「おっそうじおっそうじ~ほうきにちり取りでピッカピカ~」
「由紀先輩、歌ってても掃除は終わらないので手を動かしてください」
「え~もう疲れたよ~」
美紀に注意され、手にした箒をマイクに見立てて自作の歌を歌っていた由紀はがっくりと肩を落とした。
「ねえねえみーくん、そろそろ休憩しようよ!」
「まだ初めて30分も経ってません、最低でも1時間はこのまま掃除です」
「そんなご無体な~ よよよ」
希望を込めて休憩を提案するもバッサリ切って捨てられ、泣き崩れるふりをしながら圭へと抱き着く由紀。
「うわーんけーくんっ、みーくんがいじめる~」
「お~よしよし まったく、美紀は厳しいもんね」
「ほんとにそうだよね~」
「2人とも…」
揃って「ね~」と頷き合う2年生と3年生のコンビに、美紀としてはため息をつかざるを得ない。とはいえそのままにさせるわけにもいかないので、いつの間にしわの寄っていた眉間をもみほぐしながら口を開く。
「あのですね、そもそも最初に一番張り切ってたのは由紀先輩じゃないですか。これくらいで意気消沈しないでくださいよ。あと、圭もあんまり甘やかさない」
「別に甘やかしてるわけじゃないよ、私だって同じ気持ちなわけだし。だってさ―――」
そう言いながら圭は、見てよ、と言わんばかりに両手を広げながら言葉を続ける。
「―――床に壁、クッションとか家具に至るまでどこもかしこもすすだらけ。おまけに床にはガラスが散らばってるし、ここを掃除しろって言われてもやる気なんか出るわけないじゃん」
本日の学園生活部の活動は、巡ヶ丘学院本校舎の大掃除である。
ヘリコプターが墜落した日から数えてはや2週間近く、一向に捜索部隊が来る様子もないため一行は久しぶりに校舎へと戻ってきていた。
パンデミック以降1日の多く(凪原と胡桃以外に関して言えばほとんど)の時間を過ごしてきた愛着ある拠点はしかし、圭の言葉にあるように無残な姿を晒している。窓際は爆発の衝撃で吹き飛んだガラスの破片が散乱し、校舎内に入り込んだすすが降り積もって歩けば足跡が残るほどで、とてもではないが快適に過ごせる環境できない。
とはいえ墜落時の衝撃とそれに伴う爆発及び火事を考えればこの程度の代償些細なものといえる。持ち出せなかった物資もほとんどダメになっていないことを踏まえれば安堵こそすれ文句を言う筋合いはないのは重々承知であるが、元の状態に戻すまでの手間を思えばため息の1つや2つはつきたくなるというものである。
「でも、せめて寝る部屋と部室くらいは綺麗にしないと休もうにも休めないよ圭。ほら由紀先輩もシャキッとしてください」
「「は~い……」」
もちろんだからといって掃除をしなくていいわけではない。美紀の正論に由紀と圭は渋々返事をすると、それぞれ掃除道具を手に持って作業を再開した。
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由紀達が掃除を再開したちょうどその頃、凪原と胡桃はヘリの墜落現場である校舎裏の駐車場へとやって来ていた。どうして由紀達が作業を始めて30分以上経ってようやくここに来たのかはキチンと理由がある(決してサボったりイチャついたりしていたわけではない)。学院に着いて他のメンバーを安全なバリケードの中に入れた後、ゾンビを掃討して回っていたのだ。
以前であれば訓練を兼ねて定期的に始末していたため数は少なかったものの、2週間近く拠点を開けていたのでそれなりの量のゾンビが敷地内に入ってしまっていた。
ゾンビの脅威の真骨頂は群れた時に生じる膨大な物量にある。今回集まっていた数程度ならば凪原達が銃を使えばどうとでも対処できるが放置しておいても百害あって一利なしなので念入りに始末し、ついでにゾンビが入れそうな隙間をロープで応急処置的に塞いだりしてるうちにそれなりの時間が経過していたというわけである。
さしあたっての敷地内の安全を確保してきた2人が今目にしている駐車場の様子は、彼らの記憶にある光景からかけ離れたものであった。中央には胴体部分で折れたヘリコプターの残骸が鎮座し、その周りには並んで駐車されていたはずの車がひしゃげたりひっくり返ったりぶつかりあったりして無残な姿を晒していた。何台かはヘリから出火と爆発のせいで炎上し、元の車種が判別できない程である。すすや焼け焦げによる黒色の中で、破裂した消火器からまき散らされた消火剤の白がマーブル模様を描いている。
そして、駐車場のあちこちに見られる焼け焦げた物体。
雰囲気的に金属などではなく元は有機物、一抱えほどの固まりだったり細木のようだったりと形状は様々である。しかしよくよく見れば細木には上下に枝のようなものが2本ずつ、固まりは歪でまるで別の形だったものを丸めたような―――
「―――うっぷ」
その正体に思い至った胡桃が思わず口に手を当てて顔をそむける。
焼け焦げた物体の正体、それはゾンビ達の燃えかすだった。
町を徘徊する体が腐敗したゾンビに食い散らかされた人間の死体、他にも自身が手を下したゾンビの死体など、グロテスクと表現されるものはこの数ヶ月で嫌というほど遭遇しているので言い方は悪いが見慣れている。しかし焼死体が発する独特の凄惨さは、だからといって耐えられるものではない。
普段凪原と共に戦闘をしているとはいえ、多感な年齢の少女である胡桃にこの光景は辛いものがあった。
「辛かったら戻っててもいいぞ?力仕事とかするってわけじゃないから俺1人でも大丈夫だし」
未だ口元を抑えながら大きく息をしている胡桃に凪原が心配そうに声をかける。彼とて抵抗がないわけではなかったが、彼女と比べればまだマシな方である。何か情報が得られるかもしれないのでヘリの調査はすべきであるが、2人でやらなければいけないというものでもない。
ならば辛そうな彼女はメンバー達の方に戻して彼1人でやるのも1つの手である。
そんな凪原の気遣いはしかし、胡桃自身の言葉でもって否定された。
「スー…ハ―… ううん、大丈夫。戻ってもこれから先同じようなのを見ることになるかもしれないし、なら今から慣れた方がいい」
未だ顔色は良くないものの、顔を上げた胡桃はそう言ってみせた。無理をしていない、というわけではないのだろう。顔色もあまりよくはないし、よく見れば体も小さく震えている。ただし、その視線には力強さがあった。
そうであるならば返す答えは決まっている。
「分かった、でも無理はするなよ」
「うん」
かけた言葉に胡桃が頷いたのを確認し、凪原はホルスターに収めていたグロックを引き抜いて延焼範囲へと足を踏み入れた。武器を手に取ったのは万一まだ息がある(生物学的には死んでいるが)ゾンビがいた場合に迅速に処理をするためだ。
とはいえ、試しに倒れているゾンビの胴体に発砲しても何の反応も示さなかったので恐らく杞憂ではある。
「う~ん、しばらく焼肉は食べたくねえな。幸か不幸かそうそう食べられるもんでもないけど」
「うぅ、やっぱり気持ち悪い…。なんでナギは平気なんだよ」
軽口を叩く凪原に胡桃が問いかけるも、その答えは満足のいくものではなかった。
「いや俺だって平気ってわけじゃないんよ?実際怖いしできれば見たくないって思ってるさ。そうは見えないってんならそりゃ年の功ってやつだな」
「2歳しか違わないじゃん」
「果たしてそうかな?」
ニヤリ、と明らかにからかっている雰囲気の凪原にイラっとする胡桃だったが、待てよと思う。彼女からすれば自分と2歳しか違わないはずの凪原がこれほど平然としているのが不思議でならない。実はもっと年上で、何らかの事情で高校には遅れて入学していたという方が納得できるかもしれない。
「おーいそこで黙らないで、冗談だから」
「いやでももしかしたら」
「もしかしないから。俺が悪かったからおっさん扱いはやめてくれ」
そのままなんだかんだと言い合いつつ胡桃の調子も戻ってきたところで、再び彼女の心を動揺させるものが2人の前に現れた。
「…ねえ、これってさ」
「墜落したヘリのパイロット…だろうな」
他の完全に燃え尽きているゾンビとは異なり、うつぶせに倒れているその遺体は人としての面影を保っていた。恐らくは迷彩柄であったであろう衣服や、その上に着こまれているボディーアーマーなどがそれと判別できる程度には残っている。
割れたヘルメットの隙間から覗く顔は焼け焦げていて表情をうかがうことはできないが、炎に巻かれた中で苦悶の表情を浮かべていたであろうことは容易に想像できた。
「こりゃ埋葬してやらないと祟られかねないな。この人が誰だか分からないし、死んじまったからには仏様だ」
彼の最期を想像して体を強張らせる胡桃の隣にそっと寄り添いつつ声をかける凪原。彼がどのような意図でヘリコプターに乗ってこの学院へとやって来たのかは凪原にはもはや分からない。
ただ、もしヘリが墜落せずに対面していたら争うことになっていたかもしれないと考えると、パイロットが人のまま死んだことは彼にとっても自分達にとってもそう悪いことでないのかもしれないとも思う。これなら真摯に彼を悼むことができるから。
「うん……そうだね」
そんな凪原の心のうちを察したのかどうかは分からないが胡桃も小さく呟いて頷いた。
「ん?これ…」
他にもヘリに乗ってた人がいないか探してみる、と凪原がヘリの残骸の内部を確認に言っている間、手持無沙汰にたたずんでいた胡桃が1人疑問の声を上げる。
うつぶせに倒れ伏したパイロットの遺体、その腕が何かを腹に抱え込んでいた
「んっ…しょっと」
遺体に直接触れるのは何となく怖かったため、スコップを使って遺体の下から引き出したそれは金属製のケースであった。耐熱性のものだったのだろう、ところどころ焦げているが機能としては問題なさそうである。
「……んー」(カチャカチャ、カチッ)
「他には誰もいやしねえ、なんで1人だけで飛んできたんだ――ってどうした胡桃、なんかあったか?」
鍵は掛かってなかったようで留め具をいじってみると簡単にロックが外れ、ちょうどそのタイミングで凪原が戻ってきた。
「いや、なんかこの人が大事そうに持ってたんだ」
「大事そうに?ほーん……中身は何入ってんですかねっと」(パカッ)
並んで地面に置いたケースを開き、―――
「「……。」」
―――揃って沈黙する2人。
「「ハァ~…」」
そして揃ってため息をつく。
その理由はケースの中身以外にあるはずもない。
「あのさ、すごく見覚えのあるモンが入ってる気がするんだけど」
「奇遇だな、俺も同じことを聞こうと思ってたとこだ」
軽い調子で言い合う2人だが、その表情はどちらも真剣そのもので額にはしわが寄っている。ケースに入っていたのは拳銃と地図、そして
だった。
「これってやっぱあれかな?」
「ああ、
「だよな~…」
気のせいであってくれという胡桃の儚い望みは凪原の言葉で無残に散ってしまった。とはいえ凪原とて頭を抱えたい思いである。
薄々、というかほぼ確実にあのヘリはただの救助ヘリではないとは思っていたが、こうしてその証拠を目の前に出されるとガックリきてしまうのは避けられない。
「「ハァ~~~~」」
なんともめんどくさいことになった、そう感じた2人は再び、今度は大きく長いため息をついたのだった。
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その後、情報量が多すぎたのでヘリコプターに関する話し合いは翌日に回すことにした2人はパイロットを埋葬した後、校舎内に戻り由紀達を手伝って掃除をして一日を終えた。
そして現在、凪原は自室として使っていた教室の中で何やら作業をしていた。
既に日はとっぷりと暮れ、カーテンが引かれた窓の外は真っ暗なので室内の明かりは小型のLEDランタンのみである。それだけならば以前と同じなのだが、今日は事情が異なる。
校舎内の電力供給システムがダウンしているのだ。空調の一部などは生きているものの、照明をはじめとしたほとんどが機能していない。詳しくは明日以降に調べてみる予定だが、恐らくは配電盤がやられたのではないかと凪原は考えていた。
「ブレイカーが落ちたとかヒューズが切れたくらいだったら楽でいいんだけど、どうなることやら」
そんなことを1人呟きつつ、作業を進めていく凪原。床に置かれていたシートや細いフレームなどが組み合わさり徐々に形を成していく。
「―――これでよし、と」
数分後、教室の中にはテントが張られていた。比較的小さめだが、山岳キャンプなどに使われるタイプのもので存外しっかりとしている。
ところで、どうしてわざわざこんなものを立てたのかというとちゃんとした理由がある。決して何となく面白そうだから、とかではない。
もったいぶらずに言えば、部屋の掃除が全く終わらず辺り一面すすだらけだからだ。
皆で掃除をしたおかげで日中を過ごす部室の床と壁だけはある程度元通りになったものの天井はすすがこびりついたままで(というか専用の掃除道具でもないと天井は無理)、部室以外はほぼ手つかずと言っても過言ではない。そして部室にしても天井から時折すすが降ってくるので気分が悪い。
このままだと寝るに寝れないということで、1階にある登山部の部室からテントを2張拝借してきてその中で寝ようということになったわけである。由紀や
テントの中に敷布団と寝袋をセットしてた凪原の耳に、コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。
「はいはい―――って胡桃?」
「えっと、その、来ちゃった?」
何かと思って扉を開けた先には自分の分の寝袋を抱えたパジャマ姿の胡桃が立っており、問いかけてみれば王道といえば王道なセリフを返してきた。
不覚にもドキッとする凪原だがとりあえずここに胡桃がいる理由について尋ねてみる。
「どした、今日はめぐねえも混ぜて女子はみんな同じテントで寝るって話じゃなかったっけ?」
「いくら大きいテントっていってもめぐねえ入れて7人じゃ流石に狭いし、それに―――」
そこで言葉を切って小さく身を震わせる胡桃に、凪原は何事かと身構える。数秒の後、胡桃は半泣きに近い表情になると続きを口に出した。
「それに…由紀の奴が涼しくなろうって言って怖い話を始めたから…」
「お、おう」
思ったよりもかわいい理由だったので少し拍子抜けする凪原。
「あっ、今笑っただろ!」
凪原の感想が由紀にも伝わってしまったようで、彼女は頬を膨らませてしまう。
「いや笑ったってか意外に思ったって感じ。ゾンビゲーとかやるって言ってたからてっきりそういうの大丈夫なのかと思ってたし」
「あれは武器で倒せるからいいんだよ!だけどお、おばけとかってこっちが何もできないから怖いんだ!」
「あぁ…」
何となく言いたことは伝わってきたため頷く凪原。確かに対抗手段の有無は人によっては重要な要素かもしれない。
「それに美紀もなんかノリノリで話始めようとするし…。なんなんだよ、あいつがあんな楽しそうな顔してるの初めて見た」
「へー、あいつってその辺好きだったのか、今度好きなホラー映画についてでも話してみるか」
「それ絶対にあたしに聞こえるところでやるなよ!?絶対だぞ!?」
「それはフリ?」
「フリじゃない!」
美紀の新たな一面を聞いてそんなことを呟く凪原に胡桃は必死の形相で釘を刺した。どうやら本当に怖いものが苦手らしい。
結局その後悪ノリして怪談語りを始めた凪原は顔面に枕を叩きつけられた後に罰として腕枕を要求され、とうとう暗いだけで怖くなってきた胡桃に朝まで引っ付かれた状態で眠ることとなった。
一方その頃部室の女子テントの中では―――
「ふふ~ん、胡桃ちゃんが怖い話ダメなのはよく知ってるもんね」
「こうやって話し始めたらすぐに凪原さんのところに逃げていくと思ったわ」
「教師としてはホントは許しちゃいけないんでしょうけど、あの2人はお似合いですからね」
「うっわ3人とも悪い笑顔してる」
―――計画通り、という笑み浮かべる3人の姿があったとかなかったとか。
一応日常回ってことになるのかな。待てど(別に待ってないが)暮らせどヘリの後続部隊が来ないので学院に戻ってきた学園生活部が掃除したり片づけをしたりするお話です。イベントばかりじゃメンバー達も疲れちゃうのでこういう話も必要ですよね。とまあそんな感じで、今回も解説タイムにいってみましょ~
掃除をしてる3人
最初から掃除をしてたのは由紀、美紀、圭の3人。凪原と胡桃は現場検証として、残りのめぐねえ、りーさん、るーちゃんは物資がダメになってないかの確認に行っています。3階の教室に置いていた自分達で集めたものや地下倉庫がきちんと機能しているか、とかですね。
あ、ちなみに電力ダウンの実態は↓
生きてる:地下区画全般、一部特別教室の空調、発電機関連と浄水施設関連
死んでる:地上階の照明、多くの空調、給湯装置など
中央で一括管理するタイプのものは生きていて、その他は死んでるって感じです。恐らく電源や配線の系統が違うんでしょう。
墜落現場での胡桃の怖がり方
原作では1人で墜落現場を歩き回って焼死体を突っついたりしてますが、本作では怖がってます。これは凪原が参加したことによるバタフライエフェクトですね。原作の場合はこの手のことの担当は胡桃だけだったので否応なくやるしかなかったんですが、今は彼女より強い存在(凪原)がいるので変わっています。
原作と比べて戦闘技術や知識は強化されてますがメンタルは若干弱体化されてる感じです。
テント
キャンプ描写をやってなかったことに気付いたので。あと胡桃は怪談が苦手、異論は
次は考察回の予定。
お気に入り・高評価してもらえると嬉しいです。
それではまた次回!