狼が斬る   作:hetimasp

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この国には心に氷を宿らせる修羅の影がある。


19 エスデス

 

「エスデス将軍」

「は」

陛下は謁見の間にて跪く女将軍、エスデスを労っていた。

「北の制圧!見事であった。褒美として黄金一万を用意してあるぞ」

「ありがとうございます。北の備えとして残してきた兵たちに送ります。喜びましょう」

そう言う彼女の雰囲気はまさに氷の女という印象が強い。

だが、その奥深くでどこか葦名一心に似ているという印象も狼は感じていた。

何処までも強く、とにかく強く、そして気が付けば刀が空を斬るようになっていたという英傑。

戦いを楽しむ老境の剣聖を彷彿とさせるものがこのエスデス将軍にはあった。

「戻ったばかりで済まないが、仕事がある。帝都周辺にナイトレイドをはじめ凶悪な輩が蔓延っている。これらを将軍の武力で一掃してほしいのだ」

「・・・わかりました。一つお願いがございます」

「うむ・・・兵士か?なるべく多く用意するぞ」

「賊の中には帝具使いが多いと聞きます。帝具には・・・帝具が有効」

エスデスは笑みを浮かべて言った。

「六人の帝具使いを集めてください。兵はそれで充分。帝具使いのみの治安維持部隊を結成します」

帝具使いは貴重である。

だが確かに、ナイトレイドのような暗殺部隊には有効だろう。

「・・・将軍には三獣士と呼ばれる帝具使いの部下がいたな。さらに六人か」

「陛下」

オネストの前にスッと出る。

エスデス将軍になら任せられると。

その言葉を聞いた陛下は安心したように用意を頼んだ。

「そうだ。帝具使いではないが一人、心当たりがあるぞ」

「陛下?」

「それは一体・・・」

「うむ。狼よ」

「ここに」

狼は陰から出て陛下に跪く。

「ほう。そのものは?」

エスデスは興味を持ったように狼のことを聞く。

「うむ。余の忍び、狼だ」

「なるほど。確かに狼殿ならばナイトレイドと渡り合った実績がございます。適任ですな」

オネストは喜びに満ちた笑みを浮かべる。

都合がいい。

少数精鋭の部隊で、あのエスデス将軍の部下となるのであれば手綱が握りやすくなると。

「狼の他、帝具使いの人材はオネストに任せる。して、エスデス将軍には苦労を掛ける。黄金だけではなく別の褒美も与えたいな。何か望むものはあるか?」

陛下がそう聞くと、エスデスは少々迷ったような素振りを見せてあえて言えばといった。

「言えば・・・?」

「恋をしたいと思っております」

あまりの衝撃だったのだろう。

陛下もオネストも凍り付いた。

「・・・そ・・・そうであったか!将軍も年ごろなのに独り身だしな」

「しかし将軍は慕っている者が周囲に山ほどおりましょう?」

「あれはペットです」

狼はこれほど困っている様子のオネストを見るのは初めてだった。

そういえば恋というものは己もしたことがなかった。

一体どういったものであろうか。

一人考える狼を他所に陛下とオネストが何やらやり取りをしていたが、その後、エスデスが好みを書き連ねた紙を出して該当者がいれば教えてほしいと言った。

陛下は見ておこうと言ってその場は終いとなった。

 

 

「狼よ。苦労を掛ける」

「いえ・・・」

二人だけとなった謁見の間で会話を続ける。

「これでお主も少しはやり易くなるであろう」

「は」

「お主にも褒美を与えたいが、残念ながらお主が喜ぶであろうものは思いつけど、出すことはできぬ。済まぬ」

「いえ・・・仕方のないことです・・・」

狼の望み、人となったであろう九朗との再会。

そして確認したのであれば・・・。

「そういえばかの剣聖。葦名一心殿がまたわが軍を破ったと聞く。やはりそれほどの猛者なのか」

「国盗り戦の葦名衆。であれば当然のことかと・・・」

「ふむ。敵ながら天晴。ことによってはエスデス将軍かブドー大将軍に動いてもらうかもしれぬ。その時はお主にも頼みたい」

「御意のままに」

「御意か・・・フフ。そなたも変わらぬな」

そう言って笑う陛下の姿はかつての九朗を思わせた。

「どうした?狼よ」

「いえ。ただ懐かしいと・・・」

「狼の主か?」

「はい・・・」

「そうか。であるならば余も嬉しい。九朗殿のような立派な存在になりたいものだ」

「・・・陛下ならば・・・」

狼は少しだけ寂しそうに言った。

 

 

狼が謁見の間から出ると黒い服を着た3人とエスデスが待っていた。

「狼か。なるほど。たしかに飢えた狼の目だ。それに隻腕。いうなれば隻狼といったところか」

エスデスの言った言葉に、狼は若干驚く。

「・・・・・」

「へえ?帝具使いを倒したことがあるんだって?」

「すげぇ経験値を持っていそうだ」

「やめぬか。二人とも。エスデス様の前だぞ」

3人は何やら喋っているようだが、狼の意識はエスデスの方へと向かっていた。

「?どうした。言いたいことがあるならさっさと言え」

「・・・昔、同じように名を呼ばれたことがございます」

「ほう?そいつとは気が合いそうだ。どんなやつだ」

「剣聖、葦名一心」

その言葉にエスデスを除く3人が警戒する。

「かの御仁ならばエスデス様とも気が合いましょう」

「フフ。面白い。リヴァたちは先ほどの件を済ませてこい。私は隻狼と話がしたくなった」

「・・・いいのですか?」

「ああ。そちらは頼むぞ」

「は」

そう言ってリヴァという男は他の二人を連れて行った。

「では、話してもらうぞ。葦名一心について」

「承知しました」

 

 

狼はエスデスという将軍について、一心が若ければこのような感じなのかもしれないと感じた。

貪欲に力を求めていたという一心とは違い、エスデスは元よりその才能が強く、残虐であるが根本は同じのように見える。

「以上にございます・・・」

「そうか。なるほど。反乱軍にも面白い人物がいるようだ。この戦、楽しめそうだ」

「・・・・・」

「お前も気に入ったぞ。隻狼。三獣士に加えてお前も我が部下として扱おう」

「・・・己は陛下の忍びなれば・・・そのように・・・」

「お前たちの生い立ちも面白そうだ。まだ隠しているのだろうが、それもいつか話してくれるのだろうな」

「・・・明かせませぬ」

「ふ、フハハ。そんなことを私に言う奴がまだ帝都にいるとはな。面白いぞ。隻狼」

心底面白いといったように笑うエスデスを見て、かつてもらったどぶろくを一心に返した時を思い出す。

懐かしい感覚を感じながらも、狼は油断しない。

彼女もまた敵となりうるのだから。

だが、彼女との戦いは悪くなさそうだ。

かつての、一心と純粋にぶつかり合ったあの死闘のように。

狼は一心の好きなどぶろくを取り出した。

「酒を・・・」

「むう?あまり見ぬ酒だな」

「一心様の好きなどぶろくという酒にございます・・・」

「ほう。どれ。いただこう」

エスデスはもらった酒をクイッと傾ける。

「ふむ。悪くない。良い酒だ」

エスデスは気に入ったらしく、再び傾ける。

「こうして酒を飲むと昔を語りたくなるな」

「・・・皆そう言います・・・」

「フフ。そうか。一心とやらはやはり強いか?」

「空を歪めるほどに・・・」

「そうか。流石の私もそんなことはしたことがないな。帝具なしでそこまでのことをするとは、剣聖とはよく言ったものだ」

狼は黙っていると、その様子を面白そうにエスデスが眺めた。

「不愛想なくせに、話し相手にはちょうどいい奴だ。あの三人がいただろう?」

先ほどであった三人だろう。

小柄な少年。大柄な男。そしてそのまとめ役だろう男。

「三人とも帝具使いだ。もし、あの三人を相手にしろと言われたらどうする?」

「・・・一人ずつ斬ります・・・」

「フハハ。なるほど、お前はそう言うと思った。おそらく仲間であっても斬れと言われれば斬るのであろう」

「・・・それが任務なれば・・・」

「ふむ?どうやらお前は嘘が下手なようだな・・・。拷問のしがいはないが、まあいい」

エスデスはさらに飲み進める。

「お前は目的の為ならば何でもやるだろう。仲間を斬り、主を裏切り、果てには自分すらも・・・」

見透かすように言うエスデスは酔っているのだろうか。

狼には思い当たる節が多かった。

主の不死断ちを阻む義父を斬り、主を人に帰らせ、自分を斬った。

「・・・こうして飲むのも悪くないな。リヴァたちが戻ってきたら一緒に飲むとしよう。それまでに酒を用意しておけ。隻狼」

「承知しました・・・」

その後、エスデスが勝手に喋るのをただ狼は聞いているだけであった。

 

 

「名物をもらおうか」

エスデスと狼は今甘味処にいた。

曰く、上手い酒をもらった礼だという。

その際にエスデスへ賄賂を渡そうとした店主が目に銭を押し付けられるということを起こしていたが、それ以外はいたって平凡に過ぎていた。

ただ、エスデスが妙に殺気だっている。

恐らく、近くにいるレオーネの存在に気が付いているからだろう。

狼もそれに気が付いている。

やがてレオーネの気配が遠ざかると、エスデスも殺気を消した。

至極残念そうにするエスデスだったが、狼は次の瞬間目を疑う光景を目にした。

「おう!隻狼!」

「!?」

それはエスデスにすら予想外だったのだろう。

天狗の仮面をしたしわがれた声の男が

元気よく手を振りながらやってきたのだから。

「カカカッ。ほう?中々鋭い気配がすると思えば、名のある人間と見た。儂は帝都の天狗。お主は何と申す?」

「エスデスだ」

「そうか、あの名高いエスデスか!面白い!お主も鼠狩りか!」

「・・・・・」

「なんじゃ?隻狼。そのような顔をして。儂がここにいて悪いか?」

面白そうにする天狗。

葦名一心はエスデスの側に腰を掛ける。

「おう。こやつらと同じものを一つ!」

エスデスと狼はしばらく沈黙していたが、エスデスがもしやと問いかけた。

「まさか葦名一心か?」

「カカカッ。昔、隻狼は欺けたが、お主は欺けぬか。エスデス」

「流石に驚いた。まさか直々に反乱軍の将が入り込んでいるとは」

「帝国の軍とやらに手ごたえがなくてな。直接見に来てやった!」

快活に喋る一心は天狗の面を少しずらして茶を飲む。

「一心様・・・」

「ん?ああ忘れるところであった。この国も酷い物よな。さっさとお主がオネストをやればよかったものを、機を図り損ねてしまうとは」

とはいえ、お主に謀は向いていなかったなと笑い飛ばした。

「何が目的かといっても、先ほど言っていたな」

「そう。戦うかいのない連中ばかりでそろそろ飽きてきたところじゃった。じゃが、お主がここへ来たということは、それもなくなるのであろう?」

一心は挑発するように剣気を向ける。

それに対してエスデスも殺気を向ける。

しばらく恐ろしい空間がそこに出来上がっていたが、一心はスッと剣気を収めた。

「じゃが、ここに隻狼がいるということはまだお主とは戦う時ではないのか。残念じゃ」

「それはどういうことだ?」

「隻狼より聞かなかったか?いや、話すわけもないか。儂と隻狼、既に決着がついたもの。これ以上を望めない程に戦った余韻を穢せぬのよ。故にエスデス。お主とはまた戦場で会うことになろう」

「私は今やってもいいのだぞ?」

「ハッ!青いのうエスデス。人斬りの才はあっても、それを十全にする才は未だに開花せずか」

「何?」

「ここは儂が奢っておこう。先の件、隻狼より聞くとよい。隻狼!よく言っておけい!」

言うだけ言って笑いながら帰っていった一心の背を、エスデスと狼はただただ見送った。

「どういうことだ?」

純粋に分からないというエスデスに、しばらく考えた後、狼は答えた。

「エスデス様のように言えば、一番楽しめるときに戦う。そう言えば納得するかと・・・」

するとエスデスはキョトンとして狼の言葉を聞き、やがて納得したのかため息をついた。

「なるほど。確かにまだ青かったようだ」

納得するエスデスとは別に、狼の眉間のしわは濃くなるばかりだった。

 




フットワークの軽い天狗殿。

主治医に止められたこともありますが、その足取りの軽さは健在の御様子。
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