狼が斬る   作:hetimasp

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人の可能性というのは、存外、計り知れないものである。


33 決闘

シュラは今不快の絶頂にいたといっても過言ではないだろう。

何をしようにも狼の影が付きまとう。

帝都が駄目なら外ならばと思った彼は甘かった。

彼は殺す相手にはとことん執着するのだ。

特にオネストの汚点となるのならば尚更だった。

それ故にシュラの動きは厳しく制限されている状況にあった。

「くそ!」

思わず口にしてしまうが、責める人間は周囲にいない。

何もかもがあの狼という存在のせいで上手くいかない。

親であるオネストからも釘を刺されている以上派手に動けないのは苦痛であった。

そんな心境の下、廊下に見えた影を見てしまった。

そして魔が差してしまった。

 

 

ウェイブは狼より受けた報告によって苦しい表情を浮かべた。

なにせ仲間であるボルスが攻撃を受けたというのだから。

しかし、狼が出した指示は待機だった。

狼は必ず彼らを殺す心づもりであることはウェイブにもよく分かっていたが、彼ほど我慢強くはなかった。

何も手を出せない状況に不甲斐なさを感じながらも歩いていたウェイブ。

偶然、クロメがその様子を見てしまった。

「どうしたの?何か思いつめた顔をしてるけど」

ウェイブはクロメに先ほどのことを口にしようとした瞬間、横やりが入った。

「よう。また会ったな」

シュラの姿を確認したウェイブは身構える。

「へぇ?イェーガーズにも上玉がいたのか」

グイっと引っ張りその顔を良く観察する。

「クスリで強化されたタイプか。面白いな。さっきの鬱憤晴らしをしてやる。お前を玩具に任命してやる。喜びな」

あらゆることで上手く回らなくなっていたシュラは本当に魔が差してしまっていたのだろう。

強引な手段、しかも狼の所属するイェーガーズに手を出すという愚行を再び起こしてしまう。

だが、寸前で幸運があった。

まさしく幸運であったのだろう。

ウェイブが彼を殴り飛ばしたのだから。

「汚い手で俺の仲間に触るんじゃねぇよ」

ウェイブは小さく己の至らなさを口にしながらシュラに向けて言い放つ。

「治安を乱す輩はイェーガーズが狩る!たとえ大臣の息子だろうがな!」

突然の奇襲にシュラは思った以上に冷静だった。

冷水をぶっかけられたといってもいい。

何より、あのイェーガーズ、狼の部下がシュラに手を出したのだ。

口実が出来たといってもいい。

「なかなかいいパンチじゃん?」

むくりと体を起こすシュラは笑みを顔に張り付け、帝具を手にする。

対してウェイブも武器を抜く。

ようやくできたいい状況。

シュラは目の前の得物をどうしてやろうかと考えていた。

獣欲にみちた思考は、再び冷水を掛けられるような形で止められる。

「待てい!」

殺気を感じてやってきたブドーがやってきたからだ。

「貴様ら、私の警護する宮殿で暴れようというのか?そんな行為は絶対に許されんぞ。帝具を使えば問答無用で処刑する。私のアドラメレクでな」

凄まじい威圧感にウェイブは体を止めてしまった。

逆にシュラはこの状況を利用しようと考えていた。

狼の部隊を正当に殺すことが出来る口実を作る。

「いやいや大将軍。お互い男として引けないところまで来てんだわ今」

にやりと笑う。

今度こそ狼に一矢報いることが出来る。

そう考えると心の中で笑いが止まらなかった。

シュラが提案したのは素手での勝負。どちらが勝っても遺恨なしというもの。

それはウェイブにとっても願ってもいないことだったのでその勝負を受ける。

シュラが幸運だったのは遺恨なしというところが飲まれたこと。

そして不運だったのも遺恨なしということだっただろう。

 

 

場所は中庭に移り、ブドーが立ち合いをすることになった。

「よし。始めるがいい」

ウェイブはシュラの挑発に乗り、走り出す。

突き出された拳は空をきる。

当たらない。

シュラの柔らかい動きでみな避けられてしまう。

そしてついには顎に一撃を食らってしまう。

シュラは追撃にと肉薄する。

「狼さんの攻撃と比べたら」

ウェイブはシュラの腕をつかんだ。

「軽いぜ」

再びシュラは殴り飛ばされる。

ただ狼に叩きつけられる修業をしていたわけではない。

体幹を崩さず、相手の攻撃を流し、反撃する。

葦名流を受け続け、そして学んだその形が現れていた。

シュラは相手が弱いと慢心していた。

だがそれはもうすでに消し去った。

本気で相手をしなければならない。

柔らかい動きから繰り出される蹴りがウェイブの後頭部を襲う。

転がるように避けるウェイブにさらなる連撃を加えるシュラ。

防戦一方となったウェイブをみて笑みを浮かべ、攻撃を与え続けるが、次第にその表情も曇ってくる。

体が重い。

攻撃しているのはこちらだというのにまるでバランスが取れなくなってきている。

「狼さんから学んだのは相手の攻撃を受けるのではなく、流すこと」

体幹が崩れかけているシュラに今度は反撃をする。

攻守が入れ替わるように打撃の応酬が続いた。

ウェイブはシュラの鋭い下段蹴りを飛んでよけて踏みつける。

「下段は飛んで踏みつける。俺が出来たのはここまでだけどよ」

体勢を整えるために後方へ飛んだシュラへ向けて、ウェイブは腰を落とし、右腕を引く。

まるで剣で刺突をするような体勢だ。

瞬間、ウェイブは全身をばねのようにはじき出し、シュラへ猛進する。

あまりの速さに対応できなかったシュラは胸にその突きを受ける。

ウェイブはそれだけに留まらず、シュラを蹴りつけて上空へ舞う。

そしてそのまま落下と同時に強力な蹴りを見舞った。

もろに受けたシュラはそのまま地面に叩きつけられ、気を失った。

「『大忍び刺し』俺バージョンってところだな」

ウェイブは止めを刺すために歩を進めたところで肩に手を置かれた。

「お前の勝ちだ・・・」

幾分か眉間のしわを薄くした狼だった。

「お、狼さん・・・」

ウェイブは今になって命令違反をしていることに気が付いた。

「すいません!狼さん。俺は仲間があいつに」

「確かに・・・お前は己の命に背いた・・・」

しかしと狼は言う。

「己の掟。定められたようだな・・・」

今まで見たことのない、一瞬だけ微笑むような表情を見せた狼にウェイブは面を食らった。

そして、言われたことに得心がいったのかウェイブは狼に堂々とした立ち振る舞いを見せる。

「はい。己の掟。己で決めました」

「・・・そうか。今回の件・・・お互い遺恨なし・・・そうでしたな。ブドー様」

狼は跪き、ブドーに伺う。

「うむ。見事であった。そしてその言葉に偽りはない。勝者はウェイブ。そして遺恨はなしだ」

「ありがたく・・・」

ウェイブは遅れてブドーに跪く。

先ほどは怒りで無礼も何もあったものではないが、今は狼のおかげで冷静に戻っていた。

「良く励め」

ブドーは気を良くしたように中庭を去って行った。

彼がいなくなったことを確認した狼は、改めてウェイブに労いの声を掛ける。

「良く育った・・・」

「すいません。狼さんの命令に背いて」

「先生!ウェイブは私を守ろうとして」

「知っている・・・見ていた・・・」

「!?」

「三度目だった・・・。己は二度目までなら証拠がなければ様子を見ようと決めていた。三度目は証拠がなくとも斬ろうと決めていた」

己の立場が悪くなろうとも。

そういった狼にウェイブとクロメは驚いた表情を見せる。

「エスデス様より、為すべきことを為すように許されていた。故に、ウェイブ。お前のやったことは間違いではない。むしろ、よく己を止めてくれた。あのままであれば斬っていた」

「いえ。狼さんには助けられっぱなしですよ。今まで修業をつけてくれなければ勝てていたかどうか」

「勝っていただろう・・・お前は強い・・・」

狼はそういってウェイブの肩を叩くとそのまま陰に消えていった。

 




ウェイブは完成された強さを持っていました。

しかし、それはただの枠であり、枠を破ればその次が見えてくる。

いつかの、弱者が弱者たる所以は諦めの悪さに通じるものがあると思います。

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