帝具使いは皆、強力な力を秘めた武具を用いて戦う。
例えばアカメの帝具『村雨』はかすり傷であっても致命傷を負わせる呪毒を付与している。
幸いなことに狼は対抗手段を多く持っている。
忍びの技、忍び義手、そして葦名流の剣技。
あらゆる殺し方を持っている故に誰にでも対抗できる。
今までに殺してきた敵にも多くの者がいた。
堅い盾を持ったもの、素早いもの、強靭な体を持つもの、人ではない獣。
皆、殺してきた。
堅い盾を斧で割り、素早い敵を仕留め討ち、炎で焼き、爆音で怯ませる。
経験豊富な狼でも、未知の敵というものは多くいる。
例えば目の前にいる心を読む辻斬り。
帝具『スペクテッド』と呼ばれる額に目の形をしたものをつけたこの辻斬りは非常に相性が悪い。
斧は隙が大きく当たらない。手裏剣は容易く避けられる。火吹き筒は距離を取って躱される。爆竹は撒く前に攻撃で潰される。
「一度引いて体勢を立て直そう。とでも思ったか?」
「・・・・・」
「不愛想に見えて随分多感な奴だな。愉快愉快」
「・・・・・」
狼は自然体で首切りザンクに近寄る。
「おっと。その手には乗らない。流石の俺でも陛下の忍びといわれたお前さんと切り結ぶのは分が悪い」
ザンクは近寄る狼から距離を取り、様子を見る。
「距離を一瞬で詰めて刺突を放ち、俺を蹴りそのまま飛んで回転斬り。いやはや恐ろしいねぇ」
「・・・・・」
「いや。分が悪い。攻撃を見切られては難しい。かといって暗器の類も通用しない。か?確かにその義手は厄介だが、相手が悪かったな。この帝具『スペクテッド』は洞察の究極系。経験豊富な陛下の忍び相手でもそれは健在」
「良くしゃべる・・・」
「俺の趣味だからな。しかし、帝具使い相手に拮抗状態を作る人間がいるとは、世界は広いねぇ」
「形代を追ってみれば・・・なるほど・・・」
「その形代っているのは俺には分からないが、声のことか?」
「声?」
「あんたにだって聞こえるだろう。黙っていると聞こえる、地獄からのうめき声。早く俺にこっちへ来いと言い続けている」
「・・・お主・・・怨嗟の降り積もる先か・・・」
「怨嗟・・・なるほどそういう言い方もある」
狼は刀を構える。
自然体で相手の攻撃を弾くのではなく、正面から相手を叩きのめすことに戦い方を変えたのだ。
「分が悪いと思いながらも、健気だねぇ。それで?あんたは声をどうやって誤魔化している?」
「己は声など聞こえぬ。だが、多くを殺してきた忍びには形代が見える。形代は心残りの形」
「・・・聞こえないか。あんたとなら話が合いそうだと思ったんだけどねぇ」
「・・・また怨嗟か・・・せめて鬼となる前に・・・」
狼は上段に構える。
ただ無骨に、しかし相手を斬ると専心する強力な一撃。
正面から叩き切る。
それだけに全てを注ぎ込んだ技。
ただそれだけ故に葦名流が強い。
「己が斬ってやろう・・・」
鋭い踏み込みと共に『一文字』が放たれる。
ザンクはその読みやすい攻撃を防ぐ。
防いでしまう。
「!?」
専心された一文字はただ相手を斬るという考えだけで放たれる。
駆け引き等お構いなしに強力な一撃を見舞うだけだが、ザンクはその一撃を防いで、その重さを実感する。
そして反撃を繰り出そうとするザンクに追い面を打ち、地面へ縛り付ける。
『一文字二連』
ただ無骨に正面から切りつける。相手が反撃をするのならばさらにもう一度叩きつける。
一文字はこの追い面を以て完成とされている。
忍びらしくない堂々とした剣技を前にザンクは思わず体幹を崩しそうになるが、何とかこらえる。
「ぐぅ。洞視どころか、未来視でも見切れない。いや、見切る以前の問題。ただ単純に剣を叩きつけるのに考える必要はない。無心になるのではなく、ただ専心する。これほどまでとは」
いままで余裕を見せていたザンクに焦りの表情が現れ始める。既に距離は詰めている。
狼は連撃をザンクへ見舞う。
ザンクも必死に狼の攻撃を弾き、受け流し、反撃に転じようとするが、急に放たれる専心された『一文字』に苦戦していた。
これは心を読んでも、未来を見ても結果が同じとなる葦名流の技。
ただ単純に正面から叩きつける。
結果はどう考えても同じである。
防いではいけないが、距離が近い。
受け流すには重い。
そして次いで放たれる追い面がさらにザンクを追い詰める。
狼がやっていることは単純明快。
正面から叩き潰す。
忍びとは言えない作戦である。
しかし効果は一目瞭然。
防戦一方となったザンクは距離を空けたいが、狼がそれを許さない。
攻撃を繰り返し、相手の攻撃を弾き、追い詰める。
ついにザンクの体幹が崩れてしまう。
狼はすかさず、体当たりをかましてよろけたところに刺突を放つ。
ザンクはこれを辛うじて避けるが、余裕はない。
「食らえ!」
ザンクは『スペクテッド』を開いた。
「!?」
狼が見たのは九朗であった。
ここにいないはずの九朗が何故ここに。
狼は一瞬だが隙をさらしてしまう。
危険を感じた狼は咄嗟にその場から飛び退るが、ザンクの攻撃を受けてしまう。
「幻か」
「とっておきを使ってもその程度の傷しか与えられないとは・・・。流石に陛下の忍びといわれるだけはあるねぇ」
ザンクは狼から大きく距離を取って警戒をする。
「分が悪いのはどうやらこっちだったみたいだねぇ。あんたは強い奴を殺す術を多く持っている。悔しいが、俺では勝てない」
狼は手裏剣を放つが容易く避けられてしまう。
ザンクは先ほどまでの余裕を消し去ってその場から全力で逃げ出した。
狼も追撃をしようと試みるが、相手は曲がりなりにも帝具使い。
深追いは厳禁と思い直し、刀を収めた。
ザンクを逃がしてからというもの、狼は毎夜、帝都の巡回を行っている。
だが、『スペクテッド』の能力を用いているのか、狼を避けているように思われる。
狼から逃げる敵は見る猿、聞く猿、言う猿、 以来である。
厄介だ。
それは相手も思っていることだろうが、狼は毒づかずにはいられない。
ふと、高い塔の上から様子を見ているとよく見知った面々が帝都を歩いているところを目撃した。
「ナイトレイド・・・」
どうやら彼らもザンク討伐に乗り出したらしい。
二人一組で行動をしている。
帝具使い対策なのだろう。
狼は密かに彼らをつけることにした。
「さあ・・・嘆願しろよ。仲間が来るまでの時間稼ぎになるかもしれんぞ」
ザンクは邪悪な笑みを浮かべながらタツミに言う。
それに対してタツミは口の中の血をペッと吐き出すとふざけるなといった。
俺は命乞いなんかしないと。
「ほう。勇ましいねぇ。単純に全てをかけた一撃か。でも悪いな。その類の攻撃は最近ひどい目を見たから」
悲しい笛の音が鳴った。
その音色を聞いたザンクは一瞬だけ動きを止めてしまう。
その一瞬をタツミは見逃さなかった。
「!?」
全てを懸けた一撃は相手にかすり傷を負わせる程度にしか済まさず、逆にタツミの方が深手を負うことになってしまった。
だが、そんな結果はいい。
先ほどの笛の音が気になる。
「タツミ・・・」
陰より現れた狼はじりじりと間合いを詰めながらやってくる。
鞘に刀を収め、されど斬ることに専念された奥義を放たんと間合いを詰める。
ザンクはその隠された気迫に押されるように一歩下がる。
「あんた・・・さっきの音色は」
「『泣き虫』・・・怨嗟が降り積もるお主には一番よく効くだろう・・・」
「声が・・・聞こえない?」
間合いを詰める狼と後ずさるザンク。
笛の音色につられてやってきたのか、アカメが狼の後ろから走ってくる。
「先生!?タツミ!?」
ザンクと相対する狼と負傷して倒れているタツミに驚きの声をだす。
「気をつけろアカメ!あの目で心を覗いてくるぞ!」
タツミは相手の能力を伝える。
「加えて・・・幻術を扱う。アカメ・・・葦名流を忘れてはいまいな・・・」
狼は後ろに立つアカメに問う。
狼の言わんとすることが分かったのか、アカメは構える。
「葦名流・・・まさかこうして二人もいるとは・・・」
ザンクは狼たちを睨みながら距離を取ろうとする。
逃げる気だ。
それを察知した狼は刀を抜き、突きの構えを見せる。
『奥義・大忍び刺し』
無論、そのことを読んでいたであろうザンクはそれでも見切れずに突きを肩に受ける。
そしてそのまま蹴りあがり、落ちながら『一文字』を放つ。
その狼の陰からアカメが躍り出て斬撃を見舞う。
辛うじて対処するザンクであったが、余裕は全くなかった。
帝具『スペクテッド』の瞳が開く。
その瞬間に狼は『瑠璃の斧』を振り下ろす。
幻術をかき消す衝撃波を出すその斧は守りの上からでも相手に打撃を与える。
斧を防いだザンクに向けて、アカメは『一文字』を放つ。
体幹が崩れた。
アカメはすかさず、相手の首を斬る。
勝敗は決した。
狼は崩れ行くザンクに向けてもう一度『泣き虫』を吹いた。
悲し気な、しかし美しい音色が辺りを包むように鳴り響く。
「ああ。声が聞こえない・・・愉快・・・ゆか・・・い・・・」
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
首切りザンク。
元は帝国の首切り役人であった。
業を背負い過ぎた人間。
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
首切りザンク。
元は帝国の首切り役人であった。
帝具使いの辻斬り。
「見事・・・」
狼は己の教え子の成長を素直に喜んだ。
「先生こそ」
短いやり取りであったが、そこには師弟の絆が確かにあった。
「タツミ・・・飲め・・・」
狼は倒れるタツミに傷薬瓢箪を飲ませる。
「苦!そして臭い!」
良薬とはそういうものだ。
狼はタツミの傷がふさがったところを確認するとそのまま立ち去ろうとする。
「帝具は・・・持っていけ。己には不要なものだ・・・」
「ありがとうございます。先生」
「・・・・・」
「先生?」
「葦名流の忍びが二人。一心様もお喜びになるだろう・・・」
その喜ぶさまを想像した狼は眉のしわを薄くした。
あの快活な老人のことだ。
同じ名を呼ぶものと同じ流派を扱うもの。
酒の肴にするに違いない。
「さらば・・・」
狼はその様子を想いながら立ち去っていった。
元より忍びは勝つこと、目的達成を至上としています。
勝つことを一事とする葦名流は、間違いなく狼さんの力になっているでしょう。