投票してくださった皆様、ありがとうございました。
1.
私には、特に強い興味を抱いている友人がいる。
彼女とは、戦車道(戦車同士で模擬戦を行う競技)においては敵同士だし、向こうがどう思ってるかは分からないけれど、私はお互いにライバルであると思っている。
ええ、まぁ。
勝ったことはないのですけれども。
…なんですか。勝てない相手をライバルと呼ぶのはおかしいですか。
山が大きければ大きいほど、同時にそれに合わせて大きくなろうとする自分もいるのです。
つまり、ずっと負け続けるしかないライバルがいるというのも、そう悪いものではないのですわ。
それに、勝ったことがないというだけで、今後も勝てないと諦めたつもりもありませんし。次の大会では、ええ、きっと勝利してみせましょう。そうできるだけの準備はしてきたつもりです。
負けると思ったらあなたは負ける、最終的に勝利を収めるのは「私はできる」と思っている人なのですから。
それから、ああ、彼女には妹がいるのですけれど、たまたま知り合う機会があったのです。
これがどうして、彼女もなかなかに興味深い。
決して、強くはないというのに。
いいえ、強くないからこそ、もがくようなその姿に。みっともなく足掻くようなその姿に。私の心は、強く惹かれている。
まるで、強大な怪物に立ち向かう、お伽噺の勇者のよう。
何事も達成するまでは不可能に見えるものである。
彼女の姉に向ける興味とは別に、つい、応援したくなってしまうのも仕方のないことですわ。
勿論、譲るつもりはありませんけれど。
2.
「大洗女子学園?」
はて、どこかで聞いたような名前ね。
受話器を受けとるまで、たっぷり5秒ほど考えて、ああ、大昔に戦車道を止めた学校でしたわね、と思い出した。
そんな学校が、今さら何を?
そんな思いで、私は受話器を受け取り、耳にあてる。
果たして、それは、練習試合の申し込みだった。
電話口の相手は、大洗女子学園の生徒会長らしい。
なんでも、20年以上ぶりに戦車道を復活させたものの、練習相手が見つからずに困っているのだとか。
嘗められたものね。
「戦車道を復活されたんですのね。おめでとうございます」
時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。
我が校、聖グロリアーナは、高校戦車道でも強豪に数えられる名門ですもの。そんな、まともに試合ができるとも知れない無名校相手に、時間を割いてあげるほど優しくはなくってよ。
私は笑顔を深め(尤も、電話越しには分からないだろうが)、遠回しに、迂遠に、しかし、絶対の意思を持って断ろうと言葉を考える。直接的な物言いは、あまり優雅ではありませんから。
しかし、続く言葉は、私の好奇心をくすぐった。
『こっちの隊長は、西住まほが務めるから』
…ほぉ。
西住まほ。
ティータイムに誘ったり、長々と話したことはないけれど、知らない名前ではなかった。顔を合わせて挨拶をしたくらいの面識はある。
というか、高校で戦車道をしていて、その名前を知らないのならモグリだろう。その活躍は、雑誌にだって載っている。
去年までは黒森峰にいて、副隊長だったはず。中等部の頃には隊長も務めている。
それがどうして、大洗に?
そんな疑問が湧いてしまうのは、仕方のないことでしょう。
黒森峰を去ったことは、何より、その姉から直接聞いていたので知っていましたし、そのきっかけになった事件のことも聞き及んでいますが。
だとしても、戦車道においては無名、どころか戦車道が廃れていたはずの学校に転校したことは不可解ね。その途端に戦車道が復活したこともきな臭い。
人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。
想像を働かせるなら、要請があったと考えるべきかしら。いえ、黒森峰からすればそれを受けるメリットはないわね。大洗に恩を売ったところで、それに見合うだけの利を得られるとは思えない。西住流にしても同じこと。偶然、そういうことかしら。ふぅむ。
それはさておき、黒森峰との試合は、公式戦でも、練習試合でも何度か経験がある。
去年は一年生だった西住まほとも矛を交えているし、その指揮能力を事前に分析したりもした。
個人的には、あまり面白い戦い方だとは思わなかったけれど、その力量は流石の一言である。
たとえ大洗が素人集団だとしても、それを指揮するのが西住まほということなら話は別だ。得られるものは0じゃない。
何より、みほさんにいい土産話ができそうですし。
自慢してやったら、どんな顔をするかしら。
きっと悔しがるだろう。見てみたいと思った。
「結構ですわ。受けた勝負からは逃げませんの」
気がつけば、快諾の答えを返していた。
それから、試合の日程を打ち合わせ、当日の段取りを確認する。
ルールは、5対5の殲滅戦ということになった。
公式戦で採用されがちなフラッグ戦でなく、殲滅戦を選んできたのは予想外に思いましたが、なるほど、フラッグ戦ではすぐに試合が終わってしまうかもしれませんものね。万一の勝利の可能性を捨ててでも、出来るだけ多くの経験を積ませたいという腹積もりかしら。あるいは、向こうも西住まほの力を量りかねているのかもしれない。
私は、当日は楽しみにしていますわ。とお決まりの言葉を添えて、電話を切った。
「練習試合、受けるんですか?」
そう訊ねたのは、オレンジペコだ。
彼女は、一年生ながら紅茶由来のニックネームが与えられ(我が校の慣習である)、紅茶の園に集うことを許された幹部候補の一人である。小柄で可愛らしい容姿ながら、装填手としての技量は我が校でも上位。勉強熱心で、頭の回転も悪くない。ただ、少し素直すぎるところがあるので、
それと、紅茶を淹れるのが上手で、彼女の紅茶は毎日の楽しみになっていることを忘れてはいけない。
ちなみに、オレンジペコとは、紅茶の銘柄のことではなく、茶葉の等級のことである。
茶葉の等級は、茶葉の大きさによって大きく3つに分類され、大きい順に「フルリーフ」「ブロークン」「ファニングス」と呼ばれる。ここから更に細かく分類しようとすると、はじめてオレンジペコの名前が登場するのだ。
穂先から一番近い新芽を「ティップ」、二番目の若芽を「オレンジペコ」と呼ぶ。三番目は「ペコ」、四番目は「ペコスーチョン」、五番目が「スーチョン」だ。茶葉は、新芽に近いほど価値が高いとされており、ティップは収穫に手間がかかることと、枝一本につき一枚しか収穫できないことから特に希少価値が高い。
ただし、ティップだけで淹れた紅茶が美味しいか、というと、それも別であり、実は味わいも香りも淡く繊細で、熱湯で長く蒸らしたところで水色もほとんど変わらない。そのため、茶葉に適量のティップが混ざっている方が一般には美味しいと感じられるのである。結果、高品質な紅茶には大抵オレンジペコが使われているのだが、そのせいか、オレンジペコの名前で商品化されることもままあるため、紅茶の銘柄と勘違いされやすいのかもしれない。
実際には、ダージリンやセイロンなど、生産地の名前が銘柄に使われるのが一般的なので、「ダージリンのオレンジペコ」、「セイロンのオレンジペコ」などと表記されるのが正しい(そのため、ノーブランドの紅茶の場合、オレンジペコとだけ商品名に使われることがある)。
なお、これに茶葉の大きさの分類まで合わせると「セイロンのブロークンオレンジペコ」「ダージリンのブロークンオレンジペコファニングス」などということになる。
まぁ、ブランド化されている茶園の場合、さらに価値を高めようと品質を細分化しているため、「スペシャルファインティッピーゴールデンフラワリーオレンジペコ(金色の芯芽の多い、ヨリの細かいサイズの揃った特別素晴らしい茶葉)のように、小学生の考えた必殺技みたいなことになるのだが。
閑話休題。
「ええ。よちよち歩きの赤ん坊に正しい歩き方を教えてあげるというのも、それも先人の務めでしょう。利己主義は、人類最大の不幸であると言うものね」
「グラッドストンですね」
「お見事」
イギリスの首相、ウィリアム・グラッドストンの格言である。
もしかすると、私が彼女の一番気に入っているところをあげるなら、私の話す格言の出典をいつも見事に言い当ててくれるところかもしれない。これは、大変気持ちのいいもので、彼女との掛け合いを楽しむため、一々格言を引用していると言っても過言ではなかった。
前にローズヒップが珍しく私の格言の出典を言い当てた時には、ペコがなんとも言えない表情をしていたので、彼女もなんだかんだ言いながら、きっと楽しんでくれているのだと思う。
たまにうんざりしたような表情も見せるので、時おり心配になるが。先輩としての威厳とか、その他諸々。…大丈夫よね?
「編成はどうしますか?」
質問をしたのはアッサムだ。私の頼りになる副官。データ主義に傾倒しすぎているのは、玉に瑕と言えるかしら。砲手としては信頼しているし、諜報活動をさせれば優秀なのだけど。
「そうね。5輌ということだし、クルセイダーは不要かしら」
我が校の主力戦車は、主にチャーチルとマチルダ、それとクルセイダーだ。
しかし、我が校の戦術は伝統的に装甲の厚さを活かした浸透強襲戦術。足が速く、装甲の薄いクルセイダーには不向きである。もっとも、偵察や撹乱には向いている車輌なので、すべては使い方次第だと思っているが。
完璧主義では何もできない。
限られた選択肢しか与えられないのであれば、それを最大限に活かすだけですわ。
尤も、チャーチルもマチルダも、WW2の初期に生産された車両のため、性能としては決して高いものではない。特に火力はお粗末の一言だ。戦術である程度カバーができるとはいえ、他校、特に黒森峰との性能差は如何ともしがたい。
実際、黒森峰の主力であるティーガー1の装甲を抜こうと思えば、超至近距離まで近づく必要がある。それも、足の遅いマチルダやチャーチルで。
ちなみに我が校のチャーチルは75mm戦車砲を搭載したマークⅦという型式で、最大装甲は152mmという重装甲っぷりだが、装甲を増やした関係で初期生産型よりも更に遅くなって最高速度は路上でも20km/h程度、不整地では13km/hという鈍足ぶりである。なお、黒森峰のティーガーⅠは路上で約40km/hとおよそ倍、純粋な追いかけっこでは勝ち目がない。
…コメットとは言わないから、せめてブラックプリンスかチャレンジャーを頂戴。この際、クロムウェルでもいいけれど、相手にティーガーがいるかと思うと複雑ね。黒森峰にヴィットマンがいないことを祈りましょう。
…また話題が逸れたわね。
「マチルダ2を4輌、チャーチルを1輌よ。これでいきましょう」
「チャーチル、ということは、ダージリンも参加するつもりですか?」
「あら、仲間はずれなんて寂しいわ、アッサム。ねぇ、ペコ」
「え、ええっと」
話題を振ってやると、準備をしていなかったのだろう、オレンジペコはあわあわと慌てだした。
こういう仕草はとても可愛いのだけれど、聖グロの未来の隊長候補としては頼りない。尤も、自分が一年生だった時はどうだったろうか。おそらく、たいして変わらない。少しばかり背丈が高かったくらいだろう。
「ダージリン、あまりペコを困らせるべきではないわ」
「ええ、そうね。ごめんなさい、ペコ。少しからかいたくなってしまっただけなの」
「いえ、私こそ、うまく返せずすみません」
ペコがしゅん、と小さくなって謝った。本当に素直な娘だ。やはり、もう少し揉んでやらなければいけないだろう。そうでなければ、あの魑魅魍魎うごめくOG会とはとてもやっていけない。あと一年もないけれど、存分に私の背中をみせてあげるとしましょうか。
教育とは、人々が知らないことを教えるのではなく、実例によって道を拓いてやる不断の困難な仕事である。
「…それでダージリン2号ができあがったら、後輩たちはいたたまれないわね」
「あら、何かおっしゃって?」
「いいえ、何も。それで、本当にダージリンは参加されるのですね」
「勿論よ。当然、あなたたちや、ルクリリにも出てもらうわ。ニルギリにも声をかけてちょうだい」
「クルセイダーを出さないだけで、ほとんど一軍メンバーじゃないですか」
ペコが驚いたように言った。
そういえば、相手が大洗という無名校だとは伝えたが、そこに誰某がいるとは話していない。肝心要の隊長の名前を伝えていなかった。
これでは、まるで弱いものいじめのように見えてしまったかしら。
「獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くす、と言うでしょう。それに、相手には西住まほがいるんですもの。獲物は、兎ばかりとは限らないわ」
「西住まほ!それは、本当ですか?ダージリン様!…あ!」
ただでさえ大きなお目目をさらにまん丸にして驚くペコ。そして、すぐに自分がはしたないことをしたと気づいて、顔を真っ赤にする。またも、すみません、と頭を下げた。
ふふふ。この可愛らしさは、できれば無くさずにいたいわね。いえ、それではOG会におもちゃにされてしまうかしら。
あちらを立てればこちらが立たず。
なかなか思った通りにはできないものだわ。
「ええ、本当よ。まさか、アッサムでも足取りを掴めなかった西住まほが、大洗にいるとは予想外だったけど」
「てっきり、他の強豪校に行ったものとばかり」
「スカウトという形で?それは、西住流が許さないでしょう」
西住流と黒森峰に太いパイプラインがあることは、もはや公然の秘密だ。明言をしないだけで、隠すということもしていない。わざわざ他校の助けになるようなことはしないだろう。
そもそも、よく転校を許したな、というのが率直な感想だ。
姉に劣るとはいえ、彼女も優秀な戦車乗りだったことに疑いはない。昨年の決勝での行動には、確かに驚かされたりもしたが。
貴重な戦力を手放す。その思惑が掴めない。姉と妹で、チーム内に派閥でもできていたのなら、勢力争いの結果で追い出されるというのも分かるのだが、あの西住みほを擁して、そんなことはあり得ないだろう。
あれとチームを二分できるほどの傑物が、他にいて堪るものですか。
「理由は分からないけれど、西住まほが大洗にいることは事実。彼女の名前を出してこちらを釣り出したのだから、これで嘘でした、とは口が割けても言えないでしょうね」
いや、案外電話の向こうにいた相手なら平気でそんなことを言うような気もするが。いざとなれば、風聞を気にせず、手段を選ばない。そんな空気を感じたのは確かだ。
むしろ、空手形を切るのは、イギリスのお家芸である。私にも覚えがあった。案外気が合うかもしれない。
だからと言って、それを許すかどうかは別の話だが。
それはそれ、これはこれ。
私は、約束を破られることが、何よりも嫌いだった。
「ペコ、ティーセットの準備をお願いできるかしら」
「ダージリン様、それは」
ペコが困惑したような声を出す。
それもそうだろう。私の発言の意図を察すれば、眉をひそめて当然だ。ペコは素直すぎるというだけで、馬鹿ではない。
今ここで言うティーセットとは、お茶会に使うためのものでなく、誰かに送るためのティーセットを指していた。
つまり、聖グロ伝統の、好敵手に送るためのティーセットである。
「きっと、西住まほがいるのなら、つまらない試合にはならないでしょうから」
私の期待を、どうか裏切らないで頂戴ね。
3.
「…ずいぶんと、個性的な戦車ですわね」
試合当日。相対するように並んだ5輌の戦車。
いや、それを戦車と認めていいものか。
これでも戦車道チームの隊長を務める身である。世に数えるのも億劫になるくらい戦車の種類はあれど、大抵の戦車は、名前を言い当てるくらいのことは造作もない。
だから、目の前に並んだ5輌の戦車も、当然知らないはずはなかった。
しかし、これは知らない。
私は、
手に持ったティーカップを危うく落としてしまいそうになった。
ふざけてペンキでもぶちまけたのかと問い詰めたくなるほど、全身隈無く趣味の悪いショッキングピンクに塗りたくられたM3リー。
車体の前部を赤、後部を黄色に塗られ、砲身を青と白のだんだら模様に彩られた、歴史感をごちゃまぜにされたような三号突撃砲。車体の前面には、ローマの国章である鷲が描かれ、側面には六文銭やら四つ割菱やら二曳やら左三つ巴やら、もう好き勝手にあしらわれている。そのうえ、幟が四本も立てられて、ひらひらと風に揺れていた。
そして、一見まともな色合いの八九式中戦車は、側面に大きく「バレー部復活」の文字。戦車道はどうした、と言いたくなる。いや、そもそも、戦車道の試合に八九式って…。え、どうやったら戦力になるのかしら。
最後に極めつけは、成金趣味かと疑う、目に痛いほどの黄金色に輝く38tだ。黄色ではない、黄金色である。耐ビームコーティングでも施しているのかしら。中にはきっと、サングラスをかけた凄腕が乗っているのだろう。
とにもかくにも、本来の迷彩色を失っていないⅣ号を見て、ほぉ、と安心感を抱いてしまうくらいには、異常とも言える光景が広がっていたのである。
これは、もはやユーモラスの一言で片付くようなものではなかった。
見れば見るほど珍妙というか、言葉にできない。
ああ、いけない。これ以上は笑ってしまう。はしたなく声をあげて笑ってしまう。
だって、これは、
もしこれを、西住まほが指示したのだとすれば、私のなかで彼女の評価を二段階ほど上げることになるだろう。
人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。
逆を言えば、笑いながらこぶしを握ることはできない、ということになる。
こんなことを試してやろうとか、こんな風にしてやろうとか、そういう事前の心構えなんかが、一切合切消えてなくなってしまうのだ。
騎士道精神だとか、正々堂々だとか。そういったことを言葉にするのが恥ずかしくなってしまう。だって、なんだか空回ってるみたいじゃありませんの。
思いがけない先制パンチですわ。
西住まほ、意外に侮れない。
ただ、こちらの気概を削ぐ、という効果は一定以上見込めるのだけれど、それじゃあ実際の試合に使う、となると、これがなかなかに難しい。
なにせ、Ⅳ号以外の戦車は、迷彩なんて概念をどこかに投げ捨てて、まるでパレードの様相だ。ああも派手な塗装で走り回っては、岩陰に隠れようと、木の生い茂る森の中であろうと、嫌でも視界に飛び込んでくる。38tにいたっては、暗闇の中でも光っていそうなくらいだ。
また、砲塔を回せない三突の場合は、待ち伏せをして、その強力な砲弾を撃ち込むのが常套戦術であるが、ひらひらと風に揺れて主張する幟を四本もつけるなど、車高が低く隠れやすいという折角の利点を捨て去るような行為だ。要するに、ここで待ち伏せしていますよ、と相手に知らせるようなものである。もはや狂気の沙汰としか思えない。
果たして、肝心の戦車がこんな有り様で、どんな策を用意しているのだろうか。そもそも勝つつもりがあるのか疑わしいくらいだが。
「本日は、急な申し込みにも関わらず、試合を受けていただき感謝する」
「こちらこそ、面白いものをみせてもらいましたわ。できることなら、今日得るものが、これだけでないことを期待しています」
声を発したのは、片眼鏡の少女だ。
ずいぶんと肩肘を張っているというか、嘘の匂いがする。いつも冷静なしっかり者。そんな自分に憧れて、酔いしれて、演じている。なんとも剥がれやすそうなめっきだ。
電話口の少女、彼女ではないわね。
他に四人が、相対するようにそれぞれ戦車の前に立っていた。
向かって左から、これといって特徴のない少女。少し幼さが残るから、一年生かしら。その隣に、先程の片眼鏡。真ん中が軍用ジャケットを制服の上に羽織った奇天烈な格好の少女。頭にはドイツ陸軍のものを模したと思われる帽子を被っている。そして、その隣に、背の小さな少女が体操服を着て立っていた。小さいと言っても、プラウダの隊長ほどではないが。
戦車道をはじめたばかりの学校だから仕方のないことだけれど、体操服で戦車に乗るのはどうなのかしら。動きやすいのかもしれないけど、見ているこっちは、危なくてしょうがない。各校が、わざわざ制服や運動着とは別にパンツァージャケットを用意するのは、それなりに理由があるのだ。
さて、そして、向かって一番右端。
この場で唯一、見覚えのある顔があった。
「お久しぶりね、西住まほさん」
「どうも」
しかし、なんというか、相も変わらず覇気がない。
姉を見習えとは言わないけれど、その眠たげな目つきを隠すくらいの努力はしたらどうなのかしら。
「まさか、黒森峰から大洗に転校しているとは思いませんでしたわ」
「ええ、まぁ。色々ありまして」
「大洗はどうかしら。熊本とは、やはり違う?」
「どうでしょう。よくわかりません」
これを西住みほがやっているなら、かわされている、とでも表現したでしょうけど、妹のまほさんが相手だと眠たいだけとか、何も考えていないというのが分かってしまってつまらないわね。
「今日は、あなたがいると聞いて、とても楽しみにしていたのよ」
「そうですか。それは、光栄ですね」
暖簾に腕押し。ぬかに釘。
まったくもって、好みでない。
彼女には、もう少し会話を楽しもうという心意気はないものかしら。
せめて、光栄と言うなら、それらしい表情を浮かべてほしいものだけど。
こうも流されてしまうと、プラウダの嫌みったらしい挑発の方が、反応がある分だけ幾分ましに思えてしまう。無感動というのもつまらないものだ。
やはり彼女は、カタ過ぎる。
そう、思っていたのだけど。
「今日は、胸を借りるつもりで挑ませてもらいます」
「…へぇ」
薄く。本当に薄くだが、笑っていた。
それも、ほんの一瞬のことだったが、けれど、きっと見間違いではない。
挑戦的な、あるいは、好戦的な笑みが見えた気がした。
それは、黒森峰にいた頃の彼女には考えられなかったものだ。
今すぐにでも戦車に乗りたい、遊びたい、そんな子供染みた感情の発露。
きっと、大洗で手にいれた、熱のようなものだった。
「天下の西住流に、貸せるものがあったとは。これは、自慢に思ってもいいものかしら」
「え?ああ、ええと」
うん?何を急に慌てているのかしら。
…ああ、そういえば、彼女は今、西住流を出奔しているようなものだったわね。
前言撤回。まだまだぎこちないけれど、なかなかどうして可愛らしい反応を見せてくれるじゃないの。
「ふふ、いい試合にしましょうね」
一歩を進み出て、右手を差し出す。
ぎゅ、っと握り返した彼女の手には、しっかりと血が通っていた。
「…ふぅ」
「あら、どうかしたの?オレンジペコ」
挨拶を終え、互いに背を向け合い、戦車に乗り込もうというときだった。
隣を歩くオレンジペコが、いかにも安心したという息を吐いた。
「え、いや、その。緊張してしまって」
「あら、どうして?」
オレンジペコは幹部候補であるが、同時に経験の浅い一年生だ。とはいえ、中等部でも戦車道を履修し、それなり以上に活躍していたはずである。だからこそ、私直々にスカウトに出向いて、オレンジペコの名前まで与えた。それが、今さら試合に臨むためだけに緊張をするだろうか。
「だ、だって、西住まほさんですよ?中学MVPの。こう、さすがは西住流というか。立ち居振舞いも堂々としたものでしたし、風格があったというか」
「…ペコもまだまだねぇ」
「はいィ?」
ふるふると頭を振る。
がっかりだわ。本当にがっかりだわ、オレンジペコ。
いえ、これはペコばかりではないのでしょうね。
ルクリリやニルギリを見ても、ペコと同じように萎縮しているような表情が見てとれる。
名前や前評判に踊らされるようではまだまだね。
「もっと人を見る目を養いなさい。知らないという口実は、決して責任を消滅させるものではないのだから」
「…覚えておきます」
「そうして頂戴。年長者の言うことは、『大抵』正しいものよ」
ペコは、何かを言いたそうにしたが、結局は言うのを止めたらしかった。
あらあら、少しからかい過ぎたかしら。へそを曲げられたら困るし、あまりイエスマンになられても嫌なのよね。私が彼女に期待しているのは、そういうところじゃないのだけど。
それはともかく、西住まほが少し変わったというのは確かかしら。
ペコが言うほど風格どうこうというのはないにしても、以前のままだと思っていては痛い目を見るかもしれない。
無名校だったというのが幸いしたのだろうか。色眼鏡で見る人が以前よりもずっと減ったのだろう。
そうすれば、なんということはない。ただ、人より少し能力が高いだけの高校生なのだ。そんなに大それた英傑や偉人やスーパーマンというわけでもない。
そんな当たり前のことを、誰にも信じてもらえないということが、彼女の何よりの不幸だった。
後ろから、わずかに聞こえる。
もっと隊長らしくしっかりしろ、だとか。
いや、なかなかに格好よかったぞ、だとか。
そんな、黒森峰にはなかった気安い空気と談笑だ。
西住まほと西住みほは違う。
あれは、上が下を引っ張る戦車道だ。
圧倒的なカリスマと、自信と経験に裏打ちされた冷徹な指揮でもって、一個の軍団をまるで生き物のように動かし、敵を撃滅する。例えるなら、オーケストラの指揮者だろうか。
けれど、それは彼女に似合わない。
だって、
彼女のそれは、下が上を支える戦車道。そうあるべきだった。
しかし、見本が姉や母の戦車道しかなかったのなら、それに気付けるはずもない。なまじっか真似をする技術が高かったものだから、そのことに周りも気づくことができなかった。西住という名前のせいもあったのだろうけど。
岡目八目というけれど、だからこそ私には気づけたのかしら。
…いいえ、違うわね。
大洗には、そういう理解を邪魔する偏見とか先入観みたいなものがなかった。風土というか、気質というか。そういうのも関係しているのかもしれない。
彼女たちには、西住まほの本質が見えている。
等身大の西住まほと向き合っている。
それが黒森峰では違った。
大きく膨らんだ、西住まほのイメージしか見えていなかった。見られていなかった。
ペコのように、ルクリリのように、ニルギリのように。
何か、途轍もなく凄いもののように錯覚されていた。
だから、彼女は黒森峰にいた頃よりもずっと気楽そうに見える。
仲間たちが前でも後ろでもなく、ましてや観客としてでなく、自然な様子で彼女の隣にいる。
きっと、そのおかげでしょうね。前よりも、ずっと。
「からかい甲斐が増えた」
「…ダージリン様は、少し他人で遊ぶのを控えられたほうがいいと思います」
「あら、心外ね」
最も長生きした人間とは、最も年を経た人間のことではない。最も人生を楽しんだ人間のことである。
「私は、楽しんでいるだけよ。純粋に」
あなたもそうでしょう、西住まほ。
戦車道が楽しくなった。笑う理由なんて、そんなものよね。
ダー様と言えば、紅茶、格言、お嬢様口調。
全部盛り込んでみましたが、どうでしょうか。難しいですね。
間違っていたら、こっそり指摘してください(特に紅茶関連)。