「う、嘘、そんな……」
呟く様な言葉と共に、ツアレの瞳から大粒の涙が溢れる。
「姉さん? 姉さん、なの?」
同様に涙を湛えながら、ニニャは必死で問いかける。真実であって欲しいと。
「何を迷っておる。 うぬらの見ている物、今、ここで起こっておる事、夢だとでも?」
ビクトーリアが言葉を紡ぐ。
真実であると補足する様に。
そしてその言葉に導かれる様に、二人は近づき御互いの手を取った。
「暖かい。姉さんだよね? ほんとに、姉さんなんだよね?」
「うん。うん。そうだよ、ハイジ」
寄り添い硬く手を繋ぐ。
そして、そんな姉妹の再会を、黙って見つめる者もいた。
僅かに口を動かすが、言葉が出てこない。そんな感じにビクトーリアには見えた。
「魔女っ子。感動の再会の途中で悪いが、うぬに紹介したい者がおる」
そう言われ、ハッとニニャが顔を上げた。
「こやつはアインズ。妾の友じゃ。そして、うぬの旅の仲間じゃ」
「旅の仲間?」
ニニャは不思議そうに言葉を綴る。
「左様。こ奴の冒険者としての名は――」
「ビッチさん」
おもむろにアインズは口を開いた。
二人の視線が重なる。
それだけで十分だった。
ビクトーリアは静かに瞳を閉じる。
これから起きる、死の支配者と言う名とは正反対の行動を見ない様にするかの如く。
アインズはニニャに近寄り、目線を合わせる様に膝を付く。そして、その冷たい骨の指でニニャの掌を取った。愛しむ様に、怪我をさせない様に、優しく、丁寧に。
「ニニャ。生きていてくれたのだな」
静かにそれだけを口にした。
「え?」
ニニャは僅かに驚きの声を上げるが、アインズは無言で首を横に振る。
「知らなくても良い。私が誰であるかなど。私にとって、君が生きて、こうして私の目の前に居てくれるだけで良いのだ。もう一度言わせてくれ。生きていてくれて、ありがとう」
感謝の言葉を伝え、アインズは立ち上がり背を向けた。
伝える言葉は伝えた、と。
だが、去ろうとするアインズの、漆黒のマントが僅かに引かれる。
ニニャがマントの裾を握っていたのだ。そのエメラルドの瞳に涙を湛えながら。
「モ、モモンさん、ですよね」
小さな、弱々しい声で訪ねて来る。
「い、いや……」
ニニャの問いに、アインズは答える事は出来なかった。
真実を告げる事が、良いのか悪いのか、それがアインズには判断出来なかったのだ。
「モモンさん」
今一度ニニャが呼びかける。
「ニニャ。その、何だ。怖くは無いか? それに、騙す様な真似を……」
アインズの言葉に、ニニャは僅かに首を傾げる。
「あのー。それは、モモンさんの姿、と言う事ですか?」
「ああ、まぁ、そうだな」
アインズの問いに、ニニャの潤んだ瞳が朗らかに緩む。
「個性的な皆さんに囲まれてますから、今さらですよ」
「……あー」
ニニャの言葉に、アインズは同意を示し、その視線はビクトーリアを捉える。そして、再びニニャに視線を戻し
「ビッチさんが迷惑をかけていないか? 痛い事はされてないか? 怖い事や、嫌な事は――」
ニニャを気遣う様に、矢継ぎ早にまくしたてた。
しかし、こんな事をされれば、黙っていられない人物が件の者だ。
「おいこら骨。何を言っておるのじゃ? 妾が何じゃ? 言うてみい。ほれ、言うてみい」
耳ざとく異議申し立てが飛ぶ。
「はあ? 何言っているんです? 邪魔ですよ、邪魔」
アインズは一刀の元に異議申し立てを却下した。
せっかくの感動的な場面なのだから、邪魔するなと。
アインズの雑な態度に、ビクトーリアの眉間が痙攣し始める。
だが、喜ばしい事に、この場にはしっかりと常識を持った人物が存在した。
そう、ナザリック地下大墳墓
「しかし、この様な幸運、まさに神の手による物ですな。感謝致します、ビクトーリア様」
言葉と共に、丁寧に腰を折った。
この行動を無言で見つめるビクトーリアは、誰にも聞こえない様な小さな舌打ちを一つ。こんな事をされては、怒るに怒れないでは無いか、と。
半眼でセバスを見つめるビクトーリアだが、無理やりに笑顔を創り口を開く。
「神の手、か。ふふん。悪魔の気まぐれかもしれんぞ? セバス」
「どうなのでしょう? どちらにせよ、不幸はありましたが、その中でも最高の幸運を掴み取ったと思いますが」
数々の死の中で、掴み取れた最高の結果だとセバスは言う。
それが、神の見えざる手であるのか、悪魔の気まぐれかはともかく。
「そうだな。最高の結果、なのだろうな。しかし、これは神の手でも、悪魔の気まぐれでも無い」
アインズが重々しく言葉を紡。
「ではアインズ様。この結果をもたらした物を言い表すとしたら、何で御座いましょうか?」
純粋にセバスが問いかける。
悪意なく、意地悪でも無く、只、純粋に。
この問いかけに、アインズは暫し思いを巡らせると、回答を示す。
「魔女の悪戯。と言うヤツだろうな」
アインズの言葉に、ビクトーリアを除く場の全員が小さく噴き出した。
「その通りで御座います。流石はアインズ様」
「良い答えだと思いますよ。モモンさん」
セバスとニニャから称賛の言葉が贈られた。
しかし、この展開はビクトーリアとしては面白くない。
遊ぶのは好きだが、遊ばれるのは大嫌いなのだ。全くはた迷惑な性格である。
そんなビクトーリアの取る行動は……
「それでどうじゃ? ツアレは此処で働いてくれるのかや?」
話を変える事だった。
突然話を振られ、驚いた様子のツアレだったが、一度目を閉じると覚悟を決めた様な力強い瞳をその表情に映す。
「は、はい。はた、働かせて、く、下さい」
言葉と共に、勢い良く頭を下げた。
「ふむ。これで一通りの人材は確保出来たか。後は……小娘だけじゃな」
「小娘? 絶死絶命の事ですか?」
ビクトーリアの呟きに、アインズが反応を示す。
それは、純粋に呟きへの反応であった。
しかし、ビクトーリアから告げられた言葉は、アインズと共に場の全員を驚愕させる内容であった。
「そうじゃ。その小娘じゃ」
「何かするんですか? 彼女に」
「いや。小娘には何もせんよ。只――」
「只?」
アインズは言葉を返す。呑気に、世間話でもする様に。
「王都、と言う括りではあるが、アインズはそのままの姿で歩けるじゃろ?」
単純な問いかけだ。
確かに王都限定ではあるが、アインズは自身の異形の姿で街を歩ける。救国の英雄として。
「じゃがの、小娘はそれが出来ん。妾はそれがたまらなく嫌なのじゃよ」
「それは解りますが…………具体的にどうするんですか?」
アインズの問いに、ビクトーリアは僅かに沈黙すると行動の指針を示す。
「交渉をして来ようと思う」
「「交渉?」」
アインズを除く場の面々がオウム返しに口を開いた。
訳が分からないと言う者達を余所に、アインズだけは真実に辿りつく。
それは、簡単には許せるはずの無い事だった。簡単に許可を出す事が出来ない人物えあった。
「……ビッチさん」
アインズは重々しく口を開く。
その呼びかけに、ビクトーリアは視線を向ける。
「ビッチさんの会おうとしている奴って……」
「アインズは解ったか。妾が交渉しようとしておる相手は………………うぬの想像通りドラゴンじゃよ」
「……やっぱり」
アインズは肩を落とし、諦めた様な返事を返す。
「そう心配するな。危ない事はせんよ。妾は只、そう、只お願いをしに行くだけじゃよ」
ビクトーリアの口調は軽く、まるで散歩にでも行くような物だった。
「スレイン法国からの情報によれば、彼のドラゴン、ツァインドルクスは理知的な者じゃと言う。話が通らぬ筈がなかろう?」
「そうかも知れませんが――」
相手はドラゴンですよ。 とアインズは続けようとするが、その言葉はビクトーリアによって防がれる結果となった。
「まあ、血の気が多い者じゃったら、離脱を計画に入れておる。じゃからそう心配するでは無い」
そうは言うがアインズにはどうしても腑に落ちない言葉であった。
ビクトーリアの性格を良く知る者として。
だが、引きとめる有力な理由も無い。
「解りました。でも、くれぐれも注意して下さいね。俺達の為にも、アルベドの為にも。解りますよね」
アインズは一応の許可を下すが、注意も忘れない。
「心配症じゃのう。これでも妾は慎重派じゃぞ」
そう言うビクトーリアに、アインズは眉を潜める。彼に皮膚があれば、の話だが。
「慎重派……確かに慎重派でしょうね、ビッチさんは」
アインズは、思わせぶりな言葉を呟く。
その真意を、意味を理解できる者はこの場には、この世界には存在しない。
アインズ、いや、モモンガにだけ理解出来る事なのだから。
ビクトーリアと長い時間を共有して来たから辿りつけた終着点。
歪な精神性への理解。
「だけど……だけどアンタ! 一度火が付いたら止まらないでしょうが!」
ビクトーリアの胸倉を掴み、真実を告げる。
「誰かの為に動く時、アンタは止まらないでしょうが! 何時だって、どんな時だって、アンタは自分より他人を優先する癖がある! 俺達はそれが心配なんですよ! 解ってますか、駄巨乳クソビッチ!」
「ひ、ひどい言い草じゃのう」
アインズの言葉に、ビクトーリアは苦笑いを浮かべる。
だが、何時もの様に反論はしない。自分を心配しての言葉だと理解出来るから。
ビクトーリアは静かに微笑むと、アインズの手を取る。
「そう心配するで無い。うぬらの言葉、しっかりと胸に刻もうぞ」
言葉の終わりと共にその手を解放する。
そして……
「さて、妾は次の仕事に参ろうかのう。まったく、貧乏暇無しとはよく言った物じゃ。魔女っ子、艶ぼくろ、またの」
その言葉を残し、ビクトーリアは黄金の光と共に屋敷を後にした。
残された面々は沈黙で見送る。
ビクトーリアの姿が消えた後、アインズは右指をこめかみにあて
「ニグレド、私だ。これより一切の任務を廃棄し、ビクトーリアの行動のみ注視しろ。これは最優先事項だ。勅命である」
『畏まりました、アインズ様』
(慎重に対処する? そんな言葉、信用出来ると思っているんですか? ビッチさん……)
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