エピローグまで情報詰め詰めでいきますのでもう少しよろしくお願いします。
「大希、なの?」
「何が『なの』だよ、他にいないだろ。」
「……オレは用なんてないから、かえって。もうここに来ないで。」
「大希はずっと皆と一緒にいたらいいんだよ。大丈夫、これからもオレががんばるから。がんばったらオレも寝る時は大希たちのところに戻って、皆と一緒に遊ぶの。そうすれば、皆と永遠に楽しくいられるでしょ?年もとらないし病気もしなくて、皆といつまでも一緒に暮らして……この体の寿命が尽きたら、そこでおわり。ね?すてきな人生だよ。」
「何適当な事言ってるんだよ、お前は死のうとしてる。ずっと一緒だなんて嘘だ。そこで死んだらお前は二度と皆に会えない。」
「そうだった、えっと……なんだっけ、そう、オレが死ぬと、皆が助かるんだって。だからオレ、瞳ちゃんと響くんといろはくんの為に死ぬの。邪魔しないで。」
「そんな事誰が望んでるって言うんだ。本当に皆がそう言ってたのか?」
「……うん。」
「嘘をつくな。」
「嘘じゃない……」
「嘘だ、篠田と大渡がそう思ってたらとっくに俺の事なんて殺してる。」
「でもいろはくんが、」
「牧野が?本当に、牧野がそう言ってたか?」
「オレの事、嫌いって。」
我ながら女々しくて腹が立ってきたけど、コイツのおかげで俺がこうして成長しているのも事実だ。
そう、俺だけは、コイツを怒鳴りつける資格なんて持っちゃいないのだ。
この世の全ての人間がコイツに指をさしても、俺だけは、その責任を一緒に負わなければならないのだ。
それでも、皆の言った事が、前木がコイツに言った事が何も伝わっていないのかと、俺は反射的にロザリオの胸ぐらを掴んだ。
「前木と何を話したのか言ってみろ。前木がお前に死んでもらうようになんて言ったか?」
「……。」
「言ってないだろ。勝手に前木の想いを踏みにじるな……!!!」
「……。」
「俺達の事を想ってくれる前木を、裏切るような事するな!!!!!!」
「じゃあ、どうしたらいいんだよ!!!」
俺とは目を合わせようとしなかったロザリオは、俺の方を睨みつけてそう言った。
「オレがいなかったら、こんな事始まらなかったのに!全部オレのせいなのに、なんでその罪を償うって言っても認めてくれないの!オレにできる事なんて他にないのに!何もしないなんて嫌だ!!皆が死んでいくのを見るのがどれだけ悲しかったと思ってるんだ!!!」
「……それがお前の罰なんだ。そうやって何もさせてくれない苦しみを抱えるのが、お前の罰だったんだ。」
「なにそれ、そんなのおかしいよ、だってオレは……」
「話を最後まで聞け。罰“だった”って言っただろ。今は違う。」
「は、どういう事……」
「今から、お前を消す。」
「お前の才能を使って、お前を消すんだ。」
□□□□□
消す?オレを、オレが?
どういうこと?死ぬのと消えるのは何が違うの?
そこまで考えて初めて、オレは大希の言わんとする事を理解した。
『オレという人格の消失』。これを、オレの説得力をもって行うということ。
要は、大希は死なずにオレだけが死ぬってことだ。
「そっか。」
「そうだね、オレがオレに、大希に……皆に、オレの存在を否定すればいいんだ。大希は賢いね。それとも誰かから教えてもらったの?」
大希は何も答えない。でも、誰が耳打ちしてたかオレは知ってるよ。
「ねぇ、大希……オレ、消えたくないって言うと思う?」
じっと見つめるけど、大希はもう目を逸らす事はなかった。痛いほどまっすぐにオレを見据えて、はっきりと判断を下す。
「今のお前は言わないだろうな。そういう顔をしてる。」
「うん。」
もう、いいのかもしれない。
「だってオレ、分かるんだ。今の大希なら、きっと誰にも負けない。オレがいる必要も、もうなくなったってことだよね。」
「大希、こんな目に遭わないと成長しないんだから参っちゃうよね。皆にお礼は言ったの?」
「言われなくても。安心しろ、その責任も罪も俺が一生背負う。やり残した事もたくさんあるからな。」
「そっか。」
「俺には何の才能もない。判断力なんて言われたけど、それもお前の説得力の賜物で、実際俺自身には何もなかった。……だけど、お前に勝ってみせる。お前が外で何を言ったのか知らないけど、俺は皆を説得する。俺自身の言葉でな。」
いつも自信のなかった声音はどこへやら。裁判の時だってオレの力がないと平静を保てなかった大希は、強い目で言い切った。
「……大希。」
「だから、お前もやってみろ。」
「……うん。」
最後の最後まで、大希は泣いたりしなかった。
最期だ、そう思ってオレは、自分の説得を始めた。オレが自分を大希だと思えばやり過ごせるように、オレがオレを存在しないものと思えば、きっと……。
オレなんて、初めからいなかった。
大希は生まれた時から今まで普通の子で、何のしがらみもなく、幸せに
「待て。」
急に現実に引き戻される。オレの腕を大希が掴んでいた。
「それは違う。」
「え、どういう事……?大希の言う通りにしてるよ、オレ……。」
「お前が消えても何の意味もないだろ。」
「は……?」
「お前が消えても俺達の過去は消えない。皆だって叔父さんだってお前を知ってる。お前が存在したという事も才能の事も、皆の記憶から消せる訳じゃない。お前の説得はその相手に対して使わないといけないものだろ。今この場で使ったって、悪魔の才能を欲しがってる連中にその欲望を止める事なんてできない。」
「だから、お前がお前の“才能”を消すんだ。」
「オレ、消えなくて、いいの……?」
思わずつぶやいた言葉。大希は顔色を変える事なく続ける。
「それは分からない。お前が上手くいったら……お前がどうにかできるなら。」
「まあ、できるって信じればどうにかなるだろ。そういう才能なんだから。」
オレの別人格は、あっけらかんとオレの生きる道を言い放った。
少年漫画の主人公みたいにかっこよく言い放つ事もなく、あくまで雑談の一環とでもいうように。
宮壁大希は、このコロシアイの終わらせ方を告げた。
ずる、と何かが落ちたような音がした。目に見えるものではないが、音が、した。
オレが、普通の人に。
無意識か意識的にか、分からないけど、景色が変わっていくような気がした。
じわじわと何かが抜けていくのに、不思議と穴があいた感じはしなかった。
何か溶けていくのを感じる。オレが才能だけでできているのであれば、きっとこれは……
「大希、ごめん。オレ、皆の事、説得しちゃった。」
ぽろりと零れた謝罪に対し、大希は少し困ったような顔をする。
「過去の説得が弱まるとかはないのか。参ったな。」
「でも、大希ならなんでもできるよね。」
「……ああ。」
「オレの説得なんて、大希ならへっちゃらだよ。だって大希の方が強いもん!」
「……。無理そうか、やっぱり。」
大希の顔が曇る。馬鹿だなぁ、最初はそのつもりでいた癖に。全部が全部都合よくなんていかないよ。
オレの声は喉を震わせなくとも届いているようで、大希は眉をしかめたままだ。
「お前は、……いや。」
オレは大希だ。大希になっているはずなのに、大希が何を言おうとしているのか全く分からない。
「今までありがとう。ずっと、俺と一緒にいてくれて。」
目玉が零れるかと錯覚するほど、オレは瞼を開いた。
「お前のおかげで俺はどうにかなってきたんだ。……もっと早くお前に気づいて、お前の話し相手になってやれたらよかったな。」
「……っ、」
「ありがとう、ロザリオ。」
「……またね、大希。」
□ □ □
□ □
□ □ □
□ □ □
「待たせたな。」
裁判場の手すりを掴む。
驚くほど頭や視界の調子は良好で、それこそ、憑き物が取れたように体が軽い。
ロザリオや皆の事を頭に巡らせても、最初から何もなかったかのように、俺に掴めるものはなかった。
だけど。
帰ってきた。
「…………へぇ、本当に戻って来たんだ。遅いんだよね、毎回。」
「……何が起きてる、今はクワガタが来たのか……?おい、女、起きろ。」
「……?」
……予想はしていたけど、思ったより事態は深刻だった。虚ろな目をした篠田と、何かに抗うように顔を歪めたままの大渡、そして少し前のロザリオよりも酷く濁った眼をしている牧野。
「何を考えてたか、あんまり思い出せなくてさ。俺達、いや、僕達はオマエに投票しようかと思ってるんだよね。」
「アイツ、だいぶしでかしてくれたんだな。」
ごめんとは言っていたものの、実際にこの現実を目にするともう少し言ってやればよかったと思う。
「……皆に、言いたい事がある。」
「……。」
「皆の投票先を変えてやる。」
「……。」
俺の声はまるで届いていないようだった。
やっぱり遅かったのかと少し気圧されそうになるけど、ここで諦めても誰もどうにもしてくれないだろう。
高堂のメモに書かれていた珠結詩乃女のメッセージ。連絡先。あるとすれば、その助けが来ようとしているはず。それまでに俺がこのコロシアイを終わらせてやる。
皆の事を、俺が説得してみせる……!
—議論開始—
「投票先を変える、それって、俺にするってこと?何があったか知らないけど、宮壁はよっぽど俺を貶めたいのかな?」
「牧野、お前は気づいてるはずだ……!」
「何に?よく分かんないし、気づいたところで何が変わるの?オマエラの運命は、もう決まってたじゃない。」
牧野はすっかりロザリオに説得されているみたいだ……。
「…………。」
「大渡、何か言いたい事があるなら言ってくれ……!」
「遅ぇんだよ、貴様のせいで、俺がどれだけ……チッ……。」
大渡もいよいよ危うくなってきているようだ……。
「……。」
「篠田、どうしてずっと笑っているんだ……?」
「全部終わるのだろう?宮壁、お前に投票すれば。」
「……!」
まずい、篠田が一番まともにロザリオと会話したのか。
3人を納得させるには、俺の結論を叩きつけるしかない。突拍子もない事だと思われるだろうし、今の俺には何の説得力もない。
それでも、俺がここから出るには、皆の夢を叶えるためには……!
「俺は誰にも投票しない。」
「投票なんてしなくても、このコロシアイはもう終わる。」
「は?何言ってんの。投票以外にコロシアイを終わる方法なんて、」
「ある。超高校級の説得力…悪魔がいなくなる事は、最初から提示されていたコロシアイのルールだったはずだ。」
「……何、まさかいなくなったんて言うつもり?」
「そうだ。」
「あはは、嘘も程々にしてよ。第一、そんなのどうやって判断するつもり?自己申告で納得するとでも思ってるの?」
「牧野なら、俺が嘘を言っているかどうか分かるだろ。もうアイツは……いや、『超高校級の悪魔』はいない。」
「…………。」
「ロザリオから聞いたけど、お前に何があったか、全部知ってる訳じゃない。だけど、お前にはやるべき事があるはずだ。」
今の俺に説得力がないのなら、皆の力を借りる。
「皆と会ってきた。皆、俺の事もお前の事も、死んでほしいなんて思ってない。ここから出て、勝卯木蓮の計画を止める事こそ、皆が俺達に期待してる事なんだよ……!」
「がんばれって、皆が俺達に言ってくれてる……!」
「お前に長生きしろって、言ったんだ……!!!!」
「努力して身につけた才能があるんだろ!!!その才能でよく見てみろよ!!俺の言葉が嘘かどうか、お前には分かるはずだろ!!!」
「…………」
「……」
「あは、高堂ちゃんが、俺に?」
「……。」
「そもそもずるいんだよね、俺は高堂ちゃんと話す機会なんて与えられなかったのに、高堂ちゃんと大して関わりのないオマエだけが話せて……。」
「……。」
「最悪だよ、オマエの言葉を嘘だって言えないこの才能が、めちゃくちゃ憎い……!!!」
「俺はオマエが大嫌いだよ、宮壁大希。」
「ロザリオも大嫌いさ。アイツに余計な事言われなければ僕は僕なりに覚悟できていたのに、結果的にオマエに説得されたような形になってさ。」
「あはは、でも、前木ちゃんと最後に話したのは俺だし、それでおあいこにしてあげる。」
名前の分からない牧野の姿をした彼は、突如懐からスマートフォンを取り出し『通話相手』に話しかけた。
「って事で、僕は死にません。高堂ちゃんに長生きしろと言われたので。」
「聞きましたよね?お求めの超高校級の悪魔はいなくなりました。僕が言うので間違いないです。」
相手の声は聞こえないが、電話口に語りかける彼の表情は愉悦に変わっていた。
「あははっ!駒だと思ってた奴に裏切られて、さすがに慌ててますか?とはいえ、僕のポジションって『裏切り者』じゃないですか。オマエの設定したポジション通りの役目を果たしただけなんですよね。」
「僕は駒ではなく人間です。このコロシアイに参加した人全員、人間で、僕のクラスメートなんです。」
「その大切さも尊さも理解できないオマエ如きが踏み潰していいものじゃねぇんだよ。」
「じゃあ電話、切りますね。——勝卯木先輩。」
彼は電話を切ると、悪役のような笑顔をこちらに向けた。
「牧野、その電話の相手、まさか。」
「俺達の敵だね。」
俺達。その言葉に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「勿論、俺だってオマエラを復讐に利用した事は忘れてないから。許されない事をしたのも理解してるよ。」
「……お前なら、忘れるはずがないと思ってる。」
「何を偉そうに。」
「ここから出て、何もかもが解決したら……お前を裁判にかける。関係者の俺がその裁判に関われるか分からない。だけど……」
「少しも同情なんてしないから安心しろ。法律に則って、寸分の狂いなく、正しい判決をお前にやるよ。」
「それを聞いて安心したよ、俺はちゃんと裁かれるんだね。ここで死ぬのも悪くはないと思っていたけど、いろいろと約束を取り付けたせいで難しかったからさ。これなら元気よく、今まで通りのキャラクターで接してあげられそうだよ。」
裏切り者の牧野いろはが、名前の知らない彼が、テレビの牧野いろはの顔をつくる。
「お待たせ!宮壁の事は大嫌いだけど、協力してあげようじゃないか。勝卯木蓮すら手玉にとれる天才メンタリスト、牧野いろはくんがいれば百人力だよね~!」
「まずはそこで固まってる2人を戻すところから始めようか。こうして協力なんて、最初の裁判を思い出すね!宮壁!」
「……ブラックジョークがすぎる。」
「あはは、ごめんごめん!」
「聞いただろ、大渡。コロシアイが、終わるんだ。」
「そうそう、言ってなかったけど外から援軍が来てるから、何もしなくてもワンチャン終わってたんだよね!その場合はロザリオを消せないからどうするか迷ってたんだけど、上手い事進んで良かったよー。」
「……貴様ら、誰の、せいだと……。」
「いつも通り、偉そうに言ってくれよ、お前がいろいろ耐えてくれたのは分かってる。感謝してるんだ、大渡。」
「……。」
「宮壁、大渡は桜井ちゃんと難波ちゃんと東城が弱点だからその辺りをついてあげるといいよ。」
「ゴミが……。」
「桜井は、怒ってた。俺達にも、大渡にも。でも俺、桜井の作品のアニメ化企画を任されたんだ、どうにかしないといけない。難波と東城は……お前なら問題ないって言ってた。お前なら大丈夫だから、除霊を任せたんだって。」
「…………。」
「倉骨研究所とのコネクションは俺に任せてよ!そこから大渡のその首だってどうにかなるかもしれない。借り、作ってるからね!」
「……っせぇな……。」
「貴様らが余計な事を言わなければ、そもそも俺がクワガタの霊を祓い切って終わってたはずだろうが。コロシアイの原因と黒幕の片棒を担いでいる奴が偉そうな口を叩くな。」
「大渡……!」
「貴様らに踊らされるのも従うのもこれまでだ。二度と俺に命令なんざするな。」
「この協力関係もここから出てあの糞のゴミみてぇな計画をどうにかするまでだ。少しでも長く同行しないで済むようにさっさと終わらせる。」
さすが大渡、何か言う程でもなかったな……。ずきずきと体中が痛むけど、これも大渡にとっては手加減してくれた方だろう。一緒にここまで来れてよかった。
「ああ、よろしく。」
「もしもーし、篠田ちゃーん!そろそろおはようの時間だよ!」
「貴様は二度と冗談を言うな。長生きだのさせる間もなく殺すぞ。」
本当に不愉快だったのだろう、大渡の暴言はもはや殺害予告と化していた。
「篠田、聞こえてたか。俺達と出よう。……勿論、篠田が俺達と一緒にいるかどうかは任せる。」
「……。」
俺達の今までの会話が聞こえていたのだろう。篠田はもう俺に投票するとも言わなかったし、微笑を浮かべてもいなかった。
「俺や牧野の事を許さなくていい。これからも仲間でいようなんて言わない。」
「だけど、篠田の事を任されたんだ。篠田を助けてあげてくれって……」
「…………めかぶか?」
「ああ。」
「まだお人よしなのか、めかぶは……。」
篠田は静かに涙を零した。きっと今、篠田の脳裏には潜手との思い出が巡っているのだろう。
「篠田、俺は……!」
「以前言っただろう、私は、宮壁の事を仲間だと思っていると。お前がいなければここまで辿り着いていないと。牧野の事は生涯許せはしないが……宮壁、お前が見張っているなら任せられる。」
「……!」
「たしかに、お前自身にはロザリオのような驚異的な説得力もなければ、何か超人的な特技がある訳でもない。だが……」
「お前の今までが、私達と共に動いてくれた過去全てが、お前を信頼にするに値する人間だと、証明している。」
「めかぶに……皆に誇れるよう、精一杯生きよう。私はもう諦めたりしない。」
「……ああ……!」
ようやく前を向いて、いつもの表情を見せた。そうだ、篠田はずっとそう言ってくれる人だった。潜手、篠田を支えるなんてとんでもないよ、俺の方がずっと助けられていたんだ。
3人と顔を見合わせる。
『ここから出る』。俺達の決意は1つになった。
「3人には申し訳ないんだけど、今の通話で俺には運営権利が無くなっちゃったんだよね。俺がボタンを押したところでここの扉は開かない。」
「はぁ?どうやって出るつもり……いや、援軍、って言ったか。それを待てっつー事か?」
「どのくらいかかるんだ、その援軍というのは、」
突如、爆風。
今地下にいる俺達にとっては、肝が冷える音だった。
「来たのか!!??急いで出るぞ!!!!」
「チッ、こんなところで生き埋めになるなんざ洒落になんねぇ……。」
「宮壁、お前走れないだろう。肩を貸せ。」
「え、篠田っ!?」
先ほどまで大渡にボコボコにされていたせいで思うように走れなかった俺にいち早く気づいた篠田が俺を小脇に抱える。
全速力で先頭をいく大渡の後に続いて、俺達は裁判場を飛び出した。
視界の隅に、裁判場が崩れていくのが映った。
途中から自力でどうにか走って。
走って、走って……。
そして俺達は、日の光を浴びた。
□□□□□
天気はいい。
偽物ではなく青空が広がっていたが、課外授業用施設がそもそも山奥にある事もあってか、外の世界、という感じはそれほどしなかった。周囲に警察の服を着た人が数人倒れており、その奥に小型のバスが停まっている。
「あの車、中に人がいる。」
「人……じゃあ、そこにいる人達が……!」
俺達が話しながら、しかし警戒を緩める事なく歩を進めていると、バスの扉がゆっくりと開いた。
「あっ……!!!宮壁くん、篠田さん、大渡くんですよね、そうですよね……!?」
「あ、お姉ちゃんだ!お姉ちゃーん!!!久しぶりー!!!」
人陰が2つ。俺達の方に小走りで近寄ってきた。
1人はよく焼けた小麦色の肌に長い黒髪が特徴の女子、もう一人は青い髪に頬に何やら模様のある少年だった。
「……誰だ貴様。」
「ほ、本当に忘れてる……。えっと、珠結詩乃女です。皆さんのクラスメートです!」
「珠結……。そっか、よろしく。」
「……はい、よろしくお願いしますね!」
篠田が一言も声を発さないので後ろを振り返ると、篠田はもう1人に目を奪われていた。
「シイチ……?」
「よかったぁー!お姉ちゃん、ぼくの事は覚えててくれたんだ!ええっと、みなさん初めまして、お姉ちゃんの弟のシイチって言います!あとあっちにいるのが……」
シイチの指の先に初老の男性がいた。男性が只者でない事は容易に想像できる。
「篠田和博。……よく無事だった。」
「……。」
「お姉ちゃん、顔が難しい事になってるよ?」
篠田の反応からして、この人が篠田家の当主なのだろう。
「……珠結を助けた事については感謝する。」
篠田はそれだけ言うと黙ってしまった。
「その事についてだが、珠結詩乃女が監禁されていた倉庫からは数人警官がいたのみで、勝卯木蓮の姿は確認できなかった。」
「ごめんなさい……ぼくもお姉ちゃんの事で必死だったから、勝卯木蓮さん?の事は何も気にしてなくて……。珠結お姉さんを助けた人の事も見失っちゃうし……。」
「いえいえ!あの子はたぶん元気だと思いますし、何よりここに来るまでの道中、シイチくんには助けられてばかりでしたから……!」
日常の戻って来たように会話を続ける2人に、やや置いて行かれた感じがするのは俺達の記憶が失われているからだろう。ちらと目を後ろにやると牧野は俺達についてきてから一切表情を変える事なく、いつもの笑顔を浮かべていた。
珠結はしばらくオレの身体が痛々しいだの、大渡の拳から血が出ているだの、篠田の涙の跡を気にしてタオルを持ってくるだの慌ただしさを見せていたが、ついに牧野の事を視界に収めると、困ったような顔をした。
「牧野くんも……久しぶりです。」
「どうも、珠結ちゃん。唯一記憶あるのが俺でごめんねー。」
「いえ、別に……。話したい事はたくさんありますから、牧野くんだけでも記憶があってよかった、です……。」
気まずい沈黙。篠田の弟のシイチも、牧野に対しては笑顔を浮かべていない。テレビの顔をしている癖に、牧野は一切その場を盛り上げようとしなかった。
「おい、牧野、気にせず行くぞ。お前の事は俺が見張るって決めただろ。」
「……。」
「珠結もいろいろ思う事がありますし、……その、コロシアイで何があったのか、聞かなければいけないとも思っています。だけど、皆さんの決断について文句はありません。珠結は……それだけ、皆さんと仲良しだったと、自負しているので。」
珠結の言葉に、本当の意味で返事をする事ができない自分に歯がゆさを感じながら、俺は珠結の言葉にうなずいた。それは篠田や大渡も同じだったようで、2人にしてはやや自信なさげに各々反応した、ように感じた。
「じゃあ、とりあえず珠結達が厄介になってる場所に案内するので、こちらへどうぞ!あっ、ちょっと車の中片付けますね、待っててください……。食糧とかが散乱してて……」
珠結とシイチと篠田家当主は足早にバスの方へ向かう。
俺達も後に続こうとして、立ち尽くしている牧野に声をかけた。
「牧野は何突っ立ってんだよ。早く行くぞ。」
「……それについてなんだけどさ。」
「は?」
「宮壁に補導されるまでやりたい事あるんだけど、俺って別行動しちゃダメ?」
「何を言っている。宮壁の監視がなければ私はお前をあそこから出す事すら反対だったのだが。」
「これ以上冗談言うなら引き摺り殺すぞ、貴様。」
「…………何をするのか、教えてもらっていいか。」
「宮壁!」
「俺さ、『おもり』しなきゃいけない子がいて。たぶんそろそろ来ると思うんだけど。」
「……。」
「それに、俺は勝卯木蓮に目を付けられてる。今からどこに行くのか知らないけど、居場所も連絡先も割れてる俺が皆に同行するのは得策じゃない。」
「……チッ、それもそうだな。アイツらの居場所が割れるのは迷惑極まりねぇ。」
「牧野、一緒に来たくないか?」
「そうじゃない。ただ……俺が3人と肩を並べてっていうのは、お門違いってもんだよ。」
「だが、監視しないで放置する訳にもいかないだろう。」
「……そうだよねぇ。」
「じゃあ、GPSつけるとか、1時間に1度必ず連絡するとか……。」
「宮壁、お前恋愛に関して相当面倒な輩みたいな事言ってないか。」
「いいだろ、他に思いつかないんだよ。」
「……だがそれと同じくらい、貴様が信用できないのも事実だ。つい先ほどまで俺達に余計な事して復讐だの裏切りだのほざいてた奴の言う事を信じるられるとでも?」
たしかに信用できない。牧野の事を放置するなんて馬鹿にも程がある。
ただ、牧野が今更嘘をついてここから逃げ出すとは、俺には到底思えなかった。
「……前木と最後に話してからお前の目的が変わったのだとすれば、俺達の前に現れた時はすでに目的が変わった後って事だよな。」
「……。」
「おまけに、通話、あの裁判の様子を通話で勝卯木蓮に繋げていたのなら、お前があの裁判で『悪魔が消える事を勝卯木蓮に説明できる』。しかも、お前が初めから裏切っていたなんて思わせないようにする事ができた。あの裁判は傍からみれば、お前が『途中から俺達の意見に賛成した』ようにしか見えなかったはずだ。」
「勝卯木蓮の目はおそらく、あの通話を切った時点でコロシアイからは遠ざかったはず。お前はあの裁判を通じて、勝卯木蓮の興味をコロシアイから逸らそうとしていたんじゃないのか?」
「それに、お前は援軍が来る事を知っていた。その連絡をしてきた相手こそ、『お前がおもりをする相手』なんじゃないか?」
「そんな、そこまで考えて……」
「惜しいけど、まぁ、概ね正解ってとこかな。特に最後の話は大正解だよ。珠結ちゃんを助けてくれた子を、俺が匿うって約束したんだ。その子のお母さんとね。」
「……。」
「それに、特別学級の裏切り者の『牧野いろは』はこの世から消さないといけない。牧野いろはの代わりに僕が奴のやる事も罪も全て引き継いで、勝卯木蓮を倒す為に、僕は僕の人生を賭けるんだ。そこに無関係の人を巻き込めない。その『おもり』の相手も同じだよ。」
「1人でやれる訳ない。だから一緒に行こうって言ってるんだ。」
「……あ、あの子、来ちゃった。じゃあ、許可も得られた事だし僕はそろそろいこうかな。……連絡先と、住所を教えて……ああ、GPSも貰っておくよ。またね。」
「おい、いいのか。」
「……。」
「………………。」
止められないと、悟った。ただ、牧野は皆の言葉を決して無下にしないと思った。
「…………次会う時は、裁判だな。牧野。」
「そうだね。」
と返し、ふと足を止めた。
「あ、最後に1つだけいい?」
見た事のない顔で、『彼』はこちらを振り返った。
「僕の名前。牧野いろはじゃなくてさ……」
CHAPTER6 『僕らの存在理由』
END
生存者 4人
NEXT →→→ Epilogue 『Long time no talk, my friends.』