狼は苦悶しながらも攻撃してくる女の銃撃を弾き、ナハシュへと迫る。
復讐者たちはよほどの怨嗟に満ちていたのだろう。
苦しみの表情からそれが察せられる。
「やめろ!この音を止めろ!」
「・・・・・」
狼はこれほど大人数を相手にするのは向いていない。
だが、怨嗟を持つものなら話は別になってくる。
かつては鬼となった仏師を斬った狼である。
今回はそれよりも難しくはない。
だからといって油断していいわけがない。
「ナハシュ・・・」
「貴様・・・俺の何を知っている・・・」
「かつて、葦名流を教えたのを忘れたか・・・ならばもう一度その身をもって知るといい・・・」
狼は葦名流・一文字二連を繰り出す。
愚直に防御するナハシュはその刃の重さに体幹を崩しそうになる。
「弾け・・・流水のごとく」
狼は今まで教えたように攻撃を繰り出す。
あの時とは違い、今度は真剣である。
「葦名流は勝つことを一事とした剣・・・行くぞ・・・」
激しい剣撃の応酬。
ナハシュは確かに強いが、自分より強い者を相手にし続けてきた狼は弱いが強い。
矛盾したようであるが、狼はそれを体現していた。
「ぐぅ」
とはいえナハシュも強い。
幾度か危ない攻撃をもらいそうになっていた。
だが退かない。
迷えば敗れる。
ナハシュはもはやまともではない。
あの子らと戦わせるわけには行かないだろう。
そんな情が狼に隙を作りださせたのかもしれない。
苦悶から解放されつつあった復讐者たちが復帰し始めていた。
「・・・何事だ!」
敵の増援もやってきた。
頃合いか・・・。
狼はこれ以上の攻撃を諦め、撤退することにした。
撤退は呆気ないほど上手くいった。
敵と敵の間をすり抜け、同士討ちを誘うように間を縫い、時に『霧ガラス』や『爆竹』などを使用して革命軍のアジトから逃げ出した。
流石にそれなりの負傷はしたものの、丸薬を飲んで少ししたら傷はふさがった。
今度の戦い。
相手にナハシュがいる以上、子供たちに戦わせるのは上策ではない。
必ずや迷いが生まれ、そして斬られる。
己が斬らねばならぬ。
狼は一人山の中、決意を固めるのだった。
「あっちは大丈夫かね」
ゴズキはアカメと密偵を片付ける傍ら、独りつぶやいた。
ゴズキにしては珍しい心配だった。
その呟きが聞こえたのか、アカメはゴズキを珍しいものを見るような目で見た。
「俺だってあいつを心配することくらいあるさ」
「先生は・・・」
「どうした?」
「先生は今の帝国を見てどう思っているのか気になって」
「・・・・・」
「陛下の忍びと言っていた。なら、もっと思うことがあるんじゃないかと」
「アカメ。今は任務に集中しろ」
「・・・・・」
「あいつも現状がいいとは思っていないさ。ただ、ちょっと不器用なんだよ。さっさと大臣をやっちまえばいいのに、あいつは陛下が傷つくといってできないんだ」
ゴズキは自分でも言ってはならないことを言ってしまったことに驚いた。
「任務中だったな。さてやるか」
知らない間に狼の影響を受けてしまったのかもしれない。
ゴズキは頭をかきながら今度こそ任務に集中することにした。
「あれ以来・・・全く攻めてきませんね」
プトラの生き残り、ムディは寝転がりながらぼやいた。
たった一人で攻めてきた格好の得物だと思いきや、謎の笛の音によって感情をかき乱された。
二度目はないと警戒していたが、相手も馬鹿ではない。
同じように攻めてくることはなかった。
砦の警護も厳重になっているという事実もあった。
「わざと穴を開けてくれませんかね。ちょっとでいいので」
「断る!!」
頭領のスザクは断固反対した。
上ではドタバタと騒いでいる音が聞こえる。
「この騒ぎはマシロと姉妹だぞ」
「皆、元気を持て余しているようですね」
「膠着状態だ。どうする雑魚主人」
操られたナハシュが問うと、ムディは考えるそぶりを見せて言った。
「迎撃ではなく、攻撃に切り替えてみましょうか」
だが、あの手練れの暗殺者が気になる。
攻撃に行ったはいいが、あの笛の音で行動不能になればナハシュ以外に動けるものがいなくなってしまう。
外に出れば前回のように援軍が来てくれるということはないだろう。
「まあこちらも我慢の限界です。やってみましょうか」
ムディは憎悪の炎を滾らせながら言った。
「お前さん。それは本当か・・・」
「間違いない・・・」
狼は一度ゴズキたちの拠点へ戻ってきていた。
ゴズキにナハシュの生存を報告する他、怨嗟の炎を持つ存在がいたことを知らせるためである。
ナハシュが生きていることを知った面々は喜びに満ちた表情を浮かべたが、操られていると聞いた直後、複雑そうな表情をした。
敵対関係にある状態だからだろう。
「ついさっき、こっち側の密偵がやられていた。惨たらしく、復讐とか文字を書いてな。お前さん、よく無事だったな」
「怨嗟の炎にはこれがよく効く・・・」
狼は指笛『泣き虫』を吹いた。
「この音は」
「なんだか寂しいね」
「でも何だか安心するような笛の音だ」
それぞれが反応を示す中、狼は言わなければならないこと、だが言いたくないことを言うことにした。
「ナハシュは斬る・・・」
「狼さん!」
「・・・お前たちには荷が重すぎる・・・例え、操る先を殺したとて、傀儡が解除される保証はない・・・」
静かに言う狼に対して、ポニィは激怒する。
「チーフが生きていたんだよ!なのに斬るなんて」
「狼が正しいぜ。ポニィ」
ゴズキは狼の側に立つ。
「確かに、操っている奴を倒して正気に戻れば万々歳だが、あまり希望を持っていると、後が痛いからな」
「・・・・・」
狼もナハシュを斬りたくないという気持ちはある。
これでもナハシュの師なのだ。
だが、そう言って斬られては意味がない。
不死斬りが抜けたといっても竜胤の力が生きているとは限らない。
油断をすれば自分が死んでしまうのだ。
それでは陛下を守ることなどできない。
「明日からは革命軍の密偵をみっちり狩りだす。全員気を引き締めていけ!」
ゴズキと狼は全員が去った後、残って話し合っていた。
メンバーの編成についてである。
ゴズキはアカメと組んで動向を探りたいらしい、帝国への疑念がアカメを裏切らせるかもしれないからだという。
狼にとってはそれも受け入れなければならないことの一つだと考えていたが、国を思うゴズキと陛下を思う狼では意見が食い違う。
二人はそこには触れず、班の編成について話し合うのであった。
「お前さん。さっきの指笛もそうだが、様々な暗器を持っているんだな」
まさかあんな音色の笛があるとは思わなかったとゴズキは言った。
「皆、仏師殿に仕込んでい頂いたものだ・・・」
「仏師?」
「葦名にある荒れ寺の仏師。隻腕の仏師殿。あるいは・・・怨嗟の鬼となった仏師・・・」
狼は今度の戦いについて思いを馳せる。
犠牲なくして戦いに勝つことがでいるだろうか。
「今度の相手は復讐者たちか。まあ業の深い仕事だからなぁ」
「・・・己が斬ろう・・・」
「お前さん?」
「怨嗟を斬るならば、己が斬る・・・」
鬼を斬ったことがある故に・・・。
それを聞いたゴズキは複雑そうな顔をした。
この男が見せる珍しい表情だと狼は思った。
「俺の子供たちはそう簡単にはやられないさ。お前さんも見ていただろう?あいつらは強くなっている」
「・・・・・」
「分かっているさ。だが信じる以外にねぇ。そうだろ?」
「むう・・・」
狼は唸り声をあげた。
怨嗟が積りに積もった先である仏師は鬼になった。
それほどの力を持つ感情なのだ。
怨嗟、復讐心とは。
「明日は俺とアカメ、そっちは残りの連中全員だ。珍しく集団行動だからって、変なことをするなよ?」
昔、同業相手に大胆な情報収集をしていた狼は静かにだが唸った。
「最近はアカメの奴が帝国に疑念を抱いてきているからな。お前さんたちには悪いが別行動させてもらう」
「アカメも反抗期か・・・」
「ああ。親の言うことも聞きやしないかもな」
「己も・・・たった一度だけ反抗した・・・」
「へぇ。掟は絶対というのが信条のあんたがね」
「親は絶対。逆らうことは許されぬ。それを破った」
「・・・・・」
「最初で、最後の反抗だった・・・」
「俺たちもそうならないように気を付けないとな・・・」
「・・・・・」
狼は黙ってしまったが、ゴズキも慣れている。
黙って差し出された酒を、ゴズキは苦笑いをしながら受け取るのであった。
白い霧さえなければ狼さんの逃走は止められない。