ダンガン口ンパノウム   作:口田らみ

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この作品は創作論破です。

その事をご理解したうえで気楽に読んでいただけると嬉しいです。


Prologue 『ようこそ、正義の教室へ』
プロローグ


悪役に、実は主人公によってもたらされた悲しい過去があって、その恨みから主人公の敵となる話は世の中にごまんとある。

その場合、悪いのはどちらなのだろう。もしかすると、主人公にもそうしなければいけない理由があったのかもしれない。さらにその前には悪役に何かあったのかもしれなくて…言い出せばきりがない。

 

きりがないから別の話をしよう。皆は今まで何か物語を読んだ事があるだろうか。最近気づいたのだが、基本、特に子供向けの作品は、主人公が勝つ。勝者は正義となる。悪役だから負けたんじゃない、負けたから悪役にされたんだ。

 

悪役にされた。

 

勝ったのに。

 

だから抗議しなくちゃいけないんだ。

 

 

悪いことをした覚えなんて、一切ない。

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ「ようこそ、正義の教室へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…久しぶりだな、制偽学園(セイギガクエン)。」

 

俺は、この都市近郊には少し似つかわしくない灰色の大きな建物、もとい学校の前にポツンと突っ立っていた。

制偽学園。俺の通っている学校だ。ここは基本寮制で年に一度、学年の変わり目に一か月ほど自宅に戻る。今はその休みが終わったところ。今日から俺は二年生だ。

 

二年生からは毎年学年から15人、特別に才能のある生徒を集めた「特別学級」というものが存在する。その生徒は「超高校級」の称号をもらい、普通の授業に加えて生徒個人の才能を伸ばすための授業も行うようになる。この特別学級を目当てに制偽学園には全国から才能のある高校生たちが集まり、毎年数多くの才能の卵たちがしのぎを削りあうわけだ。

 

俺はこの特別学級に入ることになった。俺と同じクラスからは他に一人、特別学級に入るらしい。とは言ってもその人は学校に一度も来ておらず会ったことがない。つまり俺にとっては全員全く知らない人達だ。緊張する。最初は自己紹介をするだろうし、ここで一旦自分のプロフィールを復習しておこう。

 

俺は超高校級の判断力、宮壁大希(ミヤカベダイキ)だ。

 

 

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判断力というとなんだか超能力のような感じがするが、決してそんなものではない。少し前から裁判官の補助として裁判場に顔を出している功績が学園長の目に留まり、称号が与えられたらしい。…うん、十分だろ。いくらか緊張も和らいできた気がする。

 

「いつまでもここで踏みとどまっている訳にはいかないよな。そろそろ行くか。」

 

と、俺が一歩踏み出した瞬間。

 

「…?」

 

違和感。

一瞬の立ち眩みの後、校舎を見渡す。

 

「人が…いない?」

 

おかしい。普通人がいないなんてことはあるはずがないのに。

 

「何か、あったのか?」

 

しばらく進んでも人影は見えず、物音一つしない、不気味な空間が広がっていた。段々と焦りが募る。

 

「一旦外に出よう。」

 

自分に超能力じみた判断力があるのかは分からないけれど、今は自分の直感に少しでも頼りたかった。

そして校門の方に向かおうと後ろを向いた、その時だった。

 

「っ!?」

 

後頭部に痛みが走る。痛みを感じると同時に、俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

「いぴぴ、これで特別学級のメンバーは全員揃ったかな?これだけいれば、これだけの人数でお互いに疑い合って、傷つけ合って、殺し合ってくれたなら…。超高校級の悪魔だって、きっとボクくんの前に現れてくれるパオ!」

 

真っ暗な部屋にモニターの明かりが差し込む。椅子に座っているゾウのぬいぐるみは奇妙な笑い声をあげながら楽しそうに言った。

 

「さあ、やっと始められるよ!ミンナ、いってらっしゃーい!」

 

 

 

 

 □□□

 

 

「あ、えっと、大丈夫…?」

 

誰かの声で目を覚ます。何かが頬に当たるのでゆっくりとそれを取って見てみると、木の葉だった。

…………木の葉?

 

「ここは…?」

 

その後俺の視界に真っ先に映ったのは青い空…いや、青すぎる空だった。一面がペンキで塗られたかのように鮮やかな色をしている。

 

「どこも痛くない?立てそう?」

 

そう言って手を差し伸べてきたのは、緑色のセーラー服の上からオレンジ色のパーカーを着た、同い年くらいの女子だった。

心配そうにこちらを覗き込んでいるので俺は慌てて立ち上がった。

 

「あっ、いや、一人で立てる。ありがとう、心配させてごめん。」

 

「ううん、起きてくれてよかった!…やっぱり、君にもここがどこかは分からないよね。」

 

「ああ、ここは…森、なのか?」

 

周りには何本もの木々、そして所々色鮮やかな花も咲いていて全体的に鬱蒼としていた。ちょろちょろと水が流れる音も聞こえてくる。

 

「かなり広い温室らしいよ。そうだ!何人かは起きてるから挨拶に行かない?」

 

「他にも人がいるんだな。…えっと、名前は?」

 

「私は前木琴奈(マエギコトナ)。超高校級の幸運っていう称号をもらっているの。」

 

 

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超高校級。その言葉に俺は思わず声を上げていた。

 

「それって、もしかして特別学級の超高校級か!?メンバーだったんだな!」

 

俺の返事に前木も嬉しそうに頷く。

 

「そうだよ!君もメンバーなの?」

 

「ああ。俺は宮壁大希。超高校級の判断力って言われているんだ。よろし…」

 

よろしく、と言いかけた俺の手を取り、前木は目をキラキラさせながら身を乗り出してきた。ち、近い!思わずドキッとしてしまう。

 

「え!?判断力ってことは、あの『将来期待の裁判官!』って言われてるあの宮壁くん!?握手していいですかってもうしちゃってる!ごめんなさい!」

 

慌てて手を離しながらも興奮気味の前木に困惑してしまう。普通裁判官に握手とか求めないだろ。

 

「そ、そうだけど、なんで知ってるんだ?」

 

「少し前にドキュメンタリーに出てたよね!倒れてるのを見つけた時から似てるな~って思ってたの!」

 

「あ、ああ…あれか。見ている人なんていたんだな。」

 

前木の横を歩きながら自分の記憶を辿る。何かの特集で少しだけテレビに出たことがあった。恥ずかしいから叔父さんに録画されたのも消したっけ。

 

「すごいなぁ、やっぱりここってすごい人ばかりだよね。」

 

横で前木がため息をつく。

 

「そういえば、前木の幸運ってどういう才能なんだ?宝くじが絶対当たる、みたいな?」

 

「まさか!そんなすごいものじゃないよ。正直私自身、よくわかっていないんだよね。」

 

「そうなのか…。」

 

久しぶりに同世代の女子とこんなに話した気がする。なんだか嬉しいな。

 

「着いたよ!」

 

前木の声に顔を前に向けると、背の高いがっしりした男子とスーツを着こなした色白の男子、小学生くらいのピンク髪の女子がいた。前木が三人に声をかける。

 

「一人起きたよ!あれ、着物の男の子は?」

 

それにスーツのイケメンが答える。

 

「おれたちを見てどこかへ行ってしまいました。」

 

横で小さな女子が楽しげに話す。

 

「いかにもネタになりそうな人だったよねー!」

 

大柄な男子が俺に気づいてにかっと笑う。

 

「とりあえず、お互いに自己紹介といくか!」

 

「あ、俺は超高校級の判断力、宮壁大希っていうんだ。」

 

「ふむ、きいたことがあるな。自分は超高校級のサバイバー、三笠壮太(ミカサソウタ)だ。よろしく頼むぞ!」

 

 

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そう言って三笠は握手する手を差し出した。

おお…近くに来るとなかなかの迫力の筋肉だ。緊張するな…。

 

「よ、よろしくお願いします。」

 

がっしりと握手をかわす。すごい、手の厚みからして俺とは比べ物にならない。

その迫力に恐縮し思わず敬語になる俺を見て、三笠は不思議そうな顔をする。

 

「いや、ここにいるということは同い年だろう?固くなることはないぞ!」

 

そうだった。特別学級の人が集められているようだし、実質クラスメートって事なのか。

 

「そ、そうだな!三笠の事はテレビで見たことがある。確か、雪山で一か月近くの滞在を成功させたんだっけ?」

 

ニュースで見たときは正直人間になせる業じゃないだろ…なんて思っていたけど、いざ本人を前にすると何年でも暮らせるんじゃないかとさえ思えてくる。

 

「おおとも!よく知っているなぁ!感謝する。」

 

「感謝されるほどの事でもないよ、どういたしまして。」

 

うっ、握手した手を上下に動かされているけど動きが速すぎないか?腕が痛くなってきた…。

なんて考えていると横からスカートをひらひらさせながら小さな子が割り込んできた。ピンクがかった赤色の髪が途中から上に上がっている。どうなってるんだその髪型。

 

「ねーねー!美亜のこと知ってるー?桜井美亜(サクライミア)!漫画家なんだよー!」

 

 

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「桜井…あ!『オレジカ』の!?」

 

『俺に恋していることを自覚しろ!』という漫画はスピード感あるギャグと実はこのタイトルのがただのモブのセリフであることで反響を呼び、アニメ、ノベライズとメディア拡大が著しい人気作品だ。ちなみにギャグメインのバトル漫画であり、俺も持っている。

 

「おおー!読者様かー!宮壁くん、よろしくね!へへ、具体的に感想を聞いてもいいかな?」

 

「勿論。あの主人公の…」

 

「あのドM主人公に惹かれたのー?」

 

ん?確かに主人公はドMだったけど…。

 

「ええっと、どちらかというと俺は主人公の周りのキャラの個性が…」

 

「えええ!?主人公をいたぶるあの仲間たちに!?つまり、きみは一緒になって主人公をいじめたいドSなんだねー!」

 

は、はぁ?

 

「な、なんでそうなって…」

 

「安心して、こういうあまり人に知られたくない性癖は内緒にするからね、ドS宮くん。」

 

「え、名前どうしたんだ?」

 

ドS宮くん…?というか、呼び名をそれにしたら全く内緒になってなくないか?いやドSじゃないけど!

なんとも変なあだ名をつけられてしまった。これが彼女なりのコミュニケーションなのか。やっぱり漫画家って不思議な人が多いんだな。

 

「次おれいいですか?おれは柳原龍也(ヤナギハラリュウヤ)、超高校級の投資家です。」

 

 

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投資家…!この人だったのか、俺と同じクラスだった人。

 

「よろしく。だけどお前、なんで学校に来てなかったんだ?同じクラスだったけど見たことないんだが。」

 

「ああ、それは家で投資をしていたんで。あ、ちゃんと宿題はやってましたよ!全くできなくてびっくりしました!」

 

「そ、そうなのか。…それにしても超高校級っていうくらいだから、かなり金持ちなんだな。」

 

思わず声に出してしまった。すると柳原は犬のようにブンブンと首を振って謙遜する。

 

「いえ!最初はたった一万円さんだったんで金持ちではないですよ!むしろ貧乏なくらいです。」

 

たった一万円…彼の才能は本物のようだ。それを聞いて前木が話に加わる。

 

「それでも、今じゃ謎のイケメン投資家って話題になってるよね!私は柳原くんの顔、初めて見たなぁ。」

 

「普段は顔出しNGにしてますからね。でも、こうやって話題になってしまうということは、どこからかばれたみたいです。」

 

イケメンなのに顔を隠しているのか。うん、好感が持てるな。

 

「すごいな、柳原って。」

 

素直にそう言うと柳原はまたブンブンと首を横に振る。本当に犬みたいだ。

 

「そんなことありませんよ!おれにはこれしか能がないというか、他のことは全くできない役立たずなので。」

 

「そ、そんなに自虐しなくてもいいと思うんだけどな。頑張ったからこうして特別学級に入れたわけだし。」

 

「…宮壁さん…。」

 

柳原が神妙な面持ちで俺の方を見つめる。なにかまずいことでも言ったのか?

 

「どうした?」

 

「感動しましたっ!おれのことをそんな風に言ってくださるなんて!よし!おれ今から宮壁さんの弟子になります!おれにできることならなんでもお申し付けください!できる範囲でなんでもやります!」

 

「そんなこき使う事なんてしないし、普通によろしくしたいんだけど…。」

 

「ええっ!おれと対等に!?その言葉だけで十分ですよ宮壁さん!ありがとうございます!」

 

柳原は子どものようにぱあっと顔を輝かせる。イケメンだからその笑顔が眩しい。

なんだか、柳原って思ったより幼い雰囲気なんだな。投資家っていうからてっきりクールな感じかと思っていた。

柳原との会話に区切りがついた事を確認したのか、三笠が声をかける。

 

「よし、一通り済んだことだ。他の奴らも起こしに行くとしよう。」

 

「あと何人くらいいたんだ?」

 

「なかなか大勢いたぞ。ここの倍くらいか。」

 

この調子だと特別学級のメンツが揃っているみたいだし、あと10人はいるのか。

 

「結構いたんだね。宮壁くんも手伝ってくれる?」

 

「勿論。どの辺りに行けばいいんだ?」

 

「ドS宮くんは小川みたいなところに行ってみてほしいなー!」

 

「分かった。…ところで。」

 

ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「皆もここがどこか知らないんだよな。心当たりとかも、ないか?」

 

桜井はきょとんとしているがあとの三人の顔が少し曇る。

 

「温室ってことは三笠くんが教えてくれたから知ってるんだけど、心当たりもないし、情報も少ないから、私は分からないかな…。」

 

「自分も遠くに白い壁が見えるから温室だと思っているだけでな。確証はないのだ。」

 

「あ、あとねー!あの空は絵だよ!美亜は分かっちゃうんだー!」

 

桜井、それは俺でもわかったぞ。違和感がすごかったからな。

 

「なんなんでしょう、ここは。これって『らちかんきん』ってやつですかね?これから殺されちゃうんでしょうか、おれ達。」

 

「お主、そのようなことを言って不安を煽ってどうする。まあ、まだこの温室全体を見た訳ではないし、何か事情を知っている奴もいるかもしれない。揃った後にもう一度確認するのも手だと思うぞ。」

 

そうだよな。いくら気になるとはいえ、今聞くものじゃなかった。

 

「気を悪くさせてごめん。小川だっけ、そっちに行ってみる。」

 

「バイバイ!美亜、ドS宮くんのこと、忘れないっ!」

 

「え!?小川ってそんな遠いところなんですか!?宮壁さん、お元気で!」

 

なんだこのテンション。大げさに見送る桜井と柳原を三笠と前木の二人がほほえましく見守っている。家族か。

別に小川は遠くなかった。木製の小さな橋を渡ると、着物を着た女子が倒れていた。

そっと肩をたたいてみる。

 

「あの…?」

 

声をかけると少し動いた。よかった、意識はあるみたいだ。

 

「ん…?」

 

ゆっくりと目を開ける。美人だ。橙色のきれいな瞳はぼうっと宙を見つめている。

 

「大丈夫?どこか痛いところはないか?」

 

「………はっ!わたくしとしたことが!他の方に起こされてしまいましたわ!」

 

物凄い速さで起き上がった。あまりにも急に起き上がるから危うく頭をぶつけてしまうところだった。

 

「だ、大丈夫そうだな…。」

 

「失礼いたしました。ここは、どこなのですか?」

 

「よく分からないんだけど、特別学級のメンバーが集められているみたいなんだ。立てるか?」

 

大丈夫ですよ、と言いながらすくりと立ち上がる。まったりした雰囲気とは反対に動きはきびきびしているようだ。

 

「なるほど、説明感謝致しますわ。わたくしは超高校級の茶道部。安鐘鈴華(ヤスガネスズカ)と申します。」

 

 

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「俺は宮壁大希、超高校級の判断力なんだ。よろしくな。」

 

「こちらこそよろしくお願い致します。」

 

そう言って微笑む姿はまさに大和撫子。流石茶道部。安鐘の話も聞いたことがあるな。

 

「容姿も動作も美しい茶道家だったっけ、確か。」

 

そう、俺が何気なく呟いた時だった。途端に安鐘の顔がりんごのように赤くなる。

 

「や、やめて、くだ、その、よよ、呼び名、すご、すごく、は、恥ずかし、のでででで」

 

もはや日本語になっていない。そこまで恥ずかしがること…いや、俺だったら恥ずかしいな。

 

「ご、ごめん、そこまで恥ずかしがるとは思わなくって。」

 

「いえ、わたくしこそ申し訳ないです…。」

 

直るのも早いのか。

 

「でも、何をそんなに謙遜することがあるんだ?安鐘はすごい人だって記事でも」

 

「あああの、な、慣れて、なく、てですね、その、ほめていただく、のの、は、嬉、嬉し」

 

これは大変だ。しばらく収拾がつかずに俺が慌てふためいていると、三笠が男子と並んで歩いてきた。その男子は肩に誰かを担いでいるのか、足が肩から垂れ下がっている。

 

「おお、いたいた。宮壁、ちょいとこやつの面倒を見てやってくれんか?」

 

「こやつ?」

 

「あ…俺が背負ってる子…なんだけど…。」

 

三笠の横にいた男子が誰かをゆっくり下ろす。子ども…いや、特別学級のメンバーなんだから同い年か。クッションで隠れていて顔は見えない。

 

「あ、ついでに、自己紹介…。俺は、サッカー選手の端部翔悟(ハタベショウゴ)。」

 

 

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「俺は超高校級の判断力、宮壁大希だ。」

 

「わたくしは茶道部の安鐘鈴華ですわ。」

 

「自分は三笠颯太、サバイバーだ。」

 

お互いに簡単な自己紹介をする。選手だからいかにもスポーツマンみたいな快活な人かと思っていたけど、案外大人しい人なんだな。

 

「端部って確かキーパーだったよな?」

 

「うん…よく、知ってるね。」

 

「テレビにもたくさん出てるじゃないか。あ、でも話すのはあまり見たことないけど。」

 

「……喋るの、苦手…なんだよね。」

 

困ったように笑う端部からお花が舞っているんじゃないかと疑うくらい和やかな雰囲気が漂う。女子ファンが多いのも頷けるな。

 

「ほら、俺って、サインが下手すぎるって有名でしょ…?」

 

いつの間にか二人も話を聞いていたらしく、会話に加わる。

 

「いえ、下手ではなく独創的と書いてありましたわよ!」

 

……安鐘、それはフォローになっていない気がする。

 

「自分も見たことがあるな。全て波線で書かれておったぞ。」

 

「それは、どういう事なんだ…?」

 

「俺、試合以外で人前に出ると…緊張しちゃって、ペンを、持つ手の震えが…止まらなくなるんだ。」

 

「そ、それで全部波線になるのか…。」

 

「ファンの方々からは『はたぶるサイン』と言われているとわたくしのお友達が申しておりましたわ。」

 

端部は安鐘の言葉に複雑な顔でため息をついた。安鐘はフォローする気があるのだろうか?意外と天然なところがあるのかもしれない。

 

「すごいな。俺、スポーツはあまり得意じゃなくて。場所があれば久しぶりにやってみようかな。」

 

「えっ、ほ、ほんとに…!?」

 

突然端部が俺の手を取る。あれっ、デジャヴ。

 

「や、やろう…!?人数が少ないから試合とまではいかなくても、ミニゲームならできると思う…!最悪、ここの木を伐採して更地にすれば…。」

 

それは流石に手間がかかりすぎだと思う。

 

「そうですわね!どうやらわたくし達はどなたかに連れ去られたようですし、こうなったら木を切り倒して犯人さんに一泡吹かせてやりますわよ!」

 

謎のやる気に満ち溢れ始めた二人を苦笑いで見つめる三笠。三笠は皆の父親なのか?

 

「お主ら、伐採の相談もいいが、そろそろ探索を続けてはどうだ?宮壁もまだ半分くらいだろう。」

 

「そうだな、じゃあ俺は」

 

いい感じに去ろうとする俺を端部が呼び止める。

 

「場所があれば伐採はしない、から。ゲーム…しよう、ね。」

 

「ありがとう、下手だから足引っ張るかもしれないけど。」

 

「大丈夫、任せて…!」

 

端部は嬉しそうに頷いた。今から楽しみだな。

 

「ではわたくしもお茶会を開きますわ。サッカーを見ながらお茶をいただくのもきっと楽しいはずです!」

 

サッカーの横で茶会か、すごい光景になりそうだ。

そんな感じで俺達はまたばらばらになっていった。…さて、忘れていたけど、改めて倒れている男子を見る。うん、見た目は子どもだな。頭脳は分からない。白衣を着てクッションにしがみついている。このクッションを取れば起きるか…?

 

「失礼します…。」

 

しゃがみこんで引っ張る。抜けない。

少し強く。取れる気がしない。

なんだこいつ、どんだけ強くしがみついているんだ。

 

「これ本当に寝てるのか?寝たふりじゃなくて?」

 

ぐいぐい引っ張っていると、よりによって桜井に見つかってしまった。しかも隣には極端に短いスカートを穿いた背が高く髪の長い女子もいる。あと結構胸が大きい。あっ、別に俺は変態じゃない!

 

「あ!ドS宮くんのSが発動してるー!そんな小さな子どもを…。」

 

やめろ桜井その変なあだ名で呼ばないでくれ勘違いされる。

 

「なんか修羅場な感じ?つか『ドエスミヤ』って名前やばくね?微妙にきもいんだけど。」

 

これはひどい。

桜井も十分子どもに見えるだろとか、勝手につけられたあだ名をキモいと言われても俺にはどうしようもないとか、何をどう見たら修羅場になるのかとか、ツッコミどころが多すぎて反応に困るけどとりあえず立ち上がって一言。

 

「俺は宮壁大希、超高校級の判断力だ。」

 

真剣な顔で訂正した俺を見て、背の高い女子は大爆笑し始める。

 

「あっはははははは!ひー、マジでその顔ウケるんだけど!てか名前普通じゃん、残念。期待して損したわ。アタシは超高校級の怪盗!難波紫織(ナニワシオリ)でーすっ!」

 

 

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顔に名前にひどい言われようだ。このタイプの女子は話しづらいんだよな。ちょっと怖い。

って、え、怪盗!?

 

「か、怪盗って犯罪じゃ」

 

「は?失礼すぎねぇ?アタシは、悪い奴が違法ルートとかで手に入れたお宝を元の所に返す正義の怪盗だから!よくある怪盗とは一緒にしないでくんない?ま、偽物だったらたまに売ることもあるけど。」

 

「お、おう、そうだったのか…ごめん。」

 

俺がたじろいでいる横で桜井は目を輝かせる。

 

「しおりんの話を聞いてるとー、アイデアがむごむご~って湧き出てくるよー!」

 

「マジで!?じゃあアタシの武勇伝をたっぷり聞かせてあげるわ!漫画のモデルになるとかアタシヤバくね!?」

 

「やったー!ヤバいよしおりん!」

 

二人がきゃっきゃとにぎわっていると、クッションの力が弱まった。

そのことに気づいて急いでクッションをはぎ取る。

 

「人が寝てるのに起こそうとしないでよ…。」

 

「や、やっと起きた!皆を起こして回ってるんだ、早く起きてくれないか?」

 

「……あと20分。」

 

一瞬でクッションが元の位置に戻っている。ずっとかまうのも疲れるしもういいや、放っておこう。仮にも男子高校生だろ?自分で起きてくれ。

 

ふと視線を感じて目を向けると、難波がいかにも興味津々といった感じで男子と俺を交互に見ていた。

 

「い、今の、誰?」

 

「え、分からないけど…。」

 

「おもりしたい。」

 

……え?お、おもり?

ちょっと難波が何を言っているのか分からない。

 

「いいのか?なんだか面倒そうな奴だけど。」

 

「全然オッケーだから!だってショタじゃん!?最近ショタ不足に陥ってたんだよねー本当感謝だわ。」

 

「しおりんってショタ萌えなんだねー!いかにもお姉ちゃんって感じがするもん!」

 

ショタ…不足?ショタって定期的に摂取しないとならないものなのか?じゃあ俺なんて恐ろしく不足しているじゃないか。

さっきから二人の会話についていけない。あの二人のタイプは結構違ってそうだからあんなに盛り上がっているのは意外だ。

なぜか手を合わせて拝みながら難波はそろりと男子に近づき、体育座りをした。

…………スカート………中……………。

 

いや、もう二人とも放っておこう。まだ会っていない人もいるし、俺はそっちを優先するべきだろうな。

 

「ほうほう、名前の通り紫なんだねー!しかも蝶々柄ときた!ドS宮くん的にはああいう強そうなのより薄ピンクのレースとかの方がいいのかなー?あ、ちなみに美亜は普通のパンツだよ!」

 

桜井、そんな大声で言う事じゃない。ちらりと見えた光景が脳内にフラッシュバックしてくるから忘れさせてくれ。あと恥じらいを持て。何も答えないぞ俺は。黙秘します。

こんな失礼な話が繰り広げられているにも関わらず、当の本人には全く聞こえていないようだ。男子の方をじっと見つめている。その真剣な眼差しが正直怖い。

 

「あ、じゃあ、難波…頼んだ。ありがとな。」

 

「バイバイしおりん!」

 

聞こえていない。すごいな、どこにそこまで集中する事があるんだろうか。

 

少し歩いたところで、木陰で休んでいる様子の男子と女子を見つけた。

男子の方は長い金髪を結んでおり、派手な衣装を着ている。テレビで見たことがあるな。女子はふわふわした髪型をして全身青っぽい服を着ており、二人は会話に花を咲かせている。とりあえず声をかけてみるか。

 

「あの」

 

「ギャー――――――!!!何!?誰君!?!?」

 

「にびゃーーーーーーー!?!?どこから現れたんですーかー!?」

 

二人とも飛んだ。男子の方は腰が抜けたのか四つん這いの状態で倒れ、女子の方は飛んだ勢いで茂みの方まで転がって行ってしまった。

あまりにもオーバーリアクションなので笑ってしまう。そんなにびっくりするような声かけだったか?

 

「ごめん、そこまで驚くと思わなかった。」

 

男子の方が俺を見て騒ぎ立てる。

 

「そりゃ驚くでしょ!?ひどいな!俺突然出てくる系のホラー映画とか無理なんだけど!あ、ここに来たってことは自己紹介の流れ?」

 

その言葉が終わる頃には女子の方も戻ってきていた。

 

「ああ、そんなところだ。二人ともこの場所に心当たりはあるのか?」

 

「分からないでーすねー。潜手めかぶは超高校級の海女、潜手(モグリテ)めかぶですー!」

 

 

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眉毛をへの字に曲げて潜手は困った顔をした。方言なのかよく知らないけれど変わったイントネーションだな。男子の方も続けて腕を組んで答える。

 

「俺も心当たりなーし。知ってると思うんだけど、超高校級のメンタリストの牧野(マキノ)いろは。よろしくー。」

 

 

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「俺は宮壁大希、超高校級の判断力だ。よろしくな。牧野の事はテレビで見たことがある。潜手は初めて見たけど、海女さんなのか。すごいな…」

 

俺の言葉に牧野は髪をかき上げ、潜手はぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

「やっぱり知ってるよな!こんなにもイケメンだもんな、俺って。」

 

まあそうだけど。それを自分で言ってしまうのはどうかと思う。

 

「うふふーでしょっでしょー?海のチカラは偉大ですかーらね!」

 

……海のチカラ?

 

「海のチカラっていうのはですねー、海のご加護のことなんでーすよー!」

 

「あれ?俺何か話したか?」

 

「なーんにも、話してませんよー?だけど、聞かれなくても説明するんでーす!」

 

えっへん、と潜手はどや顔を披露した。

それにしても、二人とも自分にかなりの自信を持っているんだな。やっぱりそういう人達は輝いて見えるものなのだろう、二人の笑顔が眩しい。

 

「二人はずっとここにいたみたいだけど、他の人達とは会ったのか?」

 

「ずっとじゃないよ?さっき休憩し始めたとこ。何人かとは会ったし。」

 

「休憩?そんな疲れるような事があったのか?」

 

「なんか着物着た男がどっか行ったらしくて。探してたけど面倒になっちゃってさ。」

 

「それで、しばらく休憩しよー!って提案したのですー!ねー牧野くんさん!」

 

「ねー潜手ちゃんさん!かれこれ20分くらいは経ってそうだよね!」

 

「まだまだ休めまーすよー、いろはしゃん!」

 

「俺も休む体力余裕で残ってるよ!めかぶしゃん!」

 

なんだこのノリ。というかこの二人、結構早くに起きてたんだな…。

 

「もうその人の事はいいから別の人を起こしに行ってくれないか?」

 

俺の提案というかお願いに二人ともしぶしぶという感じで腰を上げた。

 

「ちぇー。分かった分かった。」

 

「じゃねー!さよーなーらーですー!」

 

賑やかな二人と別れる。なんか、話をしているだけなのにだんだん疲れてきたな…。

 

俺もその着物の人とやらを探してみるか…って、いた。こっちには気づいていないみたいだ。逃げられるらしいし、こっそり近づこう。

 

「おい。」

 

「!?」

 

なんだか漫画に出てきそうな格好だな。それこそ桜井のオレジカとか。着物の上から和風の上着を羽織り、下駄を履き、首に刺繍をしている。

しかしこちらを見たのも一瞬のことで、どこかへ行こうとしたので呼び止める。

 

「なんで皆から逃げるんだよ?自己紹介くらいはしたらどうなんだ。」

 

「…関わりたくねえんだよ。」

 

そう言ってまた去ろうとするので肩を持つ。嫌でも名前くらいは教えてくれもいいじゃないか。すぐに手を払われ、そいつはまた歩き出した。なんだこいつ。

急いで相手の進行方向に回り込む。まるでカバディをやっている気分だ。カバディカバディ。いや、この動きはラグビーかもしれない。

 

「俺は宮壁大希、超高校級の判断力だ。お前は?」

 

「……除霊師、大渡響(オオワタリキョウ)…聞かれたことは答えたからな。」

 

 

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大渡は俺の横を通り過ぎて行ってしまった。除霊師か…。あまり聞いたことがないけれど、悪霊とかを払う人の事だよな?人から相談を受けてやるものだと思うけど、あいつなんかに務まるのか?

 

そんなことを考えながら歩いていると、柳原と出会った。背の高い女子を連れている。

 

「あ、宮壁さん!こちら…」

 

篠田瞳(シノダヒトミ)だ。」

 

 

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篠田はそれきり黙ってしまった。なんというか、とても怖い。俺より背が高い上に瞳が鋭すぎる。あ、別に名前が瞳だからっていうギャグではない。

 

「俺は宮壁大希。超高校級の判断力だ。って、篠田の才能は…?」

 

「言う必要があるのか?」

 

「えっ?まあ、クラスメートになるわけだし、知っておいた方がいいとは思う。」

 

「教える義理はないな。」

 

「な、なんでだよ…?」

 

困惑する俺を見て、柳原も困ったように笑う。

 

「おれも聞いてるんですけど、さっきから教えないの一点張りで…。」

 

「えっと…そうだな。嫌なら教えなくていいよ。」

 

俺の言葉に二人とも驚いたような顔をする。

 

「言いたくない理由があるなら無理に聞くことはないからな。でも、このどこか分からない場所にいる間、隠し事をしていたら怪しまれると思うから気を付けた方がいいぞ。」

 

気づいたら柳原が目を輝かせて俺を見ていた。

 

「宮壁さん、かっこいいです!おれ、宮壁さんみたいになれるように真似しますね!」

 

篠田の表情も心なしか柔らかくなり、俺に礼をした。

 

「そうか。気遣いまでありがとう。では、私はもう少しこの一帯を探索してみる。」

 

「ああ。分かった。」

 

でも、人に言えないような才能か…言わなくていいとは言ったけど気になるな。謎が多い人だ。

しばらく歩いてふと先を見ると、牧野が何かを見ていた。

 

「牧野、何やってるんだ?」

 

「ひっ!?…ってまた宮壁か脅かすなよ!ちょっとあそこにいる女の子を見てよ。」

 

牧野と一緒に木に隠れてそっとその先を見ると、女子が一人うろうろしていた。

 

「それで、あの子がどうかしたのか?」

 

「………タイプ。」

 

「え?」

 

「だから、顔!雰囲気!お尻!どこを見ても可愛すぎない!?」

 

ドキドキしちゃう…とか言いながら牧野は胸をおさえる。これが一目惚れってやつか!実際に一目惚れしている人を見たのは初めてだ。

 

「声をかけてみたらいいじゃないか。」

 

「む、無理無理無理!恥ずかしいし!」

 

「さっきからあたしの方見て何してるの?」

 

向こう気づいてたのか。

流石に会話は聞こえてないよな?尻とか言ってたし、聞かれてるとまずくないか?

 

「人のお尻を見るなんてどうかと思うんだけど。もっと他に見るものあるよね?」

 

聞かれてた。

 

「え、君の太ももとか?」

 

「は…?」

 

うわ、明らかに引かれてるぞ牧野。周りの様子とか、そういうものを見ろって意味だろ絶対!

二人の間になにかいたたまれない空気を感じたので話題を変えよう。

 

「あ、あのさ、名前を教えてもらってもいいか?俺は宮壁大希。」

 

俺の言葉に我に返った様子で女子は俺に向き直る。確かにちゃんと見ると美人な顔立ちだな。

 

「あたしは高堂光(タカドウヒカリ)。ここってどこなのか、宮壁は知ってるの?」

 

「いや、それは知らないな。ただ、特別学級の人達が集められているみたいだ。」

 

「そっか、ありがと。あたしは超高校級の山岳部。よろしくね。」

 

 

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「よろしく高堂ちゃん!俺はメンタリストの牧野いろは!」

 

俺は信じられないものを見てしまった。牧野の手が、高堂の尻に置かれている。こ、こいつ…女子のお尻を触ってやがる。高堂、今すぐ牧野を訴訟しよう。

 

「何、やってんの…?」

 

「す、スキンシップ…かな…。」

 

えへへと照れる牧野を確認した二秒後、牧野は地面に倒れていた。

 

「最低だね。」

 

そう言って高堂は去って行ってしまった。まあ普通そうなるよな。

 

「高堂ちゃん、俺を蹴り飛ばした時のお尻の形が最高だった…。」

 

倒れてもなお変態発言を繰り返している。もう放っておこう。

 

そろそろ起きてるんじゃないかと思って戻るとやはり、あのクッション男子は起きていた。なんだかさっきと似たような光景が広がっている。

 

「超かわいい…アンタマジで同い年なの?年齢詐称してね?」

 

「嘘をつくのは嫌いだから詐称なんてしないよ。もう離してくれない?疲れた。」

 

うん、性別は逆だけども。難波が男子をしっかりと抱きしめていた。幸せそうな顔をしている難波とは反対に、男子の方は無表情を貫いている。

 

「あっ!宮壁じゃん!見て!東城優馬(トウジョウユウマ)っていうんだけど、超かわいくね!?」

 

難波の元気な声掛けにどう反応すべきか迷っていると、東城と呼ばれた男子が俺の方を見上げる。

 

「ボクを起こしてた人だ。さっきは世話になったね。」

 

「あ、ああ。無理に引っ張ろうとして悪かったな。寝たふりかと思ってさ。」

 

「え?寝たふりだよ?」

 

「…は?」

 

「人間はどこまで寝たふりを続けると起こすのを諦めるのか気になって。キミで実験させてもらったんだ。あ、そうそう。ボクは化学者だよ。化学に関係なくても気になったことは調べちゃうけど。」

 

 

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前言撤回。俺は何も悪くなかった。あっさり白状するって事は、悪気はないんだな。余計に厄介だ。

 

「そうか。俺は宮壁大希。超高校級の判断力だ。」

 

「判断力。へえ、実験したい事が山盛りな才能だね。」

 

目を輝かせて言う東城に、かーわーいーいー!と言いながら難波が頭をわしゃわしゃする。俺にはかわいいと思える要素が見当たらなかったんだが…二人ともただの変人にしか見えない。

温室は大方見て回れた気がする。まだ見てないところもあるけど、他の人が探してくれているはずだ。

 

「そろそろ皆でどこかに集まりたいけど、いい場所はあるか?」

 

「あ、あれは?なんか近くに扉があったところ。近くに池もあるしあれでよくね?」

 

難波が奥の方を指さす。扉?温室の出入り口って事か。まだ見てない場所だな。

 

「なるほど、いいと思う。じゃあ難波と東城も声をかけてきてくれないか?」

 

「りょーかい!また後で。さあ、行こうか、東城きゅん!」

 

「きゅん?ボクは東城優馬だし、くんの間違いじゃないの?」

 

「何この子超ウブじゃんヤバくね!?」

 

なんか不思議な人が多いな。疲れた。とりあえず俺は扉を見てないし、先に場所確認に向かおう。他の人を呼ぶのはその後でもいいよな。

 

難波の指さした方向に向かって歩いていく。距離は短いけど木が多いから、遠くからじゃ扉があるとは分からないな。あ、あった。

一言で言うと、異質だ。周りに花や木が多かったり池があったりするのとは違って、人工物感がすごい。そして意外と大きい。一気に五人くらいは通れそうな幅だ。加えて鉄の扉の横の壁には『2F』と書かれていた。なかなか大きな建物らしいな。

 

なんて一人で悶々と考えていると、後ろからガサガサという音がした。慌てて振り返ると、一人の女子が俺の真後ろに立っていた。え、誰だ?まだ挨拶していない人がいたのか。その女子は長い黒髪を赤いリボンで二つにまとめている。真っ赤な目が俺と視線を無理矢理合わせてきた。

 

「えっと、なんでそんなに近距離なんだ?」

 

「……誰?」

 

いやこっちのセリフなんだが。ま、まあ聞かれたんだから答えておこう。

 

「超高校級の判断力の宮壁大希だ。」

 

「………宮壁、判断力。……………了解。」

 

「あ、えっと、できれば名前を教えてほしいんだけど。」

 

「……………勝卯木(カチウギ)(ラン)。…………記憶力。」

 

 

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「よろしく…。」

 

勝卯木はこくりと頷くとそのまま黙ってしまった。今のところセリフが全部漢字だから日本人か疑わしくなってくる…メタ台詞ってやつか、これ。

 

「日本語……話す…ばっちり……日本人…………。」

 

「あ、あれ?今、俺話してたか?」

 

「………そんな顔、してた……………。」

 

「そ、そうか。」

 

なんだか会話のテンポがつかめない。つかませる気もなさそうだ。

 

「今からここに皆を集めようと思うんだ。ここで待っていてくれるか?」

 

勝卯木はまた頷くと真下にしゃがみ込み、微動だにしなくなった。本当にピクリとも動かなくなってしまったので恐る恐る声をかける。

 

「ちょっと動くくらいはいいんだぞ?」

 

勝卯木はぱちぱちと瞬きをすると、もう一度俺の方を見上げる。

 

「………息は?止め」

 

「いや息は止めちゃダメだろ!」

 

思わず反射的に突っ込んでしまった。え、素なのか?わざとか?分からない…。

とりあえずなぜかゆらゆら揺れている勝卯木に別れを告げ、俺は皆を集めに向かった。

 

やっと揃った。潜手が桜井にぶつかりそのまま端部を巻き込んで転がったり、牧野が今度は前木のお尻を触ろうとして高堂にまた蹴られたり、東城が周りに生えている草を次々と他の人に食べさせて味を記録したり、そういう騒ぎがあったせいでとてつもなく時間がかかった。

ちなみに俺もとても不味い雑草を食べさせられた。早くこの口に広がる苦みをどうにかしたい。水が飲みたい。ということで俺は小川の水を手ですくって飲むことにした。

 

「宮壁…、自然界の小川ならまだしも、この人工の建物の中にある水は安全かどうか確かめてから飲まないと危険だと思うのだが…。」

 

三笠に心配された。

 

「えっ。あ、そうだな、あまりにもあの草が苦くて思わず。」

 

「確かにあれは苦かったな。一応害はない草だと思うが。」

 

「三笠がそういう事に詳しくて助かった。ありがとな。」

 

「ねえ、皆揃ってるんだけどどうするの?」

 

高堂の呼びかけに慌てて立ち上がる。まずい、完全にほったらかしにしていた。

そして、全員が鉄の扉の前に集まった。こうやって揃うと壮観というか…濃いな。最初に口を開いたのは三笠だった。

 

「これで特別学級に入る予定だったメンバー全員が揃った、という事でよいのだな?」

 

「1、2、3…ええ、特別学級は15人だったはずですから、これで揃っていますわ。」

 

「一応皆お互いに自己紹介は終わってる…のかな?」

 

前木の言葉に一同は顔を見合わせる。特にそれらしい発言はないから終わっているみたいだ。

 

「では、ここで分かったことを確認していくとするか。」

 

「まずはここにある扉じゃね?ドアノブがねーから開けるのは不可能だし、鉄っぽいから壊すのも無理。これって誰かが管理してるんじゃねーの?」

 

難波の方を見ると、確かにドアノブがない。でも、この感じは…。

 

「これ、エレベーターじゃないか?」

 

「エレベーター!それではー、ここって結構広い場所なんですーねー。」

 

「つまり、やっぱり誰かが管理してるってことだよね。開くのを待つしかないって事?」

 

「えー!?高堂ちゃんそれマジで!?いつ来るかもわかんないのに待つのか、やだなあ。高堂ちゃんに触って待っておこうかな。」

 

「は?」

 

牧野はハッスルしすぎだろ。女子が引いてるぞ。

 

「はいはーい!美亜は監視カメラみたいなのを見つけたよ!あと、モニターも!」

 

「監視カメラにモニターって、明らかに誘拐事件とかで出てくるセットじゃないですか。おれ達、やっぱり連れ去られて殺されちゃうんでしょうか…。」

 

「うーん、さすがにそんな事にはならないんじゃないかな?」

 

前木は不安に思っているのか、柳原に対する口調が弱くなっていた。

その間に割って入るように勝卯木が柳原の前に立つ。急にどうしたんだ?

 

「……怖いこと……だめ………ことな、かわいそう……。…謝罪。」

 

柳原はきょとんとした顔をする。まあ勝卯木が突然出てきたらびっくりするけどな。

 

「や、柳原…えっと、たぶん、不安を煽るような事を言うのはよくないって事を言いたいんだと思うぞ。」

 

「あっ、そういう事だったんですね!前木さん、ごめんなさい!」

 

「そ、そんな謝らなくても私は大丈夫だよ!?蘭ちゃんもありがとね?」

 

勝卯木は黙って頷いた。な、なんだったんだ急に…雰囲気は和やかになったけど。

 

「えーっと?とりあえずカメラとモニターでも見に行く?ここで待ってても仕方なさそうだし。じゃあ皆、美亜についてきてー!」

 

「そ、そうだね…早く、行ってみよう。」

 

桜井に案内され、俺達は監視カメラとモニターのある場所までやってきた。というかよく覚えてるな、似たような道ばかりなのに。

 

「うん、いかにも怪しい雰囲気のカメラとモニターだね。でも新しいし材質もしっかりしてるね。埃も少ないからボク達はここに連れてこられたんだと思うよ。」

 

「そうだ。ずっと考えてたんだけど、皆はここに来るまでの出来事って覚えてるの?あたしは校門に入るくらいからほとんど記憶がないんだけど。」

 

「そう言われると…ほとんど、何も覚えてない…気がする…。」

 

確かに、俺も覚えていないな。校門に足を踏み入れようとして…どうしたんだっけ。全員がほぼ同じタイミングから記憶が曖昧になるなんて事、有り得るのか?今考えても仕方のないことなのかもしれない。

俺がこの状況に頭を捻っていると、痺れを切らしたのか難波が文句を言う。

 

「つーかさ、ここから出るには結局このエレベーターを使わなきゃダメって事じゃん?それまでどうやって過ごせばいいわけ?東城きゅんいわくカメラとかは新しいみたいだし、そろそろ管理人とかが来てもいいと思うんですけどー。」

 

「そっか、管理人さんが来るまではエレベーターも動かないから、私たちはずっとこのままってことになるんだよね。大丈夫なのかな…。」

 

「うーん、何か召喚呪文がいる、とか?美亜がやってみるねー!出でよ、管理人!」

 

ピピ…ガガ…。

 

モニターから起動音のようなものが聞こえた、次の瞬間。

 

「やっほー特別学級の皆!元気?とりあえず今からエレベーターの入り口を開けてあげるからさっさと乗っちゃって!一階で待ってるパオ!」

 

プツン。

 

「何あれ…ゾウ?キモいデザインだなー、しかも首取れかかってたし。」

 

あまりにも突然の出来事に牧野のゾウに関する感想も俺の頭を抜けていった。皆困惑していた。

 

「ええー、美亜の適当な呪文があってたって事―?」

 

「さすがにそんなことはないと思いますわよ…?」

 

俺がまだ口を動かせずにいると、裾を引っ張られた。勝卯木だ。

 

「………乗る……。」

 

「そ、そうだな。」

 

全員なんとも言えない複雑な気持ちを抱えたままエレベーターに乗る。なんとも無骨なデザインだ。コンクリートの箱、と言った方が適切かもしれない。そのコンクリートにところどころできた染みが俺の体の芯をじわじわと冷やしていった。

上の方にある電光板が『1F』と表示され、エレベーターは動きを止めた。

扉が開くと、目の前に先ほどモニターに映っていたあのゾウがいた。

 

「よしよし、ミンナ元気に下りてこられたみたいだね!じゃあボクくんについてくるパオ!」

 

と言ってくるりと向こうを向くとちょこちょこ…いや、大きさの割には速いスピードで歩き始めた。

 

「なーんだかー、あのゾウさん気味が悪いですー。」

 

「本当にあれについていけばいいの?怪しさしか感じないんだけど。」

 

潜手と高堂の不満をしっかりと聞いていたのかゾウはこちらを振り返る。

 

「ちゃんとついてきてね?そうすればここがどこなのか教えてあげるパオー!」

 

「……チッ。」

 

やっと喋ったかと思ったら舌打ちだった。

皆ゾウの言葉にしぶしぶついていくことを決めた。とりあえず俺達がいた建物から渡り廊下を通って別の建物に入り、レッドカーペットに沿ってゾウの後に従う。

何が起きるのか怖くて、誰も話さなかった。皆の足音だけが廊下に響き渡る。

途中東城がどこかに行ったけどそれも気にならないくらい、その場の静かな空気に圧迫されていた。

 

やがて一際大きな扉のあるところに突き当たる。扉は半開きになっており、ゾウが体で押して開ける。

そこはちょっとしたホールのような部屋だった。細長いテーブルが四つあり、その内三つには四人分の椅子、残り一つには三人分の椅子が用意されていた。座ればいいのかどうか迷っている俺達をよそにゾウはステージにある教壇によじ登ると、大きな声で呼びかける。

 

「さて、着いたよ!ミンナをここまで案内してあげるだなんて、こんなに優しい学園長はこの世に存在しないよね!」

 

「が…学園長?貴方がですの…?」

 

「ゾウのぬいぐるみが学園長なんて魔法少女漫画みたいな展開だねー!この中の誰かが契約するのかな?」

 

「こーらっ!ぬいぐるみじゃなくて制偽学園の学園長、もしくはモノパオと呼んでよ!」

 

 

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「制偽学園?ここが?俺が去年通ってたところと全然違うんだけど。ていうか、俺会った事あるけど学園長は人間だったし!」

 

牧野の文句にゾウはうんうんと頷く。

 

「ああ、それはそうだよっ!ここは特別学級のミンナの為の課外授業用施設だからボクくんの管轄になるんだよ。」

 

「ふーん、でもアンタは何がしたいわけ?廊下歩いている時思ったんだけどここってアタシ達以外の人がいる気配がしないんだけど。仮にも高校生活を送るってのに先生1人いないのはマズくね?」

 

難波の言葉に確信めいたものを感じた。人のいない課外授業用施設、しかも見たこともないゾウのぬいぐるみが学園長だなんていくらなんでもおかしすぎる。

 

「特別学級に入ったら場所が変わるなんて聞いてないし、監視カメラなんてものがあるのも違和感がある。ゾウ、ちゃんと目的を話してくれ。」

 

ゾウは俺の指摘に顔を赤くして地団太を踏んだ。なんだこれ。無性に腹立たしいな。

 

「ボクくんはモノパオ!ちゃんと名前で呼んであげてよ!…はぁ、おもしろくない子が多くてビックリしちゃうよね。1回しか言わないからよく聞いてねっ!ミンナにはここで一生暮らしてもらいます!」

 

途端に皆の顔が固まった。一瞬の硬直の後難波が叫ぶ。

 

「はああああ!?意味分かんねーんだけど!?」

 

「そのまんまの意味だよ?ミンナはもう家に帰らずに今日からここで暮らすんだよ!ここがミンナのお家であり、世界であり、全てだっていう事パオ!」

 

「す、全てって…じゃあ外は…。」

 

「外?端部クン、ここで暮らすキミに外なんてものは必要ないでしょ?いーい?ミンナは残りの人生ここで暮らすんだから外の事なんてどうでもいいの!」

 

「…お前の目的は一体なんだ。」

 

ゾウは篠田の言葉に反応すると俺達の方をぐるりと見渡した。

 

「ふむふむ、この様子を見る限りだとミンナこの提案には不満なのかな?」

 

「さすがに一生は過ごせないよ…しかも外の事を忘れてだなんて…。」

 

皆が前木に賛同する。ゾウは困ったように頭をかくとポツリとつぶやいた。

 

「ここから出たい人の為に出る方法はあるんだよ。というかぶっちゃけそっちが本命だよね。」

 

「…あるならさっさと教えろキモ二色象が。」

 

「大渡クンったらひどすぎるよ!簡単に言うと、ここにいる資格のない人は出られるんだよ。つまり…」

 

モノパオはスウッと深呼吸をしてから何秒かためる。俺の呼吸も同時に止まる。そして、あまりにも長く感じた5秒後、今までで一番嬉しそうな声で言った。

 

「この中の誰かを殺せば出られるパオ!」

 

…………は?

え、今、なんて…?

ここにいる誰かを、『殺す』?

 

「ゾウ…発言、意味不明……。」

 

「意味不明って、殺人だよ?殺し方は問いません!ミンナがお好みのやり方で、お好みの人を選んでやっちゃってね!詳細なルールはまた後でお知らせするけど、とりあえずそうすれば出してあげるパオ!いぴぴぴぴ…。」

 

皆、声が出なかった。何を言っているのかは分かっても、頭が理解するのを拒否していた。

何も、考えられなかった。

 

「……い…だ。」

 

「はい?」

 

モノパオが首を傾げると同時に一歩踏み出したのは東城だった。今までの何も考えてなさそうな顔とはうって変わって、明らかに怒りを露にしていた。

 

「ボクは殺人が大嫌いなんだ。絶対にさせないし、キミには今すぐボク達をここから解放してもらうよ。」

 

「なーに言ってるんだか。そうやって正義面してる奴、ボクくん苦手なんだよね!それで、キミに何ができるのかな?」

 

モノパオの言葉が終わるのとほぼ同時だった。東城がモノパオにものすごいスピードで駆け寄っていくと、モノパオを掴んで壁に投げた。メキョッと何かが歪む音がした。

見ると、モノパオの首が完全に取れてしまっている。

 

「東城クン、キミは目上の人には礼儀正しくしろって習わなかったの?」

 

「今は関係ないよ。君があまりにもひどいことを言うから仕方なく暴力に訴えただけだよ。」

 

「…それでも、ルールを破った事には変わりないよ?東城クン、キミにはこのコロシアイの最初の犠牲者になってもらうパオ!」

 

 

モノパオが言い終わった瞬間、あらゆる方向からナイフのような刃物が飛んできた。

 

 

ザシュッと、肉を切る音がした。

 

 

知らない間に瞑っていた目を開ける。

 

「ふむふむ、なるほどね。君が助けてくれるなんて思ってもみなかったよ。ありがとう。」

 

 

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東城の満面の笑みの先に、腹部から血を流す篠田の姿があった。

篠田をかすめたナイフ以外は全て床に散らばっており、その内一本は篠田の手に握られている。

 

「し、篠田!大丈夫か!?」

 

慌てて駆け寄る。血の量からして、幸いにも重傷ではなかったらしい。

 

「ああ。多少怪我はしたが問題ない。おい、モノパオ、お前は先ほど東城をルール違反だと言ったが、まだルールの説明も受けていないのにその言い草はおかしいのではないか?」

 

篠田がモノパオを睨みつけると、首のないモノパオが近くまで戻ってきていた。中のスピーカーが丸見えになっている。

 

「はいはい。間違えて篠田サンを傷つけちゃったわけだし、大人しく言う事を聞いてあげるよ!ボクくんは優しいからねっ!さて、ルールのことなんだけど、こちらを贈呈します!」

 

モノパオがどこからか取り出したのはスマホくらいの大きさのタブレット端末だった。モノパオのパンツの模様が入った趣味の悪いデザインをしている。

 

「これは皆の電子生徒手帳だからね!ちゃんと校則を確認しておくこと!『特別ルール』もあるからね!」

 

モノパオはそう言って全員に配り終わると、壇上に戻り、そのままどこかへ消えてしまった。

俺はとりあえず篠田の様子をうかがう。

 

「どこかに運ぶぞ。」

 

「いや、手当は自分でする。」

 

「待って。人にしてもらった方がいいに決まってる。手当なら部活で慣れてるしあたしがする。場所を探そう。」

 

高堂はそう言って電子生徒手帳を開き調べ始めた。

ふとにこにこ笑っている東城の方を見る。東城には傷1つついていない。

 

「東城…そのナイフ、どうした?」

 

「これ?ああ、さっき弾いたやつだね。防弾チョッキをここに来る前に見つけた倉庫で着ておいたんだよ。」

 

「それじゃあ、篠田が助けに行かなくても…。」

 

「まあ大丈夫だったかな。だけどその事を知らなかったのに自分の危険を顧みず助けてくれた篠田さんには感謝しているよ。だからその傷の手当だってボクがするつもりだよ。」

 

「お前、こうされる事が分かっていて準備したんじゃないのか?」

 

「知らなかったよ。だからこれは実験だったんだ。あのモノパオって奴に反抗したらどうされるのか確かめるのが目的の実験。あ、あとこれも目的だったよ。『ボクが被害を被りそうになった際、誰が助けに来てくれるのか、そもそも助けに来てくれるような人がこの中にいるのか』。結果としてモノパオに反抗するのはやめた方がいい事、篠田さんはいい人だって事が分かったんだから、十分な収穫があったと言えるよね。」

 

「と、とりあえず篠田さんを連れて行きましょう…?」

 

「東城、あたしと鈴華ちゃんで運ぶからあんたはここにいて。」

 

「でも、」

 

「いいから。女子がした方がいいと思うし。鈴華ちゃん、保健室っぽい場所見つけた。急いで連れて行こう。」

 

「そうですわね。東城さん、わたくし達に任せてくださいな。」

 

「…2人とも、申し訳ない。」

 

そう言いいながら安鐘と高堂は篠田を支えながらホールを出て行った。ルールの確認とか今後の動きを確認したかったけど、こればっかりは仕方ないな。

3人が消えた後に東城が独り言のように呟く。

 

「なるほど、あの2人もいい人そうだね。もちろん、あの3人だけじゃなくてボクは皆の事を信じているよ。コロシアイなんて絶対に起きないって。でも、どうなるか分からないから対策も必要だと思うんだ。」

 

そう言いながら電子生徒手帳をスイスイと動かす。しばらくすると手を止めて立ち上がり、そのまま出口に向かう。

 

「と、東城…は、どこに行くの…?」

 

「コロシアイが起きないような対策を打ちに行くんだよ、端部クン。じゃあね。」

 

「えっ、ちょ、おい!」

 

俺の呼びかけも虚しく、東城もどこかへ行ってしまった。あいつ…だいじょうぶか?あまり放っておくと面倒なことになりそうだけど…。

 

「え、えっと、ルールとかはここにいる皆だけでも一緒に確認してる方がいいよね。」

 

前木の言葉に皆はハッとし、慌てたように手帳を開く。

起動させると俺の名前、そしてメニュー画面が出てきた。『校則』のアイコンをタップする。

 

『~制偽学園課外授業用施設の校則~

1:生徒の皆さんはこの施設内で共同生活を送ります。期限はありません。

2:夜10時から朝7時を夜時間とします。夜時間は一部の部屋が立ち入り禁止になります。

3:施設内の探索は自由とします。行動制限はありません。

4:学園長ことモノパオへの暴力、監視カメラ等物の破壊を禁じます。

5:コロシアイは基本1人になるまで行われます。

6:ただし、超高校級の悪魔の死亡が確認された時点で人数に関係なくコロシアイは終了します。

7:なお、校則は増える可能性があります。

 学園長 モノパオ』

 

「本当に、始まっちゃったんですね。」

 

「困ったなあ、お家に帰りたいよー…。」

 

柳原と桜井が少し下を向いて呟く。ふと横から潛手の視線を感じた。

 

「あ、あのー、皆さん?ちょーっとだけ、いいですーかー?」

 

「どうした?」

 

「こーの、校則の6個目って一体何なんですかーねー?悪魔なーんて才能の人、ここにはいないーじゃないですかー?」

 

「確かに、悪魔なんて才能、聞いたこともないな。それに特別学級は15人で編成されている。俺達の他に誰かいるって事なのか…?」

 

「…悪魔殺す…それだけ、コロシアイ…終わる…?皆…助かる……。」

 

「勝卯木、変な考えはしない方がいい。ここにそんな奴がいない以上、これは罠の可能性もある。」

 

「…いるかもしれねぇだろ。」

 

勝卯木が頷くよりも前に鋭い言葉が聞こえた。

 

「大渡くん、それってどういう事?目星がついてるの?」

 

「悪魔かは知らねぇが、才能が分かってねぇ奴ならいる。」

 

「あ…。」

 

前木はホールの出口の方を見た。

向いたのは前木だけじゃなかった。きっと全員思っていることは同じだ。

篠田を殺すか…最後1人になるまで殺し合え…?

 

「決め打つのはまだ早いよ皆!」

 

そんな重くなっていく空気を押しのけたのは桜井だった。

 

「漫画とかアニメではああやってしのみいみたいなあからさまに怪しい人は違うって相場が決まってるんだよー!」

 

「…だよねだよね!大渡ったら怖い事言うんだからさ!ほらほら、この中にいるなんて言われてないし、ここは皆で明るくいこうよ!」

 

牧野も桜井に便乗して皆を励まし始める。

そうだ。この校則自体が俺達を疑心暗鬼にさせるための罠かもしれない。

 

「とりあえず探索は自由みたいだしさ、ここに何があるのかって事くらいは把握してもいいんじゃねーの?」

 

「……おい。貴様、全員で協力して探索しろって言ってんのか。」

 

「は?当たり前じゃん。」

 

「貴様らと一緒に探索などお断りだ。幸い個室があるらしいからな、戻る。」

 

大渡はそのままホールから出て行ってしまった。まずい、このまま皆がバラバラになってしまうのはよくない。

 

「なにあいつ。てか、せっかくのショタ成分の東城もヤバい感じだったし最悪なんですけど。あーあー!純粋なショタが恋しいー!」

 

難波の叫びに桜井もうんうんと同調する。

 

「怖いよね!しろゆまくんはマッド系の化学者だったのかなー?うーん、典型的な死亡フラグを立てちゃったわたりんは一人にしたら危ないよね、美亜、ついていってみる!」

 

「あ、あれ?美亜?アンタまで行かなくても…行っちゃった。」

 

「皆さんマイペースでーすねー。潜手めかぶも負けないのですーよー!」

 

「マイペースっていうか、ゴーイングマイウェイな感じだよな。」

 

残ったメンバーで苦笑し合う。少しだけだけど気分は楽になった。

大丈夫だ。ここから1人たりとも脱落者なんて出させない。

周りを見渡して俺はそう自分に言い聞かせる。

 

このままでいればどうにか………………、

 

………………

 

どうにか、なる、よな?

 

けれど、言いようのない不安は、どうしても俺から離れてくれなかった。

 

 

□□□

 

 

モニターの前でモノパオはビジネスチェアに座りくるくると回っていた。

 

「笑っちゃうね。ミンナ知らないんだもの!悪魔がどれだけ恐ろしい奴なのか。一番知ってるはずの人も綺麗さっぱり忘れちゃって本当に楽しそうパオ!早く教えてあげたいよ、いぴぴぴぴ…あれ?」

 

ふと、あるモニターを見てモノパオは回るのを止めた。安鐘と高堂が映っている。

 

「あそこ何やってるんだろ?話し声が小さくて何も聞こえないや、ケチすぎるパオ!」

 

 

□□□

 

 

「わたくし、少し気になることがあるのです。」

 

「奇遇だね、あたしも。…学園長の事でしょ?」

 

「ではやはり…覚え間違いではないのですね、学園長の名前が『勝卯木市造』だって事。あのモノパオさんというのが本当に学園長かどうかは勝卯木さんに聞けば分かるはずですわ。」

 

「どういう関係かは分からないけど…蘭ちゃんが素直に話してくれるとは思えない。」

 

「それもそうですわね。わたくしは学園長本人を見たことがないので判別の方法がありませんし…」

 

「とりあえずは、瞳ちゃんのこれについてどうするかが先決だね。」

 

「これは…篠田さんにとっては隠したいものでしょうからね。」

 

二人はこれから先の事を案じてため息をついた。

そして眠っている篠田の腹部に広がる刺繍を見て、そっと服をおろしたのだった。

 

 

□□□

 

 

プロローグ 「ようこそ、正義の教室へ」

 

END

 

セイゾンシャ 15名

 

 


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