それでは7章11話です、どうぞ。
「おい誰だ! って穏健派の根暗かよ」
「腰抜け共の一味がなんでこんなとこにいんだよ」
声の様子からして武闘派の数は2人らしい。先ほど聞こえた足音の数から増えても減っていもいないことに凪原はひとまず安堵する。増えていた場合は自身の索敵能力の低下――凪原は6人までなら足音から人数を聞き分けられた――を意味し、減っていた場合は彼等が人を呼びに行ったことになるからだ。
特に後者の場合、3人以上の増援が来ると手持ちの装備が乏しいこともあり荒事になった時に対処しきれない可能性が高い。
本来、不審な物音がした場合のセオリーは仲間内での速やかな情報共有と、罠を警戒しながらの現場の確認である。
そのため武闘派の2人が一気に近づいてきたときには焦ったが、十分に警戒されたらそれはそれで凪原と胡桃が見つかってしまうかもしれない。隠れるのが間に合った以上、相手がただ馬鹿正直に突っ込んできてくれたのは幸運なのだろう。
とはいえ、セオリーから外れるということは予想がしにくいということでもある。
武闘派には人の話を聞かない荒っぽい人間が多いことを考えれば、警戒を怠るわけにはいかなかった。
「さて、ああ言ってたけどヒカは大丈夫かねっと」
「おいちょっとナギあんま顔出したらバレるって、もっとジッとしてろよ」
様子を窺おうとわずかに身じろぎした凪原を止めようと注意する胡桃。
彼女がそう言いたくなるも無理はない。なんせ、胡桃達が今隠れている場所は比嘉子と武闘派がいるのと同じ通路なのだ。
通路の片側に一本だけ柱があるせいでその部分で棚が分かれており、柱の幅分だけコの字型にへこんだスペースができている。このわずかな隙間こそが隠れ場所だ。
空間自体は掃除用具を入れるロッカー程度で、2人でもかろうじて隠れることができている。
しかしながらロッカーではないので、扉のような視線を遮れるものは当然ついていない。通路の端から見れば手前の棚の影に入るので視線は通らないが、近くまで来れば丸見えもいいところである。
要するに、武闘派がわずかでも違和感を感じて確認に来たらその時点でアウトだ。
これでは早々凪原がヘマをするとは思っていない胡桃でも、注意の1つはしたくなるというものだった。
「こんくらいなら平気平気、それに声だけじゃ判断がつかないこともあるかもしれないだろ?」
「そりゃそうだけど………んっ、変なトコさわんなバカ」
「あ、わり ―――これなら平気か?」
「ひゃんっ!?―――ナギてめぇ、絶対わざとだろッ」
「別に?さっきダクトでやられた仕返しとかは考えてないぞ?」
「…………後で覚えとけよ」
「それさっきの俺のセリフな」
モゾモゾゴソゴソ、と分類としてはラブコメに登場する類のイベントが発生したが、あくまで優先すべきは比嘉子の観察とその安全の確保だ。
恨みがまし気な声と視線を向けてくる胡桃を適当にあしらいつつ凪原は通路を窺う作業に戻る。
「………。」
「無視してんじゃねえよ」
「あんまふざけてっと、容赦しねえぞ」
無言で床に散らばった本を集めコンテナへと戻す比嘉子に声を荒げる武闘派の2人。彼女を見つけてからわずか数秒ほどなのにかなりイラついているようだ。
パンデミック当時にキャンパスにいたからには彼等も大学生であるは素なのだが、今にも癇癪を起こしそうな様子を見るにとてもそうは思えない。思春期と反抗期が重なった男子中学生の方がまだ堪え性があるだろう。
(もともと
力が第一、強ささえあればたいていの事は許される。それが武闘派が掲げている教義だ。
パンデミック以降の1年近くをその考えのもとで過ごし、あまつさえそれで恩恵を受けていた人間とはこのようになってしまうのか。一瞬そう考えたもののすぐに例外を思いついて凪原はかぶりを振った。
巡ヶ丘31期生であり周りの影響を受けない篠生はともかくとしても、高上には今の彼等のような傾向は見られなかった。
やはりもともとの性格によるところが大きいのかもしれない、とりあえず凪原はそう納得することにした。
「おい、なんか言ったらどうなんだよ」
「本が落ちちゃったらから、それを拾っていただけ」
「誰が今何してるかを答えろつった!なんでてめぇが
「それは食糧とかの消費される物資についての話だったはず。今私が見てるのは書籍だから関係ないし、持ち出すのも悪いと思ったから読むのもここでにしているよ」
「ぐっ―――いちいち口答えすんじゃねぇ!」
言葉に詰まった武闘派の1人が拳で傍らの棚を殴ったせいで辺りにくぐもった金属音が響く。
それを間近で聞かされた比嘉子だったが、わずかに体を震わせた程度でその表情に大きな変化は見られなかった。
「改めて思うけど、ヒカって結構神経太くない?いくらあたし達が近くにいるとはいってもさ」
「それは俺も思った。もしかしたら腕力なしであいつ等と過ごすにはあれぐらいの胆力は必要なのかもな」
彼女の肝の座り方を見てひそか言葉を交わす凪原と胡桃。
2人とも武闘派を真正面から叩き伏せられるだけの実力があるので彼等に対してぞんざいな態度を取ることができるが、それがないにもかかわらず堂々と接することができる彼女は素直に感心に値する。
しかし、今日この時に限って言えばこの胆力が裏目に出てしまったようだ。
武闘派から発せられる空気が明確に変わった。
「おまえさぁ、なんか最近調子に乗ってねえか?」
「なにが……?」
「今のその態度とか色々だよ。あの連中が来て、お前等に味方し始めてから何してもいいって思ってるだろ」
「そんなことはないよ」
「いやあるね、少なくとも俺達はそう感じてる。そろそろ立場ってもんを分からせてやる必要があると考えてたんだ」
「確かにあいつ等は強いがお前は違う。別にお前自身が強くなったわけじゃないってな」
浮かべていた表情が怒りから粘着質を伴った笑みに変わる。
そしてそれを視認した凪原もまた、纏う雰囲気を明確に変化させた。
「へぇ…」
「ナギ?」
小さく、低く呟いた凪原の様子に何かを感じた胡桃が名前を呼ぶ。
しかしそれに答えることなく、凪原は腰に手を回すと一旦はポーチに戻していた
そのままシリンダーをスイングアウトさせれば、装填された5発の弾丸のヘッド部分が顔を出す。
その内の1発、最初に発砲される位置にある弾丸を取り出して先端を確認する凪原。その弾は弾頭部分が取り外されており、先ほどの彼の言葉通り空包となっていた。これならば撃たれたとしても――発射ガスにより火傷などをすることはあっても――大事には至らない。
「………。」
しかし、凪原は無言のまま再び弾丸を装填するとシリンダーを1発分だけ回転させてから元に戻し、撃鉄を起こした。
この動作により発射位置にある弾丸は空包ではなく執行実包、すなわち実弾となり、彼が手にしたリボルバーは引き金を引くだけでいつでも発射可能な状態となった。
「ッ!」
その動作を見て息を呑む胡桃。
この状態のリボルバーは他のどの時よりも暴発の危険が高くなる。
そのため凪原は本当に撃つ前でなければやらないし、胡桃も同じように申し付けられていた。
だからこそ、彼が本気で撃つつもりであることを理解したのである。
「おいナギいきなりそれはやめとけって、さっき弱い者いじめだって言ってただろッ」
「弱い者いじめする側になるってんなら話は別だ。あいつ等が本気だと俺が判断した時点で撃つ。ヒカのメンタルフォローは任せるぞ」
慌てて諫めようとした胡桃だったが取り付く島もない。
以前野盗に絡まれたときほどではないものの、あの時に迫るレベルの怒気が凪原から発せられている。
そして胡桃もまた本気で止めようとは思っていなかった。彼等の振る舞いに頭に血が上っているのは彼女も同じである。
「ハァ、それは分かったけどやっぱり殺しちゃうのはナシ。ナギがそれをするだけの相手じゃないし、ヒカも変に気に病んじゃうかもしれないぞ」
「あー…、なら手足だな。もう警告は2回出してんだ、あいつ等じゃないけどそろそろ馬鹿な真似したら痛い目に合うって分からせないとだめだろ」
「ああ、それぐらいならあたしもやっちゃっていいと思う」
2人の意見が一致し、もはや武闘派を守るものは何もなくなった。
凪原達の存在に気付いてない以上、武闘派の手足が風通し良くなるのは時間の問題だ。
しかし―――
「さて、それじゃ覚悟してもらおうk「その辺にしとけって」――城下さん」
―――武闘派の1人が比嘉子の体に手を付けようとしたまさにその瞬間に彼等の背後から声が掛けられ、結果として比嘉子は何もされなかった。
「戻ってくんのが遅いから見に来たら、何やってんだよこんなとこで」
そう話しながら現れたのはかなり大柄の男だった。
ボサボサした髪をミリタリーテイストのキャップに押し込み、口の端には煙草をくわえている。
「あれ誰?」
「知らん、キャンパスの見回りしてるのを遠目に見た程度」
首をかしげる胡桃だが、答える側の凪原も男の詳細については把握していない。
彼の登場は凪原達、そして誰より比嘉子にとって都合が良かったもののなぜこのタイミングで声をかけてきたのかもよく分からなかった。
考えている間にも男は歩みを進め比嘉子達の近くに来たところで立ち止まる。
「そいつの対処は俺がしとくから、お前等はさっさと言われたもん持っていけ」
「けどっ、最近の穏健派は目に余る。一回立場をはっきりさせておいた方がいい」
「そうだっ!」
「い~から、とっとと戻れ」
「「………了解(分かった)」」
反発しかけた武闘派の2人だが、男が語気を強めると渋々了承して立ち去って行った。彼等は、たった今男の手によって凪原の持つ銃から救われたことなど知る由もないのだろう。その表情はひどくゆがんでいた。
「―――さて、こっちの奴が迷惑かけた。何かされなかったか?」
「特には…、何かされる前にあなたが来たし」
2人がいなくなったことを確認した男が比嘉子にかけた声はやけにフレンドリーなものだ。しかしそれに答える比嘉子の声には警戒心が滲んでおり、その対比が凪原達には何ともちぐはぐに感じられた。
「んなら良かった。ただ俺も気にはかけるようにすっけど、あいつ等の内心は今見たとおりだから1人での行動はあまりお勧め出来ないな。今日はあの連中の誰かが一緒だったりしなかったのか?」
「別に、今は私だけ…」
「そうか。ならまあ、次からは誰かと一緒の方がいいだろうな――ほらよ」
ポン、と男は話しながら拾い集めていた本を比嘉子の手に渡した。
「?」
「その辺のもんなら持ってっていいぞ。どうせこっちにゃこんなになってまで勉強しようなんて奴なんていねぇし」
「え…」
「他に持ってきたい本はどれだ?多いようなら持ってやるよ」
「う、うん」
そのまま状況がよく分かっていない比嘉子を促し、男は倉庫を出ていってしまった。
「どういうこと?」
「いや、俺もよく分からん」
倉庫から完全に人の気配が無くなるのを待って隠れ場所から出てきた凪原と胡桃だったが、どちらの頭の上にも疑問符が浮かんでいる。
「そもそも武闘派の連中は基本的に穏健派にあたりが強いんじゃなかったのか?」
「だよね?でもあいつは見た感じ全然そんな風じゃなかったよね。むしろどっちかって言えば、親切?」
「そうなんだよなぁ、でもその割にはヒカの様子が変だった」
「やっぱりナギもそう感じた?」
「ああ」
「「うーーーん…」」
揃って腕を組んで頭をひねる2人。
しかし、いくら考えても理由など分かるはずもない。
「とりあえず、戻ろっか?」
「そうだな、ヒカに直接聞いてみれば考えやすくなるだろうし」
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「―――なるほどなるほど、そんでそれから帰りのダクト内でたっぷりイチャラブタイムだったってわけね」
「お前俺の話聞いてた?あとバカなこと言うんじゃありません」
明けて翌日、キャンパス内の巡回がてらペアを組んでいた圭に倉庫での話をしていた凪原だったが、納得の表情でウンウンと頷きながらアホなまとめ方をする彼女に半目になりながらツッコミを入れる。ついでにそこそこの勢いの手刀も頭におまけしておいた。
「いったぁ~、それが可愛い後輩に対する態度?」
「うん?その可愛い後輩ってのはどこにいるんだ?」
「む~っ、だっておかしいじゃん!」
惚ける凪原を前に圭は頬膨らませると、右手をブンブンと振って不満の意を示した。愛用の槍を担いでいなければ左手も振り回していただろう。
そのまま圭は自身の考えを主張する。
「ヒカ先輩と一緒に行った時は1時間で倉庫まで行けたんでしょ。なのに凪先輩と胡桃先輩が帰ってきたのって、ヒカ先輩がよく分かんない人に送られてきてから2時間後だよ!?それで何もなかったっていう方が無理があるでしょ!」
「迷ったり詰まったりしてたからその分時間が掛かったんだよ、それにダクトの中はメチャクチャ狭いんだからそんなこと無理だっての」
「いーや信じないよッ。途中の配管スペースでは一休みできるってヒカ先輩も言ってたし!」
「知らん知らん」
その後もあの手この手で聞き出そうとした圭だったが、凪原が全く相手にしなかったためしばらくすると渋々矛を収めた。
「ちぇー、じゃあいいよ。………あとで胡桃先輩にカマかけてみよっと」
「ほどほどにしとけよー」
「はーい」
呆れたような表情を意図的に作っている凪原に圭が元気よく返事をしたところで、ようやく話が本筋へと戻った。
「そんで、結局あの男の人ってなんだったの?なんか親切だけど変だって話だったけど」
「ああ、ヒカに聞いたんだけど前の時と態度が180度近く変わってたみたいなんだ」
昨日、無事に穏健派の領域に戻った凪原は、件の男について比嘉子に質問してみた。
そしてその返事の内容は、さらに凪原に首を傾げさせるものだった。
「あいつも元々は他と同じような武闘派だったらしい。しかもヒカを叩き出した張本人らしいんだよな」
「へ?」
思わず間の抜けた声を出した圭に『やっぱりそうなるよな』と言わんばかりに頷く凪原。彼も比嘉子から聞いた時は同じような反応になった。
武闘派が実権を握り始めた折、彼等はまずメンバーが戦えるか否かで選別した。
方法は単純だ。手ごろなゾンビを捕まえてきて、それにとどめを刺せるかどうか、である。
それができれば良し、できなかった場合は追放としていた。
手渡された包丁を握りしめつつも、結局とどめを刺すことができなかった比嘉子はその場で追放処分を下された。
その時に彼女を武闘派の領域から叩き出した人間こそ、昨日の男というわけだったのである。
そんな人物が他の武闘派から自分を守り、さらに手伝いを申し出てきたとなれば、比嘉子でなくとも警戒して当然だろう。寧ろしない方がどうかしている。
「うん、そりゃ『え?』ってなるね。訳分かんないもん」
「だろ?俺も正直意味が分からなかった――つーわけで、」
「ん?」
言葉に不自然な間を感じて圭が顔を上げると、凪原は視線を十数メートル先へと向けていた。その視線の先へと圭も目をやってみれば―――
「直接ご本人に聞いてみるとしようぜ」
―――まさに今話していた男が、バールを手にしながらこちらへと歩み寄ってきていた。
今日は雑談だけということで
・ラブコメ時空?
そりゃ付き合ってる男女を狭い空間に押し込んだらこうもなりますよね、というお話。特に凪原はダクト内で胡桃に散々いたずらを受けていたわけですし。見つかっちゃいけないということで必死に声を抑える胡桃も◎。
・もしかして 比嘉子 図太い
なんか書いてるうちに原作よりも肝が据わったキャラになってしまった…。意図してたわけではないんですがなぜかこうなったんだろう……。ま、まあ腕力とかにプラス補正は入っていないのでギリギリ許容範囲?
・
バカとは周りから警告を受けても自らを省みないからこそバカなのである。さらに人と離れるもの、力さえあればいいという環境に1年近く身を置いたバカはどうなるかという結果が今回出てきた2人です。一回本気で痛い目を見ないと分からないんだろうなぁ。
・沸点低め凪原
例により例のごとく、仲間に対する害意に対してはかなり敏感かつ苛烈な対応を取ろうとする。とはいえ敵の脅威度の判定はできる。以前の野盗のように銃を持っていて奇襲を喰らうとまずい相手は問答無用で始末しますが、今回の武闘派のようにいつでも叩き伏せられる相手は場合においては見逃したりもする。
というわけで雑談はここまで、7章はあと1話でお終いです。今回の閑話を何にしようか考えています。
それではまた次回!