殺されもするさ。
一体誰の言葉であったか。
「そなたが任を失敗するとは、余程の者であったか」
「一心様がいた故に・・・」
狼は陛下の部屋で二人、話をしていた。
陛下はナジェンダを本気で討伐するつもりだったらしいが、狼にはそのつもりはなかった。
狼もアカメと同様に帝国に不信を抱いている一人。
正確に言うならばオネストを暗殺するために動いている。
だが、オネスト自身、それなりの強さを持っている上、警護を厳しくしている。
竜胤の力が残っているか怪しい狼ではその警護を突破してオネストを討てるか分からなかった。
(御子様に、助けられ続けていたのだな・・・)
狼はかつて葦名を奔走した日々を懐かしんだ。
ことあるごとに死に、生き返りを繰り返した日々。
その果てに不死斬りにて自害した狼はまだ生きている。
九朗の人返りは無事に済んでいるのだろうか。
未だに心残りである。
「ほう。最近耳にするようになった。あまりに強い老剣士がいるとな」
「おそらく一心様かと・・・」
「惜しいな。帝国のために力を貸してくれればよいのだが・・・」
「・・・・・」
「まあよい。ご苦労であった。また任があるまで余の警護を頼む」
「御意」
狼は数日、何もない日々を過ごした。
陛下の警護といっても、危険種と呼ばれる猛獣が空を飛んでいる。
城の中は警備兵が常に巡回し、狼のような特殊な忍びでなければそう易々と入れない。
故に狼は昔の仏師が良く彫っていた仏を見よう見まねで作ってみた。
出来は悪いものだった。
形は歪で、左右のバランスも悪い。
狼の不器用さを表しているかのような仏の顔だった。
唸りながらもう一体彫っている最中、グリーンが狼の下へやってきた。
「狼さん」
「・・・どうした」
なにやら様子がおかしいようだ。
今までになく悩んだ様子のグリーンを見て、仏を彫る作業をやめて彼の方へ体を向ける。
「アカメが帝国を抜けると言っているんだ」
「・・・・・」
「でも、父さんはゆるしてくれないだろうし、ツクシや、クロメだって反対するに決まっている」
「・・・・・」
「僕は・・・悩んでいます・・・アカメと一緒に行くのか、帝国に残るのか」
「・・・かつて親に定められた掟を破った忍びがいた・・・」
「・・・・・」
「主の言葉さえないがしろにした馬鹿者だ・・・だが、後悔はしていないだろう・・・」
「狼さんは・・・一体」
「己の掟は己で決めろ・・・己は仏を彫るので忙しい・・・あとは好きにしろ」
狼は再び不格好な仏を彫る作業を始めた。
グリーンは果たしてどちらに行くのだろうか。
どちらにしても、それは茨の道に違いないだろうが・・・。
「ありがとうございました」
グリーンはそう言って狼の部屋を後にした。
聡い子供だ。
「死んではくれるな・・・」
もう誰もいなくなったその場所に、狼は独りつぶやいた。
今日は先客万来だなと狼は思った。
今度はゴズキがやってきた。
「へぇ。お前さんにそんな趣味があるとは思わなかったぜ」
「ゴズキ殿・・・」
「邪魔はしねぇよ。ほら、酒だ」
そう言ってゴズキは酒瓶を置いた。
以前の約束を忘れていなかったのだろう。
彼もまた律儀な男であった。
「前にナジェンダを殺せって任務があっただろう?あれ以来アカメの様子がおかしい」
「・・・・・」
「何があった。あんたも一緒に居たんだ。何もなかった。そんなことは言わないだろう」
「明かせぬ・・・」
「・・・まあ期待していたわけじゃあなかったがな。どうもあいつの様子がおかしい。もしものことがあったなら・・・」
俺はあいつを斬らなければならない。
ゴズキは狼を睨みながら言った。
「お前さんはどうなんだい。帝国の敵か・・・味方か・・・」
「己は陛下の忍び・・・それ以前に・・・」
御子様の忍びであった。
その言葉は呑み込んだ。
「己は斬ることしかできぬ・・・人を斬り・・・不死を斬り・・・怨嗟を斬り・・・」
だがしかし、子供は斬れるだろうか。
少なくなった教え子に刃を向けることは初めてだ。
意外と抵抗はないのかもしれない。
アカメは十分に育っている。
あれほどの技量を持つ忍びはそういない。
経験を積めばさらに強くなるだろう。
「そうかい。まあいいさ。アカメは監視されることになった。何か不審なことがあればすぐにでもあいつを斬る。あんたもそれは承知しておいてくれ」
「ああ」
「・・・不格好な仏さんだな」
「・・・ああ」
そしてその時は遠くない内にやってきた。
アカメは帝国を離反したのだ。
アカメはツクシと内密に話をしていた。
無論、その状況は監視されていた。
もし、アカメに離反の意志があれば即座に抹殺するための部隊も用意されている。
その中にゴズキと狼もいた。
狼は陛下の命により裏切り者を斬るように指示を受けていたからだ。
「・・・・・」
「意外と冷静なんだな。お前さんのことだ。もう少し眉間にしわを寄せると思っていたぜ」
ゴズキはアカメとツクシの動向を遠めに見ながら言った。
「・・・かつて、ありえなかった過去に義父と戦った」
「へぇ」
「己は親を斬った」
「・・・・・」
「ゴズキ殿・・・」
「なんだ?」
「子に斬られるのは・・・存外、心地よいものらしいぞ・・・」
「・・・そうかい・・・」
そんな会話をしているうちにツクシが合図を出した。
アカメは離反するらしい。
狼には分かっていたことだ。ゆっくりと刀を抜く。
アカメはツクシを気絶させると素早く逃げだした。
だが、おそらくクロメの下に向かうだろう。
彼女はそうするに違いない。
狼もそうするであろうから・・・。
狼の勘は的中していたが、既に遅かった。
アカメはクロメを連れ出して逃走した後だったらしい。
ゴズキとは別行動している。
戦闘になるとしたらゴズキの方が先になるだろう。
己は果たしてアカメを斬るべきだろうか。
今さらだ。
親子が喧嘩するのは当たり前なのだ。
義父のように、己も死ぬまで斬りあうまで。
そう決めると狼はクロメの部屋を出た。
そこで狼はグリーンと出会った。
「アカメが裏切ったって!」
その表情は焦りに満ち、手遅れだったと言わんばかりだ。
「・・・・・」
「狼さんはどうするんですか?」
「アカメを・・・教え子を斬る・・・」
「そんな・・・狼さんだってアカメのことを」
「ただの喧嘩だ・・・」
「!?」
「ただそれだけだ・・・」
狼は立ち尽くすグリーンの脇を通り過ぎ、ゴズキたちがいるだろう場所へ向かうのだった。
狼が辿り着いたときには既にことが終わっていた。
ゴズキとツクシは帝具『村雨』の能力によって呪殺されていた。
ゴズキは安らかな表情で、ツクシは堅い表情で眠っている。
また業が増えてしまった。
狼は眠る二人に祈りを捧げると、傍らに蹲るポニィ声を掛けた。
「大丈夫か・・・」
「何でアカメがこんな」
「・・・己の掟に従っただけだ」
「掟って!何なのよ!」
ポニィは狼に詰め寄った。
彼女はゴズキによく懐いていたが、アカメとも仲が良かった。
今の状況が呑み込めないのだろう。
「・・・・・」
「ポニィ。どうしても動けないか?任務はできないか?」
新たな暗殺部隊の隊長格がポニィに尋ねる。
殺す気だ。
狼は抜いた刀をその男とポニィの間に滑り込ませる。
「なんの真似だ」
「・・・己も、ゴズキ殿と同じように、親だっただけのこと・・・」
ギラリとした視線を男に向けると、男は思わず一歩下がった。
「ポニィ。好きにせよ・・・」
「・・・うん。ありがとう。狼さん」
ポニィは礼を言うと走り出していった。
「貴様・・・帝国に歯向かうつもりか・・・」
「己は陛下より帝国にあだなす者を斬るように言われている・・・」
狼は刃を向けて睨みつける。
「お主たちはどちらだ・・・」
その殺気に怯んだ者たちはグッとこらえると散らばって行った。
アカメを探すためだろう。
誰もいなくなったその場に、狼はぽつんと佇んでいた。
「ゴズキ殿・・・ツクシ・・・さらば・・・」
狼は二人の屍を残してアカメを追うべく走り出した。
「赤狼」
一心は帝国で情報収集をしていたレオーネと、アカメの下にやってきていた。
「よく迷わずに斬った」
それだけを言って酒を取り出す。
「一心様。私は友を」
「それも戦よ。あやつも怨嗟の鬼となった恩人を斬り、酒を酌み交わした儂をも斬った。親に似たな」
「父さんは」
「知っておる。だが悲しんでいる暇はないようだぞ」
一心はグイっと盃を傾けて酒を飲み干す。
「それは一体」
「外に出れば分かる。レオーネ。儂に付き合え。一人で飲んでも、つまらんのでな」
「はぁ?まあいいけどさ」
アカメは言われるがままに外へ出ようとする。
その背に向けて一心はぽつりとつぶやいた。
「迷えば敗れる」
帝都から離れた山小屋。
そこがアカメの運び込まれた場所だった。
月明りの下、アカメは良く知る人物を目にした。
「先生?」
「生きていたか・・・」
狼はアカメに向けて包みを投げる。
「丸薬だ・・・。飲め・・・」
言われるがままに飲んだアカメは混乱していた。
狼はアカメに会いに来たらしいが、様子がおかしい。
「己は陛下の忍び。そしてお主の親でもあったようだ・・・。子の成長を・・・確かめさせてもらう」
「・・・・・」
「アカメ。お主を斬る・・・参れ・・・」
狼はゆっくりと刀を抜き、構えた。
それに応じてアカメも帝具『村雨』を構える。
狼はゆっくりとアカメとの距離を詰める。
経験に差があるとはいえ、アカメの才能は油断できるものではない。
「久しいな・・・まさかこのようになるとは・・・」
「珍しく、多弁ですね・・・先生・・・」
「今なら義父上の気持ちがわかる・・・。子供の成長を直に確かめたかったのか・・・」
仕かけたのはアカメだった。
鋭く踏み込み、横薙ぎで一閃。
狼は当然のように受け流す。
「いかにその刀が強力とて、当てねば意味はない・・・」
狼は一度距離を取ったと見せかけて忍び義手を軸に前へ飛び唐竹に割る。
『寄鷹斬り』。
回転して飛び込みつつ、遠距離から瞬時に間合いを詰めることができる流派技。
アカメはそれを受け流すが、狼は至近距離から『手裏剣』を放つ。
放たれた手裏剣を弾き、追ってくる狼の『放ち斬り』を防ぐ。
「成長したな・・・」
狼は僅かに表情を緩める。
初めて見る狼の表情に驚きを見せた。
そんなアカメに喝を入れるように『手裏剣』を放つ。
「くっ」
「・・・アカメ・・・。ゴズキ殿との喧嘩・・・いかがであった」
「喧嘩?」
「・・・親と子は喧嘩をする・・・己も死合う程に喧嘩をしたものだ・・・」
かつて葦名城で戦った大忍び梟。
そして過去に遡って死合った義父梟。
懐かしい。
義父上もこのような気持ちだったのだろうか。
狼は構える最中心の中で思った。
「見切れ・・・アカメ・・・」
狼は突きの構えをとる。
しかし、その距離は遠く届かないように思われた。
狼は弾丸のように飛び出した瞬間、今まで開いていた距離が一瞬で詰められ、鋭い刺突がアカメを襲った。
油断していなかったとはいえ、一瞬まで距離を詰められたアカメは辛うじて肌を掠る程度におさめる。
だがそれでは終わらなかった。
刺突が掠った瞬間、狼はアカメを踏み台に空高く飛び上がる。
そして降下しながら回転斬りを見舞った。
流石のアカメもそれに対処できなかったのか、鋭い斬撃を守りの上から受け止めてしまった。
『秘伝・大忍び落とし』
守りが困難で、なおかつ飛び上がりの蹴り、落ちてくる際の回転斬りに対応しなければならない正に秘伝の技。
「突きは見切れ・・・下段は飛んで対処しろ・・・そう教えた・・・」
狼は連撃を加えながらアカメを追い詰める。
だが、アカメも劣らない。
狼の攻撃を流水のように受け流し、強く弾き、一太刀浴びせんと猛攻を仕掛ける。
狼とアカメでは、実のところアカメの方が強い。
だが狼はそういった強いものを相手にし続けてきたのだ。
ようやく一太刀入れたと思った瞬間、狼の姿が羽を残して掻き消えてしまう。
気が付いたときには頭上から兜割が放たれていた。
手傷は多く、アカメが不利だ。
だがアカメの方が実力は上なのだ。
冷静にことを運べば必ずや勝てる。
勝てるはずなのだ。
「重い!」
葦名流派の技『一文字二連』
ただの面打ちだが、その威力は馬鹿にできない。
一太刀目の一文字を辛うじて防いだアカメだったが、次に続く追い面で体幹を崩してしまう。
見逃す狼ではない。
致命の刺突を加えようとするが、間一髪で急所を外されてしまう。
野生の勘か、生きようとする本能か、経験か。
いずれにしろ絶好の機会を逃した狼は再び距離を取る。
「・・・・・・」
狼は爆竹『長花火』を撒いて再び『秘伝・大忍び落とし』を構える。
爆煙の中から飛び出してきた特攻に面を食らうアカメだったが、辛うじて見切った。
刺突を足で踏みつけ、攻撃に転じようとするが、狼は足を払いのけて距離を取る。
本当に成長した。
「嬉しいぞ・・・アカメ!」
狼は刀を収める。
無論、戦いをやめるつもりはない。
居合の構えだ。
まともに受けてはいけない技の前に、アカメは自然体で狼に近づいた。
「・・・見事・・・」
放たれた高速の居合斬り『奥義・十文字』。
アカメはそれをすべて弾き、狼の体幹を崩した。
ここまで、ここまで成長したか。
感慨深さを感じる前にアカメの突きが狼の肩に突き立つ。
それで十分だった。
ゴズキより受け継がれた帝具『村雨』は一撃必殺。
生きているものならば呪毒が入り死に至らしめる。
狼はその毒を受け、膝をつく。
だが、まだ為すべきことがある。
呪毒に蝕まれながら狼は一冊の本を取り出した。
かつて仏師よりもらった『忍び技の伝書』だった。
それを足元に落とすと、狼はゆっくりと崖の方へ後退していく。
「また会おう・・・アカメよ・・・」
狼は眉間のしわを薄くして言った。
もはや彼女は子供ではない。
立派な大人だ。
心配はあれど、自分で解決する力はある。
それを確かめられた。
この喧嘩も、中々に悪くないものだった。
狼は崖から飛び降りた。
「先生!」
アカメの声を聞き、落ちる最中、僅かな笑みを浮かべた。
「赤狼よ」
一心とレオーネは崖を見下ろすアカメに声を掛けた。
「子が親を斬る。かつての隻狼と同じよの」
「先生と?」
「隻狼は不死断ちという戦にたちはだかった己の義父を斬った。義父の命に背いてな。不愛想だが、なかなか憎めぬ奴じゃ。そんなあ奴がこれを残した。親狼のやさしさというやつか・・・いや、あ奴はあれでいてしのびらしくはない。修羅の影があれど、修羅に落ちなかった猛者よ」
お主を案じているのだ。
一心はそう言って笑った。
「でも先生は・・・」
「安心せい。あ奴はそう簡単には死なぬ。たとえその刀が必殺の呪いを帯びていたとしても、隻狼には届かぬよ」
一心にはかつての主従の絆を良く知っていた。
竜胤の呪いといわれていたが、あれは紛れもなく絆であった。
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
隻狼。
アカメたちの師であり、もう一人の父親だった。
そんな彼が残したものは一体なんだったのか。
「アカメ。大丈夫さ。一心がそう言っているんだ。さっきの奴とは知り合いみたいだしさ」
「カカカッ!そうさな。あ奴とは殺しあった仲。あ奴の生涯の主を除けば、儂が一番よく知っているのかもしれぬ」
「一心様・・・」
「赤狼!よくぞあ奴を斬った!だが・・・あ奴は生きておる。竜胤が、あ奴と主の絆が死なせはせん。再び戦うことになるやもしれぬな」
心底面白いといった様子の一心に、アカメは少々いら立ちを覚えていた。
「隻狼・・・。お主もやはり、人の子であったか・・・」
一心のつぶやきは誰にも聞き取られず、ただ風に流されていった。
崖から落ちた狼は当然のように生きていた。
それも竜胤の力を持った不死である狼だからこその結果だろう。
確証はなかった。
死んでもいいとすら思っていたが、こうして再び回生している。
呪毒をもってしても殺しきれなかったようだ。
任務は失敗に終わった。
帝国へ大きな禍根を残した。
しかし、狼は子供の成長を喜んでいた。
義父、梟と同じ結末。
しかし、狼さんは生きています。
折れない心を持つ限り戦い続けられるのです。