もしも、西住まほが妹だったら   作:青葉白

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 西住流の息女。黒森峰の隊長。整った容姿。男性的な口調。卓越した指揮能力。これらの要素を持ち合わせた西住まほ(妹)に対する他の隊員たちの印象を答えなさい。
 ただし、その内面は知られていないものとする。
(配点:勘違い)




視点、黒森峰モブ

1.

 

 あたしの同級生に、西住まほ、っていう凄ぇやつがいる。

 名字の通り、西住流のご息女ってやつなんだが。こいつが、戦車道で指揮を執らせれば超一流。どんな強豪校が相手でも怯まず、相手の作戦も見破って冷徹に指揮を執る姿は、エルヴィン・ロンメルやマンシュタインもかくやというもの。当然ながら中学の大会じゃ負け知らずの、我らが大隊長様だった。

 

 対してこちとら大勢いる中の一隊員。役割も花形の車長なんかじゃなくて、一介の装填手で、しかも、試合の度に呼ばれたり呼ばれなかったりするような半一軍ってやつだ。次の大会が中学最後の試合だっていうのに、選手に選ばれるかも分からないってんだから、いやはや、3年生にもなって惨めなこったね。

 

 ま、自分が凡人だってことは、今さらだし?全くお呼びのかからないやつもいるってことを考えたら、半一軍ってだけでも恵まれてる方かもね。あたしは腐らず、ギリギリまで腕と戦車を磨くだけよ。なんつって。いや、別に負け惜しみとかじゃねーし。

 

 まぁ、なんだ。そんで、要するに。あたしは何が言いたいのかって言うと、あたしと西住まほは、同級生ではあっても、生きている世界が違うってことだ。気軽に雑談をしたり、ましてや一緒にお昼ご飯を食べたりするような間柄じゃない。隊長と平隊員。大抵、隊長と話すのは、それぞれの戦車の戦車長の仕事だし。下手すりゃ卒業するまで一度も会話しないかもなぁ。…そもそも認識すらされてるのかね?廊下とかで挨拶したら不思議そうな顔をされたりして。いや、そんな表情筋もないか。

 

 なんて思ってた。今日の昼までの話だが。

 

 

2.

 

「食べないのか?」

 

 それがどうして、学食で向かい合ってごはんを食べることになってるんでしょうかね。それも、二人っきりで。

 あたしの両隣の席空いてますけど?

 なんなら、隊長の隣も空いてますけど?

 なんで誰も近づいてこないのかな?いじめかな?

 その場合、いじめの対象はあたしと隊長、どっちなんだろうね。

 

 とりあえず、さっき目があったチームメイトは、あとで殴る。特にいい笑顔で敬礼してくれやがったあいつは許さない。あと、遠目でちらちらこっちの様子を観察してるやつも許さない。ちくしょう。巻き込んでやろうか。ほらほら隊長、あの辺にみんないますよ、ってな。いや、やんないけどさ。罰ゲームかよ。流石に言い過ぎたよ。

 

 それはそれとして、食事だ。一向に箸が進まない。

 その様子を見た隊長も、心配したのか声をかけてくる。

 …いや、これ心配か?早く食べろとか。私と一緒の食事はまずいのか、とか。そういう類いのあれだろうか。だとしたらまずい。食べなくては。いや、飯は旨い。学食のおばちゃんありがとう。

 

 いやほんと、マジで口調も表情も全く変わらないから分かんないんだよ!もうちょっと分かりやすい顔してくれよ!もしくはバウリンガルを装着してくれ!

 …言わないけどね!口に出しては言わないけどね!?

 

「い、いえ!食べます!お腹空いてるんで!」

「ん、ああ。そうだろうな」

 

 隊長は、一向に減らないあたしの皿の上を凝視した。

 今日のメニューは、目玉焼きの載っかったハンバーグ定食である。

 

 いやね。正直あたしもね。腹は減ってる。めっちゃ減ってる。午前中から、鬼のようなしごきを受けたしね。戦車道だって、そこらの運動部と変わらないか、下手すりゃそれ以上に体力使うからね。特にあたしは装填手だし。そりゃあ、腹も減るさ。ぺこちゃんさ。ただね。

 

 緊張で食事が喉を通らないんだよぉ…。

 

 ねぇ、何この拷問!?知らねぇ人と飯食うのだって、割かしあたしにとっちゃ苦痛だっていうのにさぁ、なんで隊長と二人きりで飯食わないといけないんだよ。距離感他人だっつうのに、なまじ知ってる人な分、余計に食いづらいんだけど!?同い年だけど、完璧に上下関係が出来上がってる相手だからね!?まぁ、初対面から敬語使ってたけど!

 

 誰か来いよ、頼むから!500円あげるから!日替わり定食(税込み350円)奢るから!

 あ?両方?どっちかだボケっ!学生の金銭事情舐めんなっ!

 

 っていうか、なんで今日に限って逸見がいないんだ!

 あいつ、いっつも隊長の周りにいるじゃんか。頼まれなくてもいるじゃんか。隊長係だろうが。隊長をひとりにすんじゃねぇよ。困ってるだろ、主にあたしが。

 

 つか、まじで向かい合ってるとプレッシャーがやばいんだって。

 何をじぃっと見られてんの!?テーブルマナー!?

 もしくは、おまえのハンバーグステーキを寄越せってか。献上しろってか。

 あんたはどこぞのお嬢様かってんだ。いやお嬢様だったわ。

 

 …いや、マジすげえと思うわ。逸見。

 あたしじゃ、隊長の威圧感(?)にびびっちまって、ろくに喋るのも無理だっていうのに、あいつは正面からぶつかって、今じゃ堂々と肩を並べてるんだもんな。気づけば副隊長だよ。スタートは、大して変わらなかったと思うんだけど。あたしもあいつも、小学校じゃ無名組だったはずなんだけどなぁ。どうして差がついたのか。慢心、環境の違い。

 

 いや、何があいつを変えたのか、なんて考えるまでもないよな。

 

 明らかに、目の前のこの人がきっかけだ。

 あいつが隊長を意識してるってことは、チームメイトで知らないやつはいない。入学したての1年生だって噂するくらいだ。ま、中には、逸見が恋愛的な意味でも隊長を意識してるなんて噂があるけど、これは流石にただのゴシップだろうな。女子校らしいっちゃ、らしいけど。

 

 …せっかくの機会だし、ちゃんと話してみるか?

 案外、話してみたら普通だったりするかもだし。

 いや、だって、ほら。隊長のお姉さんのみほさんは、すげえ人当たりのいい人だったし。

 あの人は、カリスマって言えばカリスマではあったけど、話しやすいし、一度も怖いとは思わなかったなぁ。あたしみたいなその他大勢とも気兼ねなく話してくれる人だったし。

 

「そ、それで、ええっと。珍しいですよね、隊長。あまり学食では見かけなかったと思うんですが」

「そうだな。普段は弁当だ」

「へ、へぇ…」

 

 …無言。会話終了。

 

 いや、頑張れよ、あたし!!

 

 弁当だぞ。弁当!

 隊長が作ってるんですか?とか。どんなおかずが好物なんですか?とか。話題は豊富だろうがっっっ!?

 

 ……っていうか、なんで今日に限って学食にいるんだ?

 トレイに半分くらい減ったハヤシライスが見えるし、飯を食いに来たんだよな?

 さっきから手を止めてこっちを見てるけど。

 

「そういえば」

「へ、あ、はい!」

 

 うわ、めっちゃ恥ずかしい…。若干声裏返ってたぞ、あたし。

 いや、でもそんな風になるだろうよ。あの西住まほから話しかけられたんだぞ?

 いったい何を言われるんだ、あたしは…?

 

「最近、頑張っているな」

「はいっ!ありがとうございます!」

 

 そう言って、西住隊長はスプーンをかちゃかちゃと動かして、食事に戻った。

 ……って、え?それだけ?

 

 しばらく続きがあるものかと思って、西住隊長の様子を観察してみたが、動きはない。いや、飯を食ってるんだけどな。一定の間隔でスプーンが動いて、めっちゃ機械的な動きでハヤシライスが口元に運ばれる。そんで、食っても一切表情が変わらない。ゴムでも食べさせられてるんじゃないか、っていうくらいの無表情だ。どんだけ美人でも、絶対に食品のCMには使えねぇな。

 

 それにしても、「最近、頑張ってるな」って、どういうこと?

 いや、頑張ってるけどさ。中等部最後の年だし、絶対レギュラーとったるぞー!って意気込みで、居残り練習もしてるけどさ。けどさ、それをわざわざ言うか?言うとしても、こう、もっと、さぁ。なんかあるでしょ(語彙貧)。

 みほさんが隊長だった時は、相手のことを褒めたうえで、「でも、あなたの場合は、激しく動いた後の急停止に身体が振り回されて装填がうまくいかないみたいだから、もう少し体幹を鍛えるといいと思いますよ」なんて、練習で感じた弱みを的確にアドバイスしてくれたものだが。

 

 つまり、これ、褒められたわけじゃないんじゃない?

 そうだよ。それだけ言う人なんていないもの!

 きっとこれ、もっと違う意味が含まれてるんだって絶対!それこそアドバイスみたいな。

 逸見も言ってたもの。

 

『西住は言葉が足りない時がある』

 

 まさしく、これだな。ったく、コミュニケーションも一筋縄ではいかないぜ。

 ってことは、何か他の意図みたいなものが隠れてるんだ。何か、何かヒントはないか?

 場所、行動、表情…、表情はいつも通りの無表情だったな。とすると、違いがあるすれば、場所か。学食。食事。ご飯。

 

 そうか、ハヤシライス!

 隊長はわざわざハヤシライスをこれ見よがしに食べている。

 これは、きっと何かあるに違いない。そうじゃなきゃ、わざわざあたしとご飯を食べようなんてしないもんな!

 

 そう、ハヤシライスにはいろいろな語源があったはずだけど、その中に英語が語源という説があったはずだ。ハッシュがどうとか、そんなん。英語、イギリス…。

 そうか、聖グロリアーナだ!

 高校戦車道屈指の名門校。聖グロは、確かイギリス贔屓の学校だったはずだ。

 しかも、ハヤシライスは注文してすぐに出てくるから早しライス、なんて説もあった。

 つまり、もっと早く装填しろ。聖グロよりも早く。そういうことですね!

 

 いや、待て。

 確か、江戸時代以前の日本だと牛肉みたいな獣の肉を食する習慣が無かったから、獣の肉を食べたら早死にする、っていう噂が立って、早死ライスと呼ばれるようになった、みたいな説もあったなぁ。

 早死。選手生命のことか?もしかして、さっさと辞めろって言われてる!?いや、隊長のことだ。そんな単純なメッセージのはずがない。死、終わり。つまり、最後の大会のことを指しているのでは?早く死ぬ。ってことは、大会にも出られないということを言っているのでは?出られなきゃ、そいつは引退ってことだもんな。

 

 つまり、こういうことか。

 

『最近、頑張っているな。なんて満足していたら、最後の大会にも出場できないぞ。もっと早く装填できるようにならなければ駄目だ。聖グロの奴らはもっと早いぞ。才能がないんだから、もっともっと努力をしろ』

 

 流石は西住隊長。あたしも装填がまだまだ遅いんじゃないかって思ってたところなんだ。いやあ、見抜かれちゃってますなぁ。

 でも、そんな叱咤激励を頂けるなんて、あたしも捨てたもんじゃないんじゃない?最後の大会、期待しちゃってもいいッスかね!?

 

「隊長、あたし頑張りますね!」

「え?あ、うん」

 

 

 と、そんなことがあったのだ、と練習前に逸見に話したのだが。

 

「は?馬鹿じゃないの?」

 

 心底冷たい声で呆れられた。

 

 

3.

 

「それは普通に、最近頑張ってるな、って褒めただけでしょ。純粋に受け取りなさいよ。普通に受け取りなさいよ。なんでそうなるのよ」

 

 練習が終わった後のことである。

 後輩たちが片付けをしてくれている間に3年生はシャワータイムだ(不平等とかじゃなくて、シャワー室も使える人数が限られているから仕方がない。3年生が終われば下級生も使えるわけだし。要は順番だ)。

 あたしも逸見も素っ裸になって(シャワーを浴びるんだから当然だけど)、ぐだぐだと練習前に話した西住隊長とのお昼のやりとりを蒸し返していた。

 

「いや、だって、それだけをわざわざ言うかぁ?それっきりハヤシライスに戻ったし」

「ハヤシライス云々は知らないけど。あー…、言うわ。言うのよ、西住は。そういうとこへったくそなんだから」

 

 逸見の呆れた口調は変わらないが、その矛先はあたしじゃなくて西住隊長に向かっているように感じた。

 流石、黒森峰の狂犬(マッドドッグ)と呼ばれるだけのことはある(名付け親はあたしだが)。今の黒森峰で、あの西住隊長相手に文句をつけられるのは逸見だけだ。

 

 尤も、こいつの口が悪いのは今更だし、何も文句を言われるのは西住隊長ばかりではないのだが。

 

「っていうか、話聞いてて色々と言いたいことがあるんだけど、ちょっといいかしら」

「なに?」

「ビビりすぎ」

 

 こいつには、遠慮ってもんがないんだろうか。

 シャワーを浴びながらだから逸見の顔は見れないけれど、気持ち的にはびしぃっ!と指を突きつけられているような感覚だった。

 

「いや、仕方ないだろうが。お前はあの人と同室で仲がいいのかもしれないけど、あたしらみたいな一般人(パンピー)からしたら、雲の上みたいな人なんだよ」

「雲の上ぇ?まぁ、確かに戦車道の腕は凄いし、西住流の直系っていうのはあるけど、でも、所詮は同じ中学生よ?」

「だから前半分がデカいんだって…」

 

 こいつの心臓はどうなってるんだろう。特殊カーボン製だったりするのだろうか。

 っていうか、西住師範とか、島田流家元とか、その辺の大物に会っても態度が変わらなそうなこいつが怖い。それで、「所詮は同じ人間よ?」で済ませそう。

 

「いや、流石に大人相手にはちゃんと敬語を使うし、敬意を持って接するわよ?」

「いやいやいや」

「あんた、私を何だと思ってるのよ」

 

 女版ジェームズ・マティスかな。

 賭けてもいい。こいつは大人相手でも気に入らなければ喧嘩を売る。

 

「別に、見境なく喧嘩を売るつもりはないわよ」

「喧嘩を売ること自体は否定しないんだ」

 

 言ってやると、少しの間だけ逸見が無言になる。

 周囲の話し声とシャワーの音だけが聞こえた。

 

「冷たっ!?」

 

 突然背後から冷水をぶっかけられた。

 犯人は十中八九逸見だろう。わざわざシャワーを冷水にするとは、心臓が止まったらどうしてくれる。

 

「ほんっと、口の減らない奴だわ。…はぁ、あんたみたいなのにも勘違いで避けられてる西住が不憫よ」

「ああ?勘違い?」

「勘違いよ。勘違い。どいつもこいつも、西住を過大評価してるのよ。過大評価っていうか、ちゃんと見ていないっていうか」

「どの辺が?」

「全部よっ!」

 

 不機嫌そうな面を隠しもせず、逸見は吠えた。たぶん、シャワー室中に聞こえたんじゃないか、と思うような大声だ。

 お、おい逸見?と止めようとした声もきっと届いてはいないんだろうな。

 

「別にあいつは物ごとを難しく考えていたりはしないし、頭がいいのは確かだけど万能ではないし、隊長だからって偉ぶるような性格でもないし、口数が少ないのは人と話すのが苦手なだけ。苦手ってだけで、嫌いではないから、話しかけてやればちゃんと人の話を聞く奴よ。記憶力もいいから、前に話したこともきちんと覚えてる。それと、表情が乏しいのはその通りだけど、全く動きがないわけじゃないし、よく見ればちゃんと分かるわ。寧ろ、感情が表情に出る方ね。案外ポーカーフェイスは苦手よ。あと、雰囲気は凛としている、っていうよりは、ぼおっとしてるの方が近いかしら。特に私生活ではね。だから、難しそうな表情をしていても、実際には何も考えていないことが多いわ。趣味ってわけじゃないんだろうけど、練習のない日は日向でぼうっとしていることも多いし。あと、好きで孤独ってわけじゃないからね。意外と寂しがり屋よ、あいつ。それと、意外と子供舌というか、甘いものは好きだし、味も濃くて分かりやすいものの方が好きね。前にカレーを作ってやったときはもくもくと食べてたけど、いつもより食事のスピードが早かったし、そういうところも案外分かりやすくて……なによ」

「ああ、いやぁ。分かり合ってるなぁ、ってさ」

「…別に。こんなの普通よ」

 

 普通じゃないよ。見事なまでに拗らせてるよ。

 途中であたしの顔もげんなりとしてしまうのも仕方なかろう、ってな感じだ。原稿用紙一枚分くらいは喋ってたんじゃないか?

 確かに恋愛脳が聞いたら勘違いするくらいの熱の入りようだった。絶対に本人は否定するだろうが。っていうかされたが。

 

 なんていうか、こう、ごちそうさまです。

 途中自分でもシャワーを水にしたわ。

 

「まぁ、おまえの隊長評はよく分かったよ。正直、全部が全部信じられるってわけじゃないけど、もう少し色眼鏡を外して見てみるさ」

「そうして頂戴」

 

 まぁ、逸見は口は悪いけど、人を見る目はある奴だ。

 あたしが西住の名前にビビッて、ちゃんと見れてなかったっていうのは確かだしな。

 3年生の今頃になって、とは思うが、これから最後の大会があるわけだし、高等部に行ってからも一緒に戦車道を続けることになるのだから、理解できるに越したことはない。

 

 …やっぱ良い奴だよなぁ、逸見。口は悪いけど。

 きゅ、とシャワーを止めて、タオル片手に着替えに戻ろうとした。

 

「うん?入ってかないの?」

 

 逸見に声をかけられる。

 ひょい、と仕切りから顔を出して大浴場の方を指差した。

 

 ううん、あんまし風呂って得意じゃないんだよなぁ。

 割とカラスの行水派なあたしだ。じっとしてるのが苦手ってのもあるんだろうけど。

 

 けど、折角のお誘いだし、少しくらいいいか。付き合いますよ、副隊長殿。

 

 

「ふぃぃぃぃ…」

 

 まぁ、なんだかんだ風呂に浸かると声が出るわけで。

 染みるねぇ。温泉は日本人の心だねぇ(船の上に天然温泉があるわけもなく、単なる大きな風呂に入浴剤をぶちこんだ代物である)。

 すると、あたしのすぐ近くに逸見がゆっくりと入ってくる。めっちゃ呆れ顔だったが。

 

「あんた、おっさんみたいよ」

「ああ?誰がおっさんだ。見ろ、このおっぱい!」

 

 あたしは湯船の中でぐい、っと胸を張って見せた。

 まぁ、自慢できるほど別にでかくはないんだけど。寧ろ、逸見のほうがデカイまである。ちら、と隣を見ると、たわわとは言えないまでもなかなか揉み心地の良さそうな膨らみがあった。

 

「やっぱあんた、生まれる性別を間違えてるわよ」

「よく言われる」

 

 おかしいな。黒森峰だって聖グロ程じゃなくてもお嬢様学校なはずなんだけど。あたし、そこの生徒だぞ?三年生だぞ?

 

「西住にもその感じでいけばいいのに」

「何をおっしゃるうさぎさん」

 

 すると、当たり前みたいな顔で、あんたこそ何言ってるのよ、とか言い出した。

 

「だって、色眼鏡を外すんでしょ?だったら、とりあえず、あれじゃない。公私は別として、敬語を止めるとか。手っ取り早いわよ」

 

 いきなり、ハードルが、高すぎるっっっ!!

 あたしの心臓はおまえのカーボン製と違って繊細なんだぞ!?

 刺激が強すぎて心臓止まるわ!!

 

「いやいやいや、むりむりむり」

「何が無理なのよ。同い年でしょうが」

「向こうは隊長で、こっちは平だっての!恐れ多いわ!」

「それを言うなら、私だって副隊長よっ!」

 

 ガーッ!って感じで逸見が吠える。

 おっと、そう言われればそうだった。

 

「いや、逸見はなんていうか、ほら、ね?」

「何が、ね?よ。舐めてんの?舐めてるのよね、知ってたわ」

 

 いや、別に舐めてないよ?

 ただ、逸見ってば、少しくらいふざけても怒らないし(口調は荒くなるけど)、なんだかんだ面倒見はいいし(口調はかなりキツイけど)、裏表がなくて(目上の人相手にはもう少し大人しくしててほしいけど)、まっすぐで気持ちのいい奴だから。

 

 だから、まぁ、いいかなって。

 

「いいかな、って何よ。よくないわよ」

「別にいいだろー、ちゃんと練習中とか試合中は敬語を使ってるんだから」

「たまに崩れてるけどね。この前なんて、普通に回線使ってるのに逸見呼びだったわよ」

「え、マジで?」

「大マジよ、この馬鹿」

 

 うえぇ、マジかー。

 ちゃんと気をつけてたつもりなんだけどなぁ。

 

「普段から副隊長呼びにしとくかなぁ。少なくとも次の大会が終わるくらいまでは。間違って他校の選手に知られたりしたらマズイし。いや、でもなぁ。逸見相手に敬語って、なんか背中がムズムズするんだよなぁ」

「なんで体が拒否反応を起こしてるのよ。西住と扱い違い過ぎるでしょ」

 

 逸見が呆れたという声を出した。目線も馬鹿を見るような目だ。

 しかし、すぐに何かに気づいて、面白いコトを思いついた、という顔に変わった。

 

「なんだ逸見。ただでさえ悪人面なのに、いつもより悪い顔してるぞ」

「悪人面は余計よ。ってか、今の私どんだけ怖い顔になってるのよ」

「エヴァンゲリオン初号機」

「決戦兵器じゃないの…」

 

 ちょっと前屈姿勢になって、物真似というか形態模写を試みる逸見。意外とノリの良い奴だ。

 

「目標をセンターに入れてスイッチ」

「わぷっ!」

 

 折角なので、某サードチルドレンの名言を借りながら初号機もどきに水鉄砲を食らわせた。見事顔面に命中したらしい。だらだらと水が滴って、湯船をぴちゃぴちゃと揺らした。

 

「良い度胸ね、あんた…」

「逸見は口調的にセカンドだよなぁ」

「何の話よ」

「クォーターだっけ?」

「だから本当に何の話よ」

 

 惣流・アスカ・ラングレーの話である。

 

「って、そうじゃないわ!」

 

 ばちゃーん!という感じで水面を逸見が叩いた。

 ちっ。忘れてはくれなかったか。

 

 逸見が、びしぃっ!ってな感じで指を突きつけてくる。

 

「副隊長命令よ!西住に敬語を使うなら、私にも敬語を使うこと!使わないなら、西住にもため口!」

「ちょ、卑怯だぞ!?」

 

 こ、こいつ、何て理不尽な二択を強いてきやがるんだっ!

 それは、もうあれだぞ。小学生に、プリンとアイス、どっちが好き?って聞くくらいあれだぞ!

 

「別に試合中にやれって言ってるわけじゃないんだからいいでしょ」

「おまえそれ、みほさん相手にやってみろと言われて、同じことが言えるか?」

「みほさんは先輩だもの。ため口を使う方がおかしいでしょ?」

「てめぇ…」

  

 この女、いい性格してやがる。

 その勝ち誇ったような面、一生忘れねぇぞ…。

 

「ほらほら、言ってごらんなさい。逸見副隊長、ってね。生意気な口をきいてすみません、ってね!」

「うぐぐぐぐ…」

「なぁに、言えないの?じゃあ、西住にため口を使うしかないわね。折角だし、呼んできましょうか?」

 

 ここぞとばかりに全力で煽ってくる逸見エリカ。

 前言撤回だ。なんだこいつ、全然気持ちのいい性格なんてしてねぇよ!こいつの性根は腐ってやがる!

 

「あ、西住」

「は?」

 

 嘘つくなよ、逸見このやろう。って言おうとしたら、マジじゃねぇか。

 中学生らしからぬ体つきのあれは西住まほ隊長じゃありませんか。いや、そりゃあ、隊長もシャワーを浴びますよね。シャワーを浴びたらお風呂にも入りたくなりますよね。

 ってか、マジでスタイルすごいな。

 

 さて、恐る恐る隣の逸見を見る。

 すると、にやあ、と笑った。

 

 …いやいやいや、待って?

 西住隊長に声をかけようとするのは止めよう?

 泣くから。これ以上はあたし泣くから。

 

 うん。…あ、マジでヤバい。 

 西住隊長がこっちに近づいてくるんだけど…。

 …ふぅ。いや、全然心の覚悟が完了しない。そりゃあ、そんなんで完了するなら最初から困ることもないわけで。

 ……ちょ、ちょっとストップ。そこでストップ。ストップだってば。ストップストップストップ。うん、止まる気配がないね。そりゃ、声に出していないからね。はっはっはっ。

 

 それじゃあ、もう叫ぶしかないね。心の声を。

 はい、せーの。

 

 あああ!

 あああああ!!

 あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!

 

 なに、うるさいって?

 大丈夫だよ、心の声だよ。

 大声なんて出したらお客様にご迷惑ですからね。いや、学校の風呂だからお客様なんていないけど。

 もう、わやくちゃだ。

 あたし至上、一番のテンパり具合だよ。

 

 そんなときだ。

 

「…う"」

「う?」

 

 何やらきょとんとした表情で逸見があたしのことを見る。

 突然、ぷつん、と何かが切れる音がした。

 ぐわん、と視界が回る。

 

「きゅぅぅぅぅぅ…」

「ちょっ!?」

 

 大丈夫!?という逸見の声が遠くで聞こえて、あたしの体から力が抜ける。視界が歪んで、心配そうにあたしのことをのぞきこむ逸見の顔もぼやけて溶けた。

 

 そしてあたしは、ぶくぶくぶくと湯船の中に沈んでいった。

 

 許容量を超えたのか、それとも珍しく風呂に入ったせいで湯中りしたのか。原因は判然としないが、それはともかく。

 あたしは湯船に沈み、必死の形相でそれを助け出す逸見エリカの姿があったそうな。

 

 これがトラウマになったのか、以来、逸見との間で、口調の話題は禁句(タブー)ということになった。

 

「大丈夫か?どうした」

「うっさい!あんたのせいよ、馬鹿ぁ!?」

「えぇ…?」

 

 理不尽に怒鳴られる西住隊長がいたとかなんとか。

 

 

4.

 

 後になって思えば、あたしはもっと逸見の話に耳を傾けておけばよかったのかもしれない。

 

 高校生になって、当然のようにあたしは試合のメンバーには選ばれなかった。

 大会は、会場の観客席でモニターを見つめながら応援をするだけだ。まぁ、これは、あたしだけじゃなくてほとんどの一年生はそうだったし、二年生や三年生だって大勢いた。

 

 ただ、モニターの向こうで、逸見や西住隊長。いや、高校では西住副隊長か。ともかく、同じ一年生でも彼女らと、その戦車の乗員は試合に出ていたわけで、羨望の気持ちもあったし、嫉妬する気持ちもあった。

 

 けれど、やっぱり三年も一緒にやってきた仲間だったし、応援の気持ちは先輩方には負けないつもりだった。

 

 事故は、決勝戦で起こった。

 

 フラッグ車を護衛していた逸見の戦車が崖を滑り落ちていく。

 観客席では悲鳴もあがっていた。

 

 戦車は特殊なカーボンで守られているとはいえ、それは普通の戦車戦での話だ。

 砲弾が撃ち込まれることは想定しても、十メートル近い崖を滑り落ちることや、川に沈むようなことまで想定しきれているとは限らない。

 

 逸見の戦車は、川に落ちて、今にも沈んでしまいそうだった。

 完全に沈みきれば、ハッチを開けて戦車の外に逃げ出すこともできなくなる。しかし、ああも揺れていては下手に動くこともできないのだろう。

 

 それでも、試合は止まらない。

 

 あたしは、今すぐにでも止めて、救助をするべきだと思ったが、どんなにモニターの外から声をあげたところで届くはずもない。

 ルールにも明記がないのか、審判団も判断に迷っているようだった。決勝戦だ。誰かひとりの判断で止められないのも分かる。だけど、話し合ってるうちに何か起きたらどうするんだ。お願いだから、救助を出してくれよ。

 

 そのときだ。

 

 モニターの向こうで、戦車から人が飛び出すのが見えた。

 その戦車には、旗があった。

 そう、西住副隊長の乗る黒森峰のフラッグ車だ。

 それが足を止めた。

 撃たれたらチーム全体が負けたことになるフラッグ車が無防備に。

 

 単身で崖を降りていく人影。

 ようやくカメラも気づいたのか、その人物をズームして写した。

 果たして、それは西住まほだった。

 

 彼女が逸見達を助け出したとき、あたしは当然のように大きな声をあげて喜んだし、観客席だって歓声があがった。

 

 けれど、西住まほの世界ってやつは、そんなに単純なものじゃなかったらしい。

 西住の名前ってのは、やっぱり重たいもので。

 先輩やOBも、勝ったからいいものの、十連覇を台無しにされたかもしれないと、その行為をけして誉めるようなことはしなかった。特に、西住の関係者はひどいものだった。

 

 だから、観客席で歓声をあげた誰も、西住まほを誉めたり、何か声をかけるようなことはしなかった。できなかった。だって、所詮あたしらは、授業とか学生の間の選択肢のひとつとして戦車道をやっているだけで、西住の人間とかそれの関係者は戦車道が人生そのものみたいな人たちの集まりだ。

 

 だけど、副隊長は、正しいことをしたはずじゃないか。

 特殊カーボンで安全だから、素人が救助なんてしないほうが安全だった、そんなの結果論じゃないか。

 事実、審判団だって、試合を止めるか迷うくらいの事態だったはずだろう?

 逸見たちがもっと酷い怪我をしてたらどうするんだよ。

 救助が遅れてたら、心にトラウマを抱えたかもしれないじゃないか。

 撃たれた時にどこか故障していて、戦車の中まで水が入り込んでいたら、最悪死人だって出たかもしれない。

 

 けれどそれを、あたしも含めて、誰も声をあげなかった。

 西住まほなら大丈夫だろう、って高を括って、期待して、目を逸らした。

 そんなはずがなかったのに。

 

 もしも、あの時。

 誰かが西()()のことを誉めてやれたなら。

 お前は間違ってないんだぞ、って隣に立ってやれたなら。

 たったひとりでも、味方になってやれたなら。

 

 あいつは黒森峰を出ていかなくて済んだのかもしれない。

 あたしは大切な仲間を失わなくて済んだのかもしれない。

 

 全部全部、「かもしれない」、っていうもしもの話だ。

 あたしひとりじゃ、何も変わらなかったかもしれない。

 けれど、変わったかもしれないっていう後悔が、いつまでも消えてくれなかった。

 

 二年生になって、あたしは大会のメンバーに選ばれた。

 尤も、一番戦車の数が増える、決勝戦に向けた控えメンバーだ。

 20輌の中の20輌目。

 一番最後に呼ばれたのがあたしだった。

 

 けどさ。それってさ。

 もしも、もしも西住がここにいたら、本当にあたしの名前は呼ばれたのかな。

 

 ここに立っていたのは、あたしじゃなくて西住だったはずじゃないか。

 あたしが、西住のことを見捨てたから、あたしが西住の居場所を奪ってしまったんじゃないか。

 

 そんな風に考えると、はじめて戦車道が嫌いになりそうだった。

 

 




かわいいエリカが書きたくなった。

(追記)
耐えきれなかったので、1500字くらいシリアスな場面を追加しました。
暗い話書くの楽しい。
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