ダンガン口ンパノウム   作:口田らみ

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ようやく終わりです。
今回は時間軸が急に戻ったり回想が入ったりします。視点変更もいいものですよね。


「非」日常編 3

 

私は、何の才能もない一般人だ。

だから特別学級のミンナには強い憧れがあった。

 

特別学級。制偽学園の華ともいえるそのクラスの存在は、外から見れば天才の集団だけど、その実学園内では嫉妬の対象に他ならない。毎回授業に出席し、真面目にテストを受けている自分達が入れず、たまにしか学校に来ない勉学以外の事に注力している人が毎年入りやすいのだから仕方ないのかもしれない。過去にはコネで特別学級に入った人もいるらしく、どこからか広まったその噂は、ますます生徒間での特別学級に対する憎悪を増幅させていた。

そんな憎悪がありながらも、全員、特別学級をどこか羨望の目で見ていた。特別学級に入った時に手に入れられる『超高校級』という称号の効果は凄まじく、テレビやネットで名前を見る頻度も格段に上がる。個人情報も何もないのは可哀想でも、それだけ世間が注目を寄せてくれるという事は、凡人の私にとってとてつもない魅力だった。

 

私の兄である勝卯木蓮は、超高校級の人間だ。学園長の孫という事もあって最初はコネを疑われていたけどお兄様はそういう事をする人じゃない。事実、積み重ねてきた人望で唯一普通の生徒とも気軽に話せる特別学級生という事で人気があった。

お兄様はそのまま制偽学園の繰り上がりで入れる大学に進学し、ゆくゆくは制偽学園の学園長になると言われていた。影でちゃんと努力をしているのも知っていたし、お兄様に比べて劣っている私の事を本当にかわいがってくれていたから、私もお兄様の活躍を応援していた。

 

だけどだんだん、私が応援しているだけじゃ何の力にもなれない事を悟っていった。お兄様には、それだけの重圧がかかっていた。

 

その重圧の原因、それが最近の治安の悪化。世界で再び大きな戦争が起きるんじゃないか、そんな不安を煽るような動きがみられる中、国内で制偽学園から輩出される天才達への期待も高まっていたのだ。生徒会長としてそんな天才と学校を取り仕切っていたお兄様に国から声がかかったのだ。そしてそれと同時期に、水面下で『驚異的な説得力』を持つ人間……まさに、世界のリーダーとして相応しい才能を持つ人物がいるという噂が流れていた。

その力があれば、この悪まみれの世界と戦っていける。

 

制偽学園は国からの期待に応えるために、その力について研究する必要があった。

警察組織のトップである堀本正太郎氏からあらゆる事件の情報を流してもらい、説得力、もとい悪魔の追跡を開始、その後まもなくして未成年である事が分かった。しかし、その人物の成長を待つ猶予があるか分からない。そこでお兄様は『悪魔を人工的に作り出す事』に取り掛かった。その人物が幼くして出くわした事件、それを再現する事で、他の人間にも説得力を覚醒させられる可能性があると踏んだのだ。

 

そして選んだものが、コロシアイだった。お兄様は、お兄様のクラスメートだった特別学級の面々を、説得力を発揮するにふさわしい『学級裁判』を組み込んだ舞台で殺し合わせた。

今こうして私が黒幕として「次の」コロシアイを運営している時点で、その結果が悪かった事は言うまでもない。

お兄様が生まれてから今までの間で唯一のミスだ。隠蔽しなければ何もかもが無駄になる。制偽学園に反発して行ったコロシアイで、何人もの才能を命諸共潰してしまったのだから、どうにか隠すしかない。

 

火災だと、報じた。

遺族からの怒りは勿論、学園の問題として少しニュースに取りざたされたものの、その噂が落ち着くにはうってつけの治安の悪さ。敵だったはずの、悪であるはずの世界に、正義を司っていた制偽学園は守られてしまったのだ。

 

「あの。ニュース、聞きました。あれってどういう事ですか?私達が何をさせられてその結果生き残ったのか、何故誰も報じてくれないんですか!!」

「あんなのおかしいだろ!!……こんな学園にいたなんて生涯の恥だ!」

「絶対公表させてやる!!」

 

毎日のように詰め寄ってきていたのはそのコロシアイの生存者だった。

 

「蘭、あの人達は何をするか分からないからここに隠れているんだよ。」

 

そう言って生存者の対処をするお兄様を、毎日のように見ていた。

お兄様いわく、そのコロシアイには1人中学生が紛れこんでいたらしいが、その少女の行方は誰も知らないようだった。

 

「あの子に何の用があるっていうんですか。知っていても教える訳がないでしょう。」

 

お兄様は何か知っているみたいだったけれど、私の知るところではなかった。

 

コロシアイは上手くいかない。だからお兄様は、別の手段を探しつつ、悪魔を特別学級に入らせる方向へとかじを切った。

 

その子どもが無事に制偽学園に入学できるまで陰ながらサポートをして、その後特別学級への進級も内定した。

しかし、ここで問題が起きた。それは、悪魔自身が自分を悪魔だと一度も認識できた事がないという事、悪魔がいわゆる二重人格に近い存在だったという事だ。多少の説得力は本人も持っていれど、その説得力のほとんどを担っている方の人格は特別学級に入った後も現れる気配がなかった。このままではせっかくの逸材を逃してしまう。

同じ事をするしかない。

 

私は、お兄様が自分の命をコロシアイに委ねて計画に向かって漕ぎ出した時、お兄様の事がどうしようもなく羨ましくなっていた。

これなら、私も特別学級の一員でいられるんじゃないかって。

 

「え?蘭がコロシアイの黒幕をする?」

 

「うん。お兄様が何回も紛れ込む訳にはいかないんじゃないのかな…と思って。私も、勝卯木家の一員で、何よりお兄様の妹だもん。……できる事があるならやりたい。」

 

「……危ないからダメだよ。」

 

「で、でも!お兄様だって……!今だってコロシアイを1回終えて、こうやって生きてる……」

 

「これは運だよ。僕はたまたま運がよかっただけで、いくらでも死んでもおかしくない状況ではあったんだ。蘭はこういう繊細な作業も得意じゃないだろう。蘭まで危ない事をする必要はないんだよ。」

 

「……じゃあ、喋らない。」

 

「え?」

 

「私、すぐボロが出ちゃうから、喋らないようにする。それじゃあダメ?」

 

「危ない事には変わりないでしょう。」

 

「で、でも、お兄様は社会のために1人でがんばってるのに!誰も認めてくれないけど、私は知ってる!お兄様だって悪魔なんかがいなかったらこんな事……」

 

「蘭。これは遊びじゃないんだ。蘭にはできない。何よりそんな危険に晒したくない。」

 

「……提案があるよ。私と同学年のあの人が悪魔なんでしょ?だけどその人とは別に『こういう事が上手な人』がいるよね。その人に手伝ってもらう。私が黒幕で、その人が『裏切り者』としてより深く潜伏してもらうの。それならできるよ。」

 

「その人が僕達に協力してくれる算段なんてないだろう、いい加減に……」

 

「ある。あの人には決定的な弱点があるの。私は知ってる。」

 

「……じゃあ、その人を連れてきてごらん、話はそれからだ。」

 

 

裏切り者を選定したのはこの時。……まあ、この辺は今関係ないしカットで。

 

 

「蘭……いつからこんなに我儘になったんだい。本当にあの子が協力してくれるなんて思わなかったけど、きっと蘭が無理を言ったんでしょう。」

 

「無理じゃない。」

 

お兄様の役に立ちたい。それの何がいけないの。お兄様だって本当は人手が欲しい癖に。私がその願いを叶えてあげるって言ってるのに。

 

「……そこまで言うなら折れるよ。だけどこれだけは約束する事。」

 

「何?」

 

「無理はしない事。蘭がクロになるのは勿論だめだし、危ないと思った事には関わらないようにする事。蘭が死ぬなんて想像でも考えたくないからね。分かった?」

 

「……うん!!」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

ずっと上手くいっていた。

ポーカーフェイスは唯一の特技で、そのおかげで無口でも許されてきたし裏切り者を呼ぶのも上手くできた。モノパオでいるために常にテンションを今までにない位上げていたから、それだけは疲れていたけど。

それでも、私なんかが、とっても上手にコロシアイができていたの。

 

アイツが来るまでは。

 

 

「あ、宮壁さん、おれもう1回行ってもいいですよ!」

 

「え、そうなのか?」

 

「はい!みなさんと探索したら何か別の物が見つかるかもしれませんし…。」

 

奴は、きょろきょろと視線を動かすと私と目を合わせてきた。

 

「おれ、勝卯木さんと一緒に行動してみたいなって思うんです!いいですか?」

 

「……。」

「……分かった…。」

 

なんで急に?昨日まで大希くんにべったりだったのに、そう不審に思った勘は当たるもので。

 

「勝卯木さんって黒幕ですよね?」

 

「……え?」

 

あまりにも突拍子もない一言。

 

「……不快。謎。」

 

「隠さなくていいんですよ。過去の裁判での証言、全てやたら細かい時間で答えていましたけど、そんな時間どこを見ていたら答えられるんですか?おかしいですよね。あと裁縫が下手という情報とモノパオの首が上手く縫われていない事も繋がりがあるように感じます。頻繁にトイレに行きますけどそのタイミングでおれ達がモノパオと話す事も多かったです。」

「あとこれ、勝卯木さんの秘密です。返しておきますね。『勝卯木蘭には才能がない』……これが黒幕の決定打でした。記憶力がなければそもそも何故ここにいるのか、そして何故特別学級の一員だと騙っていたのかも怪しくなりますからね。記憶力という才能は黒幕であれば偽っても誤魔化せるし、なかなかいい方法だとは思いましたけど。」

 

だらだらと長い話を聞きながら、私は必死にこの後の発言について考えていた。どうすればいい?認める訳にはいかない。認めたらミンナに知れ渡ってコロシアイが破綻してしまう。殺される。ダメ、絶対ダメ。私でもできるって、そう証明しなきゃなのに、

 

「おれはもうあなたが黒幕だと確信しているので何の弁明も聞きませんよ。その代わり、おれもあなたが黒幕である事は誰にも言いません。」

 

「は?」

 

予想だにしない話の結論は、これまた予想だにしないものだった。

 

「おれはコロシアイが起きて裁判に勝てさえすればいいので。疑われるのはもう懲り懲りですけどね。協力関係を結ぼう、と言っているんです。」

 

「……だれ?」

 

「え?勝卯木さん、黒幕なのに忘れて大丈夫ですか?柳原龍也ですけど……。」

 

こんなの、私が知っている柳原龍也じゃない。

両親に無理矢理子どもを作らされた事以外、誰よりも情報がなかったけれど、それでも以前見た時はこんな人間じゃなかった。特別学級にいた頃の、今は消してしまった記憶の中の柳原龍也はこんなにも人間らしくない人ではなかった、もっと純粋だったはずなのに……。

 

「柳原、変。」

 

ここにいちゃいけない。コイツの話を聞いちゃいけない。帰ろう。

 

「いいんですか?言いますよ。勝卯木さんが黒幕だって。」

 

足を、止めてしまった。こんなの、認めてしまったようなものだ。

立ち止まった私に近づくとソイツはにっこりと微笑んだ。

 

「じゃあ、いろいろとよろしくお願いします!」

 

その1日、私はほぼずっと奴と一緒にいた。奴はその時間である提案をしてきた。

それが、『私がクロになる事』だった。

お兄様との約束があるから無理だと正直に言っても全く聞き入れてくれなかった。

 

「そもそもこのままコロシアイが起きなかったらどうするんですか?それはそれでコロシアイの破綻になりますよね?じゃあどうしてこんなにもコロシアイが起きる気配がない程のんびりした空気になっているのか。それはコロシアイに反対している人達が皆強く、優しいからです。頭が良くて人に優しくて、それでいてコロシアイの立ち回りが上手い人達がいるからなんです。……そういう人、いらなくないですか?邪魔だと思わないですか?」

「そういう人達を間伐してあげるのも黒幕の仕事じゃないかなと思いますけどね。勝卯木さん、がんばらないと黒幕なんてできませんよ?あなたには何の才能もないんだから。あなたがクロとしてオシオキされても裏切り者がいるんでしょう?『あなたがいなくなってもコロシアイは破綻しない』んです。あなたが自分で動いてコロシアイを起こした方がお兄さんの使命とやらの役に立てると思いませんか?」

 

今考えたら滅茶苦茶な事を言っていて、どう考えてもおかしいのに、この時の私は錯乱していた。私の脳は、『凡人なんだから頑張らないと』という強迫観念に支配されていた。

 

「……で、でも……。」

 

「……まだおれの提案は聞いてもらえないんですか?これは奥の手ですけど……勝卯木さん、おれの事をお兄さんだと思って見てくださいよ。」

 

「は、全然、違う……。」

 

「蘭なら見れるよ。」

 

「!!!」

 

「お、呼び方合ってたんですね。……蘭のやるべき事は何?大丈夫。僕の事は心配しないで。蘭は自分がやるべき事をしっかり考えてごらん。状況が変わった今、蘭はコロシアイの破綻を防ぐのが何よりも大事だよね。」

 

「……。」

 

生理的な涙が零れる。今から虫を頭に入れると宣告されたかのような、麻酔無しでお腹を抉るとメスを突きつけられたかのような、そんな体の一部が冷たくなる恐怖感に支配されていた。苦しい、誰か助けて、このままじゃ……このままじゃ、私はおかしくなる。おかしくて、おかしい……………

 

「そもそもコロシアイなんてやってる時点であなたは異常者なんですよ。何を今更。」

 

言葉を発しても心で叫んでも、全てが筒抜けで怖い。誰か。誰か。

 

「おれがいるじゃないですか。何他の人を呼ぼうとしてるんですか。」

 

目を覆われる。視覚を無理矢理塞がれ、さっきよりも奴の声からの情報をより鮮明に受け取ってしまう。

 

「大丈夫です。おれが勝卯木さんのやるべき事を全部考えてあげますから。勝卯木さん……あぁ、蘭がきっと失敗しないようについていてあげる。」

 

 

 

 

奴が、お兄様だったっけ?

 

何?どっち?奴って?

 

お兄様だけがずっと私の味方で私の心配をしてくれるの。

目の前で話している人も、私が失敗しないように傍にいてくれるって言った。

 

 

私は、この人のために動くべきなのかな?

 

 

 

 

 

その洗脳に近い何かの中、私は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

配られた秘密には、とんでもない事実が書き記されていた。

自分の家が、正当な流派ではない事。自分の流派には何の価値もないという事。兄が継いだところで、終わってしまう以外何もできない家だった。親戚が誰も賞賛してくれないのは、そういう事だ。

そして……わたくしが、自分の流派を守るために政略結婚をさせられていたという事。

 

お腹が痛くて、体調が悪かった。

いつもの事だと思っていたのにどこからも血が出ていない。動機を見てから嫌な予感がしていた。嘘だ、まさか。だって、お腹だって出ていないもの。

 

けれど、同封された映像は、それが真実であると突きつけていた。

 

 

…………プールを休んだ理由を、宮壁さんには生理現象だと言った。誰もそれを疑わなかった。……彼を除いて。

 

 

「安鐘さん、大丈夫ですか?つわり。」

 

「……え?」

 

何故そんな事を彼が知っているのか、よく考えれば分かったかもしれないのに……彼の全てを見透かしたような目に、身動きが取れなくなってしまった。

 

「安鐘さんも大変な目に遭ったんですね。おれもです。おれにも子どもがいて……。どうにかしないといけないんです。どうにか帰らないといけないのですが……安鐘さんはどうします?」

 

「どうするって、な、何の事でしょう……。」

 

「安鐘さん、その秘密が公表されたら……お家、どうなっちゃうんですか?安鐘さんが痛い思いをして被ったものを、『勝卯木さんのせいで失う事になったらつらい』と思いませんか?」

 

「なぜ、勝卯木さんが……。」

 

「勝卯木さんが黒幕だからです。」

 

「!」

 

「安鐘さん、おれと同じ境遇にある貴女に協力してほしいんです。お互い家族のために頑張ってきた者同士、黒幕を殺してこのコロシアイを終わらせましょう。おれ達の秘密と努力を守らないと。」

 

 

「安鐘さんならできます。だってあなたは誰よりもがんばっているから。」

 

 

……綺麗だとか、素敵だとか、そんな言葉をかけてもらうのはいつも恥ずかしかった。そんな事ない、だって今まで誰も褒めてくれなかったもの。その異名はいつ、誰が言ってくれたかしら。ここでみなさんと会うまで一度だって言われた事がないのに、急に才能だとか超高校級だとか、変よ。

だからこそ、わたくしは……家族に褒められたかった。自分の努力を知っているのは他人じゃないから。才能、結果だけを褒めてもらうんじゃなくて、わたくしを褒めて欲しかった。だからこそ、今まで誰よりもがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばって

 

 

たった今、初めてその「努力」を褒めてくれたのは……結局他人だった。

 

 

そう。わたくしが今までやった事は、なんだって褒められるような事ではなかったのね。

ふと、何もかもがどうでもよくなってしまった。涙が止まらなかった。

わたくしはおかしいし、誰も気づかなかったはずの「求めていた言葉」を突然くれた柳原さんだって、きっとおかしいのに……。それに気づけなかった。

 

 

気づけなかったから今になって、後悔しているのですわね。

 

難波さんが厳しい目でこちらを見ている。……みなさんの提案で自室に一日中1人でいた事で、わたくしの目も覚めてしまったようでした。取り返しのつかない事をした。勝卯木さんが黒幕なのは間違いない、柳原さんの話の中でそこだけは信じていないとどうにかなってしまいそうでした。

 

「……入って。」

 

難波さんの声に誰かしらと扉を見やると、同じく厳しい顔で宮壁さんが入ってきた。

 

「…安鐘。」

 

「こうやって宮壁も連れてきたんだからそろそろ話してくれる?動機は何?」

 

言えない。この人達を柳原さんの敵に回してはいけない。

もう死ぬのだから、後悔のせめてもの埋め合わせとして、どうにかわたくしはみなさんを守らなければいけなかった。柳原さんの真意は分からない。けれどわたくしだって、これ以上柳原さんの好きにされたくない。体は家に、心を柳原さんに侵略されてしまったのなら、頭はどうにかわたくしの意思で動かしたいわ。

 

秘密さえ守って、みなさんの助けが少しでもできるなら、わたくしが死のうが嫌われようがどうだっていい。……まだ家のためになる事を考えているなんて、わたくしは本当に愚かな人。

 

とはいえ、ここからわたくしはみなさんにヒントをできるだけ残さなければいけない。今の柳原さんは人の心が読めるから隠し事はできない。柳原さんに気づかれないようにするなら、嫌われたままの方が都合はいいかもしれないですわね。

 

「………話しません。」

 

「アンタ、反省するつもりもない訳?アンタがこんな無差別に人を殺す奴だとは思わなかった。」

 

その後、宮壁さんがメモを取り出して問答が始まった。

2人の真剣な表情に、少しずつ張りつめていた糸がほぐれていくようだった。……この2人がいればきっと大丈夫ですわ。みなさんなら柳原さんの正体を暴いてくれるはず。

 

 

「えっと…何かあったら、俺達に言えよ。」

 

「……。」

 

「今からしばらくは俺が外にいるし、一応部屋の外には誰かがいるようにするから。」

 

……宮壁さんみたいな人に出会えていたら、わたくし、死なずにすんだのかしら。

 

「………。ふふ、お気遣いありがとうございます。」

 

「……じゃあ、また明日。」

 

最後に素敵な2人と話せた事だし、このまま死ねるのなら悪くないかもしれない、なんて。

 

「あの。」

 

「?」

 

いいえ……みなさんと一緒に生きていたかったですわ。

 

「これは、たぶん、言ってはいけない事だと思いますが…どうか気をつけてくださいませ。裏切り者や黒幕…おそらく悪魔などよりも、ずっと質の悪い人が、あなた達を狙っていますから。わたくしが死んだ後も、くれぐれも気を抜かないで。」

 

「……肝に銘じるよ。」

 

宮壁さんは頷くと、そっと扉を閉じた。

 

 

「………宮壁さん。」

 

「みなさんも…どうかご無事で。」

 

 

 

 

 

 

ご無事でいてもらわないと、今度こそわたくしの全てが無駄になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、扉を叩かれた時、すぐに扉を開けてしまった。

わたくしが何か間違えたのか、だから見張りの人が襲われたんじゃないかと思うと、気が気じゃなかった。

 

どうせわたくしは明日死ぬのだから、外にいる誰かの事は守らないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……宮壁さんは、まだ生きているかしら。みなさんの助けが間に合うといいけれど。

 

全身に痛みが走った時に思ったのは、そんな事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

柳原の行為、それは脅迫と洗脳を混ぜ合わせたような、そんな不気味な……本当に悪魔のようなものだった。

 

「もーね、この後の勝卯木サンったらオレくんとの会話も難しくて本当に手がかかったんだから!勝卯木サンを正気に戻すのは仲間のオレくんでもできなかったんだよ。信じられないよね!」

 

「……柳原。」

 

「?」

 

「……絶対に許さないからな。」

 

篠田の射殺すような目つきに柳原は目を逸らした。

長かった裁判の熱も疲れも冷めやらぬ中、柳原はモノパオに処刑を急かす。

 

「……もういいですよ。はやくおしおきでもしたらどうですか。」

 

「まぁまぁ、そんな事言わず!オマエラも柳原クンの動機、気になるでしょ?」

 

「そうだ。柳原、ここまできて黙秘などさせないぞ。」

 

篠田が柳原を変わらず睨みつける。

 

「黙秘も何も、おれはおれのたいせつなものを守るために事件を起こしただけです。」

 

「だから、アンタの大切なものが何なのかって聞いてんの。」

 

「おかねです。」

 

は?

 

「逆におかねのためじゃなかったら何ですか?母親も父親も兄妹も子どもも成績も才能も、全部どうでもいいですし。」

 

「信じられない。本当にそれだけなのかな。」

 

「こら柳原クン!説明不足だよ!」

 

「は?それだけですけど。おかねだけ、おれのことを気にしないでいてくれるから。おれの遺伝子も才能も必要なくて、ただ一緒にいてくれる……。とっても優しくて素敵で尊いものじゃないですか。」

 

意味の分からない発言に、やっとの事で前木が言葉を返す。

 

「え?待って、お金って、喋ったりしないよね……?」

 

「喋る必要がありますか?」

 

「へ……?」

 

「おかねは喋らないからこそいいんじゃないですか。喋るおかねなんて人と変わらないですし、人と変わらないならいらないですよね。」

 

「さっぱり分からん。」

 

大渡も心底呆れたような口調で呟いた。

柳原はさっきから何を言ってるんだ……?いやそもそも、他に気になる事だって山ほどある。

 

「柳原、お金が動機なのは分かった。俺はお前がどうしてそこまでいろいろできるようになったのか知りたい。」

 

「勉強しただけです。」

 

「推理や犯罪に関する事だけじゃない。牧野や勝卯木や難波の特技まで習得するほどの時間があったか?」

 

「……おれはできます。それだけです。」

 

唖然という言葉が似合いすぎる沈黙。モノパオが仕方ないといったふうに口を挟んできた。

 

「まあ、オマエラが納得できないのも仕方ないよ。だけど、柳原クンみたいな世間知らずが投資家として活動できている事だって十分不気味だと思わない?」

 

「……つまり、柳原くんの投資家という才能は、彼の才能の一部でしかないと言いたいのかな?」

 

「東城クン、惜しいね!正確に言うと……柳原クンの才能は、『超高校級の学習力』と言えるって事!人の才能を少し見ただけで自分の物にできちゃう、漫画みたいな超能力!それも、その分野の超高校級の人間を優に超える程の才能を手に入れちゃうんだから、さすがにびっくりだよね!」

 

「超高校級の、学習力……。」

 

最初の裁判で推理ができない演技をしていた訳ではなく、本当にこの短期間でここまで成長したっていうのか?柳原が今持っている才能を思い出す。

 

「アタシの才能を盗まれたのはあの時だと思ってる。……一緒に話した人、皆今いないけど……あ、宮壁は覚えてる?アタシが皆の前で喋ってたやつ。」

 

「難波の話…。」

 

 

♢♢

♢♢♢

1章(非)日常編1

♢♢♢

 

「…というわけでアタシはそこから大脱出!レーザーなんてなんのその!」

 

「わはー!難波さんはあの『スピーダーマン』みたいにスルスル動けちゃうんですーねー!すごいでーす!」

 

「すごーい!さすがしおりん!美亜のメモがどんどんたまっていくよー!」

 

「あ!宮壁さんじゃないですか!どうして1人になってるんですか?迷子ですか?」

 

(中略)

 

「あのね、アタシもこう見えて疲れてるから。」

 

難波がびっくりするぐらい小声だったので俺の声もつられて小さくなる。

 

「そうなのか?」

 

「美亜が来てからずっと、アタシ自分の武勇伝語ってんのよ?めかぶも柳原も楽しそうに聞いてくれるから、最初思いっきり動きまでつけちゃってさ。だんだん疲れてきたけど急に動きなしになるのもかわいそうじゃね?正直宮壁が来てくれてめっちゃ安心した。」

 

♢♢♢

♢♢

 

 

「まさか、あの時間で難波の動きをマスターしたっていうのか!?」

 

「あの時はおれにこんな才能があるなんて知らなかったので無意識ですね。難波さんはご丁寧に何度もやってみせてくださったので。」

 

「……あの時って事は認めるんだ。他にも……牧野のステージの時だって、何か言ってた気がするけど。」

 

 

♢♢

♢♢♢

2章(非)日常編3

♢♢♢

 

「というわけで潛手ちゃんは見事当てられちゃったね!次は2種類でやるけど誰がやりたい?」

 

「あ、おれ、やりたいです!」

 

元気よく挙手したのは柳原だった。

さっきと同じように牧野の向かいに座り、カードを引き、質問されているところまでは一緒だけど…。

 

「な、何?」

 

「いえ、牧野さんがどこでおれの嘘を見破っているのか気になりまして!勉強させてもらってるんです!」

 

「そっか。まあ簡単に俺の技術が真似できるとは思えないけどね。これ、結構難しいから。」

 

「そうなんですね…。たしかにちょっと見ただけじゃ分かりません!すごいですね!」

 

♢♢♢

♢♢

 

 

「あれもなの……!?」

 

「あれはちゃんと勉強したいって言ったじゃないですか。さすがに無意識で習得できるほど簡単なものではないですよ。」

 

「何だコイツ…。」

 

大渡もさすがに引いているようだ。勿論、他の皆も目を見開いていたのは言うまでもない。

 

「勝卯木さんと一緒にいた時にポーカーフェイスの作り方は見て学びました。どうです?何を考えているか、あまり分からないと思うんですけど。」

 

「どうも何も、さっぱり分かんねーっつーの…。」

 

ぱんぱんと音がした方を見れば、モノパオが手を叩いて俺達の視線を集めているようだった。全員がモノパオの方を向くと、満足したようにリモコンを取り出す。

 

「じゃあ、オマエラも柳原クンについて詳しくなったところで、そろそろ柳原クンについて『学習』したいんじゃない?」

 

「……は?まだ何かあるって言いたい訳?」

 

「オマエラが柳原クンの事知らないと話が進まないんだよ。それに柳原クンは反省の色ゼロだよ?知った上で土下座させるのもいいよね!」

 

「柳原が言わないならお前が早く言え。」

 

「もー!篠田サンは本当に人が変わっちゃってオレくんも寂しいよ。少し前まではもっと優しかったのになぁ……ま、友達ばっかり狙われたらそうなるか!」

 

「……黙れ。」

 

「じゃあ、こちらをご覧いただきましょう!柳原クンの秘密についていた映像証拠だよ!」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「……。」

 

母親の抱く布から、赤ん坊の泣き声がする。

気持ち悪い。それがおれの遺伝子を受け継いだ生命体らしい。

 

事の始まりはおれがすぐに字を書けるようになった事だった。

年子の妹は数字すら書けないうちに、おれはテレビに出てきた文字、英語、漢字……異次元のスピードで物を習得していった。

何故そんな記憶があるのかと問われても、覚えているからとしか言えない。

 

母親は大の子ども好きだった。彼女の産んだ初めての子どもであるおれは、惜しみない愛情を注がれた。顔が整っていて、すぐに物を覚えて、親の事を信じている子ども。全世界で、おれより完璧な子どもはいなかったのだろう。おれの下に次々と兄弟が産まれたが、両親のおれに対する目は、どこか他の奴等と違っていた。

 

……それからまもなく、家が貧しくなった。おれは生きるためにどうにかお金を稼ぐ必要があった。凡人の父親の収入ではどうにもならない。借金とかよく分からないくらいの年だったが、お金さえあればどうにかなると思っていた。

その借金を1年で返しきった。両親は泣いて喜びおれを褒め称えた。……そこで、何かがおかしいと思った。下の奴等は指をくわえているだけで何もしない役立たずで、親はおれに頼って何もしない。兄弟、なんでこんなにいるんだ?それ、誰?気づいたら増えてるけど、親は1日中何をしているの?子どもってそんなにいらないよね。

 

 

「子どもは皆愛しているけれど」

「龍也みたいな子が欲しい」

「賢くて」

「かわいくて」

「偉くて」

「素敵な子が欲しい」

 

気づいたらおれの子どもができていた。最近よく眠れていない気がする。あまり覚えていないけど、体が疲れていて、暑くて、寒くて、寝る前に意識を失っているようだった。

そんな日が1年続いた。そして、揺れるベッドの上で目を覚まし、たまたまその疲れの正体に気づいて、そのおぞましさを理解した時、おれは死んだ。

 

 

気づいたらおれは、何も分からなくなっていました。精神的?な何かで、記憶に「しょうがい」が起きているとかなんとか。家族は心配しているけれど、何が悪い事なのか分かりません。それからもよく分からないけど、がんばらないといけないので、おれは投資しては寝る生活を続けました。どうしてがんばらないといけないのか、投資以外の勉強も全然分からなくなったので学校にも行かず、ただおかねを貯める生活です。

 

それでいいんです。

だってきっと、分からない方が幸せだから、おれはばかになったのでしょう。

それなら思い出す必要なんてないんです。

おれには子どもがいて、家族がたくさんいて、家からは一歩も出なくて、ひたすらおかねをかせぐ。それがおれの普通です。だから、それでいいんです。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「……。」

 

「いやー、炎上必至の昼ドラにもできないグロ映像、失礼しました。これが柳原クンの頭が小学生になった理由なんだよ!」

 

「……嘘…。」

 

前木が青ざめた顔で口を手で覆う。

柳原がどれだけ抵抗しても意思とは無関係に子どもを作らされ、そして精神をおかしくしてしまうまでの流れが、簡単な紙芝居とかろうじて残っている録画の切り合わせで流れた。

 

「ヤッバ……マジで頭おかしいって……。」

 

「そうなんですよ。おかしいんです。おれの家。」

 

「……柳原。」

 

「同情してくれるんですか?じゃあ宮壁さんも今すぐそこら辺で子ども作ってくださいよ。ノイローゼになるような大きな泣き声を毎晩聞きながら、眠れない日を過ごせばいいんです。」

 

「……。」

 

思わず眉間にしわが寄る。もう、俺が柳原に言える事なんて何もない……。

 

「待て。その口ぶりからすると、今のお前は記憶を取り戻しているという事か?」

 

「そっか。アンタは記憶障害…幼児退行が最も近いんだろうけど……になった状態でアタシ達とこれまで生活してた。でも何かのきっかけでその記憶障害が治ったからこそ、今こうして過去の出来事を鮮明に思い出している。宮壁、アンタはそのきっかけとかは分かんないの?」

 

「……いや…。」

 

俺が柳原に動機を見せた時の反応、とてもトラウマを抱えたようには見えなかった。俺にはいつかなんて分からない……。

 

「何か強烈なきっかけがあった訳ではなく、おれは勉強をしている中で徐々にその記憶を取り戻していきました。自分の異常な吸収力に脳が刺激されたのかもしれませんね。最初はその幻覚幻聴に頭がどうにかなりそうでしたが、それも少しカウンセラーの本を読めば克服できました。」

 

「じ、自力でトラウマを克服したの……!?誰にも気づかれないように、そんな事ができちゃうなんて……。」

 

前木も声をあげる。今だって足を怪我しているとは思えないし、これから死ぬとも思えない調子で立っている柳原を見ていると、何もかもが信じられなかった。だけど、そんな奴だからこそこんな事をやってのけてしまえたのだろう。

 

「普通はできないのでしょうね。モノパオに動画をもらったんです。宮壁さんの留守の間に封筒から抜き取ったそうですよ。」

 

「……それを、自分で見たって事か?」

 

「荒療治ですがね。何度も見て耐性をつけたんです。ここにそこそこ時間を取られてしまいました。」

 

あれから俺は柳原の封筒を開けないようにしていたし動画を抜き取られたのは相手が黒幕な事もあって、俺にはどうしようもなかっただろう。

牧野や高堂、安鐘があんな事になったのは動画を見たからだ。そんな一度見るのも危険な動画を繰り返し見て、それで自分のトラウマを克服しただなんて、とても信じられる話ではなかった。

 

「少しいいかな。そこまで用意周到にした挙句に今の結果になっている事についても、キミはあまり動揺していないように見える。もうすぐ死ぬと言うのにその余裕はどこから来るのか聞きたい。」

 

「じゃあ、死にたくないーってぎゃんぎゃん泣いたらいいんですか?ですが、おれだってそんなみっともない真似はしたくないので、心を落ち着かせているんです。感謝してくれてもいいんですよ。」

 

「なるほどね。次の質問をするよ。キミは何が敗因だと思っているのかな。」

 

東城の質問の意図が分からない。敗因、柳原がクロだとバレた理由は、安鐘の意味深な発言に俺が疑問を抱いていた事、潜手が裁判を終える前に死んだ事、勝卯木が柳原の靴に毒を溢していた事、そして電子レンジで足を怪我した事……それらが重なった結果だったはずだ。もう分かった事じゃないのか?

 

「あ、東城さんはそこまでは分かっているんですね。」

 

「……?貴様ら、何の話をしてやがる。」

 

「敗因はたった1つです。」

 

柳原がその『人物』を指さした。

 

「……え?」

 

柳原のこれまでにない鋭い視線に、前木は固まってしまった。

 

「わ、私?なんで……?」

 

「前木さんは自分の才能を理解しておらず、おれは理解していたはずでした。それなのに蓋を開けてみればおれが前木さんに嵌められてしまった……。それだけがおれの敗因なんですよ。」

 

「ど、どういう事だ!前木は何もしてないじゃないか!俺達の推理にお前は文句なんて言ってなかった、前木はこの事件に関与なんてしていない。」

 

前木も必死に頷く。柳原は初めて見せる不機嫌そうな表情で前木を見つめている。

しかし柳原と前木の間に割って入ったのは予想外の人だった。

 

「琴奈は間違いなく、この事件に関係してる。」

 

「え、し、紫織ちゃん……?何を言っているの……?」

 

「関係しているからこそ、アタシはいろいろと動いていた。この事件を潰すためにね。琴奈に何も言わなかったのはごめん。」

 

「はぁ。そもそも前木さんが関わっているのは『この事件だけじゃない』んですよ。……モノパオさん、コロシアイを終わらせてほしくなければおしおきは待っていただいていいですか?もう少し話したいんですけど。」

 

「ぐぬぬ!?どういう事だよ!完全にコイツ、コロシアイを分かっているな……!」

 

モノパオがハンカチを噛みしめながら地団太を踏む。

 

「はい!という事で!オマエラ、議論でも談笑でもやってよ!コロシアイを終わらせるなんて言われたら黙るしかできないからね!実際やっちゃいそうだからね!」

 

「ね、ねえ、紫織ちゃん……。」

 

「……ごめん。琴奈を利用した。だから柳原、アンタを陥れたのは正確には琴奈じゃなくてアタシ。まあアンタが犯人なんて知らなかったけど。」

 

「……!あは、やっぱり難波さんを殺してもらったらよかったですね……まったく、なんでまだ生きてるんですか。」

 

「待て、2人で一体何の話をしている?私にはまるで理解ができない。」

 

「……前木さん。そろそろあの話を公表していいかな。」

 

「え?」

 

「だから、キミが宮壁くんを襲いに行った晩の話だよ。」

 

「!?」

 

「宮壁、殺されかけたのか!?いや、今が無事なら一安心ではあるが…。」

 

「前木さんが大人しくボクに白状してくれたのもあるけれど、ボクは前木さんに確かめたい事があったからこの事を誰にも言ってこなかったんだ。」

 

……?だめだ、完全に柳原と東城と難波しか話ができていない。当の前木も頭の上にはてなが浮かんでいる状態だ。なぜあの時の話がここで出てくるんだ……?

 

 

「みなさんピンと来ていないようなので言いますね。前木さんは『1日ごとに運が良くなったり悪くなったりする』んです。前木さん、覚えはありませんか?」

 

「………………。」

 

時間が止まった。

 

そんな漫画みたいな話がある訳ない。

思わず今までの事を振り返る。前木の周りで起きる出来事は、たしかに幸運だったり不運だったりしたけど、そんな規則性があるなんて思いもしなかった。

 

 

「ま、それが柳原の考えで、実際は少し違うんだけど。琴奈の運気は日が経つ事じゃなくて、『眠る度に変わるようになっている』。」

 

「……やはりそうでしたか。おれが安鐘さんを殺すと決めた時、おれの計算では前木さんは不運の日の予定だったのです。それなのにこんな怪我をした。……あの時に、『今日は事件を起こすべきではなかった』と悟りました。実際、この怪我はおれの殺人の決定打となってしまったのですから。」

 

「前木さんの事をもっとよく調べておけばこんな事にならずに済んだのかもしれないですね。」

 

「……アタシは、何かが起きるなら今日だと思ってた。犯人もその方法も何も分からなかったけど、そもそも黒幕がまだ何かしそうで不安もあったからね。だから琴奈と一緒にいる事で『琴奈が寝ないように見張っていた』。アタシがやったのはこれだけだけど、それが功を奏したならよかったわ。推理の方は宮壁に助けてもらったしね。」

 

難波と前木が寝ずに一緒にいた理由が、まさかこの事件の鍵になるだなんて……。

今でもついていくので精一杯の情報量だ。

 

「2人の話からするに、ボクの考察は合っていたみたいだね。それを踏まえて説明させてもらうよ。」

 

「前木さんが宮壁くんを襲ったのは、『前木さんが幸運である時』なんだ。勿論、前木さんがそれまで毎日ちゃんと寝ていればの話だけれど。それが不審に思ってね。衝動的に殺人を犯そうとした事のどこが幸運なのか、よく分からない。」

[情報⑥:前木が宮壁を襲った日、正真正銘、前木は超高校級の幸運だった。]

 

「…………。」

 

「前木さん。」

 

「……あ、えっと、うん……毎日寝てたよ、今日までは……。」

 

「そして、この才能の1番恐ろしい話をします。今回はおれが彼女の運が日付変更と共に変わると思っていたので、殺す時に彼女が不運であるよう調整したから特例ですが……。」

 

「ちょっと待て!調整ってまさか……!」

 

 

♢♢

♢♢♢

3章 (非)日常編2

♢♢♢

 

「宮壁くんおはよう!」

 

「おはようございます!」

 

「おはよう。2人が一緒にいるなんて珍しいな?何かあったのか?」

 

「特に何もないんだけど、柳原くんが私と一緒にいたいらしくて…。」

 

「珍しいな、急に。」

 

「はい!実は、みなさんと順番に一緒に過ごして交流を深めようと思っていまして!お話しするのが1番いいと思ったので、昨日は勝卯木さん、今日は前木さんとおしゃべりするんです!…あっ!」

 

バランスを崩したのか、急に柳原が前のめりになってこけた。その時足が絡まったのか前木も一緒にこけてしまう。突然すぎて俺も全く動けなかった…。

 

「いたた…。」

 

「わ、ごめんなさい前木さん!…えっと、怪我はしていませんか!?」

 

「う、うん。柳原くんこそ大丈夫?」

 

「はい、おれは何も…それにしても、前木さんまでこけてしまうなんてついてないですね!」

 

「そうだね…たしかについてないかも。あはは、まあこんな事もあるよね。」

 

「2人が特に怪我してないないならよかったけど、これからは気をつけてくれよ…。」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

「あ、あの時……!?」

 

「おれが足をかけたんですけど、あれで転んだからあの日は不運だと推測したんですよ。それから丁度おれの犯行の時にあなたが不運であるように計画のタイミングを調整したという訳です。そんな事より、おれが話したいのは……」

 

「今までの2つの事件は、どちらも『前木さんが不運』の時に起きています。」

 

「!?」

 

「……柳原くん、キミは本当によく見ていたんだね……。恐ろしいよ。」

 

「これの意味が分かりますか?彼女が不運な時に、『彼女にとって嫌な出来事が起きる』。そしてその出来事の大きさは問わない。……このコロシアイで何が起きるか、全て『その時に前木さんが幸運か不運かで決まっている』んです。」

 

「……は?」

 

そんなファンタジーがあってたまるか。中学生が考えたようなバカみたいな超能力……そんなもの、現実にある訳ないだろ……!

 

「今日は前木さんが幸運なので、クロは絶対に暴かれるし、みなさんは絶対に投票を間違えないんです。……ほら、投票の時の事を思い出してみてくださいよ。」

 

「投票……。」

 

前木の顔は真っ青だった。そうだ、確かさっきの投票でも……。

 

 

♢♢

♢♢♢

?章「非」日常編2

♢♢♢

 

宮壁「誰が投票した!?まだ投票してない人は!?」

 

柳原「おれは投票しましたよ。」

 

篠田「私も、してしまったが……。」

 

東城「ボクを含めて3人投票している。変更なんてできないけれど大丈夫なのかな。」

 

宮壁「他の皆は……!」

 

頼む。俺の気づいた真実で、今度こそ皆を導かなきゃいけないんだ!

絶対に絶対に絶対に、俺はもう、間違えてはいけない……!

 

難波「アタシは今押そうとしてたところだからまだ。」

 

大渡「同じく。」

 

俺も当然未投票だ。丁度3人ずつ。これで、運命は、

 

宮壁「ま、前木、前木は……!?」

 

前木に託された。

急な話でついていけなかったようで、前木は慌てて俺の問いかけに応じる。

 

前木「あ、え、えっと…………押したけど、手が震えて押せてなかったみたいで……。」

 

 

前木「まだ、投票してないよ!」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

「だから、あのタイミングで宮壁さんが閃いたのも、前木さんが投票できていなかったのも、必然なんですよ。」

 

「だから貴様はクロでありながら取り乱す事もなかった。貴様がクロであると暴かれるのはあの投票が止まった時点で決定事項だと思ったから…そういう事かよ。」

 

「そうです。」

 

「チッ、とんだオカルト話だな。」

 

「大渡が言う?」

 

「黙れ。」

 

「……。」

 

「前木、大丈夫か。」

 

「……。」

 

「これ以上の話は今することじゃないだろう。前木はその事を知らなかった。負荷をかけさせるな。特に難波、これ以上そいつの話にのる必要はない。」

 

篠田が柳原達の方を厳しく睨みながら前木に寄り添う。いつもそういう事をするのは難波のはずだけど、難波は変わらず柳原の前に立ちはだかっていた。

 

「そうだね、ごめん。琴奈の運の事は言うつもりなかったけど、柳原はどこまでもアタシ達の邪魔したいんだね。もう死ぬんだから余計な事は言わないでくれる?」

 

「逆にみなさんのためになるような事をする理由が無いので。仮にもみなさんは投票でおれを殺すのですから、そんな人達に優しくする必要がありますか?」

 

「はい、もうこの話は終わり。」

 

難波が手を叩く。柳原は無視されて一瞬不服そうだったが、それもすぐに切り替えた。

 

「で、次は何の話をするんですか?」

 

「私は、先ほどのお前の話では動機について理解できない。本当に金だけが目的なら、お前自身が人を殺す理由はどこにもなかったはずだ。コロシアイが起きれば全員の大切なものが守られる、そう言ったのはお前だろう。」

 

たしかに、さっきの柳原の説明だと、柳原がここからクロとして出て行く理由にはならない。まだ他の理由があるのか……?

 

「モノパオさんが見せた映像を見て、普通に考えれば、あの家族の元に帰る理由はたしかにありませんね。」

 

「……。」

 

 

「おれはあの家に帰る必要があったんです。……おれを殺した家族を殺すために。」

 

 

「……え?」

 

「あいつらを野放しにしてもいいですけど、それじゃあおれが許せません。おれの子どもなんてこの世にいらない。全員殺そうと思っていました。」

 

普通なら家族が待っているから家に帰りたいと思うだろう。それと真逆の理由。これ以上自分の手を汚すために、外に出たいと思う奴がいるなんて。

俺は、刑事事件の資料もたくさん見てきた。だからこそ、人を殺すという事の重さは承知しているつもりだし、実際許せる事でもないと思っている。ましてや、自分の家族……それに、まだ産まれて間もないような自分の子どもを殺すなんて、このコロシアイじゃなくても死刑を受けるような罪になる。

けれど、柳原のあの映像を見た後だと、どうしても強く否定できなかった。

あまりにもおぞましすぎて、物好きの集まるサイトでしか取り扱われないような家庭。他人ですら寒気を覚えるような人を、当の本人が許せるはずはないのだから。

 

「でも、動機なんてもうどうでもいい事ですよ。叶いもしない事を語って何になるんですか。おれはもう死ぬんです。」

 

「でも、俺達は知らないといけないんだ。俺達は……」

 

「いい加減にしてくださいよ!!!!!!!!!」

 

ダン、と激しい音がした。柳原が自分の席を叩いて震えている。普段暴力などとは無縁であろうその拳は、裁判席の固さに負けて血が滴っていた。

これまでずっと表情をほとんど変えなかった柳原は、今までにないくらい青い顔をしていた。

 

「なんなんですかあなたたち、おれの犯行を暴いたかと思えば今度はおれの過去を勝手に見て、おれの動機を聞いて、人の事情を見知ってそんなに楽しいですか……?」

 

「おれがあいつらを利用したのも、おれが家族を殺したがってるのも、あなたたちを殺そうとしていたのも、全部関係ないじゃないですか!!!!!」

 

「柳原、」

 

「うるさい!!!!!!!!おれが全部話していれば、あなたたちが何かおれのためになる事をしてくれたんですか!?何もできない癖に!どんなに苦しくても誰も助けてくれないから、自分でやったんじゃないですか!!!」

 

何も言えなかった。俺が柳原のためにしてやれることなんて、1つもない。俺達が柳原の動機を知りたがっているのだって、殺された皆の死に納得するためだ。

 

「……ごめん。」

 

「謝る必要があるか?」

 

「大渡…。」

 

「貴様は確かに悲惨な人生を送ってきたらしいが、だからあいつらを殺す理由になるのか?犯人が可哀想ならその殺人を咎めなくていいってのは、都合がよすぎるだろ。」

 

「私も同感だ。柳原の過去に何があろうが、それは他者の未来を奪っていい理由にはならん。そのけじめとして、本来の目的を白状させる事の何が悪い?お前に殺されかけた私達にはその権利がある。」

 

篠田と大渡は、相変わらず厳しい顔で告げた。そんな事は俺だって分かっている。でも……

 

「俺は2人とは事情が違う。俺は柳原の過去を誰よりも早く知っていた。助けにはなれなくても、何か違う未来を作れたはずなんだ。」

 

「……そうやっていつまでも夢を見ている訳にはいかないよ、宮壁くん。キミがいくら後悔してもここから起きる事は変わらない。彼は死ぬし、コロシアイは終わらない。」

 

「……そう、だな。」

 

「理知的で利己的な人が多くてさすが最低な人達ですね。みなさんの様子を見ていたら落ち着きました。どうやらあの荒療治ではおれの精神は治りきらなかったみたいです。」

 

「柳原くん…。」

 

「そうだ、前木さんにはもう少し文句を言わせてください。」

 

「……。」

 

「前木さんが幸運だから、クロであるおれは『超高校級の不運』になってしまったんですよ。」

 

「……。」

 

「だからおれ、前木さんに味方になってほしかったのに。前木さんがおれの味方なら潜手さんがあそこで死ぬ事も足を怪我する事もなかったんです。」

 

前木に近づこうとしたところを難波が無言で遮る。

 

「ずるいんですよ。」

 

「ずるい、ずるいです……。ずるいずるいずるい、前木さんの人生のレールにおれを巻き込まないでください。こんなの反則です。おれには最初から勝ち目がなかったなんて。ずるいですよ……おれにはこんなにひどいことばっかりするのに…黒幕を突き止めて、足が痛くてもがんばって何事もない顔して、裁判も途中までみなさんのことを助けてあげて…なんでそんなにしてもまけちゃうんでしょう……。こんなの、人が呼吸をして生きているって事とか、そんなレベルの世の中の法則としか考えられない…世の中がそうなってるんです…いいな。おれも、世の中がおれのとおりに動いてくれたらよかったのに。まえぎさん、おれしにたくないです。だっておれ、おれの人生をかえたかっただけなのに。いままでいいことなかったから、みらいではいいことがしたかっただけなんです。ひとになりたくて、ひとになりたかっただけなのに、それもたかのぞみなんですかね。」

 

……直感で分かった。これが柳原の本当の動機だ。金の事も家族の事も本当だろうけど、何よりも根底にあったのは……これに違いない。

 

「高望みだよ。オマエには十分な才能がある。凡人の努力はもちろん、超高校級の人間の努力ですら嘲笑えるような才能を持ってるんだからね。そんなチートみたいな奴が、そもそも人な訳ないじゃん!」

 

「……こんなさいのう、いらないです。あたまがさえて、さえすぎて、なんでもわかっちゃうんです。なんでもわかるのに、のうがぱんくしないから、ずっとずっとわかりつづける。きもちわるい……。」

 

「オマエはずっと前からキモいよ!んじゃ、オマエラ喋らないし、さっさと始めちゃいますか!」

 

「あはは!あくまもうらぎりものも、ぜんぶぜーんぶわかっちゃいました。おれがあくまに『なりかけてた』んだから、まあとうぜんですよね。それに、うらぎりものはみなさんにはころせません。このコロシアイがおわることなんてないんですよ。…しりたい?おしえるわけないじゃないですか。おれ、ひとじゃないから、ひとのみかたじゃないですし。」

 

柳原は、いつも通りの顔で笑っている。

 

「よかったー!ここで言われたら今度こそ終幕するところだったよ!」

 

「オシオキのないようもよそうついちゃったし……こんなことなら、ずっとようちえんじみたいなあたまでいればよかったです。」

 

「はいはい予想通りだろうけどオシオキするよ!紙幣のごとく燃やしてやんよ!」

 

何か、何か言わなければ。やりきれないこの想いを、形にしなければ……。

 

「柳原、」

 

柳原は、いつも通りの顔で笑っている。

 

「うーん、みやかべさんはろくなこといえないでしょ?なにもいわなくていいですよ。」

 

「……っ。」

 

「はりきっていっちゃうよー!」

 

柳原は、いつも通りの顔で笑っている。

 

「あはは。みやかべさんはこういうとき、ほんとうにだまりますよね。すこしくらいなにかいえばいいのに。」

 

「第4回!オシオキターイム!」

 

柳原は、いつも通りの顔で笑っ…………

 

「ほんとつまんない人ですよね、宮壁さんって。」

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

GAME OVER

 

ヤナギハラくんがクロにきまりました。

オシオキを開始します。

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

どこからか現れた檻に閉じ込められる柳原。

 

その檻は天井から吊るされており、不安定に揺れている。

 

その檻の中に、赤ん坊を包むのに使うおくるみが柳原を囲うように並べられていく。

 

 

柳原の顔が青くなったのは言うまでもなかった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【金の煮えたもご存じない  超高校級の投資家 柳原龍也処刑執行】

 

 

 

揺れる檻に向かって機会のアームが伸びる。そのアームには何かを持っていた。

 

あれは、灯油タンクだ。

 

モノパオが慎重な操作でおくるみに油をかけていく。

 

柳原にはかからないように、そっと……。

 

そして、檻の下からごうっと音がした。

 

火だ。柳原の予測通り、燃やすつもりなんだ。

 

檻の下を火が撫で続けて数分が経過した。あの檻はもうかなり熱いはずだ。

 

それでも、柳原は泣いたり悲鳴をあげたりせず、ただじっとしている。

 

ついに檻の温度に耐え切れなくなったのか、周囲のおくるみが燃え上がり始めた。

 

トラウマの根源がなくなった事でやや顔色がよくなった次の瞬間。

 

おくるみの布が燃え、はらりと落ちる。中にくるまれていたものが見えた。

 

札束だった。

 

彼はそれに気づくと顔色を変えて手を伸ばす。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

手遅れとなった札束を手にした瞬間、檻全体に火が回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

「……。」

 

「はー、愉快愉快!大きな悲鳴、ごちそうさまでした!残しちゃったけど。」

 

沈黙の中、モノパオだけは満足したように寝そべった。

 

「何かメモを持ってたみたいだから跡形もなく燃やしてあげたよ!何かのヒントになるといけないからね!」

 

「……は?」

 

「おっと、言ってしまった!気のせい、独り言だよ!」

 

モノパオは楽しそうに言った後、俺達を手でしっしと追いやる。

 

「オマエラ、早く帰ってくれる?この焦げ臭いのを片付けなきゃいけないからさ!」

 

「……ご、ごめ、ちょっと……。」

 

前木は口を抑える。そのまま裁判場の隅に駆けて行った。篠田が無言で後を追う。

 

「……。」

 

何も、声が出なかった。

 

「ボクは帰るよ。また死体をボロボロにされてしまったし、もう用はないからね。」

 

「ああ、分かった……。」

 

「まったく、オレくんが触れる死体にする訳ないでしょ!グロが苦手な人もいるから、配慮として跡形もなく消してあげたんだよ!」

 

東城とモノパオの異常発言に文句を言う元気なんて残っていなかった。そのまま東城は出て行った。

 

「んー?誰も反応しないね?オレくんも一旦帰るよ!ちゃお!」

 

モノパオが消えても、辺りは沈黙が広がっていた。

 

「……あのさ、今日は寝よ。たぶん今夕方。今日は朝から裁判と捜査してるからさ。」

 

「ああ。」

 

「同感だ。」

 

俺と大渡が難波の意見に同調する。とにかく体にたまったひどい疲れをどうにかしたかった。

 

「……あの。」

 

「前木、大丈夫か?」

 

「…………私、寝ない方がいいかな。それか、私が二度寝して調整すればずっと幸運でいられるって事だよね。私、皆に迷惑かけられない。不運でいたくない……。」

 

「貴様にとっての幸運が全員の幸運とは限らん。貴様がクロになれば俺達は負けるだろ。」

 

篠田が睨み返す。

 

「大渡、それは今する話じゃない。」

 

「チッ、事実だろうがよ。」

 

「そ、そうだよね。ごめんなさい……。」

 

前木の顔色は、幸運の話になってからずっと青い。明らかに精神的にきつそうだった。

 

「……私は、勝卯木と柳原を許していない。安鐘の事も、許せる話ではない。それについて話したい事も、前木の事も話すべきだと思うが、それらは全て明日にしてほしい。」

 

「……瞳ちゃん。」

 

「今は、まだ立ち直れそうにないんだ。明日でも無理なら明後日と頼むかもしれない。私は……今は、明日からもコロシアイが続く事に耐えられない。自分の無力さにどうにかなってしまいそうで。」

 

篠田は目を潤ませていた。

俺もさっきから頭痛がするし、今は皆と話ができる気分じゃないな。

 

「分かった。じゃあ皆帰って。」

 

「え、紫織ちゃんは帰らないの?」

 

「……少し見ておきたいものがあるから。琴奈はしっかり寝て。今日は徹夜させてごめんね。」

 

「う、うん。」

 

裁判場に用があるのか…?難波の様子もさっきからおかしい。気になるけど、聞いたところできっと話さないだろうな。

 

「分かった。……おやすみ。」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

歩く元気のなかった俺達は、4人でエレベーターに乗った。

 

「……ぐすっ。」

 

前木はこみ上げるものがあったのだろう、また泣き始めていた。篠田がそれをそっと支える。かく言う篠田も涙が頬を伝っていた。

 

「……チッ。」

 

胸糞悪い事件とその結末。大渡が舌打ちをするのも仕方が無いと思った。

 

「宮壁は、平気か。」

 

「え、ああ。なんとか……疲れてるけど、俺まで泣いてもだめだろ。」

 

「頼もしいな。」

 

会話らしい会話はそれっきりで、後は個室につくまで無言だった。

 

自分の部屋に入るなり、俺は着替えもせずシャワーも浴びずにベッドに倒れこんだ。昨日と今日の長すぎる2日間の事が頭に蘇る。

 

「くそっ……。」

 

仲間だと思っていた人が黒幕だった事、仲間が黒幕を殺すのを実行した事、仲間がその2人の手引きをした事、かけがえのない仲間達がその計画の犠牲になった事。何もかもが夢であってほしかった。

 

無言で枕を殴りつける。俺が出来た事は……投票を導いた事だけだ。それもきっと、前木の才能のおかげだ。

昨日まで動いていた皆の顔が頭に浮かぶ。

こんなにたくさんの人が死ぬ事はなかった。何かが違えば誰かは生きていた。

 

「くそ……っ!!」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「モノパオ。話がある。」

 

「へ?難波サン、話ならオレくんがいなくなる前に言ってよ!」

 

「……このコロシアイを終わらせる方法、本当にないの?柳原の言葉が気になる。」

 

「悪魔を殺せばいいって言ってるじゃん!」

 

「アタシは、アンタを殺してコロシアイを終わらせる。」

 

「ええ!?オレくんを!?それは無理な話だよ!」

 

「無理?アタシは諦めてない。モノパオ、アタシがアンタを呼んだのは…アンタを脅すため。」

 

「ちょっと!柳原クンとやってる事一緒じゃない!」

 

「今からアンタに見てもらいたい物がある。こっちに来て。」

 

モノパオは急に無言になると難波の後についていく。難波は裁判場から玄関ホールに通じる通路に入った。

 

「……これ、なーんだ?」

 

「…!」

 

「なんでこんなところにこんなものがあるのか、思い当たる事は?」

 

「……脅しにはのらないよ。オレくんはオマエには絶対に殺されない。絶対にね。」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

……。

やっほーミンナ!勝卯木蘭だよ!今は裏切り者のモノパオに連れられておしおきされる直前!

……何に向かって挨拶してんだろ。

 

はーあ、りゅうやくんに利用されるだけ利用されて、結局こんな事になっちゃった。

何かの間違いでどうにかならないかな~と思って、洗脳が不完全のうちに毒を足にかけてみたけど……。ミンナ気づかなかったよ。

 

うわー、これ本当にまずいんじゃない?めかぶちゃんもまだ生きてるし。せめてめかぶちゃんが投票が終わっちゃう前に死んだら、全滅する事はないはず……!

 

……めかぶちゃん…。

 

そうたくんとめかぶちゃんは、私が選んだ2人だけど、もやもやする。

 

 

だいきくんが無言で私の部屋から出て行った後も、めかぶちゃんは泣いていた。

私は半分ウソ泣き半分本当に怖いから泣いてたけど、めかぶちゃんは……私の為に泣いていた。

ねえ、めかぶちゃん、めかぶちゃんは今私に狙われてるとも知らないで、私のために泣いてくれるの?本当に優しいんだね。

 

「……食欲、ない。」

 

少し手をつけただけで返す。これから水と偽って毒を飲んでもらうのだから、ここでいつも通り食べちゃだめなんだ。

 

「はわ……勝卯木さんの食欲がないなんてー……。」

 

「……めかぶ……食べて。」

 

「わわ!さっき食べましたーよー?……いいんですかー?」

 

「うん。」

 

……おいしそうなご飯をめかぶちゃんが代わりに食べ始めた。これから殺すのだと思うと、まともに見れなかった。

 

「水……ある……。」

 

「ふふー、ありがとうございますー!」

 

「……。」

 

飲んだ、飲んでしまった。

 

どうしよう、なんで私、こんな事してるんだろう。

汗が止まらない。すずかちゃんに毒を盛られたから?違う。

 

「……。」

 

「わわ!勝卯木さんー!泣かないでくださいー……潜手めかぶが、明日も作りまーすよー!持ってきますー!だから、だから……。」

 

「おいしいものいっぱい食べてくださいー……。」

 

めかぶちゃんは再び泣き出してしまった。しばらく泣いて、涙として出て行った水分を補うかのように、再びめかぶちゃんの手が毒の入ったコップに伸びる。

 

ぱしゃん。

 

「わ、わ、どうしましたー……?」

 

「…………。」

 

何の解決にも罪滅ぼしにもならないのに、コップを倒していた。すぐに近くにあったタオルで拭く。黒くなるから触らないようにしないと……。

何故かさっきから、私の頬は濡れっぱなしだった。

そのまま、自分の飲んでいたコップを渡す。同じに見えるけど、これはゆうまくんが渡してくれた症状を抑える薬が入っている水だ。めかぶちゃんは水だと思ったのか渡した方を飲んでくれた。

 

お兄様はこんな事しろなんて言ってなかった。

そうたくんとめかぶちゃんは、私が殺してもいい人じゃなかった。

ミンナに、勝ってもらわなきゃ。

私がやった事だけじゃなくて、これから起きる事件の真実を、全部分かってもらわないといけない。

 

扉をノックする音が聞こえた。ひとみちゃんが迎えに来たのかな。

 

「おやすみ……。」

 

「……はい!また明日ですー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「……とんでもない事になったな。」

 

「そうですね。」

 

「柳原は何もないか?おかしな事があったらすぐに言うんだぞ。」

 

「はい!おれは大丈夫ですよ!」

 

「……そうか。無理はするなよ。」

 

「……無理なんて…。」

 

「自分は裁判などで人を牽引できるような推理力はない。だからこそ、そうでない時には他の奴等を支えてやれるといいと思っている。柳原、最近寝不足だろう?顔色が優れないようだが。」

 

「……実は、動機の動画ファイルを見てしまって。」

 

「眠れないのか。少し待っていろ。」

 

「?」

 

三笠は厨房に消えた。何をしているのか気になった柳原も厨房に向かう。

 

「ホットミルクでも作ってやろう。甘めにするとよく眠れる。」

 

「わぁ…!いいんですか?」

 

「勿論だ。」

 

牛乳に砂糖を加え、電子レンジに入れる。

しばらくしてレンジから取り出す。周囲にふんわりといい匂いが漂う。

 

「おいしそうですね!」

 

「少しハチミツもいれるといい。体を温めてもくれる。ゆっくり冷ましてから飲むんだぞ。」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

厳しい顔で篠田が食堂を立ってから、ここはもう三笠と柳原の2人だ。先ほどまで安鐘の個室で見張りをしていた三笠が、遅めの夕食をとった後だ。この時の柳原は三笠が勝卯木に狙われたという確証は持っていなかった。勝卯木の犯行で誰を標的にするかは一切聞かなかったためである。

 

「うまいか?」

 

「はい!三笠さんは何でもできてすごいですね!また飲みたいです!」

 

「はは、じゃあさっきの分量をメモしてやろう。」

 

「え、三笠さんがまた作ってくれるんじゃないんですか?」

 

「……はは、作れたらな。」

 

「どういう事ですか?」

 

「……いや、何というか。」

 

三笠は自分のマグカップを両手で包み込む。暖を取るように。

 

「もし、自分に何かあったら……柳原、頼むぞ。」

 

「……。何を言ってるんですか。」

 

「皆いい人達だ。もうここにはいない4人も、安鐘も含めてな。柳原はそんな皆の役に立とうと今日まで勉強していただろう。」

 

三笠はまっすぐ柳原を見る。

 

「柳原、お前もいい奴だ。自分はそう信じている。」

 

「だから、また今度、このメモの通りに皆にホットミルクでも作ってやってくれ。」

 

「三笠さん、その言い方じゃあ、」

 

「……誰にも言うなよ。自分も正直見当もついていない。この状況で不確定な話はできない。」

 

「……はい。」

 

「もし、一緒にいたお前が疑われたらすまん。でも……」

 

「お前達なら大丈夫だ。」

 

柳原の頭を撫でると三笠は自室に戻っていった。

 

 

「…………。」

 

 

「……本当、馬鹿な人ですよ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

寝ようとした俺を邪魔するかのように激しい頭痛がする。裁判の後はいつもそうだ。しかも、今回は今までの比じゃない。

 

「うっ……。」

 

痛すぎて変な汗が出る。寝ていたところを頭痛に起こされ、よろよろと起き上がる。

上着を脱ぎネクタイを外す。少しでも楽にならないと……。

なんとか棚から寝間着を引っ張り出す。服が緩い分、少し落ち着いたような気がするけどほんの気休めだな。

 

「痛い……。」

 

この痛さで保健室まで行くのも厳しい。ぐちゃぐちゃの感情を抱えたまま寝ようとしたから、まるで頭が悲鳴をあげているみたいだ。せめて、何かノートに整理すれば落ち着くだろうか。

 

倒れ込んだ姿勢でペンを手に取り、文字を書こうとしたところで……

 

俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢だ。

 

これは夢だとはっきり分かる夢、それを見ている気分だ。

 

先ほどまでの頭痛はきれいさっぱりなくなっていた。だからこれは夢なんだ。そうに違いない。

 

 

「ねえ。」

 

 

(ん?)

 

俺を呼ぶ声に返事をしようと思ったが、この夢は不便なもので目を開けようと思って目が明くわけでもなく、手足も動かないし声も出せないみたいだ。

 

 

 

「宮壁。」

 

 

 

……ところで、俺を呼んでいるのは誰なんだ?

 

「起きてってば。」

 

「あんた、いつまで寝てるの?そろそろ起きて欲しいんだけど。」

 

その女子の声は、思ったよりフランクな感じで話しかけてくる。

 

誰だ?この声、聞き覚えがあるけど……。

 

 

そう思っているととたとたと足音が聞こえてきた。

 

 

 

「ひかりん!そんな優しく肩たたいたくらいじゃ起きないよ!」

 

 

 

…………は?

ひかりん?

 

 

 

「ドS宮くん!起きてー!おーきーてー!」

 

 

 

??????

 

 

この呼び方、え………………?

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「あ!起きた!ほらね!美亜の起こし方の方がうるさいから起きるんだよ!」

 

 

「本当だ、美亜ちゃんの言う通りだ。……宮壁、気がついた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER? 『私のままに我儘に』

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超高校級の投資家 柳原龍也

【オシオキにより死亡】

 

 

残り生存者数 6人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼[ホットミルクのレシピの残骸]を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT →→→ CHAPTER4『半劇消化、裂かれたヴェール。』

 

 

 

 

 




前木がその時幸運か不運かが分かるように、1章から今回まで毎日何かしらの出来事が起きていました。
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