はっきりとした形で表れて存在すること、あるいはこれまで潜んでいたものが露になること
使用例)リスクが顕在化する、症状が顕在化する
「要するに、めぐねえは隊長の診察というか回収に来たってこと?」
「そうですねぇ。診察だけでも平気かなとも思ってたんですけど、実際に来てみたら連れて帰った方がいいって判断しました~」
凪原の問いかけに、慈は微笑みながら答えた。
先ほどは魂が召されかけていた彼女だったが、今はすっかりホワホワした雰囲気に戻っている。
メンタルの強さと回復力の高さは巡ヶ丘31期生に共通する特徴だが、何もそれは生徒に限った話ではない。
むしろ、この点については彼等を受け持っていた教師陣の方が上手だった。
なにせ、片や生徒は一学年全体で100人以上なのに対し教師はせいぜい10人程度、専任となれば学年主任を合わせても5人しかいない。
その人数比にも関わらず生徒達が次々と問題を起こすのだ、一々メンタルをやられていたら精神だけでなく体も持たないのである。
そして31期の問題児トップ3が組織する生徒会の担当をしていた慈がその力が弱いわけがなかった。
その回復力は(大抵の場合ダメージの原因である)凪原達からしても異常ともいえるレベルに達していた。
まあそんな慈のことは置いておいて、篠生のことである。
「えっと、そういう訳で、これから私は凪原君達の拠点で生活させてもらうことになったみたい」
おずおず、といった様子で話しているのは自分だけが安全圏である放送局に行くことに後ろめたさを感じているからだろう。彼女の性格を思えばそう考えてしまうのも無理はない。
とはいえ、彼女の心身の健康は他のメンバーの誰よりも重要だった。
その理由は言わずもがな、だ。
「いーのいーの、シノウちゃんにはジュニアがいるんだから。面倒ごとはナギとかテルに任せて休んでなって」
「そういうこった、ハヤも口ではこう言ってるけど自分もちゃんと動くだろうさ。だから篠生は子供のことを第一に、な」
「そーそー。完全にお荷物のボクが言うのもなんだけど、会長達が全員揃ってるからこっちは何とでもなるだろうし。子供の方が優先だよね~」
つまりはそういう事である。
現篠生の健康は篠生1人のものではない。彼女の身には新たな命が宿り、この世界に生まれ落ちる時を待っているのだ。
文明が崩壊し、以前の生活を送れなくなり、ただ1日1日を生き抜くことしかできない現在、多くの人は未来を思い描くことなどできないでいる。
すぐ隣に自身の命を脅かす存在がいればそれも無理ないことかもしれないが、実は自分達の安全を確保できている凪原であっても同じような感覚を覚えていた。
明日の予定は立てることができる。
休暇にしようか、それともどこかへ調達に出ようか。
拠点でクラフトをするのもいいかもしれないし、あるいは調達ということにして胡桃とどこかへ出かけるのもいいかもしれない。
今は大学に釘付けされていてできないが、そうでないならスケジュールを考えるのは楽しいことだ。
月単位の予定も立てることができる。
というより、日々の予定は基本的にこれらを基にして組んでいる。
この様な時代だからトレーニングは重要だ。冗長に続けるよりも、「いついつまでに○○ができるようになる」と決めた方が効果的に取り組める。
他にも、拠点を強化するにはそれなりに工事期間を見込んだうえでの作業が必要となるし、畑仕事や今年から本格的に始めようとしている稲作など、「その日の気分で―」というわけにはいかない作業も多い。
学園生活部の面々が曲がりなりにも以前と近い生活水準を維持できているのは、これらの計画がしっかりと組まれているからに他ならない。
ただ、それ以上未来の予定はどうだろう。
1年後、2年後、さらには5年後ではどうだろうか。
凪原は、これまでそのことについて考えていなかった。
恐らくは生きて、胡桃や学園生活部の仲間とともいるのだろう。
だが具体的に、何を考えながらどんな風に生きているのかは全く想像できない。
見方によっては現在が充実しているから未来まで考えが回らないとなるのかもしれないが、未来を描けていないということに変わりはない。
そんな凪原と対照的なのが篠生、そして高上だ。
彼女等が過ごす聖イシドロス大学の状況は悪い。
物資は十分とは言えず外征も難しい。拠点内には時折ゾンビが入ってくる上に、仲間も一枚岩ではない。
辛うじて安定は保たれているとはいえ、学園生活部の拠点であるワンワンワン放送局と比べればその差は歴然である。
それを踏まえてなお、2人は子を成す決断をした。安易な考えによってではなく、十分な覚悟とともにだ。
当然の話だが、人間の子供というのは生まれさえすればそれで終わりというわけではない。
もちろん無事に生まれるまでにも相当の苦労を要するだろう、それこそ現状を思えば以前の数倍以上の。
ただし最も大変で、そして時間が掛かるのは育ての期間。子供を教え導き、一人前の人間へと成長させることである。
子を育てるには、どれだけ短く見積もっても15年は掛かる。他の生物と比較すると数倍以上の長さだ。
この育児期間の長さこそ、対して強いわけでもない人類が地上に君臨できた理由だった。
子供がゆっくりと自身の脳を成長させる間、親はその傍らに寄り添い、降りかかる危険から守りぬく。
それは親の役割であり、同時に義務でもある。これをする覚悟がない者は、もはや親ではない。
そして、篠生と高上はその覚悟があるのだろう。
以前凪原が本気なのかと問いかけた際、彼は2人が浮かべた表情に内心では気圧されていた。
それは覚悟を決めた人間にしかできないもので、凪原には浮かべることができないものだった。
つまりあの瞬間、凪原が思い描けなかった未来を、篠生達は確かに描いてみせたのだ。
ところで、仲間が未来に向けて歩き始めたと分かって、それを黙って見ているほど凪原は薄情な人間ではない。
むしろ、援助を申し出るタイプである。
「ハヤとテルの言う通りだな。あと、どうせなら高上も放送局に行けよ。隊長もその方が落ち着けんだろ」
話を聞くに、どうやら放送局に移るのは篠生だけらしい。
確かに子の安全だけを考えるなら母親である篠生でもいいが、情緒・メンタル的には父親である高上も近くにいた方がいいだろう。
これに驚いたのが高上だ。
先ほどから部屋の中には居たものの会話に混ざることなく黙っていたのだが、凪原の言葉に慌てたように口を開く。
「お、おいっ。いいのかよそんなこと簡単に言って!?」
「簡単も何も、いいって思ったから提案したんだよ。というかお前にとっては嬉しい提案だろうに、わざわざ自分で否定するようなこと言うなっての」
「そ、そりゃそうだけど………。でも僕は――」
「でも、なんだよ?」
「高上くんは驚いてるんです」
戸惑う高上の様子に首をかしげる凪原を見て、慈が微笑みながら助け舟を出してくれた。
「さっきも同じ提案をしたんですけど、その時高上君は辞退したんですよ。自分は巡ヶ丘の関係者じゃないし、それになぎ君と胡桃さんに失礼な態度をしたのにお世話になるのは申し訳ない、って」
「「あー…」」
彼女の説明に揃って変な声を出す凪原と胡桃。
どうやら高上は律儀というか実直というか、良くも悪くも真面目な性格をしているらしい。
失礼な態度というのは、恐らく初対面時に大学の校門にて2人を感染者と疑い、門前払いのような形で追い返そうとしたことだろう。
本人は気にしていたのだろうが、凪原達からすれば取るに足らないことだ。
友好的だったかは置いておくとしても、今の世界における外来者への対応としては妥当なものだったので、慈に言われるまで忘れていたほどである。
というか、そもそも凪原と胡桃は正真正銘の感染者なので、あの時の高上の懸念は大正解である。
そのあたりのことも含め凪原も胡桃も既に隔意は全くないこと、そして子供のためを思うなら両親が傍にいたほうが良いことを改めて説明したところで、ようやく高上は自分の気持ちに折り合いをつけることができ、凪原に向かって深く頭を下げた。
「ありがとう。それじゃあこれからはお世話にならせてもらうよ」
「ああ、ここよりは静かで安全だろうからゆっくり寛いでくれ。ただ向こうにいる仲間の助けになってくれよ?」
「うん、任されたよ。それぐらいならお安い御用さ」
顔を上げながらそう言って笑う彼の表情は、とても穏やかで人懐っこいもので―――
(ああ、隊長は多分この顔に惚れたんだろうな)
―――と、凪原は一人で妙に納得することになった。
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「さ、て、篠生と高上の件はこれでいいな。それじゃあ会長、ちょっと聞いてほしい話があるんだけど大丈夫か?」
「ん?そりゃ別に構わないけど」
一段落着いたところでそう切り出してきた照山に少し驚きながらも頷く凪原。
会議の場において照山が話を振ってくることは少ない。凪原か早川が話題を出し、それに反応を返すと言うのが巡ヶ丘31期生徒会の一般的な会議風景だった。
そんな照山だが、彼が話を振ってくるのも零というわけではない。1年間の生徒会期間の間に何回かはそのようなこともあった。
しかし、もし彼が話を振ってくることがあるとすれば、それは大抵の場合―――
「―――厄介ごと、だな?」
「ああ、ご明察」
半ば確信を伴う問いかけに、照山はやや顔をしかめながら応じる。
彼の返事に思わずため息をつきそうになるが、それでどうこうなるものでもなさそうなので凪原は諦めて詳細を聞くことにする。
「なら早いとこ教えてくれ。ハヤが神妙な顔をしてる時点でそこそこ深刻な内容だって分かるしな」
「アンタがうちのことをどう見てるのかがよく分かったわ。これはしっかり話し合いの場を設ける必要がありそうね」
凪原の軽口に文句を言おうとした早川だったが、途中で口をつぐむとこちらも額にしわを寄せて難しい顔になった。
「って普段なら言うとこなんだけど、今回は事が事なのよね。しかも会長だけの話じゃないから傍観するわけにもいかないし」
「おい。…まぁいい、とにかく本題に入れ」
早川の言い草に半目になりつつも、より重要なワードが飛び出してきたために飲み込んで先を促す凪原。
そんな彼の言葉に室内にいた面々が意味ありげに視線を交わし始める。どうやら既に一度話し合いがもたれていたらしい。
唯一状況についていけていないのは、先ほどまで凪原と共に
ソファーで隣に座っている彼女と共に凪原首をかしげていると、しばらくの間の後に慈が沈黙を破った。
「じゃあ、私からお話しを。まずはなぎ君、はやちゃんから聞きましたけどすごく疲れた顔で校舎に戻ってきたみたいですね。最近ちゃんと睡眠は摂っていましたか?」
「別にそんな疲れたって程じゃ――」
「図書館にいた綾河原さんは『いきなり倒れかけた』って言ってましたけれど?」
「えー…、わざわざ確認しに行ったの?でも本当にちゃんと寝てはいるんだけどな」
とっさにはぐらかそうとした凪原だったが、裏まで取られていては誤魔化しようがない。手を上げて降参の意を示しつつ、せめてもの抗弁として睡眠時間を確保していることだけは主張しておく。
校舎に戻ってくる間に凪原自身も考えたように、短いとはいえ睡眠時間は毎日しっかり確保しているのだ。これでも健康には気を使っている方だという自覚が彼にはあった。
(まぁそれで今日倒れかけたわけだし、不十分だって言われたらぐうの音も出せないけど。こりゃ警戒ローテ組み直しだな。ハヤと圭も来たからどうにかなんだろ)
そんな凪原の考えは、続く慈の言葉に打ち砕かれた。
「先ほど、なぎ君が図書館に行っている間ですね。胡桃さんも倒れかけました」
「はい?――おいほんとか胡桃!?」
一瞬呆けた後、グリンッ、と音がしそうな勢いで胡桃へと顔を向ける凪原。
数秒前とは表情の真剣さが違う。
「い、いや全然大したことじゃないってッ。たしかにちょっとフラってきたけど数秒で治まったし、仮眠取ったから今は万全だしッ!それよりナギも倒れかけたってどういうことだよ!?」
ワタワタと手を振って問題ないとアピールする胡桃。
そしてこちらも自身のことより相手が気になるようで、気遣いと心配と憤慨が混ざったような顔をしている。
「どうせ仮眠の時間もこっそり起きて色々やってたんだろ!ナギになんかあったら大変なんだからしっかり休めってあたし言ったよなッ」
「俺は大丈夫だっての!ってか胡桃こそ疲れが溜まる前に言えって言っといたろ。まだ成人もしてないのに体に無理させるのはダメだってよ!」
額を突き合わせて、という言葉あるが比喩でなくその状態で言い合いになる凪原と胡桃。
言葉遣いは荒いが両者の言葉はどちらも相手を思うが故の内容であり、要するにただの痴話喧嘩である。
普段であれば周囲も『またか』と流すところだが、今回の場合はそうもいかない。
よって照山と早川は互いに頷きソファーの後ろに回ると、凪原と胡桃の脳天にそれぞれ拳骨と手刀を振り下ろした。
「落ち着いて話を聞け、バカップル」
「こちとら砂糖の備蓄は間に合ってんのよ」
「「おおぉぉぉ………」」
手加減しているとはいえ、それなりに本気で放たれたツッコミに凪原と胡桃は仲良く頭を抱える。
数十秒かけてようやくクールダウンしたところで再び慈が話し始める。
「……コホン、それじゃあ続きです。他の人に聞いた感じ、なぎ君も胡桃さんも最近ちょっと無理をしています」
「養護教諭の資格を持ってる私がこう言ってはなんですが、2人の年齢ならその程度の無理、いくらしても体にそれほど影響が出るはずないんです」
というわけで2週間ぶりです、先週は投稿できずに申し訳ありませんでした。
書きたいことはあるのにそれを形にする腕と時間がないというジレンマ、これをどうにかしたいと思いながら日々過ごしている今日この頃です。
それと書き忘れていましたが本作のUAが80000を突破しました!!
これもひとえに読者の皆様のおかげです、本当にありがとうございます。また、誤字訂正も毎回助かっています(こういうところの詰めの甘さがもっと上位の作品の作者様方との差なんだろうなぁ…)
何はともあれ、これからも頑張っていきますのでどうかよろしくお願いします。
それじゃあ今日の一言なんですが、あまり書くと次話のネタバレになるので一つだけです。
・戻れ!篠生、高上
じゃけんママとパパは危険が少ないところに戻りましょ~ね、新たな命が最優先です。これまで穏健派を間接的に守っていた篠生ですが、31期生徒会が全員(+圭)が大学に揃った今なら放送局に行っても問題ありません。
それに、体術の達人なので放送局に残っているメンバーに指導することもできるのでさらに良し!あと、高上は根は真面目ないい奴です。
とりあえず今日のところはこの辺で、きちんと来週も投稿できるように頑張ります。でも結構重要なパート&リアル予定が立て込んでるので無理だったらごめんなさい!
それではまた次回!