「腕を上げたな・・・クロメ・・・」
「先生も全然本気じゃなかったんだね。すごかった」
「・・・お前も本気ではなかったであろう・・・」
「うん。『八房』を使うまでもなかったよ」
「違う。純粋な力を秘めていたであろう・・・」
「・・・やっぱりバレちゃいましたか?」
クロメはお菓子をポリポリと食べながら答える。
彼女は未だに薬に頼る体である。
本来の彼女の力を殺しているとさえ、狼は思っていた。
「・・・お前には葦名流を教えなかった・・・」
「あれぐらいならもう見切れる」
「・・・見切れるのと使えるのは違う。・・・時間がなかったか・・・」
狼はクロメに葦名流を見せてはいるものの。教えてはいない。
アカメたちのように育てる時間があればその髄まで教えたであろうが、それはかなわなかった。
「だが・・・今は時間がある・・・元より手取り教える技でもなし。その身で受けて覚えよ・・・」
「先生・・・。先生は変わらないんだね」
「むう・・・」
よく言われる言葉の一つである。
「お姉ちゃんはそれを覚えたんでしょ。私も覚えなくちゃ」
そして私の手でお姉ちゃんを殺してあげなきゃ。
狼はその言葉を受けてもう一度唸る。
「・・・カイリには会ったか?」
「最近はあってないよ?」
「あったら聞いてみろ・・・薬は何処だ・・・と」
「暗号?」
「似たようなものだ・・・」
正気に戻せるのならば、戻した方が良い。
狂ったままの刃で今のアカメに届くとは思えない。
真にアカメを殺したいのであれば、その刃を研ぎ澄ます必要があるだろう。
そうこうしているうちにウェイブとタツミがやってきた。
平和なやり取り?が行われる中でエスデスもやってくる。
「タツミ!今日から数日は狩りだ。フェクマに行くぞ!」
「・・・・・・」
「ウェイブとクロメ、隻狼も供をしろ」
「狩り・・・」
「お前なら得意そうだからな。賊を探すついでだ」
「承知しました・・・」
曰く、クロメは今一つ底が見えないから初めはエスデスと行動を共にし、夜になったらメンバーを入れ替え、エスデスとタツミになるという。
エスデスらしい下心の見せ方だった。
「隻狼は、どうしたものか。お前は複数で動くより単独で動く方がやり易いだろう」
「は。かつては葦名を一人で駆け回った身・・・仲間というものに慣れてはおりませぬ・・・」
「よし。これを機に連携を身につけろ。私とクロメのチームに入れ」
「承知しました・・・」
クロメに葦名流を教える丁度いい機会だと狼は受け取った。
「むう・・・」
狼は唸る。
唸る原因はただ単に葦名流を使う程強い相手に出くわさないからだ。
擬態する危険種はいるものの、それを見抜けばそれほどの強さはない。
一方的に斬ることが出来た。
エスデスが言うには、夜の方が強力な危険種が現れるらしい。
連携の訓練もさほど上手くいっていない。
狼は己より強い者たちと渡り合ってきた孤独な軍隊。
エスデスは真性の強者故、連携しない方が強い。
クロメは唯一連携が取れるが、多数対少数や奇襲による連携のみ。
それぞれ独自の方向性に特化している故に今回のように数が多く力の弱い相手に、上手く連携が出来ないのだ。
「ふむ。狩りは狩りだが、こうも一方的だとつまらぬな。それに連携もできていない」
エスデスもそれに気が付いたのか、思案顔になる。
「暗殺部隊は奇襲を主な目的にしているから」
「己は独りで戦い過ぎた・・・」
「軍の指揮とは勝手が違うな。少数精鋭は間違っていたか?」
悩むエスデスを見ながら狼は岩に擬態した危険種に斬撃を見舞う。
舞うような連撃を相手に叩きこむ『奥義・浮舟渡り』。
その斬撃は鋭く、守りの堅い相手に有効だが、狼では極めきれなかったがために、真の威力が発揮できず、あまり使わなかった技だったが、これも異端だが葦名流の一つ。
それを見たクロメとエスデスは感心したような表情を浮かべる。
「面白い動き」
「それでいて刃は鋭い・・・か。相も変わらず楽しませてくれる」
「・・・むう」
狼は再び唸るのであった。
それと同時であろうか、重い足音が響き渡り、巨大な体躯を見せた四足の危険種。
「それなりの大物だな。よし!もう一度連携を試してみるとしよう」
エスデスは隻狼に合図を送る。
どうやら隙を作って見せろと言うことらしい。
狼は危険種に肉薄して大きく跳ぶ。そして裏に回って刃を構える。
挟まれたと知った危険種は意外と賢いらしく、その陣形から距離を置こうとするが、目の前で起きた爆音と光に驚き、その場で竦んでしまう。
爆竹『紫煙火花』。
通常、狼が使う爆竹よりも起爆が遅いが、その爆音と光は強力であり、相手に大きな隙を作りだす。
クロメはその隙をついて危険種の首を輪切りにしようとするが、意外と堅いらしく、刃が通らなかった。
それを見た狼は作戦を変える。
クロメに意識が向いている隙に専心した『一文字』を叩きつける。
その一撃に怯んだところに今度は追い面を打ち、体幹を削る。
体勢が崩れかけたと見たクロメは危険種の足を鋭く切りつける。
好機。
狼は危険種が横倒れになったところで眼球を狙って忍殺を決める。
今日、ようやくできた連携であった。
「私の出る幕がなかったが、良い連携だった。暗殺部隊の出身同士、中々やるではないか」
「よくできた」
「・・・・・」
狼は何も言わずに眉間のしわを薄くした。
ようやく、順調な狩りが始まったと思った瞬間、今度は遠くで衝撃波が起きた。
「あの方角はタツミとウェイブが行った方だな」
「大物?」
「・・・・・・」
狼には何か良からぬ予感がしていた。
翌日。
そこには拷問を受けるウェイブの姿があった。
その罪はタツミを逃したということ、そしてナイトレイドに遭遇して逃がしてしまったということだった。
曰く、『インクルシオ』に身を包んだ相手だったという。
狼はその中身がタツミであると知っている。
無事に逃げられたらしい。
敵であるにもかかわらず、弟子の無事を安堵する狼はやはり優しいのだろう。
石抱きの刑に処され、クロメから蝋を垂らされるウェイブは苦悶の声を上げていたが、エスデスは呆れていた。
狼はそろそろ止めた方が良いのではと思い声を掛ける。
「エスデス様・・・」
「なんだ隻狼。今いいところなんだ」
「そこまでに・・・」
「・・・まあいい。隻狼に免じて後は鞭打ち程度に済ませてやろう」
完全には止まらなかった。
そこでセリューが山狩りを行った結果を報告し、残念ながら見つからなかったといった。
どうやらスタイリッシュも独自で動いているらしく、現在は連絡が入っていない状態らしい。
「隊長・・・そのタツミの件なんですが」
ランはもしもタツミが反乱軍へ入った場合はどうするかと聞いた。
「斬れ・・・」
エスデスが答えるよりも早く、狼は答えた。
「狼さん?」
「タツミもすべて承知のこと・・・子が親を斬る。そんなこともある・・・」
「隻狼」
「刃を交えることで語れることもあろう・・・だから斬れ・・・」
「・・・そうだな。生け捕りが望ましいが、そういった恋もあるか」
エスデスは何やら勘違いしたらしく、一人納得していた。
狼は逆に寂しく思い、忍び義手に仕込まれている『泣き虫』を見た。
仏師殿は良くこの笛の音を聞いていたというが、確かに聞きたくなる。
だが、味方を苦悶させるわけにはいかない。
誰もいない一人の時に吹くとしよう。
「カカカッ。そうか。あの隻狼が怒っていたか」
楽しそうに酒を飲むのは一心。
そして酒の肴にされているのはタツミ自身の経験談であった。
「先生が怒ったときはなかったな。やはり試合に出たのがまずかったのか」
「そうみたい。忍びの技をそう出すなって」
「まあ確かにそうかもな」
「誘ったのはお前だぞラバック!」
「カカカッ。儂も見てみたかったぞ。あ奴の怒る顔というものをな」
ひとしきり笑い終えると、今度はイェーガーズの戦力についての話になった。
まずエスデスが別格だったということを告げる。
それに対してアカメは、エスデスは生きているから殺せるという。
「よう言った!それでこそ赤狼よ!」
機嫌よく酒をあおる一心は傍らに置いてある刀を寄せる。
「赤狼で思い出したけど、狼さんもやっぱり強かった。アカメを葦名流の忍びって言っていたけど、あの人の剣技も相当なものだったと思う」
「当たり前であろう。あ奴は儂を斬った男。そう簡単には斬られまい。のう。赤狼」
「・・・はい」
「え?じいさんって狼さんに斬られたの?」
「む?言うておらんかったか。そうよ。儂はあ奴に一度、いや、不死斬りで介錯されるまで斬られ続けた。あの死闘は今でも朽ちてはおらぬ」
「病で倒れて、そして生き返って、狼さんと戦って・・・?」
こんがらかっているであろうタツミを呆れたように見て一心は言う。
「言ったであろう。儂らは淀みなのだと。本来生きていてはならぬ存在。なんの因果かは知らぬが、儂と隻狼はこの地に降り立った。儂は再び国盗りのため、隻狼は主のため」
「敵同士なのに何であんなに仲が良さそうなんだよ!?」
「カカカッ。何故じゃろうな」
タツミの疑問に一心は笑って誤魔化した。
「不愛想じゃが、どこか憎めぬやつだからかの」
一心は懐かしそうに、徳利を傾けて盃に酒を満たす。
それ以降黙ったままになり、タツミたちは再びイェーガーズのメンバーについて話し合いをしていた。
一人、一心は刀を見る。
戦が近い。
それを感じ取っている。
故に血が騒ぐのだ。
だから黙って血がおさまるのを待つ。
これから始まる戦に備えて、精神を統一するのだ。
「隻狼」
「ここに・・・」
呼ばれた狼はいつぞやのように陰から現れる。
「あの時吹いた笛。もう一度吹いてくれるか?」
「『泣き虫』を・・・ですか?」
「ああ。今はあれを聞きたい。普段は芸術など全く分からない私だが、あの音が気に入った。それに確かめたいこともある」
「は。では・・・」
狼は『泣き虫』の指笛を吹いた。
辺りは静寂。
その悲し気な音色はいつもより悲しく、しかし優しそうな音だった。
「ふむ。やはりな」
「エスデス様・・・?」
「実は私は体の中に危険種を飼い慣らしている。とはいっても血液だがな。これが帝具なんだ」
そう言って胸元の印を指す。
「常人なら気が狂うであろう破壊衝動があった。今もそうだ。いや、そうだった」
エスデスはこんな気分は久しくなかったという。
「言われてみればいつも私はそういう衝動があったからなのかもな。だが今は消えている。その笛の音が、静めているのだろう」
「『泣き虫』は怨嗟の炎に憑りつかれた仏師殿すらも静めようとしました・・・」
「ほう?」
エスデスは狼の話に興味を持ったようだ。
ゴズキ殿にも似たような話をしたな。
狼はそう思いながら酒を取り出す。
『猿酒』と呼ばれる辛い酒だ。
「また新しい酒か。どれ、頂こう」
エスデスはグイっと飲む。
そして辛そうに、しかしおいしそうに飲むのであった。
「カァー。これは効くな。なるほど。こういうのもあるのか」
「仏師殿が昔、よく飲んでいたという酒にございます」
「仏師というのはどういうやつだ?聞かせてくれるのだろう?」
狼は仏師について語った。
昔は忍びであっただろうこと。
若き頃は二人で修業をしていたということ。
その時の片割れがこの『泣き虫』をよく吹き、それを聞きながら猿酒を飲んでいたこと。
いつの間にか片割れがいなくなり、独りになったときにエマを戦場で拾ったこと。
紆余曲折があって修羅となりかけた仏師は一心に片腕を斬られたこと。
なんの因果か、その代わりに使っていた義手が巡って狼の腕になったこと。
「仏師殿は怨嗟の降り積もる先だったと・・・」
「それはなんだ?」
「己にも分かりませぬ・・・しかし、仏師殿はそれ故、怨嗟の炎を纏い、鬼となりました」
「怨嗟の鬼・・・か」
狼はかつて仏師が斬ってくれと言ったことを思い出す。
怨嗟の降り積もるこの国。
一体誰が斬らねばならぬのだろう。
「流石の私でも鬼を斬ったことはないな。まだその鬼はいるのか?」
「おりませぬ・・・己が斬った故・・・」
「そうか・・・。それにしても辛い酒だ。火が出るとはこのことだな」
「エスデス様にも・・・」
「?」
「修羅の影が見えております・・・。己と同じように・・・」
かつて同じ酒を一心に振舞った際に言われたことだ。
狼にも修羅の影があると。
エスデスの場合、既に修羅のようであるが、不思議とそう思えなかった。
「フフッ。そうか、そうなったらお前は私を斬るのか?」
「斬れと申されれば。しかと・・・」
「ハハハ!やはり面白い奴だ。隻狼。不愛想なくせに多感だ。そうだな。もし私が修羅に堕ちたと思ったのなら、斬りに来い!受けてたとう!」
「は」
狼は頭をたれ、エスデスは楽しそうに酒を飲むのであった。
真のハンターは足元に注意する。
某ゲームの名言です。