狼が斬る   作:hetimasp

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命の価値はどれほど重いか、あるいは軽いか。


30 業背負いの狼

 

たった一夜にして、狼は同じ忍びを三人も失った。

皇拳寺羅刹四鬼はスズカを残し全滅。

シュテンは心臓を裂かれた。

イバラはアカメの帝具『村雨』でやられた

メズは短刀で心臓を貫かれて死んでいた。

「・・・・・・」

狼は三人の亡骸に己の彫った不格好な仏を供える。

せめて業に苦しまぬようにと。

そしてゴズキの顔を思い出す。

済まない。

そう心の中で謝った。

祈りを済ませた後はすぐさまナイトレイド捜索へと移った。

三人の犠牲は無駄ではなかった。

多くの鼠を狩ったため、ナイトレイドの動きを鈍くさせたのだ。

後は残った己たちの仕事。

潜伏しているだろう彼らを探し出し、今度は斬るのだ。

狼は何となしに背中の『不死斬り』に手を当てた。

もはや楔丸と同じく、もはや長年寄り添った相棒のように感じられるこの赤の『不死斬り』。

今度は不死ではなく、怨嗟や業を斬らなくてはならない。

また力を借りる。

そう思いながらキョロクの街を飛び回った。

 

 

狼は成果を掴めぬまま戻ってきた。

するとセリューが子供たちと遊んでいるところが見えた。

その彼女の姿に怨嗟の影はなく、どことなく安心できた。

「あ、狼さん。戻ったんですね」

ウェイブが声を掛ける。

隣にスズカとクロメがいる。

クロメはまだ本調子ではないのか、少々顔色が悪い。

スズカは何故かエスデスに命令されるチャンスがあると喜んでいた。

狼には理解できないが、彼女には攻撃を受けたがる性癖があるのを知っている。

拷問癖のあるエスデスとはある意味で相性がいいかもしれない。

「このまま何事もなければって思っちゃいますよね」

ウェイブは子供たちと遊ぶセリューを見ながらほのぼのと言った。

「ああ・・・」

狼は重々しく、セリューが怨嗟に飲まれないよう願いながらそれに返した。

「クロメ・・・」

「はい先生」

「平気か・・・」

「・・・なんのことですか?」

「お前の体だ・・・既に薬に浸されて長い・・・」

「大丈夫です・・・」

「・・・無理はするな・・・」

「はい」

「狼さんは知っていたんですか。クロメの状態を・・・」

「今は少ない己の教え子・・・その一人・・・知らぬわけない・・・」

「じゃあ今のクロメの状態が悪いのも」

「知っている。だが、今できる対策はない。それはカイリに委ねた・・・」

「え?カイリに?」

「誰ですか?」

「今の暗殺部隊の隊長だよ。でもカイリに何を?」

「『神食み』という秘薬を渡している。あやつも同じく薬に浸された身・・・お前より顕著であった・・・」

「そう・・・」

「カイリは未だに迷っていた。己に使うか、お前に使うか。・・・これを」

狼は包みをクロメに渡す。

「これは・・・お米?」

「ああ・・・噛めば甘い。お米は大事・・・」

狼は悲し気に言った。

かつて死なずの探求を行われていた。

その過程で死んでしまったものは多く、残った変若の御子はたった一人のみ。

その手から零れ落ちたお米にはいったいどのような想いが詰まっているのだろうか。

「ありがとう・・・」

「死ぬなよ・・・」

狼は踵を返してエスデスの下へ向かっていった。

 

 

「隻狼か。やはりまだナイトレイドは見つからぬか・・・」

「は。少なくとも今は・・・」

「そうか。警護というのはつまらぬものだな。それもあのような奴を見ながらというのだからなおさらだ」

狼は斬るべき対象のボリックを見た。

薬で女性を惑わしているのだろう。

「・・・酒を」

「こんな時にもぶれない奴だ。・・・もらおう」

狼は持っている酒の中でもひときわ上物である『竜泉』を差し出した。

「・・・うまい」

エスデスは純粋な声で漏らした。

余程予想外の味だったのだろう。

「よもやこのようなものをまだ隠していたとは、でかしたぞ隻狼」

「は」

「・・・ふう。こうして、お前を相手に飲むのも久しぶりな気がするな」

「・・・・・・」

「クク。そうだ。その仏頂面を見ながら昔の話に華を咲かせていた。恋に限らず、過去の話にうつつを抜かすとは私らしくもない」

「そうでしょうか・・・」

「お前は意外と聞き上手だからな。そうだな。昔、この冷気を手にした時も純粋な喜びに満ちたものだ。あの時は血を飲んだが」

「冷気の帝具・・・」

「そうだな。お前にも言っていいだろう。大した話ではない。『デモンズエキス』という危険種の血を飲んだ。その時に破壊衝動が駆け巡ったが、今はそれを飼い慣らしている。ああ。そういえば前にも同じ話をしたな」

「また笛を?」

「いや。今度でいい。今度、ゆっくりできる時間が出来たときに頼む。フフ。この私が頼みごとをするとは、これも珍しい」

エスデスはその後も上機嫌で酒を飲み続けた。

 

 

この任務は狼にとって酷いものだと言えた。

かつての知り合いを全て失い。

救いたいと思っていたセリューすらも殺されてしまった。

ああ、また業が深くなる。

狼は優しく微笑んでいたセリューの表情を思い出す。

彼女は狼を恨んでなどいないだろうが、それも人を苦しめる業の一つ。

「隻狼。そろそろ奴らも仕掛けてくる頃だろう。お前とクロメはボリックの警護に回れ。私が奴らを迎え撃とう」

「・・・・・・」

「どうした。何かあるのか?」

「己は陛下の忍びなれば、ボリックを討つこともまた役目・・・」

「大臣と見解の相違か。確かに、お前はイェーガーズである前に陛下の忍びだったな。だが、今回はナイトレイドをおびき出すまで奴には生きていてもらわねばならない」

「承知・・・」

「・・・お前は読めない奴だ。陛下に付き従うだけの男かと思えば裏では反乱軍と通じている。しかし決して敵ではない。さらには護衛対象まで斬って見せると私に言ってのける」

「己の掟に従っているまで・・・」

「どこまでも面白い男だ。隻狼。いいだろう。ナイトレイドが釣れたら奴の生死はお前に委ねる」

「ありがたく・・・」

「全く、苦労を掛けさせられる。これで戻ったら任務失敗の報告をしなければならないな」

「・・・・・・」

「クク。それもまた一興。どうせ異民族の討伐に狩りだされるのだろう。帝都はお前に任せる。斬るべきものは斬れ」

「承知しました・・・」

狼はまだ跪いたままエスデスの様子を見ていた。

それに疑問を持ったのか、エスデスは狼に問う。

「まだ何かあるのか?」

「此度の戦。己も参戦の許可をいただきたく・・・」

「ほう?やはり子の成長が気になるか」

「は」

「いいだろう。だが足を引っ張るようなら私が斬るからな。肝に銘じておけ」

「は」

狼は今度こそ闇の中へ消えていった。

 

 

決戦当日。

遊撃はウェイブとランの二人。

ボリックの護衛にエスデス、クロメ、狼が担当した。

狼は聖堂の天井に隠れ、いつでも奇襲が出来るように待機している。

クロメは体調不良のせいで本気を出せなかったが、そこは骸人形のナタラがカバーする形になっていた。

そしてその時は訪れた。

「久しぶりだな。ナジェンダ」

「エスデス・・・」

エスデスとナジェンダは互いに懐かしむように、しかし警戒しながら相手の出方を窺っていた。

狼はタツミとアカメの姿が見えないことに警戒し、いつでも出られるように待機する。

「せっかく来たんだ。私の帝具を馳走してやろう」

それに対してナジェンダは遠慮すると言って返す。

「つれない奴だな。奥の手も用意したんだぞ」

「?お前の帝具デモンズエキスは奥の手がないと昔聞いたが?」

「そう。だから自力で編み出したんだ。凄いだろう」

そう言うエスデスに呆れる一行だったが、それは狼にとって大きな隙だった。

狼は己にとって厄介なレオーネか新たな敵であるスサノオのどちらかに標的を絞っていった。

まずはスサノオだ。

狼は瞬時に判断すると天井から飛び降りる。

「!?」

予想外のことだったのか、スサノオはその忍殺をまともに受けてしまう。

だが、スサノオは生物型の帝具。

首に突き刺した傷は既に元通りになっていた。

「お主。死なずか・・・」

「狼!?」

「ナジェンダ殿」

狼はエスデスの方へ距離を取りながらナジェンダに向かい合う。

「今度こそ、斬らせてもらう・・・。覚悟なされよ・・・」

「くぅ。ここにきてお前か」

「だが・・・その前に・・・」

「?」

狼はボリックを突き刺した。

「!?」

「帝国の膿。ここで斬らせていただく・・・」

「うぁ・・・」

断末魔を上げるボリックを背に、狼は再びナイトレイドと向き合う。

「今やるか・・・隻狼・・・」

呆れた声を上げるエスデスであったが、その表情には笑みが浮かんでいた。

「全く、面白い奴だ。だが、今はお前たちだ」

「ナイトレイド・・・アカメはおらぬが、もう一人はいるのであろう・・・」

狼はすらりと背中に背負った大太刀『不死斬り』を抜いた。

「優しき子らであった・・・だが斬るぞ・・・」

狼はその『不死斬り』で薙ぎ払った。

 




フロム系ボス【隻狼】推参。
といったところでしょうか。

初見では間違いなく死にまくることでしょう。

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