この連載は特別ルールとして、第5回投降後にそれまでのもろもろの反応を見て続行するかを決めることになっております。感想やログなど、よろしくお願いします。
2025年、米軍輸送艦シーイが撃沈――太平洋、アウロア諸島近海で起きたこの事件に合衆国は緊張した。
アウロア諸島には今、天才たちが集まる企業スケルテックが存在し。事件後から島との連絡がとれなくなったからだ。あきらかに緊急に対処しなくてはならない異常事態である。
CIAはグリーンストーン作戦の発動を宣言、現地の調査と通信の復旧を速やかに図るため32名ものゴースト隊員をアウロアへ送り込む。
精兵部隊をこれほど大量に動員したことで、あとは事件が解決するのを待つだけだと彼らは安心したのかもしれない。
しかし部隊が乗り込むヘリ4機は、島へ潜入を試みると同時に全機が墜落した――。
こうしてノマドの話を聞いても雷電は顔色一つ変えることはなかった。
「ここはだいぶ厳しい状況らしいな」
「――知ってたな!?なんで情報統制がされているものをお前が知っているんだ」
「この業界はあんたも知っての通り、とても狭い。俺のような有名人の耳には、仕事になりそうだと思う奴がいるとすぐにも情報は入ってくるのさ」
有名税というわけか。
「それで?傭兵らしくまたアメリカでひと稼ぎしてやろうというわけか、雷電」
「それについてはもう答えた。お前を助けようと思ったからここに来た」
「白々しいにもほどがある。雷電!お前はあの時、キングスレイヤー作戦でも――」
「ふゥ、またか」
(当たり前だ、忘れるわけがないだろう!!)
俺は煮えたぎる思いを飲み込む。
実行不可能、そう呼ばれたキングスレイヤー作戦はいくつかの偶然と奇跡が重なり。信じられないほどの悲劇と惨劇を重ねて終了した。
任務成功はした、少なくとも俺達のアメリカ合衆国はそう言っている。
その栄誉を手にしようと送り出された俺の部隊は。新たな時代の伝説となったサイボーグ傭兵と力を合わせて困難を最後まで乗り越え――るとあの時は思っていた。信じていた。
だが――。
「何度も説明はしたぞ。俺とお前たちでは立場が違う。俺は傭兵だ、依頼主の。合衆国からの要望を無視するわけにはいかない」
「そうらしいな」
「またそれか……」
「俺も何度も言ったぞ。お前は仲間だった。あの戦いで、俺のチーム全員が間違いなくそう思っていた。命を預けられたし、お前を守るためならなんだってできた」
「なのに裏切った、か?」
「俺の記憶違いじゃなければ、握手でニッコリ再会を願う別れ方じゃなかった」
「お前たちが怒っていただけだ。その責任は俺にはない。文句はあんたの雇い主に言ってくれ」
――アメリカ合衆国にCIAに
「ああ、お前はあの時もそう言ったな」
「ノマド。確かに以前もこうなって俺達は別れた、それは覚えている。
だが今は冷静になるべきだろう?ここまでの24時間ほど、お前は泥にまみれて死に物狂いで逃げ回ってたはずだ」
「誰の事だ?まさか俺か?」
「そう、お前。お前たちゴースト部隊のことだ。
ここに来る前、最後に聞いた情報じゃ。潜入に失敗。さらに手ぐすね引いて待ち構えていた追撃部隊が迫っていた」
「……」
「過去のことで俺達にすれ違うものがあったのは確かだが。本当にそこから動くつもりはないのか?本気でお前がそうだと言うなら――俺もおせっかいを焼くつもりはない。
たとえお前が自分達の無様な状況に腹を立てていて。その怒りを過去にトラブルがあった俺に今でもすべて向けていたとしても」
「……俺をヒステリー女呼ばわりするな。わからないのか?」
「なら、冷静になってそれを証明しろ。ゴースト隊長」
目を閉じて大きく息を鼻から吸い上げる。腹立たしいことに、奴が持ち込んだコーヒーのよい香りが、怒る俺の頭蓋の中に入り込んで違うものを引き出そうと誘ってくれた。
「――わかった。殺すのはやめることにする。しばらくはな」
「やれやれ」
「だがお前も承知しているらしいがこんな状況だ、説明が必要だ。お前の場合は特にな」
「だからそれは――」
「お前は傭兵だ、今だってそうだろ?ここに来た理由が、昔の友人たちのため、だとか誰が信じる」
「なるほど。ハリウッドで俺達の映画が作られないわけだ」
「ふざけるな!――まず説明しろ。お前のその姿」
「ん?」
「いくらサイボーグとはいえ変わりすぎだ。まるで別人だぞ」
強化外骨格を装着していないだけ――それだけでは説明できないものがあった。
今の彼はメタルフレームはどこにもない。ただの人間、分厚い鋼の胸板もない。迸る光をまとわりつかせ躍動する脚も身体もない。
普通だった、ラフすぎる格好だった。
ジーンズにタン色のスポーツシューズ。チープな迷彩柄のシャツの上には革ジャン。武装と言えばナイフ一本、あとは大したものが入っていない軽そうなザックだけ。
「俺はサイボーグの専門家じゃないが――」
「もう強化外骨格は使ってない。あれを使うのは不便なことも多いんだ」
「ああ、だがそれでも説明が必要だ」
「といってもな――」
「なら目的を話せ。なにもなしじゃ信用できない」
雷電は少し考え込む。
自身のザックからアルミのカップを2つ取り出すと湧き立ったコーヒーをそこに注ぎ。ひとつをこちらに差し出した。
こちらがそれを受け取るのを確認すると、雷電は口を開く。
「俺の認識では、あの時も今も変わっていることはない。
助けに来たというのは嘘じゃない。それをいらないというなら、俺はただここで”やるべきこと”をするだけだ」
「ハァ、やはりそういうことか。誰だ、依頼主は?」
「ノマド。立場が違う、いい加減に理解しろ。俺はお前を助けることが出来ると思ったからここにいて、協力できるかを話しているにすぎない。
ただ必要なのは――」
「お前を信じろと?疑うな?」
「考えて、覚悟を決めて。どうするのか言えばいい。
また一緒に戦える。握手することは出来る。だがやっぱりお前はゴーストで、俺は傭兵のままだ」
コーヒーの味は控えめに言っても、最高だった。
人心地つけたのだろうか。しばらくは暗闇とわずかな明かりに照らされた中で、男が2人みみっちくコーヒーを無言ですすっていた。
そうだ、確かに雷電の言う通りだ。
アイツは傭兵のままで、俺は今もゴースト。
苦い思い出は色あせなくても、すでにあれから5年以上の時間がたっていた。
「もう一杯もらおう」
「ん」
「――手を貸してくれるというなら雷電、お前には知ってもらう必要がある」
「なんだ?」
「俺達の部隊は壊滅状態にある。不時着後の追撃がヤバかった。
俺は運よく別の仲間と合流できたが――できなかった奴のほうが遥かに多いのが現状だ」
「そうか」
「俺の部隊も――終わったらしい。ミダスは行方不明、ウィーバーは死んだ。ホルトは命はとりとめたが……」
「そうか、残念だ」
「この島は現在セキュリティーの手で警戒態勢のまま。俺はお前がのん気に墜落する前、援軍を求めて海岸まで行ったがこの島からの脱出は無理だとわかっただけだった」
「ドローンだな?」
「そのようだ。島の住人達が船で脱出しようとして海上に出たところで攻撃された。
俺がそこで出来たことと言えば、その場で泣き叫ぶ子供と大人たちを逃がしてやることぐらいだった」
「彼らは逃げられたのか?」
「おそらくは――追ってきたセキュリティーは黙らせた」
「この後の計画は?」
「ない……だがなんとかする。そのためにも一度戻らなきゃならない」
冷静になった。覚悟も決まった。
この男、雷電を連れて戻る。エイホンへ――。
気が付くと地平線に太陽が顔をのぞかせようとしていた。
俺達は火元を踏み消し、その場から立ち去っていく。
「しばらくは山を歩く。昼過ぎまでには目的地には到着したい」
「わかった」
「質問しないのか?」
「こういう状況でお前たちがなにを頼るかは、だいたい想像がつく」
「だといいがな」
M4カービンの調子を確認する。
「戦闘は回避、追跡されるのもお断りだ。これから行くところにいる人たちを困らせたくない」
「なるほど、肩身が狭いんだな」
「まぁ、島の外から転がり込んできた厄介者って立場にあるのは事実だ。憎まれても、助けてくれる彼らの心の広さに感謝しかないさ」
嵐は本当に去ったようだ。
真っ青な空が広がり、アウロアの大地は自然は豊かだった。
この美しい自然が広がる島で天才とよばれた男は人類の未来を創ろうと呼び掛けた。ここだけに存在する人類の未来の社会。
しかし今、そこで始まる戦争に俺はサイボーグと共にこうして力強く一歩を踏み出す。
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気が付くと木の葉の間から太陽の光が見えた。
身体を動かす気にもなれず。かといってなぜ自分が外で泥まみれで眠っていたのかしばし忘れていることに気がつく。
――で、次の瞬間全てを思い出し。飛び起きた。
そんなこっちの様子を見て、ヴァシリーのトンマはニヤニヤと笑み浮かべてみせた。どうやらこっちの慌てぶりが大変に面白かったらしい。
「お目覚めですかな、女王様」
「ちょっと!?朝じゃない、なんで起こさない」
「俺がずっと見張っていたからだよ。こっちは傷が痛んでね。お前みたいに大いびきでは眠れなかったのさ」
「そうじゃなくて――」
「落ち着けって、どうせ動けなかったんだよ。出来たら起こしてたさ。それでもやつら、朝が来てようやく帰った。だからそのままにしたんだ」
そういうことじゃないって言いたいが。こっちに気を使ってくれたのだろう。
あまり愉快な気分ではないから礼は言わないことにした。
ゴースト部隊は、自分たちを含めた仲間たちは悲惨な状況にあった。
島には何とか全機が不時着できたことは確認した。それでも墜落直後に攻撃にさらされると、必死になって怪我人と装備を引っ張り出している多くの兵士たちにできることはなかった。
だがそれでも全滅はしなかったはずだ。
自分たちのように、追手から逃げきったゴーストは必ずいたはず。
「それじゃ今度はちゃんと確認しましょ。あんたはなにを持ち出せた?」
「お前のライフルと俺のSMG。どちらもマグは4本だけ。救急セットはどちらもロスト。でも水筒はひとつあるな」
「穴が開いてないといいけど……」
「それより問題は無線も地図もないって事だ。現在地も何もわからない」
「地形は頭に叩き込んであるでしょ、なんとかなる」
私の言葉は強がりもいいところだ、なんの慰めにもならない。
アウロア島は様々な環境を内包する小さくない島だ。草原や森林が広がる一方、雪山に雪景色の広がる地域もあると聞いている。
「恐らく俺達は島の東側にいるはずだ」
「そうね。それだけは確か」
「名案があるか?」
「――山を登る。どう?できそう?」
「やるさ。だがなんで山なんだ」
ろっ骨を何本か、さらに数か所から出血しているヴァシリーには厳しいとは思うが。
自分も考えつくとしたらこれだけだ。
「平地にあるスケルテックの施設にはセキュリティーが多く配置されてる。でもスケルテックは高所にも施設を大量に持ってたわ。平地とは違って小さな施設が。そこから少しずつ――」
「足りないものを回収するわけか。なるほど」
「まぁ、簡単な話では――」
シッ、どちらでもなく緊張から口が閉じる。
車のエンジン音が近づいてきて……通り過ぎると離れていく。
「車道?」
「少し降りたところにあるな、そういえば」
夜では怯えて身を隠すだけで、近くに何があるかなんてさっぱりわからなかった。
なるほど。なら行動開始といこう。
「ちょっと銃を変えて。ライフルとそれ、交換」
「なんだなんだ」
「車を奪う」
「マジかよ。追手が来るぞ?」
「そうかもしれないけれど。あんたは傷だらけで、私は空腹」
「こんな時に飯のハナシかよ」
「歩きは見つかったら終わるわ。あいつら手練れだった。次は抵抗できないと思う」
「――そうだな。
ならここは強気でいくか」
「あんたは路辺でライフルで援護。私がSMGでドライヴァーを――」
「お前、出来るのか?」
私は不安そうな相棒にフフンと鼻で笑ってやる。
「ここは太平洋上でもアメリカよ?車上強盗くらい、お手のものよ」
「マジかよ。女王様の正体はポニーだったわけか」
「じゃ、あんたがクライド?そんなにいい男とは思わなかったわ」
蛇のように静かに草むらの中から2人で並んで出ていく。
どのみちこのままでは何もできなくなってしまう。動けるうちに、生き延びるための最善手と思われることをやっていくしかなかった。