狼は弱い存在だが、強い。
何を言っているかと思われるが、狼の強さはその多彩な攻撃にもある。
堅い盾を持つものは盾を割り、素早きものは仕留め討つ。
攻撃の方法が多彩だからこそあらゆる相手に対処し得るのだ。
例えばレオーネ。
彼女は狼との戦いに対策をしていたが、狼は爆竹や火吹き筒を用いて着実にダメージを与えていた。
例えばスサノオ。
彼はただ単純に強いが、死地にこそ生がある。
突きを見切り、踏んで相手に反撃をしようとする。
相手も猛者だ、素早く払いのけていたが、大きく体幹を崩していた。
「厄介な・・・!?」
手裏剣で牽制しつつ、狼は聖堂の出口へと立つ。
退路を断った。
それに気が付いたナジェンダが舌打ちをする。
全く油断していたわけではないが、狼の実力を大きく見誤っていた。
今まで本気ではなかったのではないかとさえ思ってしまう。
先に放たれた『不死斬り』の一撃も聞いてはいたが、その真の威力は別にあった。
あれは誰も受け止めてはいけない。
全員が回避行動を余儀なくされる攻撃だ。
「・・・お主たちの目的、既に果たされただろうが、無事、帰れると思わぬことだ・・・」
狼はそう言って居合の構えを取る。
「あれはやばい・・・」
レオーネは距離を取るが、エスデスもただ見ているだけではない。
鋭い刺突をレオーネに突き立てる。
帝具の性能で自然治癒力が上がっているおかげで致命傷は避けられたが、圧倒的な不利だった。
「面白い素材たちを見つけたものだ。確保するとしよう」
そう言ってエスデスは地面に手を置き、氷の波を引き起こす。
他の面々はそれを各々で回避するが、狼は跳びあがったスサノオを見逃さない。
空中忍殺を決めるとそのまま氷の上に着地する。
スサノオもしぶといものでまだ立ち上がってきた。
戦況はエスデスがナジェンダを気絶させ、空中でレオーネを叩き落としたというところだ。
スサノオはナジェンダを守ろうとエスデスへとびかかったところで氷漬けにされ行動不能になった。
何とか立ち上がろうとしていたレオーネに、容赦のないエスデスの拷問が降りかかる。
その様子を見て狼は改めて辺りを警戒する。
恐らく、タツミが隠れているはず。
エスデスがあのようにしてレオーネを切り刻んでいるのだ。
優しい彼ならば必ず現れるだろう。
そしてその予感は的中した。
狼は危険を感じ取り素早くエスデスの前へ躍り出ると見えない何かを踏みつける。
「・・・・・・」
「狼さん」
「・・・今は敵だ。気を引き締めよ」
狼は忠告と共に突きを繰り出す。
それをタツミは踏みつけ、逆に攻撃へと転じる。
「・・・・・・」
タツミは足を振り払い、強引に攻撃を仕掛ける。
狼は腰を落としタツミの攻撃をよけ、下段攻撃を放つ。
回り込むように放たれる攻撃はタツミの足を斬ったが、鎧のおかげで全くの無傷で済んだ。
「インクルシオか!お前とは一度戦ってみたかったぞ!」
喜色を表すエスデスを背後に、狼はタツミに向けて攻撃を放つ。
タツミはそれを受けるのではなく弾く。
それによって狼の体幹は少しずつ削られていくが、そう簡単にやられる狼ではない。
距離を空けようとするタツミに『寄鷹斬り』で奇襲を仕掛け、下段に合わせて『仙峯脚』で体幹に打撃を与える。
怯んだところへ『一文字二連』を放ち己の体幹を整えるとともに相手の体幹を著しく削る。
ついにはタツミの体幹が崩れ、隙を晒してしまう。
狼はすかさず忍殺を入れるが、鎧の堅さに阻まれ失敗に終わる。
「くそ!」
タツミは一度距離を空けるが、狼はそれを追わなかった。
このまま続けてもおそらく己が根負けする。
であればと背中に背負った『不死斬り』に意識を向ける。
相手の守りを貫通させるこの得物ならば幾度か振るえばタツミの鎧をはがせるのではないだろうか。
「禍魂顕現」
先ほどまで気を失っていたナジェンダが立ち上がり、何かを行使している。
狼はすかさず彼女へ手裏剣を放つが、彼女は避けようともせずに受ける。
「ここまで生き残っている私たちは皆しぶとい。氷漬けにしたからといって油断しない方がいいぞ」
狼は氷漬けになったスサノオが動きだそうとしているの見てナジェンダへ攻撃をしようと試みたが、タツミに遮られる。
「あんたの相手は俺だ!」
「・・・・・・」
再び狼はタツミと斬りあう。
タツミの攻撃は苛烈を極めたが、狼もその攻撃を既に見切っている。
流水のように攻撃を弾き、隙あらば突きや下段攻撃など防御不能の技を繰り出しタツミを追い詰める。
先ほどと違うのは背中に背負った『不死斬り』を攻撃に織り交ぜている点だ。
タツミの下段攻撃に合わせて『不死斬り』を放ち強力な一撃を浴びせる。
「タツミ!その攻撃は受けすぎるな!いつか斬られるぞ!」
ナジェンダは弱った体をおしてタツミへ忠告する。
それはタツミにも分かっていた。
槍でガードした上から切り裂かれる一撃。
インクルシオの鎧が堅いと言えど、その衝撃は殺せない。
だからと言ってこの狼という人間は簡単に反撃を許す存在ではない。
今でも隙あらば強力な一撃を与えんと隙を伺っている。
狼とはよく言ったもので、確かに飢えた狼を連想させる気迫があった。
「・・・・・・」
狼はファサと音を鳴らしてタツミへ肉薄する。
これまでの攻防で既にタツミ自身へのダメージに限界が来ていた。
しかしそれでも鋭い一撃で狼を迎え撃つが、その瞬間、狼の姿が鳥の羽を残して掻き消えた。
一瞬のことで隙を晒してしまったタツミの背後。
狼は『不死斬り』に念を込めて振るう。
気が付いたときには既に遅い。
念を込められて振るわれたその一撃は先ほどよりも威力が高い。
『秘伝・不死斬り』
タツミの鎧を切り裂くことはかなわなかったが、その衝撃は中にいるタツミに確かな打撃を与えた。
吹き飛んだタツミは意識を失ったようで首をがくりと落としていた。
「そちらも終わったようだな」
狼は若干疲弊した表情の、それでいて楽しそうなエスデスに向き直る。
見ればスサノオは完全に砕かれているようであった。
「奥の手を使わされた。だが、これで私たちと戦える力を持つものはいなくなった」
「・・・・・・」
「すぐさまボリックの命を斬ったときは流石に奴らの撤退を覚悟したが、よくやった隻狼」
「は」
狼は跪き、それでも警戒を解かない。
まだアカメが来ていない。
エスデスはそのことを気にしていないのか、気を失ったタツミの、インクルシオの兜を脱がそうとする。
その瞬間、聖堂の窓ガラスが破られた。
アカメとマインだ。
ランとウェイブは突破されたらしい。
狼はすかさず、爆竹を撒いて相手の視界を遮る。
アカメもそれに対して慣れた動きで遮られた視界の外、爆竹の範囲外から狼へ斬りかかる。
狼はその攻撃を弾くと、距離を空ける。
マインはエスデスの氷塊を打ち砕き、アカメの援護に徹していた。
「お姉ちゃん!」
クロメも思うように動かなくなっている体を動かして狼の援護をしようとするが、アカメも手練れの忍び。
狼が距離を取ったことをいいことに素早くエスデスの下へ寄って切り結ぶ。
「邪魔が入ったか」
エスデスは苦虫をかみつぶしたような表情でアカメと対峙する。
人数差ではエスデス側が有利であったが、油断はできない。
狼はマインへ向け手裏剣を放とうとした時であった。
砕かれて動かなくなっていたはずのスサノオが完全に再生していた。
「ナジェンダ殿・・・」
片膝をつきながら腕を突き出すナジェンダがいる。
どうやら度重なる帝具の奥の手を使用しているらしい。
その代償がどのようなものか狼にも想像はできた。
それの証拠に、ナジェンダは吐血し、その場に倒れてしまった。
見ればタツミも復帰している。
エスデスは復活したスサノオに押され、狼と距離を空けさせられた。
これでは援護もできない。
一気に不利へと陥った狼であったが、それでも刃をアカメへと向ける。
「先生・・・ボリックは貴方が?」
「帝国の病巣故、斬らせてもらった・・・」
「・・・そうですか」
「アカメ。撤退だ。いかに狼と言えどこの数相手に深追いをすることはない。もうすぐ大勢の兵士がここへ押し寄せてくるだろう」
「・・・クロメ。この場は諦めろ・・・」
「ッ!・・・わかりました」
クロメは牽制をしつつ、狼の指示に従う。
狼はナジェンダの下へ近寄ろうとするが、タツミがそれを遮った。
「・・・・・・」
「悪いけど俺たちのボスをやらせるわけにはいかないんでね」
それはナジェンダにも予想外の言葉だったのだろう。
タツミはナジェンダを担ぐとアカメとマインの援護を受けて撤退行動に移る。
そこへ大きく後退させられたスサノオが来る。
「スーさん!」
先ほどまで大きく押していると見えたスサノオであったが、エスデスに通用するほどまでではなかったようだ。
静かに歩いてくるエスデスは笑みを浮かべながらタツミたちの下へ近寄って行く。
これでは撤退もままならないだろう。
そう考えていた狼だったが、スサノオはナジェンダとレオーネを担ぐタツミとアカメ、マインを掴んだ。
「担いで逃げる気か!」
否。
スサノオは聖堂の真上、大きく穴の開いたそこへタツミたちを思い切り投げた。
エスデスはすかさず追撃に氷を放つがスサノオの攻撃を反射する鏡によって阻まれてしまう。
「見事・・・」
狼はつぶやいていた。
スサノオは恐らく、為すべきことを為したのだ。
そのことに、純粋に賞賛と敬意を抱いた。
「お前。名前はスサノオでいいのか?」
エスデスは問う。
それにスサノオは肯定した。
「帝具ではなく、戦士としてその名を覚えておいてやろう」
スサノオとエスデスの最期の戦いが始まった。
「隻狼よ」
「は」
「ナイトレイドに打撃を与えはしたが、任務は失敗。まあそれは良い。初めから分かっていたことだ」
「・・・・・・」
「・・・おそらく私はしばらく帝都を離れることになる。その間、お前はイェーガーズを率いて行動しろ」
「・・・己が?」
「お前は自分が思っている以上に影響力のある人間だ。そして私が許す。為すべきことを為せ」
「・・・御意」
「御意・・・か。いつもは承知と言っていたが、これで私も認められたということか?」
面白そうに言うエスデスだったが、狼はただ無意識のうちに言った言葉だった。
為すべきことを為せ。
かつての主を想い浮かばせる言葉だった。
狼さんがボスとなったらまず多彩な初見殺しでボコボコにされると思います。
それでも抜け道はたくさんあるのがフロムクオリティ。