もしも、西住まほが妹だったら   作:青葉白

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 20000字以内で書ききれたので、分割しないで投稿。
 お待たせしました、大洗編スタートです。



大洗編
視点、武部沙織


1.

 

 最近、新しい友達ができた。

 その友達は、二年生になって急に転校してきたんだけど、すっごくいい子なの。

 同い年なのに、いい子っていう言い方も変なんだけどね。

 でも、なんだか容姿は凛々しくて、スタイルもいいから大人っぽく見えるんだけど、中身が外見に追い付いてないっていうか。ちょっと変わってる。

 

 話してみたら、皆分かると思う。

 なんというか、世間慣れしてないというか、悪意に鈍いというか。うん、そんな感じ。

 たぶん、純粋なんだ。思春期になる前の小学生みたいな感じかも。一年生とか二年生みたいな。ほら、子供って素直じゃない?それとおんなじ。

 

 だって、普通だったら恥ずかしがって言えなくなるような誉め言葉も全然躊躇わないで、いつもの調子で言ってくるんだもん。そこには、打算とかお世辞とかも何もない。本当にそう思ってるんだ、って分かるの。

 表情もいつも通りなんだけどね。もうちょっと笑顔があると満点かな。とにかく表情が固いの。笑って、って言うと、すごいぎこちない顔になるんだよ。もっと鏡の前で練習すればいいと思うな。絶対可愛いのに。すっごく勿体ない。

 

 そう考えると、なんだろう。ちょっと麻子に似てるのかも。

 変に言葉を飾らないところとか。実は優しいところとか。放っておけないところも一緒かな。結構抜けてるところも多いから。あとは、笑顔が苦手なところも似てる。

 まほとまこ。名前も似てるしね。

 

 だからかな。どうしてか私は、彼女のことを保護者みたいな目線で見てしまっている。

 勿論、大切な友達だと思ってるし、馬鹿にしてるつもりはないよ。

 ただ、守ってあげたい。力になってあげたい、って。そんな風に思ってる。

 

 私に、何ができるかなんて分からないけどね。

 

 

2.

 

 特に最初、転校してきたばっかりのときは、口数も少ないし、クールな人ってイメージだった。顔なんかすっごい美人さんだし、同い年とは思えないくらい。あ、勿論いい意味で。

 なんか、本当にモテる人ってこういう人なんだろうな、って思った。

 

 けど、いつも難しそうな顔というか、あんまり笑う人じゃかったから(あんまりじゃなくて、まったくかも)、クラスの皆もどう接していいのか分からないみたいで、気づいたら孤立しちゃってた。でも、本人がそういうのを全然気にしてない感じだったから、私もあんまり積極的に話しかけなかったんだよね。いじめとか、そういう感じでもなかったし。

 

 ただ、なんだろう。

 美人さんだから、ついつい目で追っちゃうんだけど、物憂げな横顔もまた素敵で。いやいや違う違う。そうじゃなくて。そうじゃなくて、なんだか、時おり見かける横顔が、少しだけ寂しそうに見えたんだ。

 それが、ちょっとだけ気になった。

 もしかしたら、気にしていないっていうのは、私の勘違いなのかもしれないな、って。

 

 はじめてちゃんと話しかけたのは、彼女が転校してきてから一週間くらい経ってからだったと思う。クラスの皆から転校生っていう目新しさとか、そういう興味とかがなくなって、声をかける人がほとんどいなくなってからのことだった。

 

「へい、彼女。一緒にお昼どう?」

 

 4限の授業が終わって、クラスの皆はわらわらと学食とか購買とかに向かったみたい。そんな中、西住さんはマイペースな様子で授業に使った教科書とかノートとかを鞄にしまっていた。

 

 私が声をかけると、彼女は目を丸くした。

 ゆっくりと右を見て、左を見て、もう一回右を経由して、それから後ろを見た。

 え、なにその動き。かわいいんだけど。迷子のこどもみたい。

 合ってるよ。西住さんで合ってるよ。西住さんの後ろには誰もいないよー。

 

 そんな風に念を飛ばしたって、分かるわけないよね…。

 ううん。ちょっといきなり過ぎたかな?これじゃあ、まるでナンパみたいに思われたかも。

 そうしたら、見かねた様子の華に、静かな口調でたしなめられちゃった。

 

「ほら、沙織さん。西住さん驚いていらっしゃるじゃないですか」

 

 なんか、ゆったりした華の口調で言われると、ほんとに悪いことをしてるみたいに思えてくるね。むむむ。

 

 だってだって、こんなに驚くなんて思ってなかったんだもん。

 もっと、反応薄いかなぁ。もしかしたら、無視されるかもなぁ。なんて心配してたくらいなんだから。

 もしかしたら、西住さんって、イメージしてたよりずっと面白い人なのかも。

 

 でもでも。とにかく今は、西住さんを驚かせちゃったみたいだし、ちゃんと謝らないとダメだよねっ。

 

「ああっ、いきなりごめんねっ」

「あのぅ、改めまして。よろしかったらお昼、一緒にどうですか」

 

 今度は華が誘ったよ。

 って、あれあれ?おっかしいなー?言ってる内容は同じなのに、全然受ける印象が違うんだけど。

 言葉遣いか、あるいは人徳か。流石は、華道の家元の娘。恐るべし…。

 

 そんな風に華が尋ねると、自分のことを指差しつつ、西住さんは、首をこてんと傾げた。

 

「…わたし?」

 

 え、え、え?

 なにそれ、子供っぽくてチョーかわいいんだけど!

 普通にやったら、ぶりっ子みたいであざとくなっちゃうところだけど、西住さんの場合は全然そんな感じがしなくて、嫌みがない。美人ってズルい。そう思った。

 

 そうだよ。西住さんだよ。

 そんな意思を込めて、私と華は二人一緒に頷いたよ。

 

 

「西住さん、結構食べるね」

 

 学食はそれなりに混んでいたけれど、運よく3人で座れる席が残ってた。

 私の今日のメニューは、納豆にお豆腐のあっさりランチ。納豆はお肌にもいいし、ダイエットにも効果がある乙女の味方だ。それに、慣れると美味しいし。子供の頃は納豆って苦手だったんだよねー。匂いとか、ねばねばとか。

 スタイルの維持は、モテるためには必須だからねっ。カロリーにも注意しないと!

 

 その点、華もそうだけど、西住さんもすごかった。

 どうしてそんなに食べて太らないの?って感じ。

 鯖煮定食にカツ丼のオマケ付き。しかも、定食のご飯は大盛りだ。

 私だったら、そのどっちかだけでお腹いっぱいだよ。うぇっぷ。

 

「成長期、だから?」

 

 箸を置いて、またもこてん、と小首を傾げる西住さん。

 いやいやいや。

 女子の成長期は、たぶんもう終わってるよ。終わってるし、成長期だとしても、食べたら絶対に絶対太る量だよ。

 だけど、これ以上成長したら、本当にモデルさんとかになれるんじゃない?西住さん、背は高いし、スタイルも抜群だし。街でスカウトされたら教えてね。絶対買うから。

 

「わたくしたち、一度西住さんとおはなししてみたかったんです」

 

 ふわりと笑って、華が話しかける。

 うん。おかしいね。

 私が納豆をかき混ぜてるうちに、華のラーメンがスープだけになっている。

 一息ついたからって話し始めたでしょ、絶対。イリュージョン。目を離した隙に、一品ずつ空になっていく。

 

「なんか、高校で転校生ってめずらしいし。それに、いつも西住さん一人だったから、気になって」

「いつもひとり…」

 

 ぼそりと呟いて、西住さんは微妙そうな顔をした。

 あれだね。麻子もそうだけど、笑顔が作れないだけで、意外と表情は豊かなのかも。でもでも、麻子のほうがちょっとオーバーかな。あの子、あれで結構顔に出るタイプだから。不機嫌な時は特にね。

 

 あ、麻子っていうのは、私の友達のことだよ。冷泉麻子。

 小学校からの幼なじみで、小さくて可愛いんだぁ。頭もすっごく良くて、学年で一番の成績なの。でも、朝に弱くて、遅刻が多いのが玉に瑕。頑張って連れていこうとすると、今度は私が遅刻しちゃうから諦めた。風紀委員の人にも目を付けられてるみたい。留年したらおばあに怒られるよ?

 

 それはそうと、今さらだけど自己紹介をしていないことに気がついた。

 西住さんは転校生だからこっちは一方的に知ってるけど、西住さんからしたら、誰?って話だよねぇ。失敗失敗。

 

「あ、わたしはね」

「武部沙織さん、6月22日生まれ」

「ふぇ?」

 

 突然、名前を呼ばれたから何事か!って思ったけど、そのまま誕生日まで続けられたから素直にびっくりした。

 西住さんは眠そうな目を今度は華に向けたよ。

 

「五十鈴華さん、12月16日生まれ」

「はい」

「へぇ、誕生日までおぼえててくれたんだ」

 

 名前を覚えててくれただけでも驚きなのに、誕生日まで。私だって、よっぽど仲のいい友達くらいしか、誕生日なんて覚えてない。

 むむむ。こういう記憶力って、大事かな。やっぱり。記念日とか忘れたら大変だもんね。つ、付き合って3ヶ月記念日とか。でも大丈夫。そういうのはちゃんとメモ帳に書いて残してるもんね。

 

「必要になるかもしれないと思って。クラスの名簿を見て、覚えた」

「へぇ。意外と西住さんっておもしろいよね。あ、そうだ。名前で呼んでいい?」

「なまえ?」

「まほ、って」

 

 おおっと、華が笑顔で追撃。これは、断れませんなぁ。

 すると、すごい。という声が漏れ聞こえた。ざわざわと騒がしい食堂だったけど、不思議とその声はちゃんと聞き取れたよ。

 

「友達みたいだ」

「ぷふっ」

 

 西住さん。じゃなかった。()()が、しみじみと呟いた。

 それが、どうにもおかしくって、笑っちゃった。

 やっぱり面白いなぁ、この子。正直というか、なんというか。

 

「友達みたい、じゃなくて。友達ですよ」

「馴れ馴れしいかな?嫌だった?」

「そんなことない。とても、嬉しい」

 

 その時、まほが、少しだけ微笑んだような気がした。

 

「大洗には、一人で来たから」

「そ、そっかぁ。ま、まぁ、人生っていろいろあるよねっ。泥沼の三角関係とか。告白する前にフられるとか。5股かけられるとか」

「ええと、そういうことはなかったけど」

 

 見惚れそうになって、慌てて視線を逸らす。

 危ない危ない。女の子に惚れちゃうところだった。

 不意打ちは卑怯だよ、もぉ。私が男の子だったら、絶対に惚れてた。家に帰って、今のことを思い出して、可愛かったなぁ、なんてベッドの上で呟くの。そしたら、次の日には恥ずかしくなって、ちゃんと顔が見れなくなったりして。いや、私は女の子だから、そんな風にはならないけどね?でも、それくらいの破壊力があった。

 

「じゃあ、ご家族に不幸が?骨肉の争いですとか、遺産相続とか」

「…そういうわけでも」

「なんだ。じゃあ、親の転勤とか?」

 

 ふるふると首を振る。

 うーん?もしかして、まほの言う一人って、本当に一人?親も兄弟もなし?

 学園艦で学生の一人暮らしは珍しいことじゃないけれど、一人で県外の学校に転校するのは流石に珍しいかも。進学のタイミングで、とかならわかるんだけど。2年生からわざわざ転入してくるような学校じゃないよ、大洗。

 

 でも、これ以上聞くのは()()()かも。

 いつかは聞きたいと思うけど、結構大変な事情がありそうだ。仲良くなったからって、いきなり聞きだすような内容じゃないよね。私も女の子だから、そういう話が気になっちゃうところはあるんだけど、自重しないと。嫌な思い出とかだったら、思い出させちゃうのもかわいそうだし。

 

 って、思っていたんだけど。

 

「戦車道、って知ってる?」

 

 不意に、まほが口を開いた。

 

「ええと、戦車道とは、乙女が嗜む、伝統的な武芸の?」

「それとまほに何の関係があるの?」

「わたしの家は、代々戦車乗りの家系だから」 

 

 わお、普通に話すんだ。

 ええと、それはつまり、まほも戦車道をやっているってことだよね。

 戦車道ってあれだよね。戦車に乗って、ばんばん大砲を撃ったり、撃たれたりするやつ。実際にやっているのは見たことないけど、想像するだけで大変そうだなぁ、って思う。ニュースとかで、ばーんって大砲撃ってるのは見たことあるかも。

 正直、女子のやることじゃないでしょ、って思ったりするんだけどね。あんまり戦車ってかわいくないし、そもそも全部同じに見えるし。

 

「それで、前の学校でいろいろあって」

「転校してきたの?」

「まぁ、簡単に言えば」

 

 ううん。結局詳しいことは分からないけど、やっぱりいろいろありそうだ。

 たぶん、想像するに、まほには前の学校で嫌なことがあったんだ。それも、戦車道関連で。

 だから、まほは戦車道が嫌になって、大洗に引っ越してきたんだ。きっとそうに違いない。

 よかったね、まほ。大洗に戦車道はないからね。

 

 なんて。この時は、そんな風に思っていたんだけど、あとで私の想像は、全然的外れな心配だった、って分かるんだけどね。それに、この学校に戦車道がないっていうのも、今このときだけの話だったわけだし。

 

 

3.

 

 ごはんを食べて教室に戻ると、なんだかざわざわとしていた。

 

 あれは、生徒会長?

 赤っぽい髪色をして、背は低いのに自信満々、余裕綽々って感じの笑みを浮かべている。うちの生徒会って、強引だし、結構悪い噂が多いんだよね。

 

 その隣には、副会長の、ええと、小山先輩?だったっけ。それと、広報の人。片眼鏡で、いつもお堅い表情をしてるから、なんとなく怖いんだよね。背も高いし、威圧的。川崎先輩、だったかな?

 会長は角谷会長。流石に、生徒会長の名前くらいはね。

 

 会長は、もぐもぐと干し芋片手に誰かを探しているみたい。

 うーん、誰かに会いに来たのかな?

 そんな風に思っていると、会長がこっちを見て、お目当てのものを見つけたみたいに、にやりと笑ったよ。

 

「やぁやぁ、西住ちゃん」

「うん?」

 

 片手をあげて、ふらふらっとした足取りで近づいてくる。

 まほは、よくわからないような表情を浮かべて、黙って立っていた。

 って、西住ちゃん?それって、お目当てはまほってこと?なんで?

 

「生徒会長。それと、副会長と広報の人」

 

 転校してきたばかりのまほは、多分知らないだろうと思って耳打ちをする。私も詳しいわけじゃないけどね。

 ほぉ。という納得するような声が漏れた。

 

「少々話がある」

 

 生徒会の3人が、ずらぁっと目の前に並んだ。真ん中が会長で、その両隣を他の2人がそれぞれ陣取る。おかげで綺麗に真ん中で谷ができる凹、って形になった。そういえば、ぼこ、そんな名前のキャラクターがいたような。まぁ、全然関係ない話だけど。

 あ、話がある、って言ったのは広報の人だよ。口調も冷たい感じでとっても怖い。ぴしっ!とした感じの人で、レンズが片方だけの変な眼鏡をしているよ。モノクルって言うんだって。

 

「必修選択科目なんだけどさぁ。戦車道取ってね。よろしくー」

 

 会長が、まほの肩に手を回して、そんなことを言ったよ。

 って、あれあれ?戦車道?

 戦車道なんて、うちの選択科目にあったっけ?なかったはず。華道と香道と忍道と、あとなんだっけ?全部は覚えてないけど、戦車道なんて見た記憶はない。

 

「……この学校は、戦車道の授業はなかったはずでは?」

「今年から復活することになった」

「ほぉ」

 

 華が質問をすると、広報の人が答えたよ。あと、ほぉ、って小さく言ったのはまほだよ。ちょっとだけ後ろに立ってたから、どんな表情だったのかは分からないけど、ちょっとだけ感情が籠ってたように感じたよ。

 

 …って、えええ!?戦車道、復活するの!?

 そ、それって、…まずくない?

 まほも、もっと、どっひゃあ!って感じで驚こうよ!

 

「どっひゃあ?」

 

 だって、まほは戦車道がないと思って、この学校に来たはずでしょ?

 それで戦車道って…。この人たち、まほが戦車道をやりたくないって知らないのかな?

 …知らないんだろうなぁ。

 

 でもでも、わざわざまほに声をかけるってことは、まほが戦車道をやってたことは知ってるんだよね。もしかして、まほが転校したきっかけも知ってるのかも。

 

 …もし、何か嫌なことがあって、それで戦車道を止めたってことを知っているなら。それを知ってて声をかけたなら、それはいけないことだと思う。それでまほが嫌な思いをするなら、止めなくちゃ。

 見なかった振りはしちゃいけないし、そんなの絶対にできないよ。

 だって、まほは友達だもん。今日友達になったばっかりとか、そんなことは関係ないんだよ。

 

「あのっ、必修選択科目って自由に選べるんじゃ?」

「お前は?」

「武部沙織ですっ。まほの友達の」

 

 黙って見ていることもできなくって、割り込むように口を挟んだよ。

 だっておかしいもん。

 やりたくないことを無理やりやらせようなんて。そんなの彼氏に言われたって嫌だもん。()()()()()だよっ!

 だけど、広報の人は、冷たい声でばっさり。

 

「そうか。お前たちには関係のないことだ」

 

 かっちーん!何よ、その言い方!

 

「関係ないとは、少々言い過ぎではありませんか。それに、いきなり押しかけてきて、生徒会とはいえ、あまりに横暴です」

 

 むっと来たんだろう。華も一歩を前に踏み出して、毅然とした口調で言い返した。普段の華は穏やかだし、天然で人とズレたところもあるけど、とっても意思が強くて、自分の意思をしっかり持ってる子だ。

 大丈夫だよ、まほ。私たちは味方だからね。私と華は一歩前に踏み出して、まほの隣に並んだよ。

 

 すると、にやにやといやらしい笑いを浮かべて、会長が口を開いた。

 背筋がぞわぞわっとする。

 

「へぇ、ほぉ……。いいのかなぁ」

「なによ」

 

 私が言うと、会長は目を細める。

 それは、とても冷たい声だった。

 

「私たちにたてつくと、この学校にいられなくしちゃうよ?」

 

「な!?」

「脅すのですか!」

 

 私は自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 だって、こんなの脅迫だ。

 いくら生徒会長だって、そんなの認められるはずがないよ!

 

 でも、もし、本当にそんなことになったら?

 

 一瞬、そんな考えが浮かばなかったかと言ったら、嘘になる。

 きっとありえない。いくら生徒会だって、そんな権限はないはずだ。だってめちゃくちゃになっちゃうもん。人一人の人生をめちゃくちゃにする権利なんて、持っているはずがないよ。

 そうは思っても、もしかしたらという考えが、頭のすみっこから消えてくれない。

 もっと何か、言わなくちゃ。そう思っても、それ以上言葉が出てきてくれない。

 私、嫌な子だ。まほの力になりたいのに、危なくなったからって、怯えてる。逃げたくなってる。

 

 きゅ。っと、私の服の裾が引っ張られた。

 

「五十鈴さん、武部さん。それくらいで」

「まほ……」

 

 裾を掴んだのはまほだった。

 

「会長さん」

「なぁに?」

 

 まほは、しっかりと会長に対して向かい合った。

 まほの横顔は、相も変わらない、何を考えているのか分かりづらい無表情だ。

 ただ、なんとなく。なんとなくだけど、喜んでいる?そんな風に感じる。

 だけど、そんなはずない。きっと勘違いだ。そう思った。

 

 そうしたら、意外な言葉が飛び出した。

 

「詳しく話を聞かせてください」

「うん……、へ?」

 

 へらへらとした会長の能面が溶けた。こう、どろどろ?ずるずるって。

 驚いた表情で、何を言われたんだ?っていう、思考回路がふっとんだみたいな顔になってる。

 それは、会長の隣に立っている2人も一緒だった。

 

 そして、私と華も。

 あまりに驚いたから、私は華と顔を見合わせる。

 なんてことないみたいな口調で、まほは言った。

 

「いいですよ。戦車道、やります」

 

 

4.

 

「なんなのよ、もー!」

 

 放課後、私たちはアイス屋さんにいた。

 結論から言うと、私たちの心配はまったくの見当違いだったみたい。

 

 なんでも、まほは戦車道がきっかけで前の学校を転校することになったのはその通りだけど、そのせいで戦車道が嫌になってしまったというわけではないらしい。むしろ、大洗でも戦車道を続ける方法を考えていたそうだ。

 

「だけど、クラスの人には避けられるし、どうしたら人を集められるかもわからなくて」

 

 そんなこんなで途方に暮れていたところに生徒会からの誘い。渡りに船だったんだって。学園艦だけに。……学園艦だけに!

 

「じゃあ、なけなしの勇気も無駄だった、ってわけね」

 

 私は、あーあ、とため息をついた。

 いま思い出しても、よくやったなぁ、自分。以外の感想が出てこない。それが全部勘違いだったなんて、ほんと、あーあ。

 

 すると、まほは、そんなことない。と強い口調で話し出した。

 ぽつり、ぽつり、と必死に言葉を探して、全然上手い言葉じゃなかったけど、それが逆に心からの言葉なんだ、って分かったよ。

 

「わたしは、うれしかった。2人が、わたしのために一生懸命。…本当に、嬉しかった。素敵な友達ができたな、って。わたしは、本当に恵まれている」

 

 ありがとう。そう言って、まほは頭を下げた。

 

「そんな!顔を上げてください。わたくし達の方こそ、まほさんとお友達になれて、よかったと思っていますよ」

「そ、そうだよ。あれくらい、友達のためなら当然だって!」

 

 なんていうか、本当に不思議な子だ。

 こう、素直に感謝されると恥ずかしくなってくる。

 友達になったのは今日が最初だし、たくさんおしゃべりをしたというわけでもないのに、どうしてか力になってあげたいと思ってしまう。もしかしたら、これが母性ってやつかもしれないね。まだ彼氏もいないのに、お母さんだなんて困っちゃう。

 

「それにしても、生徒会の方々から直接戦車道を受講してほしいと請われるなんて、もしかしてまほさん、とても有名な選手だったんですか」

「うーん、どうだろう。前の学校では副隊長だったけど、姉の方がずっとすごい選手だったし。…ああ、いけない。こんなことを言うと、()()()()()()()()()()

「エリカ?」

 

 随分と親しげだけれど、誰だろう?

 その口調からして、たぶんまほの親しい友達か、姉妹のことだと思うけど。それにお姉さんがいるんだね。もしかして、エリカっていうのもお姉さんのことかな?随分と外国人チックな名前だけど。

 

「エリカは、前の学校のチームメイト。わたしが、戦車道を続けようと思えたのも、エリカのおかげなんだ」

「へぇ」

「大切なお友達なんですね」

 

 華がそう言うと、うーん、とまほは悩みだした。

 

「友達、なのかな」

「ううん?」

 

 まほがおかしなことを言った。

 

「わたしは、その、友達だと思ってるけど、向こうは違うかも」

「どゆこと?」

 

 私は事情が掴めなくて、ハテナを浮かべた。

 そうしたら、まほはぽつぽつと話し出したよ。

 

 まとめると、エリカさんとは同じ寮で4年間一緒に暮らしていて、前の学校の戦車道ではチームメイトで、事あるごとに突っかかられて、よく怒られて、いつも勝負を挑まれて、それを全部返り討ちにしていた、と。それで、転校してくるとき、ライバル宣言をされて、戦車道を続けるよう約束をした、と。

 

 うん、まぁ。

 

「友達でしょ」

「大親友ですねぇ」

 

 私と華の意見は合致した。

 っていうか、それで友達じゃなかったら逆に驚きだよ。

 

「でも、いつもエリカには怒られていたし」

「それは、愛情の裏返し。内容を聞く限り、理不尽に怒ってるんじゃなくて、注意とかお節介が多かったみたいだしね。じゃなきゃ、わざわざ港まで追いかけてきたりしないでしょ」

「いや、港じゃなくて、連絡船の待合所…」

「どっちでもおなじことよ!」

 

 そんな細かいことは知ったことじゃないのだ!

 というか、まほが思った以上に青春していて驚いちゃった。

 転校前に再会の約束とか、王道すぎて最近じゃ逆に見なくなったくらい。

 

 でも、王道は王道だからこそ燃えるんだよねぇ。

 主人公をいじめてた女の子が親友になるとか。

 地味だった女の子が、恋をして変わっていくとか。

 よく口喧嘩するような男の子から、ちょっと優しくされてドキッ、ってなって、急に意識しちゃったりとか。

 

 うぅん。これは、なんとしてでも再会させてあげたい。

 ちょっとだけ、そのエリカって子にも会ってみたいしね。

 絶対にいい子だし、仲良くなれたら楽しそうだ。

 

「それで、私たちにお願いしたいことはないの?」

「え?」

 

 ぽかん、と如何にも予想外、っていう顔になる。いや、傍目には無表情なんだけど、たぶんそう。不愛想な麻子に、長年付き合ってきた私の観察眼を舐めてもらっては困る。

 

「戦車道って、人が必要なんでしょ?よくわかんないけど。あんな風に生徒会が集会を開くくらいだし」

 

 あの後、というか、授業が終わってすぐのこと。全校生徒は生徒会の放送で体育館に集められた。

 まほが全然教室に戻ってこないから、なんでかなー?って思ってたけど、気づいたらステージに生徒会の人たちと一緒に登ってるからびっくり。そしたら、ばーん、とか、どーん、とか大砲を撃ってる映像を流されて、それにもすごいびっくりしたよ。女の人たちがしゅび、しゅばっ!って感じで動いてるし。なんかちょっとかっこよかった。まほもあんなことをやってたのかな、って思うと、イメージが変わる。

 

「それに、戦車道をやればモテモテなんでしょう?」

「えっと、それはどうかな…」

 

 えー?だって、映像の中で男の人たちからたくさん手とか振られてたもん。

 

「でも、戦車道って、大変だよ」

「私、好きになった彼氏に合わせる方だから大丈夫!ね、華!」

 

 私は、同意を求めるようにして、華のことを見たよ。そうしたら、華は笑いながら頷いたの。って、あれ?華、いつもより目がキラキラしてるよ?

 

「実は、わたくし、華道よりももっとアクティブなことをやってみたかったんです」

「華道?」

「華の家は、華道の家元なんだよ」

「家元…、五十鈴さんも」

 

 だから、華のお家はすごい豪邸だ。一度だけお邪魔したことがあるけれど、お庭とかも広くて、まさに和!って感じ。池とか石とか、木とか花とか。ああいうのをなんて言えばいいんだっけ。わびさび?

 

「華が嫌というわけではありません。きっと、わたくしは将来、母の後を継ぐことになると思うんです。けれど、今のままでいいのか。そんな風に思う時があります。何か新しい刺激、新しい価値観が欲しい。そんな風に思うんです。ですから、西住さん。わたくし、戦車道がやってみたいです」

「五十鈴さん…」

「こんな半端な考えで、失礼だと思われるかもしれませんけど。でも、西住さんさえよろしければ、いろいろとご指導いただけませんか?」

 

 真摯に、とても真摯にお願いする。

 華は言ったら聞かないからね。

 

「だから、ね。まほ。一緒にやろうよ、戦車道」

「二人とも…」

 

 じわっ、とまほの目じりに涙が浮かぶ。

 慌てたように、まほがぐしっ、ぐしっ、と制服の袖で自分の両目を擦った。

 わわわ、そんなにしたら、服も汚れちゃうし、目も痛くなっちゃうよ。

 ほら、これ使って。と、ハンカチを差し出した。

 

「うん、ありがとう」

 

 ハンカチを受け取って、くし、くし、と涙を拭いた。

 そして、くしゃ、とハンカチを握りしめて、一言。

 

「やろう、戦車道。一緒に」

 

 

5.

 

 ま、そのあとも大変だったんだけどねー。

 戦車探したり、戦車を洗ったり、なんかイメージしてたのと違うー。

 そんなこと言ったら、これも戦車道だよ。なんて、まほに言われちゃった。てへ。

 

 あ、でもでも。戦車を探していたら、新しい友達ができたよ。

 名前は秋山優花里ちゃん。私はね、ゆかりん、って呼んでるの。

 とっても戦車のことが好きで、森の中で戦車を見つけたときには、なんと頬ずりを始めるんだから驚いちゃった。たぶん油とか錆とかでベタベタだったと思うよ。

 

 あとね、ゆかりんはまほのことを知ってたんだよ。

 自己紹介しようとしたら、存じ上げてます。だって。そんな言葉遣い聞いたことないよー。

 そう言ったら、華に笑われたんだけど。存じ上げるって、知るの謙譲語なんだって。…謙譲語ってなに?

 

 それと、結局見つかったのは全部で5台だったよ。あれ、単位は5両が正しいんだっけ?

 

「車両扱いですから、『両』が正しいですね。『台』は、動かない機械に使われることが多い助数詞ですから。車は例外でしょうか。尤も、より正確には、くるまへんの『輌』が使われるべきなのですが、これは常用漢字ではないので、あまり一般的ではありませんね」

 

 へえ、そうなんだ。やっぱりゆかりんは物知りだね。

 でも、こうやって並んでるのを見ても、私には違いとか全然分かんないよ。大きいとか小っちゃいとか、それくらいかな。

 

「そんなことありません!全然、全然違うんですっ!どの子もみんな個性というか、特徴があって。動かす人によっても変わりますし」

「華道と同じなんですね」

 

 なるほどぉ。ゆかりんの言うことも、なんとなく分かったよ。

 

「女の子だってみんなそれぞれの良さがあるしね。目指せ、モテ道!」

「話が噛み合っているような、ないような…」

 

 まほが呆れたような声を出した。むぅ、ちゃんと噛み合ってるもん。

 ところで、この戦車を私たちで洗うってことなんだけど、それってすごーく大変なんじゃ…。今更だけど。

 

「まぁ、大変と言えば大変かな。長いこと放置されてただろうし」

「わぁ!べたべたするぅ!」

「これはやりがいがありますね」

 

 えぇー、本当にやるの?こんなのキッチンの油汚れより大変そうだよ?

 そんな風に考えていると、かん、かん、とまほが戦車をするする登っていく。うわぁ、流石。慣れてなきゃできない動きだよ。

 そして、ひょい、とまほが戦車の中を覗き込んだ。

 

「車内も水抜きをして、錆び取りもしないと」

 

 その様子を、わぁ、ってアイドルか何かを見るような視線で見つめるゆかりん。っていうか、いつの間にゆかりんまで戦車に登ったんだろう…。

 

「ねぇ、まほ。本当にこれ洗うの?業者とかに頼んだ方がいいんじゃー」

「そんなお金はないんだよねぇ、それが」

 

 私がまほに声をかけると、会長がふらふらとやってきた。

 

「それに、教官が来るのも明日だし。今から業者を呼んでも間に合わないね」

「だけど、こんなの女子高生がやることじゃないですよぉ」

 

 まぁ、こんなことを言ったところで考え直してくれる人じゃないんだけどさ。

 それでも、文句のひとつも言いたくなるよ、こんなの。

 そう思ってたら、思わぬところから嗜めるような声が降ってきた。

 

「整備をするのもそんなに悪いものじゃない。自分たちが乗るものなんだ。戦車の調子を知ることだって、とっても大事なことだよ」

 

 言ったのはまほだ。

 こういうのを聞くと、まほが戦車の専門家なんだなぁ、って分かる。気のせいかもしれないけど、いつもよりちょっとだけ声弾んでない?

 

「実は、ちょっと…」

 

 久しぶりに戦車に触れたのが、思ってたより嬉しかったんだって。

 その隣でゆかりんが、うんうん、って何度も頷いていたよ。

 

 

 そして、次の日。

 みんな煤だらけになって洗ったおかげで戦車は全部ぴかぴか、とはいかないけど、見つけたときよりはだいぶマシになった。そんな戦車の前で、皆してじっと待機中。

 今日はイケメンの教官がやってくる、っていう話だからワクワクしてたのに、全然こない。

 まだかなぁ、まだかなぁ。

 そうしたら、どうしてかまほまで遅れてきたんだけど。

 

「遅いから心配しました」

「通学路で少し。人助け」

「流石は西住殿ですっ」

「教官も遅ーい」

 

 こんな私たちのことを焦らすなんて、大人のテクニックだよね?

 

「なんか派手な登場をしたい、とか電話で言ってたけど。そのせいで遅れてるのかな。…ん、んんん?」

 

 くおーん。

 空からド派手な、空気を震わせるみたいな音が聞こえてきたよ。

 え、え、え?なになになに?

 音がした方をみんなで見上げる。そこには、おっきな飛行機が飛んでいた。それも、随分と低い位置を飛んでいる。あんなに低く飛んでいる飛行機を見たのは初めてだ。

 

「航空自衛隊の、大型輸送機ですか?」

 

 ゆかりんが言った。わかんないけど、たぶん当たっているんだと思う。ゆかりん、そういうのにはとっても詳しいみたいだし。

 そして、飛行機がぐんぐんと私たちの方へ近づいてくる。お腹の下らへんがういーん、って開いて、そこからパラシュートがたくさんついた何かが落とされた。

 って、えええ!?緑色のあれは、戦車だよ!?駐車場に着地したけど、勢いが余ってずしーん!ってすごい音がなった。

 

「10式戦車?」

 

 まほが戦車の名前を言った。すかさずゆかりんが同意する。

 

「流石は西住殿。自衛隊の最新鋭戦車ですが、74式、90式に次ぐ、第四世代の主力戦車で、スラロームしながらの射撃も可能にするという驚異の命中精度が最大の特徴ですねっ。あ、スラロームというのは、大きく左右交互に蛇行運転する技術のことで、これまでの戦車では単純な等速走行での行進間射撃が精いっぱいとされていたのですが、10式は激しい進路変更の中でも目標に命中させることができてですねっ。はっ!……しゅみません」

 

 すごい早口だったよ。

 興奮してはしゃぎすぎたということに気づいたゆかりんが、しゅん、と落ち込んだ。それを、よしよし、とおっかなびっくり頭を撫でるまほ。えへー、とゆかりんが嬉しそうな顔になった。

 

 そして、ぎゅらぎゅらぎゅら、と走って近づいてくる戦車。それが私たちの前で止まると、上の扉みたいなものが開いて、緑色のスーツにヘルメットをかぶった人が現れる。

 顔を出したのは、短く切りそろえられた黒髪が良く似合う、きりっとした表情の女の人だった。

 

 

「騙された…」

「まぁまぁ」

 

 会長はイケメンの教官が来るって言ってたのに、イケメンじゃなかったよ。っていうか、女の人だったよ。話が違うよぉ。

 

「あの。沙織さん。確か会長さんがおっしゃっていたのは、カッコいい方、というだけで、イケメンとは言っていなかったような…」

「あれ、そうだっけ?」

「まぁまぁ、武部殿。カッコいいことには間違いないですからねっ。ああ、10式なんて、憧れちゃいますぅ」

 

 きらきらとした目を向けるゆかりん。すると、心なしかまほの機嫌が悪くなった。

 

「ふーん。秋山さん。……ふーん」

「に、西住殿!?私、何かしましたかっ!?」

「何でもない。全然。全然、気にしてないから」

「西住殿ぉ!?」

 

 うわぁ、意外と子供っぽいなぁ、まほ。

 拗ねるまほに、慌てるゆかりん。たぶん、ゆかりんは無意識だっただろうし、まほも意固地になってるから、どうして拗ねてるかなんて言わないんだろうなぁ。傍目から見てるとほほえましいんだけど、ゆかりんからしたら一大事。助け船が必要かな。

 

「もー、いきなり戦車を動かせって言われてもわかんないよー!」

 

 私が大きな声をあげる。

 いきなり実戦形式なんて言われたけど、分からないものは分からない。みんな戦車なんてはじめてだからね。

 ええと、3人だと社長と捕手と、なんだっけ?

 

「なんとか長とかないある手とか、何がなんだかわからないー!!」

「私たちのチーム、4人しかいないですし」

「じゃあ、装填手は通信手と兼任でわたしが」

「もちろん、西住殿がコマンダーですよね!」

 

 ぐいぐいーっ、と話が変わる。ここぞとばかりに、ゆかりんがきらきらした目をまほに向けた。ふっふっふ、計画通り。

 

「え?……その、できれば他の役割が」

「え、でも…」

「そしたらくじ引きでいいよ。はいっ」

 

 ノートの切れ端を使って簡単なくじを作ったよ。

 

「まほは装填手ねー。華が操縦手。ゆかりんは捕手!」

「砲手です」

 

 くじの結果、私が車長に選ばれました。

 へぇ、「しゃちょう」って、車に長って書くんだ。社長だと思ってた。どうりで、変なイントネーションだと思ったよ。

 

 そして、はじめて戦車を動かしたよ。

 まほが教えて、華がエンジンをかける。いぐにっしょん?だっけ?スイッチオン!

 

 わ、わ、わ。

 

 すごい!すごいよ!ぶろろろろ、って振動が。体全部ががたがたって揺れてる。車と全然ちがうよ!

 

「いいっやっほおおおおおう!最高だぜええええ!!!」

 

 ゆかりんが吠えた。

 人が変わったみたいな様子に、みんなぽかーんだったよ。

 

「ゆ、ゆかりん……?」

「パンツァー、ハイ」

「しゅ、しゅみません…」

 

 そのあとは、どかーん、とか、ばこーんとか。もうすごかったの。

 山の中をゆっくり進んだんだけど、そのうち撃ちあいが始まった。最初は生徒会を狙おうと思ったんだけど、逆にこっちが狙われちゃった。

 それとね、途中で麻子が合流したんだよ。授業抜け出して外で寝てたんだって。

 そしたら、麻子が凄いの。マニュアルをぱらぱらーって読んだだけで戦車が動かせるようになっちゃった。

 

 あとはもう、気づいてたら全部終わってた。

 いっぱいいっぱいで何があったのかなんて全然覚えてないけど、凄かったってことだけ覚えてる。砲弾を撃ったときの衝撃とか、まほが指示して、ゆかりんが撃って。その通りに全部が進むの。全部終わったら、余韻みたいのだけが、ずっと体に残ってる。

 楽しいって、そう思った。

 

 あ、でもでも、車長はやっぱり、まほがやらないとダメだよね。

 あと、戦車の中はおしりが痛いから、クッションとか欲しい。土足禁止はやりすぎって、麻子に怒られたけど。そういえば、いろいろあって、麻子も戦車道をやることになったよ。これで操縦手は心配要らないね!

 それから、戦車に色を塗ろうって言ったら、今度はゆかりんにダメって言われちゃった。

 めいさいしょく?っていうのがいいんだって。

 

 でもねっ!他のチームはみんな色を塗りかえてたんだよ!

 別の日に学校に行ったら、倉庫の前に色鮮やかな戦車が並んでたの。

 一年生チームはピンクだし、歴女の人たちは赤とか青だし。バレー部なんて、バレー部復活、ってペンキで文字を書いてるし。生徒会は成金趣味みたいな金ぴか。目に痛いくらいゴールドだ。

 

 って、何もしてないの私たちだけじゃん!

 

「今からでも塗りかえようよー!!」

「ああっ!!38tが!三突が!M3が89式がなんか別の物にィー!!?」

 

 ゆかりんが頭を抱えて叫んだよ。

 

「あんまりですよねぇ!西住殿っ!」

 

 感情を高ぶらせて、ゆかりんがまほに同意を求める。

 まほは唖然として、口をぽかんって開けて驚いていた。

 

「西住殿?」

 

 大袈裟にしないだけで、もしかしたらまほの方がびっくりしてるのかもしれない。そんな風に思ったのか、ゆかりんが心配そうにまほの顔を覗き込んだよ。

 そしたら、突然、まほが声をあげて笑いだした。

 それは、お腹を抱えて、おかしくってたまらないっていう笑い方だったよ。

 

「ぶっ、あはっ、あははははははっ!」

 

 私たちは、そんな風に感情を爆発させるまほを見たことがなかったし、想像もしていなかったから、とってもとっても驚いた。そして、たぶん、驚いたのは私だけじゃなくて、他のみんなもそうだったと思う。

 

「ま、まほ?」

「すごい。すごいなぁ。むちゃくちゃだ」

 

 まほが、独り言みたいに言葉を漏らす。

 

「本当にすごい。こんなの、()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 けらけら、げらげら、まほが笑う。

 たっぷり5分は笑って、ようやくまほは落ち着きを取り戻した。

 

「ああ…、おもしろい。戦車でおもしろいなんて思ったのははじめてだ」

「流石に塗りなおしますよね!ね!」

 

 そんなまほの肩を揺らして、ゆかりんが抗議を続ける。

 でも、無理じゃないかなぁ。

 だって、今にも、自分たちも塗りかえよう、って言いだしそうな雰囲気だもん。

 

 まほ、本当に楽しそうに笑ってる。

 

 

 

6.

 

「まほ、どうかした?」

 

 放課後、今日の練習も全部終わって、今から帰ろうという時だった。

 倉庫の外で、まほがぼんやりと夕日を眺めていたよ。

 

「わたしは、本当に戦車道をやっていてもいいんだろうか」

「え、突然どうしたの?」

 

 私が話しかけると、まほがおかしなことを言った。

 普段から何を考えているか、よく分からないところのあるまほだけど、今日のそれは、いつもとは違うような感じがしたよ。

 

「きちんと戦車道ができるか。最初は不安だったけど、みんな一生懸命で、だんだんと練習も形になってきた。だけど、今度はだんだんと、違う不安が湧いてきた。…わたしがここに来た理由、皆には話していなかったけど、お母さんに言われたから、だったんだ。大洗なら、戦車道がないから、って」

 

 最初の頃は、みんな戦車を動かすのだっていっぱいいっぱいだった。けれど、まほの教え方がうまいのか、最近はみんな慣れた様子で動かせるようになってきたよ。

 

 けど、まほの不安は、よく分からない。

 戦車道がないからって、どうゆうこと?

 まほは戦車道を続けたかったけど、お母さんには反対されてたの?

 

「わたしの家は、戦車道の家元だって、前に話したっけ」

「うん。聞いた」

 

 そうは言っても、家元だから何、ってことはよくわかっていないんだけどね。でも、なんとなく責任があるんだってことは分かるよ。華の家もそうだしね。子供がその仕事を継ぐんだ、ってことも知ってるよ。

 

「前の学校で、わたしは失敗したんだ。色んな人に怒られるようなことをした。それで、お母さんに、戦車道から離れてみたらどうか、って言われたんだ。もしかしたら、お母さんは、わたしのことを考えて言ってくれたことかもしれないけど、本当のところは、よくわからない」

 

 言葉の多くない人だから。そんな風にまほが言った。

 まほが言うなんて、よっぽどなんだね。

 

「だから、ここで戦車道をやっていることは、お母さんには内緒なんだ。どんなことを言われるか、分からないから」

「それ、大会に出たら、バレるんじゃあ…」

「うん。たぶんね。お母さん、高校戦車道の理事もやってるから」

「ダメじゃん」

 

 角谷会長の話だと、全国大会に出ることは確定だ。

 そうしたら、絶対にまほのお母さんにまほが戦車道をやってるってことがバレちゃう。

 

「まほは、お母さんが苦手?」

 

 これは、家庭の問題だ。

 ただの友達が、踏み込むべきじゃないってことは、私でも分かる。

 だけど、放っておけないよ。

 まほは、小さく首を横に振った。

 

「だけど、どう話したらいいか分からない」

 

 それを苦手って言うんじゃないかな。そんなことを言いたくなったけど、私は我慢した。

 まほの様子に、いつか見た光景を思い出した。

 

「これさ、私が言ったってこと、麻子には内緒ね」

 

 ごめんね、麻子。私は心の中で謝った。

 きっと、麻子は言いふらしたくないことだろうから。

 だけどね、まほには知っていてほしいんだ。

 

「麻子ね、お父さんもお母さんも事故で亡くしてるの」

「え?」

 

 まほが驚く。

 

「麻子、昔からあんまり素直な方じゃなくて、憎まれ口、っていうのかな。頭もいいし、親と喧嘩することもしょっちゅうだったんだ。それでね、事故の前に、お母さんと喧嘩しちゃったの。謝れなかった、って。ずっと後悔してるの、麻子」

 

 最初は、見ていられなかった。

 何度も家に行って、何度も麻子の部屋を訪ねたけど、全然部屋を出てきてくれなくって。

 ずっと部屋を真っ暗にして、誰とも話さなくて。

 何度も何度も通って、ずっと麻子に声をかけ続けて、それで、ようやく外に出られるようになったんだよ。

 

「麻子もね、心配してたよ。まほのこと。まほ、大洗に一人で来たじゃない?家族と離れて。それで、あんまり親とうまくいっていないのかな、って。だからね、まほ。私は、話ができるなら、絶対にお互いの想いを、考えを、ちゃんと話し合うべきだって思うな。それができなくなってからじゃあ、全部遅いから」

 

 話し合って、それで全部解決なんて、そんな風にうまくいくかは分からないよ。

 だけど、やってみなくちゃ分からないじゃん。

 苦手だからって、怖いからって、分からないからって、そんな風に逃げてたら、いつまでもうまくいかないままだもん。

 

「恋愛も一緒じゃん?」

 

 そう言ったら、まほが笑ったよ。

 

「告白もしたことないのに?」

「むぅ、まほまで華みたいなこと言うー」

 

 したことないけど、なんとなく分かるもん。

 華のツッコミも、結構心にぐさぐさ刺さってるんだからね。まほまでやめてよ。もー。

 そんなことを言って、二人で笑い合う。ひとしきり笑った後で、まほが携帯電話を取り出したよ。

 

「ありがとう、沙織さん。電話、してみるよ」

 

 慣れない手つきで携帯を操作するまほ。

 うわぁ、全然似合わない。どうしてだろう。

 

 しばらくして、電話がつながったみたい。

 まほが、お母さん。って呼んだ声が聞こえたよ。

 だけど、あんまりお話はうまくいっていないみたいだった。

 まほは、見たことがないくらいかちんこちんで、特に、大洗で戦車道を始めたということを話したあたりから明らかに様子が変だった。

 

「まほ、代わって」

 

 私は黙って見ているつもりだったけど、気づいたらまほに右手を伸ばしてた。

 まほが目を丸くして、おっかなびっくり、私に電話を手渡したよ。泣きそうな顔だった。

 もらった電話を耳にあてる。向こうから、『まほ?』って名前を呼ぶ声があったよ。

 

「お電話代わりました。武部沙織といいます」

『……どちら様ですか?』

「まほの友達です」

 

 電話口の声はとっても冷たくて、途端にすごい怖くなった。

 だけど、引きさがるなんてことできないよ。

 まほが勇気を出したんだから。

 

「まほと一緒に戦車道をやってます」

『…そう。娘がお世話になっています。ですが、これからは必要ありません。娘は戦車道を辞めますので』

「そんな!おかしいです!まほは戦車道がやりたくて…、とっても楽しそうなのに!」

『これは、家の問題です。部外者(こども)には関係のないことですから』

 

 分厚い壁。何層にも重なる壁を感じる。

 私が子供だから、なのかな。

 家の問題とか、そんなの全然わからないよ。

 だけど、関係ないなんて、そんなこと知らないよ。

 

 だって、私は子供だから。

 

「あなたにとって私は関係ないかもしれないけど、私にとってまほは友達だもん。だから、関係ないなんてこと、絶対にないっ!家元だとか、そんな難しいことは分かりませんっ。だけど、あなた個人はどうなんですか。まほは、戦車道がやれるって決まって泣いてたよ。みんなで戦車道をやって、笑ってたよ。それなのに、お母さんが(まほ)のやりたいことを取り上げるの!?」

 

 子供だから、言いたいことを全部言える。理屈なんて知らないよ。

 感情で、気持ちで、感覚で。言ってやる。言ってやった。

 そしたら、電話の向こうで音が止んだよ。

 

 5秒、10秒、時間が経った。

 

『わたしは、西住流の師範代として、次期家元として、娘の選択を支持することはできません』

「そんな!」

 

 私は悲鳴のような声をあげた。

 だけど、すぐに声が聞こえたよ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは、とっても優しい声だった。お母さんの声だった。

 

『まほは、元気でやっていますでしょうか。口下手な子ですから、周囲とうまくいっていないかと心配です。戦車道は危険な競技ですから、きちんとした練習環境がない場所では、ケガをしないかと気を揉みます。けれど』

 

『けれど、戦車道を嫌いになっていなくて、よかった』

 

『武部さん。武部沙織さん。どうか、娘のことをよろしくお願いします。わたしは立場上、まほのことを応援してあげることができません。試合を見に行ってあげることも、激励の言葉ひとつかけてあげることもできません。家の中でさえ、まほを甘やかすこともできません。だから、どうか、自由な場所で、あなたたちのような友達と楽しく過ごしてくれれば、それ以上の喜びはありません』

 

『まほに、どうか自分の体を大切に。そうお伝えください。もう二度と、あんな馬鹿な真似はしないでと。母からは、それだけです。母としては、それだけです』

 

「っ、お母さ――」

 

 私が何かを言う前に、一方的に電話は切られたみたいだった。

 通話が切れたことを知らせる電子音が、つーつー、と聞こえてくる。

 きっと、何かを言われるのが恥ずかしくなったんだ。

 

 心配そうにこちらを見る、まほの視線とぶつかった。

 

「沙織さん」

「まほ…」

 

 ああ、これは、余計なことに首を突っ込んだ気がしてならない。

 あの人は、きっとこれを伝えることを望まないだろう。

 

 不器用な人だ。

 もしかしたら、麻子の両親よりも、おばあよりも不器用な人だ。

 

 だけど、確かな親の愛情があった。

 ひどく見えづらいけど、本人は隠そうとしているけれど、娘のことを大切に思う気持ちが確かにあった。

 それが、(まほ)に届かないのは、絶対にだめだ。

 すれ違うのは、絶対にダメだ。

 

 そんなの私が許さない。

 

「大丈夫。お母さんも、まほのことが大好きだって」

 

 私は子供だから、大人の都合なんて、知ったことじゃない。

 1から10まで、まほのお母さんとどんな話をしたのか、全部まほに聞かせてあげた。

 

 私にできることは、それくらいだ。

 頭がいい方じゃないし、言葉がうまい方でもないし、人生経験が豊富ってわけでもない。

 ただのお節介。それくらいのことしか私にはできないし、それが全部、うまい方に転がるってわけでもないよ。

 だけど、それでも。

 

「ありがとう。ありがとう、()()

「どういたしまして、まほ」

 

 きっとこれからも、私はお節介焼きを続けるんだろう。

 




 大洗編は、毎回語り部が変わります。
 次回は誰でしょう。お楽しみに。

1話あたりの文字分量はどのくらいが適切ですか?(※今は、10000~15000字くらい目安)

  • 1000字~5000字
  • 5000字~10000字
  • 10000字~15000字
  • 15000字~20000字
  • 20000字以上

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