狼という異物は何処まで影響を及ぼすのか。
賊が減って帝都に僅かな活気が戻り始めたが、今度は危険種が村を襲うという事件が起きた。
目撃情報では姿かたちも人間に近いとのこと。
狼たちイェーガーズはその危険種を討伐するようにと指示が下った。
そのそれをこなすのは特に問題なく、エスデスは調査用といって数匹氷漬けにしていた。
任務から数日。
狼とランはエスデスに呼び出され、彼女の花畑に呼び出されていた。
ただの花畑ではなく、傷口に塗り込むと激痛が走るという花の畑だが。
「隻狼。ラン。お前たちを呼んだのは他でもない、あの人型の危険種についてだ」
「・・・・・・」
「大臣の調べでは元人間だそうだ」
「やはり・・・。身体的特徴が近しいと思っていました」
狼には良く分からないが、かつて変若水と呼ばれた人を強靭にするものを思い浮かべた。
此度の危険種、スタイリッシュの実験作かもしれないとのことだったが、それにしては行方不明になってから時間がたっている。
ランはスタイリッシュの研究室を調べたという。
曰く、様々な研究をしている割に殺風景だったと。
密かに研究施設を設けていた可能性があると言いたいらしい。
スタイリッシュがナイトレイドのアジトを襲撃し、彼らを実験材料にしようとして返り討ちにあった可能性がある。
狼はナイトレイドのアジトで戦闘の跡があったことを知っている。
「・・・・・・」
エスデスは思ったより彼は狂っていたのかもしれないと言った。
「隻狼。ラン。そもそもそいつらは自分で檻を破ったのか?誰かが鍵を解き放ったのかもしれぬ」
「・・・・・・」
「分かりました。この件・・・私も色々と調べておきます」
「任せたぞ。隻狼よ。お前もランに協力して調査をしろ」
「承知しました・・・」
「狼さんと私のペアは珍しいですね。いつもはウェイブさんやクロメさんと行動をしているのに」
「・・・・・・」
「ははは。相変わらず無口な方だ」
「昔より、多弁になった・・・」
「そうですか・・・」
「そうだ・・・」
それ以降、狼とランの間で沈黙が続く。
スタイリッシュが隠している研究施設の手掛かり、それは多くない。
であれば、元ナイトレイドのアジトに向かってみるのも手である。
ただ、そのアジトを知っていることをどうランに説明したことか・・・。
「狼さんは・・・」
「?」
「あの妙な笛を吹いていましたが、あれも暗器の一つなのですか?」
「『泣き虫』か・・・」
この世界にきて、よく『泣き虫』を使うようになった。
それほどまでに怨嗟に満ちているのだろう。
ただの道にも形代が漂っている。
「ああ・・・。あれは怨嗟の炎さえも静めようとする義手忍具。お前にも・・・怨嗟が降り積もっているのだろう・・・」
狼は詳しく聞くことはなかった。
かつて、仏師に人の話を聞いていたかと注意されたのを思い出したからである。
「・・・ええ。少々、私には目的がありまして」
「詳しくは聞かぬ・・・」
「・・・ありがとうございます」
狼たちは危険種の現れた付近からその周辺を捜索したが、成果らしい成果は得られなかった。
「地道に調べていくしかなさそうですね」
「ああ・・・」
ランは戦闘よりもその頭脳に長けている。
狼は戦闘に特化しているため、ランの護衛といった様子である。
現に、まだ存在する人型の危険種を数体、『不死斬り』で両断していた。
「恐ろしい得物ですね。刀身より長く伸びて相手の守りに関係なくダメージを与える武器というのは」
「・・・元は武器というより、不死断ちの儀式に用いられるものであった」
「・・・というと?」
「不死断ちは我が生涯の主が望むものであった・・・。己はこれを用いて御子様を斬ることだとは思っていなかった・・・」
だがある時に盗み聞いてしまった『為すべきことを為すだけ』という独り言。
「己は御子様を人へ返すべく奔走した・・・いわば抜け忍・・・。御子様の命を救いたかった・・・」
「・・・・・・」
「・・・話し過ぎたな・・・こちらへ来い。形代が多く残っている・・・」
狼は形代の漂う道を歩く。
人の心残りの形であるのならば、これをたどっていけばいずれ辿り着くのではないだろうか。
「・・・また危険種が出てきましたね」
狼たちの目の前、それなりの数の危険種が現れる。
狼は不死斬りを抜き、溜める。
「下がっていろ・・・」
そして解き放つ。
『秘伝・不死斬り』。
念を込めて放たれる斬撃はさらに威力が高く、射程の長い斬撃を繰り出すことが出来る。
形代の多いこの道で、身に憑く形代を背負うことが出来るため、普段はこのように容易く抜けない『不死斬り』を活用することが出来ていた。
「本当に驚かされます。さらに上をいくとは」
「・・・己にしか抜けぬこの大太刀。それ故に己しか極めることが出来なかった・・・」
それがこの技・・・。
狼は不死斬りを収めながら言った。
「抜いた人間が死ぬと言われていた帝具。いえ、葦名の武器でしょうか。よくそのようなものを手に取ろうと思いましたね」
「不死断ちには『不死斬り』が必要だった・・・」
人返りにもまた、不死断ちが必要だったのだ。
「狼さん・・・。どうやら当たりのようです」
ランは視線の先を指さす。
洞窟のようだが、多くの足跡があることからそこを出るか入るかしたのだろう。
足跡は大きく、どうやら人型の危険種がここから出たのであろう。
先に狼が入って中の安全を確認すると、ランにこちらへ来るように合図を送る。
「中は空ですか。しかし、研究の資料がまだ残っているようです」
そう言って書棚にある中の一冊の本を取り出してランはめくっていた。
「やはり実験を行っていたようです。しかも鍵は強引に開けられたのではなく、誰かが意図的に開けたようですね」
隊長の思った通りでした。とランは錠前を拾いながら言った。
「・・・・・・」
狼は形代多く漂うその牢を見て、いかにスタイリッシュが業の深いことをしていたのか知った。
だが、かつては仲間であった。
その業を背負うのも忍びの役目なのだろう。
「どうやら帝都周辺には新型の危険種が現れたらしい」
ナジェンダはそう切り出した。
人型で群れて行動し、僅かに知性がある。
なにより身体能力が高く厄介だという。
「狼たちイェーガーズや帝国兵が討伐しているが、数が多い。帝国に手を貸すことになってしまうが・・・いいな」
「もちろんだぜ!」
ナジェンダの問にタツミは威勢よく啖呵を切った。
チェルシーはイェーガーズに任せておけばいいと言ったが、タツミは早く多くの人を助けたいと主張した。
それを聞いてチェルシーは諦めたのか、両手を上げて降参のポーズをとる。
その後、スサノオにタツミのズボンのチャックが開いているから閉めてくれと言われ、先ほどの雰囲気は台無しになった。
「これがうちの気風なんだ」
ナジェンダは苦労をかけると言ったが、チェルシーはその優しさが心配だという。
「優しきは隻狼とて同じよ。あ奴はしなくてもよい節介を焼いて、それでいて儂を斬った。不愛想じゃったが、人間味のある狼じゃ」
「ふうん?その不死のせいでここまで生きてこれたってこと?」
「あ奴は優しさゆえに死に続けたわけではない。諦めないからこそ生き返ったのよ・・・今や残る不死はあ奴のみ」
役目が終わったらどうなるか。
一心には想像がついていた。
「鼠。お主に命じる。隻狼と接触し、儂に会いに来いと伝えよ」
「ええ!?その狼って人凄く強いんでしょ!?」
「カカカッ。じゃが間の抜けた奴でもある。隻狼に出会ったら儂の名を出せ」
それで通じるであろうと。
「うへぇ。いつもじいさん、ばあさんは人使いが荒いよぉ」
「それが鼠の仕事であろう。隻狼は人斬りの才があった故に鼠狩りをさせた。お主が鼠ならば、そのように仕事を与えるまでよ」
一心は全く悪びれずに言った。
狼は知るところではないが、帝都で狼を知るものは多い。
悪政を働く邪悪な獣を斬る忍び。
陛下の忍び。
邪悪斬りの狼。
様々な呼ばれ方をされている。
これらはグリーンによる裏工作であったが、当の本人は眉間にしわを寄せるだけであった。
その相手に近づくのは目立つ行為だろう。
「案ずるな。策は用意してある」
そう言って一心はチェルシーに線香を渡す。
「かつて供養衆と呼ばれる者たちがいた。そやつらに化ければあ奴も自然とやってくるじゃろう」
そんな無茶なと思う彼女だったが、任務は任務である。
やることをやるだけだ。
そう決意した。
ランと帝都へ帰還した狼はウェイブら危険種狩りを行っていた面々と出会う。
どうやら数がそこそこいるため、手を焼いているとのこと。
「我々イェーガーズだけでは手が足りませんね。帝国兵の方々も討伐に乗り出しているようですが、帝具なしでは辛いものがあるでしょう」
「・・・・・・」
「数が多い上にたくさんいるんだからな」
「・・・・・・」
「狼さん。何か手はないでしょうか。ブドー大将軍とも懇意になされていると聞きます」
「あるにはある・・・」
「それは・・・」
「・・・ラン。ついてこい・・・」
狼はランのみを呼び出し、細い路地へと向かい、他のメンバーと離れていった。
「一体どのような策が?」
「己は今、お前に禁忌を教える・・・」
そう言うと狼はボロボロのテントに線香を焚く奇妙な場所へとやってきた。
この帝都に戻ってきてから偶然目にした寄鷹の狼煙。
そしているはずのない、かつて狼が物資調達のために活用していた供養衆。
それが目前にいる。
「ご供養いかがかね・・・」
若い少女の声だった。
「こんなところにも・・・」
恐らく葦名に関わる存在。
つまりは一心の使いであろう。
「死に溢れるこのような場所にこそ、我らが役目があるというもの。さあ、ご供養されていかれよ」
「この方は?」
「・・・供養衆。かつて葦名で死者を供養している者たちであった。だが、今ここにいるのは・・・」
葦名一心の密偵であろう・・・。
そう言った瞬間、ランは構えるが、狼は止める。
「・・・敵と通じるのも忍びの仕事・・・。一心様はなんと・・・」
「こちらを・・・じじ・・・かのご老人は狼殿とご相談がある様子」
「そうか・・・」
狼は供養衆に扮した少女から手紙をもらう。
「何故・・・狼さんは私に?」
「己一人ではできぬことが多い・・・セリューは怨嗟の降り積もる先。ウェイブやボルスは優しすぎる。クロメは既に正気ではない。エスデス様は既に知っておられる。お前にも怨嗟の炎があれど、お前には知っていても問題ないと思った・・・それだけだ・・・」
「たったそれだけで?」
「陛下は国の安寧を望んでおられる。己はそのために使えるものを使っているだけ・・・」
というのはその実、ナジェンダの説得によるものだった。
狼は敵同士となるであろうナジェンダを斬るつもりでいたが、一心との出会いよりそれを既にあきらめていた。
であるならば、敵ですら利用することも狼としても望むところである。
「分かりました・・・ここでの出来事は私の胸中にしまって置きましょう」
「助かる・・・」
狼は幾ばくかの銭を供養衆へと渡すと、ランと共に立ち去った。
人を殺して感謝される。
確かに恐ろしい事です。