夢の悪い点もいつか覚めることである。
飢えた狼の夢もいつか覚め、現実になったときにどのような結果が残るか。
「おう!来たか!隻狼よ!」
廃村の一軒家で酒を飲んでいた一心はやってきた狼とランに声を掛ける。
「ほう?お主の部下・・・という訳ではないな。なんにせよ。信じられるものがいるというのは良いことじゃ」
そう言って一心は狼とランに酒を注ぐ。
「あなたが反乱軍の一心殿で?」
「そうよ。カカカッ。信じられぬか?このようなところで酒に浸る爺が」
愉快そうにする一心はランの顔をジロリと見る。
「いえ。その覇気だけで充分です。申し遅れました。私は帝都の治安維持部隊、イェーガーズに所属するランと申します」
「葦名一心。聞くまでもないだろうが、この爺の名を刻め」
一心は早速と言って、地図を開く。
「お主らで手を焼いておる獣ども。儂らにとっても邪魔な存在。故に隻狼。今度は獣を斬れ!」
「は」
「ランとやら」
「はい」
「お主の目に怨嗟の炎が見えておるぞ。修羅を斬ったことがあっても、鬼を斬ったことはない。隻狼。お主は怨嗟の鬼を斬ったと聞く。どうであった」
「は。仏師殿は失った腕に炎を宿しておりました」
「そうか。猩々が・・・」
一心はグイっと盃を傾けるとランに忠告する。
「怨嗟の降り積もる先。それは辛いものよ。お主の仲間に打ち明け、その炎、少しでも静めた方が良い。爺のお節介という奴じゃな」
そう言って笑うとまた酒を飲む。
「お主らは昼に行動しろ。儂らは夜に動く。そうすればかちあうこともなかろう・・・」
「は」
「分かりました。そのようにお伝えします」
「そうじゃ。エスデスに伝えい!お主と儂の戦が近いとな!」
哄笑する一心を背に、狼とランはその場を去るのであった。
「思った以上の人物でした」
「・・・・・」
「いつからなのですか?狼さんはあの御仁と随分と前から出会っていらした御様子ですが」
「・・・この国に来る前からだ・・・」
狼はこれまでの経緯をランに説明した。
己が不死であることを除いて、出自から不死断ちの顛末まで全て。
暗殺部隊の設立とその悲劇。
アカメとクロメの関係。
狼は知っている情報を全てランへ話した。
「そんな・・・ではあなたたちは一度死んでいるのですか?」
「ああ・・・しかし、なんの因果か己は陛下の忍びに、一心様は再び国盗りに・・・」
「・・・一心殿はエスデス様と戦う様子。狼さんはどのようになされるおつもりですか?」
返答次第ではという様子のランに対して、狼は平然と言った。
「何もせぬ・・・」
「・・・なんと?」
「何もせぬ・・・そう言ったのだ・・・」
狼は歩きだし、それをランは慌てて追いかける。
「エスデス様も帝国最強と名高い武人ですが、一心殿も相当な腕を持っておられるのでしょう!一度戦った狼殿が助力すれば」
「できぬのだ・・・」
「できない?」
「一心様と会おうとすれば先のように出会える・・・しかし、戦おうとすればまるで会えぬ・・・」
「そんなことが」
「あるのだ・・・。おそらく、己と一心様との間で決着がついた故ではないかと思っている・・・」
それよりもと狼は言う。
「ラン。戦が近い。それはお前たちも一緒の事・・・どんな目的があるにせよ、迷えば敗れる・・・」
「・・・肝に銘じています」
「・・・お主が怨嗟の鬼となったのなら・・・。己が斬ろう・・・」
「・・・・・・」
「行くぞ・・・」
「はい・・・」
狼たちは密かに、一心より言われたことをエスデスへ報告する。
するとエスデスは獰猛な笑みを浮かべて、ようやく戦える時が来るのかと喜んだ。
「それで?一心が戻ってきたということはナイトレイドも戻っているのだろう?」
「おそらく・・・しかし居城までは・・・」
「そうか。だが、戦いの日は近い。今は奴らの策に乗り、危険種を全滅させる。それが終わったら今度こそ奴らを狩りだす。隻狼。ラン。準備しておけ」
「は」
「承知しました」
「ほう。一心殿が戻っておられたか」
狼はエスデスへ報告した後、陛下の下へ忍び込み、一心達が帝都付近へ戻っていることを伝えた。
「ナイトレイドもただの殺し屋ではなかった。一心殿ほどの者がただの反乱軍へ入るわけもない。かの英傑の活躍は余の下まで聞き及んでいる。最近では潜んでいたようであったが、そうか。なんにせよ、ご苦労である。狼よ」
「は」
「皮肉だな。同じく民を思う者同士で戦いあうとは。手を取り合うことが出来ればよいが、それが出来ぬが人の定めか」
陛下は悲し気に表情を落ち込ませる。
「・・・・・・」
「狼よ。お主は九朗殿の忍びとして、余の国に仕えてくれている。ナイトレイドの中にもお前の子がいると言うではないか。辛くはないのか?」
「それが忍びの業である故。親が子に斬られるのもまた、忍びであるが故・・・」
「フフ。そなたは優しいのだな。この国の行く末。お主はどう見る」
「長くはないかと・・・」
「やはりそうか・・・何となしにそう、感じてもいた。だが、余はこの国の長である。民のため、そのようにあらねばならぬ」
「・・・・・・」
「狼よ。今一度頼む。この国、いや、民のため、余の忍びとして仕えてほしい」
「御意」
狼は深く頭をたれる。
「頼んだぞ」
狼たちイェーガーズは打ち合わせた通り、昼に危険種討伐を行い、夜はナイトレイドに任せていた。
勿論そのことは公にされず、メンバーの中でも知っているのは狼とラン、そしてエスデスだけだ。
ランは調査した内容を纏め上げており、その真相に迫れそうだということだ。
危険種が少なくなってきたころには、今度はナイトレイドの狩りを始めるための準備が行われていた。
エスデスが一時期、戻らないこともあったが、彼女は平然としてやってきた。
なにやらあったらしいが、狼は触れなかった。
「狼さん」
狼が仏を彫る中、ウェイブが中へ入ってきて声を掛ける。
「・・・・・・」
「今の帝都って、歪んでいるんですよね」
「・・・ああ」
「昔、狼さんが吹いてくれた『泣き虫』の指笛。あれは復讐心とかを静めようとするんでしょう。セリューやラン、クロメが苦しんだのはそれだけの何かがあるってことでしょう?」
「・・・仔細は聞いておらぬ・・・。だが、怨嗟の降り積もる先に、ラン達はいる。ボルスもその一人だ」
「ボルスさんも・・・」
「ボルスは業を背負っている・・・。人殺しの業・・・。己と同じ・・・」
多くを殺した忍びに発生する業は軽くない。
かつて焼却部隊にいたボルスは村一つを焼いたことがある。
軍の命令としても、その焼いた本人は業から逃れることなどできない。
「俺は、恩人に報いるためにやってきました。軍人としての務めを果たすために・・・」
「ウェイブ・・・」
「でも、セリューたちをみて時々思ってしまうんです。本当にこれでいいのかって」
「・・・為すべきことを為せ」
「え?」
「己は、己の掟で動いている。ウェイブ・・・己を失うな・・・」
狼はそれだけ言って再び仏を彫る作業に入る。
今ではそれなりの形になった仏。
だがしかし、それでも不格好な表情の仏。
せめてこの仏が満ちていく怨嗟を静めてくれるように願いながら。
「・・・狼さんの掟は・・・」
「・・・・・・」
「陛下をお守りすることだけなんですか?」
ウェイブは核心をついた質問をした。
狼は一瞬だけ仏を彫る手を止めた。
「・・・己は、陛下の忍びである前に・・・我が生涯の主がいる・・・」
「それって」
「己はその忍びであるように振舞うだけ・・・。少し、しゃべり過ぎたな・・・」
しばらく仏を彫る音のみが静寂の中に響いた。
「分かりました。ありがとうございます。俺も、俺なりに頑張ってみようと思います」
ウェイブは答えを得たようで、そのまま狼の部屋から出て行く。
「・・・・・・」
何故、己は相談役のようなことをしているのかと疑問に思ったが、頼られるのは悪くない気持ちだった。
1週間で完結させるつもりでしたが、流石に無理があるみたいです。