジでめんどくさくなってきたな」
胡桃の話から今後のことを予測して嘆く凪原。これまでは一応ゾンビの少なそうなルートを事前に考えていたのだがこれからはどんどんそれが無意味になってくるのだ、先ほどのような偶発的な戦闘も多くなってくるだろう。そうそう後れを取るとは思えないがめんどうであるのは間違いない。
「そこまで深刻に考えなくてもいいんじゃない?奴等の習性自体が消えたわけじゃないからあんま変わらないと思うし。むしろ分散するならこれまで数が多くて探索できなかった場所も行きやすくなると思うよ」
「………なるほど、そういう風に考えれば悪いことばっかでもないのか。サンキュな胡桃、どうも俺は悪い方に考えやすいみたいだ」
そう言って表情を和らげる凪原、パンデミック以降は
(まあ楽観が過ぎて事故るよりはいいし、俺の性格が多少変わるくらいはどうでもいいか)
などと考えている凪原の思考を打ち切ったのは胡桃のいつものような元気なものではなく、優しさを多分に含んだ、ともすれば年下であることを忘れてしまうような柔らかい声だった。
「そんなことないよ。ナギがいつもあたしたちに危険がないようにって考えてくれてることは分かってるけど、それで全部背負って抱え込んじゃうのはダメだよ。あたしも、みんなもそんなの望んでない。ナギだって仲間なんだから自分はどうでもいいなんて思わないで」
「………最近心を読んでるんじゃないかってレベルで
言い方こそ茶化しているものの、凪原の気配がわずかに緩む。目で見る分には何も変わっていないのだが、胡桃にはその変化が確かに感じることができた。
「ナギの考えてることなら大体は分かるよ、だって好きだもん」
発言の前後で胡桃の様子は変わったようには見えない。彼女がしれっとそんなことを言えるわけがないので、恐らくはついポロっと言ってしまったのだろう。
「ありがとな。俺も好きだよ、胡桃」
なので突っついてみることにする凪原。もちろん言っている内容には一片の嘘もないので何の問題もない。
「なっなななぁぁっっ⁉」
その結果、突如としてミニが蛇行運転を開始した。
「いやっ、さっきのはちがっ、くはないんだけどそういうことじゃなくて!そのっ、言葉のあやっ、ていういう訳でもなくて、ええっとようするにアレだよアレ!」
「分かった、分かったからっ俺もいきなり言って悪かったから!だからマジで落ち着いて運転して⁉ホント頼むから!」
発した言葉を自覚して胡桃は顔を真っ赤にし、逆に凪原は暴走を始めた車に命の危機を感じて顔を青くする。これまでの練習が功を奏したのか、数秒で何とかミニは安定を取り戻した。
「「………。」」
そして訪れる沈黙の時間。
決して嫌な空気という訳ではないのだが妙に気まずいというか顔が熱いというか、今更になってお互い恥ずかしさが募ってきたというところである。体感では車内の温度が5度くらい上がったように感じられた。
「ん、んんっ。そ、それで、さっきからあっちこっち走り回ってるけど拠点になりそうな場所の条件って何があるんだっけ?」
もちろんこんなことは出発する前に何度も話し合っている。しかし微妙な空気に堪えられなくなった胡桃にとって話題を変えられるなら何でもよかったのだろう。もちろんその気持ちは凪原も同じだったので胡桃のフリに応じることにした。
「そうだな………。まず第一に俺ら8人が生活できるだけの広さがあることだろ。それに奴等の侵入が防げるだけの障害があるか、作れるだけのスペースが周りにあること。あとは水が敷地内で必要なだけ確保できて、簡易的でもいいから発電設備を有してること。あと欲を言えばあまり目立たない場所、ってとこか」
つらつらと拠点に必要な条件を上げていく凪原。その内容は何もおかしくないし、どれも拠点運用を考えた時に必須なものである。
必須ではあるのだが―――
「なんかさ、聞くだけでそんな場所ないだろって思っちゃうのはあたしだけ?そういう条件をそろえるのが難しいから
―――そんな場所が簡単に見つかるのなら苦労しない。
「あー…まぁ、うん。実際そうなんだろうけどさ、今なら世間の目とかないからどっかいい場所あるんじゃな~って思ったり?」
「いろいろ考えている割に行き当たりばったりなとこあるよな、ナギって」
「やめてくれ、気にはしてるんだから」
安心したように笑う胡桃に凪原は苦笑いしながら答えるしかなかった。
移動だけで1話使ってしまいましたが第2拠点探しのお話です。
サクサク進めようとは思っているんですが筆がのると色々書いちゃうんですよね。それでいて推敲する時間はあまり取れてないので駄文になっていたらご容赦を。
運転練習
原作では割と簡単に運転していた胡桃ちゃんですが、遮るものの無い広い道路ならまだしも障害物だらけの世紀末世界で安全にドライブするにはそれなりに練習が必要だと思うんですよ。ぶつけて廃車にしようものなら恐らく大魔神にジョブチェンジする
グロックカービン
筆者の趣味全開の現時点でのメインウェポン、説明云々は本武器を出すためのこじつけというか、何ならこの武器書きたい欲の方が本作の構想より前からあった説まである。外観がイメージしにくい人は、Youtubeで『 kpos scout 』で検索して出てきた動画のモノをロングバレルに換装して
↓商品説明のURL
https://www.youtube.com/watch?v=nJuHzUIoCOQ
外人が持ってるから小さく見えますが、小柄な日本人が持つとこれまたいいサイズ感なんです(エアガン用レプリカを買った実感)。それに3〜4kgとかあるARと違って軽いので胡桃にも軽々扱えて、動画のように単点スリングで吊っておけば近接武器との切り替えも簡単です。ストックをたためば場所も取らない。
皆さんも世紀末への備えとしてご自宅に1丁いかがでしょうか(アメリカCM並感)
↓エアガン用レプリカの説明動画
https://m.youtube.com/watch?v=K6cx2W5dYVQ
奴等のバラつき
交通機関が死んで運動能力もガタ落ちになってるのに生前と同じ動きなんてできるわけないだろいい加減にしろ。漠然と生前と同じ行動をすると言われてもなんか納得できなかったのでこのような解釈となりました。生前の生活ルーチンを維持しようとする習性は残るとしても、そのうち昼は外に出て夜は近くの建物の中に入る程度になるんじゃないでしょうかとおもいます。あくまで胡桃の推測なので本当にそうなのかは分かりませんが(まだしっかり決まっていないともいう)。
※念のため断っておきますが同様の設定を使っている他のゾンビ小説に対して批判する意図は全くありません。
拠点探しはもう少し続きます。
それではまた次回!