エスデスの言う余興とは都民武芸試合という名目の人材探しであった。
誰もかれもが腕に自信がある者だろうが、エスデスにはどれもつまらない物らしく、あくびをしている始末である。
「いかがですか。隊長、あの者たちは」
つまらなそうなエスデスの脇に控えるランは聞くが、おそらく良い評価はしないだろうなと同じく側に控える狼は思った。
「つまらん素材らしく、つまらん試合だな」
酷い主催者だった。
「やはり帝具を使えそうな人間はそうそうでてこんか」
帝具は人を選ぶという。
万人が扱えるような武器にはない能力を持つために選ぶのだろう。
不死を斬るための『不死斬り・拝涙』も、振るうものは不死だけという皮肉な武器である。
「次の試合が最後の組み合わせですね」
「・・・・・」
「・・・・・」
狼は最後の組み合わせを見て眉間のしわを濃くする。
「東方!肉屋カルビ!西方!鍛冶屋タツミ!」
「片方はまだ少年ですね」
お前は何をやっているのだ。
忍びの技を教えたはずのタツミが、よりにもよってエスデス主催の試合に現れたからである。
かつて同業に堂々と情報収集をしていた狼が言っていいことではないが、悪手である。
タツミは開始と同時に振り下ろされた拳を跳んでよけ、横面を蹴りつけようとする。
相手はそれを防ぎ、タツミに対して連撃を放つもすべていなされ、腹部に重い一撃を受ける。
よろけた相手にすかさず下段攻撃を叩きこみ、連撃で顔面へ蹴りを見舞った。
相手はなすすべなく倒れた。
「・・・あの少年。逸材ですね。隊長」
「ああ・・・」
狼としては成長したと喜んでいいのか、忍びが技を晒すなと怒るべきか悩むべきところだった。
「勝者!タツミ!」
歓声に包まれて嬉しいのか、タツミは純粋な笑みを浮かべて喜んでいた。
「・・・見つけたぞ」
狼はこの時点ではまだタツミが帝具使いの候補だとしか思っていなかった。
「それもあるが・・・別の方でだ」
「エスデス様・・・?」
エスデスは直々にリングへと降りていく。
そのような手筈はなかった。
「タツミ・・・といったな。いい名前だ」
狼はエスデスの動向を観察していたが、次の瞬間、エスデスがタツミに首輪を掛けたことで肝が冷える思いをした。
成り行きは分からないが、タツミはエスデスに引きずられ、抵抗しようとしたところを優しく手刀で意識を奪われた。
「・・・むう」
狼は人知れず唸り声をあげるしかなかった。
「という訳で」
どういう訳なのだと狼は思った。
「イェーガーズの補欠となったタツミだ」
「・・・・・」
「感じたんだ。タツミは私の私の恋の相手となるとな」
「・・・・・」
「それで何で首輪させてるんですか?」
「・・・愛しくなったから無意識にカチャリと」
「ペットじゃなく正式な恋人にしたいのなら、違いを出すために外されては?」
エスデスは一瞬キョトンとし、少し考えた後納得して外した。
「・・・・・」
「どうした隻狼?」
「いえ・・・」
狼はエスデスに跪いたまま顔を上げなかった。
「?まあいい。そういえばこのメンバーの中で恋人がいたり、結婚している者は?」
ボルスがスッと手を上げた。
狼は知っていたが、ウェイブたちはそれを意外そうな顔で見ていた。
「・・・・・」
「隻狼よ。やはり何かあるのでは?」
エスデスに問われて狼は諦めた。
「タツミは・・・己が忍びの技を教えましたが故・・・」
「ほう!」
「狼さん!?」
驚くタツミに対して、狼はポツリポツリと呟く。
「初めは戯れにて・・・」
「そうか。面白い偶然。いや運命だな!」
エスデスは何やら良い方向にしか考えていないらしく、タツミと狼の関係を疑うことはなかった。
「お主・・・何をしている・・・」
ずっと言いたかった言葉をタツミに聞いた。
それはどのような表情か狼には分からなかったが、顔を引きつらせるタツミの様子を見ればそれほどのものだったのだろう。
「えっと・・・賞金が欲しくて・・・」
「・・・むう」
確かに銭は必要である。
かつて葦名を駆け回ったときに武装を強化するため、銭を必要としたことも多々あった。
はちきれんばかりの銭袋を見つけたときは思わず僅かに笑みを浮かべた程であった。
だが、これは忍びの技を教えた師として言っておかねばならないと思い直し、タツミへ向き直る。
「忍びは忍ぶもの。技を片端でも知られれば命に繋がる・・・肝に銘じよ・・・」
「う・・・わかったよ。狼さん」
「・・・エスデス様。こやつは忍びの技を教えましたが、本来忍びではございませぬ・・・」
「構わぬ」
構う。
思わず言いたくなった狼だったが、グッとこらえた。
「えっと。俺、宮仕えする気は全然ないというか・・・」
「ふふっ。言いなりにならないところも染めがいがあるな」
「人の話を聞いてくださいよ!!」
本当にである。
エスデスはタツミと出会ってから様子がおかしい。
狼はいつもと違うエスデスの調子に惑わされながらタツミをどうしたものかと考える。
タツミはイェーガーズの敵である。
それを宣言して出てきた手前、斬らねばならぬが、まさかこのようなことになるとは。
エスデスに伝えたとしても今の様子から見るに、話は聞いてくれそうにない。
「まあまあ。いきなりすぎて混乱しているのでは?」
セリューがタツミに近寄った瞬間、タツミの表情が強張ったのが分かった。
彼女はナイトレイドの、シェーレの仇である。
狼は咄嗟に『泣き虫』を吹いた。
辺りに悲しげでいて美しい音色が包む。
「この音色は・・・」
エスデスは不思議そうにしている。
意外だったのが、ランとセリューが苦しんでいるところだった。
クロメも苦しんでいたが、理由はアカメの脱走にあるため理解できたが、二人は一体?
「なんだか落ち着きますね」
ボルスはその音色に聞き入っていたのか、呆然としていた。
彼もまた業を背負うもの。
この音色に感じるものがあるのかもしれない。
「クロメ!ラン!セリュー!大丈夫か!」
ウェイブは苦しむ二人を宥めようとするが、胸を押さえ地面に膝をつく。
「隻狼。これはなんだ?」
「は。『泣き虫』という指笛にございます。この音色は怨嗟の炎すらもしばし静めることが出来ます・・・三人は怨嗟に呑まれかけているのではないかと・・・」
セリューの情報を思い出すが、両親は賊に殺され、復讐心から正義にこだわるようになっていたという。
恐らくそれが理由だろう。
ではランが苦しむ理由は一体何故だろうか。
「そうか。道理で・・・」
「エスデス様・・・?」
「いや。これは後で話そう。今は・・・」
その時、入り口の方から兵士が入ってきた。
「エスデス様!ご命令にあったギョガン湖周辺の調査が終わりました・・・」
「・・・まあいいだろう。お前たち。初の大きな仕事だぞ」
エスデスは普段の調子に戻り、兵士から受け取った情報を開示する。
ギョガン湖に山賊の砦が出来たということ、そしてそれを討伐することが目的であるということ。
「まずは目に見える賊から潰していく」
その命令に、ボルスが敵が降伏してきたらどうするかと聞いた。
「降伏は弱者の行為」
そう言って切り捨てた。
セリューは先ほどの苦しみからは思えぬほど喜びに満ち溢れた表情を浮かべ、この部隊に入って良かったと言う。
エスデスも心ゆくまで殲滅しろと言う。
その光景を見ていたタツミとウェイブは変なものを見る目で見ていた。
「出陣する前に聞いておこう」
エスデスは各々の覚悟を問うた。
ボルスは軍人であるから命令に従う。
クロメも同じく。
ウェイブは恩人の恩返しのために。
ランは叶えたい願いのため。
スタイリッシュは良く分からなかったが、取りあえずエスデスについて学びたいと。
「隻狼。お前はどうだ」
「己は陛下の忍び故・・・」
「そうではない。本当のお前だ」
「・・・生涯の主、御子様の忍びであるが故、為すべきことを為すだけ・・・」
「そうか。いつかその話も聞かせてもらうときがくるかもな」
「明かせませぬ・・・」
「フフ。まあ今はいいだろう。どこか憎めぬお前に免じて許してやる。それでは出陣!行くぞタツミ」
急に話を振られたタツミは困惑するが、補欠として同行することになった。
お金は大事。
お米も大事。