狼が斬る   作:hetimasp

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この世界の怨嗟は炎を生むのか?


10 怨嗟斬り

 

 

翌朝、狼はグリーンたち四人と共に行動していたが、明らかに忍びといった装いで、しかも隻腕という怪しい人物が隣にいては仕事にならないということで、わずかに距離を置いていた。

向こうが仕かけてくるかは分からないが、どうにも心配である。

狼は密偵を探す子供たちを見ながら一人眉を寄せていた。

彼らは少々怨嗟を甘く見ている節がある。

怨嗟は確かに陰湿かもしれないが、思っている以上に熱いのだ。

戦場を焼け焦がす程に。

ポニィがきょろきょろと辺りを探しているが、あれでは密偵を探しているというより新しい場所に来てはしゃぐ子供のようだ。

だが、その挙動が止まった。

狼は人ごみに紛れてポニィの見ている方向を確認した。

ナハシュである。

その瞬間、ポニィが駆け出していた。

まずい。

これは明らかな罠だ。

だが、こちらの感情を上手く突いた罠でもあった。

先日、ナハシュの生存を伝えていた狼であったが、ナハシュを斬ると宣言したのみで、他には何も言わなかった。

己の不愛想さを恨みながら狼はポニィを追いかける。

どうにも嫌な予感がした。

 

 

ナハシュを追っていくと、人気のない森の中へと入って行った。

狼は月隠で後を追い、隠れて様子を見ていた。

「ナハシュ!」

ポニィは必死に呼び止めた。

ナハシュも足を止めていたが、どうやら叫びが聞こえたからではないらしい。

奥から怨嗟を持つ四人の復讐者たちが現れた。

「お前の姿に反応するものがいれば引き連れてこいとは言ったが・・・。ここまで見事に釣れるとはな」

その一人であるマシロは辺りを見回して警戒する。

「あいつがいないな。気配を探れないか?」

「分からん。昨日より念を入れているらしい」

マシロとナハシュはやり取りをして、他は素性を確かめ合う。

ポニィは未だにナハシュへ語り掛けていたが、やはり記憶が無いらしく、知らんなと切り捨てられた。

ツクシは先手必勝とばかりに銃を構えるが、次の瞬間にはマシロが銃を構え、撃っていた。

金属のぶつかる音。

「・・・・・」

「先生!?」

「やはりいたな。だが、こうして目の前に出てくるとは」

狼は素早く移動して弾丸からツクシを守っていた。

「無事か・・・」

「はい。すみません」

「いい・・・」

その会話をしている数舜にも双子の復讐者がポニィとクロメに襲い掛かっていた。

ナハシュは主人の護衛なのか、ムディの側から離れない。

「貴様は一体何者だ・・・忍び!!」

「・・・己は怨嗟を斬るもの・・・」

珍しく名乗りを上げた狼は吽護の飴を噛みしめ構えをとる。

「怨嗟を斬るものだと・・・」

「ああ・・・昔、怨嗟の鬼を斬った・・・今度はその降り積もる炎を斬る・・・」

「やれるものならやってみろ。私は恋人をお前たちに殺されたんだ。必ず、お前たちを殺す!」

「・・・参る」

 

 

狼は葦名にて鉄砲砦と呼ばれる場所を強行突破したことがある。

苛烈極まる銃撃の嵐の中を通り、蛇の目の女と戦った。

強力な銃撃を放ち、筒を軽々振り回す彼女は強大な敵であった。

だが、今回の相手はそれよりも強かった。

指笛に注意をしているのか、狼に吹かせないように立ち回り、正確な射撃と力強い体術で狼に迫っていた。

防戦一方の狼を見てツクシが援護しようとするが距離が近すぎて誤射してしまいそうになる。

「強い・・・」

「・・・・・」

だが幾度となく死に、そして研鑽されていった狼はマシロの実力をもってして攻めきれるものではない。

狼は銃撃をいくつか受けていたが、それでも平然と戦い、隙を見ては丸薬や傷薬瓢箪で傷を癒していた。

さらには未知の忍具がマシロを大いに苦しめていた。

視界と聴覚を遮られる爆竹、多少の攻撃をものともせずに振り下ろされる斧、何より厄介なのが指笛だ。

この笛だけは彼女たちにとって致命的なため、必ず阻止していたが、それをも逆手に取ってくる。

マシロと狼の方で天秤が傾きかけていたその時、クロメがオールベルグの双子の一人を討ち取った。

皆、油断していたのだろう。

無理もない。

敵を一人倒したのだから勝てる。

そう思ってしまうのは無理もない話だ。

だが、怨嗟の鬼という怨嗟が降り積もった先を見ている狼は危険だと感じた。

その瞬間。

討ち取ったはずの敵が自爆したのである。

一瞬の隙をついてマシロはクロメの方へ銃を向ける。

撃たせまいと迫ったが既に発砲されていた。

クロメは間一髪で刀を犠牲に弾いたがこれ以上の戦闘は難しくなる。

狼が指笛を鳴らそうとするが、マシロに止められる。

「ぬう・・・」

銃撃を弾きながら狼は見た。

ナハシュがポニィを斬ったところを。

見てしまった。

瞬間、狼は爆竹を撒き、構える。

その構えは過去に義父が構えたものであり、一心が葦名無心流として昇華させたもの。

「!?」

爆音と煙の向こう側から突進してきた狼に、マシロは一瞬虚をつかれた表情を浮かべる。

『秘伝・大忍び落とし』

狼は突きをマシロに見舞う。

だが相手も強者、それは浅く切るにとどまる。

次に狼は相手を蹴り、高く舞い上がる。

そして降下しながら回転斬りを叩きつける。

一連の流れは空を舞う梟を連想させた。

「ぐぅ・・・」

一瞬の隙を得た狼はポニィの下へ駆け寄る。

ナハシュは自分が何をしたのか分かっていない、不思議そうな表情を浮かべていた。

狼はナハシュに肉薄しようとするが、相手はアカメたちの増援が来たことを知るや否や、撤退を実行することにしたらしい。

一太刀のみ切り結ぶも、すぐに距離を取られてしまった。

「お前たち。絶対に殺してやる・・・」

憎悪に彩られたもう一人の双子が狼たちにいった。

マシロは煙玉を焚いて視界を遮ると、全員姿を隠して逃げて行ってしまった。

「ポニィ・・・」

狼は近寄り、傷薬瓢箪を飲ませる。

傷はふさがったが、意識がない。

「ここまでか・・・」

狼は傷ついたポニィを抱きながら一人呟くのだった。

 

 

「分かっていたにも関わらず、この始末は中々じゃないか」

といいつつも未だに意識が戻らないポニィを見て心配そうにするゴズキ。

他の子どもの前では見せない、狼と二人だけの表情であった。

「怨嗟か。甘く見ていた。いや、俺も執念って奴を見たばかりなのにそれをこいつらに教えなかった。俺のミスだな」

「むう・・・」

狼は己の未熟さを呪う。

今まで一人で動いていたがゆえに周りに目がいかなかったせいだろう。

ポニィは傷つき、この状況になった。

「ナハシュ・・・」

「!?気が付いたか・・・」

狼は意識を確かめるようにポニィへ語りかける。

「生きている?」

「ああ・・・生きている・・・」

「狼に感謝しておけ。不思議な瓢箪でお前を助けてくれたんだからな」

「・・・ありがとう。狼さん」

「無事で・・・よかった・・・」

狼は一安心する。

意識が戻ったことを全員に知らせ、皆がポニィの部屋へやってくる。

家族とはこう、どこか安心するような人間なのか。

狼はポニィに話しかける家族たちを見てそう思った。

ポニィは自分が死んでいないのは、ナハシュの洗脳が完全ではないからだと語った。

確かに、狼の教え子であるナハシュは相手を仕損じることはなかったはずだ。

では、ナハシュを斬らずに済む方法もあるのか?

だが、それに固執してやられては・・・。

悩む狼をただただ面白そうにゴズキが見るのであった。

 

 

狼たちはしばらく待機することになった。

何でも、上層部から大規模な作戦が発令されたらしい。

その間、傷を癒すなり、修行するなりしていた。

狼は新たに帝具と手に入れたというクロメと知識以外にも力をつけたいというグリーンを相手に稽古をしている最中だった。

「はぁはぁ・・・先生・・・強い」

「まあ一対一だと負ける想像ができないよね」

グリーンはコテンパンにのされたクロメを見て苦笑いを浮かべる。

狼の扱う流派の内、葦名流と呼ばれる技がある。

とはいっても狼が使っているのは一文字二連というただ単純に刀を振り下ろすというものだが、単純故にその重さは想像以上だ。

かつてナハシュとアカメにも教えていた流派であり、彼女たちはすぐに習得していったが、このクロメも成長速度が速い。

また、八房という帝具は自分が斬った相手を死人返りさせるという凶悪な能力がある。

狼とは相性が悪いが、不死斬りを使うのであればどうかといったところである。

「クロメ・・・その薬はなんだ・・・」

狼は毎回飲んでいる薬について聞いてみた。

「ああ。これは強化薬で、身体能力を増強させるんですよ」

「そんなものが・・・」

このとき狼は阿攻の飴のようなものを想像していたが、グリーンが表情をこわばらせているところを見て、そのようなものではないと考えた。

「副作用はあるのかい・・・」

グリーンが控えめに聞くと、クロメはあると答えた。

常に服用していないと禁断症状が出る等のけして安全とは言えない薬のようであった。

「クロメ・・・」

「やめませんよ。私は」

「・・・己が掟か・・・」

「掟?」

「ああ、狼さんは己の掟は己で定めろって言っているんだ。まあ親父がなかなか許してくれなさそうだから難しいけどさ」

「へぇ。先生はどんな掟を定めているの?」

「我が生涯の主の下へ戻ること。陛下をお守りすること」

狼は木刀を大きく振って旋風を起こす。

「そのためには、お前たち子らを生かさねばな・・・」

狼は再び構えた。

「・・・参れ」

 

 

狼とゴズキはナハシュとマシロを相手に取ることになった。

この二人の強さは別格であり、子供たちには別の相手、ハクバ山に潜む革命軍の首領を討つ手はずとなっていた。

どうやってあの要塞から敵を炙り出すのか不思議だったが、その方法があるというので狼は黙った。

潜む茂みの中、大勢の軍隊が城塞から出て行く様子が分かる。

何やら焦燥の様子を見せていたが、一体何があったというのだろうか。

狼は音もなく刀を抜き、警戒する。

そろそろ指揮官が近くなる。

時は来た。

クロメが八房を起動して死人たちを前線に出す。

ゴズキも初めから全力で敵を相手にし、徐々に数を減らしていった。

だが、ナハシュとマシロの連携に一瞬で足止めされてしまう。

「させん・・・」

狼は陰より忍び寄ってナハシュの背後を取る。

だが、教え子の本能とでもいうべきか、奇襲は止められてしまう。

「見事・・・」

「お前、お前を見ていると頭が・・・」

「ナハシュ・・・」

狼は刀を収め、構える。

「お前に記憶があるのなら、退け・・・退かぬのなら・・・斬る」

ジリジリと距離を詰める狼に対し、ナハシュは気圧されるように後ろへと下がる。

ゴズキの方も苦戦しているようで、思うような戦況が作りあげられていないらしい。

本来であれば、マシロを狼が相手するはずだったが、ゴズキの子供を斬らせるわけには行かない。

狼の心がそうさせたのだ。

「行くぞ・・・ナハシュ・・・」

だが次の瞬間。

ナハシュは苦悶の叫びを上げ、どこかへ走り去っていった。

アカメがムディをやったのだろう。

その後を追う前に、狼はマシロへと狙いをつける。

先ほどとは違い剣気をためる。

鋭い剣気が辺りの空気を歪ませる。

それに気が付いた面々は狼が何かしようとしていることが分かった。

分かったところで遅かった。

『秘伝・竜閃』

その剣気をためて放ったもの。

唐突に来た真空波を寸のところで避けたマシロであったが、次に来た衝撃波には面を食らって大きな隙をさらしてしまう。

それを見逃すゴズキとグリーンではない。

グリーンは相手の武器を叩き落とし、ゴズキは肉体操作で変幻自在の攻撃を浴びせる。

防戦一方となったマシロは、ついに体幹を崩してしまう。

その瞬間を狼は待っていた。

素早く近寄り、心臓に刃を突き立てる。

「まだだ。まだだぁぁ!!」

一瞬の隙、それが狼にはあったのだろう。

心臓を貫いた刃をものともせず、深い執念が体を突き動かした。

狼の首を掴み、地面へと叩きつける。

「ぐぅ!」

心臓に刃が刺さったままだというのにまだ動いている。

見事。

狼は心中で称賛しながら地面を転がり追撃を逃れる。

手には刀がない。

「殺してやる・・・コウガの恨み!ここで!」

「・・・・・」

まるで怨霊であると狼は感じた。

怨霊を斬ったことがある狼は、それでも恐ろしいのは人間だと思っている。

怨霊も、元をただせば人間。

業が深くなる。

「・・・御免」

「・・・ぁ・・・」

決着は一瞬だった。

悲し気な音色が響き渡る。

『泣き虫』。

怨霊の類を苦悶させるその音色は怨嗟の炎を少しだけ静める。

その少しだけ静められた怨嗟の炎は、マシロにとって何よりも致命的な一撃となった。

「・・・コウ・・が・・・」

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

マシロ。

彼女はコウガの恋人であり、共に国を変えようと約束していた。

 

 

「街が燃えている?」

アカメの言葉につられるように狼はその方向を見る。

街は紅蓮に包まれ、煙を上げて燃えていた。

流石の狼も面を食らい、ゴズキの方へ視線を向ける。

「・・・・・」

ゴズキは黙ったままだった。

「それが作戦だからね。アカメっち」

背後からやってきた少年がそういった。

今回投入された部隊のリーダー格、カイリだ。

「今回の任務は反乱軍につながる者の処刑。あの街はハクバ山を支援していたのさ。うるさい役人やがめつい商人を倒してくれたってね」

だから処刑したのさ。

そう続けるカイリをよそに、狼はゴズキに詰め寄った。

「・・・・・」

「そんな顔をするなよ。任務だ。やるしかねぇ」

「・・・陛下は・・・」

「詳しく知らされていないだろうな。大臣がその辺を上手くやっているだろうさ」

「オネスト・・・」

狼は葦名という国を相手に戦いを挑んだ。

葦名は自分の国を愛し、狼の主である九朗に、竜胤に手を出そうとしたからである。

しかし、この国は葦名と比べてどうだろうか。

確かに葦名は異端の国だった。

変若水や竜胤に魅入られた葦名弦一郎。

しかし、彼は葦名を守ろうとする強い意志の上、狼に立ちはだかった。

一体・・・一体何故・・・。

守るべき陛下は大臣に踊らされ、国の民は目の前の光景のように焼き尽くされている。

怨嗟の炎。

かつて仏師が背負った業であるが、この光景は一体何の炎が焼いているのだろう。

己が斬るのは怨嗟ではないのかもしれない。

狼は静かに刀を収めた。

既に戦いは終わった。

斬るものなど、もはや存在しない。

 

 




この世界では怨嗟を焼くために炎を使った。
炎に炎を焚べるというのはおかしいと思わないのでしょうか?

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