ブリッジ・イン・ザ・セイバー   作:八堀 ユキ

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雷電と”再会”したノマド。彼らの間には何があったのか――。過去と現在が入り混じる。

この連載が続くかどうかは第5回投稿までの様子で決めるという特別ルールでおこなっております。よろしくお願いします。


ワイルドランズ

――もう一度。なにがあった?

 

 通信機の向こうからの声に増援部隊は「またかよ」とつぶやきながら同じ報告を繰り返す。

 

「どうやら新たな侵入者のようです。巡回班複数、ここに到着したようですが全滅してます。ほとんどが銃でやられてますが、何人かは体術かなにかで殴られた形跡が見られます。これ以上はラボで調べてみませんと――」

 

――追跡できそうか?どうだ?

 

 同僚と顔を見合わせ、やってられるかと首を横に振る。

 CIAが送り込んだのはゴーストとかいう部隊は、侵入と同時にシステム迎撃され、全滅しようとしている。それで満足しないって言うのか。

 やっかいだった嵐が去ったとはいえ、まだ湿り気の残る草原を這いずりまわって泥だらけになりながらの追跡劇なんてセンティネルの兵士たちはお断りだった。

 

「無理ですね。戻ります――」

 

 通信を切ると、現場に散らばった残骸をかき集めるぞとその場にいる全員に声をかけた。

 

 

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 あまり楽しくも愉快でもない再会から日をまたいで数時間後。俺と雷電はようやく丘の上で休憩することにした。

 暗闇の中だが、普通にビバーク(緊急避難的野宿)をする。といっても奴は腰を下ろして休めても。俺は気が立っていて座ることがまだできないでいた。

 

「なんだ、休むんじゃないのか。座れよ」

「のん気なもんだな、お前!」

「怒ってるのか?落ち着け、ノマド」

「落ち着けだって……?」

 

 褒められた話ではないが、この時の俺はちょっとおかしくなっていた。

 当然だろう。この24時間は大混乱のピンチの連続だったのだ。それを必死に生き延びたと思ったら、いきなりこいつ。雷電だ、どう考えたらいい?

 

 挑発されたように感じた俺は思わず腰の拳銃に手を置いたが、もちろんそれを雷電のヤツにむけて抜くつもりはなかった――多分。だが頭に来るのは、チラとこちらを見ても雷電はそれに身の危険を感じていないようで。まったく表情も態度も変わらないでいることだ。

 俺を見抜いている?とにかく何もかもが腹立たしい。

 

「撃つのか?本気か?」

「撃たれないと思っているのか?お前、なんでここにいる。ここは太平洋に浮かぶ島なんだぞっ」

「理由か?お前達を助けに来たんだ」

「ふざけるなっ!」

「追手はないみたいだが、だからってここで怒鳴るのはマズいだろ」

「うるさい、ヒステリー女を扱うみたいな態度はやめろっ」

 

 ハッとなって声を潜めながら、冷静になろうと努めて銃からも手を離した。

 まったく食えないサイボーグだ。

 

「お前を、貴様を。どうするかまた考えてる」

「なぜだ?」

「このまま俺達の隠れ家に連れて行っていいものかどうか!そういうことだ」

「なんだ、冷たいな。一緒に困難な仕事をした仲間じゃないか」

「ああ、そうだ。フリーの、傭兵としてな」

「――それが問題か?」

「ああ、俺には問題だ」

 

 俺、いや俺の率いるゴースト部隊はこの雷電と共に仕事をした。

 数年前の、過去の話だ。

 それは到底不可能な任務、だと思っていたが。結末は全く予想外のものとなった。

 

「の二の舞は御免だ」

「ノマド、まだ拗ねているのか」

 

 夜の暗闇と静寂、その中に輝く小さな焚火は2人の戦士を同じ過去の記憶へと素直に導いていく――。

 

 

 

 2000年期の最後に始まった偉大な英雄にして最悪のテロリスト、ビッグボスの反乱は。彼の死後にもその遺志を継ぐものによって戦いは続いた。

 その最後は2014年、戦場で急成長を遂げるPMCトップ5すべてが結託。秘密結社アウターヘブンを名乗って行動を開始すると。世界はビッグボスの意思による3度目の恐怖に震えた。

 

 この戦いの後、規範による支配を目論んだ愛国者は消滅。事件の全容解明はFBIが「全力をもって」捜査すると宣言はしたものの。情報は時間がたつごとに泡と消え、迷宮入りは確実となった今でも捜査は続いている――らしい。

 

 

 一方、ホワイトハウスはこの世界規模の混乱から立ち上がるべく。新たな政治キャンペーンを必要としていた。

 そこにはもう強いアメリカはどこにもなかった。弱く、己の巨体を維持するだけの怪物は、昔の力強い姿を再び取り戻せと叫んでいた。

 

 彼らが目を付けたのが、南米から流れてくる麻薬である。

 

 国連は新世紀に入ると、1961年に定められた麻薬単一条約によって世界規模で危険な薬物の規制を目指しはしたものの、その消費量は増大する一方で事実上の敗北宣言を発表せざるをえない。そんな厳しい現実にさらされていた。

 彼らが屈辱的な例としてわざわざあげたのが北米のデータであった。効果のない麻薬対策の現実を知ると、これがもとでいくつかの州があろうことか医療薬物の元に規制解除の運動がひろまっていった。

 

 アヘン戦争を見れば麻薬による堕落の恐ろしさなど許せるはずもない。

 政府はこの流れを決して許すつもりはなかった。

 

 新たな大統領は恐れることなくこの間違いを正さんと決断を下したが、その命令は恐ろしく過激なものとなった。

 麻薬に深く関係する南米5ヵ国への攻撃――それぞれにやり方は違ったが。なかでもゴースト部隊、つまりノマドの率いるチームはそのうちの1国。ボリビア攻略を担当し、キングスレイヤー作戦の実行を求められたのだった。

 

 

 2019年、南米はボリビア。この時も嵐の中での強引なヘリでの移動だった。

 キングスレイヤー作戦開始まであと3時間。

 

 アメリカで解散した部隊はここ、ボリビアで予定通り再結集していた。。ボリビア――この国は「黄金の玉座に座る乞食」と呼ばれている。豊かな天然資源を持つのに貧乏に苦しんでいるからだ。

 

 要するにウォール街で札束を数字に置き換えてゲームをしている金持ち共がこういう場所にやってきて、素朴なこの国に住む彼らを食い物にしている。

 慎み深い人々にとって強欲な連中は悪魔のようなものだ。不幸と、トラブルを彼らの土地にふやしてくれる。

 

 集結した仲間達――ノマドの部下は、この国に来てどんなことを感じているのだろうか?

 ウィーバー、ミダス、ホルト。

 彼らとは少なくない厳しい戦場をこれまでも渡ってきた。彼らがいれば誰が相手でも恐れはしないが、それでもこの任務はあまりにも馬鹿げている。

 

「うわさは聞いてるわよ、モスクワの一件。見事なものだって」

「ん?」

「あなたの部隊なんでしょ?だから今回も――」

「そりゃ別の部隊だろう。ゴーストは俺達だけじゃないしな」

 

 未来もそうであるように、過去でも不正規任務については何も話すことはない。

 

「挨拶しないとね。私はカレン・ボウマン。

 CIAからの出向してここで5年ほど活動しているわ。

 今回はCIAを含めてアメリカが中心となったいろいろな組織からの合同部隊ってことになってる。私はあなた達に指示を出す常駐担当官ね。ようこそ、キングスレイヤー作戦へ」

 

 短く「どうも」と返す。

 ヘリに乗っていた女がまさかCIAからのお目付け役とは思わなかったが。ありがたいことに今のところこちらを立ててくれているようだ。これがあるのとないのでは、仕事のやりやすさが違う。

 

「ついでに聞くが――この作戦のきっかけになったと聞いている死んだ捜査官というのはあんたの相棒か?」

「友人よ」

「そうか……残念だったな、お悔やみを」

 

 このボリビアで作戦が実行される理由に、アメリカの米大使館爆破とひとりの捜査官が行方不明となったことが関係しているとノマドは聞いていた。

 

「これから反乱軍のリーダーと会ってもらうわ。カタリス26、今のリーダーはパック・カタリよ」

「それが現地部隊なのか」

「といっても彼らもボリビア人、アメリカが好きってわけじゃない。握手はしても、笑顔を交わしても。決して背中は見せたくはないわね」

「まぁ、そういうことはよくあるさ」

 

 パイロットが着陸まで10分と知らせてきた。

 

「ターゲットはファイルで一通り目を通したが、アンタの口からも聞かせてほしい」

「存在していない人間、失うものがない人間。そういう連中がどれほど残酷になれるか、なんて私が改めて説明するまでもないでしょうよ」

「ああ、だが聞かせてくれ」

「わかったわ――今回の作戦は麻薬組織サンタブランカと首領エル・スエ―ニョがターゲットになる。組織の力はここでは絶対よ、地元の警察はまったく役に立たなくされてしまってる。法律なんてないも同然、好き勝手にふるまってるわ。

 

 その最大の理由がボスのエル・スエ―ニョ。

 こいつの思考はサイコパスそのもの。金、力、そして女。

 全てが手に入るけど、本人は質素と貞操の誓いを立ててるらしい。周囲もそれを認めてる」

「ほう」

「でもまともでは決してないわね。権力欲が強い、なによりも自分の考えや欲求が通ることが重要みたいね」

 

 ヘリがゆっくりと着陸する。

 風と雨が強いからやさしいものではなかった。やれやれ、部下たちはそう言いながらヘリを降りるとこちらに目配せをし、荷物を下ろす方に回ると合図を送ってきた。

 どうやら楽しくない握手の現場に部下達は近づきたくないようだ。

 

「たった兵士が4人?これがあんたが約束したアメリカからの支援というわけかよ」

 

 反乱軍のリーダーは俺達を見て不機嫌そのものだった。

 挨拶以外の会話の一切をボウマンに任せたが、すると小屋の中から誰かが出てくるのを見て、俺は目を丸くした。

 

(サイボーグか)

 

 プラチナブロンドのフェミニンな色男は。

 その顔に似合わぬ凶悪な強化外骨格に身を包み、手にはSMGを握っていた。

 

「ああ――それとノマド。彼があなた達の部隊のサポート兼チームメンバーに加わるわ」

「よろしく」

 

 サイボーグは落ち着いた態度だった。

 それが鼻についた。

 

 この頃、戦場には兵士の価値をないがしろにし。大量のサイボーグ兵士が入ってきていた。経験からこういう奴らはトラブルの元だと当時は学んでいた。

 それでも最低限の礼儀としてノマドは差し出された機械の手を握り返す。

 

「ブリキのロボットが俺達のサポートか。失礼だがどこの工場で作られたのか教えてくれ」

「ちょっと!ノマド、仲良くしてよ」

「――いいんだ。彼のようなプロは、俺のようなサイボーグをどう思っているかは知っている」

「ならわかるだろ?戦場に便利になるからと肉体をブリキ缶にぶち込んでやってくる奴らがなにをするかをな。お前らの同類はどいつも同じ、大抵がロクなもんじゃないんだぜ」

「ああ、知ってる」

「ノマド、彼の名前は――」

「もういい、知ってる。ブリキ缶だ。よろしくな、ブリキ缶」

「ああ、ノマド」

 

 俺達、ゴーストと雷電の最初の出会いだった。

 この時、俺はボウマンの言葉に従って彼の名前を聞いていればよかったんだ。この有名人の名前は知っていたが、顔を知らなかったのだ。

 

 愛国者たちと戦ったひとりのサイボーグ。雷電を。


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