後書きでちょろっと連絡あり
──8月13日 9:12 レベッカ自宅──
やあおはよう,チェン
朝起きて俺達の姿がなくて驚いていると思うけど,心配はしなくて大丈夫だ.起こそうかと考えたけど気持ちよさそうに寝てたから置手紙にしたぞ,あと中々イイ寝相だった.んで本題だけど,ちょいと野暮用ができたから胡桃とアークレイ山地まで遠足に行ってくる.
だから部屋にあった銃と弾丸を少し(Mini-14と.44,バリーに憧れたかは知らんがマグナムはチェンの体格じゃ無理だろ)にレーション,あとフィールドワークキットを借りていく.チェンもバックアップとしてM49持っておけよ,最近物騒だからな.だいたい2,3日ぐらいで戻ると思うから明後日位から夜は窓の鍵を開けといてくれ.
─追伸─
遠出するにあたって,夜の間に街中にいたゾンビは目につく限り狩っておいた.ただ早さ優先で後処理は最低限の火葬しかしてないから今頃通報の嵐になってると思う.だからまあ,頑張れ
─再追伸─
お土産持ってくるから期待しといてね,レベッカ
良きルームメイトの凪原&胡桃より
それじゃ,グッドラック
「……….」
────ビリッ
レベッカの手の中で置手紙が紙くずになった.
視界の隅ではガンロッカーが開け放たれて寂しくなった中身が見えているし,レーションを入れていた引き出しは空っぽ.
そして学生時代からフィールドワークに使っているアウトドア用品を入れたバックが消失していた.
さらに追い打ちをかけるように,留守録再生ボタンを押した電話からは『焼死体発見の通報で署内がパンク寸前だから至急応援に来てくれ』という旨のメッセージ──後のものになるにつれ悲痛な叫び成分が増えている──が次々と流れてくる.
「──あの」
小刻みに震えていたレベッカ.そのわずかに開かれた口から小さく言葉が漏れた瞬間,彼女の中で燃え滾っていた怒りが爆発した.
「あんの悪ガキ共ォォォオオッ!」
確認しておくと,1998年現在においてレベッカ18歳に対して凪原20歳,そして胡桃が18歳である.(正確には凪原達の年齢は前世(?)のものだが大きな問題ではない.)
一般的に自身と同い年,あるいは年上の人間にガキという言葉は適切でないし,当然レベッカもそんなことは百も承知である.ただ彼女の脳内議会にて彼等2人をガキとして扱うことが閣議決定されたのでそれに従った,それだけのことだ.
いくら飛び級で大学を卒業した天才少女といえど,奇人変人がひしめく巡ヶ丘学院31期生を束ねていた上位存在と,その隣にいたせいで「自分はまともだ」という認識のままヤバい奴の領域まで急成長した到達者を相手にするのは荷が重かったらしい.
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──同時刻 アークレイ山地中腹──
「ヒャッハーァァッ!新鮮な草だぁあああ!」
「イェー!」
凪原のテンションがトチ狂っているのは稀によくある発作のようなものとスルーすることにして,珍しいのはそのノリに胡桃も便乗していることである.
普段であれば暴走しようとする凪原に──それで抑えられるかは別として──ツッコミを入れたり窘めたりする役回りが多い彼女だが,今回は完全に同調していっしょにテンションがおかしい状態になっていた.両手を掲げ満面の笑みで叫ぶ姿はなかなか拝めるものではない.
童顔で幼い印象を与える日本人で,なおかつ胡桃も凪原も整った顔立ちのため無邪気にはしゃいでいる様子は見ていて微笑ましいものだ.どう見ても人間ではない身体特徴と,ぴょんぴょんと飛び跳ねる高さが1mを余裕で超えている事実がなければ,だが.
さて,2人のテンションが壊れた原因に話を戻そう.
大きな喜びを感じるタイミングというのはいくつかある.なかでも『それまでどうしてもできなかったことができるようになった』というのは理解しやすい類だろう.
できるようになる理由としては,己の努力が実って,が王道であろうが,システム的な制限がなくなって,という変わり種もあったりする.
例えばアイテム欄の枠が足りなかったり,例えば弾薬が心もとなかったり,例えば
回りくどい言い方はやめて分かりやすく言おう.
凪原と胡桃が今いるのは現実のバイオハザードの世界である.
そして2人の現在地はアークレイ山地である.
具体的には『草』群の中である.
なお草とはグリーンハーブである.
まあ要するに,そういう事だった.
バイオシリーズに一貫して登場する回復アイテム,ハーブ.
一見ただの草にしか見えないそれらはしかし,摂取した場合命に関わるほどの負傷をも直してしまうほどの凄まじい治療効果を発揮する.服用のための準備は粉にするだけで,それでいて副作用もなく誰でも使用可能という,冷静に考えると本当に植物なのか疑いたくなる代物だ.
もちろんゲームとしてならそれでなんら問題ない.そんな細かい点をいちいち気にしながらプレイする人はいないし,その部分の掘り下げはことシューティングゲームにおいて需要0だろう.
だが,それが現実になったとなると話は違う.
そんな訳の分からないモンが実在するなど現代医療の敗北どころの騒ぎではない,ただの恐怖だ.t-ウイルスのように遺伝子改造をしていない天然物な分余計に質が悪い.
存在と効能について半信半疑でレベッカに聞いたところあっさり肯定され,反射的に「「は?チートかよ?」」と口走ってしまった凪原と胡桃は悪くないはずである(なお「お前等が言うな」というツッコミについてはこれを棄却する).
いったい何がどうなったらこのような植物が誕生するのか,進化論的な意味で非常に気になるところだ.
だがしかし,それを知ったところで1ドルの得になるわけでもなく調べる時間的余裕もない.あるものはあると納得する方が早いし,何より精神衛生上健康的である.
考えても仕方がないことは考えない,使えるものはガンガン使う,というのが凪原の行動方針である.
そしてこの方針に沿ってみれば,ハーブの存在を知った今すべきことは一つしかなかった.
「うっし,これだけ採れば実験分を差っ引いても常備薬くらいにはなんだろ」
「常備薬どころかストーリー3周してもお釣りがきそうだぞ,これ.あたしも夢中で集めたから人のこと言えないけどさ」
一仕事終えたとばかりに額をぬぐう凪原と,上体を反らし大きく伸びをしながらそれに答える胡桃.
2人の足元には根っこまで丁寧に掘り起こされたグリーンハーブが山を成している.こんもりと積まれたそれらは,彼女の言葉通りゲームを何度か周回したとしても到底使いきれない程の量である.
「せっかく現実になったんだから,とりあえずやるよな無限回復.ゲームじゃ毎回序盤で回復が足りなくてキレそうになるし」
「それほんと分かる,ハーブはどれだけあっても困らないもんな.どうせなら無限弾薬の方も準備したいところだけど」
「そっちはこの遠征が終わってからだなー.残りの2種類を見つけて採取したのを使える形に───あ,」
声と同時に,日に当てたおかげで多少水分の飛んだグリーンハーブを袋に詰めていた凪原の手が止まる.彼の口から出たのは,あまりよろしくない事に気付いた時思わず漏れてしまう,そんな『あ』だった.
「なんだよ,そのヤバそうな『あ』は」
「いやさ,これって粉末にした後どう使うんだ?飲むのか塗るのか,胡桃分かる?」
「え?あ~,うーん────わかんない」
「「……….」」
「とりあえず,寝れそうなとこ探すか……」
「うん……」
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──9月13日 21:23 アークレイ山地 洞穴──
ゴリゴリ──,タパタパ───,ギュッギュッ
「なぁ,粉にするのまではいいけどそれは何してんだ?」
うつぶせのまま顔だけを起こして凪原に問いかける胡桃が寝転んでいるのは吊るされたハンモックの上だ.前世(?)でも有名だったメーカー製の頑丈なもので,いろいろとがった部分がある体の胡桃が体重をかけても破れる気配はない.
両端を引っかけている鍛造製のペグが,岩壁に根元まで打ち込まれているところにB.O.W.式野営術(一の型,力こそパワー)を見ることができる.
「ああこれ?しいて言うなら線香作り」
掛けられた声に顔を向けることなく言葉だけで返す凪原.彼は先ほどから緑か茶色か判断が難しい色の粘土状のナニカを近くで見つけた平べったい石の上でこねまわしていた.
作業自体はそれこそ幼稚園児でもできそうなものだ.ただし絵面が悪すぎる.
敷いているのは干し草のクッション.胡坐をかいて座るその周りには
さらにそこへ舞台効果が加わる.照明用のものと,ポットと蒸留器がかけられているもの,大小2つの焚き火に照らされておよそ純粋な人間とは思えない凪原の影が洞穴の壁に揺らめくのだ.
中世の魔女狩りに見られたら即決裁判で火炙り間違いなしの光景である.
もっとも現在はアークレイ山地全体に登山禁止令が出ているためまともな登山客はいない.遭遇するとしたら
三者のうちどれと当たっても力業でゴリ押せるので,凪原も胡桃もキャンプ感覚で野営を楽しんでいた.
「え,線香ってあの仏壇とか夏の縁側とかにあるあの?」
「ああ,正確には線香っぽいナニカだけどな. まだ少し硬いけど,こんなもんだろ」
「えーっと……なんで作れるかは後で聞くとして,どうしていきなり線香?」
「や,
こねるのを切り上げ,小さくちぎった塊を円錐状に成形する作業に移りながら凪原は答える.
結局,ハーブの使用法は塗布か服用か判断できなかった.B.O.W.化したせいで凪原と胡桃は自然治癒能力がかなり向上しており,多少の怪我ではすぐに治ってしまうのだ.塗布も服用も試してみたものの,治癒するのがハーブの効果なのかB.O.W.の肉体由来なのかが分からないのである.
よって,街に戻ればレベッカに聞けるので後回しすることにしていた.
とはいえこの草(?)にとんでもない回復力が宿っていることは事実である.葉か茎か,はたまた根かは分からないがその効果を有する成分が含まれていることは間違いない.
ゆえに,間接的であれその成分を摂取できれば回復効果を得られるのではないかというのが凪原の考えだった.
効能が異常という点に目をつむればグリーンハーブとてただの薬草に過ぎない.ならばその活用法は薬学や漢方薬学,錬金術に倣えるだろう.磨り潰して煎じる以外にも数多くの手法が過去の賢人たちによって開発されている.
線香,お香もその一つだ.現代だけでなく中世以前においても香りを楽しむことに目がいきがちだが,これも立派な医療行為である.アロマセラピー,と言えば分かりやすいだろうか.
「そもそも匂いがするってことは成分が広がってるってことだからな」
「なるほどな~香りが全てじゃないってわけか.ただそれってどれくらい効果が出るんだろ,蚊取りのやつは結構効いてるイメージ有るけど」
「さて,ね.まあせいぜい気休めくらいじゃね?具体的な成分知らないしそもそもモドキだし,趣味7割だな」
ちなみに凪原がモドキと言っているのは使っている材料が正式な線香とは異なっているからだ.
基本的に線香は香料を塊に留める役割をもつつなぎとしてタブ粉を用いるのだが、この木はアジア圏にしか生えていないため入手不可能である。よって今回は代用品としてとうもろこし由来の工作糊を用いていた.
本来の材料を使わず,まして素人がなにも参考にせずに作っているのだから僅かでも効果が出れば万々歳と言ったところである.
「感心と期待をしたあたしの気持ちを返せ」
「まあまあ,詫びと言っちゃなんだけどいいもん作るからちょい待ってろ」
傍らに置いていたポットへ乾燥させたハーブを適量放り込み,そこに焚き火から下ろしたケトルのお湯を注ぐ.
蓋をして数分蒸らしたものを2つのカップに分け,凪原は一方を胡桃へと差し出した.
「はいよ,嗅いでみた感じそう悪いもんじゃなさそうだ」
「ありがと──あ,いい匂い」
ハンモックの上から器用に腕を伸ばして受け取った胡桃,両手で抱えるようにコップを持ち,顔の近くに寄せたところでその芳香に小さく声を漏らした.
「バイオ特製グリーンハーブティー,ハーブといえばむしろこっちの方が一般的だろ?」
「たしかに──うん,おいしい.緑茶とはまた違うけどホッとする味,あたしは結構好きだな」
「お気に召したようで何より」
味・香り共に気に入ったらしい胡桃が柔らかく微笑む.その様子に凪原も満足したように笑うと自身もコップを傾け,静かに飲み始めた.
「なんか眠くなってきた気がする」
「あ~…,まだあんま遅くないけど俺もちょっと眠いな.軽い催眠作用でもあるのかね」
夜のティータイムからしばらく,凪原と胡桃に揃って睡魔の波がやってきた.強力なものではないがこのまま横になれば気持ちよく入眠できそうな気がする,そんな心地よい眠気だった.
「ならナギももう寝ちゃおうぜ.明日もあるんだからさ」
「いや,どっちかは起きといた方がいいだろ.それに2人で乗っちゃ狭くなるだろうし」
「変な気配もないし,今のあたし等ならなんかあったら気付けるから大丈夫だって.あと多分これ2人用だよ」
「うーん…」
ハンモックを叩きながら誘う胡桃にいったんは断った凪原だったが,続けられた言葉に思案顔になる.
実はこの体になってからというもの,彼等は周囲の気配を探る能力が向上していた.特に相手がB.O.W.であればその感覚はさらに敏感であり,かなり離れていても察知できる.僅か2人でラクーン市内のゾンビを狩れていたのはこの力によるところが大きい.
B.O.W.でなくとも悪意や害意には敏感になっているため,恐らくは胡桃の言う通り何か不審な存在が近づいてきても起きられるだろう.
そしてハンモックについて,こちらも胡桃の言うように改めて見ればかなり大きい.大柄な人物でも2人,小柄なら3人まではギリギリ寝れそうだ.なぜレベッカがこのサイズのものを持っているのか気になるが,もしかすると寝相がひどいせいで1人用のものでは落ちてしまったのかもしれない.
メトロノームよろしく体を揺らしながら返事を待つ胡桃.それに合わせてゆったりと動くハンモックは快眠を提供してくれそうだ.
それでも10秒ほどは考えた凪原だったが,結局誘惑に勝つことはできなかった.
「───じゃあそうするか.でも一応気を張っといてくれよ?」
「よっし.そんじゃナギ頭そっちな,尻尾こっちにちょうだい」
「やっぱそれが狙いかお前」
「いいじゃん,柔らかくはないけど安心できるし.い草枕みたいな?」
「訳分からん例えだがなんか分かるの腹立つな,ほらお前のもこっちまわせ」
「はーい」
ハンモックに登った凪原の頭の向きは胡桃と反対方向である.
前世(?)では当然同じ向きで顔を近づけて寝ていた彼等.しかし今2人の頭には立派な角が生えており,これが干渉するせいで以前のように寝られなくなっていた.
それでもどうにか相手を感じられる寝方はないかと試行錯誤した結果が,輪を描くような体勢で横になり相手の尻尾を枕とするという方法だ.
鱗に覆われた尻尾の表面は硬いものの内部の肉の部分のおかげでわずかに弾力があり,これでなかなか寝心地が良い.
「ん~この辺かな…」
「おー」
モゾモゾと僅かに動いて位置取りを調整する.角の生え方と尻尾の太さの関係上,ポジショニングは非常に需要なのだ.
「おやすみナギ」
「ああおやすみ」
挨拶を口にして目を閉じる2人.それぞれが相手の尻尾に頭を重ねている姿は,円環の竜たるウロボロスを思わせる.
よく見かける1頭の竜が自身の尾を噛んでいる構図は世界の全一性,完全性の象徴であると言われる.対して2頭の竜が相手の尾を噛みあう場合は,世を司る2つの力としての光と影,陰と陽,天と地のような二元論的世界観が強調される.
これは一見対立を煽っているようにも思えるがそれは正しくない.
実際には一方の存在は常にもう一方の存在を前提としており,一方が強くなればそれに呼応し他方も強くなるという均衡と安定を表しているのだ.
常に共にあり,それでいて同化してしまうことなく互いを支え続ける.
図らずも2人の寝姿は彼等の関係性を象徴しているかのようだった.
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──9月14日 00:52 ラクーンシティ某所──
「こちらガンマチーム,本部応答願う」
『こちら本部,状況を報告せよ』
「現時点で指定された区域のうち70%の捜索を完了.活性死者を数体処理したがそれほど数が増えているようには感じない.目撃情報のあったアンノウンについても収穫なしだ」
『了解した.残り区域の捜索が完了次第速やかに撤収せよ.アンノウンについてはより確度の高い情報が得られた後に再調査するものとする』
「ガンマチーム了解,アウト」
輪になって眠る龍人姿の胡桃と凪原,アリだと思います(強めの幻覚).
さて前書きで触れた連絡についてですが,2点ご連絡があります.
まず1点目,
ちょっとリアル事情のためしばらく更新が不定期になります.数ヶ月程度で落ち着くのではないかと思いますが,ちょっと見通しが立っていないため何とも言えません.
完全に更新を止めるというわけではないため気長にお待ちいただけると幸いです.
続いて2点目,
現在更新中のバイオハザードコラボについて,軽い気持ちで始めたのですが思いのほか話が続き筆者も驚いています.ただこの調子だと本編のがっこうぐらし!の方の再開がいつになるやら分かりません(既に4ヶ月以上開いていることに気付きガクブル状態です).
そこで本コラボはとりあえずラクーン事件開幕のところまで進め,以降は本編の方と並行して更新をしていこうと考えています.
以上,ちょっとした連絡でした.
それではまた次回!