…まずいですね、当初の予定ではもう3章終盤くらいに差し掛かっているはずだったのですが…。
昨日いろいろあって早く寝たおかげで、かなり体調もいい気がする。
アナウンスは相変わらず不快だけど、うるさい目覚ましだと思えばどうにかやっていけない事もない。
「今日こそ料理を手伝わないとな…。安鐘達はいいって言ってくれるけど、それに甘えて何もしないっていうのも逆に申し訳ないし。」
気合を入れなおして廊下に出ると、柳原と前木に出会った。
「宮壁くんおはよう!」
「おはようございます!」
「おはよう。2人が一緒にいるなんて珍しいな?何かあったのか?」
「特に何もないんだけど、柳原くんが私と一緒にいたいらしくて…。」
「珍しいな、急に。」
「はい!実は、みなさんと順番に一緒に過ごして交流を深めようと思っていまして!お話しするのが1番いいと思ったので、昨日は勝卯木さん、今日は前木さんとおしゃべりするんです!…あっ!」
バランスを崩したのか、急に柳原が前のめりになってこけた。その時足が絡まったのか前木も一緒にこけてしまう。突然すぎて俺も全く動けなかった…。
「いたた…。」
「わ、ごめんなさい前木さん!…えっと、怪我はしていませんか!?」
「う、うん。柳原くんこそ大丈夫?」
「はい、おれは何も…それにしても、前木さんまでこけてしまうなんてついてないですね!」
「そうだね…たしかについてないかも。あはは、まあこんな事もあるよね。」
「2人が特に怪我してないないならよかったけど、これからは気をつけてくれよ…。」
「はい!では前木さん、行きましょう!」
「わわっ、柳原くん、急に走ると危ないから…!」
柳原はそのまま前木の手を引いて走っていった。…ん?手を引いて?
…もしかして、勝卯木ともあんな距離感だったのだろうか、柳原の事だし他意はないだろうけど。
いろいろと複雑な気持ちを抱えながら2人の後を追って食堂へ向かった。
□□□
「わー!おはようございますー!まだできてないのでー、もう少しお待ちくださいまーせー!」
食堂に着くと、潜手はいつもの笑顔で迎えてくれた。
「おはよう。まだ人は少ないな。」
「そうでーすねー、朝のアナウンスがあってからまだそんなに経ってないですからーねー。」
潜手の手伝いをしながら皆が揃うのを待つ。
「そういえば安鐘はどこに行ったんだ?」
「うーん、潜手めかぶも見ていないのですー。昨日秘密を返してもらってましたから、何かあったんでーすかねー…。とりあえず朝ごはんを作り終わったら様子を見に行こうかと思ってますよー!」
「何事もないといいけどな…。あと柳原も手伝ってくれると嬉しい。」
「……。」
うーん、無視か…。
「聞いてないみたいだね…。柳原くん、何の本を読んでるの?」
「…あ、これは心理学の本です。みなさんと仲良くなるための勉強をしているんです!」
え、これ、俺だけ無視されたのか?
「心理学!こんな難しそうな本を読むなんて勉強熱心だね…すごいなあ。」
「いえ、前木さんに比べたらまだまだです!前木さんは本当にすごい方なんですから!」
「え、ええ…?そうかな…?私勉強は得意じゃないから、素直にすごいなって思うよ。」
「?……あれ、前木さん…」
「距離、近い。」
柳原が何かを言いかけたところに割り込んできたのは不満そうに口を尖らせた勝卯木だった。
「なんですか勝卯木さん。おれは前木さんとおしゃべりしていただけですよ。」
「近い。……私、琴奈……話し、たい…。」
「…。まあ今日はおれは前木さんと一緒にいるので、その時は邪魔しないでくださいね。」
「……ずるい…。」
不満そうに釘をさすと柳原はまた本を読み始めてしまった。勝卯木も不愉快だと言わんばかりに頬を膨らませている。
…え、この2人ライバルか何かか?最初に廊下で抱いた複雑なあれがいまだに心でざわざわしている。
「え、私は自分で誰と過ごすか決められない感じかな…?」
当然だけど前木もめちゃくちゃ困惑している。
鈍感って訳じゃないから自分の取り合いが行われている事を察したんだろう、人気者はつらいな…。
あ、前木を人気者と認める事でだんだん自分が惨めに思えてきた。いろいろとつらいからもうこの事について考えるのはやめよう。
「おはよう。」
「お、結構揃ってるじゃん。おはよ。……なんかあった?」
ちょうどいいところに三笠と難波がやってきた。
「まあ、いろいろと。そろそろ朝食もできるぞ。」
「昼食は自分が作ろう。最近手伝えていなかったからな。」
「三笠はもう平気なのか?」
「どうにかな。なに、もう心配されるほどじゃないさ。」
ふっと笑った三笠を見て安心する。本当によかった。時間が全てを解決するわけじゃないけど、解決に時間は必要だ。
「今日はホットサンドですーよー!機械があったので使ってみましーたー!」
「ホットサンド?ありがと、アタシ好きなんだよね。」
篠田と東城と大渡は俺達が来る前に別の場所に行ったらしく、食堂に来ることはなかった。せっかくおいしいご飯が食べられるのに勿体ないな。
「そうだ、今日はどうするんだっけ。探索も終わったし。」
「プールに行きたいですー!」
難波の質問に元気よく答えたのは潜手だった。
「そういえば皆で遊びたいって言ってたな。」
「はいー!難波さんとも約束してましたし、みなさんで遊ぶと楽しいーのでー!」
「まあ、いいですわね!気分転換になりそうですわ!」
安鐘も嬉しそうな声をあげた。
「私も行きたい!まだ皆に声かけてないから、集まるのはお昼くらいかな?それまではのんびりしようかな…。」
「え、前木さんはおれといるんじゃないんですか?」
「あ、本当に1日いるんだね!?」
「柳原はプールに来るか?」
「プール…入った事がなくて、何をしていいのか分からないです…。」
「じゃあなおさら行ってみようよ、きっと楽しいと思うよ!」
「そうですか…?…じゃあ行ってみます!」
前木の説得により柳原も来るらしい。前木の様子からするに行きたかったんだろう、嬉しそうにしている。
そんな感じで昼までは各自自由に過ごす事になった。
…俺は何をして過ごそうかな。
♢自由行動 開始♢
とりあえず水着を揃えに行こうと思って物置に行く。倉庫は随分前から見ていたけどどこにもなかったからだ。
同じことを考えている人がいたようで先客がいた。
「あ、三笠。三笠も水着を探しに来たのか?」
「ああ。一応あったが水着の種類はほとんどなさそうだ。」
そう言って見せてくれたのは無地の海パン。無地か…。
「いかにも学校用って感じだな。」
「ふむ、女子の物もほとんど種類はなさそうだし、不満が出るのは確実だろうな。」
「そっか…。そういえば、三笠って泳ぎはどれくらい得意なんだ?」
「自分は川で泳ぐ事が多かったから、それなりに泳げるぞ。得意かどうかは分からんが、少なくとも溺れる事はない。」
「川で泳ぐ方が力がいるし、それは得意って言うんじゃないか?それにしても、わりと皆泳げるよな。授業では困らなかったけどこの中だと下手な部類になりそうだ。」
「ははっ、授業でできているなら問題ないじゃないか。」
倉庫でずっと話すのも味気ないという事で、2人で近くの教室に向かう。
適当な席に座って話していると、まるで普通の学校生活を送っているような気分になった。
「…三笠、体調があれだったら、無理はするなよ。」
「……。自分は相談にのれたつもりでいたが、その結果があの事件だ。自分の無力さを知って、気が滅入ってしまった。」
「三笠は無力じゃない、皆そう思ってる。気負いすぎないでほしいとも思ってるよ。」
「あいつは、自分も皆の役に立つと、そう言ってたんだ。あの言葉は嘘じゃない。」
「…。三笠は、自分の秘密ってもう見たのか?もらっていたよな。」
「それで今の自分が変わってしまうのであれば、わざわざ知りたくはないから見ていない。もっとも、そんな風になってしまう秘密が自分にあるようには思えないが。」
「そう、だよな。」
「なんだ、宮壁は知りたいか?」
「どうしても知りたいって訳じゃないけど、俺達皆が会った事があるかもしれないっていう既視感の解決になるんじゃないか、何かの手掛かりになるんじゃないかって思えて…。」
「…たしかに、それは一理あるな。次の動機が来る前にどうにかしたいものだ。」
「次、そっか、しばらくしたらまた動機が配られるのか…。」
頭が痛くなる話だ。だからといってむやみに見ていい物ではない。秘密の証拠なんてむしろ見ない方がいい物だろう。
「三笠は、覚えてない事というか、記憶が抜けてるように感じる事ってあるか?」
「ふむ、自分はやはりお主らと会った事だろうか。それ以外はこれといって、だな。大した秘密ではないのだろう。」
「そうか…。」
「まあ、今日はプールで遊ぶ訳だし、そこまで悩む事もないだろう。悩んでばかりいると病んでしまうからな。」
「…。そうだよな!昼ご飯も手伝いたいし、とりあえず水着を片付けるよ。」
「それがいい。ではまた後でな。」
三笠とはいろいろ喋ってきたけど、やっぱりここ2日で元気のなさが現れている気がして心配だ。俺にできる事があったら何かしよう、それこそ相談だってのるつもりだ。
気持ちを切り替えるために俺は勢いよく立ち上がった。
♢♢♢
「あら、宮壁さん。おはようございますわ。」
「安鐘!もう大丈夫なのか?!」
「…?あ、朝食堂に行けなかった事ですわね。その節は大変申し訳ございませんでした。」
「いや、わざわざ謝る事じゃないけど、何かあったのかと思って。それこそ、昨日自分の秘密を持ち帰っていたから…。」
「あ、あの、…今朝行けなかったのはそれとは関係のない事なので、心配しなくて大丈夫ですわよ。」
「関係ない…?」
「……その、ええ、男性には起こらない事…で察していただけますか…?」
しまった。
「ご、ごめん、何も配慮なく聞いちゃって。秘密が深刻だったのかと…。」
「い、いえ、わたくしこそ…あ、そういえば潜手さんから聞きましたわ。今日はみなさんプールに行くのですよね、そういう訳でわたくしは控えさせていただこうと思っていますの。水を差しているようで申し訳ないですわ…。」
「いや、体調には気をつけて欲しいし、俺達も安鐘をおいて遊ぶのが申し訳ないよ。」
「…ふふっ、宮壁さんは優しいですわね。女性に人気があったのではなくて?」
「そうだったらよかったのにな…。」
「あ、あら、すみません、でも、宮壁さんはそう思ってしまうくらい魅力があるという事ですわ!自信を持ってくださいませ!」
「安鐘だって魅力的……モテそうに見えるし、実際人気だったんじゃないか?」
同級生に魅力的って言うのがめちゃくちゃ恥ずかしかった。分かってくれこの気持ち。
「あ、えっと、あの、そんな、魅力だなんて、」
安鐘が褒められるのに弱い事をすっかり忘れていた。思い出した時には案の定顔が真っ赤になっていた。
「で、でも、意外とそうではありませんのよ、むしろわたくしはその逆だったようですし……」
「え?」
「あ、いえ!なんでもありませんわ!」
「なんでもなくはないだろ。……もしかして、秘密にその事が書いてあったのか?」
「…ええ、そうですわ。わたくしはどうやら周りに好かれてはいなかったようなのです。」
「そっか…秘密についてくる証拠ってやつも見たのか?」
「見ましたのよ。納得するよりほかないものでした。…以前、親戚にもあまり褒められる事がないという話をしたのを、宮壁さんは覚えてらっしゃいますか?」
「ああ、プロの集まりだからって話だったよな。」
「秘密には、それの本当の理由が書かれていたのです。わたくしにはどうする事も出来ない理由でしたの。なぜわたくしがその事を忘れていたのか不思議なほど大事な事でしたわ。」
「ごめん、無理にそこまで話させて。」
「いえ!わたくしが自分から話した事ですわ。お気になさらないでくださいませ。」
無理に笑顔を作っている気がする安鐘が心配なのと同時に、やっぱり秘密を見るのはやめておこうと思ってしまった。自分にとっていい事なんて書かれていないのだから。
「えっと、じゃあ1つだけ聞いていいか?その理由は、最近の事なのか?」
「…いえ…もっと、ずっと前から決まっていた事ですわ。ここ数年の出来事、という訳ではありませんもの。」
やっぱり、人によって秘密の年代も違うのか…どうやってモノパオはその秘密を手に入れたんだ?そんなの、学校の関係者でもないと得られる情報でもない気がするけど…。
「宮壁さん、その…暗い話にしてしまって申し訳ございませんわ。お詫びと言ってはなんですが、後でお茶をお淹れしますわね!」
「いいのか?じゃあお言葉に甘えて…。」
朝食を食べてからそんなに経っていないのもあって、ひとまず安鐘とお茶をする約束をして別れた。
♢♢♢
「宮壁さんー!こんにーちはーですー!」
「お、潜手。」
「あの、今、暇ですーかー?」
「え、ああ、暇だけど…何か用事でもあったか?」
「運動とかー、どうですか?」
「運動?」
「はいー!プールの前の準備体操というかー、やっぱり体を動かしていないといきなり泳ぐのは危ないですからーねー!」
たしかに。完全に忘れていたけど、ここに来てから本当にろくな運動をしていない。ここでの生活が始まった頃に……サッカーをしたくらいか。
「そうだな。何をする?」
「そうでーすねー、宮壁さん、体育は得意科目ですーかー?」
「得意ではないかな、残念ながら。」
潜手の聞き方にすごい優しさを感じた……ありがとう、潜手!
「うーん、ではでーはー、軽く柔軟とかどーでしょー?道具もいりませんし、楽ですかーらねー!」
「そうだな!」
という訳で体育館、もとい1階のイベントホールで柔軟を始めた、のだが。
「ひ、ひーっ……い、痛、も、もう、無理、無理だから…!!!」
「もうちょっとで100度行きますー!がんばってください!できまーすよー!」
「100…?260度の間違いじゃないのか……!?」
「それはもう人間じゃないですーねー!」
潜手のゆるいツッコミがおもしろくてついついボケてしまう。痛すぎて笑ってる余裕はないのだが。
柔軟だけで汗びっしょりだ……。普段それだけ運動してないのかって話だな。
最初は潜手も隣でストレッチをしていたのだが、俺があまりにもできないのを見かねて途中から押してもらっていたのも申し訳ない。
「ご、ごめん。潜手、俺のを手伝ってるせいで自分の事全然できてないよな…。」
「いえいえー!全然気にしてませーんよー!」
2人で倉庫に向かう。栄養食品やスポーツドリンクは食堂ではなくここにあるらしい。
「宮壁さん、あのー…上にあるあの飲み物を取ってもらってもいいでーすかー…?」
「ああ、これか?どうぞ。」
「ほわー!宮壁さんは背が高くて羨ましいですー!ありがとうございますー!」
「はは、女子で俺くらいの身長はそうそういないから仕方ないんじゃないか…?」
「うーん、でも、潜手めかぶの周りは大きい人ばっかりだったのでー、宮壁さんより大きい男の人もたっくさんいましたー!だから、潜手めかぶはすっごーく小さかったんですー!」
「へえ…、でもすごいじゃないか!その中で潜手は超高校級に選ばれたって事なんだろ?」
「はいー!お母さんたちも、たっくさん応援してくれてるんですー!今日のプールも楽しみでーすよー!」
嬉しそうに笑う潜手を見てから、俺は余計な事を言ったかもしれないと反省した。こんなところで家族の話なんてさせてしまった事を悔いる。
「宮壁さんー?どうかしましーたかー?潜手めかぶは、家族の事を考えてがんばってるのでー、何も悲しくないでーすよー!」
「潜手…。」
「家族の事を思い出して、寝る前に元気をもらうんですー!ここで嫌な思い出ができてしまう分、たっくさんいい思い出を作ろうって思うんです!」
「…いい考えだな。よし、俺もがんばらないと!とりあえずお互シャワーでも浴びておかないとな。」
「そうでーすねー!ではでは、潜手めかぶは戻りますー!ありがとうございましーたー!」
元気に駆けていく潜手を見送った後、俺も元気に帰ろうと足を気持ち高めに上げた瞬間、又に柔軟の時の激痛がはしったのは言うまでもない。
♢♢♢
「大渡!お前、結構ここにいる事多いんだな。」
暇つぶしに図書室から本でも持っていこうかと思っていると、先客の大渡がいた。
「……。」
俺に気づいた瞬間無言で出ていこうとするので慌てて止める。
「用事があるなら別に出て行かなくてもいいだろ!」
「貴様がいると集中できねぇ。」
「また調べものか?お前なんだかんだで協力してくれるよな。」
「チッ、自分の為だ。貴様らも自分でもっと調べたらどうなんだ。人に頼ってばかりで自分らは遊び放題か?いい身分してんな。」
いつもなら言い返すところだけど、いろんな人と話しながら自分の無力さを痛感していた俺はすぐに反論しようとは思えなかった。
「……それは、そうなんだけど…。」
「正論で元気を失うくらいならさっさとやれよ。意味不明。」
「たしかにお前の言う事は正論だけど、その言い方はどうにかならないのか?人を煽ったところで何にもならないだろ。」
「……。」
すごい目で睨まれた。
「な、なんだよ!俺だって正論…というか、思った事言っただけじゃないか!大渡だって面倒事を起こしたくないならそうした方がいいに決まって…」
「うるせぇ。帰るから邪魔すんなや。」
軽く突き飛ばされて図書室から出て行ってしまった。
よろめいた体を立て直し、大渡の後姿を睨みながらさっきの言葉を思い出し、ふと動きが止まる。
あれ、大渡、今関西弁喋ってなかったか……?
困惑したまま、とりあえず適当な本を持って図書室を後にした。
♢♢♢
昼食を終えてぶらぶらしていると難波が玄関ホールに入っていくのが見えたので声をかける。
「何してるんだ?」
「ん?ああ、宮壁か。調査というか、まあ…探索?」
「俺も一緒に見ていいか?」
「どうぞ。」
難波が見ていたのは玄関ホールにある自動ドアとクリアケースだった。
「これが置いてある理由、宮壁は何だと思う?」
「犯人に有利にするためじゃないのか?」
「モノパオはクロに勝ってほしくないって言い分だった。それなのにこういうものを用意するのが意味不明だと思って。それに、前の裁判で犯人が最初から分かっていた柳原を止める素振り……モノパオは、裁判に意味を求めている。」
「意味?」
「裁判が盛り上がるように、犯人を暴き出すまでの過程やその緊張感に重きを置いている。あの地獄みたいな裁判に時間をかける事を重要とする。これが意味する事は何だと思う?」
難波は真剣な顔で俺に問いかける。まるで俺を試しているかのようだ。
「…俺達に負荷をかける事、だと思う。つらい思いをしてくれって言いたいように見える。」
俺の答えに難波は満足そうに頷いた。
「同感。やっぱそういう思考に辿り着くよね。アタシはこう見えてめっちゃいろいろ考えてるけど自信なかったから。」
「いや、難波は考えてるように見えるよ。」
「マジ?」
「だって、いろいろ考えられる奴じゃないと怪盗なんてできないだろ?」
「……。」
「難波?」
「…確かに、怪盗は頭よくなきゃできねーか。頭が悪い怪盗は死んじゃうから。」
突然出てきた「死」という言葉にドキリとする。
「頭が悪いと逃げられない。警察からも、宝の持ち主からも……アイツからもね。」
「……アイツ?」
「そ、アタシがずっと殺したいって思ってる奴。その事を思い出したのは最近なんだけど。」
「え、待ってくれ、最近思い出したって、まさか秘密の事じゃないよな?難波は自分の秘密はもらってないんだろ?」
「でも、アタシはこう言ったじゃん。『最悪な引きをした』ってね。」
難波の言葉に焦りが募る。
「難波、嘘だよな、お前、ここで人を殺したいなんて思ってないよな。」
「……嘘だと思いたいならそう思っててよ。アタシを信頼して。アタシはアンタがこれまで思っていた難波紫織そのままだって。アタシは『正義の怪盗』だって、そう信じてなよ。」
難波は不敵に笑うと踵を返して玄関ホールを出て行った。
俺は、とんでもない事を聞いてしまったんじゃないか。背中を冷や汗が流れる。
信じていいのか?本当に?
難波という人間が急に分からなくなる…なんて思ったところでふと思考を停止する。
一体、俺が難波の何を知っているというんだ?
♢♢♢
「勝卯木、何やってんだそんなところで。」
「琴奈、待ってる……。」
「それは見たらわかるけど…残念だったな、柳原に取られちゃって。」
勝卯木は頬を膨らませて前木の部屋の前で体育座りをしていた。
「柳原……嫌い…。」
「そこまで言うなよ…1日だけだろ?」
勝卯木はしばらく無言で俺の方を見ていたが、思い立ったように立ち上がると俺の手を掴んできた。
「ど、どうした?」
「……宮壁、一緒、いる……。」
そう言うと俺の手を引っ張って走り出した。
着いたのはゲームセンター…いや、相当走って疲れたな……これは明日筋肉痛で間違いなさそうだ。
「勝卯木、何するんだ?」
「……お菓子……取って…。」
勝卯木はUFOキャッチャーを指さした。
「いいけど、俺だけじゃちゃんと取れるか分からないから勝卯木は横から見ていてくれるか?」
頷いて目当ての台を横からじっと見つめる。
「よし、じゃあ始めるぞ…!」
適当に置いてあったメダルを手に取り投入する。横向きに動いていくアームをどうにか許容範囲内で止める。
「勝卯木、いいところに来たら教えてくれ。」
「……あ…、来た……。」
「え?」
『あ』で止めるはずもなく、普通に通り過ぎた。
お菓子の箱の側面をなぞるとアームは上に戻ってしまった。
「えっと……ごめん。勝卯木、来たってすぐ言ってほしいんだけど…。」
「宮壁、言ってない……。」
「だからごめんって!」
「でも、私、悪い……ごめん、なさい。」
「あ…えっと…。」
勝卯木は怒られた子どもみたいにシュンとしてしまった。
「勝卯木、そんな怒ってる訳じゃないんだ。ただ、勝卯木のサポートがあった方がたくさん取れるはずだと思わないか?」
「……私、ずっと悪い。前も、私……。」
しまったと思った。勝卯木があの時頷いてくれたからもう立ち直っていると過信してしまっていた。
「勝卯木、柳原も言っていたけど、見せようかと思ってしまう秘密だったんだろ?なら、仕方ないんじゃないか。いや、あの2人の死を仕方ないなんて言葉で片づけるのはよくないけれど、それでも勝卯木だけがそんなに責任を感じる事はないだろ。な?もう謝らなくていいんだ。」
勝卯木は俯いたまま顔をあげない。
「宮壁。」
「…なんだ?」
「これから、何があっても……私の事、好きでいてくれる……?」
「…え?」
「……何が起きても、私を見捨てない…?怒らない…?…宮壁は、私の味方…?」
「か、勝卯木?」
「……。」
勝卯木は言い終わると顔を上げてまっすぐと俺を見る。
この目を見て、俺は真摯に返すべきだと判断した。
「………好きでいるよ、もちろん仲間として。勝卯木が道を踏み外さなければ絶対に怒る事はないし、見捨てもしない。俺は、勝卯木の仲間で味方だ。俺だけじゃない、皆そう思ってくれるはずだよ。」
「……宮壁、お兄様……似てる…優しい……嬉しい。」
「はは、勝卯木のお兄さん代わりって事かよ。じゃあ、どうにかしてお菓子を取って帰らなくちゃいけないな。」
「……楽しみ。」
その後はしばらくUFOキャッチャーでお菓子取りに勤しんだ。
これで少しでも勝卯木が元気になてくれるといいけど…。とりあえず、お菓子の箱を抱えた勝卯木がとても楽しそうだったのでよしとしよう。
♢♢♢
「ところで、そこに立ったままだけれど何か用事でもあるのかな。ないなら少し邪魔だから出て行ってほしいのだけど。」
俺の方を一瞬見たと思ったらすぐに試験管の方を向いてしまった。
「……東城はずっと作業ばかりしてるけど、疲れないのか?」
「疲れる時もあるよ。ボクは人間、体力は有限なのだからね。」
「いや、そういう肉体的な浮かれじゃなくて…そう、精神的に疲れないのかなって。」
「精神的に?どうして疲れる事があるのかな。」
「いくら自分のためとはいえ、モノパオに毒の追加だってされるのに…。」
「追加されたらその分も無毒化する。決まり切ってる事じゃあないか。」
「大変だ、とは思わないのか?」
「特に。ボクは自分のやるべき事をこなしているだけだからね。」
「…それ、自分の意志でやってるのか?」
口から思わず、ずっと聞きたかった事がこぼれる。
「逆に聞くけれど、この状況で自分の他に誰の意志が関係するのかな。」
「それはそうだけど、毒殺っていう手口をなくすためだけにそこまでする必要があるのか?」
「毒は誰にでも使えるからね。」
「…!」
「前回も、その前も、もし凶器が毒だったら。犯人の特定は、より難しいものになっていたはずだよ。毒の前では体格差も関係ない。犯行時間だって予想が難しくなる。犯人が毒を盛ったタイミングと被害者が摂取したタイミングが同じとも限らない。」
東城の目は真剣そのものだった。
「そうだな。東城の言う通りだった。それも全部、犯人に勝つためって事か。」
「犯罪者の好きにさせたくないからね。」
「どこにそこまで犯罪者を嫌う理由があるんだよ…。たしかにダメな事だけど、俺はお前が2人に言った事、許してないからな。」
「犯罪者ならどうしてもいい、そういう方針だからね。ボクのいた研究室は。」
「方針?まさか、お前のいる研究室は……。」
「何か問題でも?」
「いや、それこそ……」
犯罪じゃないか。
……いや、まだ確定した訳じゃない。まだ……。
♢♢♢
「さー!泳ぎますーよ―!準備体操はしましーたかー?」
「うん!ばっちり!」
わ、前木達が水着に着替えている……。ちゃんと上着も着ていて安心した。
結局来たのは前木、勝卯木、潜手、柳原、難波、三笠、俺…の7人か。
安鐘は理由も分かってるし大渡や東城が来ないのも納得だけど、篠田が来ないのは不思議だな……。
「三笠……東城、から、これ……。」
勝卯木が三笠にスポーツドリンクを渡している。
「うん?自分だけか?」
「全員分、ある……。」
勝卯木はその後全員にスポーツドリンクを配っていった。東城が勝卯木に頼むなんて珍しいなと思いながら俺も勝卯木から受け取る。
「皆で遊べないのは残念だけど、仕方ないよね!何する?」
「あ、めかぶ、泳ぎ方教えてよ。そういう約束だったじゃん?」
「はいー!とは言っても、潜手めかぶは競泳ができる訳ではないのでー、バタフライとかはできないのですーがー、クロールとかなら基本的ですし、みなさんもできると思いますー!」
「いいな、久しぶりにやるから鈍っていそうだが。」
三笠も難波や潜手に続いてプールに入る。いや、こう見ると筋肉ががっしりしていてかっこいいなあ。
横でプールに腰かけている柳原と同い年とはとても思えない。というか柳原、もしかしてここにいる人の中で誰よりも細いんじゃないか?
「プールってこんなに冷たいんですね!泳げたらいい事ありますか?」
「そうだな…。普段動かさない筋肉を動かす機会になるから、健康にもいいとされている。柳原は運動もあまりしないようだし、水中を歩くだけでもかなり運動になると思うぞ。」
「へー!三笠さんは物知りですね!頼りになります!じゃあ……。」
柳原はおそるおそる三笠のいる近くに入った。
「わ!冷たいお風呂みたいですね!」
初めてのプールにはしゃいでいる。身長は俺とほとんど変わらないのに幼稚園児を見ている気分になるな…。
「俺も入るか。」
久しぶりに入ると思ったより体が動かないな、泳ぐ機会なんてないし当然か。
「待って2人ともー!紫織ちゃんはさっき習ったばかりなのに早いよ!」
「……疲れた…。」
「蘭ちゃん浮き輪使うの早いよ!」
前木が遠くでバシャバシャとあまりきれいじゃないクロールで2人を追いかけている。
勝卯木は追いかけるのを諦めたのか、浮き輪で浮きながらゆっくり近づいている。
「あはは!ごめんごめん、めかぶの教え方が上手くて、つい。それに初めてやるって訳じゃないし?琴奈も手の平をオールにするのをイメージしてみなって!」
「え、え?オールに?」
「えっとですねー…」
潜手は一瞬で前木の元に戻ると手の動かし方を説明している。
「あれ?そういえば柳原、前木と一緒にいるんじゃなかったのか?」
「え?ああ…前木さんとは話したい事が一通り終わったので…次は誰にしようかなって思ってますね!」
「そ、そうなのか…。」
これには三笠もさすがに苦笑い。それなら勝卯木にもっと譲ってもよかったのでは……?
「柳原も泳ぐ練習に参加するか?」
「あ、いいんですか!ぜひ!潜手さーん!」
そのまま柳原は潜手の方にじゃぶじゃぶと歩いて行った。
「なあ宮壁、競争してみないか。」
「え?」
「自分と、泳ぎで。」
「い、いやいやいや!それは負けが決まってるじゃないか!」
「そうか、逃げるか。皆に聞こえているがいいのか?」
「……やる。」
さ、さすがにここまで言われて引き下がれない…!
「よく言った。」
三笠の爽やかスマイルにやられそうになりながらもスタート地点に向かう。
「飛び込みはやるか?」
「三笠、できるのか?」
「人並みに。」
すでに敗北の香りが漂っているけどこればかりは仕方ない。
「普通にやろう、飛び込みはなしでお願いします。」
「ははっ、もちろんだ。」
2人で位置につく。
「スタートの合図は宮壁が言ってくれていいぞ。」
「え、いいのか?」
「他の人は各々のやりたい事もあるしな。」
「分かった。」
一呼吸落ち着ける。
「………スタート!」
……無我夢中でやった。最後の方は三笠がゴールするのを見ながら。
なんとか50メートルを泳ぎ切った。
着いた俺を三笠が振り返って笑う。
「早いじゃないか。」
「そ、そうか?」
どう考えても負けてなかったか?
「いや、宮壁考えてみてくれ。相手は超高校級のサバイバーだぞ?」
「はは、じゃあ俺もがんばったかもしれない!」
「それでいいんだ!」
ああ、全肯定三笠……ありがとう…。
その後もしばらく水遊びをしたり泳いだりしてプールを後にした。
□□□□□
「あ、宮壁さん!おれ決めました!今からは宮壁さんと一緒にいます!やっぱり宮壁さんが頼りになります!」
「え、そうか、ありがとう。」
「はい!」
急に増えた同行メンバーを引き連れ食堂に行く。そろそろ夜ご飯を作り始めた方がいい時間だ。
「あら、宮壁さん達もお疲れ様ですわ。」
「私が作るから休憩しておいたらいい。」
食堂では安鐘と篠田が迎えてくれた。
「篠田!よかった、体調不良とかではないんだな!」
「え、ああ……。心配をかけてしまったか。」
なんて談笑していた時だった。
『ピンポーン』
チャイムの音で、一瞬で辺りは静まり返った。
『ミンナに大事なお話があるパオ!イベントホールに集合!絶対来てね!』
「……宮壁さん、なんだと思います?」
「……とりあえず、行こう。柳原も想像してるので合ってる…と思う。」
俺達がイベントホールに着くと、モノパオがふんぞり返って待っていた。
他の人達の集合具合はまちまちって感じだ。
「いやー、お疲れお疲れ!急に呼び出しちゃってごめんね!そろそろお知らせした方がいいかなーって思ってさ!」
「……動機か。」
篠田の目つきが鋭くなる。
「大正解!こんな事になったのもミンナが慎重に慎重を重ねて秘密を内緒にするからだから、自業自得だよねっ!ま、もうちょっと皆が揃うまで待っててあげるからゆっくりしててよ。」
「こんな状況でゆっくりなんてできませんわ…!」
「そうですよ!今回の動機が気になって仕方ありません!」
安鐘と柳原が反論するが、モノパオはそんな事はお構いなしにのんびりと椅子の上でくつろいでいる。
そうこうしている間にいつの間にか全員が揃っていた。
「よし、じゃあミンナ集まったから発表するね!今回は全員同じ動機だから安心するパオ!…ずばり!3日以内にコロシアイが起きなければ、『あなたの大切なものがなくなる』パオ!」
……大切な、もの…?
「具体的にどういう事かは、今晩ミンナに直接伝えるから、今日の夜時間は1時間早めておくね!個室で待っていてほしいパオ!」
それだけ言うとモノパオはいなくなってしまった。
「ど、どういう事ですーかー…?大切なものって…?」
「よく分からないな。それに、期限があるという点も今までとは異なる。……早とちりだけはお互いしないように気をつけよう。」
三笠の注意に皆頷き合う。
「なんか、すっごい嫌な予感がする。」
難波が不服そうに呟く。
「難波、何気づいたのか?」
「大切な、「もの」が「なくなる」って言い方。普通に大切にしている「物体」が無くなるだけなら、わざわざ動機にするほどでもない人が大半じゃね?……つまり、「もの」が人物の「者」の可能性があるって事。なくなるって言い方も「亡くなる」…死亡する、の方の可能性も……」
難波はそこまで言ってはっと我に返った。
「や、ごめん、さすがにそんな訳ないか。それなら「あなたの大切な人が死にます」って明言するよね。」
慌ててフォローしたが、皆の顔色が悪くなったのは言うまでもない。
「具体的な説明は夜にされるという話だった。今はまだあくまで可能性にすぎないが…もし難波の言う事が当たった時の事も、考えておくに越したことはないだろうな。…どちらにせよ、ここに長居する理由はないだろう。」
篠田の言葉に皆賛同し、一旦別れる事になった。
夕食は先ほど用意してもらっていたものを各自食べ、少し早くに身支度を済ませ、モノパオからの具体的な説明を待つことにした。
□□□□□
「宮壁クン、お待たせっ!元気?」
「元気に見えるか?」
「健康には見えるね!今日は運動もたくさんしてたみたいだし、充実してたように見えたパオ!」
「用件だけ言って出て行ってくれ。」
「分かった分かった、じゃあね……宮壁クンの大切なものは、宮壁クンの育ての親の叔父さんだよっ!」
「…!」
難波の嫌な予感が当たってしまった。
「あれ、思ったより反応が薄いね?他のミンナはもっといい反応してくれたんだけど……残念!」
「お前がどうして叔父さんの居場所を知ってるんだよ、そもそも、どうやって叔父さんを……殺すんだ。お前だって外でもなんでもできる訳じゃないだろ?」
俺の話を聞いてモノパオは盛大にため息をついた。
「はーあ、嫌な気分だよ。そういう細かいところを突く前に、年相応の高校生らしくテンパってくれたらいいのにっ!まあ、宮壁クンはそんな反応じゃないかって思ってたけどさ。」
「叔父さんは死なない。それに叔父さんは裁判所で働いてるんだ、その辺りを嗅ぎ回ればお前だって…。」
「気づかれないよ。ボクくんは偉いもん。すっごく偉い後ろ盾がいるんだもん!このコロシアイを見せてる相手がいるんだもん!…あっ、余計な事言っちゃった。」
「誰だ、それ。」
「あ、え、えっと~その~……。」
モノパオがもぞもぞしていた時だった。その上からさらにもう1体のモノパオが降ってきた。
「さっきから余計な事しゃべりすぎなんだけど。」
「え、あ、え!?ボクくんが2人!?って、なんだ、裏切りモノパオじゃん!ごめんなさい!」
「いや死んでくれるのは勝手だけど、自爆でもされたら後処理が面倒だし……えっと…オレくんが困るんだよね。」
「一人称はボクくんで統一って言ったじゃん!」
「キモいからやだ。パオも絶対言わない。あ、宮壁クン、初めまして、かな。裏切り者です。」
待て、全く状況に頭が追いつかない。
「裏切りモノパオも操縦慣れたんだねっ!ボクくんの後釜も任せて大丈夫そう!」
「え、死んでくれるの?どうも。」
「……えっと、仲悪いのか?」
「ずっと前からこんな感じだったので。えーっと、宮壁クン、さっきの事は秘密にしてもらっていいかな?言ったらオシオキって事にしたら言わないでいてくれるよね、よし決まり。」
「宮壁クンだけハンデ増えてかわいそーっ!」
「いやキミのせいでしょ。」
「えー、あ、とりあえずがんばってね、宮壁クンっ!」
ごちゃごちゃしたまま2匹とも消えていった。結局俺の指摘ははぐらかされてしまったな…。
他の皆の事も心配だ。俺は正直あの動機だけを聞いて信じられない気持ちの方が強いから、大丈夫だと思うけど…。
タイムリミットの3日後にも、同じ気持ちでいられるのだろうか。
叔父さん、今どうしてるんだろう。
「……だめだ、こんな事考えてたらモノパオの思うつぼだ。」
頭からさっきの話を振り払うように枕に顔をうずめた。
□□□□□
結論から言うと、その次の日の集まりはよくなかった。
適当に朝食を済ませて、昼にまた話し合いをする事になり、それまでは暇になった。
うーん、何をしようか……。
♢自由行動 開始♢
「あ、宮壁さん。」
「柳原、おはよう。…大丈夫か?」
「……え?」
「いや、なんか、顔色がよくないような気がして…よくないというか、表情がないと言うか…。」
「…気のせいだと思います。宮壁さんこそ、気をつけてくださいね。」
柳原はそのまま通り過ぎようとしたからあわてて腕を掴む。
今まで散々誰の力にもなれなくて、今回ももし同じことが起きたら…そう思うと気が気じゃなくなってしまった。
「宮壁さん?」
「柳原、お前、いつもはもっと元気だろ。分かるんだ。」
「……じゃあ、宮壁さんにだけ…。」
近くの教室に入ると、柳原はぽつぽつと話し出した。
「あの、おれ、初めて動機でびっくりしちゃって。今まで、みなさんの気持ちがよく分からなかったけど、やっと分かったんです。こんなに怖いものなんだって。」
「…そっか。」
「おれ、失礼な事を言ってしまったのかもしれないなって、思いました。宮壁さんが注意してくださっていた事も、理解できました。」
「柳原にとっては、よかったのかもしれないな。だけど…その、動機は、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないです。」
「!」
「宮壁さん、どうしたらいいんでしょう、おれ。でもおれ、死にたくはないです。裁判も怖いし苦手です。でも、クロとしてじゃなければ、参加してもいいと思いました。」
「…え?」
「コロシアイのきっかけを作るんです。おれが。」
「何、言ってんだよ、お前、分かったんじゃなかったのかよ。」
「分かりました。クロの人はすごく怖い思いをしているって事が。だからおれは、そのつらい部分を他の人に任せようと思います。コロシアイが起きれば、という条件に「自分が殺人をしなければいけない」とは書いていません。だから……」
「駄目だ!」
気がつけば俺は、柳原の肩を掴んで壁に押しつけていた。
「え、と、宮壁さん…?」
「柳原、お前はまだ分かってないよ。殺人がどれだけ重い事か分かってるか?殺される奴の事は考えなくていいのか?お前は、自分の動機のために2人犠牲にするって言ってるんだぞ?柳原自身が殺される可能性だってあるんだ。絶対にそんな事はするな。俺と約束してくれ。」
「じゃあ、どうしたらいいんですか…?俺の大切なものがなくなるのを、黙って見てろってことですか?」
「……それは…。」
「宮壁さんがおれのことを助けてくれるんですか?おれにはこれ以外思いつきませんでした。」
その時、昨日のモノパオの言葉がよみがえる。モノパオは裏切り者に対して「後釜」という発言をしていた。
「……何か起きる予感がするんだ。予感というか、俺の判断だけど…信じてほしい。柳原、お前が変な行動をしない限り、お前の動機が脅かされる事はないって。」
「本当に信じていいんですか?」
「…ああ。」
「……分かりました。コロシアイのきっかけを作るなんて、もう考えないようにします。宮壁さんとの約束ですから。守るのが助手の務めです!」
柳原はやっと笑顔になってくれた。
「あれ、助手なんて言ってたっけ?」
「宮壁さんを尊敬しているからです!助手として、これからも宮壁さんと一緒にがんばりますね!」
……。ひとまず、危機は去ったと信じよう。
これからも注意しなければいけない事には変わりないけど、柳原は言えばちゃんと分かってくれる。そういう人だ。
俺は内心の焦りを落ち着かせるために一息、ため息をついた。
♢♢♢
「宮壁、どうした不安そうな顔をして。」
「篠田。いや…まあ、不安にはなるよな、動機の話聞いたらさ。」
他にもいろいろな話を聞いてしまったからだけど、裏切り者の事は喋れないし柳原の事も正直扱いが難しい。
「私でよければ相談には乗るが。勿論、相談したくなったらでいい。」
「ありがとう。逆に篠田は、動機を聞いてもあまり大した反応じゃなさそうだけど…。」
「大した事ではあるが…私にはどうしようもできないし、おそらく嘘だろうと思っているからな。」
もしかすると、篠田は俺と同じ考えなのかもしれない。
「だ、だよな!やっぱり外にいる普通の人を監禁でもすれば大問題になるだろうし…!」
「……?あ、いや、すまない、そういう話ではなくて、だな。私のたいせつなものは、まずここの黒幕に捕まるようなのんびりした奴等ではないという事だ。」
「えっと、つまり……あ、そうか、篠田も運動神経とかすごくいいもんな。親戚もそういう感じなのか、篠田家ってすごいんだな。」
「篠田家を知っているのか?」
「え?」
「あそこに関わるとろくな事にならない。やめておけ。」
「えっと、篠田の家だろ?「あそこ」だなんて変な言い方だな。」
「……また早とちりをしたのか、私は。」
勝手に反応して勝手にショックを受けられてしまった。一体篠田の家に何があるんだ…?
「いつか話そうとは思っているが、私は自分の家族が好きじゃない。ろくに会話もした事がないし、弟や妹と呼ばれる人ともほとんど会話をした事がない。ただ1人、私に懐いてくる弟はいたが。」
「篠田、お姉さんなんだな!いい弟もいるならいいじゃないか。」
珍しく篠田自身の話が聞けて少しテンションが上がってしまう。というか、ちゃんと話してくれるのは初めてじゃないか?
「名前は「しいち」といってな、私よりも大変な事をしていながらいつも笑顔を浮かべている不思議な奴だ。唯一仲の良かった身内かもしれない。」
心なしか、しいちくんの事を語る篠田はいつもより穏やかに見えた。
その後も少しの思い出話に花を咲かせ、教室を後にした。
♢♢♢
飲み物が飲みたくなったので食堂に向かうと、先客がいた。
「あ、宮壁くん!おはよう!」
前木が菓子パンを食べながら読書をしている。
「おはよう、朝ごはんか?」
「うん、昨日はちょっと寝つけなかったから早く起きられなくて…。もうお昼になりそうだけどお腹も減ったしと思って軽く食べてるんだ。」
「そういえば昨日は柳原と何してたんだ?」
「宮壁くん、すっごく気にするね、昨日の事。」
「え、あ、いや、別にそういう訳じゃなくて…。」
「あはは!分かってるよ、他意はないって事くらい。うーん、柳原くんとはね、才能の話をしてたんだ。」
「才能?前木のか?」
「うん。柳原くんに一言、「大変ですね」って言われちゃったんだけど、宮壁くんはどういう事か分かる?」
「いや……俺にもよく分からないな、柳原は頭が回るから何かに気づいたのかもしれないけど。というか、本人から教えてもらってないのか?」
「えへへ、実はあの後別の話で盛り上がってうやむやになっちゃったんだ。でも、私の才能って本当になんなんだろう?」
「でも前木、運がいい時と悪い時があるよな。」
「あ、そうそう!今日もね……。」
そう言いながら菓子パンの袋を取る。
「この菓子パン、くじがついてるんだけど、これ見て!」
「……すごい、当たってるじゃないか!」
「そうなの!いい事があったから、今日はいい日だー!くらいにしか思ってなかったけど、もしかしてこれが私の才能なのかな?…これが才能って、ちょっとしょぼすぎる気がしなくもないけど。」
「しょぼいなんて言わなくていいんじゃないか?ここに才能の有無やすごさに優劣をつけたり批判したりする人なんていないし、俺もそんな事考えた事もないからさ。」
「あー…でもね、宮壁くん達も知ってると思うけど、制偽学園の皆、結構必死だったから。自分が特別学級に入るんだって、がんばってる子がいっぱいいて。私は普通の高校としてくらいの気持ちで通ってたんだ。だから、そんな軽い気持ちで入った私が特別学級に選ばれて、ちょっと心配なの。」
「他の皆が、か?」
「うん。だって、幸運だよ?私の才能。そんなの、努力じゃどうしようもない。私が、特別学級に入ろうと努力していた誰か1人の枠を埋めてしまったんだって思っちゃって。だから、あんまり嬉しくなかったんだ。それにこんな事に巻き込まれて、本当、何が幸運だよって思ったもん!」
前木が知らず知らずのうちに抱えていた劣等感。
今までそんな素振りも表情も見せてこなかっただけに、俺はなんだか申し訳なくなってしまった。
「でも……俺は前木が入ってくれて、こうやって友達になれてよかったって思う。」
「宮壁くん…。」
「すごい綺麗事みたいな言葉だけど、俺は満足しているし、前木もせっかくのチャンスなんだから、自分が選ばれた事も生活も楽しんでいけばいいと思う。そのために、まずはここから出なくちゃいけないけどな。」
「そう、だね。ふふ、宮壁くんには励まされてばっかりだ、私。いつかちゃんとお返ししなくちゃ!受け取ってばかりもいられないもん!あ、そうだ。」
そういうと前木は食堂から厨房に入り、ティーポットを取ってきた。
「お茶、淹れるね!ちょっとずつ、感謝の気持ちを返していこうと思うから。」
前木の淹れてくれたお茶で、やっと心からリラックスできたかもしれない。
俺はそっと、前木に感謝した。
♢♢♢
お昼も適当に済ませ、ぶらぶらしていた俺に声をかけたのは柳原だった。
「あ!宮壁さん!安鐘さんがおやつを作ってくれたみたいですよ!」
「お、そうなのか。」
「もう少しで完成するみたいです!おれもお腹がペコペコで…楽しみですね!」
「ああ!安鐘って事は和菓子だろうな…食べる機会もなかなかないし楽しみだ。」
さっき昼食を食べたばかりだけどもうお腹減ったのか…?
ツッコミたいところだけど大した理由はないだろうし無視して食堂に向かう事にした。
「お、宮壁も来たか。」
「三笠。もう皆揃ってるんだな。」
食堂に来た俺を安鐘達が迎えてくれた。
「ええ、みなさんぜひ召し上がってくださいな!」
「いいの!?やったー!」
前木がうきうきと席に座る。隣では勝卯木が早くも和菓子に手を伸ばしていた。
「あれ、東城と大渡は?」
「お二方はまだ来ていませんわ。伝えてはいるのですけど、お二方の好きなタイミングで来てくださればいいかなと思っておりますの。」
「そうか、まあ2人とも食べるとは思えないけどな…。」
「柳原さんは食べないんですーかー?」
「あ、おれは今お腹空いてないので後でいただきます!」
「…あれ?」
柳原、今さっきまでお腹が減ったって言ってなかったか?
全く手をつけようとせず、皆の様子をぼーっと見ている。
その時だった。
ドンッ!
床に何かが倒れる音がする。
「…食べていないな?」
三笠が和菓子のお盆を全て床に投げ捨て、その反動で片膝をついていた。
「誰も食べていないだろうな?」
今まで見た事がないような顔で辺りを見渡す。
「えっと、私はまだ、だけど…どうしたの…?」
前木が困惑した顔で答える。
俺も頷いたし、皆何の事かとさっぱりといった顔をしていた。
「安鐘、どういう事だ。」
そんな三笠の視線は、他の皆とは違う表情を浮かべている安鐘に向けられていた。
「お主、毒を入れたな。誰を狙っていたか知らぬが、自分の目は誤魔化せんぞ。」