十人十色とはよく言ったものである。
ナイトレイドとの交戦から数日後、安寧道の本拠地キョロクにて、狼たちは護衛の任務を受けていた。
その地は帝都の遥か東に存在し、豊富な資源により躍進を遂げている。
また、安寧道と呼ばれる宗教。
善行の積み重ねが幸せや長寿につながるという思想が根付き、帝都より平和のように見えた。
一心と交戦したエスデスは、未だに血が騒いで仕方がないのか、あからさまに嫌な顔をしたが、これも次の戦いのためと言って引き受けた。
対象はボリックという安寧道の教主補佐をしている人物だ。
だが、このボリックという人物、裏ではオネストの送ったスパイであり、いずれは教団を乗っ取ろうと画策している。
簡単に言えば狼の標的でもある。
その護衛とはまた面倒なことになったと密かに思う。
「・・・・・・」
「まあまた会うとは思っていたけど。こんなところとはね」
褐色の肌の少女メズがいう。
狼は人目を嫌い、酒宴に参加することを断って陰ながら様子を見ようとしていたが、そこで同じく様子を窺っていた者たちを発見。
隠れ近づき、姿を確認した狼はかつて共に戦った皇拳寺羅刹四鬼たちであることが分かった。
どうしようか迷ったものの、結局彼らに近寄って己の正体を晒したといったところである。
「風の噂で聞いていたが、こちらにまで来るとは」
「・・・お主たちこそ」
狼は酒瓶を置く。
「変わりませんね。そういったところは」
苦笑いを浮かべるスズカは酒を受け取り、イバラ、シュテン、メズに注ぐ。
「あれ以来会っていなかったからなぁ。変わっていないようで安心しだぜぇ」
「変わらぬはお主たちもだ・・・」
「ハハハ。確かにな。こうして帝国屈指の暗殺者が揃うとは思いもよらなかったが」
昔話に花を咲かせる忍び達というのも奇妙な光景だったが、かつてはともに戦ったもの同士。
語ることも多くある。
「おっと。お呼びがかかった。それじゃあまたな」
どうやらボリックから招集がかかったらしく、四人は下へと降りて行った。
一人となった狼はそのまま下の成り行きを見ていた。
セリューがナイトレイドを相手にするには帝具使いではなければと主張していたが、イバラがその背後を取り、帝具がなくとも戦うことが出来ると反論する。
さらにその背後を取ったエスデスが油断するなと警告をしていたが、何を思ったのかエスデスは天井へ視線を向ける。
「隻狼。いるのだろう。お前も顔を出せ」
「は」
狼は言われるがままに下へ降り、跪く。
「彼は?」
「お前たちの言う帝具使いに匹敵する人間だ。こいつ自身に帝具はないが、様々な戦いを見せてくれるぞ」
「それは頼もしい」
「隻狼。今回の任務。護衛といってはいるがナイトレイドと直接対決になるであろう。お前は遊撃として辺りを警戒しろ」
「承知しました・・・」
狼はちらりとクロメの様子を見る。
傷らしい傷を負わなかったが、今は薬の影響で明らかに体調がすぐれない様子だった。
今、ここに秘薬はない。
ここに至ってカイリに渡したのは間違っていたかとも思うが、あの薬はカイリ自身のために渡した物でもある。
これ以上はもたもたしていられないと狼は再び決意を胸に抱くのであった。
現在、ボルスは帝具を失ったものの、イェーガーズの補佐として働いている。
一度は帝都へ帰還するかと提案を受けたが、ボルスの希望もあって継続してイェーガーズに参入することとなった。
「あ、狼さん」
「ボルス・・・」
「何かあったんですか?表情が堅いですよ?」
「・・・クロメの事だ」
「クロメちゃんの・・・」
ボルスも薄々とは感づいている。
クロメは薬の禁断症状が度々現れているということ。
スタイリッシュがいたのなら、また話は別だったのだろうが、彼はもはやこの世にはいない。
「狼さんは、今の帝国を良く思っていないのですよね」
「・・・ああ」
「ならば何故、ここに留まっているのですか?アカメちゃんにも聞いたらアカメちゃんは心が正しいと決めたからって言っていた」
「・・・そうか」
狼は少しだけ嬉しそうに返した。
普段見せない狼の喜びの表情に、ボルスは驚いていた。
「・・・己も所詮は人の子。血は繋がらなくとも、子の成長に喜ぶのは当然だろう・・・」
「子・・・ですか・・・」
「ああ・・・」
「でも狼さんは子供と敵になったのですよ?悲しくないんですか?」
「・・・酒だ」
狼は懐から酒を出す。
『葦名の酒』という過去にイェーガーズ結成に振舞った酒だ。
「このお酒、あの時の・・・」
ボルスはそれを覚えていたらしく、普段は見せない顔を晒して酒を飲む。
「おいしい・・・」
「あの時はまだ・・・顔を隠していたな・・・」
「ええ・・・ひどい顔をしていると思っていたので・・・」
「己よりマシだ・・・」
狼も酒を飲み、かつての葦名を思い出す。
「己の掟。それを見つけ出すことにどれほど人を斬ったことか・・・」
「掟ですか?」
「ああ・・・己は義父に忍びとして育てられた身。親は絶対。逆らうことは許されぬ」
それが初めの掟だった。
だが、狼は九朗を救うために奔走している中で変わっていった。
己の掟は己で決める。
そう言い放った狼は真の意味で九朗の忍びになったのだろう。
「己はその掟を破った。親に逆らい、斬った・・・。義父は・・・喜んでいた・・・」
「・・・・・・」
「己も同じ・・・。子の成長を、直に確かめたくなった。一度目に斬られたときに、己は安心したものだ・・・」
「でも・・・」
「生きている・・・己は死なずの忍び。エスデス様にもまだ伝えておらぬ。これを知るのは陛下、己を斬ったアカメとその仲間。そしてお主になるな・・・」
存外に増えてきたものだ。
「死なない?」
「ああ・・・御子様との絆がそうさせているのか分からぬ。だが死んだはずの己はこうして生きている・・・」
「・・・辛くないですか?」
「・・・生きる辛さなど・・・とうの昔に忘れてしまった・・・」
今ある辛さは、失う辛さだ・・・。
狼は酒を飲み、答えた。
「己は陛下の忍び故、陛下の望む安寧を求める・・・」
「それがここにいる理由ですか?」
「ああ・・・」
「・・・・・私が昔村を焼いたのを覚えていますか?」
「・・・ああ」
「その時に一度思ってしまったのです。私は死んだほうが良いのではないかと・・・」
「・・・・・・」
「でも、家族のことを想うとそれが出来なくて、ずっとここまで来てしまいました。軍人だから、命令は従わなくちゃって」
「・・・・・・」
「狼さんは反対なんですね。アカメちゃんとそっくりです・・・」
「・・・赤狼」
「え?」
「赤い狼と書いて赤狼。エスデス様や一心様が呼ぶ己の名前と一緒だ。子は、親に似るのかもしれぬな・・・」
「そうですか・・・私もちゃんとしなくちゃいけませんね」
「・・・そうだな」
狼とボルスはそのまま夜をふかしていった。
「メズ殿・・・」
翌朝、狼はゴズキの忘れ形見であるメズのところへやってきていた。
「あ。狼さんじゃん。おはよ」
「変わられぬようで何より・・・」
狼はずっと心配していたのだ。
親を斬られたメズがどのようになっているかを。
「親父も殺し屋だったんだから、トーゼンっしょ」
「・・・・・・」
「あ、シュテンはいまこっちにいるけど、イバラとスズカは別だよ」
「そうですか・・・」
「むう。なんか私相手だと堅いよね。狼さんって」
ゴズキの娘なのだから仕方がないのだが、それは言わないでおいた。
「ほう。狼か。昨日はまともに語り明かせなかったな」
「シュテン・・・」
「やはり見れば見る程、全く変わらぬように見える。だが、儂には分かるぞ。多くの魂を解放していったようだな」
「業を積んだと・・・」
「なるほど。お前は業と呼ぶのだな。此度は新設された部隊が増援と聞いて不安だったが、お前がいれば心強い」
「こちらもだ・・・」
「フハハ。互いに死なぬようにせねばな」
「もう。二人だけで話して。私も混ぜてよぉ」
いかつい男と不愛想な男、それにまとわりつく快活な少女という奇妙な風景はしばらく続いた。
狼さんたちは戦いに身をおく者たち。
平和は当然のように長くは続きません。