ダンガン口ンパノウム   作:口田らみ

40 / 46
3話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははっ、勝卯木先輩、今頃どこで何してるんだろう。母さんを拘束したくらいで勝ったつもりなのかな?私達を敵に回した事、後悔してそうですよね。ふふふ……!それにしても、コロシアイが見たかった私がまさかコロシアイを止めるために奔走する事になるなんて。おかしな話だと思いません?」

 

『……切るぞ。』

 

口元の傷が目立つ初老の男は、笑いながらスマートフォンを見つめる女子中学生の戯言を続けさせまいと眉間に皺をよせ、低く喉を震わせた。自分より遥かに年上の男性に睨まれても表情から緊張の一切を感じさせない中学生、倉骨志求真は平然と受け答えを続けた。

 

「ちょっと篠田さん、怒らないでくださいよ。私が情報提供したおかげで珠結先輩を助けられたんですから。」

 

『そこさえどうにかなればお前の手など借りる必要がない。そもそも、学園の構造や珠結詩乃女の居場所が分かる人間ならお前じゃなくてもよかったのだからな。……倉骨志求真、お前はこれから何をしようとしている。』

 

倉骨志求真が篠田さんと気安く呼ぶこの男性こそ、篠田家を取りまとめる……言葉を濁すとすれば『社長』、である。男の問いに倉骨志求真はぱちくりと瞬きすると、やがてその目は弧を描いた。

 

「…………。」

 

『無言で笑うな。チッ、お前の手だけは借りるんじゃなかった。』

 

「珠結先輩が電話番号を教えてくれたんですからそれは先輩に文句言ってください。テレビ電話にしようって言ったのは私ですけど。」

 

そこまで言うと倉骨志求真は付け足すように男の懸念点について補足する。

 

「そうそう、篠田さんの大事な娘のヒトミさん——私より先輩ですけど——には関わりませんよ。私は約束してもらった人のところに行くんです。母さんが私を匿ってくれる人を確保してくれたから。篠田さん達に厄介になる訳にはいかないので。」

 

『そこに関してお礼は言っておく、ご協力ありがとう。倉骨志求真、それと君の母親にも伝えておいてくれ。次会う時も目的が同じである事を願う。この借り、どうせならこちらにとっても利点のある状況で返したい。』

 

きっとあなたの愛情なんて1ミリも瞳先輩には届いていないでしょうけど。そう心の中で付け足したが、そんな言葉が画面越しに伝わるはずもなかった。

 

「コロシアイを止めろなんて母さんは一言も言ってません。これは私の独断ですから、借りを返す時は私だけに返してください。こう見えて私、そこそこ重いんですよ。……じゃあ、切りますね。」

 

『ふっ、もっと借りを返すのが怖くなったよ。……では。』

 

「お疲れ様ですー。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「篠田さん、笑ってくれた。嬉しいもんだな。」

 

通話が切れたのを確認してスマホの電源も切った。その後暗くなった画面をしばらく見つめていた。やっぱり、ただの女子中学生を相手にはしてくれないか、だけど話の通じる親切な人で良かった。私の情報を信じて動いてくれるだけでも1人の子どもの役割としては十二分なはず。

 

「うーん、母さんより優秀で天才な私だけど、今回に関してはあんまりうまくいってないなぁ。後の事は篠田さん達の方が上手にやってくれそう。……やっぱり私はROM専に戻ろうかな。表立って何かをするのは向いていないんだ。」

 

警察の目をかいくぐり続け、やっとの事でつないだ通信もすぐに切る羽目になってしまったのだ。倉骨志求真の言う事は謙遜ではなく客観的事実。そして今もなお、彼女の地位は決して安全と言えなかった。彼女の言う、自身を匿ってくれる人の元に向かうのが何よりも大事であり……生きるために必ず成し遂げなければならない事であった。

 

倉骨志求真は暫く思案した後、おさげに結んだ髪を指先でいじった。

 

「……切ろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

宮壁が気を失ってしまった。

ほんの2、3分が何十分にも感じられ、ようやく『彼』は目を覚ました。

 

「……やっと、代われた……。」

 

 

 

 

 

「ロザリオ、なんだな。」

 

「瞳ちゃん、オレ、今の状況ならある程度分かってるから大丈夫だよ。」

 

何故?今まで2人の記憶が共有された事なんてなかった、一体何が、

 

「だから、いろはくんの言う通りにして。」

 

「は?」

 

「いろはくんの言う事を聞いたらいいんだよ、だって、オレが死ぬのがいいって言ってるんでしょ?その通りなんだよ、ずっと、もっと早くそうするべきだった……!!!」

 

「は?何それ。」

 

私が反論を口にするよりも早く、呆然とした顔で呟いたのは牧野だった。

 

「信じられない……まだそんなところにいるの……?無理、ほんっと無理……だから嫌いなんだよ、オマエみたいな奴がさぁ……。いつまでも駄々こねてんじゃねぇよ、俺が……僕がどんな……」

 

かろうじて聞き取れる程度の声量でそう呟いた牧野は、ロザリオを見据えて、暗い瞳で告げた。

 

「……そんなに死にたいならいいんじゃん?死ねば?」

 

「牧野!!!!ロザリオも何を言っている!!!宮壁と代わってまで言いたかった事がそれなのか!?何を馬鹿な事を言っている…………!!!私との話を全部なかった事にするつもりか!?」

 

「……チッ。」

 

「大渡も何をしている!!!!止めないか!!!!!私は、私達は何のためにここまで……!!!!何のために、難波が、東城が、前木が!!!!!!!!!」

 

「瞳ちゃん、もういいんだよ。」

 

「あーあ、本人がこう言うなんて思ってなかったよ。篠田ちゃんどうする?俺に勝ちたい?負けたい?」

 

「そんなの、言われなくても決まって……!!!」

 

「瞳ちゃん、聞いて。お願い。」

 

話を聞いちゃいけない。そんな思考とは裏腹に、私の耳は全ての音を拾うために自身の心臓の音を遠ざけていく。

 

「オレが死んだら、もう悪魔を探すためのコロシアイなんて起きないんだよ。瞳ちゃんや響くんだけじゃない、この先犠牲になるかもしれない誰かの事だって助けられる。オレ、皆を踏み台にしてまで生きたくない。」

 

「……違う、そんなこと、」

 

「違わないよ。だってコロシアイのルールも、いろはくんの決めた裁判のルールも、どちらもオレの死は確実にコロシアイを終わらせられるって書いてる。」

 

 

この状況を誰か、誰か、変えてくれないか。

私のやってきた事は。

 

組織に拾われて訓練をして、篠田家の一員としてそれなりの成果をあげてきた。

その矢先に送り込まれたコロシアイで、私は大層優しい人達に巡り合った。

あの人達の犠牲を、任務の為と割り切れなかった。

この件からは降りようと思った。

同時に、この件に対する憎悪が。私を再びコロシアイの舞台へ連れてきた。

 

今度こそ。今度こそは、犠牲を出さずに乗り越える。

私は勝つんだ。そう思ってコロシアイに挑んだ私に、助けられたものは……救えたものなど、あっただろうか。

 

『13番』

 

もう何も取り逃したくない。もう、これ以上は……。

この運命に抗って、

 

『ひとみ』

 

私は、

 

『姉さん』

 

この負のループの原因を、

 

『篠田』

 

『篠田さん』

 

違う。そんなのどうでもよくて、私はただ三笠やめかぶの死を無駄にしたくなくて、

 

「瞳ちゃん、君がずっと追い求めていたのは、オレでしょう?」

 

 

嘘だ、違う、まだしなければならない事があったはずなのに、くすんでしまって何も見えない。

 

…………。

 

…………………私がずっと憎んでいたのは、殺し合いの原因になった人物だ。

 

 

「もう、終わるんだよ。」

 

 

 

『終わる』。やっと、私は、何もしなくていいのか?

仲良くなった人の死に苦しんで、それでも前を向かなければならないこのコロシアイが終わる?

 

ようやく、皆の墓前に向かう事できるなら、皆を弔う事ができるなら、そうしたい。

苦しいのに前を向くのは、もう十分だ。

何も考えずに皆を思って涙を流せるなら、ただそれだけで時間を潰す事が許されるなら、その時間が欲しい。

 

一度そう考え始めてしまえば、楽な道が目の前に用意されている事を自覚してしまえば、後は単純な話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………私は、お前に投票しよう、ロザリオ。」

 

何かが、折れた音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

俺の目の前に広がるのは裁判場ではなく、白い空間だった。

 

「み、宮壁……?」

 

懐かしい声がした。穏やかな声。その人物が目の前に現れ、俺は大きな声をあげた。

 

「端部!?全然現れないからどうしたのかと……」

 

「え、えっと、それは……。」

 

「あ、あぁ、そうだよな。えっと、」

 

気まずい沈黙をお互い視線を合わせたり離したりしながらやり過ごす。それを砕いたのは俺でも端部でもなかった。

 

「おい。うじうじすんな。」

 

「難波さん……。」

 

「美亜を呼んでもいいんだけど。」

 

「や、やめて、ください……。」

 

「何言ってんだよ難波は。」

 

俺の言葉に端部を小突きながらにやりと笑う。相も変わらず難波は『余生』を楽しんでいるようだ。

 

「だって美亜怒ってねーもん。なのにいつまでも1人でうじうじうじうじ……見てよアタシ!東城を殺した癖に全く申し訳があるんだわ!」

 

「申し訳があるって何……いてて、難波さん、重い。」

 

「という感じで端部はアタシに重いとか言う元気があるから気遣わなくていいよ。」

 

「そ、そうか。」

 

たしかに、端部がそういう事を言えるって事は……この空間が何かいい方向に働いているのかもしれない。三笠も言っていたしな、現実ではこうして腹を割って話す事なんて不可能だった……って。

 

「えっと、宮壁はさ、どうして急にここに来たの……?」

 

「!!そうだ、ロザリオが代われってうるさくて……!2人は何か聞いてないか!?」

 

俺の言葉に2人は顔を見合わせた後、揃って頭を抱えるような仕草をみせた。

 

「まずいかも……。」

 

「まずいって……!」

 

「ロザリオ、たぶん限界超えちゃってるんだと思う……俺はそんなに話してないけど、ここで初めて会った時も本当に倒れちゃいそうな顔してたから……。」

 

「……だけど、だめだ、アイツの言う通りにしたら……。牧野の言う通りになっちゃ……。」

 

俺の声に端部は眉を下げる。お前が悲しい顔する理由なんてどこにもないのに、端部も変わらないな。

 

「こうなるとは思ってなかったし、正直、ロザリオなんて存在の事は東城に言われるまで察知できてなかった。だけど、アンタが悪魔なのは予想ついてたから手は打ってある。」

 

「え、難波さん、まだ何か企んでたの……?東城から聞いただけでもすごかったのに。」

 

「アタシを誰だと思ってんの?」

 

「はい……。」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、」

 

突然の難波の発言に出遅れる。手を打ってある?何に対して?

 

「どういう事だ。」

 

 

 

「アタシは、何か……まぁ、『悪魔』がアンタの負荷の受け皿になっている可能性を考えた。」

 

「どうやったらそこまで行きつくんだよ……。」

 

「アンタが定期的に頭痛おこしてたじゃん。あれ、毎回誰かが死んだ後なんだわ。特に裁判の後ね。その癖人が死んだ時とか、クロが判明した時はそこまで悲しまねーから、なんかあるのか?とは思ってた。実際東城のメモにもちゃっかり答え書いてたし。あのタイミングでアンタ達に見せる訳にいかないと思って捨てちゃったけど。」

 

「へぇー……すごいんだね……。」

 

 

 

 

 

 

「ボクのメモが何か?」

 

 

 

 

 

 

「東城!」

 

「呼んでない呼んでない。」

 

「な、難波さん、そんな言い方……」

 

「いいの!」

 

「相変わらず冷たいね。それに、キミだけが大渡くんに悪知恵を吹き込んだ訳ではないだろう。手柄を横取りしないでくれないかな、ボクが発案者だよ。」

 

「アタシ怪盗だからなんでも盗んじゃうんだわ、すみませんねぇ~。」

 

「…………まぁ、いいや。こうなった場合を見越して大渡くんに伝言を頼んである。伊達に彼も超高校級じゃあないからね。一番の犯罪者である勝卯木蓮をボク達の標的に据えた今、手段や倫理について四の五の言っていられない。ボクが死んでいようと味方が絶望に打ちひしがれていようと、そのような一端の感情に構っていては勝てるような相手じゃあない。敵味方関係なく利用しない手はないという事だよ。」

 

東城は今まで見た事もないような悪い顔で笑った。悪い顔と言えど目を細めただけのそれは、それでも難波の言っていた『本来の東城』の像に納得せざるを得なかった。

 

「東城、お前、変わったな……。」

 

「人は考える葦だから、ボクだって変わるよ。何か変われているのであれば、それは過去のキミ達が功労者なのかもしれない。尤も、ボク自身の根底は何一つ変わっていないつもりだけれどね。……難波さん、このままだと無駄話が続きそうだから本題に戻ろうか。」

 

「ん。じゃあ簡潔に。アタシは大渡に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロザリオがアタシ達にとって害をなす存在だと思ったら、ロザリオを殺すように言ったの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……響くん、何してるの、痛いよ。」

 

「おお、わたり、」

 

「チッ、そんなとこでくたばってんじゃねぇよ。コイツがクワガタの頭を乗っ取ってんだからクワガタを呼び戻せばいいだけだろうが。」

 

「そんなの、どうやって……」

 

「……。」

 

どうして俺が、こんな事を。

あの泥棒女にこの別人格を壊すように言われたが、別人格ってのは幽霊でも何でもないだろうに。

 

(アンタは勘づいてるんでしょ?宮壁に幽霊が憑いてるとかなんとか……アタシはオカルトとか分かんないからアンタに任せるけど、どうなのよ。)

 

(もし行けそうだったら、こう……いろいろとヤバいって時に除霊してやってくんない?たぶん何か変わる。信じるか信じないかは勝手にしてくれたらいいけど、たぶんアタシの言った事を実行しなきゃいけない場面ってのに出くわすから。覚悟しな。)

 

あの時は何をふざけているのかと思っていたが、その矢先にクワガタが二重人格だの実際に別人格が出てくるだので信じざるを得なくなった。普通ならまずクワガタの精神異常か何かだと思っていただろうが、泥棒女のおかげというべきか、あの瞬間でもどうにか状況をのみ込めた。

 

そもそもあのロザリオとかいうクワガタもどきが純粋に嫌いなのでいくらでも殺してやりたかったが、それで自分の母……アレと同じになるのも嫌な気分だ。あんなのになりたくないと一心で殺意を堪えていた俺にとって、今の状況というのはまたとないチャンスだった。殺しをせずに嫌いな奴を消せるのなら、喜んで手を下せる。

……とりあえずクワガタもどきの腕を掴んではいる。コイツの戯言を真に受けなければこちらに害はないはずだ、コイツにこれ以上余計な事を口走らせないために腕を捻り上げる。

 

「いたい、ねえ、響くん、いたいよ!!!」

 

話でどうこうしてくる奴には、こうして力業で話をさせないようにするのが手っ取り早い。この暴力的手段すらもアレと同じだと言うならどうしようもねぇが。俺のおかげで妄言を吐くのは止まったらしいが、スパイ女をどうしてやろうか。

 

「……。」

 

俺が視線を戻してもろくに話しやがらない。使えない女だ。

 

「おい、変態。」

 

「あはは、それって俺の事?久しぶりに呼ばれたなー。」

 

「この状況が、貴様にとって満足のいくものなのか。スパイ女とクワガタを追い詰めて、復讐ができて満足したか?」

 

「……。何が言いたいのか、もうちょっと説明してくれない?」

 

チッ、メンタリストの癖に説明させやがって。

 

「貴様がまだコイツらに執着しているのかと聞いている。今まで俺達が捜査した内容を貴様も知っているなら、何故復讐の最終目的が俺達になる?過去の俺達が山女を迫害したのかどうかはどうでもいい、より重大な敵がいるだろうが。」

 

「貴様の本当の目的はクワガタもどきを消して、天使計画のピースを失くす事。違うか?勝卯木蓮の邪魔をするために貴様は幸運女を殺した。」

 

「……4割くらい正解かも?大渡の癖に察しがよくて嫌な気分だよ。そう!俺はオマエラ2人……いや、宮壁もいれて3人に対しての恨みなんてほとんどないんだ。あったけど十分苦しんでるのを見させてもらったからね!清々してるんだよ!よく言うでしょ?復讐をしたところで何も解決しないだとかすっきりしないだとか……俺はそんな事なくてさ、めっちゃ元気!死んだ皆には申し訳ないけど、俺の復讐は大成功だね!」

 

……。やっぱコイツが死んでいいんじゃねぇか?

どうするべきか。おそらく今だけは俺に判断が一任されているのだろうが、どっちの道を選ぶにも腹が立つ。もっと都合のいい、いい感じにどちらもボコボコにできる策はないのか。

これだから俺にこういう立場を与えるべきじゃねぇんだ。何か策を講じたい事があるならば泥棒女や化学者がここに立っていればいいものを。

 

「皆をそんな風に言うな……!!!いろはくんはそんな事言う人じゃない!!!」

 

「は?さっきから何?俺は最初からオマエの事友達なんて思ってない。こっちの気も知らないで勝手に憧れて勝手に幻滅しないでくれる?それもこれもオマエが悪いんじゃん。」

 

「違うよ!オレの知ってるいろはくんはそんなんじゃない!……そうだよね、いろはくん。」

 

……?変態の動きが止まる。まさかこれ、そうじゃねぇよな。

 

「……。」

 

「おい、スパイ、おい。」

 

「……私は……。」

 

真面目に機能しなくなっている。おい……クワガタは呑気になにしてやがる……。

 

「いろはくんの本心を全部話して。オレにできる事があるなら何でも協力する。だから今の言葉を訂正してよ。」

 

「……っ、うるさい!オマエは喋るな!」

 

 

クワガタもどきと変態がギャアギャアと口論を始めた横で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……俺は伸びをした。

 

 

 

 

「響くん、痛いってば……!」

 

クワガタもどきを掴んだまま肘、指、手首、踝、膝……ゴキゴキと全身の関節を鳴らし、準備を整える。

 

 

 

 

肩と首を回したところでだいぶ体が軽くなった。まさか人夢で学んだ事が役に立つ場面に出くわすとは、己の悪運に舌打ちした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろ考えてはみたが、泥棒女の言う事に従うのが一番無難な気がしてきた。どっちにしろ俺はここから出られるらしいから、他の奴等の精神だの肉体だのがどうなろうと知ったこっちゃない。安直に行こう。

 

 

 

 

 

「決めた。」

 

クワガタもどきの腹に精一杯の拳を叩き込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!!!!」

 

「あ、飛んだ。すごいね大渡。」

 

「大渡、何をしている……」

 

「見りゃ分かる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

吹き飛んだクワガタもどきはゆっくり起き上がり、お腹を抑えながら体勢を整えている。

 

 

 

「……響くん、何、したの?」

 

青ざめた顔でこちらを見る。あぁ?普通すっきりするんじゃねぇのかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、好きだの仲間だのほざきながら、俺の才能を覚えてねぇのか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――除霊だ。」

 

「貴様に憑りついている奴等全員引き剝がす。あと何発で狩りきれるか知らねぇが、それまで死ぬなよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

世界にヒビが入る。

 

誰かが説明するまでもなく、この空間の崩壊を意味していた。

 

 

「おー、こりゃ始まったわ。」

 

難波はどこか興奮気味に、その始まりを改めて告げる。

 

 

「という事で、いよいよ時間が来たみたいだね。このような非現実的な空間、ボクとしてはより深く解明したいところだけれど、生憎その時間はない。そもそも死んでいるのだから。」

 

「崩壊……この空間がなくなるって事だよな?だとすれば俺はどうなるんだ?」

 

「壊れる前にロザリオと交代しないと、アタシ達と一緒に消えるんじゃね?ま、その辺のことはマジで知らないから適当言ってるけど。」

 

「……ヤバいな。」

 

残された時間でそうやってアイツと代われと言うのか。アイツが無理矢理外に出ている以上、おそらく人格交代の権限みたいなものはアイツにある。メンタルが崩壊するか、あるいは……

 

「その、なんだっけ、アイツ。」

 

「……ロザリオの事?」

 

「そう、それだ端部。えっと、そのロザリオってのは普段どこにいるんだ?」

 

「え、えっと……どこだろう、誰も見かけない時があるから、そこがロザリオの元の空間ってやつなのかも……。」

 

「元の空間?」

 

「なんか、元々ロザリオしかいなかったからもっと狭かったらしくて……俺達がそれぞれすごせるように広くしてるって。ロザリオが。」

 

「そ、そうか。」

 

もしかして、それも負荷の原因だったりしないよな……。

ともかく、これで目的地は見つかっただろう。だけどロザリオが外に出ている以上、今その空間にはいないはずだ、あるとすれば、交代するタイミング。その時であればお互い同じ空間に存在する事ができるはずだ。現に一度入れ替わる前、俺が気絶していた時にロザリオの姿を見た事がある。

 

「難波、今ロザリオのメンタルをぼこぼこにしてくれる奴って……」

 

「誰に質問してんの。そのために大渡がいるんじゃん。いや~、アタシってば有能すぎ!?」

 

「そういえば、牧野じゃないんだね……。」

 

「牧野は……どうかな、アタシその辺は何も知らないからさ。そもそもアイツって何がしたいの?」

 

「あ、それについてはたぶん、これで解決すると思う。」

 

俺は前木が見つけてくれた高堂のメモについて話した。

 

「……!うっわー、おもしろくなってきてんじゃん。これはいけるわ。」

 

目を輝かせて笑う難波を見て、俺は1つ決心を固めた。

 

 

 

 

おそらく皆と会うのはこれで最後だという直感。

 

 

最後に俺は、やらなくてはいけない事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「難波のおかげだよ。」

 

 

 

「え、急に何、怖い怖い!」

 

敢えて茶化すような言い方をする難波だったが、俺の顔を見て口を閉ざした。

 

「そんな悲しそうな顔すんなって。てかもう手遅れだし、アタシ死んでるから。」

 

「そう、なんだよ。難波はもう死んでる。だから、お礼くらい言わせてくれよ。」

 

「……。」

 

「ずっと助けられ続けてる。難波がいなかったら、俺、絶対ここにいないって確信してるんだ。……本当に、巻き込んでごめん。でも、会えてよかった。」

 

頭を下げてしまっては、まるで許しを請うために謝罪しているみたいで、頭を下げられなかった。

俺が欲しいものは許しではなく、うまい言葉が見つからないから言えないけど、とにかく、怒りとか悲しみとか憎しみとか、一緒にいた時の楽しかったこととか、そういうのをひっくるめた何かだ。

 

「アタシって、ほぼ自殺じゃん。」

 

「うん。」

 

「アンタを殺せばよかったけど、やめた。」

 

「うん。」

 

「生きるのを諦めたけど、死にたかった訳じゃないからさ。やりたかった事とか見たい物とか、いろいろあるんだわ。」

 

「うん……。」

 

 

 

 

 

「アタシの事、一生忘れんなよ。」

 

 

 

 

 

 

「……ああ、もちろん。」

 

「……。」

 

「全部教えてくれ、難波のやりたかった事。」

 

「えー!急に頼もしくなってどうした!?もしかして途中からロザリオに変わってる!?」

 

「おい!!ずっと俺だよ!!!」

 

けらけらと大きな声で笑うこの声も、もう最後だ。涙が溢れないように強く噛みしめる。

 

「ちなみにやりたい事リスト、どっかに入れといたから後で見に行ってくんね?ここで言い始めたら長くなるわ。」

 

「……分かった、じゃあ、行ってくるよ。」

 

「んじゃ、また~。」

 

ひらひらと手を振って難波は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難波を見送った後、隣で端部と東城が何とも言えない顔をして見ている事に気づいて慌てて声をかける。

 

「見てたのかよ!!」

 

「ボク達、立ち去っていなかったじゃあないか。」

 

「た、立ち聞きしたみたいで、ごめん……!!しばらく俺は、離れておくから……!」

 

「あっ。」

 

端部はあっという間にどこかに行ってしまい、東城と二人で残される。

 

 

 

 

「で、ボクに言いたい事があるんだよね。」

 

「なんかやだな、その言い方。」

 

「難波さんは優しい人だからああして許してくれたけど、ボクにそういう言葉をかけてもらおうと思わないでほしい。」

 

「……!!」

 

冷や水を浴びせられたような気分だった。許しを得る為の言葉ではない、はずだったけど、難波にそれに限りなく近い言葉を言わせてしまった。じくり、と後悔の棘が心臓に突き刺さる。

 

「分かった。お前には謝らないよ。」

 

「それはそれとして謝罪は必要じゃあないかい。例えその惨めな自慰行為同然の謝罪だとしても、誠意を示すために必要なものだろう。」

 

「……素直に謝らせてくれ……何を言えばいいか分からなくなる……。悪かった。俺のせいなのは間違いないからな。」

 

「人の真面目な謝罪の時にその謝罪を踏みにじるような事を言うと、相手は謝罪を放棄するのか。結果は微妙だね、何とも言えない謝罪になってしまった。」

 

こんな時まで実験か……。

 

「……もう、行っていいか。」

 

「おっと、キミ達の関係についても知りたい事だらけさ。ロザリオくんにある程度質問をしているからキミの家庭環境についてはキミより詳しいけれどね。」

 

「……じゃあ今度は俺の番だな。教えてくれ、お前がやりたかった事ってなんだ?」

 

「この世の謎を解明し尽くす事。きっとボクとキミの人生をかけても叶いはしないだろう。だからキミが終わる時は別の人間にその願いを託してほしいな。」

 

「果てしないけど……分かった。別の質問。倉骨研究所については、どうしたらいい?お前の許可なく動けないよ。お前が世話になったところなんだろ。」

 

「へえ、ボクに気を遣ってくれているのか。……そうだね、ボクの思想が間違っているのはそこのせいらしいから、迷うな……。」

 

「……。」

 

「キミ達が犯罪者にならない程度に好きにしてよ。あはは、相手は犯罪者だから、そのような奴等の為にキミ達が手を汚す必要はないだろう?」

 

「そっか。……なあ、あと1つだけ聞きたいんだけど、いいか?」

 

「その質問の予想は立ててあるから簡潔に答えるよ。」

 

 

 

 

「キミがここを出られる確率は十分高い。ボクの見立てでは90%を超えている。いい結果を期待しているよ。」

 

 

 

 

「これ以上ない予想だな、ありがとう。」

 

初めて東城と握手を交わした。

俺の思うより何倍も小さかった手は、東城が人間だった事をこれでもかと自覚させてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずい、いろんなところが崩れ始めてる。急がないとまずいな……まだ誰もいなくなっていないといいけど……。」

 

大渡がロザリオに手を下すという事、それすなわち除霊だ。おそらく最初に除霊されているのはこの空間にはいない幽霊……大渡ですら見つけられないここにいる皆が祓われるのはもう少し時間がかかるはずだ。

 

外の様子をここから見る事ができれば……それが交代の合図のはずだ。それまでに、ここでできる事を全てやりきらないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドS宮くーーーん!!!」

 

「うわっ!?桜井!?」

 

急に背中から飛びつかれて体勢を崩す。

 

「危ないだろ、急に……!……なんか、久しぶりだな、あと、ずっとありがとな。」

 

「?美亜、何にもしてないよ?」

 

「何もって……ロザリオの面倒、見ててくれたんだろ。あの様子だと端部はあまり出てきていないらしいし、高堂が来るまではずっと1人で話してくれてたんじゃないか。」

 

「あ、あー!その事か!でも美亜、楽しかったよ!ロザくんとおしゃべり!美亜がなにそれ?って言うたびに泣きそうな顔するから、それは本当にごめんって感じだったけどねー。」

 

「そんなに泣き虫なのか、アイツ。」

 

「ドS宮くんと反対なんじゃない?なんかそんなイメージだよ!」

 

「……なぁ、桜井。」

 

「うん?」

 

「大渡は元気にやってるよ、今だって向こうで戦ってくれてる……それを言っておこうと思って。たぶんアイツは大渡の様子までは話してないんじゃないか?」

 

「……そうだねー。ロザくんは美亜の事ばっかり聞いてきたから。」

 

「1人にして、ごめん。」

 

いろんな意味を込めた言葉だった。桜井は何もしていないのに最初に殺されて、ずっとロザリオの相手もしてもらっていた。俺が初めてここに来た時も、何ら変わりない態度で接してくれた。

 

「……寂しかった。うん、すごくね、床が、冷たくて。……あっ、これ、はたべんには言わないで!ロザくんもだけど、もう、ほんっとーに大変だったんだから!」

 

ぽろりと零れる本音を隠すみたいに笑顔を作る。その姿はとても痛々しくて、大渡に泣かされた時の桜井と重なって見えた。どうしてあの時俺は、桜井を1人で泣かせたんだろう。あの時走り去ろうとする桜井を止めて皆の輪の真ん中で泣いてもらったとしても、誰も怒らなかった。桜井に、死ぬ前も死んでからもひどい無理ばかりさせているのが申し訳なかった。

 

「桜井、もういいんだよ。」

 

「……へ?」

 

「アイツに気は遣わなくていいし、端部もきっと気にしなくていい。桜井が、どうして今も抱え込む必要があるんだよ。」

 

「……あ、えっと、」

 

「お前が無理する理由なんて、最初からどこにもなかったんだ。」

 

「…………。」

 

「さく、」

 

「ばーーーーーーーーか!!!!!!!!!!」

 

胸を叩かれた。小さな拳が、俺の胸で震えている。

 

「ひどいよ!!!!!美亜、なにもしてなかったもん!!!!!わたりんも遅いよ!!!!!!はたべんも長いよ!!!!!!!皆、意地悪だよ……!!!!!」

 

決して優しくない力の拳が俺にぶつかる。

 

「美亜、まだまだ書きたい事あったのに、みんなのことお話にしたくて、いっぱいメモしてたのに、全部ごみになっちゃった……!!!!!美亜が描かなきゃ、美亜が描きたい事、誰も描けないのに!!!!!」

 

「桜井。」

 

俺が全員のやりたい事を叶えてあげたいなんて大層な事を掲げていたけれど、それすらできない人もいる。

自分がやらないと意味がない、俺だから駄目とかではなく、桜井美亜の夢は桜井美亜が叶えるものでしかないのだ。

 

「こんなに何回も事件が起きるなら、美亜はきっとあそこで死ななくても生き残りはしなかったと思うんだ……。漫画家の勘なのかな、なんとなく分かるよ……美亜は生き残るようなタイプじゃない。でも、でもね、タイプとか勘とか、現実なら当たらないと思うんだよ。だから、美亜、生きてここから出たかったよ、宮壁くん…………。」

 

涙で袖もぐちゃぐちゃにしたまま、桜井は声をあげて泣いた。人目もはばからず泣く桜井の横で、俺はただじっと桜井の声を聞く事しかできなかった。生きている人間が何をしているのか。死んだ人間の役に立つこともできない己の無力さを痛感する。どうしてこんな事に、そんな重い気分は、もうどこかへ消え失せたりしなかった。じわじわと俺の中で重さを感じさせるそれは、不快な気分を残して居座っている。

そんな俺と桜井に、1人の陰が差した。

 

「……桜井、さん、」

 

「……!!!!え、あっ、はたべん、待って、今の嘘なの、ちが……」

 

「嘘じゃないん、だよね。大丈夫、だから。俺、ずっと怖かった……桜井さんが、無理してないのかって。そんな気丈なふり、俺にはできないから……。」

 

「……。」

 

「桜井さんが、怒りたかったのに、怒れなかった事……桜井さんに何か言わせる時間をあげられなかった事……全部、俺が、弱かったから、だよね……。嫌だった、桜井さんを殺しておいて、こうやって桜井さんと喋る権利を貰う事も、怖かった……。俺、弱虫だから……。」

 

「はたべん、すっごい泣いてる。」

 

「桜井さんも、だよ……。」

 

「……えへへ。怒っちゃった。」

 

「なんで笑うの、桜井さん……。」

 

 

 

「泣いたらすっきりした!言いたい事言うのっていいね、ドS宮くん!……ありがとう!」

 

桜井がお礼を言う事なんて何もないよ、と言いかけたがやめた。

 

「ああ。」

 

俺の呼称が戻ったのに気づいて、桜井の調子も少しは戻ったんじゃないかと、信じてみる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「端部。やっと桜井と話す気になったんだな。」

 

「えっ、えっと、うん……。ずっと、話すべきなのか、顔も合わせないようにするべきなのか、悩んでたけど……。もう時間がないって知って、最後は動かなきゃって……。怖かったし、今も怖いけど、そうやって弱気なままでいたから、こんな事になってるんだろって、自分に言い聞かせて……。」

 

何度も口を閉じかけようとしては、それでもがんばって言葉を紡ぐ端部を見守る。

端部は、桜井を殺した。恐怖だけなのか、本当のところは俺には分からないが、きっと衝動的な犯行であったのは間違いない。あんなに優しかった端部が人を、それも桜井を殺すなんてと、信じられずにいた気持ちがよみがえる。

 

「どうだ。」

 

「……どうなのかな、俺、やっぱり話さない方がいいのかなって。桜井さんに、これから……言わせたくない事を言わせちゃうんじゃないかって、不安で仕方ないよ……。きっと桜井さんは、許せなくても許すとしか言わない人、だから……それが正しいと思う人、だと思うから……。」

 

「……まぁ、同感だな。俺も人の事言えないよ。」

 

「宮壁が、背中を押してくれて、桜井さんに本音を言わせてくれて……よかった。ありがとう。ごめんなさい、殺し合いを起こしちゃって……。」

 

「端部、」

 

「あ、違うんだ……!お願い、何も言わないで……そういうつもりで言ったんじゃないんだ。だけど、ただ……俺もそう思ってるって事を、知ってほしいだけなのかも……。言いたい事もままならなくて、ごめんなさい……。」

 

「……俺は、端部と仲良くなれてよかったって思ったし、もっと仲良くなりたかったって思う。」

 

「宮壁……うん、俺もそうだよ。がんばってきてね。宮壁は……大丈夫だと思うんだ。」

 

「……ああ、期待しててくれ。」

 

やっと、自分に言い聞かせるでもなく、人の責任を背負った実感を得る。

 

皆をコロシアイに巻き込んで、道連れにしてきた報いを、責任を、俺がとるのだ。

それは……死ではない。俺の得意分野で、これからを歩むのだ。

 

チリチリと、感じた事のない痛みが心臓に走る。

痛み、とは形容したが、苦痛を伴うものではない。ほんの浮遊感、心臓がいつもより高い位置にあるような、喉から何かが出てきそうで、思わず口を閉ざしてしまうような。

 

 

 

 

突如、何かが俺の脳裏をよぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

××××××

 

 

 

「なんだ、これ、勝手に、首が、」

 

「何してるの!!!!!アンタが何かやったんでしょう!!!!!!!」

 

「ちが、なにも、なにもしてない、」

 

「お父さんが自分の首を絞めるなんておかしいでしょうが!!!!!!!!!」

 

「てめ、早く、どう、かし……!!!」

 

父が、自分の首を絞めながらも身体を捻っておもいきり俺の頭を殴りつけた。

 

「い……!!!!」

 

たらり、とした感触に手を顔にやると赤い水がついている。割れたお皿に体が当たってしまったらしい。

ずっと父の手を父の首から引きはがそうとしていた母の手が、俺に向かって伸びる。

 

「いた、やめ……」

 

もわもわとまるで水中にいるかのように声が遠くなる。いつものことだ。そろそろ気を失って、それで今日がやっと終わるんだと目を閉じかけて、でも、その日は何かがおかしかった。

 

「…………いなくなって……」

 

別人に操作されたかのように、勝手に口が動いた。

その瞬間、俺の方に伸びていた手が近くの皿を掴み、数秒後には静寂に包まれた。

 

 

 

 

××××××

 

 

 

 

 

 

アイツの記憶だ。いや、俺の記憶か。

 

今からこれと戦うのかと身震いしたが、それすらも俺の心の奥で静かに寝息をたてた。

 

「……俺を脅すつもりなんだな、アイツは。」

 

そうはいくかよ。

心の中で吐き捨て、俺は崩れていく世界の中を走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

何発か拳が入り、そのたびにうずくまっていたはずだが一向に捕れた気がしねぇ。

見えない幽霊を祓うなんざ初めての挑戦だ、うまくいくはずがない。だが、やらねば、少なくともコイツに口を開かせないようにしなければ、こちらの負けだ。

 

「……チッ、しぶとい奴だな。」

 

「……。」

 

さて、と拳を振り上げたが、腕が下りる事なかった。

 

「……!貴様、何のつもりだ。」

 

汗が伝う。先ほどから本気で人を殴っている俺と、体力に余裕のあるスパイ女。性別の差があれど、さすがの腕力というべきか、俺の拳は止まってしまった。

 

「分かってやがんのかよ……!!!コイツに喋らせたら、」

 

「私はもういい。」

 

微笑んでいた。この状況で?そう、こんな状況なのにだ。

 

「正気か?ああ、正気じゃねぇんだったな。なんだその顔。」

 

コイツは、微笑んでいた。この微笑みは、『生きぬく事』を諦めた笑みだ。人夢で何度も見てきた……そして、俺と血の繋がりがあるだけの女が、最後に実の息子に見せた顔だ。記憶が頭の中を反芻すると、無意識に唇を噛んでいたのか、口内に血の味が広がった。

 

「それに……このままでは、お前がクロになるぞ、大渡。そんなのおかしいだろう?大渡も、宮壁を殺して一緒に出よう。もう出口は目の前だ。」

 

「……!」

 

そう言われて初めて自分の拳にも血がついている事に気づいた。たしかにまずい。こんなに祓えないなんて聞いてない、あの泥棒女……本気で無理難題を押しつけやがったのかよ。

 

「おい、そこの変態は何黙ってんだ。」

 

「牧野もそう思うだろう?お前のした事は外に出てからしっかり処罰にかけるとして、ひとまずここから出よう。」

 

「…………。」

 

変態は、これまでの高いテンションをとっくのとうに放棄していた。力なく瞬きを繰り返し、頬杖をついてこちらの様子を眺めている。

 

「何か言え、犯罪者がよ。」

 

「もうここに犯罪者じゃない人なんていないよ。俺はただ……呆れてるんだ。オマエラの希望が薄っぺらい事にも、その目の前の餌を正義と決めつけて行動している篠田ちゃんも、それこそ何かにとり憑かれたように宮壁を殴る大渡も、絶賛人の心を弄んでいるロザリオにもね。……俺にも若干入り込んでくるんだから、本当に迷惑だよ。」

 

「……。」

 

「復讐は成し得た。たしかにそうだ。俺は今とてつもない充足感に襲われている最中だよ。だけど、何かおかしい。嫌な予感がするんだよね。ロザリオからかな?何か持ってるんじゃない?」

 

「……スパイ女、クワガタもどきの服を調べるから手を離せ。」

 

「……ああ、痛かったか、すまない。」

 

1人見当違いな言葉を並べるスパイ女をよそに、クワガタの服をくまなく調べる。

 

「これか?手帳……………………おい、山女のだが。」

 

「……!」

 

変態が目の色を変えるが、かまわず俺は読み進めた。

 

「…………。」

 

「響くん、何それ、もういいんだよ今更……今の状況で何も覆らない。ね、瞳ちゃん。」

 

「そうだ大渡、何を必死に読んでいる。」

 

 

 

「山女は、貴様が勝卯木蓮と協力した事を知っていた。」

 

 

 

「……は?」

 

「事件の時もそうだが、貴様は現実を自分の都合のいいように解釈するきらいがある。どうせ昔っから同じ事やってんだろうが。……おそらくこれはクワガタが探しに戻っていたものだろ。貴様を正気に戻すために、クワガタが用意していた武器だ。」

 

「なにそれ……」

 

「山女は勝卯木蓮と協力した事を知った。時系列としては倉骨の……所長か?連れていかれた後に教えてもらったらしい。嘘はつかないと書いてあるから、山女が倉骨の所長に直接聞いたらしいな。どうだ、心当たりくらいあんだろ。」

 

「あの、あと……?」

 

「記憶を消すように貴様に頼まれたと言っていたらしい。つまり……貴様は山女の記憶を消す事で勝卯木蓮の目から逃れさせようとした。だが途中で勝卯木蓮の邪魔が入り、倉骨研究所は半壊したと書いてある。途中から筆跡が変わっている。記憶操作手術が効かず、手術後も研究室に残されていた珠結詩乃女が連れ去られた高堂の落としたメモに書いているようだ。ふん、そういう事か。」

 

「要は、山女は貴様のやろうとしている事を知って、止めるためにコロシアイに参加した。そういう事じゃねえのか。」

 

珠結とかいう女は自分もこれからただでは済まない事を悟り、半壊した倉骨研究所の資料にこのメモを紛れ込ませたようだ。『誰か見た人ががいればここに連絡ください』……まさか自分の電話番号を書くはずがない。誰のものだ?

 

「…………」

 

「響くん、そんな話どうでも」

 

「るっせぇな。」

 

邪魔してこようとするクワガタもどきを弾き飛ばすが、次の瞬間再びスパイ女に捕まってしまった。クソ、邪魔しやがって……!不思議と反抗する力がわかず、俺は悪さをしたガキのようにスパイ女に羽交い絞めにされている。振りほどこうと思っているはずなのに、体は動かない。まるで俺がそう指示していないかのように……。嘘だろ、こんなところまで来て、クワガタもどきの言う事に納得しそうになっている訳が……。

 

「おい、貴様もこのメモが何を意味するか分かんだろうが……!」

 

「……だからといって今の状況を打破する方法が見つかったか?私にはそうは思えない。」

 

「チッ……!」

 

「いっ……痛い……でも、いろはくんが正気に戻るのはオレも賛成だよ。いろはくんの本当の気持ちを知りたいんだ。」

 

「うぜぇがそれだけはクワガタもどきに賛成だ。貴様が変な演技を続けているだけならもうやめろ。貴様はどうしたい、さっさと説明しろよ。」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

『前木ちゃん、やけに余裕そうだね。そんなに俺に勝てるのが嬉しい?』

 

『そりゃ、嬉しくなくはないよ。皆の事を殺したのは牧野くんだもん。』

 

やだなぁ。この時の余裕、高堂ちゃんのメモ帳の事だったのか。

 

『……いてて、お腹、痛い気がしてきたかも。』

 

『うん、痛いと思う。』

 

『牧野くん、皆の事、任せて大丈夫?ロザリオくんの事も、助けてあげてほしいんだ。』

 

『さぁ、どうかな。』

 

『もう!宮壁くんみたいだよ、そうやって微妙な反応ばっかりするの!』

 

『…………』

 

『宮壁くんは、大丈夫かな。』

 

『どうだろうね。前木ちゃんが死んだら相当悲しむんじゃない?』

 

『……そう、だね。』

 

『牧野くん……私、これからどうなるか分からないけど、きっとうまくいくって信じてるよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「善処するよ。前木ちゃん、高堂ちゃん。」

 

 

 

 

 

 

善処したところでうまくいくのか知らないけどさ。前木ちゃんの運があればどうにかなるんじゃなかったの。何この状況。

 

 

 

 

 

 

 

「いろはくんは、尚更オレに死んでほしいって思ってるよ!絶対そうだ!」

 

 

 

 

 

俺の思考が勝手に置き換えられる。復讐を果たして満足しているはずの憎悪が再び引きずり出される。

ロザリオが憎くて憎くて仕方ない。コイツがいなかったらこんな事起きてないのに。なんなんだよ、死んでくれるならさっさと自殺でもなんでもすればいいのに。違う、それじゃあ前木ちゃんとの約束が、倉骨への借りが。死んでくれ、頼むから高堂ちゃんを返してくれ。まずい、そうじゃないんだ、三笠ごめん、烏滸がましいだろうけど助けて、僕の目的はもう宮壁でもロザリオでもないんだよ、三笠なら分かってくれるかな。高堂ちゃんはなんて言うかな。違う違う違うロザリオが宮壁が全部悪いアイツのせいで俺はこんな目に……!!ヤバい、本当にそう思いかけてる……

 

「篠田ちゃん、大渡。」

 

ぐるぐると回る思考を無理矢理正し、2人に向き直る。倒れそうな身体を証言台で支え、ゆっくり言葉を間違えないように紡ぐ。

 

「あ?」

 

「……。」

 

一緒に宮壁に投票しよう、何度もそう言おうと口の形が開くのを必死に堪える。

 

 

 

 

 

「……はは、悪魔なんかに流されないでよ。オマエラの希望が、そんなやわなはずないだろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………オマエラは勝つんだろ、僕に…………!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の崩壊が進む。本当にお別れなんだ。

俺の心がずっと軽くならないという事は、もうとっくにロザリオの崩壊が始まっているという事だ。きっと大渡の力を借りずとも、この世界はこのまま終わっていくのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さーーーーーーん!」

 

「ん、今声が……」

 

「みーやーかーべーさーーーーーん……!!!お久しぶりでーすーーーーーー……!!!」

 

歩みを止め後ろを振り返った俺の目に、懐かしい海色の髪が映る。

 

「潜手……。久しぶり、だな。」

 

「はい!お久しぶりですー!ふー、ふー、すごいですーねー。ここって、疲れたなぁって感じるんですよー!」

 

「……。」

 

「宮壁さん?どうかしましたーかー?」

 

「いや……潜手だってここに来てからそこそこ経つだろ。いろいろ踏まえた上で……俺に言いたい事があるなら、好きなだけぶつけてほしい。」

 

俺の気持ちが伝わったのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた目は徐々に脳内の疑問符を拭い、その眉を下げた。

 

「言いたいことなんて……潜手めかぶだって怒ることもありますけーどー、宮壁さんや牧野さんに怒ろうだなんて一度も思った事ないですー……。だって、誰も悪くないじゃないですかー……。」

 

「……。」

 

「ロザリオさんも、すっごく自分のことを責めていたんですけどー、みなさんがいなかったらコロシアイが起きなかったなんて、言えないと思うんですー……だって、コロシアイなんて、ここにいるみなさんも、今生きてるみなさんも、望んでいなかったじゃないですか……!」

 

「潜手……」

 

「お、怒る人もいるかもしれないですけど、たしかに、やってはいけないことをしたかもしれません、でも、宮壁さんも牧野さんも、潜手めかぶのクラスメートで、お友達だったことには変わりませんー……!お友達が、自分のことを悪く言うのが、見ていて楽しいものなはずがないじゃないでーすかー……!」

 

責められると思っていたし、責められるべきだと思っていた。それでも、こうして面と向かって悪くないと言われることが、嬉しいと感じてしまう。

 

「ごめん、潜手。本当にごめん……。守ってやれなかった、俺、お前を助けられなかった……気をつけていたはずなのに、俺は……。」

 

「……宮壁さんー……。あのですーねー、潜手めかぶは、そんな事言ってほしくてこう言ってるんじゃないですーよー?宮壁さんが、言いたい事を言えって言ったんです、だから、言いたかったことを言ってるだけで。それは……潜手めかぶが聞きたい言葉じゃないです……。」

 

「……!」

 

「潜手めかぶは、宮壁さんが、これからがんばるって聞いたから、それを応援しに来たんですよー!みなさんから応援してもらってる宮壁さんを、潜手めかぶも応援したくて来たんです!これから大丈夫って、そう言ってほしくて、それを聞きにきたんですー……!」

 

「もぐり、て、」

 

「ふふーん。宮壁さん、そんなにびっくりして、潜手めかぶのこと、全然分かってないでーすねー!まだまだですーよー!」

 

「……そうだな。ありがとう、潜手。十分すぎるくらい伝わったから、俺、がんばってくるよ。」

 

「はいー!」

 

「他に言いたい事ないか。言える事があれば、俺じゃなくても。」

 

「あっ、えっと、1つだけお願いを聞いてもらってもいいですかー……?」

 

「うん。」

 

「篠田さんのこと、守ってあげてくださいー……。きっと、ずっといろいろ抱えて、苦しんでるから……潜手めかぶは一緒にいてあげられないから、宮壁さんが……!見守ってあげてくださーいー……!」

 

「……ああ。」

 

俺を鼓舞した時とは打って変わって心配そうな潜手に俺は笑いかけた。潜手の気持ちを篠田に届けなければ。そのためにも、必ずここから出てみせる。皆ときちんとお別れをする事が許されるなんて、とんでもなく都合が良くて、俺だけずるいだろうと思う。だからこそ、そのチャンスを、その役目を与えられた俺が、やり遂げなければならない。

潜手の笑顔を見て、改めてそう言い聞かせた。俺の役目を、その使命を与えられた幸運を、俺が最初に信じなければ。

 

「篠田なら大丈夫だ。俺もちゃんと見てるから、潜手も、見守ってあげてくれ。」

 

「…………はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、どこにいるんだろうな……。」

 

思うよりうまく皆を見つけられないのは、ロザリオが邪魔をしているのだろうか。

 

「やっと来たな、宮壁。」

 

「……!三笠。」

 

まずい、安心感で気が緩んでしまう。

 

「お疲れさまだな。」

 

「自業自得というか、今までのけじめみたいなもんだけどな。」

 

「宮壁、強くなったな。」

 

「三笠ほどじゃないよ。ずっとロザリオに押し付けてただけだし。」

 

「今は違うだろう?十分じゃないか。初めてなのによくやってると、自分なら思うがな。」

 

「……。1回しかないんだから、当然だろ。」

 

三笠の死は、止められたんじゃないかと思えてならない。もっと言うなら、東城の薬に頼るほど三笠を弱らせた原因は、三笠に頼らせることができなかった俺でもあるのだ。この状況でよくやってるという評価がもらえるのは、お門違いってもんだろう。

 

「その1回でうまい選択ができるとは思えない。宮壁は、がんばってると思う。」

 

「そうかな。」

 

「そうだ。」

 

言い切られるとどうも弱い。

 

「なあ、三笠はどうして来てくれたんだ。」

 

「かっこいい事でも言おうとしたんだが、潜手に言われてしまってな。本当に強いだろう、潜手。」

 

「……ああ。」

 

「だが、潜手もここに初めて来た時はショックを受けていたし……特に勝卯木とは全然話せなくてな。あの潜手が、だぞ。」

 

「それは……仕方ない、んじゃないか。」

 

じくじくと嫌な事件の光景がよみがえる。目を覚まして、隣のベッドで三笠が息を引き取った瞬間を見た。血を吐き言葉を発さなくなった潜手を見た。人が死ぬ瞬間を、人が殺される瞬間を目の当たりにした。犯人が処刑されるのとは訳が違う、紛れもない『殺人』を目撃したのだ。

 

「潜手のやりたい事、聞きそびれたんだ。まだ間に合うかな。」

 

「……まあ、消えた訳じゃないからな。あと少しは会えるんじゃないか。」

 

「そうだな。……三笠は?やりたい事、あるか。」

 

「む……意外と思いつかないものでな……お主の友人として、自分の事をたまに思い出してくれたら嬉しい。」

 

「当たり前だろ。」

 

「難波に言われてしまっていたな、まったく、どうも決まらない。宮壁みたいだ。」

 

「おい!俺を締まらない代表にするなよ!」

 

「はは、すまんすまん。それだけ元気に言い返せるなら、少しは元気になったんじゃないか?」

 

「……ああ、そうかも。」

 

「ばっちり決めてこい。それができる奴だから。全員と、腹を割って話すんだぞ。」

 

「…………ああ。」

 

不覚にも目頭が熱くなった。だめだな……今から向かう場所に覚悟を決めなきゃいけないのに、どうにも感傷に浸りたくなってしまう。俺が皆の事を改めてゆっくり考えるのは、全てが終わってからだ。

ロザリオを止めて、篠田や大渡の時間を稼ぐ。今の状況が分からない事だけが気がかりだけど、あの2人ならきっと大丈夫だ。もし2人が駄目になっていても……俺が終わらせはしない。

 

俺がゆっくり気持ちを整理している間、三笠はただじっと目の前で微笑んでくれていた。三笠にお別れを言おうとした時、俺より先に三笠の口が動く。

 

「そうだ、お主と話したいと言っていた奴がいるんだ。」

 

「……え、どうにかして皆と話そうとは思ってたけど、三笠以外に自分から来てくれる人もいるんだな。」

 

「ああ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………な、勝卯木。」

 

三笠に促されるように俺の前に姿を現したのは、他でもない、このコロシアイを仕組んだ黒幕の1人、勝卯木蘭だった。

 

「…………勝卯木。」

 

「……。」

 

俺が勝卯木を呼ぶ声は、思ったより優しくなった。それも勝卯木の表情が死ぬ前よりもずっと青ざめていたからである。

 

「……話したい事があるなら、言ってくれ。」

 

「ごめ、なさ……」

 

「……。」

 

「わた、し、みんなに、ひどいこと………………ひどいことなのは、ずっと、分かってた……。みんなのこと、友達でもなんでもなかったから……知らなかった、みんながとっても素敵な人だってこと……。」

 

「…………。」

 

「みんなに謝ったけど、ぜったい許されてない。一生許されないってわかってるけど、くるしい……。苦しいけど、それが当然だから、受け入れようと思ってるの。だいきくんは、ううん、だいきくんも、正直に言ってください…………。」

 

ぼろぼろと涙をこぼしながらゆっくり喋る勝卯木を見て、少しだけ俺は安心した。ちゃんと反省してるとか、そういう事じゃなくて。

 

「……勝卯木、無口なのはキャラだって言ってたけど、本当だって多弁じゃないだろ。」

 

「へ……?」

 

「俺は……俺には、お前がコロシアイを企んだ事とか、三笠や潜手を殺した事とかを責める資格はない。かといって、当然許す事もしないさ。それは正直に言っておく。だけど……」

 

「だけど、俺と仲良くしてくれてたお前が、本心から俺と仲良くなりたい思ってくれていたのは、嬉しいから。もう泣くなよ。」

 

「え、ゆる……?え、でも、許してないって言ったよね、どういう事……?」

 

「…………ロザリオが、ここに呼ぶ人は制限をかけているんだ。現に俺に殺された俺の両親はここにいないだろ。ロザリオが、俺達にとって害になると思う人は、最初からここにはいられないんだよ。」

 

「…………。」

 

「勝卯木、お前がした事について、お前に償う機会はもう訪れない。それがどんなに苦しいか、償う機会をもらえた俺なら、少しは分かるんだ。だけど、お前が反省してるって事は、謝りたいっていう気持ちは、全員に届いてる。」

 

「だいき、くん、」

 

「うん。」

 

「ごめんなさい…………。」

 

勝卯木は涙を止める事なく謝っていた。三笠は俺の少し離れたところから、俺達の様子を見守っていた。

 

「そうたくんも、めかぶちゃんも、すっごく素敵な人で……。すずかちゃんも、優しい人で、りゅうやくんも、私がちゃんとしていたら、こんな事にならなかったの……。」

 

「うん……。」

 

これだけ謝っても、勝卯木は許されない。勝卯木への怒りがないと言ったら嘘になる。俺ですらこう感じるのだから、実際に巻き込まれた三笠や潜手の怒りは計り知れない。だけど、それでもあの2人は、勝卯木の気持ちにも共感する人達だろう。今もなお勝卯木の涙を見て勝卯木の心配をしてしまう程に優しい人達だから。

だから俺は、その2人の優しさを否定しないためにも、勝卯木にもう謝らせたくはない。

 

「勝卯木、もう謝るな。十分気持ちは伝わってる。」

 

「……うん。」

 

「俺もがんばってくるから、勝卯木もがんばれ。できるか?」

 

「……うん、がんばる。」

 

「私がんばるから、だいきくんも、がんばって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿なお兄ちゃんの馬鹿な計画を、止めてください。」

 

 

勝卯木は強くそう言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様だね。あんたも。」

 

「高堂……!」

 

あと数人、必死に駆け回っていた俺に横から声がかかる。

 

「高堂、俺、言いたい事がいっぱいあるんだ……。」

 

「宮壁が言いたい事も分かるよ、でもロザリオにも言った通り、今のあたしにコロシアイ前の記憶はない。死んだからって記憶が戻る訳じゃないし。牧野の事だって、今のあたしには分からない事だらけだよ。」

 

「あ、そっか、そうだったな……。」

 

そういえばそうだと納得する。記憶を消された高堂は、殺し合いの中で記憶を取り戻した訳ではなかった。死んでから説明されたところで、失った記憶は帰ってこない。それは高堂や皆の命も同然だが。

 

「でも、ロザリオからいろいろ聞いて……なんとなく、あたしがここに来た意味も分かったような気がする。牧野に直接文句を言えないのが悔しいけど、まぁ、牧野には悪気こそあれ悪意はもうないんじゃないかなと思ったり。もちろん、信じられないくらいの馬鹿だと思ったけどね。皆には謝っても謝り切れない事をした。その償いは絶対にさせてほしい。牧野を手にかけようとしたアタシが言うのもなんだけど。」

 

「高堂、……お前が言うなら、そうするよ。俺は俺自身を許した覚えも、牧野の動機を認めた訳でもないからな。その点では容赦しないから安心してくれ。」

 

「ふふっ。宮壁、裁判とかこういういざって時はほんと頼もしいよね。」

 

「は、って、なんか悪意ないか……?」

 

「ごめん、悪意あったかも。」

 

「なんだそれ。」

 

お互いに軽口をたたいて笑い合う。ひとしきり笑った後、高堂は改めて俺に向き直った。

 

「元生徒会長とか……いろいろ戦わなきゃいけないものはあるけど、がんばってきてよ。あと、満——あたしの弟なんだけど——に会えたら、そっちもよろしく。」

 

「ああ。……それだけでいいのか?」

 

「……ふふ、あたし、あんまりやり残した事とか思いつかなくって。十分楽しんだかなって。記憶があればまた違うのかもしれないけど、皆みたいに語れる夢はないかも。」

 

「なんでもいいんだぞ。」

 

そんなの悲しすぎる、というのは俺のただのお節介なのだろうが、それでも何か言ってほしくて念を押す。高堂はしばらく考え込んだ後、ゆっくり口を開いた。

 

「うーん………じゃあ、大人になったら4人で飲み会でもしてよ。その写真撮って、どこか見えるところに飾ってほしい。」

 

「お前のやりたい事なのか、それ……?」

 

「やりたかった事ではあるかな。あたしも、皆とそういうのしてみたかったから。あ、牧野は警察行きだから無理か。」

 

「辛辣すぎるだろ。」

 

「未成年だからって許されるレベル超えてると思うんだけど。まぁ、今はその警察も役に立ってないらしいし、もしかしたらそういう機会もあるんじゃない?」

 

「……牧野も一緒に、か。……しばらく成立しそうにないけど、どうにか取り付けてみるよ。」

 

「うん。」

 

ぱらぱらと何かの破片が落ちる音がする。砂のようで壁のようで、空間の切れ端のような欠片が、俺達の足元に転がっていた。いよいよあまり時間はないらしい。ロザリオのところに行くまで間に合うといいけど。

 

「他ないか?」

 

「時間ないのにあたしにかまってる場合なの?…………うーん、そうだな。」

 

 

 

 

 

「皆、長生きしてね。」

 

 

 

 

 

牧野でなくても惚れてしまうようなとびきりの笑顔で、高堂はそう言った。

これが、天使に選ばれてしまう人間なのかと、非情にも納得させられてしまった。

 

「ちょっと、泣かないでよ。あたしに泣かされるんじゃ駄目じゃん。そういうのは好きな子の為にとっといてよね。」

 

「す、好きな子って……!」

 

「もう周知の事実だから。ロザリオと琴奈ちゃんから言質はもらってるよ。」

 

「あの2人……!!」

 

「はい、行っておいで。まだ数人いるでしょ。本当に時間なくなったらあたしのせいになっちゃう。」

 

「……ああ。高堂、ありがとう。」

 

「ん。どういたしまして。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シイチくん。こっちです!」

 

「ほんとだ!珠結先輩、すごいですね!」

 

「珠結は天才なのでねぇ。警察のルートも全部覚えちゃいましたよ。篠田さん達が頼もしくてよかったです!」

 

「はい!篠田さんは本当に素敵なお父さんなんですよ!命の恩人なんです!情報を流してくれたのは白木さんですから、お礼はそちらに言わないといけませんが……。」

 

「……。」

 

「珠結先輩?」

 

「うんうん。羨ましくて仕方がねぇですよー!」

 

瞳ちゃんは命の恩人って感じの好感度じゃなかったですけどねぇ、と、珠結は過去の会話を再生する。

自分を助けた後行方をくらませた倉骨志求真を追う内に篠田家と合流したのは、かつての宮壁達のクラスメート、【超高校級の記憶力】珠結詩乃女であった。篠田家きっての実力者であるシイチという少年と共に、現在コロシアイが起きている制偽学園の課外授業用施設へ向かっているのである。

 

「瞳ちゃんとはどのくらい仲良しなんでしたっけ?」

 

「一緒のお布団で寝てました!お願いしたらいれてくれるんです!」

 

「シイチくんシスコン?」

 

「しすこーん……?朝に食べるやつ……?」

 

「おっとまだ小学生でしたもんね。いや、シスコン自体は下ネタじゃねぇですよね……?」

 

呑気な会話を繰り広げながらもシイチがバッタバッタと警察をなぎ倒してくれるおかげで、頭の地図によるとかなりショートカットができている。入り口の方は篠田さんが先陣を切ってくれているらしいし、あと小一時間ってところか。珠結は現時点での進捗具合を自身の脳内で確かめるとにっこりとほほ笑んだ。

 

「珠結先輩、いいことでもありましたか?」

 

「頼もしい味方が多くて、助かるなぁと思って。シイチくんも先に行きたいでしょうに、珠結に付き合ってくれてありがとうございます!」

 

「えへへ、久しぶりに人を殴っていいので楽しいです!最近隠密行動ばかりで……。」

 

「……。」

 

「珠結先輩?」

 

「いやあ、本当に味方でよかったですよ!」

 

「はい!」

 

珠結の内心が震えていたのは言うまでもない。

 

 

一行が制偽学園課外授業用施設に到着するまで、2時間を切っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮壁さん。」

 

「…………安鐘。久しぶり、だな。」

 

久しぶりに見た安鐘は、最初と変わらぬ綺麗な着物に身を包んでいた。個室に閉じ込められた時や死んだ時のような姿はどこにも見えない。

 

「安鐘は誰かと話したのか?」

 

「……ええ、少しだけ。勝卯木さんと、柳原さんと。あ、もちろん、他のみなさんとも話しましたのよ。だけど、わたくしが話さなければならないのは、きっとそのお二方だと思って。……なかなか、特に柳原さんとは何を話していいか分からなくて、ほとんど会話らしい会話はできていないのですが。」

 

「……。」

 

「…………えっと、すみません、こんな暗い話をしてしまって。でも、宮壁さんが無事でよかったですわ。心配でしたの。」

 

「ごめん。」

 

安鐘の言葉を遮るように、咄嗟に口が開いてしまった。

 

「……宮壁さん?」

 

「何もしてやれなかった。安鐘がいろいろ理由があって話せなかったのは分かってる。だけど、絶対他に方法があった。お前が、お前がこうなる理由は、どこにもなかった……!本当に、ごめん……。」

 

「…………。」

 

「ずっと、後悔してるんだ。安鐘の不安をどこかで拾えていたら、気づけていたらって。今更覆しようがないけど、それでも、お前に会って何も言わないなんて、耐えられなかった。せっかく会えたのに、こんな事言ってごめん……。」

 

顔をゆっくりあげても、安鐘は瞬きを繰り返していた。でもそれは、疑問に思う表情でも怒りによる放心でもなく、言葉を使うとすれば、安堵。どこか嬉しそうに笑っていた。

 

 

「……宮壁さんは、やっぱり優しいですわ。」

 

「え……?」

 

「わたくしも、後悔ばかりですの。何か他にできた事があったんじゃないか、わたくしがもっと強くあれば、皆さんにわたくしが見聞きした事を伝えられたら、きっと潜手さんや三笠さんまで巻き込まれずに済んだのですもの。でも、1人で後悔するには、あまりにも重くて苦しくて……ここに来てもどうしても、気持ちが晴れる事はありませんでしたわ。」

 

「……。」

 

「だけど、今の宮壁さんのお言葉を聞いて……わたくしだけじゃないんだって。わたくしと同じように後悔している人方がいらっしゃる事もそうですが、何より、わたくしの事を後悔してくださるなんて。ふふ、わたくし、まだみなさんの仲間でいていいんだって……。それがとても嬉しいのです。」

 

「安鐘、」

 

 

 

 

「鈴華……!!!!!!」

 

 

 

 

どこからともなく現れたのは難波だった。体感数十分ぶりに見る難波は、いつもからは考えられないくらい泣いていた。

 

「何今更当たり前の事言ってんの!?ずっと仲間だよ!!!ごめん、アタシがあんな事言ったから、アンタの事叩いたりしたから……!!何も考えずに、目の前で起きた事でカッとなって、ここに来てからも全然言えなくて……!!!!」

 

「な、難波さん!?そんなに泣いたら大変ですわ……!」

 

「だ、だって……!あまりにも悲しい事言うから、アタシのせいじゃん、それ……!」

 

「もう、難波さんも優しすぎますわ。」

 

安鐘は泣きながら笑っていた。

 

「ごめん、本当にごめん鈴華……言えてよかった……。」

 

「もう、泣き止んでくださいまし。」

 

「そうだぞ難波、安鐘に宥めさせてどうするんだよ。」

 

「……アンタに言われると癪だな。まぁ事実だけどさ……。」

 

「おい。」

 

「ふふっ、なんだかお二人といたら元気が出てきたような気がしますわ。」

 

「そうか?」

 

安鐘はころころ笑うと変わって真面目な顔になった。

 

「宮壁さん、わたくしは、宮壁さんならできると、やってくれると信じております。くれぐれも気をつけて。宮壁さんの……裁判場で今も戦っている皆さんの未来が、素敵なものでありますように。」

 

「……ありがとう。安鐘に言われたら、できるなって思えるよ。」

 

「まぁ、それは……ふふ、宮壁さん、意地悪な人ですわ。」

 

「……?」

 

「鈴華、時間までアタシとも話そう、マジで、マジで言いたい事がありすぎて……宮壁に偉そうに言ったのに後悔しかない……!!」

 

「いいのですか?ではお言葉に甘えて……ですが、その前にもう1つやっておきたい事があるのです。」

 

「やる事?そうなの?」

 

「宮壁さん。わたくし、まだ言いたい事を伝えられていない方がいますの。宮壁さん、一緒に、来てくださってもよろしいでしょうか?」

 

「え、それって……」

 

「……。」

 

その相手の名前を聞いて、俺も言いたい事を用意する準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別れ方が最悪だった分このまま会わないかと思っていたが、そういう訳にもいかない。

 

「……。」

 

「俺、ここから生きて出るよ。」

 

「……おれに報告なんていらないです。早く行ったらどうですか。」

 

「なんでだよ。お前が一番、」

 

俺に死んでほしいって言ってたじゃないか。

そう言いかけた口は、その言葉のあまりの女々しさに尻込みして音を止めた。

 

「はぁ。やめてください、憐れんだ目でおれを見るの。不愉快です。」

 

「べ、別に憐れんでなんか……!!!」

 

「そもそも終わったと思った人生なのに、こうして薄気味悪い空間で無理矢理続きを歩かされる時点で迷惑なんです。もう何もしないでくれませんか。」

 

腹を割って話せ。三笠に言われた言葉を思い返す。

言えなかった事も言い足りなかった事も、全てを伝えるなら今しかないんだ。

何もかも想定通りかもしれないけど、俺が言いたい事の全てが伝わっているとは思えない。

 

「……一緒に出よう。」

 

「へ、」

 

「全部全部俺のせいだ、本当に悪かった……ごめんなさい。だから、お前が出来なかった事、俺にやらせてくれないか。もちろん、俺が使うのは法的手段だ。俺がここから出て、全部やるよ。」

 

「なんのつもりですか。そんな事頼んでない……。」

 

「やりたいんだ。俺が。」

 

「……」

 

「何か変えられるなら、俺しかいなかった。悔しかったんだ。事件を止められなかった事も、皆が傷ついているのに向き合おうとしなかったのも、お前の内心を暴けなかった事も。全部全部、後悔してるんだよ。ずっとそれを抱えて生きるんだって思っていたし、言えないまま終わったと思ってた。」

 

「だけど、今、こうして皆と向き合うチャンスをもらった。俺が皆に言えなかった事、今なら言えるんだよ。」

 

言ったとしても気分が良くなるはずがない。言いたい事が言えたから満足なんてできない。

だって、皆はもうご飯だって食べられないし、外を歩く事もできない。

ただ“俺達”がここに皆を閉じ込めて、行かないでくれって縋りついているだけで、そう、実のところ、俺はどうしようもない屑なのだ。

「もしかしたら許されるかもなんて思っていない」と、断言できない自分に吐き気がした。

赦されようとしているのか、俺は。違う、そんなのじゃなくて、俺が本当にしたい事は、記憶のない皆に思い出してほしいのは……!

 

「もう皆は現実にはいないし、言ったところで解決なんてしないのも分かってる。だけどさ、俺が救われたいからじゃなくて、罪滅ぼしがしたいんじゃなくて、ただ、……ほんと、なんなんだって思う気はするんだけどさ。」

 

うまく言葉にできない。死んだ人に何を望むというのか。

 

 

「お前のことを、教えてほしいんだ。」

 

 

「…………。」

 

「おい宮壁、説明が下手すぎないか?本当に今までの裁判をこなせたのがロザリオのおかげなのかと疑ってしまうぞ。」

 

さすがの沈黙を見かねてか、三笠が口を挟んでくれた。

 

「ご、ごめん。」

 

「な、安鐘。勘違いするよな。」

 

「……ええ、そうですわね。」

 

「安鐘。」

 

安鐘はくすりと笑うと一歩俺達の元に近づいた。

 

「柳原さん、わたくし、柳原さんとの約束を破ってしまいましたわ。後悔に押しつぶされて、宮壁さんに忠告をしてしまったんです。少し、その事についても悔やんでおりました。」

 

「………………安鐘、さん。」

 

「柳原さんにあの時言われた言葉、わたくしがずっと欲しかった言葉……利用するためだと分かっていても、恐怖に支配されていたとしても、初めて誰かがわたくしを理解してくれたんだって。少し、嬉しい気持ちもありましたのよ。」

 

「……。」

 

沈黙を貫く柳原とは対照的に、安鐘は穏やかな顔をしていた。

 

「……そんなこと、」

 

「あの時はそんな事まで考えられませんでしたから、宮壁さんに解決してもらえないかって必死でしたけど……ここに来て冷静になりましたの。1人でも、正しいとは言えない方法でも、わたくしに声をかけてくれた人がいた人生だったなって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこと、言わないでください……。」

 

柳原は泣いていた。

 

「おれが悪かったんです、でもああするしかなくて、誰もたすけてくれなくて、嫌になってたんです。でも、おれがだめなのはずっとわかってました……!おれがしてるのは、だめなことだって、ずっとわかってたんです。だけど、だけど、いいえ、言い訳なんてだめなんです、ぜんぶおれが悪い……。」

 

「……ごめん、なさい……。ほんとうに、ごめんなさい……。」

 

俺がした事が、これでよかったのだろうか。安鐘に、柳原に、伝わっているのだろうか。

泣きじゃくっている柳原の背中を撫でてあげる事しかできなかった。

 

謝るという事は、許しを請うという事だ。

俺は、柳原に、少しでも……気づいてほしくなったのだ。自分が許されたがっているという事を。今までの柳原を思えば、彼が悪い事をした時必ず謝る質なのは理解していたつもりだった。彼は、そうやって自分の非を打ち明けずにいられるほど、強くはない。

駄目な事をしているのは分かっている。法を扱う俺が、こんな感情に身を任せた判決を下していいはずがない。殺された皆の事を思えば、クロの側に立つ俺は説得力どころか判断力もない、裁判官失格の役立たずだ。殺された皆に甘えている。だから、殺された皆の怒りを、クロの責任も含めて、俺が背負う。

 

ここにいる全員の希望を、叶えられる事全部……いや、叶えられない事も、俺が叶える。

 

「俺に任せてほしい。」

 

柳原の背から手を離し、誰ともなく、深く頭を下げる。

涙を拭う音や鼻水をすするような音も徐々に聞こえなくなり、俺以外誰もいないのではないかと錯覚するほどの静寂に支配される。

 

 

 

 

 

 

 

長い沈黙を経て、俺の背中をつついたのは隣にいた柳原だった。

 

「あの、もういいです、そういうの。」

 

「もういいって、まだ俺は」

 

思わず顔をあげると、先ほどの静寂が嘘のように皆がぱらぱらと喋り始めた。

 

「じゃあ、雪山に2か月滞在してもらうか。」

 

「え、は!?さすがにそれは、」

 

「待って!美亜のやりたい事思いついた!美亜の漫画、アニメ2期ができるよう編集者さんとコネコネしてほしー!」

 

「桜井!?」

 

「俺、試合でアメリカ行きたい……!」

 

「端部も待てって!!サッカーは俺じゃ……!」

 

がやがやと皆が口出ししてくる。大半俺にはできそうにない願いなのは嫌がらせなのかノリなのか、叶えるまで足掻けという激励なのか。

 

「柳原は、他にしてほしい事ないか。」

 

「……宮壁さんのくせに、やだなぁ。嫌いです、今の宮壁さん。」

 

「ごめん。」

 

「………………やです、絆されてるみたいで。でも、1つだけ、おれから、」

 

珍しく柳原は口を噤んだ。よほど言いたくないのか、目線は下を向いたまま動かない。

 

「なんだよ。」

 

「……。」

 

「おい、お前らしくないぞ。」

 

「……その。」

 

「うん。」

 

「“相棒”らしく、助言するなら……おれならこうするのになって思ってたことがあるんですけど、やります?」

 

「……ああ。任せろ。」

 

「…………くくくっ、あははははっ!!ふふっ……ほんとうにきらいです、今の宮壁さん……!!」

 

柳原はそう笑いながら俺の傍で“裏技”を耳打ちした。

 

「できます?」

 

「!……いけるかもしれない。」

 

「じゃあ、『おれ達』の勝ちですね。」

 

「ああ、そうだな。ありがとう。ごめんな、最後まで。」

 

柳原は相槌の代わりに目を細めていた。

 

「……前木さん、宮壁さんがお呼びですよ。」

 

「ええ、絶対呼ばれてなかったよね!?もっと喋ってていいんだよ!」

 

「もうないです。」

 

「そ、そうなの……?」

 

「はい!どうぞどうぞ!」

 

「わっ!押さないで柳原くん……!」

 

前木は柳原とわちゃわちゃしながら、柳原に背中を押されて俺の方に来た。柳原はそのまま前木に手を振り皆の方に戻っていった。

 

「……えっと、宮壁くん……ええっと、何言えばいいんだろう。」

 

「いや、ないなら別になくてもいいぞ?」

 

「なんでそんな淡泊な事言うの!?……コホン!最後なので端的に言います!宮壁くん!」

 

改まって名前を呼ばれて背筋が伸びる。

 

 

 

 

 

 

 

「がんばってね!!!全部!宮壁くんならできるから!私達もついてるし、敵なんていないんだから!宮壁くんがやる事、全部応援してるよ!運だって味方なんだよ!絶対うまくいく!!!」

 

 

 

 

 

 

「だから、その……。……大丈夫だから、やってこい!!長くなりそうだから終わり!」

 

 

 

 

 

 

 

お互い、なんとなく、握手を交わした。

 

ハグくらいいいかなと思ったけど、前木が「それはダメだ」と、目で訴えているような気がしてやめた。

改めて考えて、俺も同じ気持ちに至ったので何も言わずに受け入れる。

 

 

最初に自己紹介した時と同じように、周りに皆がいる。

心は決して晴れていないのに、不安は綺麗になくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……いってくる。」

 

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

最後に皆の姿を目に焼き付け、俺は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇へ踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身に重くのしかかるのは、今までロザリオが抱え込んでいた、『俺の感情』だ。

 

ひどい眩暈に頭痛に吐き気に、そのまま倒れこんでしまいたい。

だが、本能なのか俺を支える皆の声なのか、倒れたらロザリオに頼るのと同じだろうという直感が、何の証拠もないけれど俺を倒れさせまいとしていた。

 

いよいよ平衡感覚もおかしくなり、一歩でも踏み出せば間違いなく転んで起き上がれなくなってしまうだろう。俺は歩みを止めた。これと戦い続けるなんて不可能だ、そう確信する。

 

映りの悪い視界の遠い先に、深い霧に包まれたように、ぼんやりと見覚えのある景色が映る。

裁判場、つまり現実世界だ。

 

明るい未来なんてない事は、薄々分かっていた。

主人公の進む未来が、こんなに視界が悪いはずがない。朧気にその考えに至ってしまい、ますます歩を進めるために込めていた力が足から抜け落ちていく。

 

 

あそこに向かって進むには、あまりにも遠く、そのための体力も残っていなかった。

 

 

 

 

 

だけど、

 

 

 

 

『宮壁くーん!!美亜の応援、何にも届いてない訳ないよね!!!』

 

 

『もうちょっとだから……俺も応援してるから……がんばって……!!』

 

 

 

 

俺にはやりたい事が、やるべき事が、やらなきゃいけない事が山ほどある。

 

 

 

 

『頼んだから、後はよろしく。……牧野のことも、お願い。』

 

 

『宮壁さん、わたくし、応援していますの……!大丈夫ですわ……!』

 

 

『もう大丈夫だろう?お主ならできるさ、決めてこい。』

 

 

『だ、だいきくん……ありがとう……。ロザくんにも、ここにいさせてくれて、ありがとうって……』

 

 

 

 

何も終わっていない。

 

 

 

 

『ファイト!でーすよー!無敵の潜手めかぶがー、ついていますのでー!』

 

 

『……全部、やってきてくれるんでしょう?おれ、楽しみにしてますから。』

 

 

 

 

俺の進む道を、もう誰にも邪魔させるもんか。

 

 

 

 

『ボクに慣れない予想までさせて、今更無理だなんて言わせないよ。宮壁くん。』

 

 

『ちょっと、アタシにここまでお膳立てさせるつもり!?早く行ってきな!!』

 

 

 

 

いろんなものと戦ってきた。

 

両親と。

 

学園と。

 

かつて仲間だったクロ達と。

 

モノパオと。

 

裏切り者と。

 

まだ戦わなきゃいけない奴等もいる。

こんなところで立ち止まるなんて、それこそ皆に顔向けできない。

 

 

 

いろんな奇跡が積み重なって用意されたこの舞台で、俺はこのコロシアイ最後の戦いに臨むんだ。

 

 

 

 

ロザリオなんかに、負ける気がしない。

 

 

 

 

 

 

『君の世界なんだから、もうゴールだと思っちゃえばいいんだよ。』

 

『絶対勝てる戦い、自信もっていいんだよ、宮壁くん!』

 

 

 

 

 

 

俺は、たった一歩、踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、ロザリオ。こうしてちゃんと話すのは初めてだな。」

 

 

 

 

「……大希。」

 

 

黒く淀んだ目は、今となっては何の脅威でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。