「では、アインズ・ウール・ゴウンには、報償として…………男爵の称号を与える」
王の一言は、場の貴族達にとって許されざる言葉だった。
貴族達は王の眼前と言う事もあり、大きな声では発言しなかったが、呟く様に、囁く様に「アンデッド風情に……」「汚らわしき者に爵位を……」などの言葉が漏れていた。
しかしアインズにとって、貴族達の戯言など意味を成さない物であった。
(やっぱり王国は、こう言う手を打って来たか。ビッチさんやデミウルゴスの推測通りだな)
決まっていたかの様な展開に、若干の呆れを覗かせる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ビッチさん。今、大丈夫ですか?』
ベッドで眠るビクトーリアの脳内に声が響く。
「何じゃ? 妾は睡眠中じゃぞ」
『何じゃって、もう昼過ぎですよ』
アインズの冷静な突っ込みに、ビクトーリアは観念したかの様に身体を起こす。その行動によって、豊満な乳房が外気に触れ、同時にふよんと揺れる。
ビクトーリアは自身の豊かな双丸を見つめ昨夜の事を思い出す。
(えーと、アルベドにひっぱたかれて、その後泣かれて、何だっけ? あ、そうそう、ひっついて離れてくれなくてぇ……帰らないと言い張ってぇ……一緒に寝る事になって……何で妾は素っ裸?)
ビクトーリアは横で眠るアルベドに視線を向ける。
そこには、自分と同じように一糸纏わぬアルベドの姿が
ビクトーリアは、アルベドの頬をつついてみる。程良い弾力と指触りの良い感触が帰って来た。
その瞬間、アルベドの瞳が開かれた。自分と同じ黄金の瞳。視線が絡み、見つめ合う。
「おはよう、アルベド」
ビクトーリアから起床の挨拶が向けられる。
それを受け、アルベドは僅かに口元を緩め。
「ちゅー」
「は?」
「ちゅー、ですわ」
ビクトーリアは思う、コイツは朝から何を言っているんだろうと。変顔で言葉を受け入れるビクトーリアに、アルベドは少女の様に頬を膨らませ
「起きたら、おはようのちゅー、ですわ」
ビクトーリアは、やっと理解が出来た。
ゆっくりとアルベドの顔に近付き、その額に唇を落とす。
「ぶーー」
この行動に対し、アルベドが不満の声を漏らす。
そして……
「おでこじゃありません。こちらです!」
言うや否や、ビクトーリアに覆い被さり情熱的に唇を奪った。
そして、このイチャコラは一時間近く続き、二人がアインズの前に現れたのは、たっぷり二時間後の事であった。
~ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間~
「遅いですよ、ビッチさん」
顔を合わせた瞬間、コレだった。
何かを言い返そうかと思うビクトーリアだが、今回は全面的に自分達、主に嫁のアルベドが悪いのだ、ビクトーリアは素直に頭を下げる。が、一言加える事も忘れはしない。
「女は準備に時間が掛る。そうじゃろ? デミウルゴス」
ビクトーリア達を待っていたもう一人の人物、デミウルゴスに同意を求める。
「そうなのか? デミウルゴス」
「そうじゃな? デミウルゴス」
「そうよね? デミウルゴス」
アインズ、ビクトーリア、アルベドから声を掛けられ、デミウルゴスは額に汗を滲ませる。これは、いわゆる針の筵、と言う物だろう。
しかし、そんな悪趣味な冗談もすぐに終わりを告げる。
「で、妾を呼んだ理由は?」
ビクトーリアが軌道修正に入ったのだ。アインズも即座に反応し、真面目な口調で一通の封書を差し出す。ビクトーリアはそれを受け取り、裏表と目を通した。
「アインズ、これは?」
「ゲヘナの後、停泊すると言う理由で王都に宿を取り、ナーベラルを残して置いたのだが……」
「そこに届けられた、と?」
「ええ」
「中を見ても?」
「どうぞ」
了解を取るビクトーリアに、中の文言こそ問題だと言うアインズ。ビクトーリアは「ふむ」と一声漏らし
「アルベド、椅子を」
立ったままでは疲れてしまう、とアルベドに椅子を要求する。
以心伝心、とでも言う様に、ビクトーリアの背後に何かが置かれた音がする。ビクトーリアは、何の迷いも躊躇も無くそれに腰掛け封書の中の羊皮紙に目を通す。だが、何か居ずらい空気を感じた。
それを探る様に、視線だけでアインズ、デミウルゴスを見つめる。アインズは相も変わらず骨だったが、デミウルゴスの表情は、明らかに引いていた。ドン引きだった。
ビクトーリアには理由が見つからない。
「どうしたのじゃ? 妾の顔に何か付いているのかや?」
そんな疑問を口にするが、アインズの指が下を指し示す。
ビクトーリアはゆっくりと下へと視線を向ける。そこには変わり無いふくよかな自分の乳房と、玉座の間の床があった。ビクトーリアは首を傾げた。
「?」
不思議そうな表情のビクトーリアに、アインズが正解の言葉を投げかけた。
「ビッチさん。あんた何に座ってんの」
「え?」
ビクトーリアは、自身の座っている椅子へと視線を向ける。
自分の座っている椅子は? 自分の座っている物とは?
その正体は、ナザリック地下大墳墓 守護者統括、そして、自身の妻であるアルベドであった。
ビクトーリアの流麗な眉がピクンと跳ねる。
「アルベド」
「はい。何で御座いましょうか? あ・な・た」
「何をやっておるのじゃ?」
「椅子で御座いますが?」
さも当然とでも言う様なアルベドからの返事。
再びビクトーリアの眉が跳ねる。
「なーにをやっておるのじゃ!」
言いながら、アルベドのむっちりとした色香漂う臀部を二度、三度とその手で叩く。
その痛みに反応し、アルベドからはいやらしい声が漏れだす。
これには、精神作用無効のアインズであっても引いた。ドン引きだった。何度も沈静化を繰り返す程。
「ビッチさん。…………あんたら何時も、そんなプレイを?」
アインズから素直な感想が漏れる。
「する訳無いであろうがー!」
ビクトーリアは立ち上がり反論の声を上げた。
「そうですわ! いつもではありませんアインズ様! 時々ですわ!」
アルベドからも声が上がるが、どこかズレていた。
残念な嫁に頭を抱えるビクトーリアだが、何時までもこんな馬鹿な会話を続けていても仕方が無い。抗議の声を上げるアルベドをアインズに任せ、自身は羊皮紙へと視線を注ぐ。
書かれていた文言。
略して言えば、王都を守った功績を讃え褒美をやるから王城まで来い、と言う物だった。それも、仲間の二人。ナーベラルとシャルティアの三人で。
「ふむ。素直に取れば、そのままの意味じゃな」
「ええ。私もそう思います」
ビクトーリアの言葉に、デミウルゴスが答える。
「うぬの読みとしてはどうじゃ?」
「はっ! 意見を述べさせていただくとすれば、書かれていない文言に意味があるかと」
「だろうの。アインズ。これはなかなか悪意ある招待状じゃぞ」
ビクトーリアの言葉に、アインズ、アルベドの言葉が止まる。
「え? 悪意あるって、褒美をくれるって事じゃ無いんですか?」
驚きのあまり、魔王ロールを忘れるアインズ。だが、ここに居る僕はアルベドとデミウルゴス。そしてビクトーリアが居る。少々の間抜けな言動も許されるだろう。
「まあ、褒美はくれるじゃろうな。じゃが、その褒美が問題なのではないかや?」
最もだ。
「デミウルゴス。うぬならばどうする?」
ビクトーリアの問いかけに、デミウルゴスは本体、いや、眼鏡の位置を直しながら逡巡し
「私ならば、囲い込みますか」
「じゃろうな。妾も同意見じゃ」
「?」
意味深な言葉を交わすビクトーリアとデミウルゴス。だが、当事者のアインズにはちんぷんかんぷんであった。第一、一介の営業マンに国の目論見を推理しろ、と言うのが酷なことである。
「簡単な報酬としては女か爵位、じゃろうな」
「ちょ! ビッチさん、爵位が簡単なんですか?」
「簡単じゃよ。爵位を与えて面倒な事は、領地を授与する事じゃ。土地が削られれば税収が減る。つまりは金子が減る。これは領主も土地持ちの王族も同じじゃ」
「ええ」
アインズは了解の言葉を返す。
「じゃが、地位だけならば簡単じゃ。男爵であるとか、爵位では無いが騎士とかの」
「で、でも爵位ですよ? 特権階級じゃないですか」
アインズの言葉に、ビクトーリアは口角を上げ
「言葉だけの爵位で、うぬ程の強者を抱え込めるのじゃ、安い買い物じゃろうて」
「………………」
アインズは言葉を失う。ビクトーリアの言う通り、確かに安い買い物だ。
それに加えて、爵位一つでナーベラルとシャルティアまで付いて来る。安いどころか、バーゲンセールの抱き合わせ放出だ。
「そ、それじゃあ、この話は蹴る、と言う事ですかねぇ」
「いや。乗ってやれ」
「「え?」」
ビクトーリアの言葉に、場の三人が驚きの声を上げる。
「ビッチ様。不敬とは思いますが、意見を言わせていただきます」
アルベドが口を開く。
「良い。申してみよ」
「はい。この王国の所業は、我らナザリックに、ましてやアインズ様に唾を吐き掛ける所業。許すべきでは無い、と思いますが?」
ビクトーリアとしてもアルベドの言いたい事は解る。
デミウルゴスに視線を移せば、頷きで返して来た。同意見、と見ても良さそうだ。
だが、この場に居るのはビクトーリア。
煉獄の王にして魔女なのだ。
そう、ビクトーリアは意地が悪い。そして、優しくも無い。
「かかっ! 何も妾はアインズに恥をかいて来いと言うておる訳では無い」
「「え?!」」
「領地をくれるのならば、褒美をもらえば良い。そこを足掛かりになんとでもなる。そうじゃろ? デミウルゴス」
「さ、左様で御座いますが……」
答えるデミウルゴスだが、何とも歯切れが悪い。
「王国の心積もりが、妾の想像通りだったならば……」
「「だったならば?」」
三人の喉が鳴る。
「盛大に喧嘩を売ってやれば良いではないか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「では、アインズ・ウール・ゴウンには、報償として…………男爵の称号を与える」
ランポッサ三世は、威厳ある声でそう宣言する。
「ほーう、男爵、か。それで? 領地はどこが貰えるのかな?」
アインズの纏う空気が変わった。
ガゼフや蒼の薔薇のメンバー達にはありありと解る。しかし、貴族達は?
「爵位を頂けるのに、領地までとは!」
「恥知らずのアンデッドが!」
「化け物の分際で、王に意見するとは!」
口々に欝憤を吐き、侮蔑の言葉を投げかける。
ガゼフは目の前に居る愚鈍な者達に落胆する。どれだけ愚かなのかと。
一瞬で王都を焼き払う事が出来る者を前に、何を言っているのかと。
アインズはゆっくりと貴族達に向き合い、右手を上げる。その瞬間、一人の貴族が飛び出し床に額を擦りつける。
「すまぬ! この者達は馬鹿で愚かな者達! しかし、王国に置いては地位ある者達なのだ! その怒り、私には理解出来る! だからこそ、何卒私一人の命で事を収めて欲しい!」
アインズは許しを乞う貴族を、その虚空の瞳に映し
「貴公、名は?」
興味深げに言葉をかける。
「レエブン。エリアス・ブラント・デイル・レエブン」
「ほう。貴公がレエブン候、か。良いだろう。貴公に免じてこの場は怒りを収めよう。しかしだ! 王も貴様らも良く聞け! このアインズ・ウール・ゴウン、爵位程度で買えると思うな! 私を買いたかったら、そうだなぁ…………王国一国を差し出すが良かろう!」
「アルベド」
「はい」
「何で妾は裸じゃったのじゃ?」
「…………就寝の際、何も身に纏わないのは、淑女の嗜みですわ」
「そうなのかや?」
「そうですわ…………くふふっ」
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