そして暗殺部隊のカイリたちがいる。
皆、それぞれの思いを抱いて生きている。
「いてぇ!」
深い山の中、タツミの声が響き渡る。
アカメと狼の二人より指導を受けている最中だった。
狼の評価では、タツミの剣技は未熟ながらよく鍛えられたもので、まだ伸びしろがあるように感じられる。
忍びとしての経験は未熟であるため、まずは相手の攻撃を見切るために狼と実戦形式で試合を行ったのだが、タツミはまるで歯が立たないどころの話ではなかった。
「突きは踏みつけて反撃に転じろ・・・」
「言うのは簡単だけど、それって相当難しくない!?」
「下段は飛んで躱せ・・・そして相手を踏みつけて体幹を崩すのだ・・・」
「難易度が高い!」
文句を言いながらもタツミはそれなりの攻撃をいなせるようになっている。
「鋭い斬撃は守りを貫く・・・」
『旋風斬り』を放ち、タツミの守りの上から打撃を与える。
「つぅ」
「弾け・・・」
「狼さん容赦なさすぎ!」
「・・・アカメ」
「はい。先生」
「?」
タツミは痺れる腕を抑えながら狼と相対したアカメの様子を見る。
「見て覚えろ・・・」
すると狼は唐突に突きを放つ。
アカメはそれを踏みつけ、狼は反撃をされる前に足を振り払う。
斬撃の応酬の中、放たれる鋭い『奥義・浮舟渡り』をすべて弾き、逆に下段攻撃で狼を襲う。
ただの下段攻撃ではない。
反撃を受けないように攻撃を放った後に距離を取る狼の知らない技だ。
知らぬとは言えど対処ができないわけではない。
空中で手裏剣を放ちアカメの動きを牽制する。
着地と同時に忍び義手を軸に『寄鷹斬り』で距離を詰め斬撃を見舞い、『逆回し』で攻撃しつつ距離を取る。
アカメは辛うじて弾き、体幹を保つ。
一連の動きを見せた後、狼は刃を下ろした。
「成長した・・・」
狼は静かな声で言うと、アカメは黙って頭を下げる。
「すげぇ」
タツミは尋常ならぬ剣撃の応酬にただそういうことしかできなかった。
「・・・己は今日で一度、陛下の下へ戻る。タツミ。迷えば敗れる・・・肝に銘じろ・・・」
狼は刃を収めると静かに去って行った。
かつての教え子たちを思い出していた。
コルネリアは姉として皆を率い、よくゴズキに懐いていた。
ガイは荒々しいが、仲間をその身をもって守った。
ツクシは心優しい少女であったが、ゴズキを妄信していたがゆえに最後には狂ってしまい、アカメと対決し斬られた。
ナハシュはその言葉からは分からないが、仲間想いの人物だった。今はまだ生きていると信じている。
ポニィは快活な少女であったが、混迷の世の影響を受けて迷いを生じた。帝国を去ったようだが、狼には無事を祈ることしかできない。
グリーンは今、暗殺部隊の参謀として活動をしている。今すぐにでもアカメと会いたいだろうが、こらえてよく頑張っている。
そしてアカメ。
彼女は心優しい少女だ。
未だに優しいままだ。
彼女にならタツミを任せても大丈夫だろう。
己は仕事をこなすのみ。
ナジェンダよりいくつかの情報を得て帝都へと戻った。
その代償はタツミのナイトレイドへの加入だったが、それはタツミが選んだ道。
既に進んでしまったら戻れない道なのだ。
「ふむ。反乱軍がそれほどの規模になっていようとは・・・」
狼がナジェンダから得た情報は反乱軍の規模と一部のアジト。
狼は直接やり取りをしているゆえに反乱軍に被害が出ることはほぼないだろう。
陛下へ報告する中でアカメと対峙し、引き分けたと伝えた。
「お主の子であったな。どうであった。帝国へ未練はあったか?」
「は。申し訳ございませぬ・・・もはや帝国の敵となったとしか・・・」
「そうか・・・惜しいな。狼とゴズキの子がもはやたったの一人。そして世は荒んでいくばかり」
「陛下は名君にございます。この世を憂いて良き政事を行っておられますよ」
オネストの甘い言葉に乗せられ、陛下も大臣に良く仕えてくれていると返した。
「狼よ。そなたには申し訳ないが、帝国の敵となったのであれば斬るしかない。辛いであろうが頼む」
「御意・・・」
アカメを斬るのは本意ではない。
未だに正気を失ったクロメを元に戻すためにも生きていてもらいたいと思っている。
それにアカメたちを本気で斬るのならば一人では難しい。
オネストは狼の勢力が強くなるのを恐れて人手を渡さない。
元より一人で葦名を駆け回った身であるがゆえに動きやすいのは良いが、多数の猛者を相手にするのは本来不向きである。
「陛下。それよりも・・・」
「うむ。分かっておる」
「?」
「今帝都に首切り魔がいるという。名を首切りザンク。かつて監獄で働く役人であったが、気が触れてしまい、今では辻斬りと化してしまった」
余の至らぬところだ。
陛下は申し訳なさそうにしていたが、狼は聞いたことがある。
処刑する人間が多すぎ、そのせいで業を背負いすぎた男の話を。
「狼よ。まずは帝都を脅かす辻斬りを成敗せよ」
「御意」
狼が謁見の間を出たところで暗殺部隊の隊長をしているカイリと出会った。
彼は薬の影響か、本来の年には見えないほど老いて見えていた。
薬物による強化に関しては狼も一言申したが、今の世の中をよくするためと暗殺部隊の上役に言われて封殺されてしまっている。
グリーンは投薬を受けていないためなんの影響もないが、クロメも体の中はボロボロになっているはずだ。
「よお。狼さん。ちょっといいか」
「ああ・・・」
狼はカイリに連れられて人気のない部屋に入った。
「外は部下に見張らせている。中は見たように俺たち二人だけ。率直に聞くが、狼さん。あんた帝国を裏切ろうとしていないか?」
「否・・・」
狼はその問いに否定を返した。
狼の動きは複雑で、誰にも読み取ることが出来ない。
分かっているのは陛下のために動いているということのみ。
恐らくオネスト辺りから心情を探るように命令が下っているのだろう。
だとしても雑なやり方だと思った。
カイリはため息をついた。
「まあそう簡単には認めねぇよな。それに狼さんが帝国のために動いていないことくらい、俺たちには良く分かっているさ」
「・・・・・・」
「クロメっちはまだ狂ったままだ。グリーンさんじゃあどうしようもない。狼さんでもどうしようもないのか?」
「分からぬ。だが、オネスト大臣が近寄らせない」
クロメは帝国のために人を殺し続けている。
凄惨な殺し方で、見せしめのように残酷に殺す。
「これを・・・」
「?」
狼は包みを取り出してカイリに渡す。
「『神食み』と呼ばれる秘薬・・・。これならば薬の毒を取り除けるかもしれぬ・・・」
「貴重な物なんだろう。いいのか。俺に渡して」
「カイリ・・・今はお前が暗殺部隊の隊長だ。己はその補佐に過ぎぬ」
「・・・そうかい」
「死ぬなよ・・・」
狼はそう言って部屋を出て行った。
「ああ。狼さん。俺はまだ死なねぇよ」
誰もいなくなった部屋でカイリは一人呟くのだった。
「ふうむ。やはり狼殿は帝国への忠誠はなさそうですねぇ」
オネストは一人肉を食いながら狼を観察した感想を呟く。
初めは使い勝手のよい玩具だと思っていた自分を恥じる。
政治の世界でなまっていたのか、あの飢えた狼を軽く見すぎていた。
狼から報告されるものはほとんどどうでもよい、あるいは手遅れになるだろう情報のみである。
とはいえ、厄介なナイトレイドに対して抵抗できるという点ではまだ評価している。
使いようがある。
とはいえ、狼はその心の中を霧で隠しており、油断していい相手ではない。
今や一番の脅威が狼といっても過言ではなかった。
「首切りザンクは帝具使い。あわよくば共倒れしてほしいものですが、そううまくいかないでしょうね」
困難な任務を生還し続けてきた狼である。
帝具使い相手と言えど、容易くやられはしないだろう。
全く厄介なと大臣は思った。
現在、暗殺部隊として働いているグリーンも始末したい人物であるが、狼の子であるがゆえに手を出せない。
今や帝国を牛耳っている大臣が、一人の人間の報復を恐れているのだ。
ブチリと肉を食いちぎり、不快な思いを少しでも晴らす。
いずれにしろある程度の策を練らなければならない。
オネストはどうしたものかと考え込むのであった。
一人で葦名を相手にした狼さんは伊達ではありません。