もしも、西住まほが妹だったら   作:青葉白

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私のイメージですけど、チョビの元々の性格は漫画版で、アンツィオで丸くなってOVA版のチョビになった感じかなーって。



視点、アンチョビ

1.

 

 私の名前は、アンチョビ。アンツィオ高校に通う三年生だ。

 おっと、勘違いするな。私はれっきとした日本人だぞ。アンチョビは所謂ソウルネーム。魂の名前というやつだ。私には、きちんと親がくれた安斎千代美っていう如何にも日本人らしい名前がある。学校で呼ばれる機会はほとんどないがな。

 

 これでも戦車道チームの隊長を務めていて、皆からは「総帥(ドゥーチェ)」とか「姐さん」とか呼ばれている。たぶん慕われているはずだ。…いや、舐められているわけじゃないし、うん。時おり言うことを聞かないで暴走することもある困った奴等だけど、嫌われているってことはないと思う。うん。

 

 いや、いい奴等なんだ。ただ、ちょっと口が悪くて、喧嘩っ早くて、教えたことをすぐ忘れちゃうってだけでスゴくいい奴等なんだよ。たまにノリについていけないこともあるし、初めて会った時はヤンキーみたいで怖かったけれど。それでも、私からすれば皆可愛い後輩たちなんだ。

 

 ちなみに、アンツィオ高校の本籍地は栃木ってことになっているが(尤も、栃木は海なし県なので、もっぱら寄港地としては静岡の清水港を母校代わりに借りている)、私の出身は愛知県だ。

 元々、アンツィオ高校の戦車道は盛んとは言い難い状況だった。というのも、学校自体が財政難で性能のいい戦車を揃えることができないでいたからだ。加えて、学校自体がイタリア贔屓なこともあって、揃えた戦車もイタリア軍の使っていた戦車ばかり。イタリア製の戦車は、お世辞にも性能がいいとは言えないからな。しかも、燃料も少ないから練習時間も作れない。と、そんなわけで衰退の一途を辿っていたらしい。

 

 そこでスカウトされたのが私だった。どうにかアンツィオの戦車道を盛り上げてくれ、って。

 

 これでも、中学時代は地元でもちょっとは名の知れた有名人だったし、あの西住姉妹とも戦ったことがある。まぁ、負けたけど。でも、結構いい戦いをしたんだからな!

 

 正直、スカウトは嬉しかったし、私の頑張りが認められたような気持ちにもなった。けれど、悩んだというのも事実だ。だって、西住姉妹にリベンジもしたかったし。たぶん、西住姉妹は黒森峰の高等部にそのまま進むだろうと思った。だから、私もサンダースとかプラウダとか、他の強豪校に入学して、打倒黒森峰!って感じでやる気を燃やすつもりだったんだ。

 

 けれど、試しにと思って、アンツィオ高校のオープンキャンパスに参加したら、なんていうかもう、圧倒された。

 どこもかしこも人でいっぱいで、活気にあふれている。出店が並んでいて、あちこちからチーズとかケチャップのいい匂いがしてきた。知らない人に話しかけられるのなんてしょっちゅうで、生まれて初めてナンパされた時には、本当に私が話しかけられているのかと不思議な気持ちになったものだ。当時の私は、戦車道以外の時間は、引っ込み思案なタイプだったんだ。

 

 気がついたら、アンツィオ高校の入学パンフを貰っていた。

 まぁ、逆境っていうのも、それはそれで燃えるし、弱小校が強豪校を倒すなんて漫画みたいじゃないか。何より、楽しそうな学校だった。

 

 それで意気揚々と入学してみれば、戦車道チームなんて形だけ。履修者は数えられるくらいしかいなかった。最初の一年は、ほとんど下地作りでいっぱいいっぱいだったな。とにかく人を集めて、金を集めて、機材を資材を戦車を揃えて。やっと試合ができるようになったのは、2年生になってからだった。

 

 今思い返しても、泣けてくる。ペパロニとか、最初は喧嘩腰だったもんなぁ。今じゃあ「姐さん」「姐さん」って、一番うるさく懐いてくれてるけど。それに、カルパッチョがいてくれて本当に助かった。正直、私一人じゃあ、初心者に教えるので手一杯になってたと思う。他にも、ジェラート。アマレット。パネトーネ。ポモドーロ。みんなみんな、良くついてきてくれたと思う。

 

 結果はまだまだ出ていないけれど、それでも、「調子に乗られると手ごわい」とまで他校に言わしめるようになった。私は、少しでも力になれたのだろうか。

 

 けれど、今は、義務感とかそういうのを抜きにして、あいつらと一緒に一試合でも多く戦車道をしていたい。

 楽しいこともあったけど、大変なことも、辛いこともたくさんあった。燃料が少ないから地味な訓練も多かったし、資金を集めるために色んな無茶をやったよな。

それでも、私のことを信じてついてきてくれたお前たちに、勝利する喜びを与えてやりたい。戦車道は楽しいって。心の底から思えるように。

 

 目指すはベスト4。じゃなかった、優勝だ!

 待ってろよ、西住姉妹!

 

 

2.

 

「そんな、まさか…っ」

 

 目の前で起きたこれは、果たして現実だろうか?

 

 私たちは、観客席から大洗とサンダース付属の試合を観戦していた。

 どうにかこうにか、1回戦は勝ったからな。そう、私たちはあのマジノ女学院に勝ったんだ。

 

 いやぁ、マジノは強敵だった。まぁ、なんといっても固い。マジノ線を彷彿とさせる頑強さだった。マジノの戦車はB1bisやソミュア、ルノーなど、どいつもこいつも低速だが装甲の厚い戦車ばかりだ。

 対して、うちの戦車と言えば、10両のうち7両がカルロベローチェ。要するに、足は速いが、攻撃力のない豆戦車だ。

 

 カルロベローチェの武器は8mm機銃。これじゃあ、どんなに近づいたって装甲を打ち抜くのは無理だ。100m以内に近づいて、うまいこと装甲の隙間にでも入り込めば万が一、いや、億が一、ってなくらいである。

 

 実際、100mと聞けば意外と遠いね、と思うかもしれないが。しかし、本来戦車戦というものは500mから1000m離れて行うことが基本である。通常の1/10の距離で戦うのが、どれだけ異常か。だっていうのに、うちの奴らは、ほとんどぶつかる、って距離まで突っ込んでいくんだから、怖いもの知らずというかなんというか。戦車道の基本を知らないからこそ、そういう戦術が取れるのは、あいつらの強みかもしれないな。

 

 ともかく、実質、相手の装甲を抜けるのがセモヴェンテだけで、よくもマジノに勝てたものだと思う。

 いつか詳しく、私たちの激戦の様子を語りたいものだが、まぁ、手前味噌になってしまってもいかんしな。それに、今は大洗の試合の観戦中だ。この試合の勝者と、私たちは2回戦を戦うことになる。

 

 戦局は、当初サンダースの有利だった。

 森に入っていった大洗の戦車隊を迷わずに追いかけていったサンダースのM4シャーマン。すぐに大洗のM3が包囲され、あわやという場面もあった。

 そりゃあ、サンダースはもともと包囲戦術が得意な学校ではあるし、参加した車両も大洗が5。サンダースは10と倍の差がある。どうやら、大洗はうちと同じで戦車道が盛んな学校ではないらしい。全国大会への出場も、実に20年ぶりだとか。

 

 さて、存外に大洗の判断も早いもので、すぐに八九式とⅣ号が合流して、M3の支援に回ろうとするが、そこは強豪サンダース。フラッグ車を除いた9両で一気に撃破しようと戦力を集中させた。

 一応、ここはどうにかこうにか一両も撃破されることなく、大洗は見事包囲を抜け出すことに成功したのだが、このとき、モニターを見ていた私には、サンダースの一部の戦車の動きがどうにも不自然に思えて仕方なかった。

 

 まるで、大洗の戦車がどこに逃げようとしているのか、分かっているように先回りしたのである。勿論、戦車道とは読みの力も重要となる。だからと言って、選択肢の多い森の出口を、ああもピンポイントで待ち構えることができるだろうか。

 

「今の、なんかおかしくないっすか?」

 

 それは、流石にぺパロニでも気がつける程度には違和感のあるものだったようで、頭にはハテナを浮かべている。

 ペパロニは馬鹿だが、勘のいいやつだ。

 

「まるで、未来でも読めているような…」

「そんな馬鹿なぁ。アニメでもあるまいし」

 

 カルパッチョが呟き、ペパロニがありえないと笑う。

 しかし、私もありえないとは思うが、それこそ、未来でも分かっていないとできない動きのように思う。

 と、そこでひとつの可能性に思い至った。

 

 それは、無線傍受。確か、ルールでは明確に禁止はされていなかったはずである。

 当然、撤退の指示を出していたとすれば、それは無線で行われていただろう。それを盗み聴くことができれば、誰でも簡単に未来予知のごとき采配は可能になる。

 ……ケイがそんなことをやるとは思えないから、他の誰かが勝手にやっているのか?

 

 ともかく、そんなことを得意気に解説してやると、ペパロニなんかは「そんなのズルいッス!姐さん、抗議しましょう!」なんて言い出した。

 

「あなたは馬鹿ですか。私たちがどの立場で抗議をするんです。それに、ルール違反というわけではないんだから、今後はともかく、今は抗議したって無駄でしょう」

 

 流石はカルパッチョ。こういうとき、彼女は本当に頼りになる。

 いや、勿論ペパロニはまっすぐでいいやつなんだ。汚ない真似とか絶対にできないし、そんな彼女の心根は私も大好きだが。むーっ、と膨れるペパロニを、私は、まぁまぁ、と宥める。

 

 そんなことをしているうち、戦局は大きく変化した。

 サンダースの一両が撃破された。

 待ち伏せをしていたらしき三突に撃たれたのだ。

 

「ドゥーチェ、今のは…」

「明らかにおかしな動きだ。まさか、…大洗、何かしかけたか?」

 

 サンダースの動きからして、無線傍受をしているのは間違いないだろう。しかし、そうであれば、大洗の戦車の位置は全部分かっていてもおかしくない。それなのに、待ち伏せなど受けるだろうか。

 もしかすると、大洗側は、サンダースの無線傍受に気づいたのかもしれない。

 ……神の視点で試合を見ている私たちならともかく、限られた情報しかない戦場で、こうも早く無線傍受に気づけるものとも思えないが。指揮官が、西住みほならまだしも。

 

 しかし、その後、試合は一気に動いた。

 

 これはおそらく偶然だろうが、森の中で索敵中だった大洗の八九式がサンダースのフラッグ車を発見し、稀にみる追いかけっこがはじまった。なお、追いかけているのはサンダースのフラッグ車で、追いかけられているのは大洗のフラッグ車でもなんでもない八九式だ。八九式は一発も弾を撃たず、方向転換をして脱兎のごとくだったようだ。英断である。

 ペパロニなんかは、「なんで今のフラッグ車撃たなかったんすか?」と聞いてきたが、八九式の砲は、せいぜいが20mmの装甲を相手に想定した時代の代物であり、大してシャーマンの前面装甲は51mm。最も薄い背面でも38mmだ。まず抜けない。撃つだけ弾が無駄だし、当然逃げるのも遅くなる。初心者がよく我慢したものだ。

 

「なかなか見られるものじゃないな、これは」

「ですね」

 

 フラッグ戦において、フラッグ車が逃げるのは分かる。撃破されればチーム全体の負けなのだ。しかし、逆にフラッグ車が追いかけまわす、しかも、フラッグ車でもない戦車を、となるとかなり珍しい。尤も、シャーマンと八九式のカタログスペックを考えると、追いかけっこが成立することの方がおかしいのだ。大洗の八九式は、すぐにでも撃破されていなければおかしい。

 

 結果として、大洗の八九式は逃げ切った。

そして、森を抜けた先に待っていたのは、大洗のⅣ号、38t、M3、三突。つまりは、残りの全車両に逆包囲される形となった。

 

 ここに至って確信する。

 間違いなく大洗側は、サンダースの無線傍受に気がついており、なんらかの手段で偽電を流し、罠にはめたのだ。

 

 そこからは、サンダースのフラッグ車は反転後退。まぁ、形勢逆転というやつだ。

 尤も、サンダースも流石は強豪というだけあって粘ったものだが、最後は3()8()t()()()()()()()()、Ⅳ号に側面の装甲を撃ち抜かれて敗退した。

 

 見ごたえのある試合だった。というのは確かだ。

 そして、まさか4強の一角であるサンダースが1回戦で敗れるとは予想だにしていなかった。てっきり、2回戦の相手はサンダース付属になるものと。

 

 しかし、私は見たのだ。

 

 両校の生徒が整列をして、互いに健闘をたたえ合う。その場に、西住まほがいたのだ。

 女にしては高い背、短く切りそろえられた暗い色の髪に、感情の読めない鉄面皮。幾度となく雑誌を読んではその写真を目に焼き付けて、次こそは、と思っただろう相手だ。

 

 ケイと握手をし、抱きつかれている。

 遠目ではあるが、困惑をしていることがわかった。

 しかし、なにやら話をして、笑顔を浮かべているのが見えた。

 

 そう、笑顔を見せたのだ。

 あの、西住まほが。

 

「はじめて見た」

「ドゥーチェ、知ってる人っすか?」

 

 ペパロニが訊ねる。私は無言でうなずいた。

 

「私を何度となく負かした相手だ」

 

 尤も、あいつの笑った顔なんて、一度も見たことはなかったのだが。

 

 

3.

 

 はじめて会ったとき、それは、わたしがまだ愛知にいた頃の話だ。

 小学校、中学校と戦車道をやってきて、私の名前はそれなりに有名になっていた。

 

 出る大会出る大会でMVPに選ばれて、私は天狗になっていたのだ。

 そんな、大層調子にのっていた私の鼻っ面をへしおってくれたのは、中学一年のころの西住まほだった。

 

 黒森峰のパンツァージャケットに身を包み、今よりも少しだけ幼い顔つきの西住まほが、ぽけーっとした顔で突っ立っている。そんな彼女に、はて、私は何を言ったのだったか。

 確か、「西住流だかなんだか知らないが、今日は覚悟しろよ。こてんぱんにしてやるからな!」だったか。

 

 結果から言うと、こてんぱんにされたのは私の方だった。

 序盤は自分でもうまく指揮ができたと思っている。上がってくる撃破の報告に頬が緩むのを止められなかった。

 しかし、時間が経つと、逆に撃破された、という報告が聞こえるようになってきた。そこからは、早かった。あっという間に戦線は崩壊し、フラッグ車だった私は簡単に撃破された。

 

 まるで魔法のようだった。勝っている、と思っていたのに、それは幻だったのだ。

 私は、最初から最後まで、彼女の手の平の上で踊っていただけだった。

 

 それでも私が、本当の意味で心を折られたのは、そんな惨めな負け方をしたからじゃあなかった。

 試合後、両校が整列し、挨拶をする。戦車道は競技であるが、同時に武道だ。礼儀を重んじるのは当然のことだった。

 

 私は見た。

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 つまらない。勝って当然。そんな目だった。

 

 一度目は、憤慨した。

 この私に勝ったのだから、もっと嬉しそうにしろと思った。

 

 けれど、何度戦っても勝てなくて、何度戦ってもその目は変わらなかった。

 

 この女は、きっと冷血な人形なのだ。機械(マシーン)なのだ、と思うこともあった。

 結局、中学の2年間。私は一度として、西住まほに勝つことはできなかった。

 

 

4.

 

「来て、しまった…」

 

 潮風が頬を撫でる。

 私は、今、大洗に来ていた。

 ちなみにひとりだ。カルパッチョもペパロニも付いて来ようとしたが、3人ではバレるからと隊長権限で止めさせた。

 

 いや、カルパッチョだけならまだしも、ペパロニはマズイ。あいつに敵情視察なんて不可能だ。あっという間にバレて、次の試合に出場できなくなる、なんて未来が想像できる。

 敵情の視察はルールにも明記されている当然の権利だが、見つかってしまえば、次の試合が終わるまで捕虜になってしまう。ペパロニは馬鹿だが、うちの特攻隊長だ。あいつがいなくなってしまえば、大洗との戦いは大変なものになるだろう。それでは困るのだ。

 

 さて、私はというと、事前に入手しておいた大洗の制服に身を包み、髪形も変え、眼鏡もかけている。というか、家でのスタイルに近いな。普段は、隊長らしい威厳を出そうと思って、あんな面倒な髪形にしているのだ。普段は適当にゴムで括っているだけだし、眼鏡をかけて過ごしていることも多い。普段が普段だから、おそらくバレることはないと思うのだが。少なくとも、中学の頃は一度も捕虜になったことはない。

 

 それにしても、だ。

 この大洗の制服、カルパッチョから借りたものだが、彼女は一体誰から借りたのだろう。相談をしたらすでに持っているということだったので驚いたものである。

 

 まぁ、いいか。

 

 ところで、大洗の学校にやってきたのはいいのだが、出店がひとつも見当たらないのは何故だろう。今日は休校日だったりするのだろうか。いや、生徒は出歩いているな。普通に。試験期間ということもないし、どうしたのだろう。

 

「って、そうじゃない。戦車のある倉庫はどこだ?」

 

 学校は、如何にも公立、という感じの普通の校舎だ。無駄に豪華だったり、巨大だったりはしていない。流石に学園艦の上に学校だから、敷地は当然のように広いのだが。

 

「…ん?あの垂れ幕は」

 

 校舎の屋上からだらりと垂れ下がったそこには、「祝一回戦突破」の文字があった、無駄にカラフルで目をひく。しかも、戦車型のアドバルーンまでふわふわと浮かんでいるではないか。まるで優勝したみたいな勢いである。

 

「けど、折角ならうちもあれくらい派手にお祝いしてくれても(ぶつぶつ)」

 

 と、アドバルーンを眺めながら佇んでいると、不意に声をかけられた。

 

「もし、そこなお方」

「ふえ!?」

 

 声に振り返ると、額には六文銭のあしらわれたバンダナを巻き、制服の上に弓道の胸当てを付けた女子生徒が立っている。その隣には少し背の曲がった眼鏡の女子生徒や首に赤いマフラーを巻いた女子生徒。極めつけはドイツ軍のものと思しき軍服を羽織った生徒までいる。な、なんだこれは。仮装パーティか?

 

「戦車道にご興味が?」

「い、いや、そういうわけでは…」

 

 ない、と言いかけて、ふと考える。

 この感じ、珍妙な恰好をした彼女たちは、おそらく大洗の戦車道の履修者だろう。もしかすると、大洗には本格的に人が足りていないのかもしれない。それは当然だ。今年から20年以上ぶりに戦車道を再開したということだし、そうそう人は集まらないだろう。同じ苦労をしたから分かる。とすると、こんな中途半端な時期になっても、まだ新しい履修者を探しているのかもしれない。するとすると、うまいことやれば、直接履修者から情報を聞くこともできるかもしれない。虎穴に入らずんば虎子を得ず。捕まるリスクも高いが、得られるリターンも大きいはずである。

 

 ここは、話を合わせたほうがよさそうだ。

 

「実は、その、この前の大会を見たら、少し興味が湧いてきまして」

「ほぅ、それは本当ぜよ?」

 

 にやり、となんとも意図のつかめない笑みを浮かべたのは眼鏡の生徒だ。ボリュームのある黒髪は寝ぐせを放置したかのようにぼさぼさである。

 すると、いいことを思いついた、と言う顔で軍服の生徒(軍服の生徒ってなんだ)が提案をする。

 

「であれば、私たちの練習も見学していくか?」

「いいんですか?」

「おい、エルヴィン。勝手なことをしていいのか?」

「別にいいだろう。人も足りないし、もしかすると選択授業を戦車道に変えてくれるかもしれない」

 

 赤いマフラーの生徒が不安そうにしているが、軍服の彼女はすっかりその気だ。それを六文銭の少女も、眼鏡の少女も止める様子はない。これは、ひょっとするとうまくいきそうだ。

 

「自己紹介が遅れたな。私はエルヴィン」

「エルヴィン?」

 

 軍服の少女が名乗る。しかし、髪こそ金に染めているが、顔つきはあきらかに日本人だ。そもそも、エルヴィンは男性名である。

 

「私はカエサル。こっちは左衛門左(さえもんざ)。こっちの眼鏡をかけているのがおりょうだ」

「よろしくー」

「よろしくぜよ」

「あ、はい」

 

 次々に襲い来る、何を言ってるんだこいつら。まぁ、六文銭で左衛門左って言えば、おそらくは真田幸村のことだろう。確か、左衛門左(さえもんのすけ)という官位を叙任されていたはずである。カエサルは、ローマの偉人だな。古代ローマの礎を築いた英雄だ。とすると、軍服少女のエルヴィンというのは、砂漠の狐ことエルヴィン・ロンメルのことだろう。眼鏡の子は、坂本龍馬の妻だった楢崎龍かな?

 

 察するに、彼女らが名乗っているのはソウルネームだ。私のアンチョビと同じだな。かと言って、私はアンチョビと名乗るわけにもいかないんだよなぁ。くぅぅ、軍服の話で盛り上がりたい。

 

「私は、あんざ――ごほんごほん。安藤チエって言います。よろしくお願いしますね」

 

 ……危ない危ない。ソウルネームに気を取られて、危うく本名を名乗るところだった。流石に次の試合相手の隊長の名前くらいは憶えられているかもしれないし、私の名前はよくある名前ってわけでもないからな。なんだ、咄嗟とはいえ、それなりにいそうな名前になったんじゃないか、安藤チエ。

 

 さて、どうやら、これから丁度戦車道の授業ということらしく、戦車のある倉庫まで案内してくれるということになった。その道中にはいろいろな苦労話も聞くことができた。戦車が沼の中にあったという話を聞いたときは何の冗談かと思ったが。

 

「ところで、皆さんはもともと戦車道をされていたわけではないんですよね。どうして、高校から戦車道を?」

 

 話を聞く限りでは、やはり誰も戦車道の経験はなかったようである。

 強いて言えば、軍服のエルヴィンが戦車戦に関する知識を持っている、というくらいのようだ。それでも、戦車に乗ったのは高校がはじめてということだが。

 

 まぁ、なかなか履修者が集まらなかった過去を持っている私としては、1年目で大会に出られる程度には人が集まったという大洗のからくりが気にならないと言えば嘘になる。

 エルヴィンは、実に気持ちのいい笑みを浮かべた。

 

「うむ、よくぞ聞いてくれた。実はな。最初は、どの選択科目を選んだものかと、私たちも悩んでいたのだ」

「去年は忍道だったから、今年は同じものはやめよう、というのはすぐ決まったんだけどなー」

 

 そう答えたのは左衛門左だ。

 忍道って、確か近代的な情報戦を教える教科だったか。……こいつら、私のことを一切他校のスパイだと疑うそぶりもなかったが、本当に単位取れたのか?

 

「私は茶道もいいかな、と思ったんだけどなぁ。武士の心だし」

「はぁ、似合いそうですね、おりょうさん」

 

 羽織のせいもあるだろうが、4人の中ではおりょうが一番似合うと思われた。畳の部屋で茶を飲む。映像も簡単に浮かんだ。

 尤も、すぐに「お菓子が美味しかった」と漏らす姿には、とても武士の心は感じられなかったが。

 

「左衛門左が座ってる系は尻が落ち着かないと言ってな。アクティブなことをやろう、という話にもなった」

「薙刀とか弓道とか」

「左衛門左は弓道が得意だしな」

「胸もないから似合っている」

「お前ら、後で覚えておけよ」

 

 しかめっ面で仲間を脅す左衛門左。しかし、他の3人は意に介した様子もなく、雑談を続けていた。どうやら、相当気を許し合った関係のようだな。彼女らが同じ戦車に乗っているのだとすれば、連携には問題なさそうだ。おそらくは手ごわい相手になるだろう。

 

「ともかく、だ。そんな話をしているうちに、我々の戦史研究が活かせる科目がいいということになってだな。申込書類を改めて見てみると、戦車道があったというわけだ」

「は、はぁ…」

 

 散々語ってもらったところで悪いが、彼女たちの場合は特殊すぎて参考にならなそうだな。ここまで濃い連中は、アンツィオにもなかなかいないだろうし。

 

「それがまさか、いきなり全国大会に出ることになるとはなー」

「西住隊長がいてくれてよかったぜよ」

 

 うんうん、とうなずきながら歩く4人。

 しかし、私は彼女たちから西住の名前が出たことに驚いた。

 

「西住さんって、戦車道の経験者なんですよね」

「うん?まぁ、そうだな。詳しいことが良く分からないが、いいところのお嬢様なんだろ?」

「前の学校でも戦車道をやっていたと聞いたな」

「それは、その。……怖く、ないですか?」

 

 私は聞いた。

 

 西住は、黒森峰では随分と恐れられているようだった。チームメイトもなんだか恐縮している様子だったし、人の近づけない雰囲気のようなものがあった。そんな彼女が、彼女たちのような変わり者と一緒にやっていけるとは思えなかったのだ。

 

 けれど、予想に反して、彼女たち4人はきょとんとした顔になった。

 

「西住隊長が怖い?ないな」「ないぜよ」「ないない」「あり得ない」

 

 4人ともが異口同音。それも、心の底から思っていることだと簡単に分かる。

 

「あんこうのみんなといるときなんか、完全に気が抜けているしなー」

「冷泉さんと一緒に昼寝しているのを見たぜよ。ありゃあ、幸せそうだった」

「お昼にお邪魔したこともあったが、あれは完全に餌付けされていたな。小鳥のように差し出された食べ物をひたすら食べていた」

「グデーリアンから聞いたのだが、夜は子供っぽいパジャマで寝ているらしいぞ」

「あの体でそれは犯罪だろ」

 

 4人は西住まほのことについて、ここが抜けているだの、こんなことがあっただのと、ほほえましいエピソードを次々と話してくれる。しかし、にわかには信じられないことだった。

 黒森峰の西住まほと言えば、孤高の存在だった。少なくとも、私にとってはそうだ。だからこそ、彼女たちの話は信じられないし、この前の大会での笑顔も信じられなかった。

 

 あいつはもっと、人の心がない機械みたいなやつだった。

 

 何かが変わったのか?

 もしかすると、私がここにやってきたのは、それを知りたかったからなのかもしれない。

 

「と、そろそろ着くな。……うん?あんこうは居ないみたいだな」

「生徒会もいないぞ」

「遅刻か?」

 

 やがて、倉庫までたどり着く。流石に学園艦の上の学校だ。敷地が広い。移動に車が使いたくなる。

 倉庫の中は、特段変わったものはないように思えた。

 独特な鉄臭さが充満しているが、中にいる生徒たちは、誰も気にしていないようだ。

 

 ……ん?なんであそこは、バレーボールで遊んでるんだ?

 背の高い3人と小さい子が1人。延々とレシーブでボールを繋いでいる。恰好も、彼女たちはバレーのユニフォームのように見えた。

 

 他には、全体的に小さい子たちが寄り集まっている。一年生だろうか。

 すると、中からひとり、真面目そうな顔の少女が駆け寄ってくる。

 

「あ、おはようございます」

「おはよう。あんこうと生徒会は?いないようだけど」

「次の試合に向けて打合せだそうです。遅くなるということですから、先に整備をして待っていてくれと」

「なるほど」

 

 やはり、というか。カエサルの口調からして、彼女とは先輩後輩の関係のようだな。そして、西住達はうちとの試合に向けて作戦会議中と。警戒されているみたいで何よりだ。いや、しかし、侮ってくれたほうが都合はいいんだが。うーむ、プライド的には、警戒される方が強豪校っぽくて気分はいいな。まぁ、なんだ。今回は秘密兵器もあることだしな。警戒されても、その上をいけばいいだけか。はっはっは。

 

「ところで、そちらの見慣れないお客さんは誰ですか?」

「うん?ああ。こちら、安藤さん。戦車道に興味があるということで見学に連れてきたんだ。安藤さん。こっちは、澤梓。あのM3中戦車の車長だよ」

「あ、どうも。安藤チエです」

「どうもどうも。澤梓です」

 

 と、互いにお見合いかと思うくらい頭をぺこぺこと下げ合った。たぶん、生真面目な子なのだと思う。

 それにしても、M3中戦車か。……いいなぁ。

 

「あの、もしかして、安藤さんって戦車に詳しかったりしますか?」

「へ?」

「いや、なんだか秋山先輩みたいな表情でM3を見ていたように見えたので」

 

 秋山先輩と言われても、私には誰のことだか分からないが、おそらく戦車が特別好きな子なのだろう。しかし、違うのだ。私がM3を見ていたのは、ただ、羨ましかっただけなのだ。勘違いしないでよね。

 すると、にやにやとエルヴィンが揶揄ってきた。

 

「確かに。グデーリアンとよく似た熱い視線を送っているように見えた。どうだろう、M3をもっと近くで見てみては」

「あ、その、ははは…わー、うれしいなー」

 

 まさか、うちの戦力として欲しいと思っていた、なんてことは言えない。

 本当、ここの倉庫の戦車を見る限り、大洗の戦車もお世辞には優秀で性能がいい戦車が揃っているとは言えない。M3だって、車高が高いせいで遠方から発見されやすいし、被弾面積も大きい。ロシアでは、「7人用共同墓地」なんてあだ名されていたくらいだ。けれど、75mm砲は強力で、うちにはない火力ということは確かだ。セモヴェンテより、よっぽど命中率だっていいだろう。装甲も悪くない。

 

 ま、まぁ、うちの秘密兵器のほうがよっぽどすごいし!中戦車なんて目じゃないし!だって重戦車だし!

 それはそれとして、M3が間近で見られるのは嬉しいので、言葉に甘えて近くで見させてもらった。

 

「あれ?その人誰?」

 

 ふと、何かに夢中になっていたらしい少女が、私のことに気がついたようだった。一斉に、少女たちの視線が私に向く。うわぁ、可愛い子が多いなぁ、大洗。

 

「みんな失礼でしょ。この人は安藤チエさん。今日は見学に来てるんだよ」

「いえいえ、気にしないでください。私がお邪魔してる側ですから」

 

 そもそも、敵状の偵察だなんてことは言えない。邪魔どころの話ではないのだ。

 

 M3の乗員は6人いるようだった。

 我先に、と自己紹介をしてくれるが、正直覚えられない。とりあえず、背の高い子。背の小さい子。ふわふわボイスの子。眼鏡の子。静かな子。と覚えよう。流石に澤さんの名前は覚えたが。

 

 この子達は、先ほどの4人に比べても、さらに初心者の集まり、と言う感じだった。

 

「ドーンって音が鳴って、かっこいい!ってなってね!それでね!」

「もう、安藤さんもそれじゃあ分からないよ!」

「あ、あはは」

 

 とりあえず、彼女たちにも戦車道を始めたきっかけを聞くことにした。すると、背の小さい子が楽しそうに話してくれるのだが、いかんせん擬音が多くて要領を得ない。時折、澤が「今のはこういうことで」という注釈を入れてくれるのだが、それなら最初から澤だけから話を聞きたい。

 ともかく、彼女たちは仲良し6人組で、戦車道のオリエンテーションに影響されて、戦車道の履修を決めたということらしい。なんでも、体育館に集められて、映画のようなものを見せられたそうだ。実際、彼女たちは凄かった。と言っているのだから、それなりのクオリティだったのだろう。機会があれば私にも見せてもらいたい。

 

「ところで、戦車道の練習はどうですか?」

「たのしいっ!」

 

 またも回答をくれたのは背の小さい子。先ほどから、「かりな」と呼ばれているので、いい加減覚えてきた。

 しかし、他の子たちも似たような回答のようだ。中には、暑い。だとか、砲弾が重い、だとか。まぁ、初心者でなくても、戦車道の辛いところとしてあげるだろう感想がちらほら聞こえてきたあたり、繕った回答でないということは分かった。

 

「じゃあ、隊長はどうですか」

「西住隊長?」

 

 何を聞きたいのだろう。という表情で、かりなも固まる。

 

「あ、いや、ちょっと怖いじゃないですか。不愛想ですし、口数も少ないし。なんか、こう。近寄りがたいというか」

 

 少なくとも、私はそうだ。勿論、これまでずっと敵同士だったから、というのもあるのだろうけれども。

 

 すると、

 

「そんなことないよ?」

 

 やはり、一番に答えたのはかりなだった。

 

「先輩はすっごくいいひとだよっ。分からないところを聞きに行ったらすごく丁寧に教えてくれるしっ。実際に隣で動かして教えてくれたり」

「へ、へぇ…」

「私も桂利奈と一緒に勉強教えてもらったけど、すっごい分かりやすかったなぁ。前に冷泉先輩に聞いたときはちんぷんかんぷんだったけど。人に教えるのに、慣れてる、って感じ」

「この前、うさぎの餌やりにも付き合ってくれたし」

「最初はちょっと怖かったけどねぇ~」

「……」

「だよねぇ。それ分かるー」

 

 5人がそれぞれ思うところを言っていく。いや、一人はちょっと分からないけど。喋ったか?いや、背の高い子が何か分かったらしいから、声がものすごく小さかったのかもしれない。

 ともかく、予想以上に西住は慕われているようだ。

 

「かわいいひとですよね。先輩なんですけど。放っておけないっていうか。あ、でもでも、戦車道に関しては本当にすごい人で。試合中なんて、見惚れるくらいに格好よくて」

「梓は本当に西住隊長のことが好きだよねぇ」

「あ、あやぁ!」

 

 澤が顔を真っ赤にして怒りだす。しかし、それも間違いとは思えなかった。西住のことを語る澤の顔は、まるで恋をしているようにも見えて、単なる憧れとも違ったように思う。

 

 ……これは、罪作りだぞ、西住。恋愛小説好きとして、女同士というのを否定するつもりもないが。

 ……ちゃんと責任とってやれよ?

 

 ちなみに、折角と思って、バレーをしていた彼女らにも話しかけたのだが、何はともかくバレーボール、ということで、いきなりバレーボールに誘われた。気づいたら名誉バレー部員なる称号を与えられたのだけど、彼女たちはなんだったのだろうか。

 

 

5.

 

「なんだ。意外と楽しそうにやっているじゃないか」

 

 西住まほが黒森峰を転校した、という噂は聞いていた。

 その原因は、おそらく去年の大会だろうということも想像がついた。まさか、あいつがあんなことをするとは思ってもみなかったが。

 しかし、私が知っていたのは、あいつのほんの一面でしかなかったんだなぁ、ということが今回のことでよくわかった。

 勝手に終生のライバルとか思っていて恥ずかしい限りだ。

 

 あれから、西住が戻ってくる前に私は倉庫から退散した。

 流石に、顔を合わせたらバレるかもしれないし。

 隊長の私が、こんなところで捕虜になったら大変だからな。欲をかいても仕方がない。

 

「それで、そんなところで何をしているんですか。安斎さん」

「んな!?」

 

 声がした。

 

「に、西住!?」

「ご無沙汰してます」

 

 校舎の陰、さっさと着替えて出ていくつもりだったんだが、まさか西住に見つかるとは思っていなかった。というか、私はまだ変装を解いていないんだが。

 

「べ、別人ですよ。私は安藤と言いますぅ…」

「今反応したじゃないですか」

 

 そりゃあそうだ、と観念する。

 じとっとした目で見つめられた。

 

 目の前にいる西住は、記憶にある姿よりも少しだけ大人びているように思えた。少し背も伸びたか。昔より差ができたように感じる。

 

「まさか、隊長自ら偵察に来るとは思ってなかったです」

「つ、捕まえるつもりか……?」

「しませんよ、そんなこと」

 

 私はこぶしをにぎりしめ、身構える。しかし、予想に反して、西住はその場を動こうともしなかった。肩を竦めるだけだ。

 

「サンダースではないですけど、見られたところで困るようなものもありませんし。それに、あなたのことですから、何か悪さをしようと思って来たわけでもないでしょう。そういう意味では、信頼しています」

「西住……」

「あと、偵察だったら、うちもやっているので」

「西住ィ!!」

 

 こいつ、何を平気な顔で言ってやがるんだ!?

 っていうか、え?偵察?ま、まさか……、あれのことがバレたんじゃ……。

 

「よく買えましたね、P40なんて」

「うがぁあああああああああああ!?」

 

 私は、頭を抱えて大声で叫んだ。今更潜入がどうこうとか関係なかった。

 う、うちの秘密兵器が……。当日、盛大に見せつけて驚かせようと思ったのに。

 すると、「ふふふ」っていう声が聞こえた。

 見ると、西住が笑っている。

 

「お前……、笑えたんだな」

「わたしを何だと思ってるんですか?」

「血の通ってない戦車道マシーン」

「そういえばそうでしたね。前にも言われたことがありましたっけ」

 

 過去のことを思い出す。しかし、西住もちゃんと覚えていたんだな。てっきり、相手にされていないものと思っていた。視界に入っていないんじゃないかって。

 

「あの頃は、……すみません。わたしも、たぶん態度が悪かったですよね」

「そんなことを言ったら、私だってそうだ。嫌味なことも言ったし、色々と挑発もした。まさか、覚えられているとは思わなかったが」

 

 互いに謝り、おかしな空気が流れる。

 気まずいような、けれど、温かいような。

 

「変わったな、西住」

「そうですね」

 

 否定はしなかった。

 

「どうだ、楽しいか?戦車道」

「はい。楽しいです、戦車道」

「そうか」

 

 言葉は短いが、そこには万感の思いが込められている。そう分かった。

 

 まさか、こんなセリフが聞けるなんて思いもしなかった。

 昔の西住からは考えられない。

 いや、もしかすると、当時から西住はこんなやつだったのかもしれないな。

 ただ、誰もそんなことを知ろうとしなかっただけで。

 

 晴れやかな気分だった。

 目に物見せてやるとか、そういう気持ちは全部吹っ飛んだ。残っているのは、ただ、いい勝負がしたいな、という気持ちだけだ。

 

 私は、びしっと指を突きつけた。

 

「勝負だ、西住。うちは強いぞ」

「絶対に負けません。わたしたちだって、強いですから」

 

 西住が笑う。好戦的な、けれど、子供みたいな笑みだ。

 本当に、いい顔で笑うようになった。

 

 右手が動く。

 たぶん、握手をしようとしたのだ。

 けれど、私は伸ばしかけた右手を引き戻した。

 

「握手はしない。それは、次の機会にとっておこう」

 

 どうせ試合会場で会うんだ。握手は、その時でもいい。勝っても負けても、きっと清々しい気分で握手ができるはずだ。

 そりゃあ、負けるつもりはないけどな。勝って、「どうだ、見たか!」って言ってやりたい。私の作ったチームを、自慢したい。あいつらを自慢したい。

 

「分かりました。それでは、安斎さん」

 

 たぶん、お気をつけて。とでも言おうとしたのだと思う。

 けれど、その言葉は受け取れなかった。

 受け取らなかった。

 

「違うぞ、西住」

 

 私は、眼鏡を外す。

 そして、ぼんやりとした視界で、西住がいるだろう場所を見つめた。

 息を吸う。

 

「私の名前は、ドゥーチェ・アンチョビ!アンチョビだぁ!」

 

 はぁーっはっはっはっはぁ!!と高笑いをすることも忘れない。

 すると、西住は目を丸くする。きっとしただろう。

 やがて、ぷっ、と耐え切れないとばかりに噴出した。

 

「あなただって、よっぽど変わったじゃないですか。そんなこと言うキャラじゃなかったですよね」

「うるさいなっ」

 

 言うなよ、こっちだって恥ずかしいんだから。

 けれど、そう言えばそうか。

 西住だけじゃない。私だって変わったんだ。

 だから、

 

「変わったのは、キャラだけじゃないってところを見せてやる」

「のぞむところです」

 

 宣戦布告だ。

 きっと私は、そのために大洗(ここ)までやってきたんだ。

 




ただ歴女を登場させたかっただけの話。

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