狼が斬る   作:hetimasp

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葦名の狼、帝国に流れる。


00プロローグ 彼岸の向こう側

狼、あるいは隻狼。

そう呼ばれた忍びがいた。

戦場跡地で大忍び梟に拾われ、忍びとしての修練を積んだ。

やがて主を守るために奔走し、義父より教えらた鉄の掟、親は絶対、逆らうことは許されぬという掟を破り、主である竜胤の御子九郎の目指す不死断ちを完遂するべく刃を振るい続けた。

だが、ある時偶然聞いてしまったのだ、主の、九郎の「為すべきことを成すのだ」という言葉を。

その後、恩人あり協力者であった薬師のエマと相談し、ついに人返りの術を見つけるのだが、それには大きな代償を払わねばならなかった。

竜胤の力を受けた者の死。すなわち狼の死である。

狼という忍びは、ある意味では忍びらしくない忍びだった。

鉄の掟を破り、主の目指す不死断ちとは違う結末を模索する。

鉄面皮の中で大きな感情を燻ぶらせる人間であった。

不愛想であるが、どこか憎めない。

そう評価した剣聖が最後に立ちはだかった。

葦名という国のため。

そう言っていたが、本心は違っただろう。

剣に生きた剣聖は、最後に狼との死闘を望んだのだろう。

その末、剣聖は敗れた。

最後の最期まで戦いに生きた剣聖は狼に介錯を望み、狼はそれを成した。

そして時は来た。

竜胤の御子、九朗の人返りを成すべく、彼は竜の涙と常桜の花を飲ませた。

静かに眠る主を前に狼は背負った不死切り『拝涙』を抜く。

「最後の不死を、成敗いたす」

狼は刃を己の首に当てた。

ここまで来て多くの情景が流れる。

葦名を生かすために戦った弦一郎を初め、偏屈だが世話焼きな仏師。

多くの出会いを経て、あるいは失ってここまで来た。

「人として、生きてくだされ」

その言葉の後、狼は自らの首を刎ねた。

短く、しかし長い戦いが終わったのだ。

そう、終わったはずであった。

 

 

(何故、生きている)

見知らぬ建物の中に、狼は佇んでいた。

ススキの生える平原ではなく、まるで知らない建物であった。

己は自刃して死んだはずであった。

だが現実は死んでおらず、首はつながっている。

自身の状態を確認する前に何者かの気配を感じた。

狼は身を低くして物影に隠れる。

ちらりと様子を見ると太った男と小さな子供がいるところが見えた。

服装から鑑みるに、相当高貴なものだと思われた。

会話をしているようだったので、聞き耳を立てるように手を耳に添えた。

「大臣よ。よく働いてくれた」

「いえいえ。これも帝国のため、ひいては陛下のためでございます」

「しかし、最近不穏な動きが多い。申し訳ないがこれからも頼むぞ」

「はい。陛下の国。必ずや守って見せましょう」

会話の最中でも食べ物を手放さない大臣と呼ばれた男はにこりと笑って見せた。

狼はその笑みを見て真のことを言っていないと確信できるほどの何かを感じた。

義父がそうしていたように、この太った男にも何か隠していることがあるのだろう。

大臣はそのまま去って行き、残るは陛下と呼ばれた子供のみであった。

なんとも不用心な。

狼はそう思いながらも、不思議と体をさらしていた。

「・・・・・」

特に考えていた行動ではない。

反射に近いものだった。

陛下と呼ばれた子供の前に現れ、跪いた。

「何者!」

無論子供は突然現れた不審な男をみて声を上げる。

「・・・・・」

対して狼は何も言わずに跪いただけであった。

狼は自身の主、九郎を思い浮かべていた。

小さい身でありながら気丈で、狼を気遣っていた主。

「?」

何も言わず、だからといって何もしない狼を怪訝な目で見る子供は身を引きながら観察をしているようだった。

「陛下!何かございましたか!」

そうしているうちに声を聴いて駆けつけた兵士が部屋へやってきた。

「そやつ。いつの間に」

兵士たちは警戒の中ですり抜けるようにして狼がやってきたと思ったのだろう。

抜刀して警戒する兵士たちに、子供は声を張り上げた。

「待て!こやつは我が忍びである!悪いが皆下がってくれ!」

狼はその言葉に驚いた。

見るからに怪しい自分を我が忍びと言ったのだ。

「陛下の?これは失礼しました!」

そういうと兵士たちはすぐに部屋を出て行った。

再び二人だけとなった空間で、子供は口を開いた。

「面を上げよ。この城に、余の部屋へ忍んで参ったのだ。なにぞ用があるのであろう」

「・・・・・明かせませぬ」

「明かせぬとな?」

「は。しいて言うならば、わが生涯の主に似ていたからでしょうか」

「何?」

「・・・いえ。戯言にございます」

狼は我ながら馬鹿なことをしたものだと思った。

何より、この子供を自分の主に見立てたことが愚かであった。

九朗とこの少年は違うのだ。

僅かながら残っている狼の心残りがそうさせたのだろう。

「ではこの城に参ったのは、そなたの主に似ていたから入ったというのか?」

「・・・・・」

「ふむ。本当に何もする気がないのか。面白いものだ」

「は」

「そなたの主。いかなるものか話して見るがよい」

「は」

狼は九朗と自分の走って来た道を話した。

一時は九朗を失い、腑抜けていたこと。

不死断ちのために険しい道のりを奔走したこと。

九朗はおはぎを作ることが上手いこと。

責任感があり、不死断ちで己が死ぬことを秘していたこと。

狼がそれを望まず、薬師のエマと人返りの術を探したこと。

そして狼の最期、人返りの術を行使し、自らの首を刎ねたこともだ。

「ではそなたは一度死んだと申すのか」

「はい」

それは狼が間違いないと断言できるものだった。

自分は幾度となく死んだが、不死斬りを用いての自刃だ。

生き返るはずがない。

そう思っていた。

「そなたの話が本当ならば、なんと見事な忍びか。私もそなたのような者を臣下にしたいものだ」

「・・・・・」

狼は自分が見事な忍びだと思っていない。

むしろ掟破りの忍び。抜け忍に近いだろう。

なにせ、親である梟の掟を破り、さらには九朗の思い描く終焉とは違う形で不死断ちを行ったのだから。

そんな忍びを見事といえるのは自分を知らない者たちだけだろう。

「どうかしたのか?」

「いえ」

「そうか」

まるで何も知らない少年は陛下と呼ばれていたことから、この国を統べる存在なのだろうと考察できるが、先ほどの太った大臣が気になった。

「そなた。これからどうする気であるか」

「・・・・・」

当てはなかった。

既に自分の為すべきことを為した狼は、もはや役目などなにもない。

自由だった。

だが、その自由が寂しく感じられた。

井戸底にいたときの腑抜けに戻ったかのようだった。

「ありませぬ」

「何?」

「既に不死断ちは終わり、為すこともありませぬ」

初めてのことだったから分からなかった。

狼はまるで子供が迷子になった状態ともいえた。

やるべきことは梟が教えてくれた。

仕えた主は人返りを果たしている。

そこでふと、狼はここがどこなのかが気になった。

もしかしたら九朗がどこかにいるのかもしれない。

「お尋ねいたしてもよろしいでしょうか」

「構わぬ。余に答えられることなら」

「ここは、一体どこなのでしょうか」

「むう。どう説明したらよいか分からぬが、ここは帝都。余の統べる国である。申し訳ないが、葦名という国は聞いたことがない」

「そう・・・ですか」

葦名は既に終わりを迎えていた。

故に九朗の身に何かあるやもしれない。

そう考えた狼であったが、この小さな皇帝は何も知らないという。

万策尽きたかのような状況にあるといっても過言ではなかった。

「もしよければ」

少年が声を掛けた。

「余の忍びにならぬか?」

 




葦名と帝国はどうあがいても滅びる。

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