狼が斬る   作:hetimasp

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言葉は便利である。
しかし、便利故に他の語り方があることも忘れてしまう。


11 語らい

革命軍討伐の任を終えた後、アカメは落ち込んでいた。

何でも、街には自分が剣術を教えた子供がいたらしい。

グリーンはそんなアカメを励ますように声を掛けていた。

狼には彼女に掛ける言葉が見当たらない。

己は守るべきものを炎で焼いただけなのかもしれない。

未だに肩を落とすアカメを見ながら狼は強者との戦いの記憶に向き合う。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

マシロ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

恋人と国を変えようとした彼女は鬼と化していた。

復讐に憑りつかれた彼女を、泣き虫の音色は何を見せたのだろうか。

それは彼女以外に知る者はいない。

 

 

負傷したポニィは治療を優先し、比較的軽傷で済んでいるアカメ、クロメ、ツクシ、グリーンは休む間もなく任務へと移ることになった。

「今回はお前さんに任務がある」

「・・・・・」

「陛下直々の命だ。大臣を通さずの」

「・・・・・」

「ナジェンダ。反乱軍の将校暗殺だが、おそらく護衛が付いている。取った情報も怪しい筋だ。国にスパイが紛れているだろうな」

「・・・・・」

「お前さんが先日の件についてまだ何かを思っているのは分かるが、これも帝国のためだ。それに今回は恐らく罠に近い。敵も馬鹿じゃあないからな」

「アカメを・・・」

「あ?」

「アカメを連れて行く・・・」

「・・・わかっちゃいると思うが、あいつは今不安定な状態だ。確かに実績があるが・・・」

「おそらく・・・ナジェンダの護衛に己の知り合いがいるだろう・・・。そのような予感がする」

「何?」

「剣聖、葦名一心」

「!?・・・そういえばいっていたな。国盗りの名人だったか?」

「あの御仁なら、アカメの迷いを晴らすことが出来るかもしれぬ」

「・・・反乱軍だぞ」

「一心様は、そういうお方だ」

しばしの沈黙の後、ゴズキはため息をついて降参した。

「そういうなら任せるぜ。実際、俺はあいつがどう転ぶか分からねぇ。お前さんに預けてみるのも悪くねぇかもしれねぇ」

「かたじけない・・・」

「だが、あいつが帝国を裏切ろうとするなら。俺は迷わず斬るぜ」

ゴズキは断固とした表情で言った。

「為せるものなら・・・」

狼は静かに、刀に手を添えながら睨む。

「やってみるといい・・・」

睨み合いが続き、やはりゴズキが折れる形でその場は収まったが、不穏な空気を残したままだった。

 

 

「アカメ・・・」

「先生・・・」

アカメにはやはり迷いが見られる。

あの街が焼ける光景がまだ忘れられないのだろう。

グリーンは今回の任務に反対をしていたが、狼が珍しく頼み込むと引き下がってくれた。

「暗殺対象はナジェンダ。しかし、護衛が少なくとも一人はいる。多ければ二人」

「先生、私は・・・」

「聞け・・・護衛の一人はブラート。もし、もう一人いるなら、一心様だろう」

「一心?」

「・・・革命軍の将。いや、剣聖、葦名一心。己の知り合いだ・・・」

「それは一体・・・」

「お前の迷い。晴らしてくれるやもしれぬ・・・」

故に行くぞと狼は端的に伝えて、準備をさせる。

元より話が上手な方ではない。

おそらく会えれば分かるだろう。

 

 

「帝国からの刺客だな」

ナジェンダは待っていたかのようにアカメと狼を迎えた。

「陛下より、命を受けたが故、お相手していただく」

「狼・・・まさか敵に回るとはな・・・そしてそいつが・・・」

ナジェンダはアカメの様子を窺った。

「子連れの狼とは珍しいのう・・・隻狼よ」

ナジェンダの隣に座っていた一心が楽しそうに言った。

「一心様・・・」

「ほう・・・なるほど、手練れのようだ。斬る前に名を聞いてやろう。名乗れ!」

「・・・・・」

「カカカッ。そういったところまで親に似たか」

「一心殿。今は敵同士、そのようなことをしている場合では」

「ああ。そのようだ。だが、話は別なのだろう。隻狼よ」

「は」

「先生?」

「フハハ。小童。お主も人斬りの才があるのだろう。であれば」

一心はすらりと刀を抜く。

「刀を通じて語らうこともできよう!」

鋭い剣気を浴びてアカメはとっさに刀を抜く。

「行くぞナジェンダ。ブラート。・・・さて、隻狼よ」

狼は刀を抜き、一心を見据える。

「その腕、錆びついていないか確かめさせてもらおう・・・参れ!」

「・・・・・」

 

 

狼は手裏剣を放ち、距離を詰める。

一心は容易く手裏剣を弾くと、狼に向けて鋭い剣撃を見舞う。

一振りが全て致命になりかねない鋭い一撃。

それを流水のように受け流し、弾く。

「葦名流。未だに覚えていたか!」

嬉しそうに刀を振るう一心はより一層激しい斬撃を繰り出す。

必殺の居合斬り。空を舞う斬撃。ただ愚直にしかし威力の高い一文字。

「インクルシオォォォ!!!!」

アカメの方でも戦いが始まったらしい。

狼はその援護が出来ない。

目の前の剣聖がそれをさせない。

「そういえば。鼠を斬ったらしいな。隻狼!」

一心は激しい斬撃を浴びせながら言う。

「よく斬った!褒美じゃ!見て、受けとれい!」

そういうと一心は一旦距離を置き、刀を収める。

どうやら先ほどまでのような居合斬りではないらしい。

「はぁぁぁぁ!」

一心の気迫で辺りが歪んで見える。

「行くぞ!隻狼!」

疾走する一心は狼めがけて居合抜きを放つ。

目で追うにはあまりにも早く、光ったと思ったら既に刀は鞘に納められていた。

辛うじて避けた狼であったが、刀を収めて隙だらけの一心を見て何か危険を感じた。

素早くその場を離れた瞬間、無数の斬撃が荒れ狂った。

逃れた狼を追うように一心は居合抜きを放つ。

鋭い斬撃が狼の守りを貫く。

「流石よ。一度、儂を殺しただけはある」

「・・・なんと」

狼はあまりの技に驚きを隠せなかった。

しかし刀は構えたままだ。

傷も深くはない。

まだ戦える。

だが・・・。

「ふむ。子が気になるか。隻狼よ」

先ほどの気迫を消した一心は面白そうに狼を窺う。

「迷いがある。じゃが面白い程洗練された動き。良き子を見つけたな。隻狼よ」

「親ではありませぬ・・・」

「たいして変わらん。ブラートとナジェンダを相手によく戦っておるが、このままでは敗ける」

「迷えば敗れる」

「そう。忘れていないようじゃな。隻狼」

アカメは迷っているのだ。

そんな彼女を見かねて狼は連れてきた。

一心達と会えばあるいは・・・。

「終いか。惜しいが、既にお主との決着はついておった。次を望んでおったが、あの瞬間の喜びは忘れられなんだ。それを穢したくはない」

一心は刀を収める。

攻撃するつもりはないらしい。

狼はそれを感じて自らも武器を収めた。

 

 

アカメの方を見ると、どうやら拮抗状態になっているが決め手はない。

一度撤退をするつもりなのだろう。

アカメは一瞬こちらへ視線を送った。

「おっと待ちな!逃げる気だろ?」

全身を鎧で包んだブラートがアカメに言った。

「もしお前に逃げられたら次は暗殺を決められる。そんな気がしてならねぇ」

決戦を挑む。

ブラートはそう言ったが、次の瞬間、槍を降ろした。

「そうなる前に話がしたくなった」

呆けるアカメ。

それを見て一心は笑った。

「カカカッ!まるで、お主に褒美の酒を与えたときのようだのう。隻狼!」

「は」

狼はかつて葦名弦一郎を斬った褒美としてどぶろくを一心より賜った。

ちなみにだが、そのどぶろくは一心に返すように振舞っていた。

「狼の子。そして赤い目。ククッ。そうよな。お主は赤い狼と書いて赤狼。隻狼と同じ名で呼ぼう」

呆ける彼女へ不用心に近寄る一心。

アカメは改めて刀を構えるが、そんなことにも構わず一心はアカメの顔をまじまじと見つめた。

「隻狼より言われたであろう。迷えば敗れる。そのような者に、斬られる一心ではないぞ。赤狼」

「そうだぜ。お前の剣筋からは迷いが見られる。全力でぶつかり合ったからこそ勘違いじゃねぇと言える」

アカメはブラートに、今の帝国に、仕事に納得がいってないことを看破された。

ナジェンダはそのブラートの言葉を信じ、帝国の非道を許せず革命軍に身を投じたと身の上を話した。

そのうえで、アカメに共に来るように言った。

無論アカメはそれも隙を出させるための嘘だと思っていた。

ナジェンダはそれも当然かというと、武器を完全に捨てた。

ブラートも鎧を消し去り、無防備な状態をさらす。

「中々の覚悟よ。天晴!」

一心は刀を置きこそしなかったが、手にかけていない。

戦う気が既にないのだ。

「先生・・・」

「アカメ・・・任務は失敗した・・・」

「先生!?」

驚くアカメを他所に、狼はナジェンダに跪く。

「陛下より、一心様と会う口実に襲わせていただきました・・・」

「・・・革命軍の動きとは別に、帝国の腫瘍を斬る人間がいると聞いていたが、やはり狼だったのか」

「陛下は国の安寧を望んでおりますが故・・・」

「赤狼よ。十分に語らったであろう。この国は既に終わりを迎えようとしている。皮肉よの。まるで葦名のようじゃ」

何か思うところがあるのか、一心は僅かに表情を曇らせる。

「よおし!赤狼!お主も鼠を斬ってみぬか?」

「一体何を・・・」

「最小限の犠牲で帝国を倒す。これが私たち革命軍の目標だ。特定の人間を狙って殺せるお前の技が欲しい」

ブラートも内部から何とかしようとしたが、無理だったと語る。

アカメはまだ迷っている。

だが、決心がついたのか、顔を上げてナジェンダを見据えた。

「帝国を倒して、その後どうするつもりだ?」

「民が平穏に暮らせる太平の世を作る」

アカメの手から刀が落ちた。

 

 

「まずは酒じゃ!」

そう言って一心は置いていたどぶろくに手をかけた。

「一心殿。酒が好きなのは分かるが、空気を読んでほしい」

「ハッ!戦に勝ったら酒を飲むのが当たり前であろう!まあ、その褒美の酒を・・・儂に返した馬鹿者もおったがの」

一心は狼をみて笑う。

「先生は一体・・・」

「己は陛下の忍び。陛下は国を思っておられる。時が来るまでは、己は陛下を守るために動くだろう・・・」

「こうして敵として出会うこともあれば、味方として戦うこともあるわけだ」

「この不器用な男にしては、中々考えた方であった。隻狼は主人に忠実であるように思われるが、その実、主人を守るために奔走する男よ」

勘違いされるが、忍びらしくない忍びよ。

一心は機嫌よく話した。

「カカカッ。儂の知る馬鹿者にもう一人増えたな」

「むぅ・・・」

唸る狼を他所に、一心は酒盛りを始める。

「プハァ!して赤狼よ。何が聞きたい」

アカメはソワソワしながら今まで思っていたことをすべて吐き出した。

その思いはナジェンダとブラートにはよくわかる気持ちだった。

そして憎むべき大臣達を誅するべく革命軍が動いているとも言った。

そのような語らいを見ている狼は、アカメの迷いが晴れたようで安心した。

「赤狼よ。これは戦である。お主が帝国を抜けるにも、また戦があるであろう」

「・・・・・」

「もう一度言う。迷えば敗れる。肝に銘じておけ」

その後、もう一人の革命軍の人間、ラバックと合流して今後、アカメを革命軍の幹部に紹介するということになった。

そのような待遇に驚いたアカメだったが、ナジェンダは一晩話して好きになってしまったと言った。

「任務に失敗して大丈夫なの?」

ラバックは心配しているようだったが、狼はその問いに答えた。

「承知の上だ・・・」

「え!?」

アカメは再度驚いたように狼を見る。

「ゴズキ殿には己から言ってある。もし、アカメが帝国を裏切るのであれば・・・斬るとも言っていた・・・」

「父さんと・・・何で・・・」

「・・・己の掟は己で決めろ・・・」

狼はアカメの目を覗き込むように見る。

「親子は・・・喧嘩もするものだ・・・」

かつて、義父、梟の命に背いた狼のように。

 




実は斜め前に歩くだけで避けられる秘伝の技。
初見ではそれに気づかずズタボロに斬られました。

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