その折れない精神性を武器に。
砦周辺。
狼たちは様子を窺っているが、作戦までは何も考えていないことに気が付いた。
元より狼は一人で戦うことが多かった。
それ故に作戦というものも限られていた。
「正義は正々堂々と正面から・・・」
「待て・・・」
狼は正面特攻しようとするセリューを止める。
相手は多数。
こちらは少数。
いくら強力な帝具を持っているといっても正面突破を図るのはよろしくない。
「ですが!」
「己が門を開ける。見張りは己が始末しよう・・・」
そう言って狼は月隠の飴を噛みしめる。
その瞬間、周りから気配が希薄になり、近くにいるはずのメンバーも意識しなければ分からない程になった。
「少し待て・・・」
狼は鉤縄を駆使して砦まで気づかれずに近寄る。
そして砦上部にいる賊を忍殺すると、下にいる賊二人を静かに忍殺。
辺りに敵がいなくなったことを確認すると、門の裏側へ回り込み、道を開いた。
狼は待っているメンバーに合図を送る。
「狼さん凄いですね!」
「先生がここまでとは知らなかった」
「なんというスタイリッシュ!ここにも神がいたのか!」
「せっかく正義の執行なのですから、もっと正々堂々としたかったです」
ボルスは感激し、クロメはいつも見せしめにしか殺していないためか、本来の忍びの姿を見て驚く。
スタイリッシュに至っては何を言っているのか分からなかったが、セリューは少し不満げであった。
「行くぞ・・・敵に囲まれるな・・・多数を相手にしようと思うな・・・」
死にたくなければと言って狼はその場から鉤縄で砦の上部へ飛び移る。
上からの攻撃が怖いからである。
ほどなくして下のメンバーも戦闘を始めたらしく、騒がしくなってきた。
狼は狼が出来ることをするだけである。
すなわち、頭領の忍殺。
目指すはそこにある。
殲滅戦は驚くほど簡単に進んだ。
各々の能力が高かったこともその一因だろう。
狼は地に伏せる頭領を背に、眼下に広がる光景を見る。
クロメはあれからさらに腕を上げたらしく、敵を素早く、確実に殺していく。
ウェイブは陰からクロメを狙っていた敵を倒していたが、何やら二人の間でやり取りをしていた。
ボルスは火炎放射の帝具『ルビカンテ』の広域殲滅力を生かして大勢の敵を焼いていた。
『火吹き筒』を思わせる帝具だが、それよりも威力は強く、効果は凶悪だ。
逃げ出そうとする賊たちは退路に待ち伏せていた飛翔する帝具『マスティマ』を持つランによって射抜かれる。
さらにはスタイリッシュの強化兵が賊を掃討していく。
「・・・・・」
皆、狼より強い。
だが、だからといって狼より勝っていることにはならない。
狼は囲まれ始めているクロメとウェイブを援護するため、飛び降りる。
そして下にいる敵を落下忍殺すると、その場で爆竹『長火花』を撒いて敵の視界を遮る。
「狼さん!」
「・・・待たせた」
狼はガシャンと義手忍具を動かすと今度は仕込み斧を取り出す。
強引に相手を切りつけ、体幹を崩した相手を忍殺。
それを繰り返し、『命の呼吸・陰陽』で回復すればそれなりの数を倒せる。
「クロメ・・・ウェイブ・・・行くぞ」
狼は怯んでいる敵に『仕込み斧・火打ち式』で薙ぎ払い、叩きつける。
爆発でさらに体幹を崩した相手を忍殺し、次へ移る。
後ろに続く二人も狼以上に敵を素早く殺す。
ふと、狼へ向けて突きを繰り出した相手に、その攻撃を踏みつけて地面へ倒すとそのまま心臓へ一撃を与える。
敵が多くなってきた。
『旋風斬り』では対処できる数ではない。
狼は背中の大太刀を抜く。
「ウェイブ!クロメ!」
狼は二人に注意を促すと、そのまま『奥義・不死斬り』を放った。
狼に憑く形代を用いて放たれる不死斬りは広範囲を薙ぎ払い、確実に敵の命を奪った。
戦意喪失している敵も関係ない。
狼はその業の下、命を刈り取っていった。
「よくやった。お前たち」
エスデスは任務を終えた七人を迎えた。
「しかし隻狼よ。お前は多彩な戦いをするのだな」
「は・・・それが忍びの技であれば・・・」
「いや、そうではない。お前は暗殺者でありながら正々堂々とした戦いもできる。一体誰から教わった?」
「お聞きするのですか・・・?」
言外に分かっているだろうと狼は跪きながら言った。
「そうか。葦名一心か・・・。なるほど、お前の様子から見るに、一心はそれ以上なのだろう。今から戦うのが楽しみだ」
「葦名一心って、あの反乱軍の?」
「うむ。隻狼は葦名一心と知り合いだ。確か何といったか・・・」
「国盗り戦の葦名衆。剣聖、葦名一心・・・」
「そうだ。私も会ったことがあるが、あれほどの人間はそういない。お前たちが束になってかかったとしても、今見た戦いでは勝てるかどうかといったところだな」
「そんな奴がいるんですか!?」
「ああ。ちなみに帝具使いではないそうだ。そうだろう。隻狼」
「は」
あの鋭い剣を受けきれるものは恐らく、この中でも数少ない。
クロメでは荷が重い。
「その技・・・少し興味があるな。隻狼。簡単なもので良い。見せてみろ」
エスデスの指示に、狼は少々悩んだが、よく使う例の技を見せることにした。
狼は上段に構え、ただ力強く振り下ろす。
たったそれだけだった。
「えっと。技?」
セリューやボルスをはじめとした面々はあまり分かっていないようだったが、エスデスや葦名流を知っているクロメたちは違った。
「今の、本当に実戦でやっていた」
ウェイブは思い出すように言う。
「『一文字』。先生が葦名流の基礎といっていた技だったね」
「葦名流か・・・たった一振りで厄介だと分かるな」
エスデスは得心が言ったようだったが、剣術に疎い面々はまだ良く分かっていないらしい。
「葦名流は、流派というより勝つことを一事とした剣。『一文字』はその代表・・・無骨に、正面から叩き斬る。 ただ、それだけを一意に専心した技、その専心ゆえに、葦名流は強い」
狼はもう一度『一文字』を放つ。そしてそこに加えて追い面を放つ。
『一文字二連』。
「無骨に、正面から叩き斬る。反撃が来るならば、もう一度叩き斬る。葦名の一文字は、二連で完全となる」
狼は刀を収めてエスデスに跪く。
「よく見せてくれた。なるほど、相対すれば厄介な流派だ。あの『一文字』のみでも、十全に使うには相当な研鑽が必要だろう」
「は。今、葦名流を扱うものはこの世に三人。己と一心様。そして教え子のアカメにございます」
「葦名流の暗殺者が二人。どうだ、隻狼。お前はアカメに勝てそうか?」
「・・・己は、己より強いものとしか戦ってきてはおりませぬ・・・勝てぬなら一度逃げ、次に殺す。しかし、子のアカメとは一度死合っております」
「だが両者生きている」
「仔細は明かせませぬ・・・」
「フフ。そればかりだな。だが改めて気に入った!その葦名流。クロメとウェイブ、タツミに伝授せよ!」
「承知しました・・・」
「今宵は収穫の多い日だった。各々、今夜はしっかり休むといい」
エスデスの号令の下、その場から撤収となった。
狼はタツミの様子が気になっていた。
恋というものは良く分からないが、あのエスデスをおかしくさせる程のものであることは分かっている。
敵とはいえタツミは己の技を教えた弟子である。
僅かな技のみしか教えることが出来なかったが、目に見えて成長している。
出来るのならば、戦の中で。
そう考えて、ハッとする。
まるでかつての義父のようではないか。
いや、今更だったかとも思う。
狼はアカメに斬られるために死地へ赴き、生きて帰った。
親は子に似るとはよく言ったものだ。
「隻狼」
「は。ここに・・・」
狼はエスデスに呼ばれ、姿を現す。
「先ほどのタツミの話。聞いていたのであろう。私には理解できん話だった。弱者の気持ちなど考えたこともない」
タツミは今の世の中を憂い、民のみんなが平和に暮らせる国が欲しいと言っていた。
なるほど、確かにエスデスの主義主張とは違う。
エスデスは弱肉強食を盲信しているといってもいい。
だからこそ分からないものがあるのだろう。
「お前は数多の技を使う。必要だったからであろう。だからお前は強い」
「いえ・・・」
「?」
「己は弱い・・・。イェーガーズの誰よりも・・・」
しかしと狼は思う。
弱いから死ぬのではないのだ。
数多の死から黄泉がえりを果たした狼の経験がそう心に言ってくるのだ。
「生きることを諦めたら、人は死ぬ・・・」
「・・・続けろ」
「己はただ生きている・・・諦めていないからこそ・・・」
弱くても生きているのだ。
弱いが強いという矛盾を生じさせる狼の全てがそこにあるような気がした。
エスデスは深い沈黙の後、フッと笑った。
「弱者が弱者たる所以は諦めの悪さの違いか・・・。なるほど、それなら分かる気がする」
得心したようなエスデスを見て、狼は再び陰に隠れようとする。
「だが、隻狼。お前は確かに強い。私が保証してやろう」
「・・・ありがたく・・・」
狼はそう言い残して今度こそ陰に消えていった。
フロムの主人公たちは精神の強さ、諦めの悪さで敵を倒します。