狼は平和な日々が続いていると思っていた。
ナイトレイドはここ最近活動せず、ひそかに向かったアジトには戦闘の痕跡があった以外だれも見つからなかった。
賊の討伐は順調に進み、治安は以前より改善されたように見られる。
陛下とエスデス公認で賊ないしは裏切り者を斬れと命令を受けたため、今まで以上に自由に動いていた。
しかし、大臣にはまだ届かない。
一番初めに出会ったときに斬らなかったのが今は悔やまれる。
任務の無い日はウェイブやクロメと修業を行い、忍びの技や葦名流を教えた。
「狼」
「は」
今、狼はブドー大将軍に跪いている。
「此度もよくやってくれた。陛下もお喜びになるだろう」
狼が動きやすくなったおかげで内憂が取り除かれていくことにブドーは喜んでいた。
初めこそ陛下に近寄らせるわけにはいかないと思っていたブドーであるが、その忠誠心と力を見て勘違いしていたと素直に認めた。
「己が陛下の忍びなれば・・・」
「いつもの己の掟か・・・お前のような者が帝都にもっといれば帝国も安泰だろうに」
ブドーも今の帝国が危ういことくらい分かっている。
分かっていてオネストらを放置しているのは愛国心と忠誠心故だろう。
彼は帝国に、陛下に仇なす敵を許せない。
反乱軍のような存在をまずは排除すると決めていた。
その次は内憂を消し去るつもりであったが、狼がそれを知らずの間に進めていた。
彼にとっては嬉しい誤算であった。
「新設された治安維持組織も上手く動いているようだな」
「は。エスデス将軍の下、皆よく働いております・・・」
「そのようだ。ただ、お前とエスデスが修業する時は必ず帝都の外でやってくれ」
エスデスも修業に参加する時はあったが、その時は地形が変わることもあったため、ブドーが激昂してからというもの、場所を変えての修業をしていた。
「お前の元居た暗殺部隊。グリーンだったな。直々に鍛えてやったのは。今や帝国に残る本当の暗殺部隊はお前とグリーンのみ。今の隊長を見るに、もう長くはないだろう」
「・・・・・」
「久しぶりに会いに行ってみてはどうだ。あいつもお前に会いたがっているだろう」
「ありがたく・・・」
「うむ」
狼は音もなくその場を辞した。
「狼さん!?」
久しぶりに会いに来た狼だったが、第一声は驚きの声だった。
無理もないだろう。
アカメ離反の後、会うことすらかなわなかったのだから。
今はまだオネストの手のひらで踊っているが、ようやく糸口が見えてきたところである。
それをグリーンには伝えないが、彼もまた国を思う人間の一人。
「久しい・・・」
「大丈夫なんですか!?こんなところで」
「ブドー様の計らいだ・・・」
「そうですか・・・狼さんはもうそこまで・・・」
「?」
「いや。どうして不思議そうな顔をするんですか」
グリーンは久しく会っていなかった師につっこむ。
彼は既に狼がオネストにとって脅威になっているということを知っている。
今の暗殺部隊は、カイリとグリーンを除けばほとんどがオネストの命令に従うだろう。
だが、ほんの少し、狼という人間に出会っている者はそうではない。
暗殺者として、人に仕えるものとして憧れるようなものが狼にはあるのだろう。
オネストはそれを警戒しているというのに、当の本人は全く分かっていない様子だった。
「カイリは・・・」
「任務です。大臣の命令で近くの村を見せしめに殺戮するそうです」
「・・・・・」
「その辺は上手くやるはずです。彼も暗殺部隊の隊長ですから」
言外にある程度の成果で留めると言っていた。
「そうか・・・」
「僕はまだ狼さんのように出世できていません。まあ暗殺部隊という帝国の闇を背負っている以上、中々難しいのは分かっていましたが」
「己の掟・・・見つけたようだな・・・」
狼はグリーンの変化を見てそう感じた。
「ええ。この国を良くして、いつかアカメに帰ってきてもらいたい。それが掟。いや願いです」
「・・・クロメは・・・」
「・・・聞いています。常時お菓子に混入している薬を服用しなければならない状態だそうですね」
「カイリは・・・?」
「どうしたらいいか分からないようです。任務となれば迷いませんが、彼もあの体です。狼さんより受け取った秘薬は隠したままです」
「・・・・・」
「心配いりません。僕は僕なりにやって見せます。狼さんもどうかご無事で」
「ああ・・・」
狼はあまり勘繰られない内にグリーンから離れることにした。
「むぅぅぅん!でりゃゃぁぁ!!」
一心は一瞬の溜めの後に刃を二回振る。
すると真空波が巻き起こり、遠くにいた危険種を両断した。
「赤狼!やってみせよ!」
「一心様。流石に無理です」
「何?あ奴はできたと聞くぞ。お主も一端の人斬りならやってみせい!」
活を入れる一心だったが、アカメはいくら何でも無理があると感じている。
ブラートが帝具の力を借りて地面ごと自分を両断しようとしたことがあるが、それは帝具があってこその技。
生身の人間がそれをやるには相当な研鑽が必要だった。
「一心爺さんも毎日飽きないね」
チェルシーは修業をする二人を見て呆れたように言った。
一心は毎日剣を振り、アカメは時折それに付き合っているようだが、どうも経験の差がありすぎるように思われた。
「カカカッ。昔のように爺と呼ばぬか。鼠よ」
「チェルシーです。流石にあんな思いをすれば呼び方も変わりますよ」
チェルシーは革命軍の中で怪しい人物がいないか探っていた時期があった。
その時に一番怪しいとされたのが葦名一心であった。
何しろ出自不明の剣豪であった。
探りを入れるために帝具『ガイアファンデーション』を用いて潜伏していたが、すぐに見つかり、危うく殺されそうになったのだ。
その後、一心は帝国軍を打ち破る等の功績を残したためブラックリストから除外されたが、チェルシーは今でもあの恐怖を覚えていた。
「あのような回りくどいことをするからそうなる。カカカッ。その点、隻狼は直線的すぎたがの」
敵であるはずの陣左に遠慮なく声を掛け、怪しい忍びムジナにも声を掛ける。
本当に忍びかという程の直情さであった。
「儂の周りには馬鹿者しかおらぬな。食い意地を張る馬鹿者に、回りくどい馬鹿者。そして極めつけは忍びらしくない忍びの馬鹿者よ」
おかしくてたまらないといった様子の一心は刀を収める。
「ふむ。ちと早いが飲むとするか」
「ええ?それもほぼ毎日じゃないですか」
そろそろアジトを離れて一ヵ月が立つが、一心は酒を欠かしたことがない。
「カッ。こんな場所でさほど面白くない連中を斬るよりはましじゃろうて」
この辺の危険種はさほどでは済まないはずであったが、そこは流石剣聖。
全く揺らぐ気配はなかった。
「それより赤狼。極めたか?」
「はい?」
「ふむ。確かに極めたようじゃな。よおし!こいつをくれてやる」
そう言って一心は懐からまた伝書を取り出す。
秘伝・葦名無心流の伝書。
様々な技や奥義を飲み込んだ一心が編纂した伝書。
だがこの伝書は一心が他の技を飲み込み続ける限り未完である。
「『大忍び落とし』・・・先生が使っていた技だ」
「無論。あ奴もそれを知っている。あ奴にしかできぬ技もそこにはある。不死でなければ抜けぬ『秘伝・不死斬り』がその一つであろう」
「狼って人、本当に不死なんだ」
「ああ。『村雨』で斬っても死ななかった」
「いや、死んだ、ただ回生しただけ」
一心はかつての狼を良く知っている。
弱いが、諦めずに主のために奔走した彼はやがて強くなり、剣聖、葦名一心をも斬った。
一心は人知れず笑っていた。
タツミたちは危険種を相手に鍛錬を積んでいた。
この辺の危険種では相手にならない程強くなっている。
「チェルシー。どうだ?ナイトレイドの皆を一ヵ月見て」
「・・・うん。強いね・・・私が前にいたチームよりも強い」
その言葉にタツミたちは喜びを見せるが、チェルシーはでもとつなげた。
シェーレとブラートの二人は好感を持てるが、殺し屋としては失格だと。
マインをはじめとするナイトレイドのメンバーに緊張が走るが、それを破ったのは一心の笑い声だった。
「その言葉。偽りはないな」
「うん」
「クッ。カカカッ」
思わず笑ってしまう。
そんな一心に不審を抱いた面々が彼に目を向ける。
「何をそんな目をする。奴らもその言葉に喜ぶじゃろう。殺し屋なんぞに向いているなどと言われては奴らも立つ瀬がなかろうて」
「・・・・・」
「そんなことよりスサノオ!はよう支度をせい!今日も飲むぞ!」
一心の快活な言葉に、皆退かれるように住処へ向かうのだった。
シェーレとブラートの二人は仲間を守り抜いて死にました。
確かに殺し屋としては失格でしょうが、人間として評価したらその行為はどうでしょう?