ダンガン口ンパノウム   作:口田らみ

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お久しぶりです。
3~非日常は一定のペースで投稿したいのでしばらく時間がかかると思います。今年中に4章を終わらせたい。


(非)日常編 2

 

 

 

『オマエラ、おはようございます!今日も元気にコロシアイ生活ですよ!』

 

 

「……うるさいな。」

 

 

元気のいいアナウンスを聞いてしぶしぶ起き上がる。自分の目覚まし時計がない事もあってか、だんだん早起きが苦手になってきた気がする。しつこく下がってこようとする瞼に力をいれ、半ば無理矢理身支度をすませて食堂に向かった。

 

 

 

「宮壁か。」

 

「篠田。おはよう。」

 

「おはよう。コーヒーだけは淹れているから、砂糖と牛乳は適当に入れてくれ。」

 

「あ、ありがとう。篠田はもう朝ごはんは終わったのか?」

 

「ああ、……。」

 

「どうした?」

 

「今日は何をする?」

 

「そうだな……。探索は終わったし、各々調べる日でいいんじゃないか。」

 

「ふむ、分かった。」

 

 

篠田と別れて1人でご飯を食べた。今日はオーブンで解凍するタイプの冷凍ピザだ。

 

こうやって1人でご飯を食べる状況にも慣れてきてしまった。ここにいる人達は別に集まらないといけないなんて思ってないから仕方ないけど、それにしても人との会話が少なすぎて退屈な場所がさらに退屈に感じる。

 

 

食器を洗って一息ついていたところで、ようやく食堂に人が現れた。

 

 

「大渡。おはよう。」

 

「……。」

 

 

はいはい、いつもの無視ですか。

 

そう悪態をつくのも面倒になったので、特に気にせず持ってきていた本を開く。

 

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

 

せっかく2人きりだし、大渡と何か話してみるか。無視されたらやめよう。

 

「なあ、大渡って普段は何してるんだ?」

 

「……。」

 

「へぇ、そうなんだ。何もしてないのか。」

 

「うぜぇ……。」

 

「いつから霊が見えるようになったんだ?そういえば、あれから大渡の方は何か進展があったのか?」

 

すごく嫌そうな顔をしているが、答えないとずっと話しかけられる事を察したのか、ようやく口を開いた。

「……物心ついた時には視えた。進展は……あるにはあるが、貴様に話す事はない。」

 

「なんだそれ。じゃあ『ない』って言っても同じじゃないか。」

 

「進展がある、という事実だけで十分だろうが。貴様に話したところで……」

 

ふと口を止めて、俺の方を見る。

 

「ん?」

 

大渡が食い入るようにこちらを見てくるなんて初めての事で怖くなってきた。いや、そもそも目を合わせたのがほぼ初めてだな……。

 

「……。」

 

大渡が前髪をあげた。普段髪で隠している方の目が見える。何か事情があって隠している訳ではなかったのか、特にもう片方の目と変わりなかった。

 

「貴様、お祓いとか行った事あんのかよ。いや、絶対ねぇよな。」

 

「え?」

 

「…………チッ、貴様がいつどこで誰と死のうが知ったこっちゃねぇが、ここで死なれたら殺人か事故か分からなくなる……。」

 

大渡は普段から持ち歩いているのか、何も書かれていない紙の札と筆を取り出した。

 

さらさらと何かを書き、叩きつけるかのように俺の本の上に置いた。

 

「持っとけ。あとこの皿洗え。」

 

「え、は?」

 

そのまま、そう言い残して出て行ってしまった。食堂には大渡の使った食器と達筆な字が書かれた札と俺だけが取り残された。

 

これ、まさかお札をくれた、のか?あの大渡が?

 

「……あ、ありがとう!」

 

 

誰もいなくなった廊下に向かって叫んでみた。

 

 

♢♢♢

 

 

「お、宮壁じゃん。」

 

「難波!」

 

「元気そうで何よりだわ。なんか顔色もよくなってんね。」

 

「そうか?2日経ってだいぶ持ち直してきたのかもしれない。」

 

「ふーん、いいね。じゃ。」

 

「ま、待ってくれ!」

 

「ん?」

 

今までの事件が頭をよぎる。誰かが変だと気づいたら、もう二度と放っておかない。難波が何をしようとしてるのか分からないけど……何にしろ、1人でいさせる訳にはいかないんだ。

 

「難波、俺、難波の事を何も知らない。」

 

「……?」

「話してほしい。難波がどうして怪盗になったのか。前言ってた殺したい奴っていうのが誰を示しているのか。難波が何を隠しているのか。今お前は何を調べてるんだ。」

 

「なんで?」

 

「もう事件は起こさせない。」

 

「……。ふふ、マジで本気の顔じゃん。アタシが怪盗になった理由自体は大した事ねーよ。誘われたっていうか。」

 

「あ、怪盗の仲間がいるんだな。」

 

「うん。アタシ含めて4人。皆いい人だったよ。」

 

「……『だった』?」

 

難波との前の会話がよみがえる。『頭の悪い怪盗は死んでしまう』という言葉。まさかその仲間は……。

 

「ほら、こういう空気になるから話しても仕方ねーかなって思ってんのに。」

 

「それでも聞きたかったからいいんだ。空気に関しては……ごめん。じゃなくて!他の質問もある…………」

 

 

次の瞬間、脳が思考を止めた。

 

難波の唇が離れた時には、俺の顔が高熱を出していた。

 

「な、え、難波。」

 

「ほんと、宮壁はからかいがいがあって助かるわ。」

 

「ちょっと待て!!説明しろ!!なんだ今の!?」

 

「あはは!」

 

 

難波は駆け足で去っていき、すぐにヒールの音も聞こえなくなった。

 

真っ赤になった顔と真っ白になった頭が冷静さを取り戻した頃、俺は難波に話をはぐらかされたのだと気づいた。

 

 

「……本当、何やってんだろうな。」

 

 

行き場のない気持ちだけが俺の中で渦を巻いていた。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

あの後、皆で軽く昼食を済ませた。次の本を借りようと図書室に行ったところ、先客がいた。

 

「宮壁くん!」

 

「前木。さっきぶりだな。」

 

「そうだね。私達だけで作ってると、ご飯のレパートリーも全然なくて困っちゃうよ。」

 

「ああ、それでレシピ本を見ているんだな。」

 

「うん。このままだとお昼はカップラーメン生活になりそうだからね。時間だけはたくさんあるから、いろいろ作る練習でもしようかなって。」

 

前木はそう言いながらおこわのページを見ていた。

 

「なるほど。……おこわ、前に食べたのなんて数年前かもしれない。」

 

「私も。久しぶりにいいよねって思ってたけど、ちょっと難しいかも。……わ。」

 

ちょうどそのページの近くに、栞のように挟んであった万札を見つける。そういえば今日は幸運の日か。

 

「誰かのへそくりかな。こんなところでお金なんてあっても意味ないし、泥棒になるから使わないけどね。」

 

「だな。」

 

お互い顔を見合わせて笑う。そもそも、図書室の蔵書の中にへそくりなんて逆に危ないのでは……?

 

「そうだ、あれから難波とは変わりないか?さっき会った時は普通だったんだけど。」

 

「うん。昨日よりずっといつもの紫織ちゃんに戻ってたよ。相変わらず何をしているのかは教えてくれないから、そこまで一緒にいる訳じゃないんだけどね。」

「そうか……。心配か?」

 

「……うん。紫織ちゃんは一昨日の事件の事を引きずっているみたいだから。」

 

「あ、そうなのか?」

 

「じゃなきゃあんなに切羽詰まった顔してないよ。宮壁くん、もしかして疲れてる?しっかり休んでる?」

 

「休んでるよ、今日だってアナウンスまで爆睡してたし。」

 

「あはは、私も。」

 

その後もしばらく他愛ない会話が続いた。

 

「宮壁くん……いつもありがとう。」

 

「え、なんだいきなり。」

 

「ううん。改めて言っておこうと思って。捜査も裁判も、その後も……宮壁くんはずっと張りつめた表情をしていて、無理してるんじゃないかなと思ってた。私は裁判自体に縁がないから、宮壁くんの足を引っ張ってるだろうし。」

 

「そんな事ないよ。俺も皆に助けられてばかりだし、一昨日なんて前木がいなかったら俺達は今頃ここにいなかった。」

 

「……私は何もしてないんだけどね。」

 

「……。」

 

「これからも迷惑をかけちゃうかもしれない。きっと今日は何も起きないし、明日は何かが起きるんだよ。……ごめんね。」

 

謝る前木に対して何と答えるか少し迷う。

 

いつもそうして何も声をかけなかった。

 

でも、変えなければ。俺の判断を待っている間に、間に合わなくなるかもしれない。

 

「………変えられる。俺が変えるよ。」

 

「……。」

 

「俺は前木の才能に負けない……負けたくない。」

 

 

「宮壁くん、」

 

 

「俺が前木を守るから。」

 

「……うん。」

 

 

前木の笑顔を受け止めながら、俺も覚悟を決めたのだった。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

今日は前木と適当な食材でおこわを作った。途中から篠田も来てくれたので比較的早く終わったし、何よりおいしくできたので良しとしよう。

 

前木の言った通りモノパオが出てくる事もなく、今日は平穏な1日になりそうだ。

 

「大渡、いつにも増して不機嫌そうだな。」

 

「うるせぇ。」

 

「なんだよ、心配してるのに。」

 

「症状を言ってくれたら薬を処方するけれど。」

 

「……頭痛。いつもの事だ。」

 

「あ、それで大渡くんはよく眉間に皺を寄せてたんだね!」

 

「……。」

 

「ちょっと、琴奈の事無視すんな。」

 

「苦悶の表情だったのか。私はてっきり機嫌が悪いのかと思っていたが。」

 

「いや、機嫌が悪いので合ってるだろ……。」

 

 

がちゃがちゃと食堂が皆の声で騒がしくなるのが嬉しかった。

 

大渡と篠田は相変わらず俺達に心を開いている感じはしないし、難波も何も言わないし、東城も昨日のおかしな様子なんてなかったかのように振る舞っているけど……それでもこうして皆で和気あいあいとした空気でいられたのはありがたい。

 

そんな会話が続いて久しぶりに気が抜けたのか、いつもより遅めの時間に解散した。

 

 

 

『夜時間だよ。おやすみ!寝ろオマエラ!寝た方がいい事あるよ!』

 

 

「……ふふ、苦悶の大渡……。」

 

 

「……寝られないな。」

 

 

寝ようと思っていたけど謎に布団の中でわくわくしてしまう。どんだけ皆とたくさん喋ったのが嬉しかったんだ、俺。子どもじゃあるまいし……。

 

修学旅行の前の日みたいな気分―正確に言えばもう宿泊中なのだが―になった俺は、気の向くままに散歩をする事にした。

 

 

 

 

「あはは……。宮壁くんも?」

 

「もしかして、前木も?」

 

「今日、なんだか嬉しかったから思い出してたんだ。」

 

「だよな。」

 

遭遇した前木と少し小声で喋りながら歩いていると、イベントホールの明かりがついている事に気がついた。

 

「え、こんな時間に誰だろう?」

 

「……怖いな、どうする?」

 

「何か音が聞こえない?」

 

耳を澄ます。何かぶつかるような音が……?

 

 

「……俺は行く。」

 

「わ、私も!」

 

俺達はイベントホールへ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!!」

 

 

「……。」

 

 

誰かの話し声がする。

 

 

 

「お前の目的を教えろ。制偽学園とは関係ない、そう言っていたな。」

 

 

「だから!教える訳ないじゃん!」

 

 

薄く開いた扉からそっと覗き込むと、篠田とモノパオがいた。前木も俺の下から覗き込んでいる。

 

 

「……!ねえ、瞳ちゃん、大丈夫だよね……?」

 

「様子を見よう、校則があるから篠田だってモノパオを倒そうだなんて考えてないはずだ。」

 

「じゃあさっきの音は何だったの?」

 

「……たしかに。」

 

出て行くべきか?そんな俺の焦りをよそに、篠田とモノパオの会話は続いているようだ。とりあえず話を聞いてからでもおかしくないはずだ……遅かったら…いや、考えるより聞くのが先決だろう。

 

 

 

「お前自身の目的を聞いている。お前は制偽学園とどういう関わりをもって裏切り者としてコロシアイに加担する事になった?」

 

「オマエラが覚えてるか知らないけど、オレくんがオマエラと初めて会った時、オレくんはオマエラと同じように全部記憶を消されてた訳!言わば潜伏してたって事だよね。で、黒幕1人で運営がきついって事で、2人体制への変更が行われた。オレくんの記憶が戻ったんだよ。」

 

「……そのタイミングが2つ目の事件発生、だったな。」

 

「そう!1つ目の事件があまりにも大変すぎたらしくて、黒幕……勝卯木サンと初めて話した時にはいかに裁判周辺の作業が面倒かって話をされたよ。これで“オマエラ”も理解できたかな?」

 

「……だそうだ、宮壁、前木。」

 

「!」

 

「き、気づいてたんだね。」

 

モノパオはカメラもあるだろうし納得できるけど、篠田は一度も振り返ってすらいないのに……恐ろしいな。

 

「とはいえ近づきすぎるな。黒幕のように目的が分かっていない以上、コイツが何をやるか分からない。声が聞こえるならそこから入ってこなくていい。」

 

ギロリと音がつきそうな程強く睨まれた。『出てくるな』と言いたいみたいだ。

 

「モノパオ、まだ私の質問に答えていない。」

 

「コロシアイに加担した経緯なら話したよね?」

 

「勝卯木蘭が何故お前を裏切り者に指名したのか。記憶を消された、という事はかつてから協力関係にあったという事だろう。その関わりを聞いている。」

 

「……言えないよ。それはオマエラに暴いてもらわなくちゃ。」

 

「……私達が?」

 

「そう!それがオレくんの目的でもあるからね!」

 

「私達がお前の事を知る、という事がか?」

 

「そうだよ。」

 

「……一体お前は……」

 

そう篠田がモノパオに近づき、触ろうとした時だった。

 

 

 

 

バシュッ!

 

 

 

「!!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

間髪入れる隙もないスピードで、何かが篠田の横を掠めていった。

 

はらはらと篠田の髪が落ち、向かった壁には大きな矢が刺さっている。

 

篠田じゃなければ怪我をしていただろう。いや、怪我で済むとは思えない。

 

 

「篠田!」

 

「来るな!殺しはしないはずだが、お前達が怪我しない保証はない!」

 

篠田の声に扉を開いた体が止まる。

 

「モノパオ、どういう事だ。」

 

「い、いやぁ、まさか篠田サンがオレくんにボディータッチするとは思わなくてね!ちょっとびっくりして思わず放っちゃった。」

 

「私でなければ洒落にならないぞ。」

 

「ごめんね?」

 

モノパオに不都合があったという事か?モノパオの姿が?

 

何か怪しいけど、同じように調べようとすれば俺の身体が矢ごと壁に刺さってもおかしくない。諦めるしかないみたいだな……。

 

腹の立つポーズをしたまま、モノパオは消えていった。

 

「篠田!」

 

「瞳ちゃん!」

 

「2人とも。私の言う通りそこで動かずにいてくれてよかった。また怪我でもさせたらと気が気でなかった。」

 

「あ……。」

 

そういえば、篠田は前回のコロシアイで怪我に巻き込んだって言ってたっけ。

 

「俺達はいいんだ。篠田こそ髪が切られてるじゃないか。」

 

「髪には痛覚などない。気にする事でもないだろう。」

 

「だめだよ!ね、もう遅いから今からは何もできないけど、明日髪を綺麗にしようね。」

 

「……分かった。ふふ、前木、顔が真っ青だ。生きているのだから大した事はないのに。」

 

「……うぅ…。心配したんだよ……!また、また誰かが倒れる事になっちゃうんじゃないかって!もう1人で話そうとしないで、瞳ちゃん……。」

 

「俺も同意見だ。無茶しないでくれ。」

 

「……すまない。」

 

こうしてどうにか落ち着いたが、モノパオの話はまだまだ謎が多いな。

 

核心に迫るには、もっと俺達にも交渉材料となるものが必要かもしれない。

 

 

先ほどあれだけひやひやしたからか、布団に入るとあっという間に眠りについてしまった。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

今日は久しぶりに朝から人がいた。

 

「おはよう宮壁くん。」

 

「おはよ。てか宮壁、ちょっと見て!」

 

「?篠田がどうかしたのか?」

 

「はぁ!?こんだけ変わってるのに気づかないとか普段何見てすごしてんの!?」

 

ひどく馬鹿にされたので、改めて篠田を見る。

 

「ちょ、え……髪!髪バッサリいってんじゃん!見えてんでしょ!?」

 

「あ、あぁ、それか。」

 

昨日切った事を知ってたから言い出さない方がいいかな、なんて思っていたら逆に俺の株が下がってしまった。たしかによく見てみると、昨日より髪が整えられて綺麗になっている。

 

「かわいいよね!紫織ちゃんが切ったんだけど、すっごく上手!」

 

「かわいい……というのか分からないが、私に似合う髪型になった。さすが難波は器用だな。ありがとう。」

 

「いいっていいって!図書室にいろんな本があって助かったわ。さすがにネットも使えないのに見よう見まねで人の髪切るのはまずいからさ。そうそう、椅子が段々になっててちょうどいいからって防音室で切ったんだけど、結構汚しちゃったから入んない方がいいよ。」

「汚す……?」

 

「オイルとかいろいろ。台がなくて適当に置いてたらシートが結構えぐい事になっちゃった。モノパオの手間を増やせてざまあみろって感じ。」

 

難波が鼻で笑う。悪質な嫌がらせだ……相手がモノパオだから俺も賛成だけど。

 

「で、宮壁くん!」

 

「え、ああ、似合ってると思う。」

 

「どうも。」

 

「瞳、今日は特にちゃんと髪洗って。さっきシャワー行ったけど絶対まだまだ落ちるから。」

 

「分かった。」

 

思ったより篠田に冷たくあしらわれる事もなく、そのまま朝食になった。途中東城が入ってきて篠田の髪を不審そうに見たり髪を切った理由を問い詰めたりして難波に怒られていた。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

「東城、なんだか久しぶりだな。」

 

「そうだね、2人きりで話す用事なんてないからね。」

 

「うわあ。」

 

思わず声に出してしまった。だんだん嫌味のいやらしさが上がってないか?

 

「なんか、お前、人間らしくなったよな……。」

 

「?」

 

怪訝な顔で疑問符を浮かべている東城にため息をつく。

 

「まぁいいや。東城には聞きたい事があったんだよ。」

 

「何かな。」

 

「東城の家族も、東城と同じ研究所で働いているのか?」

 

「そうだよ。小学生の頃から見学もしていた。」

 

「その研究所について詳しく知りたい。」

 

「倉骨研究所。創設者の倉骨家はかなりのお金持ちのようで、警察やこの学園とも関係があったはずだよ。」

 

意外とすんなり教えてくれた事に驚いたけど、その事実に俺の驚きは引っ張られた。

 

「この学園って、制偽学園とか!?じゃあ、勝卯木が言ってた協力してくれた研究所って……!」

 

「……違う。」

 

「と、東城、」

 

「このようなコロシアイに加担しているなんて信じられない。世の中のためになる研究が第一なのだから。」

 

「じゃあ、どうしてそんなに切羽詰まった顔をしているんだよ。」

 

「……ボク達は記憶がない。ボクの知らない事だってあるはずだ。……研究者として、認めたくないなんて理由でこの考察を蹴り落とす真似はしたくない。先ほどはああ言ったけれど、今のボクには研究所が本当に奴等と協力関係になかったとは言い切れない。」

 

「……。」

 

東城が最近おかしかったのはこれが原因か。勝卯木の話に出てきた『コロシアイの協力者』。そして黒幕が死んでも尚コロシアイが続行できているというこの状況。大きな後ろ盾があると考えるのが自然だ。

 

「……もし、倉骨研究所がコロシアイに加担していたとしたら、どうする?」

 

「考えるのも吐き気がするけれど、そうだね。ボクは研究所を辞めるつもりだ。」

 

「!」

 

「ボクと研究所の目的が一致しないならば、そこに勤める理由なんてない。あの研究所で働く人達は皆研究所に何かしらの感謝や恩を抱いている。ボクのように自分のポリシーがあって、研究所を利用しようと考えている人なんて少ないだろうね。」

 

宗教?

 

「……なんかヤバくないか、やっぱり。」

 

「とはいえ、倉骨研究所を出てしまえば人体実験ができる場所も少ない。出るメリットがあまりないのも事実だ。」

 

思わず頭を抱えてしまった。だめだ、まともな考えの人がいない……!

 

とはいえ、東城は研究所のモットーと自分のモットーが一致しているだけで、ちゃんと自分の意志で行動していたらしい。だからこそ今まで一貫した言動をしてきたわけだ。

 

「よかったよ、俺が知り合った倉骨研究所の人間が東城で。」

 

「家族ぐるみでお世話になっているから、一般職員よりは詳しい。特にボクは特別学級に選出される前から目をかけられていたからね。所長とも何度も話した事があるよ。」

 

……家族ぐるみ、その単語にドキリとする。

 

そうだ、東城は生まれた時から研究所と近しい環境に身をおいてきた。そういう点で、きっと親よりも研究所と密接なかかわりを持ってきたはずだ。

 

そんな東城の『意志』が、果たして研究所の影響を受けずに構築されただろうか?

 

そんな東城のポリシーが、研究所と相反する事なんてあるのか?

 

嫌な予感を振り払いたくて、質問をする。

 

「なぁ、東城、お前、好きな食べ物ってなんだ?」

 

「?特にないよ。」

 

「…………そう、だよな。」

 

ずっと分からなかった東城の事が、ようやく分かってきた気がする。

 

東城優馬という人格は、最初からこの世に存在しないのかもしれないという事が。

 

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

「し、篠田……。」

 

「宮壁、少し顔色が悪いぞ。どうした?」

 

篠田も特別感情が豊かな訳でないけれど、さっきの恐ろしい会話に比べて遥かに安心できた。

 

「篠田……!!」

 

「……。」

 

無言で一歩後ずさられた。

 

「待ってくれ篠田、ごめん、なんでもないんだ。」

 

「……そうか。ならいいが。」

 

「篠田こそ、まだ体調が悪そうだ。ちゃんと寝れてるか?」

 

昨日のモノパオとのやり取りも思い出して心配になる。

 

「普通だ。寝られない事など昔からいくらでもあった。」

 

「そうか、スパイだもんな。」

 

「……宮壁も反応が薄いな。」

 

「え!?あ、す、スパイってすごいよな!かっこいいと思う。」

 

「何を言っているんだ。そうではなく、その……あまり毛嫌いしないなと思っただけだ。」

 

「いや、そりゃあ殺人鬼です!なんて言われたら怖いけど、スパイはそれほど毛嫌いする事ではないだろ。」

 

「もっと早くに言い出すべきだったのだろうな。だが……。」

 

篠田が顔を伏せる。やっぱりというべきか、一昨日の事件でかなり心をやられてしまったようだ。今までの強くてたくましい篠田の面影は、ここ数日消えかけていた。

 

「怖かった。誰が信用できるか分からないし、信用した人がいつ死ぬか分からない。コロシアイにおいて人と仲良くなる事は、前向きになるために重要だと思うが……同時にとても恐ろしい事でもある。」

 

「……。」

 

「コロシアイで、仲の良かった人が死に別れる場面は今まで何度もあった。あれを経験して、コロシアイの中での人間関係に憶病になっていた。宮壁もよく話していた人がこれまででいなくなっていると思うが、辛くないか。」

 

「辛いよ、辛いけど、それまでのここでの生活を楽しくするために欠かせない事だったと思う。」

 

「楽しい、か。こんな場所でそんな感情を追い求めるとは、なかなかしぶとい奴だな。」

 

「それ、褒めてるか?」

 

「お前は生きたいのだろう。生きたいから、楽しくいたいのだろう。」

 

「……!」

 

「私は、最初は諦めていた。死んでもいいから悪魔を殺す。黒幕を殺す。絶対に許さない。そういうつもりで臨んでいたからこそ、人と仲良くする事を躊躇った。」

 

「……めかぶが私の秘密を持っていたと知った時、私は泣いた。誰よりも私を疑う根拠があったはずのめかぶが、誰よりも私を信じてくれていた。めかぶは私が孤立しないために、その秘密を最後まで誰にも漏らさなかった。」

 

「……。」

 

「自意識過剰かもしれないが、めかぶは、私に生きてほしいのだと思った。もう、私の命を無駄にしようとは思っていない。」

 

「うん。」

 

「私達の中の誰かが悪魔で、誰かが裏切り者だ。宮壁、お前が悪魔かもしれないし裏切り者かもしれない。お互いを信用できないのは今更仕方がない状況だ。」

 

「だが、私は負けない。絶対に突き止めてみせる。生きて、ここから出る。」

 

「ああ、俺も同じ気持ちだ。」

 

きっと今俺達の関係を聞かれても、仲間とは言えないだろう。やっぱり心のどこかで信用できないし、勿論友達でもない。

 

 

それでも俺達は、握手をした。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「あ、宮壁くん。少しいいかな。」

 

「?」

 

昼食後、珍しく東城に話しかけられたので大人しくついていく事にした。

 

連れてこられた場所はトイレ。まさか東城が連れションなんてするはずない。

 

 

「トイレって事は……何か見つけたのか。」

 

俺の言葉に頷く。

 

「さすが察しがいいね。助かるよ。実は死体保管室に血痕が残っていてね。正確には床に少しついていたのだけれど。」

 

「血痕?」

 

「そうだよ。そこで、その血が誰の物か分かるのではないかといろいろ検査してみたのだけれど……結論からいうと、誰のかは分からなかった。」

 

「なんだそりゃ。」

 

「まるで期待していない顔だけれど、ボクは死んだ人の血液を集めるようにしているからね。その人達ではなかったという事だよ。」

 

……。気分が悪くなってきた。

 

「お前の行動については今更触れないけど……誰の血を持っているんだ。」

 

「遠くで死んだ人以外は持っているよ。持っていないのはおしおきで血を採取できなかった端部翔悟、高堂光、柳原龍也、それと牧野くんの4人だね。毒のおかげで三笠くんと潜手さんと黒幕に関しては正確な判断ができていないのも難点かな。」

 

「多いな……。」

 

「とはいえ、ボクの考察を言うならば、血痕はこの中の誰の血でもないと思っている。」

 

「どういう事だ?」

 

「血がキレイだった。不純物がないと言えば伝わるかな。」

 

「ああ、なんとなく。」

つまり、このコロシアイとは無関係だと言いたいらしい。

 

……とはいえ、それだと何の手掛かりにもならないな。一応覚えておくけど。

 

「ところで、パスタ職人の宮壁くんは何か有用な手掛かりは掴んでいるのかな。」

 

言い方が癪なので少し迷ったが、正直に知っている事を伝えた。ここが制偽学園の課外授業用の施設である事と……夢に桜井と高堂が出てきた事。

 

「前半は情報として受け取るけれど……夢は夢じゃないのかい。」

 

「そんな事言うなよ。俺だってそうじゃないかと思ってるけど、夢にしてはリアルだったんだ。」

 

「……まあ、覚えておくよ。」

 

そんな感じで東城との意見交換会は終わった。皆にも話すべきかもしれないけど、モノパオに聞かれるのもまずい気がするので一旦保留にしておこう。

 

 

 

『オマエラ!食堂に集まれ!オレくんからスペシャルな提案があります!』

 

 

「……。」

 

東城と顔を合わせる。

 

「ボク達が2人でいるとろくな事が起きないらしい。今度からは極力話すのを控えるのはどうだろう。」

 

「お前、迷信とか信じるのか。」

 

「聞き捨てならないな。迷信ではなく、これまでの経験則を元に……」

 

「分かった分かった!もういい、十分理解した。」

 

 

よし、無駄話もこのくらいにして行ってみるか……。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

食堂に集められた俺達は、椅子の上にちょこんと立っているモノパオを見つめていた。

 

「なーんか、あの事件があったわりにオマエラ仲良しじゃない?」

 

「……。」

 

「前木サンにまで睨まれるようになるなんてね!オマエラも分かってると思うから、さっさと本題に入っちゃおうか!」

 

「本題っていうと、動機?」

 

「正解!難波サンは察しがよくて助かるなー!ここまで動機がいろいろと配られてきたけどさ、ぶっちゃけもっとわくわくする動機がいいよなーと思ってたんだよ!ちょっと地味じゃない!?」

 

「……。」

 

「皆して無視か。まったく、制偽学園を受験した時の面接でも無視してた訳?それでよく合格したよね!」

 

「早く本題に入ってくれないかな。話を要約すると、ここまでとは少し異なる動機を用意している、という事で間違いないね?」

 

 

「そうだよ東城クン。今回の動機はずばり……『睡眠の妨害』!これだよこれー!こういう物理的にきついの、いっちゃうよ!」

 

 

「ちょっと待て、どういう事だよ!?」

 

 

「オマエラ、寝たらおしおきだよ!」

 

「待って、無理ゲーじゃね?」

 

「待ちません!寝るな寝るな!だから早寝した方がいいって言ったのに!」

 

最悪だ。

 

今までは人によっては大したダメージのない動機や、自分の精神でどうにかできる動機ばかりだった。それが急に、こんな身体的な動機になるだなんて。

 

「む、無理だよ…そんなの……。」

 

「無理ならコロシアイしろって言ってんじゃん!とはいえ、オレくんも優しい優しい人だから、期限を設けてあげるよ!」

 

「……あまり期待しないで聞くけど、いつまで寝れないっていうの?」

「10日!どう?思ったより良心的じゃない?」

 

 

……10日。

 

たしかに、今までのモノパオなら無期限と言っていただろう。だけど……期限は『焦燥感』につながる。あと何日、あと何時間、そんな制限があればあるほど、その一日、その1時間を長く感じる。

 

きっと裏切り者は、それを考慮して『ギリギリ耐えられない期限』にしているんだ。

 

「た、たしかに、10日ならいけるのかな……?」

 

「10日か。私は大丈夫だと思っているが…。」

 

「……性格悪すぎ。」

 

俺と同じ考えなのは難波だけのようだ。

 

 

「うーん、でもただ寝られないだけだと地味だね。もう1つ動機を増やしちゃおうかな。」

 

 

「は?」

 

 

思わず口から困惑が漏れる。

 

モノパオはしばらくうーんうーんと唸ると、手をポンと叩いた。

 

 

 

 

「よーし!オマエラ、秘密を本人に返してちゃんと自分のを見る事!見なかったらおしおき!はい、見てください!あ、動画も見てね!」

 

 

 

 

「……それも動機、だと?」

 

 

篠田も目を見開いていた。

 

 

なんなんだ。これが、コイツのやり方なのか?睡眠をとれないだけでもコロシアイに発展しかねないこの状況で、秘密を返す?

 

頭がおかしいというべきか、そんな奴だからコロシアイを続行しているのか。

 

 

そこまでコイツをコロシアイに駆り立てるものなんて、何があるっていうんだ……。

 

ただただ悪寒がした。

 

「じゃ、オマエラ隈作りがんばってねー!オレくんは今から昼寝してくるよ!チャオ!」

 

モノパオの消えた空間に、不安そうな顔をした皆が残った。

 

「……まず、誰が誰のを持っているのか確認しよう。琴奈と瞳は自分のはもらったんだっけ?」

 

「ああ。」

 

「うん。」

 

「この中で自分の秘密を読んでない人は?」

 

俺も手を挙げる。他に手を挙げたのは東城と難波だけだ。

「あれ?大渡くんは自分の秘密を見たの?」

 

「最初から自分のだ。」

 

「そうなんだ、全然知らなかったよ。」

 

「……。」

 

緊張した面持ちでお互いを見つめ合う。大丈夫だ、ここまで皆でがんばってきたんだから。きっと、大丈夫……。

 

「私は難波、お前の秘密をもらっていた。中は確認しているが他言はしていない。お前の秘密を話すかどうかは任せる。」

 

「……ありがと。じゃあ、アタシがもらってたのも返すわ。」

 

最悪な引きをした、そう言っていた難波の事を思い出す。

 

「東城、アタシはアンタのをもらってた。……自分でしっかり確認しろ。アタシからこれ以上何かを言うつもりはない。」

 

「分かったよ。どうもありがとう。」

 

……あれ?これで他の人の秘密をもっているのは前木だけで、まだ秘密をもらっていないのは、俺だ。

 

目の前で前木は震えながら俺を見つめていた。

 

「……宮壁くん。私は……見せたくない、けど、これがルールだから……ごめんなさい。」

 

「……。」

 

前木が差し出す封筒に手を伸ばす。前木が恐怖するような秘密が俺にあるっていうのか?

 

「大丈夫、俺は、大丈夫だ。」

 

「……うん。」

 

「ごめんな、ずっと俺の秘密で苦しめてたみたいで。」

 

「……!ううん、私こそ、大丈夫だよ。」

 

無理矢理笑顔を作ると、やっと、前木は封筒から手を離した。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

『夜時間だよ。オマエラ、自分の秘密は確認したかな?オレくん早く寝たいからさっさと見てよね!じゃ、放送終わり!』

 

 

いつにも増して腹の立つアナウンスだ。

 

今日から寝られないけど、秘密の事を考えたらこの後に不用意に外出するのも気が引けるな。俺のを見て平気だったら何か食べに食堂にでも行ってみるか。

 

 

 

 

平気だったら。

 

正直、かなり怖い。前木は最初に秘密を配られた時から、いの一番に秘密の交換を拒否していた。前木はずっと、『俺に見せないようにこの秘密を守っていた』。軽い事なんて書かれていないのだろう。

 

俺も知らない俺の秘密、そんなものがあるなんて信じられないけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくり、深呼吸する。

 

思いきって封筒を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

【宮壁大希の両親は事故死ではない。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【宮壁大希の両親は、自殺した。】

 

 

【超高校級の悪魔によって自殺に追い込まれた。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無意識に動画を再生していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

「……あ。皆さっそく秘密を見てくれてるよ。どれどれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『笑い方:いぴぴ

 

 一人称:ボクくん

 

 語尾にパオってつけるといい感じなのでそれで!』

 

 

モニターに釘付けになりながら、勝卯木蘭の遺したモノパオの設定メモを破り捨てたのは、他ならぬ現在モノパオを操っている人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うわ、顔、青いね。分かる。自分に衝撃的な秘密があるとびっくりしちゃうよね。」

 

モニターに映し出されているのは宮壁大希、難波紫織、東城優馬の3人。

 

 

 

 

 

「動機を伝える会?を早めに終わらせたかいがあったって感じかな?あはは、この顔が見たくて裏切り者やってるんだよー。」

 

「久しぶりに元気出てきたし、明日は語尾にパオってつけてやってもいいかも。本当は勝卯木さんの言う事なんて聞きたくないけど……。他に何すればモノパオっぽくなるんだっけ。えーと、メモメモ……」

 

 

「……あれ?メモ、どこにやったっけ?」

 

 

 


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