「バッカじゃねえの⁉ほんとバカじゃないのっ⁉」
「悪かった、マジで悪かったってっ。俺だってあそこまで派手になるとは思ってなかったんだよ!」
住宅街のとある一軒家の屋根の上で凪原は胡桃にパシパシ、ではなくバシバシと叩かれていた。凪原も一応謝ってはいるが、その程度で胡桃の興奮は収まらないようだった。
幸いなのは、彼女の大声に釣られて寄ってくるゾンビがすでに周囲にいないということだろうか。
「理由は分かるよ?この辺の危険度を下げたいから奴等を一か所に集めてまとめて始末するっていうのは。でもやりすぎだろあれ!」
「いや、中途半端なのは良くないかなぁって」
「加減ってもんがあるだろ!見ろよっ!」
凪原の歯切れの悪い弁明に、胡桃はなおも言いつのるとある一点を指さした。その指が示す先では―――
「電柱が吹き飛んでんじゃん!」
―――爆発により根元からへし折れた電柱が近くの住宅の屋根に突き刺さっていた。
もともと交差点の片隅に立っていたそれは腰の高さ辺りでえぐられるように千切れており、断面からはねじれた鉄筋が顔をのぞかせ、周辺にははじけ飛んだコンクリートの破片が散らばっている。
とはいえそれらの無機物はより多くの有機物、ゾンビ達の残骸の中に埋もれてしまっていた。原形をとどめているのはほぼ皆無、ほとんどが元がどの部分だったのかも分からないほどグチャグチャに入り混じっていて、グロ耐性がない人が見たら一発で失神確定のレベルである。俗な言い方をすれば「ミンチよりひでぇや」というやつだ。
そのようなもしパンデミックが起きていない状況で同じことが起きれば新聞の三面記事を飾る、を通り越して号外が発行されてテレビでは緊急特番が組まれるほどの惨状なのだが、これほどの結果を引き起こすためには当然ながら幾つかの工夫が凪原の手によって施されていた。
基本的な構図としては、目覚まし時計でゾンビを一か所に集めたところへ学園の地下で手に入れたM79グレネードランチャーで
しかし、それだけでは現在2人の目の前にある状況を作り出すことはできない。
確かにHE弾の爆発は半径5mの者に致命傷を与え、半径15m圏内にいる者に負傷を負わせることができる。ただし忘れてはならないのがゾンビを始末するためには頭部を破壊する必要があるという点である。人間よりも頑丈であり、さらに密集することで肉の壁としての機能も得たゾンビの集団をまとめて殲滅するためには、HE弾だけでは残念ながら威力不足だった。
では、その不足分をどのように補ったのか。
「にしてもガスボンベの爆発ってあんなに大きいのな、鎖も巻き付けてたから破壊力がエグいことになってるし」
主犯である凪原自身も引き気味で呟いた言葉にその答えが含まれていた。
HE弾で足りないのなら、同じ原理の装置を追加すればよい。凪原(とその手伝いの胡桃)は業務用の大型ガスボンベ数本をゾンビを集める電柱に括り付けていた。
当然ながら事故防止の為ガスボンベの外装は十分に分厚くちょっとやそっとの衝撃ではびくともしない。とはいえ流石に軍用火器による爆発には耐えられず、HE弾の炸裂と共に大きな花火を咲かせることになったのである。
しかしこれでもゾンビたちを殲滅しきるにはまだ足りない。
あまり知られていないことであるが、爆風そのものの殺傷力はそれほど高いものではない。もちろん至近距離でまともに食らえば人間など簡単に死ぬのだが、その威力は一般的に爆心からの距離の3乗に比例して減衰すると言われている。例えば、10m離れたらそれだけで1000分の1まで減少する計算だ。爆風だけで相手にダメージを与えようとした場合、効果範囲を2倍にしたければ爆薬の量は2の3乗で8倍にしなければならないことになり、非常に非効率的である。
では爆風以外にどのようにダメージを稼げばいいのかといえばそれは簡単な話で、爆風により破片を吹き飛ばすようにすればいい。この手のことについて調べたことがある人ならば知っているかもしれないが、爆弾が与えるダメージの大部分は、爆発により破片となって吹き飛んだ外装の金属部分が身体に当たったことによるものである。爆風はどれだけ勢いが強くても所詮は空気でありそれほど威力は期待できない。逆に破片はたとえどれほど小さくても金属である以上空気の数千倍の密度があるうえ、爆発によって千切れ飛んでいるため先端がとがっている。このような危険極まりない破片を爆風に乗せて四方八方に飛び散らせることが対人兵器としての爆弾の神髄である。
以上の知識に基づき、凪原は電柱に括り付けたガスボンベに対しさらに金属製の鎖を巻き付けていたのだ。余裕を持たせることなくびっしりと巻き付けられていたそれらは、ボンベの爆発と共に無数の散弾となって辺り一帯を蹂躙したである。
ホームセンターに行けばいくらでも在庫がある、さらに言ってしまえばその辺の住宅街を回れば簡単に手に入れられる材料の何とも恐ろしい使用法であった。
「っていうか前にも同じようなこと聞いたけどさ、ホントになんでこんなこと知ってんだよナギは?普通に過ごしてたら絶対知らないだろ」
呆れたように、というよりは純粋に興味があると言った感じで尋ねる胡桃。彼女にとって凪原が出してくる考えはこれまでの人生で全く意識したことが無いようなものばかりであり、どのような経験をすればそのような知識を得られるのか皆目見当がつかないのだ。
「んー…特に何か意識してたわけじゃないんだけど、しいて言うなら周りの影響、とかかな。特に
「ああ…たしかに」
色々思案しながらそう話す凪原の言葉に、胡桃は納得すると同時に何とも言えない表情になる。
実は、凪原達第31代生徒会のキャラの強さのせいで忘れられがちなものの、彼と同じ代の学生達のキャラも相当なものだったのだ。なんせ胡桃達がまだ凪原が元生徒会長だと知らなかった時に自分たちの2つ上、つまり31期の先輩だと分かっただけで微妙な表情になったレベルである(1-6話参照)。
具体的に言うと、あいさつの時だけケニア語で「ジャンボ」と話すそこにいるだけで周囲の温度が2度上昇するどこぞの太陽神もどきや、高2の文理選択で理系を選択したにもかかわらず1年経ってから「やっぱり自分は文系だった」といって自主的に留年した一人称が儂の戦争オタクなど、字面だけで濃いと確信できる奴がそこそこの数いた。
さらにキャラが濃い奴といえば、授業間の10分休みに敷地内の片隅にある柿の木まで駆けていき、片方が4,5mほどの高さまでよじ登って下に待機しているもう片方によく色づいた柿を投げ落とし、ある程度の数を収穫すると再び教室まで駆け戻っていく(ちなみに季節によっては柿でなくビワやプラム、ゆずだったりする)どこかの昔噺の世界から出てきたと言われても納得できる2人組もいた、というかこの2人は他にもいろいろやってたので、もし違う学校だったら文句なしで変人ランキングのツートップを飾っていたことだろう。
他にも例を挙げていけばキリがない。ほとんどが1癖もしくは2癖ある人間ばかりであり、何十年ものキャリアを積んだベテラン教師をして「よくもまあこれだけの奴等が1学年に集まったものだ」と言わしめた変人集団、それが巡ヶ丘学院第31期生なのだった。
そんな
「あれ、ちょっと待った。
「さーてとっ、奴等もまとめて始末できたことだし、さっき目を付けたとこに行ってみようぜ」
「あっ!ちょっと待てよっ」
さっさと屋根から飛び降りてしまった凪原を追い、胡桃も慌てて屋根を降り始めた。
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「突撃、お隣さんの家を勝手に内見!新しい我が家を探そう」
「なんか番組名っぽく言ってるけど、やろうとしてるのはほぼ空き巣というかそれよりひどい気がするんだけど?」
「でもよ、前みたいだったらこんなとこ住めないって思ったらテンション上がるじゃん?」
「言いたいことは分かるけどさ…」
楽し気な様子の凪原とそれにツッコミを入れる胡桃。彼等は先ほど凄惨な爆発事故(事件)の現場となった交差点から数ブロック離れた場所に来ていた。先ほどまでいたところよりも一軒一軒が大きいいわゆる高級住宅街というものである。
そして今2人が立つ前にはよい色合いのレンガのアーチと装飾の施された鉄格子で作られたゲートがあった。
アーチの上部にはこれまた洒落た金文字で、~レゾナンス 巡ヶ丘~いう文字が躍っている。ゲートの向こう側は一見すると公園のようで、樹木、生垣、ベンチテーブルなどが配置されており、その調和を乱さないように数軒の戸建て住宅が十分な間隔をもって建てられていた。住宅や樹木などによって視線がさえぎられることもなく、開放感あふれる空間が広がっている。
「この頃話題になってた『自然と暮らす家』って感じのコンセプトで敷地丸ごと整備したってとこかなこりゃ」
「あ~、そういえばCMとかでちらほら見かけるようになってきてたね。環境に優しい暮らしがどうとか言ってたけど。ここ結構新しいみたいだし、できたばっかなのかな」
「恐らくそうだろ。ま、人間がほとんどいなくなったから環境問題は丸ごと解決済みなわけだが。あれだけ世界中で騒がれてたことがこんな簡単に解決すると少し笑っちまうよな」
皮肉気に言ってる凪原だったが、表情を真面目なものに変えると改めて敷地内の様子を確認していく。
「―――とはいえ、さっきちらっと見た時も思ったけどやっぱここは拠点として良さそうだな」
この住宅地、防犯の為なのか周囲が高さ3m近いレンガの壁で囲われており、敷地内に出入りできるのは今2人がいる正面ゲートと裏門に当たる小規模なゲート、それに車両用出入口の3ヶ所しかない。ゲートはバリケードで簡単に塞ぐことができるし、車両口の方は高さのある車を隙間なく停めておけば防壁として十分機能するだろう。敷地内のスペースも十分なので中に第2の防衛線を構築することもできそうだ。
「うん。全部の家にソーラーパネルがついてるし、あの奥にあるアレって多分井戸でしょ?ナギが言ってた拠点の条件に合ってると思うよ」
胡桃の言う通り、敷地内の住宅の屋根には太陽光発電用のパネルが設置され太陽の光を反射して黒く光っている。
さらに、敷地内のベンチなどが集まっているスペースには手押し式のポンプと丈の低い水桶があった。水道管がつながったインテリア用のものの可能性もあるが、昨今では『災害に対応できる家』というのが注目を集めていたし恐らくは地下水をくみ上げられる本物の井戸だろう。
「そんじゃ、ここを拠点にする方向でいいか?」
「いいんじゃない?でもどうやって入んの?見たとこ鍵掛かってるっぽいけど」
「大丈夫だ、俺に考えがある」
「ナギがそういう言い方する時って大体ろくでもないこと考えてるんだよな………」
微妙に嫌そうな様子の胡桃に「そんなじゃないって、鍵取ってくるだけだから」とだけ言って車と戻ってしまう凪原。鍵?、と胡桃が首をかしげているうちに戻ってきた彼の手にはとある物品が握られていた。
「お待たせ、マスターキー持ってきたぞ」
「あたしにはナギが持ってるのが
「?、だから
「いつからここはアメリカになったんだよ…」
呆れかえる胡桃を気にも留めず、凪原は正面ゲートの蝶番へ銃口を向けると躊躇うことなく発砲した。鍵破壊の為だけに開発されたブリーチング弾はその威力をいかんなく発揮し、見事
「じゃあ鍵も開いたみたいだし、それぞれの家の内見を始めるぞ」
「開いたじゃなくて開けただろ。ああもう、これじゃ空き巣から押し込み強盗にクラスチェンジだ」
「ランクアップだな」
「むしろダウンだよ」
====================
「お湯沸いたぞ~」
「ん、今行く」
電気ケトルから音がしたところで凪原が声をかけると、近くのソファーで仰向けに寝転がって漫画を読んでいた胡桃は返事をして立ち上がり、凪原がいるテーブルへと近寄ってきた。
「どれにする?」
「うーんとね…これっ!やっぱ王道のしょうゆ味」
「あっちくしょう俺もそれにしようと思ってたのに」
「早い者勝ち~」
テーブルの上に並べられた複数のカップ麺はこの家の中を物色した時の戦利品である。他にも缶詰や天然水のペットボトル、乾パンなどの備蓄用食品をいくつか確保できていた。
コポコポコポ
3分間待つ間にキッチンで見つけてきた茶葉と急須で淹れたお茶で一心地ついていると、両手で持っていた湯呑をテーブルに戻した胡桃が口を開いた。
「にしてもさ、ずいぶんあっさり入れたよね。防犯意識とかないのかな」
「塀に囲まれてるからな~、こういうとこに住めるような人の考えることはよく分からんけどそうなのかもしれん」
「まあ楽だったからいいけど」と続ける凪原。彼等の顔に浮かんでいるのは呆れの表情だった。
そもそも、しれっとお茶を飲みながらくつろいでいるが2人がいるのは今日初めて見つけた高級住宅のリビングである。当然これまでに一度も入ったことはない。
ではなぜ2人は今のんびりとくつろげているのか。別に
「まさか何となく確認した鉢植えの下にほんとに鍵があるとはな」
「一昔のマンガかドラマかと思ったよ」
とりあえず鍵がかかっていることを確認して「さてどこかから入れないか」と考え始めた矢先、玄関の横に1つだけ置かれた品のいい鉢植えに2人の目が留まった。「いやいやまさか」、「そんなことあるわけ」と言葉を交わしつつ念のため持ち上げてみたその下には真新しい鍵が太陽の光を受けてキラリと輝いていた。
「せっかくピッキングしにくいディンプルキーだったのに、設計者が泣くぞこんなザル防犯じゃ」
「まあまあ、あたしら的には鍵壊さないで済んでよかったんだし―――っと3分経ったよ」
「んじゃ食べるか」
ズルズルとカップラーメンをすする凪原達。日本人なら誰もが1度は食べたことのある某有名メーカー産のそれは『いつ食べてもおいしい』の宣伝文句通り、世界の状況など一切関係ないかのように以前と全く同じ味であった。その味に凪原は大学の仲間と徹夜でレポートを仕上げていた時の夜食を、胡桃は部活帰りにメンバーとコンビニに立ち寄って買い食いした時のことを思い出した。
そんな体感的には遥か昔、しかし実際にはせいぜい数ヶ月ほど前にあったごく普通な日常に思いをはせて、2人はしばし無言のままはしを動かしていた。
パンデミック世界で凪原がはっちゃける話。
あとうまいこといい物件が見つかったみたいですね。
爆発事故(事件)
HE弾とプロパンガスの連鎖爆発による世紀末ボンバーマン。まあ実際にやったことはない、というかやってたら手が後ろに回ってますので、描写したほどの爆発になるのかはさっぱり分かりませんけれど、爆弾で恐ろしいのは爆発そのものよりそれで飛散した破片なんやなってお話。ゾンビ相手に爆発物はあまり相性がいいとは言えない(本文中に書いた通り頭部を破壊しないと殺害できないため)のですが十分に集めて密集させた真ん中で爆発させればそれなりの打撃は与えるとは思います、手足が飛ぶだけでも脅威度は下がりますし。
巡ヶ丘学院31期生
やべぇ奴が多いやべぇ学年。実は例に挙げた人たちのモデルは筆者の学生当時の同期だったりする。オブラートに包んではいるが概ねノンフィクション。卒業後に学外の友人たちに話すとあんまり信じてもらえない。
高級住宅地
宣伝文句としては「緑あふれるのびのびとした空間で家族や近隣の人々とふれあう、古き良き日本の暮らしをしてみませんか」とかなるんじゃないですかね(テキトウ)、高級住宅とか縁がないんで知りませんけど(半ギレ)。井戸に関しては某心で作る系企業スタ〇ツのCMとかで賃貸住宅にも設置されてたのでここにあってもおかしくはない、ハズ。あと現代でもてはやされている最新の警備システムとかは世紀末世界ではゴミ。
カップヌ〇ドル
もはや国民食といってもいいカップラーメン。味覚とか嗅覚の記憶ってすごい強くて今まで忘れていたこととかでもそれをトリガーとして当時のことを鮮明に思い出したりするんですよね。
ちなみに、カップ〇ードルを食べた凪原と胡桃が昔のことを思い出したということはこれと平和な頃の日常とが結びついているってこと。もしパンデミック以降も食べ続けていたとしたらわざわざこんな感傷に浸らないはずなので、最近はあんまり食べてなかった。すなわち、りーさんとめぐねえがきちんとした食生活を維持していたということです。筆者の文章力の欠如のせいで本文中では書けませんでしたが2人のファインプレーを知っておいてほしくてここに書かせてもらいました。
おとまりはもう1話続きますよ~
それではまた次回!