しかし、飢えた狼の修業は文字通り業を修めることにある。
スタイリッシュは死んだと告げられた。
行方不明だが、強化兵全員がいないこと、帰還していないことから交戦して全滅したと判断されたのだ。
セリューにまた怨嗟が降り積もる。
狼は武器の整備を行う彼女を見て悲し気に思う。
まだ若き子供が怨嗟を背負うことになるとは。
エスデスがセリューを慰め、狼は側にいるだけであったが、その悲しみは何となく共感できた。
己は戦場で飢えた狼になった故、助けることはできぬ。
その無力感は何度も味わってきたものと似ていた。
かつて、九郎が不死断ちを行おうとしたときに、薬師のエマより聞かされた介錯の事。
あの時ほど深い無力感はなかった。
その後、エマの協力を得て人返りの術を知ったが、そう何度も味わいたくないものであった。
「怨嗟を背負う必要はない・・・」
「狼さん?」
エスデスに抱かれるセリューは涙声で聞き返す。
「積り積もった怨嗟はやがて炎を生み、その炎が人を鬼へと誘う・・・お前がそうなる必要はない・・・」
「グス。でも、正義は負けないんです」
「負けぬ者など、この世におらぬ・・・己も負け続けてきた・・・エスデス様もいずれは負ける時が来る・・・」
かつては内府すらも慄かせた葦名一心がその例である。
かの剣聖は病に敗れ、そして狼に敗れた。
「多くを殺した者には形代がよく憑く・・・形代は心残りの形・・・」
狼はセリューの武器に纏わりつく形代を己のものとする。
「この業。忍びである己も背負う・・・。もし、己かエスデス様が修羅へ堕ちたとき、互いで斬る。故にお前は手を出すな・・・出してくれるな・・・」
悲し気な狼は眉間のしわを濃くする。
多くを殺した忍びには多くの形代が憑く。その身にも心にも。
それが忍びの業であるがゆえに。
狼は悲しむのは後にしようと心を変える。
「ウェイブ・・・クロメ・・・」
中庭へやってきていた二人に声を掛ける。
何やらウェイブは変な格好を取っていたが、それは置いておくことにした。
「お前たちに葦名流を学んでもらう・・・」
「え、えっと。修業ですか?」
「うむ・・・」
「そうだな。次の指令が来るまで帝都の警備や鍛錬に時間をつぎ込んでもらう。ウェイブとクロメは隻狼から学ぶところが多いだろう」
「俺の主武装は『グランシャリオ』での体術なんですけど・・・」
「忍びの技、受けて覚えよ・・・」
刀を抜かずそのままウェイブの懐へ入り肘打ち、掌底を撃ち込む。
いきなりの攻撃に悶絶するウェイブへ向けて狼はもう一度、冷徹に言った。
「受けて覚えよ・・・」
「突きは見切れ、下段は飛んで踏め。鋭い攻撃は全て弾け・・・」
矢継ぎ早に行われる狼の攻撃は苛烈を極めた。
流石に身が持たないと帝具『グランシャリオ』を纏って修業していたが、ウェイブの攻撃は全て弾かれ、狼は鎧であることをいいことに容赦なく刃を叩きつけてきた。
「ちょ」
言われるようにやろうとするものの、できるのは下段を回避して踏むこと、そして弾くことだけ。
相手の強力な刺突を見切る技はどうしても体得できなかった。
「突きを踏んで反撃に転じろっていうけど!一歩間違ったら死んじまいますよ!狼さん!」
狼の攻撃を何とかしのぎつつ、ウェイブは反論する。
「それが忍びの技。死地を過ぎれば極楽となる」
手本を見せるようにウェイブの突きを容易く見切り、逆に反撃して見せる。
「ゴォ」
無様に転がるウェイブに向けて専心した『一文字』を放つ。
体幹を崩したウェイブに狼は忍殺を決めるが、鎧の上からのため全く効果はない。
過去に甲冑の武者と戦ったことがあるが、その時は高所より落下させて勝利した。
今回はそのような有利な場所ではないため無理がある。
というより修業のため殺してはいけない。
「堅く受け止めるな。流水のように受け流せ」
相手が傷を負わないことをいいことにさらなる斬撃を浴びせ続ける。
かつて、蟲憑きであるがゆえに死ななかった半兵衛は狼のために斬られてくれた。
不死斬りを手に入れた狼は彼を介錯した。
心の優しい人間であった。
その業もまた狼の中に根付いている。
「・・・そこまで・・・」
狼は流石に経験の差に開きがあると反省し、一度攻撃をやめる。
「狼さん・・・容赦なさすぎ・・・」
息も絶え絶えの様子だったが、その帝具のおかげか傷一つ負っていない。
「刃を通さぬその鎧・・・修業に丁度良い・・・」
「まさかの木偶人形扱い!?」
狼としては技を受けることで対処ができるようになると考えていたが、ウェイブは勘違いをしているようだった。
確かにそう思っていた節もあるので特に何も言わなかった。
「というか狼さんって最初より後半が強くて・・・」
「お前の体幹が崩れていただけだ・・・己はそれを隙と見て戦ったのみ・・・」
「先生」
「どうした・・・」
「昔、私たちと修業したときとウェイブとした修業が違うけど、一体何で?」
なんだそんなことかと狼は思う。
「堅き盾を持つものは割り、素早きものは仕留め討つ・・・意識せずとも相手を殺す技を仕込んでいただけ・・・」
「ウェイブは堅いから体勢を崩させて、私たちみたいな暗殺者は素早く動くから動きを制限させたってこと?」
理解が早い。
「ああ・・・」
「じゃあ今、クロメと狼さんが戦ったらどんな風になるんだ?」
「・・・久しぶりにやるか・・・クロメ」
「うん。先生」
その瞬間、狼は手裏剣を放つ。
クロメはそれを弾いて真っ直ぐ狼へ肉薄する。
対して狼はその場で自然体となり雨あられのように降り注ぐクロメの刃を弾き返した。
そして下段に合わせて『仙峯脚』で体幹に大きな打撃を与える。
体幹を回復しようと距離を取るクロメを追うように狼は『奥義・大忍び刺し』で追撃する。
この刺突の厄介な点は見切るか弾く以外の回避方法が難しいこと。
一瞬で距離を詰める刺突はクロメの正に目前で止まる。
「!?」
「ここまで・・・」
狼は刀をしまってウェイブへ向き直る。
「これが忍び同士の戦い・・・己はここに葦名流を用いて相手を追い詰めることに価値を見出した・・・」
「なんだか凄かったけど・・・俺にはちょっと合わないそう・・・」
自信なさげに言うウェイブに狼は首を横に振る。
「己は、己の戦い方をしているまで・・・それを体感してどう戦うかはお前たち次第・・・」
「器用な奴だ。相手に合わせて戦い方を変えられる奴はそういない。この私も帝具の力を用いるからこそ変幻自在に戦えるが、生身の人間がそのように戦うとはな・・・今度は私と試してみるか?」
エスデスは冷徹な笑みの裏側に獰猛な猛獣を思わせる気迫を生み出す。
「やれと申されるのであれば・・・」
「では命じる。殺す気で来い!」
「承知・・・」
狼は楔丸を抜いて構える。
エスデスの戦い方は以前の危険種狩りで見ている。
冷気と剣を用いた今まで戦ったことのない相手である。
剣はともかく、冷気に対して狼は現状、対抗する手段が少ない。
だが、殺せないわけではないだろう。
「む?」
狼はエスデスの周りを走り出す。
エスデスの攻撃は派手だ。
だが派手な攻撃にはそれ相応の隙も多々ある。
それを狙う。
狼はエスデスが冷気による攻撃を出すのを待った。
しかし、エスデスはそれを知ってか知らないで素早い剣撃で狼を襲う。
予想の外れた狼は素早く、しかし重い一撃を受け止めるが、次に来る連撃はみな流水のように受け流す。
「やはり、やるな!」
危険だ。
狼はエスデスから逃げるように距離を取る。
一瞬いたその場所に氷の柱が立っていた。
「良く避けた。まだまだ行くぞ!」
エスデスは氷のつぶてを放ち、狼はそれを走って避ける。
追尾してこない分、まだ楽な方であるが量が多い。
攻撃の終わりを見たのか、狼は跳んで距離を詰める。
そして空中で『一文字』を構え、着地と同時に振り下ろす。
エスデスはその攻撃を受け止め、次に来る追い面も受ける。
しかし、まだ余裕があるようで、すぐに攻撃に移ってきた。
しばらくはエスデスの剣と狼の刀がぶつかり合い、剣撃の応酬が続いたが、痺れをきらしたエスデスが再び冷気による攻撃に移った。
狼はエスデスを横切るように走り抜ける。
エスデスもそれは予想外だったようで、氷の槍が誰もいない場所へと飛んでいく。
狼は踵を返して専心した『一文字』を解き放つ。
またも受け止められるがそれでいい。
さらに追い面を打って体幹に打撃を与え続ける。
「なるほど。これがお前の強さか」
大きく距離を取ったエスデスには笑みが浮かんでいる。
純粋に戦いを楽しんでいるのだ。
「ならばこれはどうだ?」
エスデスは試すように氷の塊を出す。
岩ほどのものが複数。
狼は受けられないと感じ取り、氷と氷の間を縫うように走る。
それだけ巨大であればエスデスからも死角となる。
見事近づくことに成功した狼だったが、そこにはエスデスが大上段で待ち構えていた。
『一文字』。
見よう見まねだが、それは威力の高い技の一つ。
狼はその一撃をまともに受け止めてしまい、逆に体幹を崩しかける。
辛うじて追い面を避けたものの、この状態はまずい。
しかし、狼は前へと距離を詰める。
そして動きを止めた。
「私の勝ちだな」
「は。見事にございます・・・」
狼の喉元に氷の刃が触れていた。
潔く負けを認めると刀をしまい、跪く。
「なるほど葦名流か。悪くない。使いようによってはこれほど有利な状況に持ち込める技はない。いや、勝つことを一事とする剣が葦名流だったか。これがまだ基礎というのだか面白い」
「す、すげぇ戦いだった」
「先生の動きもいつもと違った」
「お二人とも凄い正義の力です!」
各々が感想を述べる中、エスデスは跪く狼に命じる。
「その葦名流。私も学びたくなった。隻狼よ。これから私も修業に付き合うぞ。いいな」
「は」
気苦労が増える気分だったが、不思議と悪い気分ではなかった。
その後も狼が『グランシャリオ』を纏ったウェイブに葦名流の技を叩きこんだり、奥義を実演して見せたりと平和な時間が流れた。
同時期。
イェーガーズのスタイリッシュを撃破した一行はアジトを発見されたため、一時的に身を隠すことにし、飛行型の危険種で移動している最中だった。
「ほう?新たな仲間と聞いたが・・・どこぞで見たことのある顔じゃのう」
「えっと。その節はどうも・・・」
空を飛ぶ危険種の上、タツミがはしゃぐ中一心は新たなナイトレイドのメンバー、チェルシーの顔を覗く。
チェルシーは苦笑いを浮かべて頭を下げる。
「お前がそのような態度をとるとはな・・・」
ナジェンダは意外そうな顔でチェルシーを見るが、一心は楽しそうにしていた。
「カカカッ。いつぞや、儂の下に紛れ込んだ鼠の一人よ。赤狼がお主らの主を斬ったと聞いたが・・・」
「私は元々革命軍のチームだったので。オールベルグとは深い付き合いがあるわけじゃあないですよ」
「オールベルグ・・・」
アカメはかつて斬ったメラを思い出す。
彼女も敵であったとはいえアカメに暗殺者のイロハを教えた人物でもある。
自分の師は皆、敵ばかりになるとアカメは内心自嘲した。
「そうじゃ!赤狼!あ奴には褒美をやったが、お主にはまだ褒美を渡しとらんかった。葦名流を極めつつあるお主に良いものをくれてやろう」
「それは?」
「葦名流の伝書。儂が葦名衆のために書き連ねた伝書よ。これをよく読み、極めよ。極めたらまた褒美をやろう」
アカメは書き束ねられた本を開く。
かつて狼より学んだ葦名流の技と構えがある。
「おい。鼠!軍は何をしておった」
「鼠じゃないです。今、革命軍は蜂起に向けて諸侯と渡りをつけているところですよ」
「そうか。ではまだしばらくは儂も暇になるわけだ」
「じいさんって革命軍の将軍なんだろ。こんなところにいていいのか?」
タツミの疑問に一心は笑って返す。
「生まれ落ちた世界の違いよな。儂の国盗りは正面からぶつかって盗り返す戦であった。まあ謀の一つや二つ。なかったわけではないが、儂にはそのようなもの、向いておらん」
故に正面から片っ端から斬っていった。
そう一心は漏らした。
「一心殿は帝国軍に大打撃を与えた。だが、そのせいで相手は守りに入ってしまったんだ」
「儂が怖くて出てこれぬとな。まったく呆れたものじゃ」
「一心殿の活躍で帝国に被害を出したのもありますが、豪快にやりすぎたから手を出しづらくなったのですよ」
ナジェンダ曰く、一心は本来切り札のようなもので、革命の時と同時に切りだすつもりだったらしい。
小言を言われてつまらなそうにする一心は眼下に広がる光景を見て気を紛らわす。
まるで子供のようにすねる一心を見てナジェンダは苦笑いをした。
辿り着いた先は帝都より遠く離れたマーグ高地と呼ばれる秘境。
危険種が強く、人が住むには適さないが潜伏するにはもってこいの場所だとナジェンダは語った。
新しいアジトが決まるまではここで修業をすることになった。
ここへ連れてきた危険種が飛び去り、それについて言及したマインをチェルシーがからかう等のこともあったが、取りあえずは新しいメンバーの自己紹介という流れになった。
まず、チェルシー。
ナジェンダが紹介する前にアカメに近寄り餌付けして仲良くなる。
一心は鼠と評していたが、暗殺の成功率はアカメと同等だという。
そしてスサノオ。
生物型の帝具でナジェンダに反応した故、譲り受けたという。
スサノオは几帳面らしく、タツミの服の裾が出ているところを直して良しと言っていた。
レオーネが肝心の能力は何かと問うと、ナジェンダは笑った。
「やれっ。スサノオ!!」
「カカカッ。面白い奴を見つけてきたな。ナジェンダ」
そう一心に言われて得意そうになるナジェンダ。
確かにスサノオは凄かった。凄いのだが・・・。
「家事をしているようにしか見えないんだが」
ナジェンダはその通りと叫ぶ。
それに対してマインが戦闘とは関係ないと返したが、もちろん切り札もあるとのこと。
「おう!お主ら!酒じゃ!飲め!」
出来上がった料理を前にして一心が号令をかけるのであった。
スタイリッシュ脱落。