「何の用だろ?」
「さて、ね。まあこっちを見て来てる以上偶然ってことはないし、なんか言ってくるだろ」
首をかしげる圭にてきとうに返しつつ、凪原は歩み寄ってくる男に意識を向ける。彼は昨日と同じくミリタリー調の帽子を被り口には煙草をくわえていた。
昨日は隠れながらのため朧気にしか分からなかったが、その体格はやはり大柄の部類に入る。
(猫背気味だけどやっぱ俺より身長は上、…テルくらいか。持久力はそんなじゃないけど瞬間的な力は要注意だな)
会話の機会こそなかったもののキャンパス内で彼の姿を見かけることは度々あり、そのすべての時において彼の手か口には煙草があった。考えるまでもなくヘビースモーカー、それもかなり重度のレベルだろう。
喫煙によって受ける影響としてまず思いつくのは肺活量の低下である。精神安定作用なども見込めるかもしれないとはいえ、やはり凪原は前者の方に意識が向く。
肺活量は持久力と同義であり、その低下は無酸素運動能力もまた低下することを意味する。聞くだけでは難しげだが、ようは全力疾走できる距離が短くなり白兵戦行える時間が短くなるということだ。
パンデミック以前ならまだしも――それでも十分有害だったが――、現代においては文字通りの自殺行為だ。客観的に考えて害にしかならない。
やめられないにしても頻度を減らすなどすればいいのに、それもできないとは依存とは恐ろしいものかと凪原は認識を新たにした。
しかし巨体というものはそれだけで脅威となり得る。体を支えるための筋肉量は小柄な人とは雲泥の差であるし、高い目の位置はそのまま視野の広さにつながる。
手にしているバールが武器として十分な強度であることも考えれば、男の一撃はかなりの威力になると容易に想像できる。真正面から受けるのは凪原であっても遠慮したい。
(まあ、勝てないかと言われたらそんなことはないだわけだけど)
そこまで凪原が考えたところで、近くまで来た男が立ち止まった。凪原達との距離はおよそ3mと少しで剣道でいう一足一刀の間合いのわずか外といったところだ。
「ようリーダーさん、ちょうど探してたんだ。すぐに見つかってよかったぜ」
男が掛けてきた声は昨日聞いたものと同じくフレンドリーなものだったが、どこか胡散臭く感じられる。
比嘉子にしたということを抜きにしても、彼が自分と仲良くなっているビジョンが欠片も思い浮かばないのだ。
凪原でさえそんな様子なので、隣にいる圭にいたっては警戒態勢を通り越して臨戦態勢一歩手前といった状態である。
「ああそう、こっちは別に探してなかったけどな」
努めて普通に、内心の不信感を見せないように答える凪原。
その声はやや硬かったが、基本的に敵対状態にある穏健派と武闘派の会話としてはむしろ普通だろう。
それが分かっているのだろう、男は凪原の返答に肩をすくめると苦笑を漏らした。
「なんだよつれねえなぁ…、そう冷たいこと言うなっ――てのッ」
前半はそれまでと同じ朗らかな調子、そして一瞬溜めるように言葉が遅くなり、直後に男はバールを持ち上げると踏み込みながら凪原目掛けて振り下ろしてきた。
しかし―――
「ッ!」ガギイィィィイインッッッ
―――あたりに金属音を響かせながらもバールは凪原に当たることなく空中で停止する。
圭がとっさに手にしていた槍を割り込ませたのだ。
男への警戒心から元々体の前で構えていたのが幸いした。もし先ほどまでのように肩に担いでいたら間に合わなかったはずである。
とはいえ脱力状態から攻撃に移るまでの男の動きは凪原の目から見てもなかなかの早さであり、それに対応したことは白兵戦における圭の技量の向上を示していた。早川に集中的に鍛えられたというのは嘘ではないらしい。
だが、まだ甘い。
「………圭、割り込みをかけるならもっと勢いをつけて、止めるというよりも跳ね返す気でやれ。今回はコイツに当てる気がなかったから良かったけど、それでも10センチ以上押し込まれてるぞ」
「いやいきなりのことなのに無茶言うねッ!?」
沈黙の後、淡々と今の動きについての講評を始めた凪原に思わず圭の声が裏返った。槍こそまだ構えたままだが意識は完全に凪原の方に向いてしまっている。これは場合によっては命取りだが、実戦経験の少なさゆえのはずなので近々改善するだろう。
口に出すことなくそう考える凪原だったが当然それが圭に伝わることはないので、彼女のテンションはさらにヒートアップする。
「というかなんで凪先輩は落ち着いてんのさ!?それに当てる気はなかったって―――え?当てる気がなかった?」
しかしすぐに自分が言った言葉で沈静化した。
確認するように凪原の顔を見れば当然のように頷き、それが信じられずに今度は男の方へと振り返る。その視線の先で、男は目を細めて何かを見定めるように凪原を見つめていた。
数秒そうしていた後、男はわずかに力を抜くと口を開いた。
「なあリーダーさんよ、なんで俺が本気じゃないって分かったんだ?」
「頭を狙うコースなのに敵意もなけりゃ殺気もない。武器と間合いに対して踏み込みが浅い、うまく偽装しようとしたみたいだけどまだまだだな。それになにより―――」
男の思惑についてこれまた淡々と話した凪原はそこでいったん区切り、ちらり、と今も圭の持つ槍と接触しているバールに視線を向ける。
「―――本気でやるなら先端をこっちに向けてるだろうさ」
凪原の言う通り、男が持つバールは90度曲がった先端を凪原ではなく男の方へと向けていた。
曲がった先端を相手に向けておけば、たとえ持ち手の長い部分を相手に受け止められても先端の長さ分だけ攻撃範囲が増える。防ぐためには相手の攻撃を通常よりもこの長さ分だけ自分から離れた位置で受け止めねばならない。これは真っすぐな武器同士の打ち合いに慣れていればいる程難しい。
それに純粋な攻撃力から考えても、とがっている先端で殴った方が効果的である。人の頭蓋というのは想像以上に頑強なのだ。
それら、凪原が男の攻撃をブラフだと判断した理由を聞いていた男は、一度天を仰いだ後に大きく息を吐いた。
「はぁーーー、もうやってらんねぇよ。不意を突けたと思った一発はお供になんなく弾かれるし、そもそも本人にはブラフが完全にバレてるし……」
ガランッと下ろしたバールを地面に放り投げ、完全に力を抜きながらぼやく男。帽子を脱ぐともう一方の手で頭をバリバリ掻きながら思考を巡らせている。
「―――ってかこんな連中相手に『負けたのは運が悪かっただけ』とか堂々と言えるってマジでどんな神経してんだバカか、ってバカだったな。女帝サマも最近だいぶ狂ってきてるしこりゃいよいよなんじゃねえの―――」
「おい、一人でブツブツ言ってないで色々説明してもらおうか。武器持って殴りかかってきたんだからこっちは反射で撃ってもおかしくなかったし、なんならそういうことにして今から撃ってもいいんだが?」
男の独り言を遮った凪原の声にはそれなりに怒気が含まれている。フリとはいえ奇襲を受けた形になるのだからそれも当然だ。
まさか本気で撃とうと考えているわけではないが、凪原は男のことを厄介に感じていた。他の武闘派の人間よりも戦闘能力は高そうだからという事ではなく、単純に相性が悪そうに感じるのだ。
そのような事情もあって平素よりもキツイ話し方になっている凪原の言葉に男は緩慢な動作で顔を上げると、感情を読み取りにくい笑みを浮かべた。
「まあこれは俺が全面的に悪いからなぁ、撃つと言うなら撃ってもらっても構わないぜ?」
「「は?」」
「ああもちろん撃たれたいわけじゃない。ただまあ普通に声かけたんじゃ取り合ってもらえない気がしたんでな、
借りを作らせてもらったってわけだ」
「「………。」」
男の発言に二の句が継げずに黙り込む凪原と圭。
話を聞いてもらうために敢えて攻撃を仕掛け、それを借りとして自身の立場を相手よりも下げることで対話を試みる。単純に考えて正気の沙汰ではない。凪原であれば思いついたとしても絶対に実行には移さないだろう。
自分の立場を下げるということはすなわち自分の仲間、圭や早川に照山、そして胡桃の立場も下げることになる。守りたい者が居る以上決して取ってはいけない方法だ。
(ああ、こいつは別に武闘派じゃないんだな)
これまで見た限り武闘派の面々はプライドが高く、バカにしている穏健派相手に借りを作ろうなどとは思わないはずである。
ゆえに、目の前で笑うこの男は、武闘派に所属こそしているものの帰属意識などは欠片も持ち合わせていない。
凪原は彼の言動からそう理解した。
「つーわけで、この寄る辺のない哀れな男の話をどうか聞いてくれはしませんかね、学園生活部のリーダーさん?」
凪原が看破したことを察したのだろう、男は笑みを深めながら慇懃無礼な態度で大きく一礼をしてみせた。
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少し長くなるかもしれないから、そう言って男が凪原達を連れてきたのは以前篠生と話をした遊歩道だった。その時と同じく並木や荒れ果てた生垣が目隠しとなり、3人の存在を隠している。
無論、ここに来るまでの間に無線で連絡を入れてある。今頃は凪原と圭に代わり、休んでいた照山と胡桃がキャンパス内の巡回を始めているだろう。
「さて、まずは自己紹介から、俺は
「……凪原だ、こっちは祠堂。よろしくする気はあまりないから握手はやめておく」
「用心深いねぇ」
差し出された手を無視されたにもかかわらず男、城下は特に気分を害するでもなく苦笑するだけだった。
空ぶった手をそのままポケットに突っ込み煙草の箱を取り出すと、底を軽く叩いて飛び出した1本を咥えていつの間にか逆手に持っていたライターで火をつける。
短く一服したところでのんびりと話し始めた。
「それじゃあ武闘派の状況からだな。今の武闘派の人数は俺を入れて8人、うち主戦派は5人ってところ。これは我らが女帝サマがトップのグループだ。んでもって「ちょっと待て、一気にしゃべるんじゃない」――おっと失礼」
いきなりベラベラと武闘派の内情を話し始めた城下に凪原は慌ててストップをかける。
彼が心情的に武闘派ではないということは思っていたが、それでもこうも簡単に情報を流してくるとは思わなかった。
「アンタってさ、仲間意識とかそういうの無いわけ?武闘派の奴等って一応味方なんでしょ」
それは圭も同じことを感じたらしい。
仲間・友達思いの彼女にしてみればシレっとで身内の情報を漏らす城下は行動はあり得ないのだろう。
思わずと言った調子で口を出した彼女の顔には軽蔑の色が浮かんでいた。
「いんや別に?だってあいつ等は仲間ってわけじゃないし」
「………。」
「わーった、分かったよ。ちゃんと話すって」
しかし言われた城下には全く堪えた様子がない。
そのまま圭の視線をやり過ごしたが、しかし凪原が無言のままに掛けた圧力は流せなかったようだ。
両手を挙げて降参のポーズをとり、地面に落とした煙草を足で踏み消したところでようやく城下は表情を改める。
「俺にとっちゃ、優先すべきは俺自身が楽に生きることだ。ああ、別に他人を蹴落としたり出し抜いたりして、手段を択ばずなりふり構わず何が何でも生きていたいとかじゃねえよ?」
それじゃ楽に生きてるとは言えねえからな、そう続ける城下の声には何の感情も浮かんでいない。ただ当たり前のことを当たり前に話している、そんな様子だった。
「ってなわけで、その方が楽に生きられそうだと思ったら誰かと協力することにも全く抵抗はないんだけど――」
「武闘派と協力しても楽に生きられなそうになった、と?」
「ご明察。最近のあいつ等はおかしくなり始めててね、特に女帝サマがひどい。なんかよく分からない宗教を作り上げてるし、周りもそれに同調する気配を見せてるから溜まったもんじゃない」
「なるほど、な」
やれやれとため息をつく城下を見ながら凪原は頭を回転させる。
彼の考え方自体は、それほど不思議なものではない。誰だって自分のことは大事だろうし、できれば苦労することなく生きたいと思っているだろう。
パンデミック以前の現代社会では若い世代を中心に個人主義が広まりを見せていた。自分のためになるなら周りとも協調するがそれは必要最小限、そしてもし協調が自分にとってマイナスになったならあっさり切ってしまう。
それは今の城下の行動原理とほとんど変わるところがない。
(そう考えればそれほど変な思想ってわけでもないのか、どっちかっていうと俺等の方が変わってるのかもな)
年齢を考えれば城下の考え方はごく一般的だった。
むしろ客観的に判断すれば、異様ともいえる結束感を持っていた
(だからって
彼の方が普通で自分達の方が変だと分かったとしても、それと城下を信用できるかとは別問題だ。
考え方が合わない以上仮に迎え入れたとしても問題しか起きないだろうし、そしてなによりそのことは城下も分かっているだろう。
個人主義者というものは得てして自分を取り巻く環境に敏感だ。気づいていないはずがない。
「……それで、わざわざ俺達に接触してきた理由は?面倒になったのなら1人でどこかに出奔するでもよかっただろ」
「その出奔をするかどうかを判断するために、ってとこだな。これまで遠目で見てた感じと昨日喜来から聞いた感じではお前さん達は話が通じそうだし、考えが変に固まった武闘派よりも付き合いやすそうだった」
話しながら城下手の中にあるライターを弄っている。恐らく癖なのだろう。
「なんだかんだで
「結果は?」
「文句ナシ。想像の数段上の強さで、それも本人だけじゃなくて眷属まで武闘派以上ときたもんだ。武闘派が暴走しても返り討ちになるだろうし、むしろその方が不確定要素がなくなって一安心――っつうのは流石に不謹慎か。でもま、ホッとしたってのは事実だな」
悪びれもせずにそうのたまう城下。その口ぶりから本当に武闘派を気にかけていないことが分かる。
自分1人だけが良ければそれでよく、そのためには周り全てを利用しようとするその考え方は、理解できなくはないが気に食わないことに変わりはない。
「不確定要素がどうこうっていうならお前が一番そうだ。安全を考えるなら真っ先にお前を始末するのも手ではあるんだが?」
「おっと、今この場で俺を撃つかい?さっきも言ったがそれでも構わないぜ、死にたくはないが何が何でも生きてたいってわけでもないからな」
苛立ちから漏れた凪原の言葉に、城下は腕を広げて見せながら向き直った。
「まだお前等に何も危害を加えていない、そしてこれからも加える気のない、自分よりも弱い無抵抗な男を撃つというのなら撃てばいいさ」
「………チッ」
ニヤニヤと、見透かしたような笑みを浮かべる城下に思わず舌打ちを零す凪原。彼は凪原が撃てないことを確信して言っていた。
そしてそれは正しい。今の凪原は城下を撃つことができなかった。
今のところ城下は凪原達どころか誰に対しても害を与えていない。過去に比嘉子を叩き出したとはいえその際にも暴力などはなく、叩き出した場所も穏健派の領域のすぐ近くだったために大きなトラブルは怒らなかったと聞く。
たとえどれだけ気に入らなくとも、相手の考え方――それも積極的に誰かを害そうというものではない――だけを理由に攻撃を加えるわけにはいかない。それをしてしまえばただの性根の腐ったテロリストだ。
「………今はお前の考えに乗ってやる。ただ、少しでもこちらに害を与えたらその時は、覚悟しておけよ?」
「上々、俺だってそんなアホをやる気はねえよ。寧ろ友好的なお付き合いを心掛けるさ」
威圧を込めた脅しをかけても全く効いている気がしない。
しかしこれで警告はした。これでもし何かあったら遠慮する必要はない、一思いに始末してやればいい。
ひとまずはそう考えることにして、凪原は頭を振り思考を落ち着ける。友好的に接すると言っているのだからこの機会に気になっていることを聞いておいた方が建設的だろう。
「信用できるか。――それはそうと、お前さっき女帝サマがどうとか言ってたけど、武闘派のリーダーって頭護ってやつじゃないのか?」
「それは建前上の話、今や武闘派は女帝サマの言いなりさ。気を付けろよ~?」
凪原の質問に答える城下の口は、歪な三日月を形作っていた。
「奴さんは凪原、あんたにご執心だ。近々行動を起こすつもりだぜ、『あいつとその一味がいなくなれば私の世界が完成する』だとさ」
本章最後は武闘派が1人、城下隆茂についてのお話でした。
さてこやつ、原作では我らがヒロイン胡桃を〇そうとしているので筆者の中での好感度は極低です(ファンの方いましたらごめんなさい)。とはいえプロットの関係上、スパッとパーンするわけにもいかないのでこのような形になりました。
最近聞くようになった個人主義やエゴイストをパンデミック風にしたらこんな感じになるんじゃないかと思っています。
これにて本編第7章 大学<暗影>編は終了です!
次章は大学編最終章となります。最近あんまり書いていなかったドンパチやゾンビに溢れるハリウッド映画も真っ青なアクション(※予告なく変更になることがあります)をお楽しみに!
ただしその前に恒例の閑話を挟むつもりでいますので悪しからず。
それではまた次回!