ニニャが帝都を訪れてから三日、手荷物を片付けやっと落ち着ける様になっていた。そんな午後の一時、ニニャの視線は一点に注がれている。
「ボタンが二つ? 留めて無い? ん? 二つしか無いのか?」
囁くような声は注目されている人物には届いてはいない。
その人物はレイナース・ロックブルズ。自分の正面で、優雅に紅茶を飲んでいる人物だ。
白いシャツを着、ゆったりとしたスカート姿の魅力的な女性。
だが、問題はそのシャツにあった。
恐らくはシルクであろうそのシャツは、レイナースの豊かな胸を隠す事を放棄する様に存在している。V字に大きくはだけ、レイナースの胸は半分程外気にさらされていた。
何故にこんな露出の多い服装なのか?
昨日までは、普通の服を着ていたはずだ。
なのに何故?
女性を恋愛対象としていないニニャの目から見ても、レイナースの豊かな胸はとても魅力的で淫靡な物に見えた。
もんもんとするニニャだが、その気分を吹き飛ばす様なノックの音が響く。二度、三度と響いた音は、何の遠慮も無く開かれたドアの音によって終了する。
「なんじゃあ、誰もおらんのかぁ? 妾じゃぞー。ビクトーリアが来ましたよー」
馬鹿なセリフと共に、恐怖の大王が降臨した。
その声と名前に反応し、レイナースが席を立つと急ぎ玄関へと駆け出した。
リビングを抜け、エントランスにたどり着いたレイナースの瞳にその姿が映る。
流れる様な金糸の髪。
魅入られる様な黄金の瞳。
「ビクトーリア様!」
レイナースは愛しき者の名を呼びながら、その胸に飛び込んだ。
「はむっ。ちゅ。うむ」
そして、その艶やかな唇を奪う。
「つ、つや、ぼくろ?」
「はぁっ。びくとーりあ、さまぁ。ちゅ、はむっ」
「むぐっ!」
むにょむにょといやらしく蠢くレイナースに、ビクトーリアは成すすべなく翻弄される。
レイナース如き、本気を出せばいとも簡単に打ち倒す事が出来る。だが、どこまで力を出せば良いのか? それがビクトーリアには解らなかった。一歩間違えれば殺してしまうかも知れないのだ。だからバタバタと手足を動かす事しか出来なかった。
しかし、それがいけなかった。
事態は最悪で艶々の方向へと進んで行く。
バタつくビクトーリアに呼応して、ボタンが意味を成していないレイナースのシャツがずるずると肌蹴て行ったのだ。
きめ細やかな肌。
滑らかで、柔らかくも張りがある大いなる質量を持った乳房が、外気にさらされる。
「ビクトーリア様、……………大胆、ですね」
レイナースはそう言うと、その色香漂う乳房でビクトーリアの顔を包み込む。
「むぐっ!」
ビクトーリアは苦しげな声を上げる。
しかし、そんな声は聞こえないとばかりに、レイナースの乳房はビクトーリアの顔の上を上下する。
ビクトーリアの鼻孔を、レイナースの香りが支配して行く。そして、徐々に女の匂いを強めて行った。
だが、女運が微妙なビクトーリアだが、それ以外の運気はそうでも無かったらしい。
「レイナースさん、陛下がいらして……………なにやってるんですか!」
絡み合う二人を見つけ、ニニャが慌てて近づいて来た。
「ああ、ニニャですか。今は蜜月の最中です。邪魔をしないで頂けますか?」
そんな中でも、レイナースは冷静に対処する
「そう言う事じゃないですよ! エントランスで何をやっているんですか!」
そう言われ、レイナースはキョトンとした表情を浮かべ
「そうですね。ではビクトーリア様、寝室へ参りましょう」
嬉々としてそう言った。
「アホかー!」
御叱りが飛んだ。
「も、申し訳御座いません」
レイナースが座り込み、謝罪の言葉を口にする。
その姿は、まるで捨てられた子犬の様であった。そんな光景に、ビクトーリアは溜息を吐くと
「艶ぼくろ。まずは、その魅力的な物を片付けるが良い」
指摘され、レイナースは頬を赤く染めながら衣服を直す。
スルスルと言う衣ずれの音を聞きながら、ビクトーリアは再度溜息を吐き、手をレイナースの頭に置いた。そして、その手で優しくレイナースの頭を撫でる。
「まったく。情熱的なのは良い事じゃが、うぬは早急過ぎる。こう言う事はじゃ、もっとお互いを知って、関係性を深めてから行うが必至。解ったかの?」
ビクトーリアの至極真っ当な言葉に、レイナースは俯く。
「で、ですが、ビクトーリア様は、なかなか私に会いに来てはくれません」
そして、呟く様に言葉を紡ぐ。寂しかった、と。
レイナースの表情に、ビクトーリアは三度目の溜息を洩らす。
「わかった、わかった。なるべく時間を作る様、胆に命じておくとしようの」
疲れた様なビクトーリアの表情に、ニニャは思わず噴き出してしまった。
「何じゃ、魔女っ子。何が可笑しいのかや?」
「いいえ。陛下も苦労なされているな、と思いまして」
茶化す様なニニャの言葉に、ビクトーリアはがっくりと力を抜き
「そうじゃなぁ。苦労しておる。それを解ってくれる者が少のうて、少のうて」
とほほ、とビクトーリアは愚痴をこぼす。
この言葉に、ニニャは乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ビクトーリアが来訪した翌日、ビクトーリアとレイナースの姿はリビングにあった。
「魔女っ子は?」
ソファーに腰を下したビクトーリアが、隣に侍るレイナースに問いかける。
「自室で待機しています」
下からくぐもった声で答えが返って来た。
現在レイナースは、ビクトーリアに膝枕をされながらソファーに横になっている。
だが、それでは声が籠っている理由にはならない。では、何故レイナースの声は籠っているのか? 理由はレイナースの態勢にあった。
レイナースの視線は、上にも横にも無い。
レイナースの視線は下。
ビクトーリアのふとももに顔を埋めているのだった。
何度も頭を軽く叩かれ注意されているのだが、一行に止める気配は無い。
ビクトーリアの身体の柔らかさを感じながら、その肺にビクトーリアの香りを一杯に堪能する。それがレイナースの狙いであった。
「……ビクトーリア様」
「何じゃ?」
レイナースが名前を呼ぶ。
ビクトーリアは素直に言葉を返す。
「…………下着が、湿って来ました」
ドスッ! と言う音と共に、拳骨が振り下ろされた。
頭を押さえるレイナース。その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「ほれ、客じゃ。早よう行って来い」
突き離す様に、ビクトーリアから命が下る。
レイナースは嫌とも言えず、名残惜しそうにビクトーリアから離れエントランスへと足を向ける。
暫しの静寂。
その後、リビングのドアが礼儀正しく叩かれる。
「入れ」
威厳を持ってビクトーリアが声をかける。静かにドアが開き、レイナースが客人を迎い入れた。
「長旅ご苦労であった」
「有難き御言葉」
丁寧に客二人は腰を折る。
「どうじゃった? 二人きりの旅は」
ビクトーリアの視線は二人の内、女性の方へと向けられる。
「あ、あの」
ビクトーリアは、良い淀む女性に優しい笑みを向けながら
「恐怖は、和らいだかや?」
静かに問いかけた。
「は、はい。僅か、ですが、以前ほど、怖くは、ありません、でした」
「左様か。ちゃんと守れた様じゃな。セバス」
名を呼ばれ、二人の内の男の方が再度腰を折る。
来訪した二人組。
それは、ナザリック地下大墳墓
ビクトーリアは帝都へのツアレ派遣に対し、ツアレの外界へのリハビリと、セバスの休暇を兼ねて馬車での旅を言い渡していた。
その為に、転移門で転移して来たビクトーリアよりも、一日遅れでの到着となっている。
ビクトーリアに促され、セバスとツアレはソファーに腰を降ろす。
それを確認し、ビクトーリアは右の指をこめかみへと当てる。
「アインズ、妾じゃ。返事せえ」
ぶっきら棒にビクトーリアは
『聞こえてますよ、クソビッチ』
同じ様にアインズも失礼な言葉で返す。
「セバス達が到着した」
『了解です。今からそっちへ行きますね』
「了解じゃ」
会話が終了してから約五分、リビングに暗闇が出現する。その中から産まれ出でる様に、死を体現した様な異形が姿を現す。
「無事、到着したようだな」
立ちあがり、臣下の礼を取ろうとしたセバスとツアレを留め、安心した様にアインズが口を開く。
「よくぞ参ったのう、アインズ」
「あんたが呼びつけたんでしょうに」
アインズの悪態に、ビクトーリアはふふん、と鼻で笑う事で返す。
「ビッチさん。ここは、どの辺りなんです?」
「うん? 帝都の高級住宅地。以前は貴族共が居を構えておったエリアだそうじゃ」
「と言う事は?」
「治安も帝都一、と言う事じゃな。加えて護衛もおる。艶ぼくろ」
ビクトーリアがレイナースに声をかける。
緊張しながらも、レイナースは一歩前に出た。
「緊張せんでも良い。この骨は妾の友じゃ」
「アインズ・ウール・ゴウンだ。その、ビッチさんが、苦労をかけていないか?」
アインズは、冗談を交え名乗りを上げる。
この言葉に、レイナースは僅かに緊張を解くと
「レイナース・ロックブルズと言う。その、ビクトーリア様と、お、お付き合いをさせてもらっている」
レイナースの言葉に、アインズの顎がカクン、と開く。
「お。おま、何やってんだ、アンタ!」
怒りを顕わにするアインズに、溜息を吐きながらビクトーリアはレイナースとの経緯を語って聞かせた。もちろん、法国や帝国との関係は一切省かれてだが。
「呪いの解呪、ですか」
「うむ」
落ち着き話を聞くアインズは、どこか楽しそうだった。
「ビッチさんらしいですね」
「何がじゃ?」
「知的好奇心の追及と、謎の探究。昔と変わらないじゃないですか」
「ふふん。そうじゃ。妾は妾。変わりはせん。只……」
「只、何です?」
「守る物が増えただけじゃよ。さて、艶ぼくろ、魔女っ子を連れてまいれ。顔合わせの時間じゃ。」
言われ、レイナースは頭を一度下げ退室して行った。
「まあ、少し時間がかかるやも知れぬ。皆、腰を降ろすが良い」
そう言って、ビクトーリアはアインズに着席をすすめる。
どれほどの時間だっただろうか? 僅かと言えば僅かな時間だったし、長かったと言えば長かった。そんな時間を費やし、再びリビングのドアがノックされた。
「ビクトーリア様。レイナースです。件の少女をお連れ致しました」
「うむ。アインズ、セバス。そして、ツアレ。この者が、うぬらに紹介したい者じゃ。入れ」
ビクトーリアから入室の許可が下り、レイナースがドアを開ける。
その瞬間、二人の人間と一体の異形が驚きの声を上げる。
「ね、姉さん」
「あ、あ」
「……ニニャ」
三者三様、僅かな言葉だけを口にした。
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